インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

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第3話

罔(もう)作戦と名付けられたそれは、上層部肝煎りの代物で、何としてでも成功させねばならないという重要性を孕んでいた。

事の発端は深海海戦の草創期に遡る。人間の技術の結晶たる戦闘機、並びに戦車などの近代兵器は軒並み深海棲姫達の前に歯が立たなかった。そればかりでなく、事態はここから最悪の展開に悪化する事となる。鹵獲されたのだ。

大地を蹂躙し、空を滑空してみせたそれらは、深海棲艦に操られるがまま、無残な姿となって海で踊る。戦車が海面を走り、ジェット機がトビウオのように海上を跳ねる様は、悪夢としか言いようがない。本作戦は大戦直後より懸念された事態が現実化したのである。

悲惨なのは、その操縦席にはパイロットや操縦士が未だ骸のまま搭乗し続けている点だ。

敵国兵士の洗脳といえば、近しい所には洗脳されたアメリカ兵士自身による反米プロパガンダなどがあるが、今回のそれは今までのものとはまるで違う。相手は、完全に敵対勢力の一つに成り果せており、交渉の余地は零に等しい。

何の目的もなく回遊し、時折思い出したかのように世界各地で暴れまわるという点では他の深海棲艦となんら変わらないが、居所が掴めた今、最優先で撃破する必要性がある。

それがまだ、幽霊戦闘機である内に、だ。

 

「…………せめて、骸だけでも取り戻したいものだ」

 

手元の資料に目を配りながら、平和だった時代の安寧が掻き消えた海に、思いを馳せる。

彼らが死してなお戦地に赴く理由はどこにも存在し得ない。死者は、尊き安らぎをもって眠るべきだ。

しかし、彼らを何とかして救いたいという気持ちと同時に、容赦のない戦いを用いらなければこちら側がやられるという、一種の二律背反が、俺の心に重く伸し掛かる。

そういった心情を察しての事か、木曾が厳しい視線をこちらに向けてきた。

 

「甘い、甘過ぎるな」

 

「木曾……」

 

「相手はどこまで突き詰めても死者でしかない。戦場にそんな感情を持ち込もうとするな」

 

「分かっている、分かっているさ。そんな事」

 

「いいや、分かってないね。長門に対し、あれだけの事を言ってのけたにも関わらず、だ」

 

彼女はそれまで背中を預けていた壁から離れると、こちら側に足を進める。

その勢いを維持したままに机に両手のひらを強く打ちつけると、口角を吊り上げてこう言ってのけた。

 

「貴様は俺の…………いや、俺達のことだけを考えていれば、それでいいんだ。戦場に赴く者を思え。視界を共有しろ。俺達の痛みを知れ。敵に情けをかけている暇があると思ってんじゃねえ。俺達だけを見てろ」

 

彼女に残された左目が、真剣な眼差しを帯びて俺を射抜く。

その瞳は、反論の余地さえも許さないと言外に語っている。俺達は見つめあい、暫く言葉を用いない舌戦を繰り広げたが、沈黙が室内に飽和し出した頃、とうとう俺は根負けした。

    

「…………ああ、勿論だ。戦場に直接行けない分、俺は何時だって、お前たちの事を考えている。どんな時も、な」

 

「……フッ、いい顔するようになったじゃないか。悪くないぜ、今のお前」

 

木曾が笑みを深くする。優しさと厳しさが同居する瞳だ。

改二になる以前から、彼女にはよく助けられた。それは今も変わらず、彼女は何時だって最前線を突っ切ってくれている。その勇猛さに、俺は憧憬の念を抱いていた。

しかし、そこらの男よりよっぽど男前である彼女からの褒め言葉だ、妙に背中がむず痒くなって、俺は耐え切れずに視線を逸らしてしまう。

 

「なんだ? 照れているのか?」

 

「そんな訳ないだろう! 全く、どいつもこいつも……」

 

「ははは、どうした、俺以外の奴にもからかわれたのか?」

 

「からかうってお前、じゃあさっきのは……全く、本当にどいつもこいつも……不知火だよ不知火」

 

「ああ、あいつか。何だったら、俺の方から話を通しといてやろうか? 提督をからかうなってな」

 

「……お前が言う台詞じゃないな」

 

「ははは、確かに」

 

