エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
114 戦争の足音
第十一層 タフト
転移門の光が消えると、赤褐色の街並みが目の前に広がった。
レンガを積み上げた家々。石畳の街路。窓辺に飾られた花が、朝の風に小さく揺れている。
通りを進む荷馬車の車輪が、石畳の継ぎ目を踏んで小刻みに鳴った。焼きたてのパンの香りが漂い、店先では商人が木箱を積み上げている。
第十層のオーサカとは、まるで違う景色だった。
「おお、西洋に戻った!」
こっこが辺りを見回す。
「さて、酒場に行こう」
「少しくらい町を見なさいよ」
リズが呆れると、こっこは真面目な顔で振り返った。
「酒場は情報収集の基本だよ。知らない町に来たら、まず土地の人の話を聞く。大事なことです」
「飲みたいだけでしょう?」
「……土地の酒の話も聞く」
「ほらね!」
シリカが笑い、サタンは早くも通り沿いの看板を指さしていた。
「こっこ! あそこ、肉の絵が描いてあるぞ!」
「よし、情報が豊富そうだ!」
「食べ物の情報ばっかりじゃないですか!」
二人は揃って歩く速度を上げた。
その後ろでリズとシリカが顔を見合わせる。
知らない町でも、この二人が道に迷う心配はあまりない。
ただし、辿り着く場所は大抵、食べ物を扱っている。
結局、転移門からそう遠くない酒場へ、一同は足を向けた。
*
酒場は、まだ昼前だというのに賑わっていた。
梁の太い天井から鉄製の灯具が吊られ、壁際には酒樽が並んでいる。厨房から聞こえる鍋の音に、プレイヤーたちの話し声が重なっていた。
先に到着していた攻略組も席についており、エギルが大きなジョッキを片手にこちらへ手を振った。
キリト、ディアベル、キバオウ、クラインたちの姿もある。
「お前たちも来たか」
「まずは情報収集だよ」
「そうか。ここの煮込みはうまいぞ」
「重要情報ありがとう!」
「ほんま、食いもんの話しかせえへんな……」
キバオウが呆れる。
こっこが即座に店員を呼ぼうとした、その時だった。
壁際に据えられた映像の中で、見覚えのある幕が開いた。
華やかな音楽。
そして、やけに楽しそうな声。
『皆さま、ごきげんよう♥ 《紅玉宮からこんにちは》のお時間です』
「あ、始まりました!」
シリカが顔を上げる。
画面に現れたのは、いつもの女性司会者だった。
紅玉宮を背景に、優雅に手を振っている。
その正体が神代凛子であることを、ここにいるプレイヤーたちは知らない。
アバターも声も変えた彼女は、今日もにこやかに放送を始めた。
『第十層の攻略、お疲れさまでした。皆さまのご活躍、こちらからも拝見しておりました』
「見てたのかよ……」
クラインが呟く。
凛子は画面の向こうで、そっと両手を重ねた。
『さて、本日のご案内に入る前に、一つだけ』
その笑顔が、ほんの少し深まる。
『先日、私のことを《煽り姉ちゃん》とお呼びになった方がいらっしゃいましたね』
エギルのジョッキが止まった。
こっこが、ゆっくりと隣を見る。
リズも見る。
シリカも見る。
「……何で全員、俺を見る」
『親しみを込めていただけたのでしょう。ありがとうございます』
言葉だけなら、実に上品だった。
『ただ、せっかくですから。私も、その方の魅力を引き出すお手伝いをさせていただこうと思いまして』
「待て」
エギルがジョッキを置く。
「何をする気だ」
『殿方も、時には装いを変えてみると素敵ですよ♥』
光が弾けた。
エギルの頭上で。
