エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
ヴェストリア王国――最初の会戦
城塞都市の巨大な門が、重々しい音を響かせながら開いていく。
その前には、すでに十数名の兵士が整列していた。
ヴェストリア王国では、城塞都市周辺の街道や平原を警戒するため、定期的に巡回部隊が送り出されている。
敵国である《オリエンタ帝国》の偵察部隊。
野生モンスター。
そして――《魔法宝具》の探索。
巡回には、城塞都市に所属する傭兵も同行できる。
「よし」
こっこは腰に差した剣を確認した。
「初仕事だね」
「宝具、見つけるぞ」
隣に立つサタンが、両拳を軽く打ち合わせる。
ガンッ!
金属同士がぶつかる、鈍く重い音。
その両腕には――《鉄王の手甲》。
こっこがちらりと装備情報を確認する。
《鉄王の手甲+5》
強化内訳。
《重量+5》
「…………」
こっこは二度見した。
「サタン」
「なんだ?」
「全部、重量?」
「そうだ」
「鋭さとか丈夫さとかは?」
「いらん」
即答だった。
サタンは拳を握る。
「重ければ威力が増す。盾ごと吹き飛ばせる」
「極端だなあ……」
そう言いながら、こっこも自分の腰にある愛剣を撫でた。
《ローグサーベル+8》
《丈夫さ+6》
《鋭さ+2》
サーベル系武器の弱点である耐久力を、これでもかというほど補強した異常な強化配分。
サタンがその情報を見た。
「…………」
「どうした?」
「お前もだろ」
「何が?」
「極端だ」
「失礼な。これは愛だよ」
「愛?」
こっこはローグサーベルを抜き、日の光へ掲げた。
「サーベルの弱点は耐久力! だったら弱点を消してあげれば、ずっと使えるじゃないか!」
「…………」
サタンの口がぽかんと開いた。
「お前、武器に対してだけは怖いな」
「道具は大事にしないとね!」
「+8まで叩くのは大事にする範囲か?」
「愛です!」
「重いぞ、その愛」
「君の手甲ほどじゃないよ」
「…………」
二人は互いの武器を見る。
《重量+5》。
《丈夫さ+6》。
「……似た者同士か」
「やめてよ」
「なぜだ!」
そんな傭兵二人を置いて、巡回部隊は平原へと進んでいった。
◇
接敵したのは、城塞都市を出て一時間ほど経った頃だった。
先頭を歩いていた兵士が、突然片手を上げる。
「停止!」
部隊全員が足を止める。
街道から少し離れた丘陵。
その向こう側から、複数の人影が現れた。
装備の意匠が違う。
ヴェストリアではない。
兵士の一人が剣を抜いた。
「オリエンタ帝国軍!」
同時に、相手側もこちらを発見する。
一瞬の静寂。
そして――。
「敵襲!」
双方が一斉に武器を抜いた。
ヴェストリア王国軍とオリエンタ帝国軍。
初めて見る、本物の戦争イベント。
こっこは反射的にローグサーベルを構える。
だが、敵の数は巡回部隊の倍近くあった。
丘の陰からさらに兵士が現れ、左右へ散開していく。正面の部隊は囮だったのだ。
「敵、多くない!?」
「挟まれるぞ!」
ヴェストリア兵の間に動揺が走った。
その瞬間、帝国兵の一人が角笛を吹く。
鋭い音が平原に響き、左右の敵が一斉に駆け出した。
「隊列を崩すな!」
隊長が叫ぶ。
だが、側面から飛び込んできた槍兵が盾を弾き飛ばし、ヴェストリア兵の列に穴を開けた。
「うわあっ!」
「左翼が押されている!」
「後ろにも敵がいるぞ!」
戦況が一気に崩れた。
こっこの背後では、荷馬車を守っていた兵士が倒れ、敵兵が補給物資へ迫っている。正面ではサタンへ向かう敵が三人、いや四人。
「サタン!」
「分かってる!」
サタンが一歩前へ出た。
「俺が前に出る」
「了解」
それだけだった。
細かい作戦など必要なかった。
何度も共に戦ってきた二人には、それだけで十分だった。
サタンは敵の攻撃を引き受け、こっこはその隙を作る。
こっこが敵の武器と足を止め、サタンがそこへ最大の一撃を叩き込む。
互いの弱点を、互いの能力で埋める。
ただし今回は、敵も一対一を許してくれるほど甘くはなかった。
◇
最初にサタンへ斬りかかったのは、片手剣と盾を持った兵士だった。
「はあっ!」
横薙ぎ。
だが――サタンは退かない。
半歩。
わずかに身体をずらす。
剣先が胸元を掠めて通過した瞬間、サタンは一気に相手の懐へ潜った。
「なっ――」
ドンッ!
掌底。
HPが削れる。
だが追撃の拳は打たない。
代わりに腕を取った。
身体を回転させる。
「ふん!」
兵士の身体が宙を舞った。
ドガッ!
