インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

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第4話

罔作戦から数日後、執務室へと呼び出しをかけたのは他でもない、彼女もまた、今作戦の立役者の一人であったからだ。

サザンカを思わせる真っ赤な髪の色合いが特徴的な少女で、その名を伊168と言った。

 

「ありがとう、イムヤ。天龍が助かったのはお前のお蔭だ」

 

「ううん、どういたしまして」

 

罔作戦は多少の損害を出しながらも、無事成功の形で終わった。艦娘側における死者は零。

支給されていた戦闘機が何機か撃墜されたが、どうにか脱出していたらしい。こちらも、支援艦隊の面々に回収してもらった。

また、一時は大破していた天龍も現在は完全に復調している。

彼女はF―35を長門が受け止めた際、しがみ付いていたが為に慣性の法則に従って投げ飛ばされ、その勢いのまま頭から海に突っ込んだ。

意識を完全に喪失し、あわや海の藻屑となりかけた所を、元々潜航していた潜水艦艦隊の一員である伊168に救出してもらい、事なきを得ている。

 

「そういえば、あの戦闘機はどうなったの?」

 

「回収した。現代兵器が完全に深海棲艦化したのは前例がない。……遺体は母国に送ってやりたかったんだが」

 

「だが?」

 

「工廠の方で明石にコックピット部分を開けてもらった所、乗り込んだままだったとされるパイロットの姿はどこにも確認できなかった」

 

「や、やだ怖い! 脅かさないでよね!」

 

体を抱くようにして身震いするイムヤと同じく、俺も股間が縮こむ思いだった。勃起出来なくなる理由が増えそうだ。

意識の回復した天龍、長門にも聞いてみたが、戦闘時も誰かが操縦席に座っている様子はなかったらしい。

 

「機体は一時工廠に保管された後、別の場所に移される手筈となっている。さすがにここでは設備が足りないからな」

 

「ふぅん、まあ、そこまでいったら私達には関係ないわね。それで、司令官」

 

「どうした」

 

「長門達にご褒美があるんだから、私達にも、ね?」

 

「ああ、勿論、新しいスマホだろうが何だろうが、買ってやるぞ」

 

「やった!」

 

喜色溢れる笑顔を見て、作戦が終了した事をようやく実感する。どっと肩の力が抜けてきて、部下の前でなければ今にもへたりこんでしまいそうだった。

 

「司令官、私、役に立てたよね?」

 

「……? ああ、勿論」

 

「天龍が轟沈したら、悲しかったよね?」

 

「ああ」

 

「そうだよね、そうじゃないと、助けた意味がなくなっちゃうもの」

 

「…………?」

 

どこか会話にずれが生じているような気がしたが、精神疲労の著しかった俺は、それ以上の頭の回転を望まなかった。実際、伊168が天龍を助けた点に変わりはない。

それで、いいではないか。

 

「ううん、何でもないの。これからも宜しくね、司令官。イムヤ、司令官の為に頑張っちゃうから!」

 

「ああ、宜しく頼むよ」

 

それ以上に問題として脳内会議に上がっていたのは、イムヤの犯罪的可愛さである。

そもそも、私服がスクール水着ってどうなのよ、そこん所。建造妖精は世の提督を殺したいのか? いい加減襲うぞ俺は襲えないけど。

性欲情欲、燃え上がる三大欲求が一つ。しかし、それらが意識の表層に浮かび上がる前に、叩きこまれた倫理観と、もはやいきり立つ事のないビッグマグナムが俺を苛ませる。世の中クソしかねぇ。

作戦終了を確認した俺の心にはもはや酒の事しか頭になかった。あー、鳳翔さんと赤ちゃんプレイがしたい。赤ちゃん=勃起しない=俺という至高の方程式を導き出した今の俺に死角はなかった。

暫くの間妄想の世界に旅立っていた俺を現実へと回帰させたのは、軽快なスマホのシャッター音である。

見ると、イムヤがそれはもう小憎たらしい笑みを浮かべていて、

 

「司令官の変な顔、撮っちゃった」

 

「! イムヤ! 早急にそのスマホを渡しなさい! 良い子だから!」

 

「イーヤ! 後でこれ待ち受けにしちゃうから」

 

「ええい、これでもか! 実力行使だ!」

 

「あっ、ちょっ、駄目ですって……!」

 

イムヤの手元からスマホを掠め取った俺は、腰のあたりでぴょんぴょんと跳ねるイムヤから逃れるように、腕を高々と上げる。

 

「くっ、アルバムにパスワード設定が……! イムヤ、パスワードは!」

 

