インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

16 / 19
第16話

「えー、本日はお日柄も良く――皆様にいたしましては益々のご健康を――当鎮守府は護国の最前線にありつつ常に――又、日本国は深海棲艦との戦いにおいて世界をリードしていく主導的立場にあり――」

 

「んー、なんかいまいちですねぇ……堅苦しいというか、何というか……もっと、こう、キャッチーな感じはどうですか? お子様人気を狙う感じでお願いしますっ」

 

「ええい、面倒な……いっその事俺は影に徹するべきじゃないか? 世間様からしてみればぽっと出の一提督に過ぎん訳だし、艦娘が放つ威光の前とあっては俺なんぞ霞むばかりだ」

 

「それこそもっと駄目になる感じがプンプンしますねぇ……あ、これ文屋の、じゃなかった、女の勘です!」

 

「お前の勘ほど信用にならんものもないがな……」

 

 侵入者の一件に端を発した騒動は未だ収束の目を見ず、その残り火を燻らせ続けていた。いや、風に煽られて再燃しつつあると取ってもいい。

 何より鎮守府周辺の警備を強化した事が悪手に変じつつあった。監視カメラの増設は勿論の事、警備人員の配置入れ替えや検問の強化等使える手は片っ端から使ってみたものの、これが近隣住民の不安を誘発させる事態に陥っている。艦娘の事しか頭になかった俺の失態であろう。

 こうした事態を鑑み、当鎮守府ではほとぼりが収まり次第、鎮守府の一般公開ツアーを開催する事が内々に決まりつつあり、かつての構想が現実味を帯び始めた格好だ。

 戦時中、加えてごく最近侵入者に警戒網を食い破られたばかりだというのに何を馬鹿な事をと思いがちだが、戦線を支えるのに不可欠なのは物資や人員ではなく、国民の支持である。芳しくない住民の心象をどこまで回復せしめる事が出来るかは、今後の鎮守府運営において至上の命題とされた。

 また、結果としてスーパースター那珂ちゃんの招聘時期が早まったのは喜ばしい事であったが、悩ましい問題が発生したのはここからであった。無論、念頭に置かなければならないのは深海棲艦への対応であったが、それだけで済む話ではない。

 大々的なプロモーションの是非から始まり、いわゆるプロ市民の排除やツアーの日程、監視体制に関係各所との連携などなど。問題は山積みであり、計画は草創期において早くも躓きつつある。

 

「殆ど丸投げされているようなものだからな。いくら対米政策の件で忙しいとはいえ、こちらの身にもなってほしいものだ、全く」

 

「青葉は結構楽しんでる方ですけどね。えへへ」

 

「お前という奴は……」

 

 困窮極まった現状に対し、上官と部下の反応は至って両極端だ。青葉型重巡艦ネームシップたる彼女とてここ最近は徹夜続きである筈なのに、浮かべる笑みは光り輝いていて実に新鮮に映る。とてもじゃないが、斜に構えがちな現代人には真似出来る代物ではない。

 とはいえ、これは大本営直々のお達しでもある。その如何を問わず上意下達は軍人の義務であって反論は許されない。仮にも鎮守府運営の任務を拝命している訳だから、それ相応の誠意をもって今回の一件にあたる必要性に俺は迫られていた。

 しかし、気が重たいのもまた事実。窓先に目を向ければ憎たらしくなるくらい澄んだ群青色の空が広がっているというのに、執務室には閉塞感が漂う。

 青葉の言葉通り、机に散らばった開会式及び当日スケジュールの草案は目もあてられないほど粗雑なものだ。一応の体裁は整えたものの、見れば見るほど粗が目立ってこの上ない。

 自然と漏れ出た深い溜息を見かねてか、青葉が現実的且つ進歩的な提案を口に出したのもこの時で、その言葉には多分に上官への励ましが加味されている。

 

「そうですよ司令官っ! ここは一つ、声の出し方や滑舌から練習し直しませんか? 司令官も人前で声を張るのは久しぶりだと思いますし、そこらへんも関係してるんだろうと思います! 大丈夫! ちゃんと青葉が見てててあげますから!」

 

 彼女の言葉にも一理あった。成る程、確かに四六時中取材を名目に駆け回っているだけあって、青葉の言葉ははきはきとして聞き取りやすく、それに加えて明朗だ。怪新聞作りの面目躍如という奴か、彼女の技術指導には一見の価値がある。

