第三段階『最終判定』という文字が第一体育館の大型スクリーンに表示された瞬間、
二年生四クラスの誰もが、これまでとは違う種類の緊張を覚えていた。
第二選択時間までに責任対象者は十二名へ固定され、
学校側は以後の救済権行使を認めないと明言している。
堀北クラスから池寛治、佐藤麻耶、松下千秋。
龍園クラスから龍園翔、椎名ひより、伊吹澪。
坂柳クラスから坂柳有栖、橋本正義、森下藍。
一之瀬クラスから神崎隆二、網倉麻子、白波千尋。
最初は四名だった。
それぞれのクラスが仲間を助けようとするたびに人数は増え、
一度は責任対象者から外れた伊吹、橋本、森下、白波までもが最後には再指定され、
結果として四クラスから三名ずつ、合計十二名が赤い文字で並ぶことになった。
そして今、救済は封じられた。
それでも学校側は、試験終了とは告げていない。
大型スクリーンには『第三段階』と『最終判定』という二つの表示だけが残り、
その下には新たな規則がまだ現れていなかった。
体育館の中では誰も大きな声を出さず、教師たちが次に何を告げるのかを待っている。
しかし、その静けさは落ち着きから生まれたものではない。
ここまで何度も希望を与えられ、
そのたびに別の誰かが責任対象者へ落とされてきたことで、
生徒たちは学校側が提示する次の言葉そのものを恐れるようになっていた。
壇上へ戻った真嶋智也は、
十二名の名前が並ぶ大型スクリーンを一度確認すると、体育館全体へ向き直った。
「これより連帯責任特別試験、第三段階へ移行する」
誰も動かない。
「第二段階までに確定した十二名を、本段階では『最終責任対象者』と呼称する。
以後、この十二名について救済権、特別ポイント、クラス移籍権その他、
本校において通常認められる一切の救済措置を直接使用することはできない」
堀北の眉が動いた。
坂柳の目が細くなる。
龍園は露骨に舌打ちし、一之瀬は神崎たちの方向を見た。
真嶋はさらに続ける。
「ただし、第三段階には一つだけ最終責任対象者の処遇を再判定する機会が存在する」
体育館が大きくざわめいた。
完全に救済できないと告げられた直後に、処遇再判定という言葉が出た。
篠原が顔を上げる。
軽井沢は佐藤の手を握ったままスクリーンを見る。
石崎も前のめりになり、橋本の表情にも一瞬だけ希望が戻った。
一之瀬はすぐに立ち上がった。
「それは、十二人全員が残れる可能性があるということですか?」
真嶋は即答しなかった。
その僅かな間だけで、オレにはおおよその答えが見えた。
もし全員生存の可能性があるのなら、学校側はもっと明確に説明する。
わざわざ「処遇再判定」という曖昧な表現を使ったこと自体が、
その制度にも相応の代償があることを示している。
「条件を満たせば、最終責任対象者の一部または全部について、
退学処分を回避できる可能性がある」
真嶋がそう答えた瞬間、体育館に再び声が広がった。
しかし坂柳は微笑まなかった。
龍園も喜ばない。
オレも同じだった。
重要なのは「可能性がある」という部分だった。
真嶋が端末を操作する。
大型スクリーンに新たな文章が表示される。
『第三段階――最終処遇再判定』
『四クラスは、残存するクラス評価点および、
保有特別ポイントを共同資産として供出することができる』
『共同資産が規定値へ到達した場合、最終責任対象者十二名の処遇を再判定する』
堀北がすぐに顔を上げる。
「共同資産?」
一之瀬の表情にも希望が戻る。
四クラスがすべてを出せば、十二人を救える可能性がある。
少なくとも文章だけを読めば、そう見える。
しかし龍園はスクリーンの続きを待っていた。
坂柳も同様だった。
数秒後、次の条件が表示される。
『必要共同資産』
『クラスポイント――四クラス合計3000点以上』
『プライベートポイント――二年生全体合計二億ポイント以上』
体育館から一斉にどよめきが起こった。
必要量が現実的なのか判断するため、それぞれが自クラスの保有状況を確認し始める。
堀北もすぐに端末へ目を落とした。
一之瀬クラスでは複数の生徒が残存ポイントを計算し、
坂柳クラスでも橋本が素早く情報を集めている。
龍園は石崎へ指示を飛ばした。
「今ある数字全部出せ」
「分かりました」