木曾の快活な笑みになんとも言い難い感情を抱いた俺は、仕切り直しだとばかりに立ち上がった。

窓越しの世界には海が広がっている。蒼海は見るものを魅了する美しさを秘めると同時に、その内側に魔を潜める。

取り戻さなければ。幼き日々の記憶が蘇るとともに、その思いが一層強く感じ取れた。

 

「……承知済みであると思うが、明日、マルキュウマルマルをもって、罔作戦を開始する。厳しい戦いになるだろうが、よろしく頼むぞ」

 

「ハッ、いつも言ってるだろ、お前は俺を信じていればいい。それだけだ。ただ……」

 

彼女は罰が悪そうにそうつけ加えると、憮然とした態度で執務机に散らばる書類を一枚手に取った。

ねめつけるような視線で文字に目を走らせ、ありのままの感想を告げる。

 

「魚の三枚おろし、か。大本営もおもしれぇ事を考えやがる」

 

その言葉通り、罔作戦の内容はあまりにも奇抜なものである。

本作戦の要は、長門、木曾、天龍、龍田、伊勢、日向。

先日開かれた作戦会議においても、前例のない大胆な作戦に異論が噴出し、初めに食って掛かったのは天龍であった。

彼女は眼帯で塞がれていない右目で作戦内容を食い入るように見つめていたが、暫くしてから一言、

 

「……いや、これ考えた奴、馬鹿なんじゃね?」

 

「天龍ちゃん、ストレートに言い切るのはちょっと~」

 

「いや、だって、なぁ?」

 

至って大真面目な表情で大本営を批判する天龍。このあんまりにもあんまりな物言いに、同型艦である龍田が彼女の脇腹を肘で小突く。

無論、上官としての正しき行為は彼女を窘め、その発言の撤回を求める所にあったが、その時の俺はついつい彼女に同意しかけた。

 

――――海面上を飛行するジェット戦闘機――F―35を、一刀両断せよ。

 

これが罔作戦の大筋である。

大まかな流れとしては、支援艦隊の艦載機によって、標的をポイントへと誘導。そこを第一艦隊で叩く。

この作戦内容を聞かされて以来、俺の脳裏にはルパン三世TVスペシャルの記憶がこびりついている。

 

「懐かしいな、五右エ門の幼馴染が可愛くてな……あの展開はショックだったよ」

 

「ちょ、ちょ、ちょ、提督、大丈夫? 現実逃避してる場合じゃないわよ?」

 

「私は……ロシアより愛をこめて」

 

「五右エ門の恋は報われないな、本当に」

 

「日向、そこ乗らなくていいから!」

 

ポニーテールで髪の毛を束ねた女が、現実逃避に華を咲かせる俺達に待ったをかける。

伊勢とも呼ばれる彼女は身を乗り出すと、腕を組んで無表情を保つ相方の体を揺さぶった。

ボブカットが横に揺れ、相方である日向が無理やり現実へと帰還させられる。

 

「現実逃避している場合じゃないでしょーがっ!」

 

「TVシリーズではストーンマンとの対決が好きだったかな……」

 

「俺は四人が協力してダイヤを盗む奴だな。まあ、不二子は何もしてないけど」

 

「ふ・た・り・と・も!」

 

「分かった、冗談はこのぐらいにしておこう。さて、詳細は手元の資料にも記載されている訳だが、何か質問は?」

 

「では俺から。今回この面子が集められた理由を説明してほしい」

 

手を挙げた木曾に目を向ける。

 

「長門を除く五人は嗜みながらも剣術を修めているとの事だったな。実際、お前達には緊急接近時における武装が配備されている筈だ」

 

「……まさか、たったそれだけの理由で集められたのか? それと、本作戦は俺たちの鎮守府のみで行われるみてぇだが」

 

木曾の値踏みするような眼差しに、俺は動揺を誘われた。

俺だって、出来る事ならこんな訳のわからん作戦、やりたくなんてなかったさ。

 

「…………何だその眼は。仕方ないだろう、同じ艦でも鎮守府ごとによっては剣術の熟練度に差が生じるとの事だったし、お前達五人全員がいるのは俺の駐留しているこの鎮守府のみだ」

 

木曾はそれでも納得いかないといった風の顔つきを見せていたが、ようやく席に腰を下ろした。

次に手をあげたのは長門だ。

 

「私にも質問させてくれ」

 

