エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第十層迷宮区――《千蛇城》。
攻略組は、思わぬ場所で足止めを食らっていた。
ボス部屋が見つからないわけではない。
むしろ――見えている。
巨大な城郭のさらに奥。
幾重にも連なる屋根と石垣、その先にそびえる本丸。
攻略組が目指すべき場所は、明らかだった。
問題は――。
「……また落ちたぁぁぁぁっ!!」
ドボォォォン!!
悲鳴とともに、一人のプレイヤーが足場から転落する。
その下を流れているのは、千蛇城を囲む巨大な水路。
落下したプレイヤーはダメージこそほとんど受けないものの、強烈な水流に捕まり――。
「うわっ、ちょっ、待て! また最初からかよぉぉぉぉ!!」
そのまま遥か彼方へ流されていった。
行き着く先は――スタート地点。
キリトは額を押さえた。
「……これで十二人目」
アスナも険しい顔でフィールドを見上げる。
目の前に広がっているのは、もはや普通の迷宮ではなかった。
細い丸太。
回転する足場。
一定間隔で上下する巨大な柱。
鎖で吊られ、左右へ激しく振れる橋。
壁面から飛び出してくる杭。
さらにその上を跳び移らなければならない、小さな足場の数々。
しかも――。
『シャアアアアッ!!』
「来たぞ!」
丸太の向こうから、《オロチ・エリートガード》が飛び出した。
蛇を思わせる頭部を持つ武者型モンスター。
刀を振りかぶり、ただでさえ不安定な足場にいるプレイヤーへ斬りかかる。
「こんなところで戦えるかぁぁぁ!!」
ガキィン!
なんとか受ける。
しかし衝撃で体勢が崩れた。
「あ」
足が滑る。
「待っ――」
ドボォォォン!!
「十三人目……」
キリトの頬が引きつった。
さらに上方から黒装束の影が飛ぶ。
《クチナ・エリートアサシン》。
蛇忍者とも呼ぶべきモンスターが、壁や柱を蹴りながら移動し、手裏剣を投げてくる。
「うわっ!」
カンッ!
「こいつら、倒すためじゃない! 落とすためだけに配置されてるぞ!」
その指摘は正しかった。
モンスターの攻撃力そのものは、攻略組なら十分に対処できる。
だが――場所が悪すぎる。
攻撃を受ける。
避ける。
弾く。
その一動作が、そのまま落下につながる。
しかも、このフィールドにはもう一つ致命的なルールがあった。
視界の端に表示されたタイマー。
《08:42》
残り時間。
スタートからゴールまで――十五分。
そして一度に挑戦できるプレイヤーは、たった一人。
「……ふざけてる」
アスナが呟いた。
キリトも同感だった。
ベータテスト時代、こんな仕掛けは存在しなかった。
いや。
そもそもこれは――。
「SAOの迷宮攻略じゃないだろ……」
その瞬間だった。
――ポーン♪
場違いなほど軽快な音が、迷宮区全体へ響いた。
全員の視界にメッセージウィンドウが強制表示される。
《特別放送を開始します》
「……は?」
続いて映像ウィンドウが開いた。
そこに映し出されたのは――。
赤を基調とした豪奢な広間。
その中央に、一人の女性アバターが立っていた。
もちろん、攻略組の誰もその正体を知らない。
顔も声も偽装されている。
実際には神代凛子本人なのだが、プレイヤー側から見れば、少し前から突然現れるようになった正体不明の女性実況者でしかなかった。
『はーい! 皆さん、お疲れさまでーす♥』
沈黙。
女性は満面の笑顔で手を振った。
『紅玉宮からこんにちは♥』
エギルが眉をひそめる。
「……この間、酒場で放送してた姉ちゃんだ」
キリトが振り向いた。
「知ってるのか?」
「知ってるってほどじゃない。いきなり酒場のウィンドウに出てきたんだよ」
エギルは嫌そうな顔をした。
「……嫌な予感しかしない」
画面の女性が、にっこり笑う。
『第十層攻略、ずいぶん苦戦しているみたいですねぇ♥』
エギルの眉間に皺が寄った。
「煽りに来やがった 」
「何なんだよ、この人……」
『特に現在挑戦中の千蛇城・最終関門! 皆さん、なかなかゴールまで到達できていません!』
キリトの眉間にも青筋が浮かぶ。
「実況するな 」
『そこで今回は、このフィールドについて少し解説したいと思いまーす!』
女性の背後に、巨大な立体マップが表示された。
『制限時間は十五分! 一度に挑戦できるのは一名のみ! 途中には《オロチ・エリートガード》や《クチナ・エリートアサシン》をはじめとする千蛇城のモンスターたちが、皆さんを全力で妨害します!』
攻略組から殺気が漂い始める。
『そして――』
女性が人差し指を立てた。
『制限時間を迎えると、フィールド上の足場はすべて消滅します♥』
「は?」
その瞬間。
挑戦中だったプレイヤーのタイマーが、
《00:00》
になった。
パッ。
丸太が消えた。
柱が消えた。
吊り橋が消えた。
足場が――全部消えた。
空中に取り残されたプレイヤーが、一瞬だけ静止する。
「…………え?」
重力が仕事を始めた。
「ぎゃああああああああ!!」
ドッボォォォォン!!
