エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
侠気――サタン、新たな一歩
第十層へと進んでから、サタンは少し変わった。
いや。
正確には――少し、元気がなかった。
原因など、こっこ達には分かっていた。
老師のことだ。
九層を終えたあと、いつもの修行開始を告げる通知が来ないことを不審に思い、二層へ戻ったサタン。
そこで彼が見たもの。
そして、一人で建てた碑。
老師との約束を果たすように供えた、安酒。
あれからサタンは、いつもの豪快さを少し失っていた。
◇
数日後。
第八層――ほっこり休憩村。
夕暮れを迎えた《こっこ亭》は、今日も多くのプレイヤーで賑わっていた。
攻略帰りのプレイヤー。
装備の修理を終えた者。
牧場や工房で働いていた者。
NPCの職人達まで混ざって、あちらこちらから笑い声が聞こえてくる。
料理の焼ける音。
食器の触れ合う音。
酒杯を合わせる音。
厨房では、こっこが忙しなく動き回っていた。
「はい、ステーキ追加! そっちラーメン二つ! リズ、これお願い!」
「なんで鍛冶屋の私が配膳してんのよ 」
そう言いながらも、リズは料理を運んでいく。
「シリカ! そっちのテーブル、エール追加!」
「はーい!」
「ピナも!」
「きゅる!」
「ピナは運べないでしょ!」
「きゅう……」
いつもの光景だった。
そんな店の片隅。
サタンが一人、静かに座っていた。
目の前には料理がある。
酒もある。
普段のサタンなら、とっくに肉を平らげ、追加注文をしている頃だ。
だが今日は違った。
箸が遅い。
酒も、一口ずつ味わうように飲んでいる。
リズがちらりと見る。
シリカも気づいていた。
二人とも、何も言わなかった。
やがて厨房から顔を出したこっこも、その様子に気づく。
少し考え――。
「よし」
料理を盛り始めた。
リズが嫌な予感を覚える。
「……何する気?」
「いや。元気ないなら、美味いもん食えば元気になるかなって」
「…………」
リズは何か言おうとした。
だが、やめた。
こっこは山盛りの料理を抱え、サタンの前へ向かった。
「サタン!」
「ん?」
ドン!
肉料理が置かれる。
ドン!
さらに煮込み料理。
ドン!
そして酒。
「今日は僕のおごり! 食べよう! 飲もう!」
「……なんだよ、急に」
「いいからいいから!」
サタンは料理を見る。
そして、こっこを見る。
何も聞いてこない。
老師の話にも触れない。
励ます言葉すらない。
ただ料理と酒を置いていった。
サタンは小さく息を吐いた。
「……いただくか」
肉を口へ運ぶ。
「どう?」
「うめぇよ」
「でしょー!」
そして酒を一口。
「…………」
手が止まった。
脳裏に浮かんだのは、あの日の言葉だった。
――美味い飯と酒。
二層へ持っていったもの。
老師と交わした約束。
そして。
その酒を飲ませることが、もう二度とできないという現実。
サタンは杯を見つめた。
「…………」
少し離れたところで見ていたリズが、こっこの脇腹を肘で小突いた。
「痛っ」
「……逆効果じゃない?」
「え?」
シリカも困った顔をする。
「お酒……老師さんとの約束でしたから……」
「あ」
こっこの顔が固まった。
「…………やっちゃった?」
「やっちゃったわね」
「やっちゃいましたね……」
「きゅう……」
ピナまで頷いた。
「どうしよう……」
こっこが本気で困った顔をする。
しかし。
サタンはそれを横目で見ていた。
そして、ふっと笑った。
「こっこ」
「はいっ!」
妙に姿勢が良くなる。
「ありがとな」
「……うん」
「飯もうまい。酒もうまい」
そう言って、また杯を傾けた。
笑っている。
だが。
その笑顔が、いつものサタンとは違うことくらい、こっこにも分かった。
心から笑ってはいない。
「…………」
だから、こっこは何も言わなかった。
老師の話も。
元気を出せとも。
頑張れとも。
何も言わず、厨房へ戻った。
しばらくして。
また一皿持ってきた。
「追加」
「まだ食わせんのかよ」
「今日はいっぱい作ったから」
「嘘つけ」
「……バレた?」
サタンが少しだけ笑った。
今度は先ほどより、ほんの少し自然だった。
「食うよ」
「うん」
それだけだった。
◇
店じまいが近づく。
客が少なくなり、賑やかだった《こっこ亭》にも静かな時間が訪れた。
リズが食器を片づける。
シリカはピナを肩に乗せ、テーブルを拭いている。
こっこは厨房で翌日の仕込みを始めていた。
サタンはまだ座っていた。
自分を気遣っている。
みんな、何も言わないだけだ。
それが分かった。
だからこそ――考えた。
老師からもらった、この体術。
俺は何に使えばいい?