数分もしないうちに、四クラスの代表者が体育館中央へ集まった。
堀北。
龍園。
坂柳。
一之瀬。
神崎。
橋本。
そしてオレ。
最終責任対象者である者も、この段階の協議へ参加することは禁止されていない。
堀北が各クラスから集めた数字をホワイトボードへ書き出す。
「クラスポイントは、四クラスすべてを合わせれば条件に届く可能性があるわ」
一之瀬がすぐに続ける。
「プライベートポイントも、個人所有分まで全員が供出すれば相当な額になると思う」
橋本が端末を見ながら首を振る。
「二億は簡単じゃねえぞ。全生徒が全額出す前提でもギリギリだ」
坂柳が静かに答える。
「ギリギリであれば検討する価値はあります」
龍園が鼻を鳴らした。
「十二人助かるなら、今さらポイント惜しんでる場合じゃねえだろ」
その言葉に、一之瀬が驚いたように龍園を見る。
龍園は気づいても無視した。
自分自身が最終責任対象者だからという理由だけではない。
ひよりと伊吹も同時に危険へ置かれている。
もし四クラスの資産を代償に三人とも残せるなら、龍園にとって検討する価値は十分にあった。
堀北は計算を続ける。
「クラスポイントは問題ない。均等に調整すれば全クラスが公平に下がるだけ。
プライベートポイントも全員の協力があれば……」
そこで言葉を止める。
「足りるかもしれない」
篠原たちの表情が明るくなる。
軽井沢も佐藤を見る。
白波は一之瀬の手を握り、網倉も小さく息を吐いた。
石崎が声を上げる。
「だったらやりましょうよ!」
体育館の各所から同意する声が出始める。
クラスポイントなど失ってもいい。
クラス評価点が大きく下がってもいい。
十二人が残れるなら、それでいい。
それまでずっと誰かを助ければ別の誰かが危険になる構造に苦しめられてきた生徒たちにとって、
初めて「全員が同じ代償を支払うことで十二人を救える」可能性が見えた。
一之瀬は目に涙を浮かべながら笑った。
「できるかもしれない」
神崎はすぐには喜ばなかった。
「まだ再判定の内容が出ていない」
一之瀬が見る。
「でも条件を満たせば」
「処遇を再判定するとしか書いていない」
一之瀬の表情が止まる。
坂柳が神崎へ僅かに頷いた。
「その通りです」
堀北もスクリーンを見る。
「救済するとは書いていない」
橋本が苛立ったように言う。
「今さら言葉遊びかよ」
「この学校が言葉の違いを曖昧に扱うとは思わないほうがいいでしょう」
坂柳の声は冷静だった。
真嶋が再び説明を始める。
「規定値へ到達した場合、学校側は十二名の処遇を再判定する。
ただし、再判定結果が全員残留になることを保証するものではない」
一瞬前まで広がっていた希望が、急速に冷えていく。
一之瀬が顔を強張らせる。
「どういう意味ですか」
「再判定結果によっては退学者数が減少する可能性がある。
一方で、変更されない可能性もある」
龍園の表情が険しくなる。
「二億とクラスポイント三千出させて、結局一人も助からねえ可能性があるってことか?」
「規則上はそうなる」
「ふざけてんのか」
龍園の低い声が響いた。
真嶋は何も返さない。
坂柳が質問を続ける。
「再判定基準は公開されますか?」
「されない」
「最低何名が救済されるかという保証も?」
「ない」
「一人だけ残留となる可能性もある?」
「ある」
「十二名全員が退学のままとなる可能性も?」
「ある」
坂柳は目を閉じた。
橋本が吐き捨てる。
「賭けじゃねえか」
「そうですね」
坂柳が静かに答える。
「しかも、極めて分の悪い賭けです」
一之瀬はそれでも諦めなかった。
「でも可能性はあるんですよね」
神崎が一之瀬を見る。
「一之瀬」
「ゼロじゃないならやるべきだよ」
「二億ポイントと三千ポイントだぞ」
「それで誰か一人でも助かるなら」
「その代償を全員へ払わせるのか」
「でも」
神崎は一之瀬の言葉を止める。
「俺たち十二人のために、残る百人以上の将来を大きく削ることになる」
一之瀬の表情が曇る。
クラスポイントを大量に失えば、卒業時のクラス順位にも深刻な影響が出る。
プライベートポイントを全員から回収すれば、今後の学校生活における選択肢も大きく減る。