鍛え上げられた肉体を兼ね備え、けれども女性らしさを損なったわけではない。むしろ、絞られた体が余計魅力的に映る。それが彼女への第一印象だった。

凛々しい表情で戦場を駆るその姿は戦艦級に相応しいもので、我が鎮守府の誉れでもある。

 

「超音速で飛行する物体に、砲弾を当てろと?」

 

「いや、撃墜時エンジンから火を噴いていた事が確認されている。鹵獲後もエンジン自体はそのままの筈だから、べら棒に速いという事はない筈だ。だが……正直、それでも当てる事は難しいと思う。海上且つ、どういう訳かあちらは未だにステルス性を保持しているらしい。電探にも映らんだろうし、常識を超えた速さである事に変わりはない筈だ。今回の作戦が立案された理由はそこにある」

 

「我々艦娘が対処する理由は? 目標と同型のものであれば、撃ち落とせるのでは?」

 

「深海棲艦による鹵獲後、やっこさんは水中でも活動が可能になったようだ。その代わりに、長時間の航空持続能力を失っているようだが。……しかし、最高速度を保ったまま入水する事が可能で、幾度かの作戦が失敗に終わり、とうとうこちらにお鉢が回ってきたというわけだな。それに、トップスピードで海中に沈む時に発生するであろう衝撃に耐えられるという話だ、現代兵器では恐らく歯が立たん。女神と妖精のお墨付きである艦娘でなければ、撃墜は困難だろう。相手が深海棲艦ゆかりのものだとすれば、なおさらだ」

 

「武装は?」

 

「ミサイルを積んでいるが、胴体内兵器倉のハッチが壊れたままらしい。A型は25mmガトリング砲を装備しているが、こちらは幾度と続く本土襲来の際に全弾撃ち尽くしたと考えていい。無論、深海棲艦の手によって補給されている可能性は否めないが」

 

「成程、水中潜航可能との事だが、機雷は試してみたのか?」

 

「本作戦と同じ要領で機雷設置ポイントに追い込みをかけてみたらしいが、易々と爆風の中を突破したらしい。それに、この手の作戦は環境保護団体の目が厳しく、何度も実行は出来ん。ただでさえ最近は、深海棲艦は傷ついた地球が生み出した自衛本能だなんて主張が飛び出てくるぐらいだからな……。本作戦においては、対象が潜航した場合に備え潜水艦の少女達を事前に配備、同時に木曾にも雷撃を行ってもらおうと思っている。当たるかどうかは、分からんが」

 

「ふむ……胸熱だな……。それで、だ。砲弾が当たらない事が分かっておきながら、私に一体どうしろと?」

 

「受け止めろ」

 

その瞬間、会議室の空気は沈黙した。

普段の姿とはかけ離れ、口をぽかんと開ける長門。ああ、だからこんな事言いたくなかったんだ。

同じく茫然とした表情を浮かべる一同を前に、俺はもう一度本作戦の大詰めを説明する。

 

「受け止めろ、長門。五人が両断に失敗した場合、後詰に控えていたお前が、迫り来るジェット戦闘機、F―35を受け止めるんだ。その後、速度の低下した対象を、追いついてきた五人が仕留める」

 

無論、酷い無茶を言っている事は、自覚していた。

受け止めろ、だと? アメフトのラインを任せるわけじゃないんだ、我ながらよくもまあそんな大それた事を言えたものである。

真っ先に飛んできたのは天龍の鉄拳でなかったのは、龍田が制止してくれたからに他ならなかった。

罵声が耳朶を打つ。

 

「ふざけんなクソ提督! 受け止められる訳がねぇだろうが! お前は、長門に死ねって言ってんのか!?」

 

牙を剥いて怒鳴りかかってくる天龍は龍田に抑え込まれながらも、その四肢を懸命に動かして俺に掴みかかろうとしていた。龍田がいなければ、俺はここで死んでいたかもしれない。

一般的に艦娘は日常生活を送る上で力をセーブしているものだが、頭に血がのぼっている天龍にそれを求めるのは無理があるだろう。

 

「理屈上は、可能だ」

 

「ああ!?」

 

「とんだオカルトだが……艦娘は、深海棲艦をプロセスとした攻撃以外で大怪我を負う事はない。一般的な現代兵器、火災、落雷に遭遇しても無傷な事は実証されている。いや、一般生活においては、自身に深刻な被害を与えるものと接触するとセーフティがかかると言った方が正しいか。だからお前たちは痛みである辛味も、熱湯も感じ取れる。それに、体調の変化だって存在する。だが、何度自動車に撥ねられた所でお前たちは死なない。これは深海棲艦側にも言えることで、やはり艦娘を経由した攻撃でなければ傷つける事は出来ない」