「教えるわけないじゃない!」

 

「上官命令だぞ!」

 

「あっ、今のパワハラだからね!? 絶対訴えてやるから!」

 

「狡い手を……!」

 

「人のプライバシーを覗こうとするなんて、最低! 司令官のエッチ! 終いにはホントに怒るよ!?」

 

「くっ……!」

 

女性の口からエッチなんてワードが飛び出したからには、こちらが折れるしかない。何故かって? 女性が発音するエッチという言葉は本当にエッチだからだ。

あまりの衝撃に感動に打ち震えた俺は、熟考のち、イムヤのスマホを手放す事にした。

 

「…………ちゃんと後で、消しとくんだぞ」

 

「潜水艦の皆にも送っちゃうから」

 

「な」

 

「グループトークのアルバムにも投稿してやるんだから」

 

「ななな!?」

 

「ふーんだ」

 

機嫌を大分損ねてしまったらしく、イムヤは敬礼の一つなく執務室を出て行ってしまった。

ぽつんと一人執務室に残された俺は、意気消沈のあまり項垂れ、勢い静かに腰を下ろす。

孤独だ。一人だ。秘書艦もいない。

我が鎮守府は立ち回りで担当が変わるようになっている。カレンダーに視線を送れば、今日の日付のところには、陸奥の二文字が記されていた。

 

「……遅いな」

 

彼女のクッソエロいプリーツスカートに思いを馳せながら、寂しさを紛らわせる。姉妹艦である長門の様子が気になるとの事で退席を承諾したが、彼女が姿を消してから、かれこれかなりの時間が経過している。

長門に何かあったのかもしれない、と一抹の不安が芽生えたのはその時だ。

 

「しかし、作戦終了時は、さして問題はなさそうに見えたが……」

 

無論、負傷はあった。高速で接近する戦闘機を生身で受け止めたのだ。しかも都合が悪い事に、相手は長門と接触する頃には完全に深海棲艦と化していたという。

それでも、彼女は競り勝った。衝角と化した戦闘機の機首を抑え込み、衝撃で裂けた皮膚と血風を物ともせず、まるでモーゼの十戒のように海面を裂いて後退しながらも、見事戦闘機を完全静止させた。見事なものだ。彼女は完璧に俺の要求に答えて見せた。

戦艦型は治療に時間がかかる事もあり、恐らくは天龍よりも復調は遅いと思われる。しかし、経過の安定は順調で、正直、何度も心配になって様子を伺いにいくようなものではない。

陸奥の長期不在は、首を傾げさせるには十分過ぎるものであった。

 

「御免なさい、遅れたわ」

 

「おお……長門に何か問題でもあったのか?」

 

「……提督がそれを言うの?」

 

「?」

 

ようやく帰ってきた陸奥から浴びせられた言葉は、正直あまり気持ちのいいものではなかった。だが、愁いを帯びた瞳を見るに、事態はあまり悠長に構えていられるものでない事だけは、容易に想像できる。

どのように聞き出すべきかと腐心していると、先に声を荒らげたのは陸奥の方だった。

眉尻をやにわに持ち上げると、驚く俺を尻目に、大股で詰め寄ってくる。

 

「提督」

 

「どうした」

 

「……もっと、姉さんに優しくしてあげてよ!」

 

「それは、先の作戦の事か? しかし、あれはどうしても必要なもので、確かに長門には苦労をかけたが」

 

「違うわよ! 作戦が終わった後、姉さんにはちゃんと声かけてあげたの!? 褒めてあげた? 傷の心配はしてあげた?」

 

「お、おお? いや、一通りに声をかけた後、負傷していたようだったから入渠を勧めたんだが……」

 

「自分の対応がおざなりだったとは思わないの? これだから童貞は……!」

 

「待て待て待て待て、待て! 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ!? 童貞、童貞って言ったかお前! ありもしない事を声高に上げたとして、上官批判でしょっぴくぞこの野郎!」

 

「人の話は最後まで聞いて! それに、そうやって動揺してみせる時点で、自分は童貞ですって言ってるみたいなものでしょ!?」

 

「ゆ、誘導尋問だ! 軍法会議で処罰してやる!」

 

「あー、もう! そんな事はどうでもいいの!」

 

「どうでも、いい、だと? ……ええい、後でじっくり話をつけてやる! とりあえず今は長門だ! 一体何があった? どうして俺が関係してくる?」

 

痺れを切らして本筋を問いただすと、陸奥はこの世のものではないものを見たとばかりに目を見開いてみせる。

愕然とする陸奥を前に、俺が今一つ踏み出せずにいると、

 