画面の女性が笑顔で拍手する。
『はい、時間切れでーす♥』
「鬼かあんたはぁぁぁぁぁ!!」
キリトの絶叫が千蛇城に響いた。
『もちろん落下した場合は、水路を通ってスタート地点まで安全に戻されますので、ご安心ください♥』
「安心できる要素が一つもない!」
キリトは頭を抱えた。
そして、もう一度フィールドを見渡す。
「ベータのときにはなかったぞ、こんなの! そもそも何の発想なんだ、これ 」
当然、映像の女性は答えない。
ただ――。
『ふふっ♥』
意味深に笑った。
「なんだよ、その笑いは 」
紅玉宮。
プレイヤーたちには見えない場所で――。
凛子は通信を一度ミュートにした。
「いい反応するわねぇ」
その横でカーディナルが応答する。
《神代凛子》
「なに?」
《目的は攻略支援ではなかったのですか》
「もちろん攻略支援よ?」
《…………》
「実況付きの」
《…………》
カーディナルは沈黙した。
その頃。
こっこだけは腕を組み、妙に懐かしそうな顔でフィールドを眺めていた。
回転する足場。
飛び石。
吊り橋。
水上の障害物。
時間制限。
そして失敗すれば――池ポチャ。
「……サ◯ケだね、これ」
キリトが振り向く。
「サ◯ケ?」
「え?」
こっこが目を丸くする。
「知らない?」
「何を?」
「筋肉◯付」
「知らないよ 」
「えぇぇぇ……」
こっこは本気でショックを受けた。
「年末とかにやってたじゃん! こう、ムキムキの人たちが『うおおおお!』って走って、壁登ったり池に落ちたりするやつ!」
「知らないって言ってるだろ!」
「ジェネレーションギャップ……」
「その顔やめろ 」
こっこが四十代の心に小さな傷を負っている、その横で――。
ピクッ。
一人だけ。
異常な反応を示した男がいた。
サタンである。
「…………筋肉?」
全員が振り向いた。
サタンの目が輝いている。
「今、筋肉と言ったか?」
こっこが嫌な予感に襲われた。
「あ、いや……言ったけど」
サタンは拳を握った。
「筋肉と言われては――」
胸を張る。
「参加せねばなるまい!!」
「なんでだよ!!」
キリトのツッコミが炸裂した。
「待てサタン! これは筋肉大会じゃない! 迷宮攻略だ!」
「同じことだ!」
「全然違う!!」
その会話を聞いていた謎の女性実況者が、突然食いついた。
『おおっ!』
「!?」
『挑戦者、サタン選手ですか!?』
「なんでそっちまで乗ってくるんだよ!!」
『それではサタン選手、スタート地点へどうぞ♥』
『あ、ちなみに全層の酒場で一斉にオンエアー中です。攻略組のみなさんの勇姿がリアルタイムで放送されてまーす。』
「承知した!」
「承知するな!!」
サタンは堂々とスタートラインへ向かった。
こっこはその背中を見送りながら、ぽつりと呟く。
「これ……テーマ曲欲しいな」
アスナが睨む。
「煽らないでください 」
「いやでも、サタンなら第一ステージくらい……」
「第一ステージって言っちゃってるじゃない!」
――ポーン♪
システム音。
《CHALLENGER:SATAN》
《TIME LIMIT:15:00》
サタンが腰を落とした。
正面では丸太が回転し、その先で《オロチ・エリートガード》が刀を構える。
さらに高所には《クチナ・エリートアサシン》。
その奥では巨大な振り子が轟音を立てて往復している。
遊びではない。
一歩間違えれば即座に落下。
十五分を超えれば強制失格。
攻略組を何度も退けてきた、第十層最大の難所。
その緊張感に、全員が息を呑んだ。
そして――。
『それでは!』
謎の女性実況者が拳を振り上げる。
『サタン選手――スタートです!』
《15:00》
《14:59》
サタンが地面を蹴った。
「ぬおおおおおおおおお!!」
「うわ、本当にそれっぽい!!」
こっこが大喜びする。
「うひょー! 行けサターン!!」
キリトは頭を抱えた。
「……俺たち、命懸けでSAO攻略してたんだよな?」
アスナが遠い目をする。
「そのはずよ……」
エギルは映像ウィンドウを見上げた。
第一回。
酒場に突然現れた、謎の放送。
あの時は単なる奇妙な余興だと思っていた。
だが――。
今回は違う。
この女は、攻略組が現在いる場所を知っている。
攻略状況も知っている。
そして、このフィールドの仕組みまで知っている。
「……あの煽り姉ちゃん」
エギルの表情から、わずかに笑いが消えた。
「本当に何者なんだ……?」