 元より彼女を今日の秘書艦に据えたのにも、開会式挨拶の草案を練るにあたって助力を期したからに他ならない。よもや発声練習くんだりまで遡って指導が入るとは思いもしなかったが、対策を怠れば恥をかくのは俺である。そしてそれは、ひいては鎮守府の沽券にも関わってくる話と言えた。

 一も二もなく快諾してみせた俺に気をよくした青葉は、それこそ赤子に言い聞かせるような口調で、

 

「それじゃあ、ゆっくり、ゆっくり、口を大きく開いて、一字ずつ、じっくり、大きな声で発音していきましょうっ! はい、青巻紙赤巻紙黄巻紙!」

 

「……あおまきがみあかまきがみきまきがみ」

 

「ゆっくりゆっくり! それに、もっとはきはきと!」

 

「……あ、お、ま、き、が、み! あ、か、ま、き、が、み! き、ま、き、が、み!」

 

「お綾や親にお謝り、お綾やお湯屋に行くと八百屋にお言い!」

 

「おあぁやや、おあ、……お、あ、や、や、親にお謝り、おあぁやお湯屋に行くと八百屋にお言い!」

 

「バスガス爆発ブスバスガイド!」

 

「ば、す、が、す、ええいまどっろこしい! バスガス爆発ブスバスガイド!」

 

「巣鴨駒込駒込巣鴨親鴨大鴨小鴨!」

 

「す、すがもこまごめ、こまごめすがも、す……悪い、何だって?」

 

「きくきりきくきり3きくきりあわせてきくきり6きくきり!」

 

「き、き、きくきりきくきり3きくきり、あわせてきききくり6きくきり!」

 

「んー、見事にぐっちゃぐちゃ! 青葉、こうなる事を予想して予め録音を行ってました! 聞いてみます?」

 

 ものの数分で疲弊した口筋と舌筋は、青葉の愉快げな態度をあげつらう事すら不可能に近い状態にまで追い込まれていた。間誤付く口元にいよいよもって諦観を覚えた俺は、椅子に深く項垂れかかって負けを認める事となる。

 彼女の態度を槍玉に上げようにも、疲れが勝っては構える事さえも億劫だ。撤退戦の様相を呈し始めた戦場を前にして、俺は早々に自身のわだかまりを切り上げる事にした。

 

「……まあ、いい。この話はここまでだ。とりあえず進捗状況を確認しておこう。青葉、現段階で上がってる意見を報告してくれ」

 

「はい! とは言っても急遽決まった話な訳ですから、あんまり芳しくはー、といった感じですねぇ」

 

「それでも別に構わんさ」

 

 手渡された書類は艦種ごとの意見を吸い上げたものである。全員の意見を抽出する事こそあまりの繁雑振りから断念したものの、事前に仲間内で議論を進めてもらった甲斐もあって、それなりに纏まりを見せる内容となっている。

 

「ふむ……成る程、確かにかねてより行われている航空ショーと比べれば、見栄えはともかく艦娘の発着艦訓練が派手さに欠けるのは否めんな。それで弓道と流鏑馬……まあ、確かに機動部隊にしてみれば十八番って奴なんだろう。この際だ、大名行列よろしく馬に跨って街から鎮守府までの道のりを渡り歩くなんてのも良いかもしれん。車両の通行止めは事前に告知してもらうとして、問題は馬を結びつけておく場所が無い事か……コンクリの上にあばら小屋をおったてるのも一つの手だろうが、その場合馬糞を誤魔化しきれんな」

 

「もう一つ、日向さんや伊勢さん達から提案が上がってるんですけど……」

 

「……護衛艦を鎮守府に? いや、これ単にあいつらが間近で見たいだけなのでは……」

 

「青葉もそう感じますねぇ。日向さん、とってもいい顔してましたから」

 

「ま、結果がどうなるにしろ一応の要請はしておこう。あいつらにはガイド役でも押し付ける事にするさ。ああそれと、この正義の味方出雲マン主演のヒーローショーに関してだが、一週間ほど隼鷹から酒を取り上げる事にしたので後できつく言っておくように」

 

 飲兵衛から酒を取り上げる事ほど残酷な事もない。しかし、場を弁えず盛大に悪ノリを披露してくれたとあっては話は別だ。彼女のあけっぴろげな性格には確かに好意を抱くが、時としてそれが鼻につく時もあるのだから複雑である。

 又、駆逐艦や潜水艦連中の意見に目を移してみると、子連れのツアー客への対処や受付に関する提案など、比較的穏健なものが目立ったのが印象的であった。察するに、かけっこや素潜りといった代物が見受けられないのは、安全面を考慮して報告前に握り潰されたからと見て間違いない。

