インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

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第19話

 俺は、彼女を哀れんだ。同時に、それは俺自身の悪徳を浮かび上がらせた。

 

「楽しかったよな! 休暇を使って司令と行ったスキー場! 何せ俺たち艦娘に山なんざこれっぽちも縁がないし……いや、愛宕さんあたりは、一応関係あるのか?」

 

 とある春の、午後の事だ。

 晴れ渡る空は、雲ひとつない晴天ぶりだった。夏の風物詩が、早くも酷暑の訪れを予告している。熱を帯びた日差しが徐々にその勢力を増していくのは、目に見えて明らかだった。

 早足で土中の七年間を終えた蝉達は、己の生きた証を刻み込まんとすべく、力の限り喉を枯らして叫んでいた。そこにあるのは生命の輝きだ。蜉蝣に肩を並べる短い命の迸りは、夜に煌く線香花火の一瞬の輝きに似ている。早や歩きの十三階段だ。

 しかし、彼らの生命の証左を美しいと思えるほど、俺に余裕は存在しなかった。

 虫が鳴いている。命の迸りはそこらの雑音と変わらず、もっと言えば煩わしいだけだった。

 秘書官がくるくると踊る。執務椅子に座った俺は、黙ってその演目を見続けた。

 

「冬もそうだけどさ、今度の夏も、もっと楽しめるといいな。あ、いやいや、戦時中だってのは分かってるけどさ。たまにはゆとりって奴も必要なんじゃねえの? 覚えているかい? あの時の司令ってば、いきなり俺と水泳勝負をしようだなんて言い出すもんだからさ」

 

 凛々しい顔つきと、時折垣間見せる子どもっぽさが両立しているような、不思議な子だった。

 煩わしい雑音が重なる。10キロヘルツになる蝉の鳴き声は間断なく耳元に差し迫り、凛々しい彼女の声と混じり合っては俺を苛んだ。

 彼女に罪はない。それは確かだ。誰がなんと言おうと。どのように眼に映ろうと。彼女に罪はない。駆逐艦嵐に、罪は、ないのだ。

 肩口で踊る彼女の毛先は、彼女自身の陽気さに合わせるようにして踊り跳ねる。犬の尾っぽみたいだ。彼女の喜びや笑みは本物に違いなかったが、その言動は虚飾に塗れて腐っていた。

 知らない。

 

「また今度、温泉に行くなんてのもいいよな! あ、でも……こ、混浴だけは勘弁だかんな。お、俺だって、恥じらいくらいあらぁ」

 

 俺は、それを、知らないのだ。

 俺は彼女と、嵐とスキー場に行った覚えはないし、水泳勝負もしていない。温泉にいった記憶も、どこにも存在なんてしない。

 彼女の語るそれは、全て妄想に過ぎなかった。妄想は立派な額縁で飾られてあたかも真作であるかのような自己主張をしていたが、贋作である事は一目で分かった。凝ったディテールの何と無駄な事か! 彼女の主張はその全てが嘘でしかなかった。口裏を合わせる相手など、一人とていないのだ。

 

「司令?」

 

「ん、お、おお、聞いてる。聞いてるぞ。ちゃんと」

 

 時折、建造という名のプロセスを経由せず艦娘がこの世に生まれ出でる時がある。漂流者という奴だ。

 海に眠る想念が実体化したとも、艦娘のガワを被った深海棲艦とも言われているが、真相は定かでない。ともかくこうした連中は一度検査にかけられ、一切の疑念を払拭したのち晴れて艦隊に編成される事となる。駆逐艦嵐もその一人だった。

 とにかく疑惑という奴は、尾を引く事に関して言えば他の追随を許さない。暗鬼を生むという点においては一級品だ。彼女は酷く警戒されていたし、俺もそう対処せざるをえなかった。

 そうした初期方針がこの過ちを生み出してしまったのか? 悪手と成り果てたマニュアルに舌打ちを放ったが、全てはもう遅い。再編成された第四との再会も果たし、晴れやかな笑みを浮かべていた嵐はもうこの世には居ないのだ。

 

 俺は、彼女を憐れんだ。俺は、俺自身を恨んだ。

 

「司令? 話、ちゃんと聞いてたか? 俺の話、ちゃんと覚えてるよな?」

 