「……は?」
それまで何もなかった頭に、艶やかな髪が現れていた。
長めの前髪が斜めに流れ、側頭部はすっきりと整えられている。後ろへ撫でつけられた毛束まで、妙にきれいだった。
精悍な顔立ちと組み合わさり、そこだけ見れば、どこかの城で客人を迎える貴公子のようである。
酒場が静まり返った。
エギルが恐る恐る頭に触れる。
指が髪をすくった。
その手触りに、本人が一番驚いていた。
こっこが口を開く。
「……誰?」
「俺だ!」
次の瞬間、クラインが噴き出した。
キバオウも、口に含んでいたエールを盛大に吹いた。
「ぶっ! エ、エギル、お前……!」
「笑うな!」
「い、いや、似合ってる! 似合ってるけど!」
「なんで、そない無駄に男前やねん!」
「無駄って何だ!」
リズは口元を押さえ、シリカは目を丸くしていた。
「すごい……ちゃんと髪の毛が……」
「シリカ。それ、結構ひどいわよ」
「えっ! ち、違います! そういう意味じゃ……!」
サタンは自分のアフロに触れ、それから画面を見た。
どうやら、何かを言いかけている。
リズが先回りした。
「あんたは黙ってなさい。これ以上、髪型の被害を増やさないで」
「俺は被害じゃねえぞ!」
エギルは慌ててメニューを開いた。
髪型の設定。
変更。
しかし、操作を受け付けない。
指で何度押しても、項目は灰色のままだった。
「おい。戻せないぞ」
画面の女性が、小さく首を傾げる。
『とてもお似合いですわ。どうぞ、しばらくお楽しみください』
「楽しめるか!」
『お言葉を選ぶ楽しみも、これから覚えていただけると嬉しいです♥』
「やっぱり仕返しじゃねえか!」
『それでは、引き続き素敵な冒険を♥』
何事もなかったように、放送は第十一層の風景紹介へ移っていった。
キリトは笑いかけた顔を引き締め、画面とエギルを交互に見た。
本人の操作を介さず、外見を変更する。
しかも、元へ戻すことまで制限されている。
単なる実況者に、そんなことができるだろうか。
「……何者なんだ、あの人」
一方、少し離れた席のヒースクリフは、カップを持ったまま動かなかった。
その内心にだけ、声が響く。
――凛子。君は、何をしているんだ。
画面の中では、凛子が楽しそうに街道を紹介している。
ヒースクリフは一度目を閉じ、冷めかけた茶を口へ運んだ。
この場で抗議できない自分の立場が、ひどくもどかしかった。
「エギルさん、記念に撮っておこうか」
こっこが記録結晶を取り出した。
「しまえ」
「新しい自分との出会いだよ」
「しまえ!」
また、笑いが起きた。
だが、ヒースクリフの近くに座っていたアスナは、もう画面を見ていなかった。
卓上に開いた地図を囲み、血盟騎士団の団員たちへ指示を出している。
「街道と迷宮区への経路を調べる班、それから町のクエストを確認する班に分かれて。危険なイベントは受諾せず、条件と警告だけ記録してきてください」
団員たちが頷く。
「町の外へ出る時は、必ず二人以上で。帰還予定の時刻も決めておきましょう」
手早く役割を決め、確認を取り、次の話へ進む。
その声には、迷いがなかった。
キリトは、笑いの輪から少し離れてその姿を見ていた。
これまでは、新しい階層へ着くと、自然に二人で地図を覗き込んでいた。
今、彼女の隣には団員がいる。
声をかける隙がないわけではない。
ただ、何を話せばいいのか、すぐには浮かばなかった。
アスナが指で街道をなぞる。
キリトは自分の手元へ視線を戻した。
*