 一通り書類に目を通し終えた俺は、疲労の色濃い喉をお茶で潤しつつ、

 

「ふむ……やはり艦娘らしさが希薄なのが気がかりだな」

 

「艦娘と市民の方々との積極的な交流自体、あまり前例のないものですし、正直どういった反応が返ってくるのかまるで定かでないのが実情ですねぇ。那珂ちゃんさんのコンサートはある種特殊なケースですし」

 

「そうだな……期限を目一杯ずらすかして、近隣の市民団体とイベントの一つや二つを行ってみてからの方が良さそうだな。あまりにもテストケースが不足し過ぎている。うむ、とりあえずの現状把握は出来た。先の一件で当鎮守府は出撃を割かし控えている事もあるし、暫くは企画立案に集中する事が出来るだろう…………それで、だな。青葉。ちょっとばかしよく分からない所があるんだが」

 

「何でしょう、司令官」

 

 待ってましたとばかりに青葉の笑みがぎらつく。それは猛禽類の爪を思わせるものだ。全く何故そんな顔をする事が出来るのかさっぱり分からない。

 今回、書類の末尾は青葉の意見をもって締められていた訳だが、その内容がいただけなかった。曰く、当鎮守府当提督、艦娘と人類の共存を自らの身をもって示すべく、最も信頼する者を帯同しつつ当作戦に参加し、その間柄を周囲に知らしめるべし。尚、信頼が情愛に取って代わっても一向に問題はなく、むしろ推奨されるものとする。いやいや、なんだこの大本営口調は。

 無論、青葉にしてみればこちらの当惑は織り込み済みであろう。広まった動揺を意に介する事なく、鮮やかな手並みでテープレコーダーを起動させてみせる。尋問の様相を呈し始めた展開に、俺は牙を剥いて食って掛かった。

 

「えーとだな、青葉。こいつぁ一体どういう意味なんだ? ん?」

 

 米神がひくつくのを感じながら、努めて冷静を装う。感情を押し殺した声色は、けれども激情を蓄えつつあり、臨界点は目と鼻の先だ。

 そうした思いとは裏腹に、青葉の快調ぶりはここに至って更に勢いを増しつつある。彼女の真意を問いただそうとした俺は、二の口を継がせぬパパラッチの大攻勢に思わず言葉を失ってしまった。

 

「言葉通りの意味ですよ司令官! 艦娘が国民に受け入れられてるのは、何だかんだいって戦時中故の不可抗力の意味合いも強いじゃないですかっ。言葉にこそ出さないものの、心の中では私達の事をあまり快く思ってない人も大勢いらっしゃると思うんです! そういう方々に対し艦娘も人間とさして変わらない存在であるという事を主張していくためにも、提督御自ら率先的にプロモーションを図る必要性があると思うんですよねぇ! それじゃあ時間もおしてますので、早速独占インタビューに移らせていただきます! ずばりですねぇ司令官! お相手は誰を予定してますか!? あ、勿論青葉って答えもオーケーだよ! 二十四時間、常に受け付けてるから!」

 

「た、確かに筋は通って……いやいや! なんかおかしくないか? 世間様で言えば、実家に恋人を連れてくようなものだぞ? 最も信頼する者というのはとりあえず置いておくとしても、じょ、情愛というのは……」

 

「嫌ですねぇ司令官! 実家に恋人というよりは、球場でプロポーズぶち上げるって言った方が正しいと思います!」

 

「それこそ論外だ! ええい、お前は一体、俺に何をやらせたいんだ!? 大体お前という奴はいつもいつも!」

 

 青葉の意図を掴めずにいた俺は、とうとう痺れを切らして声を張った。なじりを交えた詰問をも辞さない覚悟である。

 しかし、青葉の反応はこちらが事前に想定していたものとは百八十度異なるものであった。

 彼女は首からぶら提げていたカメラを手に取ると、唐突に俺をパシャリ。まんまと間を外されたものだから、肩透かしをくらった格好になる。矛先を振るうあてを失った俺を尻目に、青葉は今しがた撮った一枚を確認しつつ、憮然とした表情で、

 

「んー、やっぱり、ちょっといまいちかなぁ」

 

「お、おい。そ、それはちょっと、いやかなりショックなんだが」

 

