エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
巨大な石扉の向こうにあったのは、広大な円形の空間だった。
床一面を覆う、幾重にも重なった巨大な魔法陣。
長い年月を経てなお、その線は消えていない。
壁面には見たこともない古代文字が刻まれ、中央には六つの窪みを備えた祭壇が置かれている。
そこへ収められるものが何なのか。
今となっては、誰に説明されるまでもなかった。
――六本の《秘鍵》。
森エルフと闇エルフ。
長い年月をかけて奪い合い、守り、そして失ってきた秘宝。
そのすべてが、ついにここへ集おうとしていた。
「……ここが、《儀式の間》じゃ」
ドワーフ王の声が、静かな空間に響いた。
いつもの豪快な口調とは違う。
どこか遠い昔を懐かしむような声だった。
「お前さんたちは、秘鍵を魔法を取り戻すための道具だと思っておったじゃろう。それは間違いではない。じゃが――正確には少し違う」
こっこたちは黙って王を見る。
王は祭壇へ歩み寄り、その巨大な手で石の表面をなぞった。
「秘鍵とは、《世界樹》との繋がりを取り戻すためのものじゃ」
「……世界樹?」
リズが聞き返した。
王はゆっくりとうなずいた。
「かつて、この大地には魔力が満ちておった。エルフどもが魔法を使えたのも、己の身体だけで力を生み出していたからではない。大地を通じて、世界樹と繋がっていたからじゃ」
しかし――。
《大地切断》。
その災厄によって大地そのものが引き裂かれた時、世界樹との繋がりも断たれた。
大地を巡っていた魔力は失われ、エルフたちは次第に魔法を使うことができなくなっていった。
「それでも、切断直後の古代エルフたちの身体には、まだ魔力が残っておった」
王は祭壇に視線を落とす。
「そこで奴らは、儂らドワーフに頼んだのじゃ。世界樹との繋がりを取り戻すための器を作ってくれ、とな」
ドワーフが器を鍛え。
古代エルフが、残された魔力と術式をそこへ封じた。
そうして作られたものこそ――。
「六本の《秘鍵》じゃ」
シリカが小さく息を呑む。
「じゃあ、この鍵を使えば……」
「ああ。この魔法陣を起動し、大地と世界樹をもう一度繋ぐことができる」
ドワーフ王は足元を指した。
「そして、この場所にも意味がある」
現在のアインクラッドで言えば、第九層。
浮遊城となった今なら、それだけを聞けば単なる途中の階層に過ぎない。
だが――かつての大地では違った。
「ここは元々、もっとも深い場所にあった」
王はゆっくりと天井を見上げる。
「地の底。世界樹の枝でも幹でもない。その根――世界を巡る魔力の根源に、もっとも近い場所じゃ」
だから古代エルフとドワーフは、この場所に儀式場を作った。
六本の秘鍵によって術式を完成させ、世界樹との接続を回復する。
本来ならば、それで終わるはずだった。
失われた魔法は戻り。
エルフたちは再び、かつての力を手にする。
――だが。
「ここからが……一番くだらん話じゃ」
ドワーフ王の声に、苦々しさが混じった。
「魔法が戻ると分かった途端、奴らは考え始めた」
誰が最初に魔力を得るのか。
誰が儀式を管理するのか。
どの領地へ多く魔力を流すのか。
誰が秘鍵を所有するのか。
そして――。
誰が、その力によって他の諸侯より上に立つのか。
「……利権、か」
こっこが呟いた。
「そうじゃ」
王は吐き捨てるように答えた。
「世界を救うために作った鍵を、今度は世界を支配するための鍵にしようとした」
エルフの諸侯たちは争った。
自分たちこそが秘鍵を管理すべきだ。
自分たちこそが魔法を継承する正統な血筋である。
他の一族へ渡してはならない。
魔法を取り戻すために作られたはずの秘鍵は、いつしか権力そのものへと姿を変えていった。