それでも一之瀬にとって、十二人を救える可能性が少しでもあるなら試す価値はある。
しかし、神崎自身がその代償を望んでいない。
「俺は反対だ」
神崎がはっきり言った。
一之瀬が目を見開く。
「神崎くん」
「俺一人を助けるためにクラス全体へ負担を押し付ける気はない」
「一人じゃないよ」
「十二人でも同じだ」
網倉も小さく手を上げる。
「私も……反対かな」
一之瀬が振り返る。
「麻子ちゃんまで」
「だって再判定しても助かる保証ないんでしょ」
「でも可能性はある」
「そのためにみんなのポイント全部なくなるのは嫌だよ」
白波は何も言わず俯いていた。
彼女も一度救済され、最後には責任対象者へ戻された。
希望を信じたい気持ちと、
また学校側の仕掛けに利用されるのではないかという恐怖が同時に存在していた。
坂柳クラスでも意見は割れていた。
橋本は供出に賛成だった。
「やるしかないだろ。今さらポイントなんかどうでもいい」
坂柳は即答しない。
森下は端末を見ながら考え込んでいる。
「森下、お前はどう思う」
橋本が聞く。
「難しい質問ですね」
「こういう時くらい普通に答えろ」
「普通に考えているところです」
「それは珍しいな」
「橋本正義は余裕がありますね」
「ねえよ」
森下は真顔のまま続ける。
「私としては自分が助かる可能性があるので賛成したいところですが、
再判定基準が非公開なのは問題です。
全財産を投入したガチャで排出率が表示されていないようなものですね」
橋本が思わず顔をしかめる。
「例えが急に軽いんだよ」
「分かりやすさを重視しました」
「今ソシャゲに例える必要あるか?」
「ありませんが、思いつきました」
橋本は頭を抱えた。
山村が近くで僅かに笑った。
坂柳もほんの少しだけ口元を緩めたが、すぐに表情を戻す。
「森下さんの表現はともかく、問題点はその通りです」
森下が満足そうに頷く。
「採用されました」
「例えは採用していませんよ」
「残念です」
橋本が小さく息を吐く。
「お前、本当に最後までその調子で行く気か」
「途中で人格を変更する予定はありません」
こんな状況でも森下は森下だった。
しかし彼女が平然としているように見えるほど、橋本には逆に苦しく感じられた。
龍園クラスではさらに激しい議論が始まっていた。
石崎は供出を強く主張している。
「全部出しましょうよ。ポイントも評価点もまた稼げばいいじゃないですか」
龍園が睨む。
「簡単に言うな」
「龍園さんを助けられるかもしれないんすよ!」
「かもしれない、だ」
「それでも!」
伊吹も龍園を見る。
「私はやっていいと思う」
龍園の眉が動く。
「お前までか」
「私たち三人まとめて候補なんでしょ。何もしないで終わるよりマシじゃない」
ひよりは少し考えてから口を開いた。
「私は反対です」
伊吹が振り返る。
「椎名?」
「再判定後に誰も残れない可能性まであるのであれば、
皆さんの持っているものを全て使わせることには賛成できません」
「でも助かる可能性もある」
「はい」
「だったら」
「可能性だけで、残る皆さんの卒業競争まで壊すことはできません」
伊吹が言葉に詰まる。
石崎が割り込む。
「そんなの後でどうにでもなるだろ」
ひよりは静かに首を振った。
「私たちが退学した後、残された皆さんが戦わなければならないのですよ」
石崎の表情が歪む。
「退学する前提で話すなよ」
ひよりは目を伏せる。
「前提ではありません。ただ、その可能性を無視することもできません」
龍園は二人の会話を聞きながら、腕を組んでいた。
「俺も反対だ」
石崎が信じられないように龍園を見る。
「龍園さん」
「二億出して結果が変わらねえ可能性があるなら、そんなもんに賭ける価値はねえ」
「でも」
「残った奴らがその先で勝てなくなるほうが馬鹿らしい」
石崎が拳を握る。
「俺は龍園さんいないほうが嫌です」
龍園が一瞬黙る。
「知るか」
「またそれですか」
「残った奴がどうにかしろ」
「できるか分かんないっすよ」
「できるようになれ」
龍園はそれだけ言うと、大型スクリーンへ視線を戻した。
堀北クラスでも同じ問題が起きていた。
篠原は当然供出へ賛成。
軽井沢も佐藤を助ける可能性があるなら全ポイントを失っても構わないと言う。
須藤も池を救えるなら出すと主張。