「あ、違うんです司令官、そういう意味じゃなくて。やっぱり司令官は鎮守府の皆さんとご一緒に居た時の方が映えると言いますか……今回こうして提案を上げたのも、青葉なりに今後の鎮守府運営を考えての事でして……広報活動においても見栄えのいい写真があった方が良いですし、そう考えると益々、司令官が最も信頼する、あるいは恋愛の対象として見ている方と一緒にいる時を撮った時の方が、クオリティもダンチだと思うんですよねぇ。いかがでしょうか?」

 

「そ、そういうものなのか? 写真なんてものにはとんと縁がないから……いや、お前がそこまで言うんだ、きっと真実なんだろう。しかし、その、だな? お前の言葉は確かに正しいかもしれんのだが、うむ」

 

 怒涛の勢いで捲くし立てる青葉を前に、俺はすっかり牙を抜かれてしまっていた。ようやく搾り出した反論も、押し寄せる高波の前にいとも容易く潰えることとなる。

 

「でも、考えてみてください司令官。ここまで大義名分と舞台装置が揃った機会なんて、中々ありませんよ? もしかしたら、これ一遍きりかもしれませんっ。戦争が終わり、戦後処理の名目で艦娘の本格的な人権回復が始まったら、もう二度と会う事も出来なくなるかもしれないんですよ? その前に、憲兵や大本営を気にする事もなく、自由に好きな人と触れ合ってみたくないんですか?」

 

 青葉の弁舌は今や俺の心を掴んで離さない。何ら前振りも見せず、それこそ蛇の姿を借りて忍び寄ってきた彼女の甘言は、今ここに最盛期を迎えつつあった。音を立てて崩れ落ち始めた自前の倫理観は、今となっては風前の灯よりも頼りない。

 又、何にも勝って心の比重を占めたのが、昨今の世界事情に見る艦娘の立場である。開発班が洒落をもって名づけたケッコンカッコカリが女性蔑視と人権問題に結び付けられ、一度は沈静化を見た艦娘の人権問題が再燃しつつある。何かしらの声明はいずれ公表されるとはいえ、具体的な対応策に目処が立っていないのも事実だった。

 

「確かに今回の一件、大本営としてもメリットが…………いやいやいや! 駄目だ駄目だ駄目だ! そもそも、だ! 恋愛どうのはともかくとして、俺はお前達との間に健全な信頼関係を築きたいのであってだな! それに! 信頼関係に優劣なんてつけられるものではない! そうだろう!?」

 

「毒食らわば皿まで、据え膳食わぬは男の恥ですよ、司令官っ」

 

「ちゃんと意味分かって言ってるか、それ!? ……確かに、飲兵衛仲間たる隼鷹や千歳には、少し気安く対応してしまったり、上司部下の境を見失っている部分があるかもしれん。これは、他の奴らにも言える事だ。だが、当然の事ながら超えてはならないラインはしっかり自分の中に敷いてあってだな。ましてや部下に自分の本音をあけすけにするなど」

 

「鳳翔さん」

 

「…………」

 

「あ、今のシーンはカットしときますので、また次の機会にでも」

 

「……そう、だな」

 

 有無を言わせぬ青葉の態度に、思わず言葉に詰まる。

 何より失態だったのが、青葉の提案に少なからぬ魅力を感じている自分が存在する事だった。戦局を覆そうという気概が一切湧いてこない。

 実際彼女の言葉はつくづく理にかなったもので、欲望がとぐろを巻いて思考に纏わりついてきたのも決して無理からぬ所であった。これほど大義名分が出揃うような機会、そう何度も恵まれる訳でないという事実が更に拍車をかける。

 しかし、そうした情動を言葉にする事ほど木っ恥ずかしい事もなかった。誰か一人を選出するにはどうにも甲乙つけがたい事も相まって、口から出るでまかせもどうにも要領をえない。

 

「…………まあ、そりゃあれだ。…………俺はその、分け隔てなく、皆の事が好き、だぞ? うむ。あ、勿論鳳翔をえこひいきしているつもりもないからな」

 

「そういう言い訳は別にいらないかなって青葉は思います!」

 

「ほ、ほんとの事だから仕方ないじゃないか! そうだろう!?」

 

 必死の弁明も青葉の前とあっては焼け石に水。軽くあしらわれては失意に沈む度、己の不甲斐なさを肌で感じ取る事になる。仕方ないじゃない、男の子なんだもの。

 しかし、自体が急転直下の展開を見せ始めたのは正にここからであった。徐に広がり始めた諦観に侵食されつつあった俺は、愕然とした面持ちと共に激流に身を任す事となる。

 

