エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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10 さあ!BBQだ!!

「いや、やっぱりおかしい」

 

攻略前夜。

 

キリトは、どうしても納得できなかった。

 

目の前に表示されているサタンのステータス。

 

《Satan》

 

Level――13。

 

スキル――なし。

 

武器――なし。

 

防具――《革の腰巻》。

 

何度見ても意味が分からない。

 

「なんでだ……」

 

「何がだ?」

 

「なんであんた、レベル13なんだよ!」

 

キリトはとうとう核心へ踏み込んだ。

 

「こっこより三つも高いんだぞ!?」

 

「失礼だな!?」

 

こっこが抗議する。

 

だがキリトには理由が分かっていた。

 

こっこは戦闘だけをしているわけではない。

 

料理をする。

 

クラフトをする。

 

露店を開く。

 

修理する。

 

炭を作る。

 

そして新しい素材を見つければ寄り道する。

 

だからレベル10なのは不思議ではない。

 

だが――。

 

サタンは違う。

 

「武器スキルなし。ソードスキルもなし。それなのにどうやってそこまで経験値を稼いだんだ?」

 

「ああ、そのことか!」

 

サタンは豪快に笑った。

 

「簡単なことだ!」

 

そして拳を握る。

 

「モンスターを倒し続けた!!」

 

「…………」

 

「それだけ?」

 

アスナが尋ねる。

 

「それだけだ!」

 

キリトは眉間を押さえた。

 

「だから、その倒し方を聞いてるんだよ……」

 

「見た方が早い!」

 

サタンは立ち上がった。

 

――サタンの一日。

 

朝。

 

第一層フィールド。

 

一匹の《Frenzy Boar》が草原を歩いている。

 

そこへ――。

 

「ぬおおおおおお!!」

 

ドドドドドドド!!

 

真正面から人間が走ってきた。

 

ボアが気付く。

 

「ブモッ!?」

 

「ダイナマイトォォォ――」

 

跳躍。

 

「キィィィック!!」

 

ドゴッ!!

 

「ブギャッ!?」

 

当然、システムアシストなどない。

 

ソードスキルでもない。

 

ただの蹴りである。

 

しかし――。

 

「まだだ!!」

 

起き上がったボアへ接近。

 

突進を横へかわす。

 

振り返る前に背後へ回る。

 

「ふんっ!」

 

拳。

 

「せいっ!」

 

拳。

 

「どりゃあ!」

 

蹴り。

 

ボアのHPが――。

 

ちょっと減る。

 

「…………」

 

そしてまた拳。

 

また蹴り。

 

さらに拳。

 

非常に効率が悪い。

 

恐ろしく効率が悪い。

 

普通のプレイヤーなら、とっくに武器を装備する。

 

だがサタンは違った。

 

「はーっはっはっはっ!!」

 

楽しそうなのである。

 

一匹倒す。

 

次を探す。

 

殴る。

 

蹴る。

 

倒す。

 

また探す。

 

そして最大の問題は――。

 

「武器が壊れん!!」

 

当然である。

 

持っていないのだから。

 

昼。

 

普通のプレイヤーたちは街へ戻る。

 

「武器の耐久値が減ってきた」

 

「俺も。一回修理しようぜ」

 

「ポーションも補充したいな」

 

そんな会話をしながら帰還する攻略プレイヤーたち。

 

その横を――。

 

「はーっはっはっはっ!!」

 

サタンが逆方向へ走っていく。

 

「……あの人、帰らないの?」

 

「知らない。朝からいるぞ」

 

武器がない。

 

だから武器の耐久値を気にする必要がない。

 

防具も革の腰巻しかない。

 

だから防具の修理もほとんど必要ない。

 

ソードスキルを使わない。

 

技後硬直もない。

 

必要なのはHP管理だけ。

 

そして何より――。

 

「ぬおおおお!!」

 

本人の気力が尽きない。

 

夕方。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

普通のプレイヤーが狩りを終える。

 

その横で。

 

「次はどいつだ!!」

 

まだやっている。

 

夜。

 

「今日はここまでにしよう」

 

攻略プレイヤーたちが街へ戻る。

 

その遠くで。

 

「待てぇぇぇぇ!!」

 

「ブモォォォ!?」

 

サタンがボアを追いかけている。

 

翌朝。

 

「よし、今日もレベル上げするか」

 

街から出てきたプレイヤーが目撃する。

 

「ぬおおおお!!」

 

昨日と同じ男がいる。

 

「……まさか」

 

「ずっとやってたのか?」

 

やっていた。

 

「――というわけだ!」

 

