エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
魔法がアインクラッドに解放されてから、数日が経った。
世界は、確かに変わり始めていた。
これまで限られた者しか立ち入ることのできなかった森エルフ、闇エルフ、そしてドワーフたちの領地にも、プレイヤーの出入りが許されるようになった。
森エルフと闇エルフもまた、正式な国交を結ぶ方向で合意した。
長きにわたる対立が、たった数日で消えるわけではない。
だが少なくとも、互いを敵としてしか見なかった時代は終わろうとしている。
少しずつ。
本当に少しずつではあるが、両者の間に横たわっていたわだかまりは、解け始めていた。
そして――復活した《魔法》。
世界樹から流れ込んだマナは、アインクラッド全域を満たしている。
とはいえ、魔法が復活したからといって、すべてのエルフがその日から自由自在に魔法を操れるようになったわけではなかった。
特に若いエルフたちは大変だったらしい。
生まれてから一度も感じたことのなかった《マナ》という力が、ある日突然、自分の身体の中を駆け巡り始めたのだ。
無意識に火花を散らす者。
コップの水を凍らせてしまう者。
驚いた拍子に突風を起こし、自分自身がひっくり返った者までいるという。
現在、各地では古い文献を引っ張り出しながら、魔法の基礎訓練が始められていた。
――しかし。
そんな中、最初から別格の存在がいた。
森エルフの長老である。
忘れられがちだが、長老は魔法が失われる以前の時代を知る、数少ない《魔法経験者》だった。
しかも若き日の彼は、稀代の天才とまで呼ばれた魔法使いである。
長い年月によって失われていたのは、知識でも技術でもない。
ただ、魔法を発動させるための《マナ》だけだった。
それが戻った。
ならば長老にとって魔法とは、新しく学ぶものではない。
長い間動かすことのできなかった手足が、ようやく自由になったようなものだった。
一方、一連の騒動についても事後処理が進められていた。
王族からは、サーベントに対して厳しい処断を求める声も上がった。
しかし、それに強く反発したのが長老だった。
彼の行いを許したわけではない。
だが、今回の騒動の責任をすべてサーベントに負わせ、処断することだけは認めなかった。
王族と長老の間で激しい議論が交わされた末、サーベントには一定期間の禁固刑が科されることで決着した。
魔法という巨大な力を取り戻した今、王族だけが権力を握ることも、長老だけが決定権を持つことも望ましくない。
しばらくは双方が互いを牽制し合うことで、その均衡は保たれることになるだろう。
そんな歴史的転換期の最中――。
ずるずるずるずる……。
森エルフの王都に、異様な音が響いていた。
ずるずるずる……。
道行くエルフたちが振り返る。
そして、固まった。
男が一人。
その後ろには――。
棺桶が二つ。
縄で括られた二つの棺桶を、男が堂々と引きずっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
人々が道を開ける。
その男の名は――こっこ。
ほんの数日前、この王都を舞台に怪盗騒ぎを引き起こし、衛兵たちを散々振り回した張本人である。
その男が。
顔を隠すでもなく。
変装するでもなく。
むしろ大手を振って帰ってきた。
棺桶を二つ引きずって。
ずるずるずる……。
「…………こっこさん」
後ろから、低い声がした。
アスナだった。
「はい?」
「一つ聞いていい?」
「どうぞ✨」
「……だから、なんで馬車を使ってくれないの 」
こっこが振り返った。
「え?」
「『え?』じゃないわよ!!」
アスナの怒声が王都に響いた。
「前にも言ったでしょう!? 棺桶を作れるだけのクラフトスキルがあるなら、馬車だって作れるでしょう!?」
「でも棺桶なら日光を完全に遮断できるよ?」
「馬車の荷台を覆えばいいでしょう!!」
「…………」
「…………」
「なるほど 」
「今気づいたの!? 」
リズが額を押さえた。
「アスナ。無駄よ。たぶんその人、棺桶を作った時点で満足してるから」
「そんなことないよ」
「じゃあ、なんで今日も引きずってるのよ」
「せっかく作ったから✨」
「やっぱりそうじゃない!! 」
シリカは顔を真っ赤にして俯いていた。
「もう……みんな見てますよぉ……」
「大丈夫、シリカちゃん」
「何がですか?」
「僕たち、もう森エルフとは友好関係だから✨」
「そういう問題じゃありません!」
ずるずるずる……。
当然、事情を知らないエルフたちはざわついていた。
「あれは……先日の怪盗では?」
「棺を二つ引いているぞ……」
「中には何が……?」
「まさか……」
そして――。
その会話は、棺桶の中にも筒抜けだった。
『…………キリト君』
暗闇の中。
隣の棺桶から、ディアベルの声が聞こえた。
『……なんだよ、ディアベル』
『耐えるんだ』
『何にだよ……』
『あと少しだ。もうすぐ長老のところに着く』
『そうじゃない……』
キリトの声が震えた。
『なんで俺たち……いつも見世物みたいになるんだよ 』
『…………』
ディアベルは答えられなかった。
ずるずるずる……。
『聞こえるんだよ……全部……。「棺桶が動いた」とか、「中から声がする」とか……』
『キリト君』
『なんだよ』
『僕だって辛い』
『ディアベル……』
『だが、ここで蓋を開けたら日の光を浴びる』
『分かってるよ……』
『だから――』
ディアベルは攻略会議の時と変わらぬ、頼もしい声で告げた。
『あと少しだ! 耐えろ、キリト君!』
『攻略対象みたいに言うなよ!! 』
ガンッ!