「でも、大丈夫です! どうせ司令官ならそう言うだろうと思って、青葉、見栄えと実績重視で三人ほど見繕っておきました! 一応、最も提督の信頼する艦娘としてお呼びしてあります! そろそろいらっしゃるんじゃないかな?」

 

「いらっしゃる? おい、青葉、お前一体何を考えてっ」

 

「言ってなかったかもしれないけど、青葉が見ていて一番好きだなって感じるのは、困った顔してる司令官なんだよ?」

 

 執務室の扉がけたたましい音と共に開け放たれたのは正にその時だ。

 ノックの一つもない、嫌がおうにも注視せざるをえない横暴ぶりにまんまと視線を奪われた俺は、そこでおもいもよらない人物を目の当たりにする事となる。

 

「や、大和? 一体、どうしてここに」

 

 空いた口が塞がらないとは正にこの事で、そこには大和撫子と謳われた清楚さは微塵も残されていなかった。試しの門に挑んでいる訳でもないのだ、ここまで幽鬼じみた雰囲気を表露させている事には首を傾げざるをえない。

 こちらに許諾を得る事もなくずかずかと執務室に入り込んで見せた彼女は、その威圧感ある長躯を間近にまで持ってきてから、開口一番こういってのけて見せた。

 

「提督。大和、感激です。ああ、私、ワタシっ」

 

「や、大和。落ち着け。落ち着けったら」

 

 大和の醸し出す迫力に気圧された俺は、知らず知らずの内に体を引き気味にして彼女と相対していた。言わずと知れた三十六計も、この時ばかりは役に立ちそうにない。

 こちらの言葉に対し一切聞く耳を持たない彼女は興奮鳴り止まぬといった態度を前面に押し出すと、

 

「まさか、ここまで大和の事を重用してくれるなんて……提督は、大和の事をちゃんと見てくれてたんですね。ええ、ええ、大和は信じてました。提督なら、必ず立ち上がってくれると。そう、提督は必ず私にお声をかけてくださると。再び与えられた華舞台。大和は、今度こそ提督と共に辿りついて見せます」

 

「いやいやいや、何か大きな意識の隔たりというか、とてつもない勘違いが生まれているというか何というか、あー、その、だな、大和。大変、大変心苦しいんだが実は……」

 

 答えに窮した俺は言葉を濁らせつつ、この場を如何にして誤魔化すかに終始せざるをえない。

 この際視界の端で捉えたのが愉快げにカメラを携える少女もとい主犯である。影と徹したその存在に大和はこれっぽっちも気付いていない様子で、異様な興奮ぶりは益々熱を帯びるばかりだ。どうも話が拗れて先方に伝わっているとしか思えない。

 果たして事態を揺り動かしたのは俺でも大和でもなければ、ましてや青葉という訳でもななかった。閉じ込んで久しかった執務室の扉が再度開け放たれたのは正にその時で、外気と共に室内に押し入ったのは新たなる感情の澱みである。

 きりっとした目鼻が俺を捉えたかと思うと、肉体美溢れる肢体はダイナミックな躍動感を引き連れ瞬く間に彼我の距離を詰めた。戦艦長門のお出ましである。

 

「話は聞かせてもらったぞ、提督」

 

「な、長門、お前まで……い、一体どうしたというんだ? うん? 主力艦隊には特別休暇を与えてあるんだから、今日は仕事に関わる必要はないんだぞ? いやいや、その熱意は認めるがな? あと、ノックの一つや二つはするようにな? お前らしくないぞ?」

 

 背中から忍び寄ってきた悪い予感は、こういう時に限って百発百中の出来栄えを見せ付ける。的外れの見解を容赦なく切り捨てて見せた長門は、単刀直入初っ端から本題を切り出した。

 

「何、こうして直々のお達しを受けたのだ。うかうか休んでなどいられないさ。確かに、戦闘一辺倒な生き方をしてきたものだから、この手の任務は空っきしだ。だが、それを承知の上でなお提督がこの長門を頼りにしてくれたというのなら、これほど嬉しい事もない。ああ、この長門に任せておけ。万事この上なく至高の戦果を叩き出してみせるさ。提督のためにこの身を役立てる事が出来るというのなら、これほど喜ばしい事もない。そう、私は、戦艦長門は、元よりそのためだけに存在する。貴方のためにだったら、何時だって私は」

 

