エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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111 帰る家はどこに

アスレチックと化した千蛇城で、サタンが蛇たちを相手に奮闘していた頃――。

 

ディアベルは攻略から一日だけ離れ、休暇を取っていた。

《眷属》状態になっていたので、心配されてしまう・・・。その事からしばらく帰ってきていなかった。

 

転移門を抜けて降り立ったのは、第一層《はじまりの街》。

 

向かう場所は決まっている。

 

かつて自分が買い取り、子どもたちの居場所として再建した教会だった。

 

石畳を歩き、見慣れた建物が見えてくる。

 

そして、その入口には――。

 

「…………」

 

ずしん。

 

ずしん。

 

巨大な石造りの身体が、ゆっくりとこちらを向いた。

 

教会を守るゴーレムである。

 

「やあ。ただいま」

 

ディアベルが手を上げる。

 

ゴーレムは何も答えない。

 

ただ、重い足音を響かせながら一歩近づいた。

 

その音が教会の中まで響いたらしい。

 

「ん?」

 

扉が開く。

 

そして――。

 

「あっ!」

 

「ディアベル兄ちゃんだ!」

 

「帰ってきたー!」

 

「今回はどうだった!?」

 

子どもたちが一斉に飛び出してきた。

 

「うわっ、ちょっと待って! 一人ずつ!」

 

攻略組をまとめる時とはまるで違う調子で、ディアベルは苦笑しながら子どもたちを受け止める。

 

その後ろから、少し遅れて一人の女性が姿を現した。

 

「ディアベルさん、おかえりなさい」

 

サーシャだった。

 

成り行きから始まった関係。

 

ストレージ共通化を使えば離れた場所でもコルやアイテムの受け渡しができる、そのシステムを使い彼女を自分の妻にした。

 

「ただいま、サーシャ」

 

その言葉を口にするだけで、少し気恥ずかしい。

 

けれど――悪くない。

 

むしろ、攻略から戻ってきた時に「おかえりなさい」と言ってくれる人がいることが、これほど嬉しいものだとは以前の自分なら知らなかっただろう。

 

「今日は土産もあるぞ」

 

ディアベルはストレージを操作した。

 

次々とテーブルに現れたのは、《こっこ亭》の名物料理。

 

「うおおお!」

 

「これ食べていいの!?」

 

「もちろん。そのために持ってきたんだから」

 

その言葉を聞くや否や、子どもたちは料理へ殺到した。

 

「こらこら! ちゃんと座って食べなさい!」

 

サーシャが慌てて止める。

 

久しぶりに教会の食卓が大騒ぎになった。

 

ディアベルはその光景を眺めながら、自然と笑っていた。

 

食事が一段落すると、サーシャが最近の教会について話してくれた。

 

「そういえば最近、仕事が増えたんですよ」

 

「仕事?」

 

「はい。どうも、こっこさんがエンジニアの方々を通じて、いろいろな仕事を回してくださっているみたいで」

 

「こっこさんが?」

 

ディアベルは目を丸くした。

 

「ただ……」

 

サーシャは、くすりと笑った。

 

「ここがディアベルさんの教会だとは、気づいていないみたいですけど」

 

「…………」

 

ディアベルは数秒黙った。

 

そして額に手を当てる。

 

「……あの人らしいな」

 

人の縁を妙なところでつないでおきながら、肝心な部分には気づいていない。

 

けれど、そのおかげで教会にも仕事が入るようになった。

 

簡単な内職。

 

裁縫。

 

加工。

 

道具の整備。

 

エンジニアたちが持ち込む仕事の中には、子どもでも安全に手伝えるものがある。

 

「最近は、自分で外に出てお金を稼ぐ子も出てきました」

 

「そうか……」

 

それ自体は成長なのだろう。

 

いつまでも守られているだけでは生きていけない。

 

だが、サーシャの表情には少しだけ不安があった。

 

「できれば私は……圏内で仕事を覚えて、職人になってくれたらって思っているんです」

 

「うん」

 

ディアベルにも、その気持ちはよく分かった。

 

ここはゲームでありながら、死ねば本当に死ぬ世界なのだ。

 

子どもたちにまで、危険なフィールドへ出ることを強いる必要はない。

 