一方、松下は慎重だった。
「十二人全員が助かる保証がないなら、さすがに全部出すのは危険だと思う」
篠原が反発する。
「じゃあ寛治たちを諦めろってこと?」
「そうじゃなくて」
「同じじゃん!」
平田が間に入る。
「落ち着いて。どちらも間違っていないよ」
篠原が平田を見る。
「じゃあどうするの?」
「それを今から考える」
「もう時間ないんでしょ」
その言葉に平田も黙った。
堀北はホワイトボードの前へ再び立つ。
今度は数字ではなく、条件を書き出した。
必要クラスポイント。
必要プライベートポイント。
処遇再判定。
最低救済人数保証なし。
全員退学継続の可能性あり。
「条件が悪すぎる」
堀北が呟く。
オレも同意した。
「学校側は本当に使わせる気があるのか怪しいな」
堀北が振り返る。
「どういう意味?」
「第二段階までの救済と同じだ」
「また誘導だと言いたいの?」
「ああ」
オレはスクリーンを見る。
「生徒が仲間を助けたいと思うことを前提に、最後にもう一度大きな代償を提示してる」
堀北の表情が険しくなる。
「でも、今回は本当に十二人を救えるかもしれない」
「そうかもしれない」
「だったら」
「問題は、学校側がそこまで都合よく逃げ道を残すかだ」
堀北は黙った。
ここまで学校側は、一度も全員生存に繋がる明確な解法を提示していない。
救済権は人数を増やすだけだった。
最後の追加指定では、救済された四人を再び戻した。
そして今度は全資産を出せば再判定すると言う。
あまりにも希望の与え方が意図的だった。
オレは真嶋へ視線を向ける。
「質問していいですか」
真嶋が頷く。
「何だ」
「再判定を実施した場合、退学者数が現在より増える可能性はありますか?」
体育館が静かになる。
誰も考えていなかった質問だった。
真嶋は端末を確認する。
「ある」
一之瀬の顔が強張った。
堀北がすぐに問い返す。
「待って。処遇再判定なのに、
責任対象者十二名以外へ退学処分が拡大する可能性があるの?」
「再判定結果によっては、追加の責任を求める場合がある」
体育館が一気に騒がしくなる。
龍園が立ち上がった。
「おい」
その声だけで周囲が静まる。
「二億と三千点出した挙句、退学者増える可能性まであんのか?」
「規則上は否定できない」
龍園の表情が完全に変わった。
「舐めてんじゃねえぞ」
石崎が龍園の前へ出ようとするが、龍園は止まらない。
「何が再判定だ。最後まで俺らに餌ぶら下げて、
自分から首突っ込ませようとしてるだけじゃねえか」
教師たちは反応しない。
坂柳も壇上を見つめていた。
普段なら龍園の荒い言葉を面白そうに眺めることもあるが、今は違う。
「龍園くんの表現は乱暴ですが、私も同意します」
体育館が再び静まる。
坂柳は杖をつきながら中央へ進む。
「最初の救済権もそうでした。助けられるという言葉を提示しながら、
実際には責任対象者の総数を増やす仕組みだった。
そして今度は全資産を供出すれば処遇を再判定する。
しかし再判定結果の最低保証はなく、むしろ退学者が増える可能性まである」
坂柳の声は静かだった。
「これは救済制度ではありません」
真嶋は黙っている。
「生徒がどこまで希望へ縋るのかを試すための仕掛けです」
一之瀬が坂柳を見る。
その言葉を否定したい。
まだ可能性があると信じたい。
しかし、ここまでの経緯を考えれば反論できない。
坂柳はさらに質問する。
「もし四クラスが共同資産を供出しない場合、
現在の十二名について、この第三段階で別の退学回避手段はありますか?」
真嶋は答える。
「ない」
体育館に重い沈黙が落ちる。
「では、共同資産供出を行わなかった場合、十二名はどうなりますか?」
「最終判定へ移行する」
「その最終判定において、十二名が全員残留する可能性は?」
真嶋は少しの間を置いた。
「ない」
一之瀬が息を呑んだ。
石崎の顔が引きつる。
軽井沢も佐藤を見る。
「何名まで残れるのですか?」
坂柳が続ける。
「それは最終判定開始時に説明する」
坂柳は目を細める。
学校側は最後の人数だけを伏せている。
それでも一つだけ分かった。
共同資産供出を拒否すれば、十二人全員生存はない。