 腕を組んで目を瞑った彼女は、感慨深さに浸っているように見えた。男勝りながらも何処か乙女を思わせる仕草に、普段の武人然とした態度とのギャップが広がる。ああ、勿論こういうのは大好物だ。しかし、緊急事態とあってはそれを楽しむ余裕さえ存在しない。

 

「あー、長門。その言葉は大変誇らしい。尚且つ喜ばしい事ではあるんだが……」

 

 誤解を解こうとした矢先の事である。不意に視線を横に向けた長門が、目を丸くして驚きを露にする。得てして同じ反応をみせたのが、今回の一件に巻き込まれた片割れたる大和だ。

 

「ん?」

 

「ん?」

 

 どうやら本気で、今の今まで互いの事に気付いていなかったらしい。口に手をあてて息を呑んだ大和は、躊躇いがちに途切れ途切れの言葉を搾り出す。

 

「なが……と?」

 

「大和こそ、どうしてお前がここに……」

 

「私は、その、とある一件における重要な任務を提督から任されるにあたって、極秘かつ慎重に事を進めるべくここに足を運んだのですが……」

 

「ふむ、それならば尚更、こんな所で出会うだなんて奇遇だな。いや、なに、恐らくお前のとは別件であると思うのだが、私も急を要する任務に就いていてな、提督と綿密かつ秘密裏に話し合いの場を設ける必要性があったんだが」

 

「今日はお休みだったのでは?」

 

「それはお前にも言える事だろう?」

 

 一歩間違えれば二人の関係性に亀裂を走らせかねない事態に危機感を覚えるも、どうにも舌が回らない。原因は己に芽生え始めた腑抜け具合にあった。

 青葉に良いように操られているのは癪であったものの、絶世の美人たる二人にこうも慕われているとあっては、だらしのない笑みが顔中に広がるのも致し方のない事のように思えた。

 正に両手に華。あーもう、正直このまま、ずっとずっと、ずっと時が止まってしまえばいいのに。俺の股間は端から有頂天だ。血よ! 今こそ一点に集まれ! 

 だが、広がりつつある混乱を制せずして、何が鎮守府の長であろうか。弛緩しきった顔を引き締める。また、この時ばかりはインポテンツである事に感謝せねばならなかった。ほら、あれ、立ち上がるにしろ二人を説き伏せるにしろ、テント立てたままじゃ格好がつかないし。

 

「そ、そういえば青葉」

 

「ん、何ですかぁ司令官」

 

 閑話休題。

 二人の世界に突入しつつあった大和と長門を他所に、隅っこにへばりついたままの青葉へ話しかける。

 

「その、だ。もしかして最後の一人って、扶桑だったりするのか?」

 

「? 違いますよ司令官。ケッコンカッコカリの印象が悪くなってるのに、彼女を表舞台に出せる訳ないと思いますけど。青葉も今回はそういうのに配慮して、扶桑さんの写真は撮らないつもりですが」

 

「そ、そうなのか。いや、なに、正直最近、扶桑の事を見てると妙にドキドキするというかなんというか、ああ、今のは関係ない話か」

 

 そこで話を切り上げた俺は、なにやら苛烈な冷戦を繰り広げている二人に向き直る。

 軽い咳払いと共に事態の掌握を開始しかけた俺の失態は、扶桑がこない安堵感に我を忘れ、真なる三人目の存在を思考の外に追い出してしまった事だろう。この期に及んで執務室に入り込んできた輩が、またしても口を挟んでみせる。

 

「――――ちょっと一言よろしいかしら?」

 

 苛立ちを募らせた、強気な口調。穏やかな色調の瞳は、相反するようにして激情を携えている。生来のブロンドまでもが怒りに逆立って見えたのは、決して錯覚などではなかった。黒を機軸とした艤装が威圧感を醸し出しているのは言うまでもない。

 日本戦線において殊更異彩を放つ彼女は名にし負うドイツの名艦で、その名をビスマルクと言った。名だたる海外艦の中でも逸早く日本に赴任する事になった彼女とはかれこれ随分と長い付き合いで、勝気の中に潜む幼さがつい笑みを誘う、そんな少女である。

 しかし、たった今現れたばかりの彼女からは、常である内面的脆弱さは全く見受けられなかった。まるで重厚で鳴らした鉄の兜を被っているような、そんな印象を受ける。感情がまるで窺えない。