キリトも答えなかった。
ただ一瞬だけ、映像ウィンドウへ鋭い視線を向ける。
そこには相変わらず、楽しそうに実況する謎の女。
『サタン選手、速い! 速いですよぉぉぉ!!』
「だからなんで実況が一番盛り上がってるんだよぉぉぉ!!」
――結局、キリトのツッコミで全部台無しになった。
その頃、紅玉宮では。
凛子がモニターに身を乗り出していた。
「行け行け! そこよ!」
《神代凛子》
「なに?」
《先ほど、エギルというプレイヤーが放送者の素性に疑問を抱いていました》
「え?」
凛子の動きが止まる。
《放送内容から、通常のプレイヤーでは知り得ない情報を有していると推測したものと思われます》
「…………」
数秒の沈黙。
「まあ――」
凛子は笑った。
「正体までは分からないでしょ♥」
《楽観的です》
「大丈夫、大丈夫!」
そして再びマイクをオンにする。
『さあサタン選手! 次は回転丸太です!!』
「ぬおおおおおお!!」
「行けぇぇぇ! サターン!!」
「お前まで実況側に行くな、こっこぉぉぉ!!」
第十層攻略。
酒場で始まった謎の番組――。
《紅玉宮からこんにちは♥》
その第二回放送は、
攻略組が命懸けで挑んでいる迷宮区からの――
まさかの実況生中継となった。
『サタン選手、速い! 速いですよぉぉぉ!!』
「行けぇぇぇ! サターン!!」
「お前まで実況側に行くな、こっこぉぉぉ!!」
攻略組が大騒ぎする、その少し後ろ。
一人だけ。
まったく騒いでいない男がいた。
ヒースクリフである。
腕を組み、いつもの冷静な表情でフィールドを見つめている。
エギルが振り返った。
「しかし、あの煽り姉ちゃん……本当に何者なんだ?」
「さあな」
ヒースクリフは淡々と答えた。
「私にも分からない」
完璧な回答だった。
表情も変わっていない。
声にも動揺はない。
だが――。
内心。
(凛子ぉぉぉぉぉ )
猛烈に怒っていた。
(何をやっとるか!!)
画面では、謎の女性実況者が拳を握っている。
『さあサタン選手! 回転丸太を突破! 続いて振り子ゾーンです!!』
(完全に楽しんどるではないか )
さらにヒースクリフには分かってしまう。
この仕掛け。
ベータテスト時代には存在しない。
つまり――後から追加されたものだ。
そして現在、システムへ干渉できる人間など限られている。
(カーディナル!!)
心の中で叫ぶ。
(君まで何を悪ノリしている!!)
その頃、紅玉宮。
凛子がモニターを指差した。
「カーディナル! サタンさんの現在位置にカメラ寄せて!」
《了解しました》
「いい角度! そのまま!」
《追跡カメラを固定します》
「次の振り子、正面から撮れる?」
《可能です》
「お願い!」
《了解しました》
息ぴったりだった。
完全に番組制作スタッフである。
千蛇城。
ヒースクリフのこめかみが、ピクッと動いた。
(悪ノリしているな )
キリトがそれに気づく。
「ヒースクリフ?」
「……なんだね?」
「いや……今、すごく怖い顔してなかった?」
「気のせいだ」
即答だった。
その瞬間。
『うわぁぁぁ! サタン選手、振り子を正面から受け――』
ドゴォォォン!!
「ぬおおおおおっ!!」
吹き飛ばされたサタンが空中で一回転する。
しかし――。
ガシッ!!
片手でロープを掴んだ。
『耐えたぁぁぁぁぁ!!』
「うおおおおおお!!」
こっこが叫ぶ。
エギルまで拳を握った。
「すげぇ!!」
キリトも思わず、
「行け! そこから戻れる!!」
アスナも、
「頑張って!!」
いつの間にか全員が応援していた。
そして――。
「…………」
ヒースクリフも見ていた。
サタンが片腕だけで身体を引き上げる。
その姿を。
「…………頑張れ」
小さく呟いた。
キリトが振り返る。
「今、応援した?」
「していない」
「したよね?」
「していない」
『さあサタン選手! ここから復帰できるかぁぁぁ!!』
ヒースクリフの拳が――。
ほんの少しだけ握られる。
「…………行け」
「やっぱり応援してるじゃないか!」
「うるさい 」
とうとう素が出た。
その頃、紅玉宮。
凛子が爆笑していた。
「あはははは! 茅場君まで応援してる!」
《確認しました》
「録画してる?」
《記録中です》
「保存!」
《保存しました》
千蛇城。
ヒースクリフは知らない。
自分がこっそりサタンを応援した瞬間が――。
かつて自分の城だった紅玉宮で、
永久保存されてしまったことを。