強くなりたかった。
ただ、それだけだった。
強敵を倒したい。
もっと強くなりたい。
自分の拳がどこまで通用するのか試してみたい。
だから老師の修行にも食らいついた。
だが。
――その先は?
「……俺は、何がしたかったんだ?」
強くなった。
なら、その強さを何に使う?
さらに強い相手を探すのか。
倒したら、また次を探すのか。
それを繰り返して――最後に何が残る?
老師は教えてくれなかった。
拳の握り方も。
身体の崩し方も。
柔術も。
関節も。
寝技も。
投げも。
合気も。
そして闘気も。
あれほど多くのものを教えたくせに。
――何のために強くなるのか。
それだけは教えてくれなかった。
「……爺さん」
サタンは小さく笑った。
今なら分かる気がする。
それだけは、教えてもらうものではなかったのだ。
自分で見つけなければ意味がない。
老師の生き様を見た。
最後まで己を貫いた男を見た。
だから分かった。
ただ強くなりたいだけでは駄目なのだ。
自分の拳を懸けられる何か。
自分の生き方を懸けられる何か。
それがなければ、どれだけ強くなっても、いつか拳は空っぽになる。
では。
自分には何がある?
顔を上げた。
厨房では、こっこが何やら鍋をかき回している。
「……ん?」
味見。
首を傾げる。
もう一度味見。
さらに首を傾げる。
リズが覗き込む。
「ちょっと! それ明日の仕込みでしょ! 食べすぎ!」
「味見です!」
「何回味見すんのよ 」
「味がまだ決まらない!」
「さっきから同じ味でしょうが!」
「きゅるる!」
「ピナまで食べちゃ駄目ですよ!」
店の中に、いつもの騒ぎが戻っていた。
サタンはそれを眺める。
そして。
思い出した。
老師の言葉を。
――お前の闘気は、誰かを守る時に輝く。
「…………」
なんだ。
答えなんて。
とっくにもらっていたじゃないか。
自分を信じてくれる奴がいる。
背中を預けてくれる奴がいる。
自分の拳を頼ってくれる奴がいる。
そして――。
何も聞かず。
元気を出せとも言わず。
ただ飯を作って、酒を出して。
失敗したと気づけば、今度は黙って料理だけ追加してくるような奴もいる。
なら。
「……簡単なことじゃねぇか」
サタンの口元が上がった。
こいつらを守ればいい。
自分を信じてくれる者のために。
仲間のために。
こういう、さりげなく気を遣ってくる奴らのために。
自分の拳を使えばいい。
「だったら俺は、まだ強くなれる」
サタンは立ち上がった。
「ん?」
こっこが厨房から顔を出す。
サタンはいつもの調子で笑った。
「こっこ!」
「なに?」
「酒、もう一杯!」
一瞬。
こっこは目を丸くした。
そして――。
「はいよ!」
満面の笑顔で酒を取り出す。
リズが呆れる。
「結局飲むんかい」
「いいじゃねぇか!」
サタンは豪快に笑った。
今度は。
ちゃんと、心から笑っていた。
◇
第十層。
フィールドへ出れば、当然のように敵は強くなっている。
階層が上がるほど、これまでの常識は通用しなくなる。
だが。
「上等じゃねぇか」
サタンは両拳を打ち合わせた。
重い金属音が響く。
その腕を覆うのは――《鉄王の手甲》。
老師から受け継いだもの。
リズの鑑定によれば、この手甲にはまだ、
三十回分もの強化余力が残されている。
完成された武器ではない。
まだ先がある。
まだ強くなる。
まるで、今の自分と同じだった。
サタンは《鉄王の手甲》を見つめる。
老師が遺した技。
老師が繋いだ縁。
そして、この手甲。
全部、受け取った。
ならば。
受け取ったものを抱えて立ち止まるのではない。
次へ進め。
「爺さん」
小さく呟く。
もう、その声に寂しさだけはなかった。
「この拳、まだまだ使わせてもらうぜ」
十層のフィールドを見据える。
敵は、これからもっと強くなる。
ならば自分も強くなればいい。
この拳を必要としてくれる誰かがいる限り。
守りたいと思える奴らがいる限り。
――俺の拳は、まだまだ誰かのために使える。
そしてサタンは気づく。
「簡単なことじゃねぇか」
拳を握る。
「それで俺は――次のステップに行ける」
《鉄王の手甲》が、鈍い光を返した。
サタンはそれを見て――