説明を終えたサタンが胸を張る。

 

キリトは絶句していた。

 

アスナも何と言えばいいのか分からない。

 

こっこだけが感心している。

 

「なるほど✨️」

 

「納得するなよ!」

 

「でも理屈は分かるよ?」

 

こっこは指を折る。

 

「武器がないから武器の修理費ゼロ」

 

「……まあ」

 

「防具もほとんどないから防具の修理費もゼロ」

 

「…………まあ」

 

「装備更新もしない」

 

「…………」

 

「稼いだコルを武器や防具に使わない」

 

「………………」

 

「つまり、ほぼ全部狩りの継続に使える!」

 

キリトの顔が引きつった。

 

確かに。

 

理屈だけなら成立している。

 

一匹を倒す速度は遅い。

 

圧倒的に遅い。

 

普通に剣を使った方が何倍も速い。

 

しかしサタンは――。

 

休まない。

 

武器の耐久値を気にしない。

 

装備更新のために店を巡らない。

 

武器強化もしない。

 

そして何より、普通のプレイヤーなら精神的に嫌になるほど単調な素手戦闘を――。

 

「楽しいぞ!!」

 

延々と続けられる。

 

キリトはようやく理解した。

 

効率がいいのではない。

 

むしろ一戦ごとの効率は最悪だ。

 

ただし。

 

「プレイ時間で全部踏み潰したのか……」

 

「修行だからな!」

 

「ゲームだよ!!」

 

アスナが苦笑する。

 

「でも……それだけ戦っているなら、回避とか敵の動きを読むのは上手そうね」

 

「!」

 

キリトがサタンを見る。

 

確かにそうだ。

 

ソードスキルに頼れないということは――。

 

敵の予備動作を見る。

 

かわす。

 

間合いを詰める。

 

殴る。

 

離れる。

 

それを全部、自分の体で行わなければならない。

 

何百回。

 

何千回と。

 

「…………まさか」

 

キリトは呟いた。

 

「この人、変な方向に戦闘経験だけ異常に積んでるのか?」

 

「はーっはっはっはっ!! ようやく儂の強さが分かったか!」

 

「いや、認めたくない……」

 

キリトは頭を抱える。

 

だが、こっこは別のことが気になった。

 

「ところでサタン」

 

「なんだ?」

 

「稼いだコル、装備に使ってないなら結構持ってる?」

 

「コル?」

 

サタンが首を傾げた。

 

「そういえば商人に全部渡したぞ!」

 

「え?」

 

キリト。

 

アスナ。

 

こっこ。

 

三人が固まった。

 

「なんで!?」

 

「儂に相応しい装備を作ると言っていた!」

 

キリトの嫌な予感が最高潮に達する。

 

「……どんな装備?」

 

「知らん!」

 

「知らない相手に全財産渡すなぁぁぁぁ!!」

 

トールバーナの夜空に、キリトの絶叫が響いた。

 

その頃。

 

とあるNPC商人は、大量のコルを前に腕を組んでいた。

 

「アイヤー……」

 

目の前には設計図。

 

手甲。

 

武闘着。

 

そして――。

 

まだ誰も知らない、新たな装備の構想。

 

商人は静かに呟いた。

 

「ミスター・サタン……やっぱり普通の武器、絶対使わないアルナ……」

 

そして深いため息をつく。

 

「仕方ないアル」

 

設計図へ線を引く。

 

「なら――本人を武器にするしかないアルヨ」

 

後に第二層で始まる、サタンの《体術》への道。

 

その片鱗はすでに――。

 

第一層で、延々とボアを素手で殴っていた頃から始まっていたのである。

 

 

 

2022年12月3日 夜

 

第一層《トールバーナ》

 

攻略会議が終わっても、トールバーナの熱気は冷めなかった。

 

明日――。

 

ついに第一層迷宮区最奥、《イルファング・ザ・コボルドロード》へ挑む。

 

一ヶ月近く閉ざされていた第一層を突破するための、初めての大規模ボス攻略。

 

怖くない者など、きっと一人もいない。

 

だからこそプレイヤーたちは広場に集まり、互いに声を掛け合っていた。

 

「明日は絶対勝つぞ!」

 

「第一層を突破するんだ!」

 

「全員で帰ってこようぜ!」

 

拳が上がる。

 

歓声が響く。

 

それは決起集会でもあり――。

 

恐怖を笑い飛ばすための、ささやかな宴でもあった。

 

そして、その宴の一角から。

 

――ジュワァァァァァァッ!!

