エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
城塞都市《テーム》の門前。
衛兵から《戦争加入傭兵志願》について説明を受けた四人は、その場ですぐに登録することなく、さらに詳しい話を聞くことにした。
「まず確認したいんだけど」
こっこが手を挙げる。
「これに登録すると、具体的に何が変わるんです?」
「傭兵として登録された者には、所属国を示す紋章が付与される」
衛兵が答える。
「紋章?」
「プレイヤーカーソルを確認してみろ。登録後は、その横に我が《ヴェストリア王国》の所属を示す印が表示されるようになる。同時に、お前たちからはNPC兵士の所属も判別できるようになる」
「なるほど。敵味方が一目で分かるわけね」
リズが納得したように頷く。
戦場で敵味方の識別ができないのではゲームにならない。
そこまでは、四人とも理解できた。
だが――。
「ただし」
衛兵の声音が変わった。
先ほどまでの事務的な説明とは違う。淡々としているのに、そこには人の命を数えるような冷たさがあった。
「傭兵となった以上、敵国《オリエンタ帝国》に所属する者はすべて敵兵として扱われる」
「NPCだけじゃなくて?」
シリカが尋ねる。
「無論、異国に所属する傭兵もだ」
こっこの表情から笑みが消えた。
「……プレイヤー同士でも?」
「ああ」
衛兵は当然のことのように答えた。
「戦場で敵兵を傷つけることは罪ではない。ゆえに敵国所属の傭兵を攻撃しても、犯罪者として扱われることはない」
その言葉は、あまりにも簡単だった。
攻撃しても罪にならない。
相手がNPCであろうと、見知ったプレイヤーであろうと、敵国の紋章を掲げている限りは同じだという。
「…………」
リズとシリカが黙り込んだ。
SAOにおける対人攻撃。
通常であれば、それはプレイヤーにとって非常に重い意味を持つ。
カーソルの色が変わり、警告が表示され、周囲の視線が集まる。
誰かを傷つけることは、単なる戦闘行為ではない。プレイヤー同士の間に越えられない線を引く行為だった。
しかし、このイベントでは違う。
所属国が異なれば――プレイヤーであっても《敵兵》なのだ。
敵兵を斬ることは犯罪ではない。
むしろ、戦場に立った瞬間から、斬られる側もまた相手を斬る権利を持つ。
「……倒した場合は?」
サタンが静かに尋ねた。
「戦利品を得る権利がある」
「戦利品?」
「相手の所持するコル、あるいはアイテム。その中から勝者が任意に選び、奪うことができる」
「えっ……」
シリカの顔が引きつった。
リズも眉間に皺を寄せる。
「ちょっと待って。それって……」
「そういうことだね」
こっこが先に答えた。
声から、いつもの軽さが消えていた。
「これは単なるNPC同士の戦争イベントじゃない」
プレイヤー同士が敵味方に分かれる。
攻撃しても犯罪者にならない。
倒された相手は、復活したとしても所持品を失う。
そして、相手を殺害すれば、その場で所持品まで奪える。
戦場では、相手のカーソルに表示された紋章が、攻撃をためらう理由を消してしまう。
それが意味するところは一つしかない。
「PKを、システムが許可しているイベントだ」
空気が変わった。
ただのイベント説明だったはずの場が、いつの間にか処刑場の規則を聞かされる場所へ変わっていた。
敵国の紋章を掲げたプレイヤーを見つけたら、攻撃していい。
倒せば、相手の持ち物を奪っていい。
その相手が、昨日まで隣で戦っていた仲間であっても。
システムは、それを犯罪ではなく《戦争》として処理する。
こっこはしばらく黙っていた。
自分のカーソルに表示されるはずの青い紋章を想像する。
それを掲げた瞬間、自分は誰かにとって「倒していい相手」になる。相手のカーソルに赤い紋章が浮かんでいれば、こちらもまた、その相手を斬っていい。
相手の名前を知っているかどうかも、これまで一緒に戦ったことがあるかどうかも関係ない。
紋章が、すべてを決める。
剣を抜けば、相手の命と持ち物を奪う側に立つ。
そして一度その線を越えれば、もう「知らなかった」では済まされない。
「……僕たちが登録したら、敵国のプレイヤーから狙われるんだね」
「ああ。お前たちも、敵国の傭兵を攻撃できる」
衛兵の答えは変わらない。
だからこそ、こっこは怖かった。
PKが許可されているからではない。