棺桶の中から音がした。
周囲のエルフたちが一斉に飛び退く。
「棺が動いたぞ!」
「中に何かいる!!」
「キリト君、暴れないでー!」
こっこが後ろに声をかける。
『誰のせいだと思ってんだ!! 』
「おお、生きがいい✨」
『眷属化より先にお前をどうにかしたい!! 』
アスナはとうとう頭を抱えた。
「……ごめんね、キリト君」
『アスナ……』
「あと少しだから我慢して」
『うん……』
「帰りは絶対、馬車にするから」
「えっ」
『『えっ、じゃない!! 』』
棺桶二つから同時に怒声が響いた。
やがて一行は、長老のもとへと辿り着いた。
「長老ー! お久しぶりです!」
「数日前に会ったばかりじゃろうが」
長老が振り返る。
そして。
二つの棺桶を見る。
「…………」
「✨」
「…………おぬし」
「はい?」
「今度は何をした」
こっこは首を傾げた。
「お願いがありまして」
「先に言っておくぞ」
「はい?」
「魔法が戻ったとはいえ――」
長老は厳かな声で告げた。
「死者を蘇らせることはできん」
一瞬。
沈黙。
「…………」
棺桶の中のキリトとディアベルまで黙った。
こっこがきょとんとする。
「死者?」
「その棺桶じゃ!!」
「ああ! 違いますよ✨ 二人とも生きてます!」
「ならばなぜ棺桶に入れた!! 」
すると。
『長老ー!!』
棺桶の中からキリトの声がした。
長老が飛び上がった。
「喋った!?」
『生きてます!!助けて下さい!! 』
『長老様を頼ってここまで来ました!』
「何が、あったんじゃ?」
長老は棺桶とこっこを交互に見た。
「…………説明せい」
「実は二人とも《眷属化》してまして」
「眷属化……?」
長老の顔つきが変わった。
こっこは事情を説明する。
二人とも意識はある。
会話もできる。
戦うことさえできる。
しかし眷属化の影響により、日の光を浴びることができない。
だから日中の移動手段として、こっこが遮光性の高い棺桶を製作したのだ。
「なるほど……」
長老は顎髭を撫でた。
「それで、魔法が復活した今なら――」
「この《眷属化》を解除できるかもしれないと思いまして」
「……ふむ」
長老は棺桶の一つに手を置いた。
目を閉じる。
掌から淡い光が漏れ始めた。
「確かに……これは通常の状態異常とは異なるな」
アスナが一歩前へ出る。
「長老……治せますか?」
長老はしばらく黙っていた。
やがて――。
にやり。
「誰に聞いておる」
長老の周囲に淡い魔法陣が浮かび上がった。
「儂を誰だと思っておるのじゃ」
かつて稀代の天才と呼ばれた魔法使い。
その瞳に、久しく失われていた力強い光が宿る。
「時間は少々かかる。じゃが、この程度の術式――解いてみせよう」
アスナの顔が明るくなった。
リズも。
シリカも。
そして棺桶の中からも。
『本当ですか!?』
『助かるのか、俺たち!?』
こっこが拳を握った。
「やったね、キリト君! ディアベルさん!」
『こっこ!』
「なに?」
『ありがとう!』
キリトの声だった。
こっこは一瞬、照れ臭そうに笑った。
「いやいや✨」
そしてキリトが続けた。
『それともう一つ』
「うん?」
『帰りは馬車にしてくれ』
「え?」
『『『『だからなんで馬車を使ってくれないの!! 』』』』
キリト。
ディアベル。
アスナ。
リズ。
四人の声が綺麗に重なった。
「ええー!? 」
復活した魔法によって、キリトとディアベルの《眷属化》を治療できる可能性が生まれた。
それは間違いなく、大きな希望だった。
ただし――。
治療以前に。
こっこの《棺桶運搬癖》を治療する必要があるのではないか。
その場にいた全員が、そう思っていた。
魔法がアインクラッドへと戻った。