 

猛烈な音が響いた。

 

「……ん?」

 

一人のプレイヤーが鼻をひくつかせる。

 

直後。

 

風に乗って広場を襲ったのは――。

 

香ばしく焼けた肉の匂い。

 

「なんだ! この香ばしい匂いは!」

 

「おい、肉だぞ!」

 

「すげえ! バーベキューだ!!」

 

攻略組の視線が、一斉に広場の片隅へ向いた。

 

そこには――。

 

巨大な鉄板があった。

 

その下では真っ赤な炭がパチパチと音を立てて燃え、鉄板の上には大量の《ボアの肉》が所狭しと並んでいる。

 

ジュワァァァッ!

 

肉から溢れた脂が鉄板を流れる。

 

ぽたり。

 

肉汁が炭へ落ちた瞬間――。

 

ボウッ!

 

炎が上がる。

 

白い煙が立ち昇り、肉と脂の香りを辺り一面へ撒き散らした。

 

もはや香りという生易しいものではない。

 

空腹への直接攻撃である。

 

その巨大鉄板の前に立っていたのは――。

 

もちろん、こっこだった。

 

頭には三角巾。

 

服の上には作業用エプロン。

 

右手には肉をひっくり返すための大きなトング。

 

完全に攻略プレイヤーではなく、祭りの屋台の店主である。

 

「はいはいー! 今日は攻略組の皆さんに大盤振る舞いだよー!」

 

ジュワッ!

 

肉をひっくり返す。

 

「明日の攻略に備えて、いっぱい食べてねー!」

 

「おおおお!!」

 

歓声が上がる。

 

そこでこっこは、にっこり笑った。

 

「ただし――」

 

トングを掲げる。

 

「明日からはコル取るからねー!」

 

「金取るのかよ!!」

 

「今日だけ無料か!」

 

「当たり前でしょうが!」

 

こっこは胸を張った。

 

「材料費だってかかってるんだから! 商売は商売です✨️」

 

「ちゃっかりしてんなあ!」

 

笑い声が広がる。

 

だが。

 

肉を受け取ったプレイヤーが、一口かじった瞬間だった。

 

「…………!」

 

固まる。

 

「どう?」

 

もぐもぐ。

 

「…………うまい」

 

「でしょ✨️」

 

「いや――」

 

男が叫んだ。

 

「めちゃくちゃうまいぞ、これ!!」

 

「なにぃ!?」

 

「俺にもくれ!」

 

「こっちも!」

 

「並んで並んで! 肉は逃げないから!」

 

あっという間に人だかりができた。

 

そんな中、一人のプレイヤーが鉄板の下を覗き込んだ。

 

「……待てよ」

 

「どうした?」

 

「これ……《炭》じゃないか?」

 

「炭?」

 

別のプレイヤーも覗き込む。

 

「おい! 炭なんてアイテムあるのか? 店で見たことないぞ!」

 

その言葉を待っていた。

 

こっこの顔が輝く。

 

「ふっふっふっ……✨️」

 

トングで鉄板をコンコンと叩く。

 

「こっこ特製の炭と鉄板でございます!」

 

「特製!?」

 

「自作!?」

 

「そう!」

 

こっこは得意げに説明を始めた。

 

「薪をそのまま燃やすより火力が安定するし、煙も抑えられる。それに鉄板なら大量の肉を一度に調理できる。料理スキルも組み合わせれば――」

 

焼き上がった肉を一枚、皿へ載せる。

 

「硬いボアの肉も、美味しくいただけますよー 」

 

プレイヤーがアイテム情報を見る。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「これ、微量だけど《ヒーリング》効果まで付いてる!」

 

「マジかよ!」

 

「戦闘後に食えるじゃん!」

 

「だから言ったでしょう?」

 

こっこは嬉しそうに笑った。

 

「料理だって立派な攻略なんだよ✨️」

 

一ヶ月前。

 

《はじまりの街》で料理スキルを選んだ時には笑われた。

 

クラフトスキルを選んだ時にも、変わり者扱いされた。

 

炭を作ろうとして、最初は《薪の燃えカス》を量産した。

 

それでも続けた。

 

そして今。

 

その全てが――。

 

明日、命を懸けて戦うプレイヤーたちの力になっていた。

 

そこへ。

 

「おい、こっこ!」

 

低く太い声が飛んできた。

 

人混みをかき分けて現れたのは、大柄な斧使い。

 

エギルだった。

 

「エギルさん!」

 

「俺にも一つ頼む!」

 

「もちろん!」

 

ドン!

 

一枚。

 

ドン!

 

二枚。

 

ドン!