鍛冶でもいい。

 

裁縫でもいい。

 

料理でもいい。

 

クラフトでもいい。

 

この世界では、剣を持たなくても生きる道はある。

 

「僕からも、こっこさんたちに相談してみるよ。職人として生きたい子がいるなら、紹介できる場所はきっとある」

 

「お願いします」

 

サーシャは嬉しそうに微笑んだ。

 

その顔を見て――ディアベルは、ふと思い出す。

 

「あ……そうだ」

 

「どうしました?」

 

「近いうちに、アスナさんがここへ来るかもしれない」

 

「アスナさんが?」

 

「この前……見られたんだ」

 

ディアベルは左手を持ち上げた。

 

薬指には、指輪がある。

 

「結婚指輪を」

 

サーシャが一瞬きょとんとして――。

 

「ふふっ」

 

笑った。

 

「な、なんだい?」

 

「別に隠すことでもないじゃないですか」

 

「いや……攻略組の前では、なんというか……」

 

「恥ずかしいんですか?」

 

「……少し」

 

サーシャはますます楽しそうに笑う。

 

ディアベルとしては、ボス攻略の作戦説明を百人の前でするより、この話題の方がよほど居心地が悪かった。

 

「事情は軽く説明したよ。今のところは内密にしてもらっている」

 

「私は別にいいんですけど」

 

「僕が恥ずかしいんだよ……」

 

「ふふっ」

 

「笑わないでくれよ」

 

どうやら、ボス攻略より妻を相手にする方が難しいらしい。

 

午後。

 

ディアベルは教会の外へ出た。

 

そこには、フィールドへ出て金を稼ぐようになった子どもたちが集まっていた。

 

「いいか。今日はモンスターの倒し方を教えるんじゃない」

 

子どもたちが木剣を構える。

 

「生きて帰る方法を教える」

 

ディアベルの声から、先ほどまでの柔らかさが少し消えた。

 

「勝てないと思ったら逃げろ。仲間が危険だからって、自分まで無茶をするな。HPだけを見るな。退路を確認するんだ」

 

一人ひとりの構えを見る。

 

剣の振り方を直す。

 

敵との距離。

 

視線。

 

周囲への警戒。

 

そして何より――。

 

「倒すことより、生きて帰ることを優先するんだ」

 

第一層で、多くの死を見てきた。

 

自分自身も、本来ならばそこで命を落としていてもおかしくなかった。

 

だからこそ、ディアベルは子どもたちに英雄の戦い方を教えなかった。

 

教えたのは、生存するための戦い方だった。

 

訓練が終わる頃。

 

例のゴーレムが、少し離れた場所に立っていることに気づいた。

 

「そういえば……」

 

サーシャから聞いた話では、子どもたちがフィールドへ出る時、このゴーレムがついていくことがあるらしい。

 

誰に命令されたわけでもない。

 

それでも、いつの間にか子どもたちの護衛をしているという。

 

ディアベルはゴーレムの前まで歩いた。

 

巨大な石の身体を見上げる。

 

「君は……」

 

少し笑った。

 

「僕の代わりをしてくれていたんだね」

 

ゴーレムは答えない。

 

「助かるよ」

 

ディアベルは、その石の腕を軽く叩いた。

 

ごつん。

 

硬い音がした。

 

ゴーレムは、やはり何も言わなかった。

 

ただ――。

 

ほんの少しだけ、巨体がディアベルの方を向いたように見えた。

 

夕方。

 

教会から子どもたちの笑い声が聞こえる。

 

サーシャが夕食の準備をしている。

 

入口にはゴーレムが立っている。

 

明日になれば、ディアベルは再び攻略組へ戻る。

 

迷宮区。

 

ボス攻略。

 

危険な戦闘。

 

攻略組を率いる者としての日々が、また始まる。

 

けれど――。

 

今だけは剣士でも、攻略組のリーダーでもない。

 

子どもたちにとっての「ディアベル兄ちゃん」であり。

 

サーシャにとっての夫だった。

 

「ディアベル兄ちゃーん! ご飯だって!」

 

「今行くよ!」

 

呼ばれて、ディアベルは教会へ戻っていく。

 

その背後では。

 