 彼女は重々しい軍靴の音を響かせると、大和と長門の間に割って入り、執務机に己の思いの丈をしこたまぶつけてみせた。両手のひらを打ち付けられ、机が盛大なかなきり声をかき鳴らす。背中が酷く臆病な内面を曝け出す羽目になったのは当然の帰結だ。

 

「提督」

 

「な、何だ?」

 

 彼女はおおよその事態を把握しているらしかった。その鋭い眼光を左右にぶつけてから、再度こちらに向き直る。

 

「このビスマルクを差し置いて、何やら話が進んでいるようね? あなた、これは一体どういう事なの? 事と次第によっては相応の対応をさせてもらうけれど」

 

「いや、その、だな? 俺はだな」

 

「そういった優柔不断さがこの事態を招いているのではなくて? 全く、最も信頼出来るなどと謳っておきながら三人も集めるだなんて、いいご身分よね?」

 

 ビスマルクのもっともな言い分に、ぐうの音も出ない。

 仮に青葉が嘘を織り交ぜているならば、ここから更に雪達磨式で四人目五人目が現れるのだ。そうとなれば、さしもの大和や長門でも怒りを覚えずにはいられないだろう。

 ビスマルクの出現で大体の事態を把握した彼女らは、不満を思わせる色合いを見せつつこちらに視線を送ってきた。

 

「提督、今の話は?」

 

「あー、いや、俺は鎮守府の全員を信頼しているのであり、そこに順位づけをするなどというのはあまりに不当で卑劣かつ信頼という言葉に仇名す行為であるというか……」

 

「それで、皆さんをお呼びしたんです! 私と司令官だけでは何時までたっても埒があきませんので! 皆さんをお呼びすれば嫌が応にも答えをださざるをえないと思いまして!」

 

「な、ななななっ」

 

 装いも新たに素知らぬ振りを気取って、青葉がひょっこり顔を出す。

 それまで影となって場の情勢を見守っている姿に一種の安心感を抱きつつあった俺は、伏兵の唐突な横槍にまんまとしてやられる格好に相成った。顔一杯に苦い表情が広がり、正に苦虫を噛み潰した気分だ。

 青葉に毒づきたくなる気持ちに駆られていた俺に更なる衝撃が走ったのはこの後で、ビスマルクが投下した爆弾によってまたもや断崖絶壁へと追いやられる事となる。彼女は綺麗に整った眉を憤慨でいきり立たせると、

 

「ふう……本当に貴方って人は優柔不断ね! 一度矯正の機会を設けるべきかしら!? そんなの、迷うまでもない話でしょう!? そういう時は取り敢えず私とか私とか、あと、私なんかを選んでおけばいいのよ!」

 

「びび、ビスマルク? お前、一体何をっ」

 

「何よ。べ、別に当然の事を言ったまででしょう? は、恥ずかしくなるからいちいち聞き返さないでくれる?」

 

 思わず広がった沈黙の海。本土爆撃を敢行したドイツ生まれの少女は顔を真っ赤に染めてしらばっくれたものだから、会話はそこで沈滞の憂き目を見た。

 いやね、これほど嬉しい事はないよ? だけどさ、別に、今言う必要はないんじゃないかな? かな?

 あまりの動揺に前後不覚に陥った俺を置き去りにして、逸早く思考停止から脱却した二人の強者がビスマルクに詰め寄る。

 

「ふむ……ビスマルク。今のは?」

 

「大和も、お聞かせ願いたいです」

 

「あら、いたの二人とも? 全然、全く、これっぽちも! 気付いてなかったわ。これが言わずと知れたドイツ軍の速攻というものよ。ヤーパン特有の奥ゆかしさとやらは少々欠けるんだろうけど、中々のものよね? 褒めてくれていいのよ?」

 

「…………ふむ」

 

「…………へぇ」

 

「な、何よ二人とも。変な顔して」

 

 なんか、すっごい変な事態に陥ってるよな、これ。

 頭を抱えたくなった俺に、ぱしゃり、ぱしゃりと、無機質なシャッター音が送り届けられる。

 

「……青葉?」

 

「いやぁ、いい顔してますねぇ、司令官。あ、ちょっとかぶってるんで、ビスマルクさんどいてもらえますか? あ、ついでだから皆で記念写真でも撮りましょうか!」

 

「いや、今ここでそれを言うか!?」

 

「いやぁ、輝いてますね司令官! やっぱり、司令官の居場所はここなんです!」

 

 結局、事態の沈静化が図られたのはそれから一時間後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私室。たった一人しかいない部屋で。鬱屈とした思いが燃え上がる。

 