許可されているという理由だけで、人を斬ることに慣れてしまうかもしれないことが怖かった。
戦利品を見て、相手の顔より先に価値を考えてしまうかもしれないことが怖かった。
それでも――。
こっこは隣に立つサタンを見た。
サタンは拳を握り、険しい顔で門の向こうを見つめている。
「サタン」
「分かってる」
短い返事だった。
「俺たちが入れば、俺たちもPKされる。相手を倒せば、そいつの持ち物を奪うことになる。今までの戦いとは違う」
「ああ」
「それでも行くのか?」
サタンは一度だけ、こっこを見た。
その目に迷いはあった。
だが、逃げるための迷いではない。自分が何をするのかを理解したうえで、それでも進むための迷いだった。
「行く」
サタンは低く答えた。
「怖くねえわけじゃない。むしろ、こんな仕組みを平気な顔で受け入れたくはない」
拳が、さらに強く握り込まれる。
「でも、知らねえまま放っておくほうが嫌だ。誰かがこの戦争の中身を見なきゃならねえ。敵が何を狙ってるのか、宝具がどう使われるのか、プレイヤーがどこまで変わるのか……俺は自分の目で確かめる」
こっこは黙って聞いていた。
「ただし、勘違いするなよ」
サタンは衛兵のほうへ向き直る。
「俺はPKを楽しみに行くんじゃねえ。敵を倒す必要があるなら倒す。だが、相手を人間じゃなく戦利品として見るつもりはない」
その言葉に、こっこの胸の奥で固まっていたものが少しだけほどけた。
自分も同じだった。
PKを受け入れるということは、殺しを肯定することではない。
システムが許可したからといって、相手の痛みや恐怖まで消えるわけではない。
それでも戦場に立つなら、斬られる覚悟と、斬る覚悟の両方を持たなければならない。
こっこはリズとシリカを見る。
「二人は登録しないで」
「え?」
「こっこ?」
「これは駄目だ」
珍しく、即答だった。
「二人を巻き込むには危険すぎる。イベントに参加していないなら、少なくとも敵国プレイヤーから敵兵扱いされることはない」
もちろん、戦場の近くにいれば巻き込まれる可能性はある。
流れ弾のような範囲攻撃。
敵味方を見誤った一撃。
戦利品を求めて、非参加者まで狙う者。
だが、傭兵登録をしなければ、少なくとも自分からPKを許可された側へ踏み込まずに済む。
「でも、こっこたちは?」
「僕とサタンは行く」
こっこは一度、目を伏せた。
登録すれば、もう後戻りはできない。
青い紋章は味方の証であると同時に、敵にとっての攻撃許可証になる。
自分が斬られるだけではない。自分の手で、誰かを斬る可能性も生まれる。
それでも、ここで目を背ければ、戦争の中で何が起きているのかを知ることはできない。
知らないまま誰かが傷つくのを待つくらいなら、自分が危険の中へ入るべきだった。
「……怖いよ」
こっこは小さく呟いた。
「PKされるのも、PKすることになるのも。相手がどんな人なのかも分からないまま、紋章だけを見て敵だと判断するのも」
リズとシリカが息を呑む。
「でも、怖いからって目を逸らしたら、僕はきっと後悔する。戦争の仕組みを知って、それが誰かを壊していくなら、止めるために動きたい」
こっこは顔を上げた。
「だから行く。斬られる覚悟もする。必要なら、相手を斬る覚悟もする。でも、絶対に忘れない。僕たちが斬る相手も、僕たちと同じプレイヤーだってことを」
「もちろん行くぜ!」
サタンが迷うことなく答えた。
その声には、さっきまでの迷いを押し込めたような硬さがあった。
「俺たちは、PKを受け入れる。だが、PKに飲まれるつもりはねえ」
こっこも頷く。
「中の情報を調べたい。それに、このイベントが攻略にどう影響するのか分からない以上、誰かが調査しておいたほうがいい」
調査。
そう言いながらも、二人とも理解していた。
登録した瞬間から、自分たちは敵国プレイヤーに攻撃される。
そして、こちらも敵国のプレイヤーを攻撃できる。
戦場で一度剣を抜けば、相手が誰であろうと、システム上は正当な標的になる。
リズはしばらく不満そうな顔をしていた。
だが今回ばかりは、こっこの判断が正しいことも理解していた。
「……無茶したら、承知しないからね」
「はい」
「即答するところが怪しいのよ!」
「信用ないなあ……」
「日頃の行いです」
シリカにまで言われた。
「ぴえん」
「そこでふざけるな!」
いつもの調子が少しだけ戻ったところで、こっこは二人に別の仕事を頼んだ。