「儂らの祖先は、それに嫌気が差した」
ドワーフたちは儀式を拒絶した。
エルフたちをこの場所から追い出し、《儀式の間》を禁足の地と定めた。
そして代々、この地を守り続けた。
だが、それで争いが終わったわけではない。
儀式場を失ってなお、エルフたちは秘鍵を奪い合った。
戦い。
奪い。
隠し。
また奪われる。
そうして六本の秘鍵は各地へ散り散りになった。
さらに長い年月が流れた。
世代が変わるたびに、本来の目的は薄れていった。
なぜ秘鍵が作られたのか。
なぜ魔法が失われたのか。
なぜ森と闇が争っているのか。
ついには、その理由さえ忘れていった。
散り散りになったエルフたちは、やがて再び大きな勢力へ統合されていく。
しかし、一つには戻らなかった。
――森エルフ。
――闇エルフ。
二つの勢力だけが残った。
「……それが、今まで続いていた争い……」
ランスロットが呟いた。
ドワーフ王は静かにうなずいた。
「皮肉なものじゃ。始まりを忘れても、争いだけは残りおった」
だが、その停滞した歴史を動かす者たちが現れた。
人間。
浮遊城《アインクラッド》を、一層ずつ上へと攻略していくプレイヤーたち。
彼らの進撃によって、何百年、あるいは何千年と動かなかったものが次々と動き始めた。
忘れ去られていた遺跡が開かれ。
秘鍵が発見され。
森と闇が再び動き。
そして――。
六本すべてが、再びこの場所へ戻ろうとしている。
こっこは、そこで一つの疑問に気づいた。
「……王様」
「なんじゃ」
「どうして、そこまで知ってるんです?」
ランスロットも顔を上げた。
ギズメルも同じだった。
エルフたち自身すら忘れてしまった歴史。
それをなぜ、ドワーフ王だけがこれほど正確に知っているのか。
王は一瞬黙り――。
そして、自分の頭に手を伸ばした。
しかし、そこにあるはずのものは、もうない。
「……冠じゃよ」
「え?」
「あの秘鍵を直すために使った、儂の冠じゃ」
こっこの目が見開かれた。
秘鍵を修復するため。
魔法の依代として使われ、粉々に砕け散ったドワーフ王の冠。
「あの冠に込められていた《おまじない》はな――」
王は静かに告げた。
「《知識の伝承》じゃ」
誰も声を出さなかった。
「ドワーフ王を名乗る者は、先代よりあの冠を受け継ぐ。そして冠を戴いた者は、そこに蓄積された歴代の王たちの知識を受け継ぐ」
秘鍵の作り方。
儀式の意味。
大地切断の記録。
古代エルフとの盟約。
そして――エルフたちが、なぜこの場所から追放されたのか。
「だから儂らだけは忘れんかった」
ドワーフ王は、少し寂しそうに笑った。
「エルフどもが忘れてしまってもな」
ランスロットは俯いた。
ギズメルも何も言わない。
自分たちの祖先が始めた争い。
その理由を、追い出した側であるドワーフだけが何世代にもわたって覚えていたのだ。
だが、こっこは別のことに気づく。
「……ちょっと待って」
全員がこちらを見る。
「その冠……秘鍵を直すために壊れちゃったよね?」
「壊れたのう」
「それって……」
ドワーフ王は豪快に笑った。
「心配するな。儂が覚えておる」
そして祭壇を見た。
「ならば次の王には、儂が伝えればよい」
こっこは言葉を失った。
魔法で知識を受け継ぐ時代は、あの冠とともに終わった。
だが――。
だからといって、知識まで消えるわけではない。
人から人へ。
親から子へ。
王から次の王へ。
これからは、自分たちの言葉で伝えていけばいい。
「さて」
王の声が変わった。
「昔話はここまでじゃ」
ドワーフ王が巨大な祭壇へ歩み寄った。
その指が、中央から六方向へ伸びる溝をなぞっていく。
「お前さんたちが一番知りたいことを話そう」