「ああ、覚えているとも。俺はお前と一緒にスキーに出かけたんだ。でかいスキー場だったよな。お決まりのラブソングが延々と流されていて、耳によくこびり付いている。前日に降った雪のおかげで、新雪を楽しめたんだ。きめ細やかな雪だった。それで、俺とお前は上級者コースに行った。コブと傾斜で構成されたコースで、お前は鮮やかなターンを決めていた。俺も運動にはなかなか自信のある方だったが、嵐には驚かされたよ。そうそう、滑り下りる時の景色を覚えているか? 良かったよな。雪化粧を施された山々が広がっていて、言葉では言い表せない美しさがあった。どこまでも吸い込まれてしまいそうな、惹きこまれる美しさだ。今度は山スキーなんてのにも挑戦してみるか? 誰も滑ってない斜面を行くんだ。舗装なんて一つもされてない、処女雪ってやつだ。きっと素晴らしいものに違いない。ああ、それと夏だったか? 去年の夏は酷く暑い夏だったな。不思議な事に、鎮守府暮らしで海には慣れきっているというのに、どうにも舞い上がってしまってな。お前に泳ぎで勝負を挑んだのも懐かしい思い出だ。海の家で食べた……600円の焼きそばにはあまり良い印象がないが……そうそう、肌を焼いた嵐ってのも、また新鮮で良かったよ」

 

「へへへっ。何だか、照れるぜ、うん。改まってそう言われると」

 

「それで温泉の話なんだが……うむ、あれはだな、その、俺も記憶の奥底に閉まっておきたい所だ。た、確かに事前の調査が不十分であった事は認める! だ、だがな! 混浴だなんてのは本当に知らなかったんだ! 無実である事をここに切に訴えたい!」

 

「ま、まあそうなんだけどさ。は、ははは。……あー、この話やめだやめだ! この話はこれっきり! はー、しまらねぇな、ったく……」

 

 諳んじる事が出来るまでに昇華された小気味なトークに、嵐は酷くご満悦だった。それは作業工程が順調に進んでいる事を意味している。

 彼女との会話の際、俺は機械に徹する必要に駆られた。同じ行為を吐き出すだけの、単純明快極まる機械になりきらなければ、俺と彼女は出口のない袋小路にずっと閉じ込められる事になる。

 しかし、俺は経験上後手後手に回らざるをえない立場でもあった。生物が急激な変化に適応出来ないのと同様に、唐突に生えてきた設定に対応する事は出来ない。

 その日、俺は通算何度目かとなる遅れをとった。彼女の騙る思い出はそれこそ複雑怪奇連なるバックボーンを持っていて、憶測でものを言うには難題過ぎた。

 

「……でも、ほんとに楽しかったぜ、司令。一緒に見た月も綺麗で……忙しくてお土産は買い忘れたけど、思い出だけはずっとずっと胸の中に残ってる。……へへっ、な、なんか恥ずかしいな……そ、そういえば、料理も美味しかったよな!」

 

「ああ、そうだな。混浴は置いとくとしても、あの宿の料理は格別なものだった」

 

「だから、それはもうええんじゃ。まあ、実際美味しかったんだけどさ。しかし、良い時代になったよなぁ。右を向いても左を向いても美味い飯ばっかりだ。ほら、あの時食べた汁。美味かったよな。なあ? あれ、何て名前なんだっけ?」

 

「……あ、ああ。そうだな。確かに、美味かった。ほんと良い時代になったものだ。お前たちがかつて生きた時代とはまるで違うと言えるだろう。グローバル化、とでも言うべきなのか? それこそ昨今じゃ食の欧米化などと叫ばれているが、ポジティブに選択肢の多様化として捉えるべきだと俺は感じている。色々なものが食べられる。良い時代じゃないか。今度はもっと色々ものにも手を伸ばしてみるといい」

 

「――――――――ああ、そうだな、司令」

 

「ああ」

 

 切り抜けた。

 そう思ったのは俺だけだった。俺だけが、ある種の安心感に身を浸からせた。一瞬の隙が、ようやく訪れ始めていた会話の終息を崩壊させてしまった。

 

「そういえばさ司令! 飯といえば、わざわざ長野くんだりで食べたのも美味しかったよな! 俺達は内陸地とはほとほと縁がない訳だけど、あんなに美味しいのは久々に食べたぜ! 間宮さんの料理が美味しくないって訳じゃないんだけどさー。ほら、司令も覚えてるだろ? あっちじゃ司令以外にもたくさん人がいて、あの時すれ違ったのは」

 

「う、うむ。そうだな。なかなか長野に行く機会もないからな……お前にも、良い休暇になっただろう。今後も精進してくれ…………嵐? どうか、したか?」

 