しかし供出しても全員生存が保証されるわけではなく、さらに退学者が増える可能性がある。
究極的には、確実な損失と、不確実でさらに大きい損失を比較させられている。
その時、体育館中央の大型スクリーンへ投票画面が表示された。
『共同資産供出に関する四クラス合同投票』
『必要賛成率――二年生全体の80%以上』
残り時間。
三十分。
また学校側は、生徒自身に決めさせる。
一之瀬はクラスへ戻った。
神崎が待っている。
「やるのか?」
一之瀬は答えられない。
「私は……やりたい」
神崎が目を閉じる。
「そうか」
「だって、やらなかったら十二人全員は残れないんだよ」
「やっても残れるとは限らない」
「それでも」
「追加退学者が出る可能性もある」
一之瀬は唇を噛む。
「分かってる」
「なら、自分で決めろ」
一之瀬が驚く。
「止めないの?」
「俺は反対する」
「神崎くん」
「でも、お前が賛成するなら止めない」
神崎は静かに言った。
「今回ばかりは誰かの答えに乗るんじゃなく、自分で選べ」
一之瀬は端末を見る。
その横では網倉と白波も迷っている。
龍園クラスでは龍園が反対を明言した。
坂柳クラスでは坂柳も反対。
堀北は最後まで決めきれていない。
堀北クラスの生徒たちも割れている。
賛成票が徐々に増える。
五十%。
五十五%。
六十%。
しかし八十%へ届くには遠い。
篠原は賛成。
軽井沢も賛成。
須藤も賛成。
平田は長く迷った末に賛成を選んだ。
松下は反対。
池は反対。
佐藤も反対。
篠原が池を睨む。
「何で!」
池は苦笑する。
「俺のために全部出すなって」
「でも助かるかもしれないじゃん!」
「俺のせいで他に退学増えたらもっと嫌だよ」
佐藤も軽井沢へ同じことを言う。
「恵は賛成でいい。でも私は反対する」
「何で本人たちが反対するのよ」
「本人だからだよ」
その言葉に軽井沢は何も返せなくなる。
坂柳クラスでは橋本が賛成。
森下は長く画面を見た後、反対を押した。
橋本が驚く。
「お前助かりたくないのか?」
「助かりたいです」
「じゃあ何で」
「排出率不明のガチャへ全財産を入れる趣味がないからです」
「まだその例え引っ張るのかよ」
「分かりやすいので」
「でもお前が消えるかもしれねえんだぞ」
森下は少しだけ橋本を見る。
「だから悩みました」
橋本が黙る。
森下はいつもの無表情のまま続ける。
「怖くないわけではありません。ただ、自分が怖いからといって、
残る皆さんに全部差し出してくださいと言うのは違うと思いました」
橋本は端末へ目を落とす。
森下が真面目に話すほど、冗談を言っている時より重く感じた。
龍園クラスでは伊吹が賛成を押そうとしていた。
龍園が横から見る。
「好きにしろ」
伊吹が眉を寄せる。
「止めないの?」
「投票だろ」
「どうせあんた反対でしょ」
「ああ」
「私は賛成」
「勝手にしろ」
伊吹は画面を見る。
ひよりは反対。
石崎は賛成。
アルベルトは暫く迷ってから反対。
クラスの票は割れている。
残り十分。
全体賛成率は七十三%。
八十%へ届かない。
一之瀬はまだ押していなかった。
神崎は反対済み。
網倉も反対。
白波は賛成。
一之瀬が賛成すれば僅かに上がる。
しかし一票では届かない。
彼女は体育館全体を見る。
自分たちを助けたいと言っている人。
自分たちのために全資産を失わせたくないと言っている人。
誰も悪くない。
それでも意見は割れる。
残り五分。
賛成率七十五%。
ここで頭打ちになった。
必要な八十%との差は五ポイント。
数人が票を変えれば届く。
しかし、その数人が動かない。
一之瀬は涙を拭い、ついに賛成へ触れた。
七十五・数%。
まだ足りない。
堀北は最後まで端末を見つめていた。
オレは既に反対へ投票している。
堀北がそれを知っているかは分からない。
「綾小路くん」
「何だ」
「あなたは反対したの?」
「ああ」
「理由は?」
「条件が不確定すぎる」
「でも十二人全員が助かる唯一の可能性よ」
「同時に十二人以上が退学する可能性もある」
堀北は目を閉じる。
「……そうね」
「お前が賛成したいならすればいい」
「分かってる」
堀北は長い間考える。
そして最後に。
反対を押した。
賛成率は七十六%前後で止まった。