森エルフだけが魔法を得るのでもない。
闇エルフだけが魔法を得るのでもない。
まして、秘鍵を持つ一部の者だけが魔力を独占するのでもない。
「この術式には、本来の使い方がある」
王の指が、魔法陣の中央を指した。
「六本の秘鍵を正しく配置し、世界樹との接続を完全に開く」
そして――。
「そこから得た魔力を、特定の血族にも、国にも、領地にも繋げぬ」
ランスロットが息を呑む。
ギズメルも王を見る。
ドワーフ王は、ゆっくりと両腕を広げた。
「大地そのものへ返すのじゃ」
「……!」
「世界樹から得た魔力を大地へ流し、大地から森へ、川へ、山へ、街へ――そして、そこに生きる者すべてへ巡らせる」
それは、誰かが魔法を所有するための儀式ではない。
誰かが世界樹を支配するための儀式でもない。
本来、魔力とは世界を巡っていたものなのだ。
「森にも流れる」
王はランスロットを見る。
「闇にも流れる」
ギズメルを見る。
そして――。
「ドワーフにも、人間にも。この浮遊城に存在する大地すべてにな」
こっこは床の巨大な魔法陣を見る。
ようやく分かった。
秘鍵を奪い合う必要など、最初からなかったのだ。
誰かが持つから争いになる。
誰かだけが使おうとするから、奪い合いになる。
ならば――。
誰のものにもしなければいい。
世界樹との道を開き。
ただ、世界へ返せばいい。
ドワーフ王は祭壇を叩いた。
重い音が、儀式の間に響き渡った。
「六本揃えばできる」
そして、森と闇――双方のエルフを見渡した。
「今度こそ、間違えるでないぞ」
何百年もの争いを知る王の声が、静かに響いた。
「これは誰かの力ではない」
一拍。
「――世界の力じゃ」
儀式の間。
そこは、巨大な火山の胎内だった。
赤黒い岩壁。
足元の亀裂から吹き上がる熱気。
遥か下ではマグマが荒れ狂い、時折、地鳴りとともに火柱が噴き上がる。
その灼熱の空間には、あまりにも場違いなものが存在していた。
六つの魔法陣。
巨大な円環を描くように配置されたそれぞれの魔法陣には、見たこともない古代文字が刻まれている。
そして中央から六方向へ伸びる光の筋。
その先には、それぞれ一本ずつ――秘鍵を差し込むための鍵穴があった。
長い旅だった。
森エルフと闇エルフ。
秘鍵を巡る争い。
奪い、奪われ。
欺き、戦い。
そして最後の一本は破損し、ドワーフの王によって修復された。
今。
ついに六本すべての秘鍵が、この場所に揃った。
ドワーフ王は六つの魔法陣を見渡すと、ゆっくり口を開いた。
「よく聞け」
低く、力強い声が儀式の間に響く。
全員が王を見る。
「秘鍵とは、ただ魔力を封じ込めた宝石ではない」
ドワーフ王は杖で床を叩いた。
――ゴン。
その音が、岩壁の向こうまで響いていく。
「遥かな昔。大地が切断され、この地が世界樹より切り離された時――エルフたちは魔法を失った」
ギズメルとランスロットが静かに耳を傾ける。
「だが、すべてが消えたわけではなかった。古代エルフたちの身体には、わずかな魔力が残されておった」
ドワーフ王は六本の秘鍵を見る。
「奴らはその最後の魔力を集めた。そして我らドワーフが作った六つの器――秘鍵へと封じ込めた」
こっこが息を呑む。
「じゃあ……この秘鍵は……」
「世界樹へ帰るための道標じゃ」
ドワーフ王が答えた。
「六本の秘鍵を正しい場所へ戻し、正しい順序で魔法陣を起動する。それによって失われた経路を再構築する」
王は天井を見上げた。
「そうして初めて――この大地は再び《世界樹》と繋がる」
誰も言葉を発しなかった。
森エルフは、自分たちのために。
闇エルフも、自分たちのために。
互いに秘鍵を奪い合ってきた。
だが――違った。
これは。
奪うための鍵ではない。
