エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
2022年12月4日――第1層迷宮区・最深部
巨大な扉が、攻略組の前にそびえ立っていた。
この向こうにいる。
《Illfang the Kobold Lord》
アインクラッド最初の階層ボス。
ここまで来るのに、約一ヶ月。
命を落とした者もいる。
攻略を諦め、《はじまりの街》に残った者もいる。
それでも彼らは――ここまで辿り着いた。
ディアベルは振り返った。
集まったプレイヤーたちを、一人ずつ見渡す。
そして拳を突き上げる。
「みんな――」
一瞬の静寂。
ディアベルは笑った。
「――勝とうぜ!」
「「「おおおおおおおおおおっ!!!」」」
迷宮区を揺るがすほどの歓声が上がった。
剣が掲げられる。
槍が掲げられる。
盾が打ち鳴らされる。
誰もが恐怖を抱えている。
だが、それ以上に――
《第1層を突破する》。
その意志が、この場を満たしていた。
「はーっはっはっはっ!!」
ひときわ大きな笑い声が響いた。
サタンが両拳を握り締める。
「高鳴ってきたぞ!! この拳が!!」
キリトが横目で見る。
「……頼むから武器を使ってくれないかな」
「儂に武器など不要!!」
「知ってたよ……」
その横で。
こっこは巨大な扉を見上げながら、顎に手を当てていた。
「…………」
キリトは少し安心した。
珍しく真剣な表情をしている。
ボス戦の手順を再確認しているのだろう。
前日の攻略会議では、かなり細かく役割分担を決めていた。
こっこもレベル10。
片手剣スキルも鍛えている。
武器は《アニールブレード》。
しかも強化方針は――
《丈夫さ+5》。
キリトには理解しがたい強化だったが、とにかく壊れにくい。
防具は《レザーワーク・エプロン》。
腰には工具。
ポケットには各種道具。
見た目だけなら、これからボスを倒しに行く剣士というより――
現場に来た職人だった。
だが。
ここまで生き残ってきた。
キリトもそれは認めていた。
変わった行動ばかりするものの、危険な場面では意外なほど慎重だ。
だから、きっと今も――
「コボルドって……」
こっこが呟いた。
キリトは耳を傾ける。
「うん?」
こっこは真剣な表情のまま言った。
「豚だから、豚肉を落とすかな?」
「…………」
キリトの表情が消えた。
アスナが顔を背けた。
肩が震えている。
「……何を考えていたんだよ」
「いや、ボスって大きいじゃん?」
「うん」
「だったら、肉もたくさん取れるかなって✨️」
「ボス戦直前だぞ!?」
「昨日、みんなに肉を振る舞ったから、在庫が減っちゃって」
「知らないよ!!」
「もしレア肉だったら、新しい料理を作れるかもしれないし」
「頼むから、予定どおりにしてくれよぉ…… 」
もはや懇願だった。
こっこは胸を張る。
「大丈夫!」
キリトの顔に、一瞬だけ希望が戻った。
「ちゃんと作戦どおりに戦う?」
「倒してから解体する!」
「そういう意味じゃない!!」
アスナがとうとう耐えきれず、
「は、はは……」
乾いた笑いを漏らした。
そのとき。
サタンが二人の会話を聞いて振り返った。
「何!? 肉が取れるのか!?」
キリトの顔が青ざめる。
「増えた!!」
「こっこよ!」
「なんだ、サタン?」
「奴を倒したら宴だな!!」
「いいね✨️」
「焼肉だ!!」
「塩ならあるよ!」
「はーっはっはっはっ!!」
「わーっはっはっはっ!!」
「…………」
キリトは無言で胃の辺りを押さえた。
アスナが心配そうに覗き込む。
「……大丈夫?」
「アスナ……」
「なに?」
「俺、このパーティーで今日を生き延びられるかな……」
「…………」
アスナは少し考えた。
そして。
ぽん。
キリトの肩に優しく手を置いた。
「がんばろう」
「否定してくれよ!! 」
前方では、ディアベルが扉に手を掛けていた。
「――開けるぞ!」
空気が変わる。
こっこも笑顔を消した。
腰の道具を確認する。
ポケット。
工具。
回復アイテム。
そして左手で《アニールブレード》の柄を握る。