「………………………なあ、司令。もしかして、もしかして、だけどさ。覚えて、ないのかい? 覚えて、いないんじゃないか」

 

 彼女は目ざとく俺の急所を見つけ出すと、食い入るようにしてこちらを疑いにかかった。

 俺は早速出まかせを捲し立てようとしたが、そもそも妄想が相手なのだ。勝てる道理なんぞある訳がない。

 

「な、何を言って」

 

「さっきからそうだ! 途中から司令は、テキトーに話を合わせてるだけじゃんか! 本当に、本当に覚えてるのか!? 司令は、この俺との思い出を覚えてるのか!? 覚えているなら! 覚えているというのなら! 今ここで言ってみろ! 早く言ってみてくれ! 言って、この俺を安心させてみな!」

 

 彼女はそれこそ押し倒す勢いで食ってかかった。その瞳は悲壮な感情で満ちていて、今にでも泣きだしてしまいそうなくらい、怯えてもいた。

 しかし、俺に出来る事は何もないのだ。俺は知らない。彼女とスキーに行った覚えはないし、どこかの海に出かけた思い出も、温泉に行った記憶もない。長野だって、彼女との会話で初めて聞いたワードだ。

 とある信頼出来る、草創期からこの鎮守府にいる艦娘が、嵐のこの症状に対してとある仮説を立てた。

 曰く、彼女は海に眠る想念が実体化した訳でも、深海棲艦のガワを剥いだ訳でもない。彼女は元々何処かの鎮守府に在籍していた者で、それが何らかの理由で大破行方不明(MIA)になり、記憶を失った彼女が巡り巡って俺の元に辿り着いたのではないかと――――つまり、彼女が騙る思い出は俺とのものではなく、何処かの何某との思い出という訳だ。

 成程、記憶を失い同型艦に割り振られた識別番号さえも思い出せないというのなら、彼女がかつてどこかの鎮守府に在籍していたかを知る方法は何一つない。何らかの拍子で表層に浮かび上がった記憶が、何故だか俺という名の虚像に結びついてしまっている現状に、俺は哀れみ以外の感情の持ちようがなかった。

 俺は、誰かの代役に過ぎないのだ。俺では、彼女を救う事が出来ない。それが歯がゆくもあり、忌々しくもあり、何より誰も救われなかった。

 上からの話だ。とある鎮守府が襲撃を受け、若い提督が壮絶な死を遂げた。幾人かの艦娘は、その際に行方不明になったらしい。

 行方不明になった中には、駆逐艦嵐がいた。関わりさえ生まれなければ、それで終わる筈の話だった。

 

「……すまない」

 

「……え?」

 

「…………覚えて、いないんだ。……教えてくれないか。もしかしたら、思い出すかも、しれない」

 

 その時、空気が死んだ。もはや何度目かも分からない死の臭いだ。鼻腔を刺す死臭は瞬く間に場を支配すると、俺の罪状を事細かに晒しあげた。

 無能、ここに極まれり。嵐は茫然自失とした表情の後、無理やりに笑みを浮かべたが、すぐにそれは崩れ去った。砂上の楼閣はヒステリックに喚き散らす事もなく、ただただ水中深くへと沈んでいってしまった。

 

「そ、そうか。おぼ、覚えてないのか。へ、へへっ、そ、そうか。……ぐっ、俺は、別に、気にしてないぞ。そ、そういうごども、ん、ある、だろうしさ。へ、へへへ、な、何だよじれぇ。泣いてなんか、ないぞ? 変な奴だ、な!」

 

 顔を手で覆いながら泣き腫らす彼女は、俺の罪を無自覚に暴き立てる。

 彼女に罪はない。罪はないのだ。彼女は、何も悪くない。

 だが、俺に彼女を抱きしめてやる資格はないのだ。なぜなら、本来彼女の信頼や感情は、俺ではない誰かへと向けられていたのだから。俺は代役に過ぎない。代役が主役の座を奪い取る事は、許されてはいない。彼女の心に踏み入るには、まだ俺にも決心がつかなかった。

 

「……嵐……教えてくれ」

 

「………………上高地で」

 

 それは何てことのない旅行記であった。休暇中の子連れが、老夫婦が、或いは海外からの観光客か。そうした普通の人々が、普通に赴くような観光地。

 そこで生まれたであろう喜びや楽しさを、俺は共有する事が出来ない。彼女が語る思い出に、俺は頷く事しかできなかった。

 