世界樹との接続が復活し、失われていたマナが再びこの世界を満たし始めてから、まだそれほど時間は経っていない。
だが――森エルフの長老には、さっそくその力を使わなければならない相手がいた。
キリトとディアベル。
吸血鬼の眷属と化してしまった二人である。
「では、始めるとしよう」
長老の指示により、一行は陽の光が一切入らない城内の一室へと移動した。
そして部屋の中央に置かれたのは――二つの棺桶。
言うまでもない。
こっこ謹製、吸血鬼運搬用棺桶である。
「着いたよー。出ていいよー」
こっこが棺桶の蓋を開ける。
「だから荷物みたいに扱うなって言ってるだろ 」
中からキリトが起き上がった。
その隣では、もう一つの棺桶からディアベルが身体を起こしている。
「ようやく……棺桶生活から解放されるのか……」
その声には、攻略組を率いるリーダーとは思えないほどの疲労感が滲んでいた。
アスナが心配そうに二人を見る。
「二人とも、もう少しだから頑張って」
「アスナ……」
キリトの表情が少しだけ和らぐ。
だが、その直後。
アスナの視線が二つの棺桶へ移った。
そして――こっこを睨んだ。
「……そもそも、なんでずっと棺桶で運んでたんですか 」
「安全だから?」
「馬車で行けばいいって何度も言ったでしょうが 」
「まあまあ。結果的に無事だったんだから」
「そういう問題じゃありません 」
「はい……」
二人を魔法陣の中央へ座らせると、長老は解呪の準備に取り掛かった。
床へ一本ずつ線を引き、古いエルフ文字を書き込んでいく。
円。
紋様。
幾何学模様。
それらが複雑に重なり合い、巨大な魔法陣を形成していった。
作業には一時間ほどを要した。
そして――その頃には、部屋の周囲が妙なことになっていた。
「おお……」
「本当に長老が魔法を……」
「魔法を見ることができるのか……!」
森エルフたちが、ぞろぞろと集まってきていたのである。
無理もない。
魔法が失われてから、あまりにも長い年月が経っている。
知識として魔法を知っている者はいても、実際にその目で発動を見るのは、ほとんどのエルフにとって初めてなのだ。
リズも興味津々で魔法陣を覗き込んでいる。
シリカもピナを抱きながら目を輝かせていた。
「本当に魔法が使えるようになったんですね……!」
「キュル!」
こっこも腕を組みながら大きく頷く。
「いやあ……歴史的瞬間だねえ」
キリトが魔法陣の中央から睨んだ。
「なんで俺たちが見世物なんだよ 」
ディアベルも苦笑する。
「まあ、キリトくん。俺たちが魔法復活後の最初の実演対象になったと思えば……」
「嬉しくないよ! 」
やがて魔法陣が完成した。
長老は小さな革袋を取り出す。
中に入っていたのは、淡い銀色の輝きを放つ粉末だった。
「これは《祝福の粉》じゃ」
長老はそう説明すると、それを二人へ振りかけた。
さらさらと舞い落ちる粉が、キリトとディアベルの身体へ触れる。
「まずはこれで邪気を払う」
長老が目を閉じる。
そして――。
ゆっくりと両手を広げた。
聞いたこともない言葉が紡がれる。
次の瞬間。
――ヴン。
床の魔法陣が光った。
「おおお……!」
エルフたちから、一斉に歓声が上がった。
魔法陣を構成する文字が、一つ、また一つと輝き始める。
光は円を巡り、紋様を伝い、やがて中央に座る二人へと集まっていった。
「これが……魔法……」
アスナが呟く。
リズも、シリカも言葉を失っていた。
この場にいるプレイヤーたちも初めて見る。
そしてエルフたちにとってさえ、初めて目にする本物の魔法。
キリトとディアベルの身体から、黒い靄のようなものが立ち昇る。
眷属化によって二人を蝕んでいた邪気。
それを魔法陣から伸びた光が包み込んでいく。
そして――。
パァン!