「……そこからなの? この童提督」

 

「略すな!」

 

「……もういい。なんだか白けちゃったし。あとで姉さんの所に、行ってくれさえすれば、それでいいわ。……言っとくけど、姉さんを傷つけたら、絶対に許さないからね」

 

「……それは保障できん。深海棲艦との戦いが激化していくばかりで、今だ活路は不明だ。無論、お前たちを轟沈させるつもりは毛頭ないが……」

 

「もう! 頭が固いんだから! そういう事を言ってる訳じゃないの!」

 

「お前との会話はどうにも歯車が合わん! ちゃんと一から十まで説明しろ!」

 

「一を知って、十をも知れ!」

 

「無茶言うな馬鹿者! とにかく、お前の言う通りアフターケアは十全に行う! 心理カウンセリングならお手のものだ!」

 

「ん、今時の軍人って、そんな事もやるの?」

 

お前たちに手を出さない事も含め、上層部じきじきのレッスンを受けたんだよ! そのせいで今や俺はインポだ!

とはいえ、そんな事は大っぴらに口に出せる事でもない。おとがいで指し示して、彼女の視線を書類へと引く。

 

「と・も・か・く! 罔作戦は無事に終了したはいいが、その結果提出すべき書類は山ほど生まれているんだ。俺とお喋りしたいのであれば別だが、暇なら口ではなく手を動かせ、手を」

 

「もう、ちゃんと仕事はするわ」

 

「宜しい。早速だが、今作戦における資材の消費がどの程度の域にまで及ぶかを文書にしておいてくれ。今後の為にも補充申請をせねばならん」

 

「分かったわ」

 

そういって、横付けされた秘書艦用の机に腰を落ち着かせる陸奥。PCを流暢に扱い始めた彼女からは、先ほどのような公私混同は微塵も感じられない。

どーでもいいけど、プリーツスカートの陸奥が椅子に座るとクッソエロいんだよな。これ誘っているんだろうか、或いは気づいていないだけ? インポに手厳しい女だ。俺は彼女への評価を一段階下げる。

しかし仕事そのものは優秀の一言に尽き、俺はその姿に安堵すると共に、どうにも言い難い微妙な感情が渦巻いている事に気づく。

毎度の事であるが、彼女は長門に固執し過ぎるきらいがある。最も、姉妹艦を持つものは大なり小なりそういった性質を持っているものだが、いくらなんでも彼女はオーバーだ。

 

「何? 私の顔に何かついてる?」

 

俺の視線に気づいたのだろう。

軽快に叩かれていたキーボードの入力音がなりを潜め、久方ぶりの静寂が執務室に訪れる。

好奇心という名の疼痛に襲われた俺は、彼女に問いかける事をやめるのが出来なかった。

 

「……陸奥。おまえまさか、レズなのか?」

 

「…………はぁ!?」

 

「……恋愛は人それぞれだが、相手側の事も考えてやれよ? 姉妹艦ともなればなおさらだ。無論、俺はお前の事を応援しているからな。相談にも随時乗ろう」

 

会心の笑みを彼女に向ける。戦時中の事実からして、姉妹艦には同型であるという事以上の絆が存在する。彼女達は名を受け継いでいるだけでなく、その絆をも継承しているのだ。

事実、当鎮守府には在籍していないが、北上と大井の間にはとても強い絆が結ばれているという。陸奥と長門がそういう関係であっても、何もおかしくない。

所が、部下の相談にも乗れる出来る上司を演じようとした俺の目論見は、まんまと失敗したようだった。

陸奥は暫く目を見開いていたが、やがてわなわなと両肩を震えさせ、

 

「……ふぅ~ん、そう、そう言う事、言っちゃうのね」

 

「陸奥? おい、聞いてるのか?」

 

「今度、新しい香水が出るの。買ってね」

 

「話が飛躍しすぎだ! どうやったらそんな話になる!?」

 

「買ってね」

 

「おい、陸奥」

 

「買ってね」

 

有無を言わせぬ物言いに思わず天を仰ぐ。俺の言葉の内の何かが失言であった事は明らかだ。

だが、何が彼女の機微に触れたのか、皆目見当もつかない。

陸奥は呆れた様子で、ともすれば軽蔑の入り混じった視線でこちらを半眼視していた。

 

「…………なぁ、一体何がお前を怒らしたんだ? そいつを説明してくれんと、俺としても納得のしようがない」

 

「…………私と姉さんはそんな関係ではないんだけど?」

 