 

「それがなんだってんだ!?」

 

「F―35はあくまで鹵獲された現代兵器だ。深海棲艦とは違い、何処で作られ、誰が操縦していたのかまで分かっている。衝突時の衝撃に吹き飛ばされる事さえなければ」

 

「潜航可能って事は深海棲艦に限りなく近づいているって事だろ! だのに、こんなん自殺行為以外の何物でもねぇ!」

 

俺と天龍の衝突を尻目に、長門は沈黙を貫いていた。

何故、何も言わないのか。非道と呼んでくれれば、それで構わない。だが、沈黙のままでいられる事は何よりも辛い。言葉にしてもらわなければ、俺達人間は何も理解しあえないからだ。

天龍が脇に差した愛刀に手を伸ばしかけたその時、ようやく長門が重たい口を開いた。

 

「受け止めろ、との事だが、直線状に並びさえすれば、砲撃は可能ではないか?」

 

「たとえ超音速にならずとも、あちらの機動力は予想以上のものがある。回避運動も深海棲艦によるものか、従来のものを遥かに凌駕しているとの事だ。超々至近距離からであれば砲撃も可能だろうが、そんな事をすればおまえの身がもたない」

 

「どっちみち無理じゃねぇか!」

 

「黙っていてくれ天龍――――それで提督は、私なら成功させられると?」

 

「ああ、そう思ったからこそ、数ある戦艦級の中でもお前を選抜した」

 

「そうか、なら…………ああ、この長門、やるからには必ず成功させてみせる」

 

「なっ、お前、何を言って」

 

思いがけぬ長門の言葉に、天龍が息を呑む。

 

「何、心配はいらないさ。何といっても私は世界のビッグセブンだ。この程度の任務、何を苦としようか。それに、所詮私は後詰に過ぎない。……人の心配をしている暇があったら、自分達が成功出来るどうかを心配したらどうだ、天龍」

 

「なっ……」

 

そう言って微笑を浮かべる長門に、天龍は毒気を抜かれてしまったらしい。

握りしめられた両拳が自然と緩められ、脱力するように振り上げられた両腕が、支えを失っていく。

彼女はかぶりを振ってから髪を掻き毟ると、

 

「……あーもう! 人がせっかく心配してやってるってのに! 見てろよ! 成功した暁には、作戦中ずっと突っ立っていただけだった事を馬鹿にしてやるからな!」

 

そう言ってから機嫌悪そうに俺の方を一瞥すると、必要な書類だけをかき集めてさっさと会議室を出て行ってしまった。

遅れて、申し訳なさそうに眉を八の字に曲げて、龍田がその後ろを追う。

 

「いやー、ちょっとびっくりしちゃったわ。作戦の内容も勿論そうだけど、提督、ちょっと舐められ過ぎじゃない?」

 

伊勢の横槍に、俺は思わずどきりと身を震わせた。

俺の持病(インポテンツ)の事は鳳翔以外誰も知らない筈だが――――もしかしたら、生殖を主とするべき生命体としてのハンデが、俺に自信や威厳といったものを喪失させているのかもしれない。

心にふって湧いた動揺を誤魔化そうと、俺は一つ咳払いをしてから、

 

「ともかく、作戦日は刻一刻と迫っている。それまでは各自、ゆっくりしてくれ。俺はこの後、支援艦隊、並びに潜水艦達との会議を続け、その後全体でもう一度概略を説明する事になると思う。それでは、これで解散とする」

 

俺の言葉に残された面々が立ち上がり、承諾の意を口にしてからぞろぞろと会議室を出ていく。

そんな最中、長門ただ一人が先ほどと同じ位置から動こうとしなかった。その様子をちらりと木曾が窺うも、詮無き事と称して部屋を出ていく。

会議室には、俺と長門だけが残された。

 

「…………すまんな、お前にはいつも迷惑をかける」

 

「いいや、別に構わないさ」

 

「……天龍の言った言葉は、実際真実に近い。もしF―35のような存在が深海棲艦達から現れれば、戦局は一変するだろう。勿論、我々にとって都合の悪い方向にな。向後の憂いを断つためにも、深海棲艦に限りなく近づきつつあるアレは、必ず撃墜せねばならん」