にやりと笑った。
オーサカの街を歩き回るうちに、こっこは一つの事実に気づいた。
刃物屋に並ぶ、見事な和包丁。
鍛冶場から響いてくる、規則正しい槌の音。
武器屋を覗けば、これまでの階層ではあまり見なかった種類の金属製品が所狭しと並んでいる。
そして何より――。
「……リズ」
「なによ?」
こっこは真剣な顔で、店先に並んだ包丁を指差した。
「こんないい和包丁が作れるってことはさ」
「うん」
「この層――絶対、素材がいいぞ」
リズの目が細くなった。
鍛冶職人としての勘が、同じ答えを告げていた。
「……あるわね」
「あるよね」
「絶対ある」
二人の目が合った。
そして――。
「探すぞ!!」
「探すわよ!!」
完全に火がついた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌ててシリカが二人の間に割って入る。
「千蛇城はどうするんですか!? 攻略ですよ、攻略!」
こっこは振り返りもしなかった。
「ディアベル達に任せた!」
「攻略組がいるんだから大丈夫よ!」
「そんな無責任な!?」
シリカの悲鳴を背中で受けながら、二人は既にオーサカ周辺の地図を広げている。
「山岳地帯は?」
「こっち。あと、この谷間に採掘ポイントが集中してる」
「よし、全部回るぞ!」
「望むところよ!」
「二人とも! 攻略は!?」
こっことリズが同時に振り返った。
「うるさい! 素材を探すぞ!」
「うるさい! 素材よ!」
「ひぃっ!?」
シリカは思わず一歩下がった。
二人とも、目が血走っていた。
料理とクラフトに取り憑かれた男と、鍛冶に取り憑かれた女。
今、この二人を止める障害は存在しなかった。
「やばいです……二人とも目が血走ってます 」
ピナがシリカの肩の上で、
「きゅぅ……」
と、不安そうに鳴いた。
こうして千蛇城攻略の裏側で――。
誰にも頼まれていない、誰にも止められない、職人二人による第十層資源調査が始まった。
山を登り。
谷を下り。
洞窟を覗き。
鉱石を見つけてはリズが鑑定し、植物を見つけてはこっこが片っ端から採取する。
そして数時間後。
山間部の奥深く。
地図にも詳しい記載のない洞窟を発見した。
「こっこ、ここ……」
「うん」
入口付近の岩肌に、微かな銀色の光が走っている。
リズがピッケルで表面を削った。
キィン――。
硬質な音。
剥がれ落ちた石片を拾ったリズの目が、大きく見開かれた。
「……嘘」
「何?」
リズは震える手でウインドウを開く。
そこに表示された素材名。
《Mithril Ore》
数秒の沈黙。
こっこが洞窟を見る。
鉱脈を見る。
もう一度表示を見る。
そして――。
「ミ……」
身体が震え始めた。
「ミス……」
「こっこ?」
「ミスリル鉱山だあああああ!!」
洞窟に絶叫が響き渡った。
「うひょおおおお!! ミスリル! ミスリルだぞリズ! 武器! 道具! 包丁! 鍋! 何でも作れるぞ!!」
そして、こっこのうちに秘めるユニークスキル《魔法付与》に使える素材である。
「落ち着きなさい! まだ埋蔵量も――」
「うひょー!!」
「だから落ち着けって――」
「うっ…… 」
「え?」
こっこの鼻から、つーっと赤い液体が流れた。
そのまま――。
バタン。
「ちょっと、こっこ!?」
「…………」
失神した。
シリカが慌てて駆け寄る。
「こっこさん!? しっかりしてください! 敵ですか!? 毒ですか!?」
リズは倒れたこっこを見下ろした。
鼻血。
満面の笑み。
そして握りしめられたミスリル鉱石。
「…………」
リズは盛大にため息をついた。
「ださー……亀◯人か!」
「そこですか!?」
シリカのツッコミが鉱山に響いた。
ピナは倒れたこっこの頬を前足でぺちぺち叩いている。
「きゅる。きゅるる」
しかし本人は幸せそうな顔で完全に気絶していた。
その手には、決して離そうとしない一欠片のミスリル鉱石。
こうして第十層攻略の最中――。
攻略組が千蛇城へ挑んでいる、その裏側で。
こっこ達は、とんでもない鉱脈を発見してしまったのである。
なお――。
発見者は興奮のあまり鼻血を出して失神。
第一発見時の功績としては、恐ろしく締まらなかった。