「…………それは、その、すまなかった」

 

「教えてあげる。私だって普通に男の人が好きよ。ただ、ちょっと遠回りをするだけ」

 

「そうか……だがな、お前は長門に対して心配性過ぎる。あれはそんな、やわな女じゃないだろう?」

 

「そんな事ないわよ。姉さんはいっつも提督の前では無理してるけど、ほんとは……」

 

陸奥の表情に暗い影が走る。姉を思いやるその姿に、俺はかける言葉を見失ってしまっていた。

脳裏を続々と横切っていくのは、全て長門の顔だ。凛々しく、そして武人然とした態度。

俺はそれを頼もしく思うばかりで、彼女の内面を慮る事が出来ていなかったのかもしれない。

 

「……俺が気づいていない所で、あいつも傷ついているという事か。すまんな、陸奥。今後もフォロー、頼むぞ」

 

「それは別にいいけど、提督も出来るだけ姉さんに優しくしてあげてね? 出来る上司、なんでしょ? それと、ちゃんと後で姉さんの所に行く事」

 

「う、む……精進する。それと、別にここに呼び出してもいいのではないか? 艦娘達の寮に行く事は別段禁止されてはいないが、女性だけの世界に足を踏み込むのは勇気がいるぞ」

 

「あら、それ、今更じゃないの?」

 

「……それもそうか」

 

ああ、女に囲まれておきながら物理的に手を出すことが出来ないんなんて、地獄過ぎる。

どうも鎮守府に駐留していると、異物感に苛まれる事が多い。正直、艦漢の一人や二人、出てきてくれてもいい筈だ。

風の噂によれば、島風くんとあきつ丸くんの存在が確認されているらしいが、これも所詮、憶測の域を出ない。

 

「そういえば提督って、大変よね?」

 

妄想の世界に旅立っていると、陸奥が再び声を掛けてきた。

椅子と共にこちらに向き直り、どこか照れくさそうな表情を浮かべる。

改めた態度を不思議に感じながらも続きをうながすと、彼女はとんでもない事を言い出した。

 

「こんなにたくさんの女の娘に囲まれて……まぁ、その、そういう事よ」

 

「なっ……! どどどどど、どういう意味だ、それは!」

 

女の口から、下ネタ! 酒の席とピロートークと女同士の間でしか聞けないものと思っていたものが、今現実に! 結構聞く機会があったと思ったのは内緒だ。

ともかく、顔を赤らめる陸奥に、俺は何も言い出せなくなってしまう。

そもそも、彼女は今一体、いかなる意図をもって、このような話題を持ち出してきた!?

もじもじと足をくねらせる陸奥。口元を隠すように指を交差させるのがかわいい。

すると、気が動転して気が気でない俺の事をあざ笑うように、彼女は次なる行動に移った。

 

「……ねぇ、もし、色々と我慢している事があるなら……」

 

そう言って胸部艤装に手をやる陸奥。

ブラの一種としか思えないそれがずらされ、肉襦袢が顔を覗かせる。早い話が乳房だよ乳房! ガキ向けに言えばおっ○い!

これは、冗談か? それとも真剣な誘惑? 

俺が判断に苦慮していると、それを知ってか知らずか、彼女がこちらに寄りかかってくる。

 

「!?!?!?!?!?!? む、むむむむむ、むつ!?」

 

「提督……火遊び…………してみる?」

 

火遊びしたくても息子が立たねえよ! それに俺は上司だぞ!部下に手を出せるか馬鹿!

それよりも俺が焦るべきはこれ以上の接近を彼女に許す事だった。なんせ、童貞丸出しの反応をしているのに、息子がご起立なさっていないという矛盾を抱えている。陸奥が感づく前に、離れなければ!

 

「――――あ」

 

不意にこぼれ出た、感情の色を失った陸奥の声に、我に返る。

何事かと思い彼女の視線を追えば。

 

「な、長門……」

 

呼吸が停止する。世界が停止する。

視線の先にいるそれは、同じく感情を失った瞳を持っていた。

恐らく、入渠完了後、すぐにこちらに来たのだろう。髪は濡れたまま、上気した頬に、体は汗ばんでいる。

 

「――――――」

 

彼女は何を言うでもなく、そこに佇んでいた。

 




伝わっているか不安だから補足しておくと、
イムヤは天龍の事を仲間だから助けたとかそんなんじゃなくて、天龍を助けないと提督が悲しむ&助ければ褒められる事が分かっていて救助した感じなんだよなぁ。
イムヤはずる賢くって可愛い。はっきり分かんだね。

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