背中から地面へ叩きつけられる。
そのまま腕を捻り、関節を極めた。
「ぐああっ!」
HPが少しずつ減っていく。
黄色。
橙。
そして――赤。
レッドゾーンへ入った瞬間。
「まだやるか?」
「こ、降参だ!」
サタンは即座に技を解いた。
殺さない。
必要以上に傷つけない。
しかし、戦闘能力だけを確実に奪う。
だが、その隙を狙って別の敵が背後から斧を振り下ろした。
「サタン、後ろ!」
こっこが叫ぶ。
サタンは振り返らない。
身を低くした頭上を斧が通り過ぎる。
そのまま地面へ手をつき、倒した兵士の盾を蹴り上げた。
盾が斧兵の顔面へ直撃する。
「ぐっ!」
一瞬よろめいた相手の懐へ、サタンの拳が突き刺さった。
ドゴンッ!
敵兵の身体が数メートル吹き飛ぶ。
「助かった!」
「礼は後!」
こっこは叫びながら、横から迫る槍を弾いた。
キィン!
だが、弾いたはずの槍が途中で軌道を変えた。
「なっ!?」
槍兵は一人ではなかった。
背後の兵士が柄を押し込み、こっこの剣を絡め取ろうとする。
こっこは咄嗟に手を離した。
ローグサーベルが宙を舞う。
「こっこ!」
「大丈夫!」
こっこは腰のポーチへ手を突っ込んだ。
取り出したのは、短い投げナイフ。
敵兵の手首へ突き立てるのではなく、槍の柄へ投げつける。
カンッ!
槍の向きが逸れた。
その隙にこっこは地面を転がり、落ちたローグサーベルを拾い上げる。
「武器を落としたくらいで、勝ったと思わないでよ!」
「生意気な!」
敵兵が一斉に押し寄せる。
こっこは後退した。
一歩。
二歩。
背中が荷馬車にぶつかる。
逃げ場がない。
正面には三人。
左右にも敵。
「こっこ!」
サタンの声が飛ぶ。
だが、サタンの前にも敵が群がっていた。
一人を投げれば、別の二人が襲いかかる。
拳で盾を砕き、肘で剣を逸らし、足払いで一人を倒す。
それでも敵の数は減らない。
「くっ……!」
サタンのHPバーが初めて大きく削れた。
赤ではない。
だが、黄色に近い。
こっこは息を呑んだ。
このままでは、二人とも押し潰される。
そのとき、帝国兵の一人が荷馬車へ火矢を放った。
火が幌へ燃え移る。
「物資を焼く気だ!」
ヴェストリア兵の隊列がさらに乱れた。
隊長が敵将らしき男と斬り結んでいるが、周囲の兵士が次々と倒されている。
勝てない。
このまま正面から戦えば、数の差で押し切られる。
こっこは燃え始めた荷馬車と、丘の斜面を見た。
そして、口元を吊り上げる。
「サタン!」
「なんだ!」
「三秒だけ、耐えられる?」
「三秒なら、十人でも耐える!」
「じゃあ、派手に転んで!」
「意味が分からん!」
「いいから!」
こっこは煙玉を二つ取り出し、敵兵の足元へ投げた。
ボンッ!
白煙が一気に広がる。
敵の視界が奪われた。
こっこは燃えた荷馬車の車輪へローグサーベルを叩き込む。
《丈夫さ+6》の刃が、車軸を断ち切った。
荷馬車が傾く。
積まれていた木箱が斜面へ転がり落ち、敵兵の足元を次々と薙ぎ払った。
「な、なんだ!?」
「足元が!」
「押すな!」
敵の隊列が崩れる。
こっこはその隙に、荷馬車の残骸を蹴り飛ばした。
燃えた板が斜面を滑り、帝国兵の進路を塞ぐ。
「今!」
サタンが吠えた。
煙の中から飛び出し、最も近くにいた敵兵の盾へ拳を叩き込む。
ドンッ!
盾ごと兵士が吹き飛び、後ろの二人を巻き込んで転倒した。
「一人!」
サタンは倒れた敵の腕を取り、身体を回転させる。
「二人!」
投げ飛ばされた兵士が別の敵へ激突する。
こっこはその間に、槍兵の足へロープを絡めた。
「三人!」
「うおおおっ!」
サタンが敵の密集へ突っ込む。
こっこが作った隙間を、サタンの巨体が一気に広げていく。
だが、帝国兵の中に一人だけ、煙をものともせず進んでくる男がいた。
全身を重装鎧で固め、両手斧を構えている。
そのHPバーは、他の兵士より明らかに長い。
「隊長格だ!」
ヴェストリア兵の一人が叫んだ。
重装兵が斧を振り下ろす。
サタンが受け止めた。
ガンッ!