繋ぐための鍵だった。
「ただし」
ドワーフ王の声が一段低くなる。
「六本あればよい、というものではない」
「え?」
「順番がある」
王は六つの魔法陣を指した。
「一つでも違えば、世界樹より流れ込むマナの均衡が崩れる。下手をすれば接続そのものが歪むぞ」
こっこは六本の秘鍵を見る。
黄金。
深青。
翠緑。
赤橙。
深紅。
そして無色。
その瞬間。
こっこの頭の中で何かが繋がった。
「……分かった!」
全員が振り返る。
こっこは六本を指差した。
「色だ!」
「は?」
リズが嫌そうな顔をする。
「光の波長だよ! 見てよ、全部色が違う! 赤から紫――いや、波長の長い順か短い順かは魔法陣を見れば――」
「違うわ、馬鹿者」
ドワーフ王の返答は一秒もかからなかった。
「えっ」
「これは何じゃ?」
「……秘鍵?」
「何で出来ておる?」
「宝石……」
「ならば宝石として見んか」
「…………はい」
リズが盛大にため息をついた。
「なんであんな自信満々だったのよ……」
「いや、だって六色あったら普通は――」
「黙って聞け!」
「はい!」
ドワーフ王は一本の秘鍵を取り上げた。
黄金色の石。
内部では、炎にも似た淡い光が揺らめいている。
「第一――《琥珀の秘鍵》」
シリカへ渡す。
「六つの中で最も柔らかい石じゃ」
シリカは両手で大切そうに受け取った。
「はい!」
次に王が手にしたのは、深い青。
夜空そのものを閉じ込めたような秘鍵。
「第二――《瑠璃の秘鍵》」
リズへ。
「任せて」
第三。
鮮やかな翠緑。
森の生命そのものを結晶化させたような光。
「第三――《翡翠の秘鍵》」
アスナが受け取る。
「はい」
第四。
赤橙の石に、幾重もの縞模様が走っている。
「第四――《瑪瑙の秘鍵》」
キリトへ。
「了解」
第五。
燃え上がる炎のような深紅。
「第五――《紅玉の秘鍵》」
ギズメルはそれを受け取ると、しばらく黙って見つめた。
そして最後。
ドワーフ王が両手で持ち上げる。
無色。
透明。
しかしその中心には、白い光が星のように瞬いていた。
「第六――《金剛の秘鍵》」
ランスロットへ渡された。
「最も硬き石じゃ」
六人が、それぞれの秘鍵を手にした。
こっこはようやく気づく。
「……硬さ」
「そうじゃ」
ドワーフ王が頷いた。
「柔から剛へ」
王は第一の魔法陣から、順番に指していく。
「世界樹より流れ込むマナを、最初から最も強き器へ流してはならぬ」
「なぜ?」
キリトが尋ねる。
「川と同じじゃ。堰を一気に開けば、流れは荒れる」
ドワーフ王は六本の秘鍵を指した。
「柔らかき石から始め、少しずつ強き石へ。流れを一段ずつ受け止め、整え、最後に最も硬き《金剛》へ至らせる」
アスナが魔法陣を見る。
「それで……世界樹から流れ込むマナを均等にする」
「その通り」
王は満足そうに頷いた。
こっこは恐る恐る手を上げた。
「あの……」
「なんじゃ」
「もし色の波長順に入れてたら……?」
「儂が途中で貴様を蹴り飛ばしておった」
「危なかった!」
「危ないのは儀式の方よ!」
リズのツッコミが儀式の間に響いた。
ドワーフ王は豪快に笑った。
「知識とは思いつきではない。継承するものじゃ」
その言葉に、ランスロットが王を見る。
何百年も途絶えていたはずの知識。
それでも消えてはいなかった。
王から王へ。
親から子へ。
職人から職人へ。
いつの日か再び世界樹と繋がる――その日のために。
ドワーフたちは、ずっと覚えていたのだ。
王が杖を掲げる。
「始めるぞ!」
最初に前へ出たのはシリカ。
《琥珀の秘鍵》。
黄金色の鍵を両手で持ち、第一の魔法陣へ差し込む。
「……いきます!」
ゆっくりと押し込む。
――カチリ。
その瞬間。
ヴォン――!