「じゃあ、リズとシリカちゃんには攻略をお願いしたい。それと――もし余裕があったら九層へ戻って、森エルフの長老に会ってくれないかな」
「長老さんに?」
「うん。事情を説明して、ランスロットさんに協力してもらえないか聞いてほしい」
こっこには一つの考えがあった。
キリトには今、ギズメルが同行している。
ならば同じエルフであり、人間との交流にも積極的だったランスロットも、この異変に力を貸してくれるのではないか。
「無理にとは言わないよ。でも、この戦争が魔法復活と関係しているなら、エルフの人たちにも無関係じゃないと思う」
「分かりました」
シリカが頷く。
「私たちからお願いしてみます」
「じゃあ決まりね」
リズも了承した。
こうして四人は二手に分かれることになった。
◇
こっことサタンは正式に《戦争加入傭兵志願》を受諾した。
直後。
視界の端に表示されていた互いのプレイヤーカーソルに、小さな青い紋章が追加される。
――《ヴェストリア王国所属》。
「おお、本当に付いた」
「分かりやすいな。これなら同士討ちはない」
「うん。敵は赤、僕たちは青。単純でいいね」
だが、その単純さが、戦場では人を殺すための目印になる。
青い紋章を見れば味方だと分かる。
赤い紋章を見れば、攻撃していい敵だと分かる。
迷う時間も、相手の正体を確かめる時間も必要ない。
こっこは自分のカーソルに浮かぶ青い紋章を見つめた。
これから先、この印を見た敵は、自分を倒しても罪に問われない。
そして自分も、赤い印を見た相手に剣を向けることができる。
その事実を、こっこは何度も心の中で確かめた。
怖い。
それでも、逃げない。
サタンもまた、青い紋章を見上げていた。
「行くぞ」
「ああ」
「俺たちは、戦争に参加する。だが、戦争に使われるつもりはねえ」
こっこは頷いた。
「絶対に、生きて戻ろう」
同時に、門を守っていた衛兵たちのカーソルにも《ヴェストリア王国》の所属表示が見えるようになった。
これで二人は正式な傭兵。
城塞都市《テーム》の城門が開かれる。
その先に広がっていたのは、外から眺めていた街とはまるで違う光景だった。
武装した兵士たちが往来し、武器、防具、消耗品を扱う店が軒を連ねる。
通りを歩くプレイヤーたちの頭上には、青い紋章が浮かんでいる。
そのどこかに、敵国の赤い紋章が混じっているかもしれない。
見つけた瞬間、街の中でさえ戦場になる。
ここは街であると同時に――戦争のための拠点だった。
そして、敵を見つけた者が最初に考えるのは、声をかけることではない。
攻撃しても罪にならないかどうかだった。
二人は早速、情報収集を開始する。
そして、その過程で重要な事実を知った。
「この十一層には現在、三つの《魔法宝具》が存在するとされている」
軍関係者のNPCが地図を広げる。
「三つ……」
「そのすべてが我が国の手にあるわけではない。オリエンタ帝国も同じく宝具を求めている」
「つまり……」
こっこが地図を見る。
「フィールドに存在する三つの宝具を、両国で奪い合ってるんですね」
「その通りだ」
「宝具は、誰でも手にできるんですか?」
「NPCだけが扱えるものではない。傭兵として参加したプレイヤーが入手した場合も、そのまま使用できる」
「へえ。国に渡さなくてもいいんだ」
「ああ。所属さえ我らヴェストリア王国にあるのなら、その力を戦場で振るってくれて構わない。もちろん、望むなら国へ返納することもできる」
「じゃあ、一度返したものを『やっぱり使いたい』って借り直すのは?」
「できない。返納された宝具は、再びプレイヤーへ貸し出されることはない」
「厳しい」
「それだけではない」
NPCは念を押すように続けた。
「宝具を持ったまま、戦争から離れた土地へ向かうことも避けろ」
「遠方へ持ち出すと、どうなるんです?」
「破損する」
「壊れるのか……」
「だが、宝具そのものが永久に失われるわけではない。破損してから一定の時間が経過すると、再びこの戦争の舞台へ出現する」
つまり、誰かが宝具を持ち逃げしてイベントそのものを破綻させることはできない。
返納した宝具を借り直すことはできないが、戦場から持ち出して破損した宝具は、時間が経てば再び現れる。
そしてまた――奪い合いが始まる。
宝具を手にした者は、敵国のプレイヤーから狙われる。
守る者もまた、宝具を奪うためなら敵を倒す。