 

罪悪感から軍帽を深くかぶり直す。何時だってそうだ。俺は何もしてやれない。

何時命を散らすかも定かでない戦場に赴くのは彼女達で、俺はその無事を祈ってやるぐらいしかやる事はない。

そのやるせなさが、本作戦での無茶具合と重なり、俺は目の前の彼女の事を直視する事が出来なかった。

無論、明け透けで、過剰なまでに自己主張の激しい俺の罪悪感に、長門が気づかない筈がない。

 

「どうした、提督」

 

「いや……」

 

「天龍にも言ったが、心配はよしてくれ。それに……私は嬉しいんだ」

 

「何だって?」

 

死地に赴く者の言葉とは到底思えぬその言葉に、俺は思わず顔を見上げた。

長門が、笑っている。

 

「嬉しいのだ。私の力を、提督のために役立てる事が出来て。提督は、私が役立てば嬉しいだろう?」

 

「ああ、それは、確かにそうだが……」

 

「だったら、そんな不甲斐ない顔をするな。あなたの為に、この長門は死地を往く。せめて、そうだな、笑って送り出してくれ。それが良い。それだけで良い。あなたの為に力を振るえるなら、報酬なんていらない」

 

「長門……」

 

ここまで信頼を寄せてくる部下に会えた事に、俺は内心感謝で打ち震えていた。こんな出会いに巡り合えるのは、軍人の中でも数少ないであろう。

心臓の鼓動が早まるのを感じながら、俺は誤魔化すのに必死だった。

 

「作戦が終わったら、皆で飯でも食べに行こう、無論、俺の奢りだ。アイスだってつけてやるさ」

 

「ふふふ、それは、胸が熱くなるな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルキュウサンマル。

長門達第一艦隊は、稀にみる陣形を取って、ポイントに待ち構えていた。

天龍、龍田、木曾、伊勢、日向が単縦陣を形成し、その遥か後方に長門が陣取る。三角形の形を模したそれはF―35を討ち取るための二段構えの策だ。又、海中には伊401、伊19、伊168、伊8といった面々が潜航し、不測の事態に備える。

作戦通りの構え。だが、F―35が接近する筈の時刻を過ぎても、依然として対象はやってこない。支援艦隊は疾うの昔に交戦領域に入っている筈なのに、だ。

しかし、この遅延は元より想定の範囲内とも言えた。元々艦娘の所有する艦載機は対深海棲艦用で、最近の人型深海棲艦らの登場も相まってダウンサイズ化が施されている。

また、着艦時の問題から、速度の点においてはF―35に劣り、これらを踏まえ、追い込みには支援艦隊だけでなく戦闘機を持ち出した合同作戦となっていた。

不測の事態が起こるのは、ここからである。

 

「こんな、時に……!」

 

支援艦隊で追い込みをかけていた加賀の口元から、苦渋の息が漏れ出る。空母ヲ級の来襲だ。

深海棲艦の手元から放たれた無数の艦載機が、支援艦隊に襲い掛かる。獲物を追い掛け回すのに躍起になるあまり、索敵に失敗した事が決定的な失態と言えた。

ここに、せっかくのファイア・アンド・フォーゲット――誘導ミサイルは宝の持ち腐れにに変貌する。

直撃を受けた筈の空母ヲ級が業火の中から姿を現し、狙いを戦闘機へと定めた。速度の面では勝るも数には勝てず、四方八方を固められて、次々と墜落していく戦闘機達。

 

「ッ、五航戦、前!」

 

五航戦翔鶴が数瞬前までいた所を、F―35が通り過ぎる。事前に加賀が気づけたのと、人間とは比較にならない艦娘の身体能力だからこその回避成功だ。

海上を跳ね回るF―35こそ、彼女たちを悩ませるもう一つの問題であった。一瞬でも油断すれば、急接近してきたそれに吹き飛ばされ、宙を舞う。また、ジェット戦闘機の所以たる通過時の衝撃が、戦闘空域に存在する全ての者を襲う。

事前の予測通り、たとえ負傷する事がなかったとしても、一度でも誰かが吹き飛ばされれば陣形は完全に崩壊するだろう。そして、陣形を崩される事、それ即ち空母ヲ級の独壇場を意味する。