笑いがようやく落ち着いた頃、一同の卓へ料理が運ばれてきた。
煮込みの皿を並べる店員に、ディアベルが声をかける。
「この辺りの街道は、安全なのかな?」
店員の表情が曇った。
「町の近くなら、そう心配はいりません。ただ、中央の平原へ出るなら気をつけてください」
「モンスターが強いのか?」
キリトが尋ねると、店員は首を横に振った。
「兵隊です。西の《ヴェストリア王国》と、東の《オリエンタ帝国》が、戦争をしているんですよ」
卓上の音が止まった。
「戦争?」
その言葉に、アスナも顔を上げた。
店員は頷く。
「魔法の宝具が、突然また力を使えるようになったそうで。それを、互いに奪い合っているんです」
「また、というのは?」
ディアベルが尋ねた。
「以前は、古い言い伝えに出てくるだけの品だったんですよ。それが今では、本当に炎を起こしたり、雷を放ったりする。両国とも独占したいのでしょう。もともと仲の悪い国同士でしたが、軍備を進めて、とうとうこの有様です」
こっこの手が、パンを持ったまま止まった。
「魔法の宝具……」
リズがその横顔を見る。
「今、目が光ったわね」
「気のせいです」
「絶対、気のせいじゃない」
しかし、こっこはすぐには笑わなかった。
魔法が、再び使えるようになった。
その理由なら、知っている。
世界樹へ流れ込んだ光。
エルフたちの歓声。
握手を交わした、長老やドワーフ王の顔。
あの時、喜びに満ちていた出来事が、遠く離れたこの場所では、兵士を戦場へ送り出すきっかけになっていた。
「……ここまで、変わったんだね」
小さな呟きは、皿を置く音に紛れた。
サタンだけが、こっこの顔を一度見た。
店員は声を落とした。
「特に中央辺りでは、両国の部隊が鉢合わせることがあります。戦いが始まったら、近寄らないほうがいい。旅人でも巻き込まれかねませんから」
「こちらが戦うつもりでもなくても?」
ディアベルの問いに、店員は頷いた。
「向こうには、こちらが何者かなんて分かりません。敵国の手先と疑われることだってあるでしょう。街道が整備されているからといって、安全だと思わないことです」
窓の外には、穏やかな街並みが広がっていた。
パンの袋を抱えた住人が歩き、荷馬車がゆっくりと角を曲がる。
その先に続く街道も、歩きやすそうに見える。
だが、道の向こうで待っているものは、これまでの階層と同じではなかった。
*
「その話、もう少し詳しく聞きたいカ?」
声がした。
いつの間にか、卓の端にアルゴが腰を下ろしていた。
「アルゴ!」
キリトが顔を上げる。
「相変わらず早いな」
「オレっちは、それが仕事だからナ」
アルゴは一同を見回し、エギルのところで動きを止めた。
「……誰ダ?」
「お前もか!」
事情を聞いた情報屋は、しばらく肩を震わせていた。
ようやく落ち着くと、卓上へ簡単な地図を広げる。
タフトから延びる街道。
中央の平原。
その西に《ヴェストリア王国》、東に《オリエンタ帝国》の城壁を示す印が描かれていた。
「西と東に、要塞都市が一つずつ。ところが、普通の旅行者は門前払いダ」
「商人も?」
こっこが尋ねる。
「少なくとも、今のオレたちは入れないナ。入るには、その国の戦争イベントを受ける必要がある」
アルゴが指先で西側の印を叩いた。
「傭兵として登録する。そうすると、門を通れるようになる」
「参加したら、敵国の兵士から狙われるってことか?」
キリトの問いに、アルゴは頷いた。
「その辺りは、受諾前に警告が出るヨ。観光のついでに押すようなボタンじゃない」