戦場に落ちた宝具を拾うという行為が、そのままPKの引き金になるのだ。
「……よくできてるなあ」
こっこが呟いた。
「でも、面倒くせえイベントだな」
「奇遇だね。僕もそう思ってた」
二人は顔を見合わせた。
十一層に存在する三つの魔法宝具。
ヴェストリア王国とオリエンタ帝国。
NPCだけではなく、プレイヤー同士すら敵味方に分ける戦争。
そして、敵を倒せば倒すほど報酬を得られる仕組み。
この時、こっこはまだ知らなかった。
この三つは――始まりにすぎない。
◇
一方。
リズとシリカは転移門を使い、九層へ戻っていた。
森エルフの里。
二人から十一層で起きている出来事を聞いた長老は、しばらく目を閉じていた。
「……そうか」
やがて、深い溜息が漏れる。
「魔法が蘇ったことで、今度は人々がその力を奪い合っておるのか」
「宝具と呼ばれているみたいです」
シリカが説明する。
「十一層だけで三つあるそうです。それを二つの国が奪い合っていて……」
「…………」
長老は悲しげに首を振った。
「力そのものに善悪はない。だが、大きすぎる力は必ず人を争わせる」
魔法が失われていた世界。
それを取り戻すために、こっこたちは奔走した。
魔法の復活によって救われた者もいる。
新たに開かれた可能性もある。
だが――。
復活した力が、すべて幸福だけをもたらすわけではなかった。
力を求める者は、敵を倒す。
敵を倒す者は、やがて相手を人ではなく、奪うべき報酬を持った標的として見るようになる。
「魔法が戻ったことを、儂は喜んでおった」
長老は静かに言った。
「しかし……失われていたものが戻るということは、その恩恵だけでなく、かつて魔法と共にあった争いまでも蘇るということなのかもしれんな」
リズとシリカは何も言えなかった。
その時。
「長老」
一人のエルフが前へ進み出た。
ランスロットだった。
「私を行かせてください」
「ランスロットさん?」
「こっこ殿が、その戦争へ参加したのでしょう?」
「はい。サタンさんと二人で」
ランスロットは静かに頷いた。
「ならば、なおさらです」
人とエルフ。
かつて互いを遠ざけていた二つの種族。
その壁を壊すきっかけを作った者の一人が、こっこだった。
「魔法の復活に我らが関わった以上、その結果として生まれた争いから目を背けるわけにはいきません」
長老はランスロットを見つめる。
やがて――静かに頷いた。
「行ってこい」
「はっ」
「ただし、忘れるでないぞ。お前は戦争をしに行くのではない」
「承知しております」
ランスロットは胸に手を当てた。
「こっこ殿を助け、何が起きているのか――この目で確かめて参ります」
シリカの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
リズも安堵したように笑った。
「これなら、あのおっさんが変なことを始めても止めてもらえそうね」
「リズさん……目的が変わってません?」
「重要よ。ものすごく」
こうして――。
西の《ヴェストリア王国》には、こっことサタン。
東の《オリエンタ帝国》には、キリトとギズメル。
そしてランスロットもまた、こっこの助力のため十一層へ向かうことになった。
二つの国。
三つの魔法宝具。
そして、敵味方に分かれたプレイヤーたち。
魔法の復活によって生まれた新たな物語は――。
いつしか《戦争》という名の巨大な渦へと姿を変え始めていた。
だが、まだ誰も知らない。
三つの宝具が、それぞれどこに眠っているのか。
誰が最初にその力を手にするのか。
そして、その宝具を巡る戦場で、最初に誰のカーソルが赤く染まるのか。
西の城塞都市では、青い紋章を掲げたこっことサタンが、戦争の中心へ歩き出していた。
東の帝国では、キリトとギズメルが、同じ宝具を追って動き始めている。
その二つの道が交わる先にあるのは、宝具の奪取か、仲間との衝突か、それとも――。
十一層のどこかで、三つの魔法宝具が静かに目を覚ます。
次にその力を握る者が、味方とは限らない。
そして、次に振り下ろされる剣が、敵国の兵士ではなく、かつての仲間へ向けられないという保証もなかった。
魔法の復活は、世界に希望をもたらした。
同時に、人々を二つの国へ分け、三つの宝具を巡る戦争を始めた。
もう、後戻りはできない。
次に十一層で待つのは、宝具を巡る最初の激突。
そして――敵味方の境界線が、初めて血で引かれる瞬間だった。