 

「このままでは……」

 

加賀の熟考する所に、自分達の死に関するものは存在しない。生き残る事に重きを置けば、必ず撤退は可能であるからだ。

しかし、それは歪ながらも陣形を維持している今だからこそ言える言葉でもあった。そして、撤退を選択すれば、罔作戦は必ず失敗する。

事態は混沌を極めつつあった。

 

「HEY! 加賀!」

 

「金剛!?」

 

その時、艦載機と鮫の行き交う中を縫うようにして加賀の前に金剛が現れた。

爆音の轟く戦場。自然と声は大きくなっており、二人の息も荒々しい。

 

「ちょっと、アレ、アレしてみてくださいネ!」

 

「アレだのなんだのじゃ分からないわ! もっとはっきり言ってくれるかしら!」

 

「艦載機とのサイトリンクネ! 上空からこの戦場を見てクダサーイ!」

 

「それで一体何が…………」

 

「いいから、早く! ハリー! ハリー! ハリー!」

 

言われるがままに瞼を閉じ、一瞬の暗闇に身を委ねれば、次の瞬間には目の前から金剛は消えうせ、世界を俯瞰する形で視界が復活する。艦載機に搭乗する妖精達との視界共有によるものだ。

上空を飛び回る艦載機からの視界には、空母ヲ級、F―35、そして艦娘達が映る。

しばらくサイトリンクを続けていると、確かな違和感が芽生え始めた。

 

「っ、これは……!」

 

「YES! 単なる勘でしたけど、加賀に確認を取って正解でしたネ-!」

 

サイトリンクを中断した加賀は、今後の対策を練り始める。

艦載機から見た視界の中では、これまでの収集されたデータとの差異が存在した。

これまで無秩序に動いていただけであったF―35に、パターンのようなものが出来つつある。

 

「これは、空母ヲ級を、守っている……?」

 

空母ヲ級の周りを周回するような形で移動を繰り返すそれは、かつてのでたらめさを持たず、ある種秩序だった行動であるように思える。そこから、空母ヲ級に最も近い標的に突撃を繰り出しているようだった。

深海棲艦同士の共鳴――いや、それならば、F―35はかなり高いレベルで進行……

そこに至った所で、思考の渦に巻き込まれかけていた加賀を、金剛が救い出す。

 

「加賀!」

 

「ええ、分かりました。理由は定かでありませんが、空母ヲ級をポイントに誘導する事によって、同時にF―35の移動をも誘発出来るかもしれません。全火力を空母ヲ級及び随伴艦へ投入。変化パターンを信じるのあれば、あるいは」

 

「思い立ったら即行動デース!」

 

「ええ! ほら五航戦! ちんたらしてないで動きますよ!」

 

作戦の一部が変更になった事は、直ぐに第一艦隊の元に伝わった。

F―35の動きを誘発させるために、空母ヲ級を先に先行させる――それはつまり、第一艦隊の動きが制限されるという事だ。

F―35が空母ヲ級の周囲をコースとしている関係上、正面から第一艦隊と接触する可能性は限りなく低い。五人が失敗したとしても、彼女らの後ろに直線状に控える都合上、F―35が長門の元に向かう事は無いだろう。

ただでさえ困難な任務が更に困難になったという事実だけが胸に残り、各員に不安の種を抱かせる。

 

「……天龍、あまり気張るな」

 

「気張ってなんかねぇ、別に」

 

表に出さないだけなのだろうか、唯一仏頂面を維持したままの日向が、天龍に声をかける。

天龍はそれを、そっぽを向いて拒絶するが、日向に呼応するような形で、伊勢、木曾までもが、彼女に声をかけてくる。龍田はそれを微笑ましそうに見つめているだけだ。

真っ赤になってまゆじりを釣り上げると、天竜は声を荒らげた。

 

「止めろって言ってんだろ! オラ、もう来るぞ!」

 

天龍の言葉通り、目視可能な距離にまで、空母ヲ級が所有するあの特徴的な艦載機が近づきつつあった。恐らく、退路を得るために空母ヲ級が先行させたものだろう。

艦載機の後方では飛沫がモーセの十戒のように上がっている。F―35だ。

 

「対空!」

 

誰が言うでもなく砲口が空へと構えられ、怒涛の勢いで敵艦載機へと砲弾が飛来する。挟み撃ちされる形であるためか、第一艦隊の方に向かってきている艦載機は思いのほか少ない。