サタンも拳を構えた。
キリトが息を吐く。
アスナがフードの奥からボス部屋を見据える。
ゴゴゴゴゴゴ――。
巨大な扉が開いていく。
暗闇。
その奥で――
二つの巨大な眼が光った。
こっこは剣を抜いた。
「……よし」
キリトが横を見る。
今度こそ真剣な表情だ。
「行くぞ、こっこ」
「ああ」
そして、こっこは小声で付け加えた。
「……せめてロースくらい落ちないかな」
「こっこぉぉぉぉ!! 」
第一層ボス攻略戦。
――開幕。
《イルファング・ザ・コボルド・ロード》の咆哮が、巨大な石造りの広間を震わせた。
「グォォォォォォォォォッ!!」
びりびりと空気が震える。
攻略組の誰もが、一瞬だけ身体を強張らせた。
これまでフィールドや迷宮区で戦ってきたモンスターとは、明らかに違う。
巨大な体躯。
手にした大斧。
そして、その頭上に並ぶ複数本のHPバー。
――第一層フロアボス。
ここを突破しなければ、誰も第二層へは進めない。
だが、怯んでいる暇はなかった。
ボスの咆哮に呼応するように、広間の各所で青白い光が弾ける。
「来るぞ! センチネルだ!」
光の中から次々と現れたのは、《Ruin Kobold Sentinel》。
武装したコボルド達が棍棒や斧を掲げ、一斉に攻略組へ襲いかかった。
「全員、打ち合わせ通りだ!」
ディアベルの声が飛ぶ。
「A班、B班はボスへ攻撃! C班、D班はセンチネルをボスから引き離して各個撃破! E班、F班は前衛の交代と回復をカバー!」
「おおっ!!」
攻略組が一斉に散開した。
A班とB班がイルファングへ殺到する。
その側面へ回り込もうとするセンチネルを、C班とD班が受け止める。
HPを削られたプレイヤーが後退すれば、E班とF班が前へ出て穴を埋める。
攻略会議でディアベルが組み上げた戦術。
それが今、初めて実戦の中で機能していた。
だが――。
四十人を超えるプレイヤーと多数のモンスターが入り乱れる大規模戦闘。
どれほど綿密に役割を決めても、必ず網からこぼれる敵が出る。
「一匹抜けたぞ!」
センチネルがC班の包囲を突破した。
その進行方向にいたのは――G班。
キリトが真っ先に飛び出した。
「俺が受ける!」
センチネルが棍棒を振り上げる。
キリトは片手剣を構えた。
剣身にソードスキル特有の光が宿る。
「はっ!」
ガギィィン!!
剣と棍棒が激突した。
キリトはセンチネルの第一撃をソードスキルで正面から止める。
衝撃。
そして――硬直。
キリトはそれを待っていた。
「スイッチ!!」
叫ぶと同時に横へ退く。
その背後から、小柄なフード姿の女性が飛び出した。
昨日パーティーを組んだばかりの少女――アスナ。
「――っ!」
一閃。
いや。
キリトには、その最初の動きすらほとんど見えなかった。
細剣の切っ先が光の筋となる。
シュバッ!!
センチネルの胸部を正確に貫く。
さらに二撃、三撃。
速い。
無駄がない。
センチネルが反撃へ移るより先にHPバーが消滅した。
パァァァン!!
青いポリゴン片が広間に散る。
キリトは思わずアスナを見つめた。
(……初動が見えなかった)
構えから攻撃へ移る動作が異様なほど速い。
それでいて攻撃後の姿勢も崩れていない。
キリトは小さく呟いた。
「……すごい剣士だ」
「え?」
「いや、なんでもない。次が来る!」
「うん!」
二人はすぐさま次の敵を探す。
――そのときだった。
「こっこ! そっちにも行ったぞ!」
別のプレイヤーの声が飛ぶ。
「了解!」
こっこの前へ、もう一匹のセンチネルが飛び込んできた。
この時のこっこの基本装備は、左手に《アニール・ブレード》。
右手は空けておく。
もともと左利きだったこっこにとって、剣を左手で扱うことに違和感はない。そして器用に使える右手を空けておけば、戦況に応じて投石や工具、調理道具まで即座に扱える。
今回、右手が取り出したのは――。
《フライパン》。
「ギャアアッ!」
センチネルが棍棒を振り下ろす。
こっこは左手の剣を構えながら、右手のフライパンをその軌道へ差し込んだ。
ガァァァン!!