彼女は、確認できた警告の内容を一同へ伝えた。
敵対する兵士との戦闘。
中央地域での交戦。
そして、参加によって生じる危険。
クラインは腕を組み、眉を寄せた。
「普通の討伐クエストとは、ずいぶん違うな」
「相手は武器を使うし、仲間と動く。見た目が人間だからって、手加減してくれるとは思わないほうがいいナ」
アルゴの声から、いつもの軽さが少し消えていた。
ディアベルは最後まで聞き終えると、静かに頷いた。
「僕は参加を見送る。まずは迷宮区への道と、通常のフィールドを調べたい」
「俺たちもだな」
クラインが風林火山の仲間たちを見る。
「戦争に首を突っ込んで、ボス攻略前に消耗するのはきつい」
「せやな。まずは攻略や」
キバオウも同意した。
「街道で兵隊に出くわした時の逃げ道だけは、調べといたほうがええな」
エギルも頷いた。
その度に、前髪がさらりと揺れた。
こっこが目を逸らす。
「おい。今、笑いそうになっただろ」
「真剣な話を聞いてます」
「こっちを見て言え」
アスナも地図から顔を上げた。
「血盟騎士団も、まずは攻略を優先します。イベントに参加せず通れる経路を調べて、迷宮区への進出を進めたいです」
ヒースクリフが、静かに頷いた。
アスナは団員へ調査内容を付け加える。
もう、その方針を実行に移す準備を始めていた。
次々と、辞退の意見が続く。
アルゴは予想していたように、地図へ小さな印を付けていった。
「ま、そうなるよナ」
「ところで」
こっこが手を挙げた。
「要塞都市の武器屋は?」
リズが目を閉じた。
「ああ……聞いちゃった」
アルゴの口元が緩む。
「戦争中だからナ。タフトの店より、一段上の武具が並んでる」
こっこはサタンを見た。
サタンも、こっこを見た。
「行くか」
「行こう」
「決断が早すぎる!」
リズが卓を叩いた。
シリカも身を乗り出す。
「警告、ちゃんと聞いてましたよね!?」
「聞いてたよ。だから転移結晶も準備して、慎重に行きます」
こっこは腰のポーチを軽く叩く。
「それに、宝具がどんなものかも見ておきたい。武器だけじゃなくて、使い方や仕組みも」
「はいはい、今度は研究したいのね」
リズが言う。
こっこは頷いたが、その表情を見て、彼女はそれ以上茶化さなかった。
サタンも、珍しく笑みを収めていた。
「危なけりゃ引く。こっこ一人で行かせるより、俺が一緒のほうがいいだろ」
「そこは否定できへんな……」
キバオウがぼそりと言った。
リズは二人を見比べ、長く息を吐いた。
「……門までは一緒に行くわ。でも、あたしたちはイベントを受けないからね」
「わたしもです。参加する前に、もう一度説明を読んでくださいよ」
シリカの念押しに、こっこは頷いた。
「分かった。まずは西のヴェストリア側で、話を聞こう」
*
「なら、俺は東のオリエンタへ行ってみる」
キリトの言葉に、皆が振り返った。
ディアベルが反応する。
「君も参加するのか?」
「ああ。エルフのイベントみたいに、誰も調べないまま進むと、後で攻略に関わる情報を見落とす可能性もある」
キリトは地図の東側を見つめた。
「まずは条件を確認する。十分に安全マージンを取って動くよ」
「キリト、このイベントは洒落にならへんで。一人はやめたほうがええんとちゃうか?」
キバオウの声は、いつものような嫌味を含んでいなかった。
キリトは彼を見て、頷く。
「……ああ。少し、あてがあるんだ。そこは大丈夫」
アスナの指が、地図の上で止まった。
――あて?