黒い靄が光の粒となって弾けた。
静寂。
やがて魔法陣の光がゆっくりと消えていく。
長老は二人を見つめ――頷いた。
「……終わったぞ」
キリトが自分の手を見る。
ディアベルも身体の状態を確かめる。
眷属化によって感じていた、あの奇妙な感覚。
日の光に対する強烈な拒絶感。
それらが――消えていた。
「戻った……」
キリトが呟く。
ディアベルも安堵したように笑った。
「ああ……。戻ったみたいだ」
「よかったねー!」
こっこが満面の笑みで二人へ詰め寄った。
「…………」
キリトが睨む。
「…………」
ディアベルも笑顔ではある。
笑顔ではあるのだが――目が笑っていない。
「え?」
こっこが立ち止まる。
キリトは大きく息を吐いた。
「……まあ、その……ありがとう」
「うんうん✨」
「魔法を復活させてくれたことについては、本当に感謝してる」
「……については?」
続いてディアベルも口を開く。
「俺からも礼を言うよ、こっこさん。世界樹との接続を復活させなければ、こうして元に戻ることもできなかったんだから」
「そうでしょう、そうでしょう✨」
「棺桶に詰められて運び回された件とは、別問題だけどね」
「…………」
こっこは二人を見比べた。
「まるで感謝されたような言葉ではない 」
「当たり前でしょ 」
後ろからアスナの声が飛んできた。
しばらくして。
こっこは、ふと気になったことを長老へ尋ねた。
「長老、一つ聞いていい?」
「なんじゃ?」
「もし……魔法が復活してなかったら、この二人ってどうなってたの?」
キリトとディアベルの動きが止まった。
「……え?」
「まさか……ずっと眷属のまま?」
長老は髭を撫でながら答えた。
「いや。永遠にそのままというわけではあるまい」
「別の治療方法があるの?」
「うむ。さらに上層へ進めば、《レストレーションクリスタル》という希少な結晶が見つかると聞いておる」
「レストレーションクリスタル……」
キリトが名前を繰り返す。
「通常のヒールクリスタルとは異なる。生命力を回復させるものではなく、強力な呪いや特殊な状態異常を解除し、本来の状態へと復元するための結晶じゃ」
ディアベルがほっと息を吐く。
「じゃあ……魔法が復活しなくても、いずれ元に戻れたんですね」
「そうじゃな」
「よかった……」
「ただし――」
長老が続けた。
「それが手に入る階層へ到達するまでは、お預けじゃったがな」
「…………」
キリトとディアベルが固まった。
二人の視線が――ゆっくりと。
部屋の隅に置かれている二つの棺桶へ向かう。
「…………」
そして。
こっこを見る。
「な、なに? 」
キリトの顔が引きつった。
「つまり……魔法が復活してなかったら……」
ディアベルが続ける。
「俺たちは、あと何層か分からないけど……」
二人同時に棺桶を見る。
「「ずっとこれだったのか……?」」
長老は笑った。
「まあ、そういうことになるのう」
「嫌だぁぁぁぁ!! 」
キリトの悲鳴が響いた。
ディアベルは額を押さえている。
「攻略会議に棺桶で出席する未来まであり得たのか……」
「やめてくれディアベル! 想像させるな! 」
「ボス攻略にも棺桶を持っていくことになるね……」
「やめろぉぉぉ!! 」
その日の夕方。
一行は帰路につくことになった。
屋敷の前へ出たキリトとディアベルは――そこで固まった。
一台の馬車が停まっている。
しかも、なかなか立派な造りだ。
御者台では、こっこが得意げに手綱を握っている。
「さあ、帰ろうか!✨」
「…………」
キリトが馬車を見る。
「…………」
ディアベルも馬車を見る。
アスナも馬車を見る。
そして三人が――ゆっくりとこっこを見る。
「……な、なに? 」
アスナのこめかみに青筋が浮かんだ。
「あるじゃない」
「え?」
「馬車」
「うん。作ったよ✨」
アスナが震え始めた。
「だから……」
こっこが首を傾げる。
「だからなんで最初から馬車を使ってくれないのよぉぉぉぉ!! 」
「ぎゃーす!! 」
キリトも叫ぶ。
「俺たち棺桶に詰められて運ばれたんだぞ!! 」
ディアベルまで珍しく声を荒らげた。
「こっこさん! これがあれば俺たち、普通に移動できたじゃないか!! 」
「いや、でも棺桶のほうがコンパクトで――」
「そこじゃない!! 」
「三人から怒られた!? 」
リズは呆れたように額へ手を当てた。
「なんでこの人、歴史に残る偉業をやった直後に全部台無しにできるのよ……」
シリカも困ったように笑う。
「こっこさんですから……」
「キュ〜……」
こうして。
世界樹との接続を取り戻し、アインクラッドに魔法が復活したことで――。
キリトとディアベルを苦しめていた眷属化の呪いは、無事に解除された。
そして二人はようやく――。
棺桶ではなく。
馬車に乗って帰ることができたのであった。
めでたし、めでたし。
なお――。
二人を運んでいた棺桶について。
「せっかく作ったし、何かに再利用できないかな?」
こっこがそう口にした瞬間。
キリトとディアベルの声が綺麗に重なった。
「「今すぐ捨てろ!! 」」
アスナも頷いた。
「燃やしましょう 」
「そこまで!? 」