真正面から受け止めるのではない。
フライパンを斜めに当て、棍棒を滑らせるように外へ弾く。
「よいしょ!」
ガンッ!
「ギャッ!?」
棍棒が跳ね上がり、センチネルの身体が泳いだ。
右手のフライパンは、もう仕事を終えている。
こっこの意識は左手へ。
握られた《アニール・ブレード》が淡い光を帯びた。
左半身を引き――。
「《スラント》!」
ザシュッ!!
左手から放たれた斜め斬りが、体勢を崩したセンチネルを捉える。
目的は倒すことではない。
斬撃とソードスキルのシステムアシストを利用して、さらに相手の重心を崩す。
「ギャウッ!?」
センチネルの身体が横へ流れる。
その先には――。
「来ぉぉぉい!!」
サタンが待ち構えていた。
こっこが叫ぶ。
「サタン! スイッチ!!」
「応!!」
ガシィッ!!
サタンがセンチネルを捕まえる。
そして――。
ぐるん。
「えっ?」
アスナの目が丸くなった。
「ちょっと待て」
キリトの顔が引きつる。
「うおりゃああああああ!!」
センチネルが逆さまになった。
そのままサタンが両脚を抱え込み――。
「タワーブリッジ!?」
キリトの悲鳴にも似た声が響いた。
「うおおおおおおおおおおお!! 」
サタンがさらに締め上げる。
センチネルがじたばたする。
「ギャッ! ギャギャッ!」
じたばた。
じたばた。
サタンも踏ん張る。
「ぬううううううううう!!」
じたばた。
じたばた。
こっこは横から応援している。
「頑張れサタン! あとちょっと!」
「応!!」
「そういう問題なの!?」
思わずアスナが突っ込んだ。
そして数秒後。
センチネルのHPが――ゼロになった。
パァァァァァン!!
サタンの腕の中で、センチネルが大量の青いポリゴン片となって爆散する。
「…………」
キリトは固まった。
アスナも固まった。
サタンは何もなくなった両腕を高々と掲げた。
「見たかぁ!! これぞ鍛え抜かれた肉体の力よ!!」
「やった! ナイススイッチ、サタン!✨️」
こっこがフライパンを掲げる。
サタンも拳を掲げた。
「応!!」
カァン!
フライパンと拳がぶつかる。
「…………」
キリトは無言で自分の剣を見た。
次にアスナの細剣を見る。
そして。
フライパンを持つこっこ。
革の腰巻だけで仁王立ちするサタン。
もう一度、自分の剣を見る。
「………… 」
確かに。
スイッチである。
こっこが敵の攻撃を受け、体勢を崩した。
その硬直へサタンが入り、攻撃を引き継いだ。
理屈だけなら何も間違っていない。
だが。
何かがおかしい。
致命的に何かがおかしい。
アスナが引きつった笑みを浮かべた。
「キリト君……」
「言うな」
「でも、ちゃんとスイッチできてる……」
「分かってる」
キリトは頭を抱えたくなった。
昨日。
「スイッチの意味、分かる?」
そう尋ねた自分に、こっこは「ゲーム?」と答え。
サタンは「スイッチバックか?」と答えた。
あのときは猛烈な不安を覚えた。
だから丁寧に説明した。
確かに説明した。
――だが。
「俺が教えたスイッチって……こんなんだったっけ……?」
キリトの呟きは、ボス部屋の喧騒に消えていった。
その横では、こっことサタンがすでに次のセンチネルを探している。
「サタン! 次も僕が打ち上げるから!」
「任せろ! 今度はもっと派手に決めてやるぞ!!」
「了解✨️」
「変な方向に連携を完成させるなぁぁぁ!!」
第一層フロアボス攻略戦。
G班。
キリトとアスナ――正統派スイッチ。
こっことサタン――フライパンからのタワーブリッジ。
戦闘方法には少々――いや、かなりの問題があったものの。
取り逃がしたセンチネルを掃討するというG班本来の役目だけは、恐ろしいほど順調に遂行されていた。