顔を上げかけて、キリトがすでにこっこの話を聞いていることに気づく。
誰と行くのか、尋ねれば答えてくれるだろう。
けれど、横から団員に調査班の編成を確認され、アスナはそちらへ向き直った。
「ええ。その組み合わせでお願いします」
答えながら、キリトの言葉が少しだけ耳に残っていた。
こっこが卓越しに身を乗り出す。
「じゃあ、東西で分担だね。何か分かったら連絡しよう」
「ああ。ただ、どちらの国が正しいかも分からない。受けた依頼を、そのまま信用しないほうがいい」
「了解。店の品揃えは信用していい?」
「値札は、よく見てくれ」
「そこなの!?」
リズの声に、卓へ少しだけ笑いが戻った。
アルゴは二人を交互に見た。
「西と東で話が違ったら、そこも教えてくれヨ。同じ宝具の話でも、説明する側が変われば中身が変わるかもしれない」
「分かった」
キリトが答え、こっこも頷いた。
*
酒場を出ると、タフトの街路に陽が差していた。
攻略組は迷宮区へ向かう道を調べるため、町の案内板へ向かっていく。
血盟騎士団の団員たちも、それぞれの担当へ散っていった。
アスナは報告時刻を確認し、ヒースクリフと短く言葉を交わす。
キリトはその姿を一度だけ見た。
それから、東門へ足を向けた。
こっことサタンは西へ。
その後ろから、リズとシリカがついていく。
タフトの通りの途中で、それぞれの足音が分かれていった。
*
東門の外、街道脇の木陰に、ギズメルが待っていた。
風に揺れる枝の下で、外套の裾が静かに翻っている。
キリトに気づくと、彼女は木の幹から背を離した。
「来たか、キリト」
「待たせたな。闇エルフの国を離れて、大丈夫なのか?」
「女王陛下に許可は取っているさ。近頃は任務も落ち着いていたし、他の地の者とも交流するように言われている」
ギズメルは、わずかに笑った。
「お前と歩けば、退屈はしないだろうからな」
「……それ、褒めてるのか?」
「もちろんだ」
キリトも、少しだけ笑った。
ギズメルは街道の先へ目を向ける。
「しかし、中央辺りを覗いてみたが、兵が睨み合っていたぞ。何があるのだ?」
キリトは彼女に、酒場で聞いた宝具の争奪と要塞都市の話を伝えた。
魔法の力が戻ったこと。
それを巡って、二つの国が戦争を始めたこと。
傭兵として登録しなければ、都市へ入れないこと。
ギズメルは黙って聞いていた。
話が終わると、自分の腰にある剣へそっと手を添える。
「魔法が戻ったことを、我らは喜んだのだがな」
「ああ」
キリトの脳裏にも、世界樹の光が蘇った。
「ここでは、それを奪い合ってる」
「力が増えれば、守れるものも増える。だが、欲しがる者も増えるのだろう」
ギズメルは息を吐き、東へ続く道を見た。
「まずは、オリエンタの者から事情を聞こう。宝具というものが何なのか、私も確かめたい」
「ああ。参加するなら、二人で確認してからだ」
「無論だ。お前が先走ったら、襟首を掴んで止める」
「そこまでしなくても……」
「必要がなければ、しないさ」
二人は並んで歩き始めた。
*
一方、西へ向かう街道では、こっこが遠くの城壁を見つけて足を速めていた。
平原の向こうに、灰色の石壁が長く横たわっている。
その上には見張り塔が立ち、旗が風を受けていた。
「武器屋、鍛冶屋、素材屋……!」
「観光案内を唱えるな!」
リズが追いかける。
「まだ入れるって決まったわけじゃないんですから!」
シリカも念を押した。
肩に止まったピナが、短く鳴く。
サタンは笑いながらも、平原の向こうへ目を配っていた。
街道脇には轍が幾筋も残っている。
荷馬車のものに混じって、踏み荒らされた草や、蹄の跡が続いていた。
やがて風に乗って、微かな音が届いた。
金属が打ち合う、乾いた音。
サタンが足を止める。
こっこも、それに気づいて振り返った。
「……どうした?」
サタンはすぐには答えず、片手を上げて皆を止めた。
四人は耳を澄ませた。
もう一度、金属音。
続いて、何かを叫ぶ声が聞こえる。
リズの手が、腰の武器へ伸びた。
シリカはピナを胸元へ寄せる。
「街道の先か?」
こっこが小声で尋ねた。
「いや。あの丘の向こうだ」
サタンが指したのは、道から少し外れた草地だった。
緩やかな起伏が、その先の景色を隠している。
こっこは城壁を見た。
あと少し歩けば、門へ近づける。
だが今は、足を進めなかった。
腰のポーチを開き、転移結晶の位置を確かめる。
穏やかな街道の先で、もう一度、剣戟の音が響いた。