黄金の光が爆ぜた。
「きゃっ!」
琥珀色の波動が床を走る。
古代文字が次々と黄金に染まり、一本の光線となって円環を巡り始めた。
「第二!」
リズが進み出る。
《瑠璃の秘鍵》。
深青の鍵を差し込む。
――カチリ。
青い光が迸った。
黄金と深青。
二色の光が絡み合い、螺旋を描きながら部屋を駆け巡る。
「第三!」
アスナ。
《翡翠の秘鍵》。
――カチリ。
翠緑の光。
三色の波動が重なる。
「第四!」
キリト。
《瑪瑙の秘鍵》。
――カチリ。
赤橙の光が走った。
四本。
魔法陣の半分以上が目覚める。
岩壁に刻まれていた古代文字までが次々と発光し始めた。
「第五!」
ギズメルが歩み出た。
その手には《紅玉の秘鍵》。
深紅の光を見つめる。
森エルフと。
闇エルフ。
長い争い。
失われた仲間。
流された血。
何百年もの間、この小さな鍵を巡って続けられてきた争い。
ギズメルは静かに目を閉じた。
「……今度こそ」
《紅玉の秘鍵》を差し込む。
――カチリ。
深紅の光が爆ぜた。
五色。
黄金。
深青。
翠緑。
赤橙。
深紅。
五つの波動が儀式の間を駆け巡る。
床。
壁。
天井。
あらゆる古代文字が目覚めていく。
残るは――一本。
ドワーフ王がランスロットを見る。
「第六」
ランスロットが前へ出た。
その手には。
《金剛の秘鍵》。
無色透明。
最も硬き石。
世界樹への接続を完成させる――最後の鍵。
ランスロットが鍵穴の前に立つ。
その時だった。
「止めろおおおおおおっ!!」
怒号。
全員が振り返る。
儀式の間へ続く巨大な扉から――武装したエルフたちが雪崩れ込んできた。
森エルフ。
「秘鍵を取り戻せ!」
そして反対側。
別の通路から現れたのは闇エルフ。
「儀式を止めろ!」
剣が抜かれる。
弓が構えられる。
そして。
追撃部隊の後方には――。
森エルフの長老。
闇エルフの女王。
宰相。
サーベント。
それぞれの思惑を抱えた者たちまでもが、この場所へ辿り着いていた。
ランスロットの手が止まった。
あと数センチ。
最後の鍵を差し込めば――。
もう戻れない。
「ランスロット!」
ギズメルが叫んだ。
ランスロットが振り返る。
ギズメルは強く頷いた。
キリトも。
「やれ!」
アスナも。
「お願い!」
リズも叫ぶ。
「入れて!」
シリカも。
「ランスロットさん!」
そして――。
こっこは腹の底から叫んだ。
「最後までやっちゃえええええっ!!」
「止めろ!」
「ランスロット!」
「隊長!!」
追撃部隊が走る。
それでもランスロットは動かなかった。
手の中の《金剛の秘鍵》を見る。
森エルフの未来。
母から受け継いだ想い。
仲間たちとの約束。
そして――。
この世界に生きる者たちの未来。
ランスロットは前を向いた。
「これは――」
《金剛の秘鍵》を握る。
「誰か一人のものではない!!」
最後の鍵を差し込んだ。
――カチリ。
一瞬。
世界から音が消えた。
次の瞬間。
《金剛の秘鍵》から――純白の光が迸った。
六本。
すべての秘鍵が輝く。
黄金。
深青。
翠緑。
赤橙。
深紅。
そして――純白。
六つの光が魔法陣を走る。
激しく。
しかし互いを拒絶することなく。
絡み合い。
重なり。
境界を失い――。
やがて巨大な純白の光へと変わった。
そして。
部屋そのものが変貌を始めた。
荒れ狂っていたマグマが消えていく。
赤黒い岩壁が、白亜の柱へ。
灼熱の溶岩は、透き通った水の流れる水路へ。
天井を覆っていた岩盤は光へ溶け、そこには満天の星空にも似た無数の輝きが広がった。
巨大な樹木の根を思わせる光の筋が、床から柱へ。
柱から天井へ。
さらにその向こうへと伸びていく。
誰も動けなかった。
そこはもう――火山の地下ではなかった。
神殿。
かつて古代エルフとドワーフが共に築いた。
世界樹へ祈りを捧げるための――古代の聖域。
そして。
六つの魔法陣の中央。
光が集まり始めた。
無数の粒子が人の形を作る。
長い耳。
白銀の髪。
古代の衣。
その身体は半透明。
まるで、この世界そのものが記憶していた姿を再現しているかのようだった。
ギズメルが息を呑む。
ランスロットの目が見開かれる。
森エルフの兵士たちが剣を落とした。
闇エルフたちも言葉を失う。
ドワーフ王だけが――。
静かに頭を垂れた。
古代エルフの始祖。
《The Forefather of the Eldar》。