「一緒にさ、山を登ったんだ。暑い日だった。川の水が、キラキラと輝いてた。山道には木陰が差していて、歩きやすかったけど、途中からどんどん岩がごろごろしていって――――」

 

 知らない話だ。

 

「上から見た景色、凄かったよ。どこまでも広がっていて、向こう側には、違う山々が見えて、海とはまた違う、魅力があった。司令が、司令が見せてくれたんだ。俺、とっても楽しかったんだぜ? それに――――」

 

 聞き覚えのない話だ。

 

「帰りに、覚えてるかい? 二人で、ソースカツ丼を食べたんだ。美味しかった、な。ああ、とっても美味しかったんだ」

 

「……そうか」

 

 全て、俺とはかかわりのない話だ。-

 もし彼女と、最初から建造という形で出会っていたなら? もし彼女が、不幸な戦闘に巡り合わず、元の鎮守府で元の提督と日常を謳歌していたなら? ……全て意味のないイフに過ぎない。

 彼女は狂気にとらわれていた。彼女が欲しいものは失われてしまっていて、もはや二度と手に入る事はない。

 しかし幸いな事に、彼女は簡単に正気を取り戻す事が出来た。それは傍目から見れば酷く滑稽に映る荒療治ではあったが、思わず手を出したくなるくらいには、明快過ぎて希望になり得た。

 それは、麻薬にも似た中毒性と即効性を帯びていた。俺はいつも通りに魔法の言葉を口にすれば、それで良かった。

 馬鹿を演じて、気持ちを上げろ。

 

「…………嵐」

 

「っ、な、なんだよ、じれぇ」

 

「……………………いや、今さら言うのもアレなんだがな! 本当に申し訳ないんだが、うん、その、だ! 思い出したんだ! 確かに俺はお前と一緒に長野に行ってたな! いやはや、本当にすまない!」

 

「…………………………え?」

 

 下手くそな嘘が露見した時の、でまかせみたいに。

 彼女が語った言葉をオウム返しするだけで、彼女はすっかり俺の事を信じた。

 

「一緒に、山を登ったんだったな。酷く暑い日だった。川の水が、キラキラと輝いてた。山道には木陰が差していて歩きやすかったけど、途中からどんどん岩ばかりになっていっったな。まああそこは岩陵帯でもあるから当然か。でも、山道は晴れ続きだったものだから比較的苦労はしなかったのを覚えてるぞ。テント場で一泊したけど、雨が降らなかったのは幸いだったな。上高地からの道すがら、子どもたちがぞろぞろ歩いているのはあそこらへん一体恒例の光景だな。嵐、というか艦娘は人気があるからすれ違うたびに凄い群がってきて。そうそう、テント場から北穂高に登って上から見た景色、凄かったよ。どこまでも広がっていて、向こう側には、違う山々が見えて、海とはまた違う、魅力があった。槍も見えたしな。西穂にも登ったが、あそこからジャンダルムに行くのは大変そうだったよな。そうだ、嵐と、嵐と行ったからあんなに楽しめたんだ。俺は楽しかったぞ、嵐。ああ、それに、帰りだったか。二人で、ソースカツ丼を食べたんだったな。美味しかった。ああ、美味かったな、なあ嵐」

 

「う、あ?」

 

 嵐は状況を理解していないようだった。目を白黒とさせて事態を測りかねている。

 やがて現実に帰還すると、震える声色で確かめるように、

 

「し、司令。思い出したのか? 嵐のこと、思い出してくれたのか?」

 

「ああ、勿論だ! いや、本当にすまなかったな。ここまで! 正に喉の所まででかかっていたんだがな……ああ、しかし、本当に楽しい一時だった! 嵐、今度休暇を取れたらまた行かないか? きっと楽しい日になる!」

 

「………………あ、ああ。あ、ああ! そうだな、司令! そうだ、きっと楽しくなる! 嬉しい! 嬉しいぜ司令! 思い出して、思い出してくれたんだな!」

 

「ああ、思い出したぞ、嵐! もう、絶対に忘れない!」

 