残り一分。
誰も大きく票を変えない。
大型スクリーンの数字が減る。
三十秒。
二十秒。
十秒。
八十%には届かない。
一之瀬は祈るように画面を見る。
篠原も。
石崎も。
橋本も。
しかし数字は動かない。
五。
四。
三。
二。
一。
投票終了。
『賛成率――76.4%』
『共同資産供出――否決』
体育館から音が消えた。
一之瀬が目を閉じる。
篠原は俯く。
石崎は拳を握る。
橋本は天井を見上げる。
そして大型スクリーンへ新しい文字が表示される。
『共同資産供出条件未達』
『処遇再判定権――失効』
『以後、本試験終了まで最終責任対象者十二名に対する救済措置は一切認めない』
堀北の顔が強張る。
まだ続きがある。
『特別ポイントによる救済不可』
『クラス評価点による救済不可』
『責任対象者変更不可』
『自主退学による代理不可』
『クラス移籍による救済不可』
『学校規約上のその他特典による救済不可』
一つずつ、逃げ道が消されていく。
坂柳は黙って読む。
龍園の表情が険しくなる。
一之瀬の涙が再び流れる。
そして最後の一文。
『以上をもって、十二名の最終責任対象者を固定する』
体育館の空気が完全に凍りついた。
坂柳が静かに壇上を見る。
「念のため確認します」
真嶋が応じる。
「何だ」
「ここから先、規則上この十二名を責任対象者から解除する方法は、
一つも存在しないのですね」
「存在しない」
「特別ポイントを追加で集めても?」
「認めない」
「他学年からの支援でも?」
「認めない」
「クラスそのものを解体して責任対象者を移動させても?」
「認めない」
「退学者の自主的な入れ替えも?」
「認めない」
坂柳は数秒黙った。
それから、微笑んだ。
しかし、その笑顔には一切の楽しさがなかった。
「そうですか」
橋本が坂柳を見る。
龍園も。
堀北も。
坂柳は杖へ両手を重ねる。
「随分と丁寧に逃げ道を潰してくださいましたね」
教師たちは答えない。
坂柳の声は静かだった。
「ここまで徹底してくださった以上、もう『救済』という言葉を使う必要もありませんね」
表情こそ穏やか。
しかし、その目は冷たかった。
「これは最初から、誰かを助けるための試験ではなかったのでしょう」
真嶋は反応しない。
「十二名を選ぶ過程で、生徒同士に責任を押し付けさせ、
最後に全資産を賭けるかどうかまで選ばせる。助けなかった者には罪悪感を残し、
助けようとした者にも新たな犠牲を生んだ記憶を残す」
坂柳は小さく息を吐く。
「悪趣味という言葉では足りません」
龍園が鼻で笑った。
「珍しく意見合うじゃねえか」
坂柳が龍園を見る。
「今日だけは喜べませんね」
「俺もだ」
二人とも最終責任対象者。
それでも、相手を出し抜くことより学校側への不快感のほうが強くなっていた。
その時、真嶋が最後の説明へ移る。
「これより、本試験最後の規則を告知する」
体育館の全員が顔を上げる。
大型スクリーンの『最終判定』という文字が消える。
代わりに新たな文章が表示された。
『最終責任対象者十二名について、本試験終了時に退学処分を執行する』
一之瀬の顔から血の気が消えた。
石崎が声を上げる。
「待ってくださいよ!」
篠原も立ち上がる。
「さっき再判定がどうとか言ってたじゃん!」
真嶋は淡々と答える。
「再判定権は投票によって失効した」
「だからって十二人全員って!」
「規則通りだ」
堀北が壇上を見る。
「本当に……十二人全員?」
「そうだ」
「最終判定というのは?」
「第三段階そのものが最終判定だ」
堀北は言葉を失った。
一之瀬が口元を押さえる。
神崎が目を閉じる。
網倉と白波は互いの手を握った。
龍園は一度だけ目を伏せ、その後すぐ顔を上げた。
ひよりは静かに息を吐く。
伊吹は拳を握りしめる。
坂柳は表情を変えない。
橋本は呆然としている。
森下は大型スクリーンを見つめたまま、今度ばかりは冗談を言わなかった。
堀北クラス。
池寛治、佐藤麻耶、松下千秋。
龍園クラス。
龍園翔、椎名ひより、伊吹澪。
坂柳クラス。
坂柳有栖、橋本正義、森下藍。
一之瀬クラス。
神崎隆二、網倉麻子、白波千尋。
十二名。
全員退学。
そこに例外はない。
体育館のどこかで、最初に泣き声が上がった。