始祖はゆっくりと目を開いた。
森エルフを見る。
闇エルフを見る。
ドワーフを見る。
そして――。
プレイヤーたちを見る。
やがて。
両腕を大きく広げた。
声が響く。
耳から聞こえているのではない。
世界そのものが、その声を発しているようだった。
『長き時は満ちた』
誰も動けない。
『大地は分かたれた』
『民は分かたれた』
『そして――心もまた分かたれた』
森エルフの長老が俯いた。
闇エルフの女王も唇を噛む。
兵士たちの手から、次々と武器が落ちていく。
『されど――』
始祖の両手から、無数の光が舞い上がった。
『世界樹は、誰か一人を選ばぬ』
その言葉に。
森エルフが顔を上げる。
闇エルフも。
『森の民も』
『闇の民も』
『鉄と石を継ぐ民も』
ドワーフ王が静かに笑った。
そして始祖の視線が、こっこたちへ向く。
『この世界に生きる、新たなる者たちも』
『すべて――この大地に生きる者』
始祖が天を仰いだ。
『故に――』
六本の秘鍵が一斉に輝く。
『我、ここに宣言する』
光が天井を貫いた。
第九層を。
第八層を。
第七層を。
さらに下へ。
巨大な光の脈動が――アインクラッドそのものを駆け抜けていく。
『世界樹とこの地の接続を――再開する』
森エルフたちは膝をついた。
闇エルフも。
秘鍵を奪い返すために乱入してきた者たちも。
魔法を独占しようとしていた者たちも。
誰もが武器を下ろしていた。
自分たちは――何を奪い合っていたのか。
誰のための魔法だったのか。
答えは最初からここにあった。
魔法は。
世界樹は。
森エルフだけのものではない。
闇エルフだけのものでもない。
世界樹は最初から――。
誰一人、区別していなかった。
森エルフの長老が膝をつく。
闇エルフの女王も続く。
兵士たちも。
ギズメルも。
ランスロットも。
やがて。
森も。
闇も。
ドワーフも。
同じ光の中で、静かに頭を垂れた。
その瞬間だった。
――ピィィィィン。
澄み切ったシステム音が響いた。
儀式の間だけではない。
第一層。
第二層。
第三層。
第四層。
第五層。
第六層。
第七層。
第八層。
そして第九層。
街にいる者。
迷宮区にいる者。
宿屋で眠っていた者。
鍛冶をしていた者。
料理をしていた者。
戦っていた者。
すべてのプレイヤー。
すべてのエルフ。
すべてのドワーフ。
アインクラッドに存在する者たちの視界へ。
同時に。
巨大なウインドウが開いた。
《SYSTEM ANNOUNCEMENT》
《秘鍵の儀式が完了しました》
《世界樹との接続を確認》
《世界樹よりマナの流入を開始します》
《対象領域――アインクラッド全階層》
《対象――すべての存在》
《繰り返します》
《秘鍵の儀式が完了しました》
《世界樹よりマナの流入を開始します》
《対象領域――アインクラッド全階層》
《対象――すべての存在》
誰も。
何も言えなかった。
何百年にも及んだ争い。
森エルフが独占しようとした魔法。
闇エルフが奪い返そうとした魔法。
そのどちらでもなかった。
世界樹から降り注ぐ光は――。
森にも。
闇にも。
ドワーフにも。
プレイヤーにも。
まったく同じだった。
ただ一人。
こっこだけが。
目の前に浮かぶシステムウインドウを見上げながら、ぽかんと口を開けていた。
「…………全階層?」
リズが涙を拭いながら答える。
「……そう書いてあるわね」
「対象……すべての存在?」
シリカも目元を拭いながら頷く。
「そう書いてありますね……」
「…………」
こっこはもう一度システムメッセージを見る。
《対象領域――アインクラッド全階層》
《対象――すべての存在》
「…………これ」
キリトが眉をひそめた。
「なんだよ?」
こっこの頬を、一筋の汗が流れた。
「僕たち……とんでもないこと、やっちゃったんじゃ……」
アスナが見る。
キリトも見る。
リズも。
シリカも。
ギズメルも。
ランスロットも。
そして。
ドワーフ王が――。
「ぶわっはっはっはっは!!」
腹を抱えて笑った。
「今さら気づいたか、馬鹿者!」
神聖なる古代神殿。
数百年に及んだエルフたちの争いが終わり。
世界樹とアインクラッドが再び繋がった――歴史的瞬間。
降り注ぐ光の中。
こっこは一人。
「いや……これ絶対、誰かに怒られるやつだよ……」
なぜか脳裏に、ゲームマスター茅場晶彦から非難が来るような気がした。