 忘れないのは当然だ。彼女が執務室を去ったのち、急いで録音を回収し、それを諳んじて言えるようになるまで復習するのだから。

 そうとも知らず、嵐は非常に喜んでいるように見えた。目に浮かべた涙は、一転して嬉し涙へと転じた。

 彼女の喜びとは裏腹に、俺の行為はただの偽善や応急処置に過ぎなかった。根本的な問題には目を向けず、彼女が彼女のままである事を望んでしまっている。

 それは、歪んだ独占欲かもしれなかった。彼女は、俺が『覚えていてさえすれば』、どんな時でも気持ちの良い笑みを浮かべた。

 それはひとえに、コミュニケーションの放棄でもあった。何故なら――――そう、何故なら、俺は彼女に気を遣う必要性がまるでない。俺が覚えてさえいれば、どんな時でも機嫌が良くなるのだ。どれだけ彼女の機嫌を損なおうと、妄想に話を合わせれば途端に機嫌が良くなる。

 彼女には何も思惑がないのだ。彼女の視線は、俺ではない別の誰かに向けられている。それが何故だか、酷く心地よかった。彼女に罪はないが同時に、俺にも責任はない。彼女を助ける義務はあっても、こうなってしまった責任は、俺にはないのだ。

 

 俺のせいではない。

 それだけで、仄暗い心地よさが心を占領した。

 

 スキー、温泉、山、焼きそば、600円、カブトムシ、花火、スイカ、スキー、温泉、旅行、山、海、浜辺、パラソル、料理、クラムチャウダー、ブイヤベース、エビ、イカ、水族館、パンダ、動物園、スキー、温泉、山、焼きそば、600円…………

 

 何度も書き綴ったメモ帳は、もう必要ない。ずらりと並んだ文字列は脳に刻み込まれ、嵐との会話の度に最大限の効力を発揮した。

 思えば、嵐の存在は大きく俺の中を占領しつつあった。無論、誰彼を優先するつもりは毛頭ない。しかし、必然的な形で彼女に多くの時間を割く事になったのも事実だ。朝起きれば彼女との話の中身を思い出し、復唱し、夜になってもそれは続く。

 ある意味において、俺は嵐に拘束されていると言えるのかもしれない。だが、それでも構わなかった。これは単なる上官としての義務に過ぎない。甘い蜜と背徳によって爛れた、俺だけの楽しみなのだ。

 嵐が笑う。俺もつられて笑った。

 

「へへへっ、嬉しいぜ、司令」

 

「何がそんなに嬉しいんだ、嵐?」

 

「俺の話をずっと信じて、ずっと聞いてくれて、ずっと覚えてくれているからさ――――俺のために、な。俺が司令の事を、ずっと信じて、ずっと考えているようにな。へへっ、司令、司令は、司令は覚えているかい? 俺の事を、本当に、覚えているのか? 思い出して、くれるのか? 俺の頭の中は、ずっと司令の事だけで、一杯なんだぜ?」

 

 ちぐはぐとした違和感が俺を襲う。それを俺は、彼女が抱く錯覚の好意のせいであると切り捨てた。

 

「おいおい、自分の部下の事なんだから覚えていて当然だろ? 所で、来週の予定についてなんだが、野分たちと一緒にだな」

 

「…………野分?」

 

「おいおい、忘れたのか? しょうがない、最初から説明するぞ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しい二人が食堂にいる。

 二人は黙々と食事を続けていたが、片方が意を決して口を開いた。

 

「――――で、結局。提督殿が忘れてしまっているだけなのか、それとも嵐殿が狂ってしまっただけなのか。どっちが正しいのでありますか」

 

 あきつ丸が言葉を口にすると、もう一方の女はしばらく食事を続けていたが、やがて首を傾げて問い返す。あまり気乗りしない様子のようだった。

 

「――――あんたに関係あるの?」

 

「確かに、関係はないであります。直接的には。しかし、そうでありますなぁ。興味本位、といった所であります」

 

 言葉とは裏腹に、あきつ丸はどこか苛立っているように見えた。何に苛立っているのか定かでなかったが、言葉の節々にその一端が垣間見える。

 あきつ丸のいら立ちを尻目に、もう一方の女はゆっくりとした所作で食事を続けた。口は食べ物を受け入れるばかりで、一向に言葉を吐き出さない。

 あきつ丸の我慢が限界を迎えたのと、女――叢雲が食事を終えたのはほぼ同じだった。叢雲は愉快気に口元を歪めると、相席するあきつ丸に向かって笑みを浮かべる。

 

「――――ふふふ。どっちだと思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


























提督「萩風」

嵐「……?」

提督「舞風」

嵐「……?」

提督「野分」

嵐「……?」

提督「俺は?」

嵐「司令!」

てか、お前が(よくヤンデレssである長セリフを)喋るのか……




※追記 うう、吐きそう……18話から前後篇なのに全く違う話を上げてしまった……

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