 じょき、じょき、じょき。じょき。

 

「嘘」

 

 じょき、じょき、じょき。

 

「全部、嘘なんです、司令官」

 

 じょきん。じょきん。じょきん。鋏が全てを切り裂く。

 

「出来た。えへへ。出来ちゃった。出来ちゃったんだ」

 

 ――――青葉は。彼女は。

 

 画面越しのデジタルな感動よりも、手塩にかけ、自らの手で作品を作る事をこぞって好んだ。きっと、活け花をしているような錯覚が好みに映ったからに違いない。

 一枚の写真から切り取られた人型。そこには、大本の写真に写っていたであろう大和も長門も、ビスマルクも存在しない。

 

 「欲しいなぁ。欲しいな欲しいなぁ。どうして、どうして青葉だけのモノにならないんだろ」 

 

 青葉は、司令官の事が好きだった。

 皆に囲まれて幸せそうな司令官の姿が。

 けれど、その姿を見るたび、結局、司令官は皆の司令官である事を再認識させられてしまう。時折、誰か一人に傾きかけるけど、結局は元通りになってしまう――それで良かった。それこそが青葉の大好きな司令官であり、同時に、押し寄せてくる胸を締め付けるような思いに、青葉はいっそのこと窒息死してしまいたかった。

 青葉は、司令官が欲しかった。皆に対して向ける好意の全てを、自分だけに向けて欲しかった。

 けど、それでは駄目だ。それは、彼女自身が望む司令官の姿ではない。司令官は皆の司令官であって、はじめて司令官足りえるのだ。

 だが、しかし、けれど。それでは。手を伸ばせば直ぐにでも届くそれをどうしても手に入れる事が出来ないという現実に、どう立ち向かえばいいのか。

 

 愛用のテープレコーダーに手を伸ばす。再生とリピートが繰り広げるのは、青葉が求めて止まないたった五文字の言葉だ。

 

「――――あ、お、ば、す、き」

 

「~~~~! はい! 青葉も、青葉もです! 青葉も、司令官の事、大好きです! 大好き! 大好き! 大好き! えへへ……!」

 

 その瞬間、青葉は気が狂いそうになるほどの感動の渦に巻き込まれた。

 いや、既に狂っているのかもしれない。胸から溢れ出す罪悪感と歓喜が綯い交ぜとなって彼女の高揚感を更なる高みへと送り出す。

 狂喜こそが、彼女を鬱屈とした現実から解放せしめる唯一の手であった。狂気こそが、正気を保たせる唯一の劇薬であった。

 彼女は、泣いていた。嬉しいからなのか、悲しいからなのか。その判別が出来なくなる程の異常な興奮が、高波となって彼女に押し寄せる。

 

「あ、お、ば、す、き」

 

「いやですねぇ司令官。そんな大胆な……」

 

「あ、お、ば、す、き」

 

「えへへ、そんな何度も言わなくても……! もう、青葉恥ずかしくなってきちゃった……!」

 

「青葉好き」

 

「えへへ、幸せだなぁ、幸せ、幸せ」

 

 リピート、リピート、リピート。

 二人で一緒に過ごす彼女の夜は、まだまだ始まったばかりだ。

 人型に切り取られた写真の中で、男が困り果てた、だけどどこか楽しそうな顔を浮かべている。

 

 

 

























(どうせ切っちゃうから)記念写真はOK。だけど、司令官と被って写るのは(切れないので)NG
もし司令官が好きな子を作ったとしても、写真の中の司令官は自分に微笑みかけてくれる訳だし、まあ無問題ですね。あ、デジタルな感動ってのはパソコンで画像いじくるって意味ですよ。

鎮守府の警備強化したら那珂ちゃんのコンサートが早まったって、あっ(察し)

そういえば、北上さんを大破進撃させて危うく轟沈しかけました。
すっごい昔のドラマでですね、見ず知らずの子供にゆっくり一文字ずつ単語を言ってもらったのを録音並び替えして、それを犯行声明の音声に使ったってお話が……。何が言いたいかというと、あ(おまきがみ)、お(あやや)、ば(すがす爆発)、す(がも)、き(くきり)。
今回はあれ、青葉の一人語りがやりたかったので扶桑回と同じパターンでいきました。
三人娘のヤンデレ? 提督がじきじき選んでくれたと思ったんだからそりゃ吹き飛ぶよ。結局有耶無耶になったせいで悪化したけど。うん、めっちゃ悪化した。

次回は結構軽めを予定。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。