 

三枚。

 

皿いっぱいの肉。

 

エギルが目を丸くする。

 

「……ずいぶん多いな」

 

「エギルさん大きいから」

 

「俺の配給量、体格制なのか?」

 

「サービスサービス✨️」

 

さらにこっこは、鉄板の横に置いてあった大鍋へ手を伸ばした。

 

ぱかっ。

 

蓋を開ける。

 

ふわぁぁぁ……。

 

濃厚な乳製品の香り。

 

白い湯気の向こうには、肉と野菜がたっぷり入ったクリームシチュー。

 

周囲の視線が一瞬で大鍋へ吸い寄せられた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………なんだ、それ?」

 

こっこはニヤリ。

 

「ホルンカで手に入れたクリームを使った――」

 

お玉ですくう。

 

とろり。

 

「こっこ特製クリームシチュー♥」

 

「おお……!」

 

「エギルさんには、キバオウさんをなだめてくれたお礼も込めて、これもつけてあげよう」

 

「ありがてえ!」

 

エギルが受け取る。

 

まず肉。

 

ガブッ。

 

「うまい!」

 

そしてシチュー。

 

ぱくっ。

 

「…………」

 

エギルが止まった。

 

「?」

 

こっこが首を傾げる。

 

「エギルさん?」

 

「…………」

 

肩が震えている。

 

そして――。

 

ぽろり。

 

「えっ」

 

涙。

 

「なんだ……」

 

もう一口。

 

「なんだ、この旨さは……」

 

エギルは涙を流しながら叫んだ。

 

「涙が出るぜ 」

 

「泣くほど!?」

 

広場が爆笑に包まれた。

 

「エギルがシチューで泣いたぞ!」

 

「一ヶ月まともな飯食ってねえんだ! 泣くだろ!!」

 

「わかるぞエギル!」

 

「俺にもシチュー!」

 

「私も!」

 

「僕も!」

 

大量の器が突き出される。

 

「ちょっ!?」

 

こっこは慌てて大鍋を抱え込んだ。

 

「待って待って待って! これは駄目!」

 

「なんでだよ!」

 

「肉は配ってただろ!」

 

「クリームは貴重なの! 量がないんだよ!」

 

「明日死ぬかもしれないんだぞ!」

 

「そんな縁起でもない理由で要求するなぁ!! 」

 

「最後の晩餐だ!」

 

「勝手に最後にするなぁぁぁ!! 」

 

笑い声が夜空へ響く。

 

攻略前夜。

 

明日になれば、ここにいる者たちは命を懸けて戦う。

 

誰かが傷つくかもしれない。

 

誰かが――帰ってこないかもしれない。

 

それでも今だけは。

 

肉を頬張り。

 

シチューを奪い合い。

 

笑っていた。

 

こっこは鉄板の前から、その光景を眺める。

 

――一ヶ月前。

 

デスゲーム開始直後。

 

恐慌に陥った人々を前に、同じことをした。

 

『ボアの肉ある!? 調理してあげるから、落ち着いて肉食べよう!!』

 

盛大に滑った。

 

誰も聞いてくれなかった。

 

怒鳴られた。

 

泣きそうになった。

 

それでも。

 

あの日、何人かが残ってくれた。

 

そして今日。

 

「こっこー! 肉追加!」

 

「こっち焼けたぞ!」

 

「シチューまだある!?」

 

「炭って売ってくれるのか!?」

 

「鉄板も作れる!?」

 

「はいはいー! 順番ねー!」

 

同じように肉を焼いている。

 

けれど――。

 

今度は誰も笑わない。

 

いや。

 

みんな笑っている。

 

意味が、まるで違った。

 

こっこはトングを握り直した。

 

「よーし!」

 

ジュワァァァァッ!!

 

新しい肉を鉄板へ投入する。

 

煙が舞い上がった。

 

「今日は腹いっぱい食べていって!」

 

そして、少しだけ声を張る。

 

「明日はみんなで勝って帰ってこよう!!」

 

一瞬の静寂。

 

やがて――。

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

攻略組の声が、夜のトールバーナを震わせた。

 

その夜。

 

第一層攻略組の間で、ひとつの噂が生まれた。

 

――攻略会議に参加していた、妙な職人プレイヤーがいる。

 

片手剣を持っているくせに料理をし。

 

炭を焼き。

 

鉄板を作り。

 

ボス攻略前夜に、攻略組へ肉を振る舞った男。

 

その名は――。

 

《こっこ》。

 

もっとも本人は。

 

そんな噂が広まっていることなど露ほども知らず。

 

「誰ぇぇぇ! クリームシチュー三杯目よそったの!! 」

 

貴重なクリームの在庫を守ることに必死だった。

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