やがて、空母ヲ級の姿が確認できるようになり始めた、正にその時だった。

 

「ッ!」

 

「天龍!」

 

敵艦載機によって隊列が乱された事による、僅かな隙だった。空母ヲ級の背後から躍り出たF―35は、深海棲艦を追い抜き、退路の障害物を排除しようと第一艦隊に接近する。これに対し、第一艦隊の面々は艦載機への対応から抜刀が目に見えて遅れてしまっていた。

斜線上から第一艦隊へ迫ったF―35は、その勢いを維持したままに進行方向上に立っていた天龍へ向かってその翼を強かに打ち付けた。

 

「天龍!」

 

一瞬の出来事に、誰もが空を仰いだ。F―35の衝突を受けて、天龍の体はなす術もなく天に打ちあがったと思ったからだ。

しかし、天龍の姿はどこにも見当たらない。天にも、海上にも。あるのは、第一艦隊を置き去りにして遥か遠くへ、そして再び空母ヲ級の元に戻ろうとするF―35の姿のみ。

 

「うがあああああああああああああああああッ!」

 

どこからともなく、天龍の絶叫が響き渡る。しかしそれは、戦闘機の生み出す衝撃に掻き消されて第一艦隊の元には届かない。

彼女はF―35の左翼に食い込むような形で、戦闘機だけが生きる事の出来る世界に存在していた。衝突よりも一瞬早く解き放たれた刃が、戦闘機の翼に食い込んだのだ。

強風に支配された世界で、天龍の視界は完全にホワイトアウトしていた。目も開けられない。今にも意識が飛びそうになってしまう。

しかし、刀越しに伝わる確かな脈動に、天龍の意識は覚醒を果たした――――翼が、脈打っている。それは日夜戦う深海棲艦を思わせるものだ。

 

「ああああああああああああああああああああッ!」

 

それは、天龍に殺意を抱かせるには十分過ぎる、温かで、血の流れを感じさせるものだった。彼女は今ここに、この戦闘機が、血液と骨格で形成され、肉肌に覆われた代物である事を認識する。認識してしまう。それが分かった今、悠長にじっとしているなど、出来る筈がなかった。邪魔な艤装をパージ。

食い込んだ刀に全体重をかけながら天龍は、片方の拳を握りしめると、それを戦闘機のガワに思いっきり突き立て、貫通させた。

F―35が、哭く。

 

hふぁお;ふぇhふぁお;えhふぉ;hふぁうwh;fはw!!!!!!!!!!!!

 

人の言葉とは到底思えないその絶叫に、天龍は薄れゆく意識の中でふと思った。そりゃ当然だ。『生物』が、内臓を直接弄られているのだ、哭いて、泣いて当然、と。

その悲鳴に負けず劣らず大きな声で、最後の力と共に天龍もまた、泣く。

 

「ナガトオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!」

 

何度も、何度も、赤子のように。一寸の光も見えない世界で、天龍は泣き続ける。

果たして、その願いはかなえられた。

左翼にへばり付いた彼女にとって、それが聞こえたのが左方向であったのは、正に幸運としか言いようがなかった。何せ、『こいつ』の中身を引っ張ってやるだけで……

 

へpわえおfけgじょぱjwぎrじ―――――――

 

その絶叫は、天龍の鼓膜が破けた事により途中で聞こえなくなった。『深海棲艦』の声が、彼女に確かなダメージを与えたのだ。

同時に、体に壮絶なGがかかり、深海棲艦が進路を変えた事を暗闇の中で実感する――――天龍が笑みを浮かべるのも束の間、深海棲艦が急に速度を落とし、彼女は全く理解の及ばぬまま、浮遊感をその身に手にした。

 

「――――?」

 

何だ、これ。

視界が縦に回転するのを感じながら、やがて、視界一杯に広がる青に近づいていき――頭から海に叩き付けられた。

 

「!?!?!?!?!?!?」

 

その勢いのままに深く深く水中へと沈んでいく。パニックを引き起こし、息ができない事に苦しさを覚える。

やがて、視界が霞を覚え、天龍の意識は一時、ここで途絶えた。

 




アニメの方も三話から展開変わったので、急遽流れを変えてみました。
結構テキトーに書いてるので、ミリタリーに詳しい方がいらしたら、ご一報をくれると嬉しいかも

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