今日も変わらず、巨大なゴーレムが教会を守っていた。

 

 

 

――そして数日後。

 

本当にアスナが教会を訪れた。

 

「こんにちは。ディアベルさんから聞いて……」

 

サーシャに案内され、教会へ足を踏み入れる。

 

最初は少しだけ好奇心もあった。

 

あのディアベルが結婚している。

 

しかも、ずっと秘密にしていた。

 

いったいどんな人なのだろう――。

 

そんな気持ちがなかったと言えば、嘘になる。

 

けれど。

 

教会の中を見て回るうちに、アスナからそんな軽い気持ちは消えていった。

 

笑いながら食事をする子どもたち。

 

裁縫を覚えようとしている子。

 

簡単なクラフト作業を手伝う子。

 

外へ働きに出るため、ディアベルから教わった剣の構えを練習している子。

 

そして教会の入口には、巨大なゴーレムが静かに立っていた。

 

子どもたちは、ここで暮らしている。

 

このデスゲームの中で。

 

必死に。

 

それでも笑いながら。

 

「ディアベルさんは、攻略に出ている時もよく子どもたちのことを気にしているんですよ」

 

サーシャが言った。

 

「早くみんなを、本当の家に帰してあげたいって」

 

「…………」

 

アスナは答えられなかった。

 

教会の庭へ出る。

 

そこでは一人の少年が、木剣を振っていた。

 

ぎこちない。

 

けれど真剣だった。

 

この子にも――。

 

現実世界に家族がいる。

 

帰りを待っている人がいる。

 

ここにいる子どもたち全員に、それぞれの人生があった。

 

アスナは教会を振り返る。

 

ディアベルは攻略組の中では、いつも明るく振る舞っている。

 

時にはこっこたちに振り回され。

 

時には呆れ。

 

それでも攻略では皆をまとめ、前へ進もうとする。

 

その理由の一つが、ここにあった。

 

「……そうなんだ」

 

アスナは小さく呟いた。

 

ディアベルは、この教会を守っている。

 

でも――。

 

守っているだけではない。

 

ここにいる子どもたちを一日でも早く現実へ帰すために、自分自身は危険な最前線へ戻っていく。

 

攻略しなければ終わらない。

 

百層へ向かわなければ、誰も帰れない。

 

それは分かっていた。

 

最初から分かっていたはずだった。

 

けれど今、その意味が初めて目の前に形を持って現れた気がした。

 

アスナは自分の手を見る。

 

この手には剣がある。

 

なら――。

 

「私も……」

 

小さく握りしめる。

 

「もっと前へ行かなくちゃ」

 

攻略を進めたい。

 

もっと速く。

 

一日でも早く。

 

ここにいる子どもたちを。

 

攻略を諦めた人たちを。

 

そして自分たち自身を――現実世界へ帰すために。

 

その帰り道。

 

アスナは一人で歩いていた。

 

頭に浮かんだのは、キリト君だった。

 

一緒に旅をしてきた。

 

危険な場所にも二人で入り、何度も背中を預けた。

 

楽しかった。

 

この世界に来てから、彼と過ごした時間に救われたことも一度や二度ではない。

 

だからこそ。

 

このままではいけない。

 

そんな思いが、胸の奥に生まれていた。

 

キリト君が悪いわけではない。

 

自分が彼を嫌いになったわけでもない。

 

ただ――。

 

自分の進みたい道が、少しずつ見えてきた。

 

もっと組織的に。

 

もっと多くの攻略者とともに。

 

一日でも早く、この世界を攻略する。

 

そのためなら、自分は今までとは違う場所へ行く必要があるのかもしれない。

 

アスナは足を止めた。

 

振り返れば、遠くに教会の屋根が見える。

 

その入口には、あのゴーレムの巨体が小さく見えていた。

 

――守るために、前へ進む。

 

ディアベルがそうしているように。

 

「……私も決めなくちゃ」

 

まだ答えは出ていない。

 

けれど。

 

キリト君と二人で歩き続けてきた道から離れ、自分自身の道を選ぶ時が近づいていた。

 

そしてその道はやがて――。

 

白と赤の制服を纏う者たち。

 

《血盟騎士団》へと繋がっていくことになる。

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