鉄王の手甲と斧がぶつかる。
地面が沈んだ。
「ぐっ……!」
サタンの膝がわずかに折れる。
重装兵はそのまま斧を押し込んだ。
「傭兵ごときが!」
「サタン!」
こっこが援護へ向かおうとする。
だが、背後から別の敵が斬りかかってきた。
キィン!
ローグサーベルで受ける。
一人。
二人。
さらに三人。
こっこは押し込まれ、剣を握る手が痺れた。
「こっちも余裕ないんだけど!」
敵兵の一人が笑う。
「その小細工はもう通じん!」
「小細工じゃないよ」
こっこは敵の剣を受け流しながら、重装兵の足元へ視線を送った。
「準備だよ」
「何を――」
こっこは腰の最後の道具を取り出した。
小さな金属球。
「サタン、伏せて!」
「またか!」
こっこは金属球を重装兵の足元へ転がした。
次の瞬間。
パァン!
閃光が炸裂する。
重装兵の動きが止まった。
サタンは迷わなかった。
斧を押し返し、懐へ潜る。
「おおおおおっ!」
鉄王の手甲が、重装鎧の胸部へ叩き込まれた。
ドゴォン!
鎧が大きくへこむ。
重装兵のHPが一気に削れた。
それでも倒れない。
「まだだ!」
男が斧を振り回す。
サタンは一撃を避けたが、二撃目が肩を掠めた。
HPバーが赤に近づく。
「サタン!」
こっこは敵兵の剣を弾き、無理やり間合いを抜けた。
重装兵の背後へ回り込む。
「その鎧、丈夫そうだね!」
ローグサーベルを鎧の膝裏へ滑り込ませる。
《ディスアーム》ではない。
狙うのは、装備の継ぎ目。
キィン!
刃が鎧の留め具を断ち切った。
重装兵の片膝が落ちる。
「なにっ!?」
「サタン!」
「任せろ!」
サタンが両手を組み、全身の力を乗せて振り下ろした。
ドンッ!
重装兵の兜が地面へ叩きつけられる。
HPが赤へ落ちた。
「降参するか!」
「……まだ、だ!」
男は斧を握り直そうとする。
こっこはその手元へ剣を突きつけた。
「次に動いたら、指を狙う」
重装兵の動きが止まった。
周囲を見回す。
燃える荷馬車。
倒れた部下。
煙の中で立つサタン。
そして、自分の喉元へ向けられたローグサーベル。
「……降参だ」
その声が響いた瞬間、戦場の空気が変わった。
隊長格が武器を捨てた。
それを見た帝国兵たちの動きが鈍る。
ヴェストリア兵はその隙を逃さなかった。
「押し返せ!」
「敵隊長が降伏したぞ!」
「囲め!」
崩れかけていた隊列が、今度は一気に前へ出る。
帝国兵たちは抵抗を続けようとしたが、左右から挟まれ、武器を弾かれ、次々と地面へ押さえ込まれていった。
こっこは敵の武器を奪い、視界を奪い、足を止める。
サタンは投げる。
締める。
極める。
降参させる。
「次!」
「右!」
「おう!」
「後ろ二人!」
「多い!」
「じゃあ一人もらう!」
キィン!
《ディスアーム》。
「これで一人!」
「よし!」
いつの間にか、言葉すらほとんど必要なくなっていた。
サタンが前へ出る。
こっこが盤面を整える。
サタンが敵を制圧する。
こっこが次の敵を切り離す。
こっこが作った一瞬を、サタンが決定打へ変える。
サタンが引き受けた圧力を、こっこが正確に崩す。
二人の戦いは、単純な足し算ではなかった。
こっこの技巧が敵の隊列を乱し、サタンの怪力がその乱れを勝利へ押し広げる。
それを繰り返すたび、帝国兵の数は減り、ヴェストリア兵の隊列は立て直されていった。
やがて、帝国兵たちは次々と武器を地面へ置いていった。
「降参する!」
「俺もだ!」
「もう戦わない!」
最後の一人が剣を落とす。
カラン――。
平原に静寂が戻った。
ヴェストリア王国側。
――死者、ゼロ。
負傷者、数名。
オリエンタ帝国側。
――多数捕縛。
敵の奇襲によって一度は隊列を崩され、荷馬車まで失いかけた。
それでも、こっことサタンは互いの弱点を補い、敵の指揮官を降伏させることで戦況をひっくり返した。
こっこは敵の数を減らすことはできても、重装兵を正面から止める力を持たない。
サタンは圧倒的な力を持っていても、敵の群れを崩し、攻撃の起点を作ることはできない。
だからこそ、こっこが敵の足場と武器を奪い、サタンがそこへ拳を叩き込む。
サタンが敵の攻撃を受け止め、こっこが死角から勝利への道を切り開く。
二人が揃って初めて、この勝利は成立していた。
巡回部隊の兵士たちは、しばらく呆然としていた。
そして。
「うおおおおおおおおっ!!」
大歓声が上がった。
「なんだお前ら!」
「強すぎるだろ!」
「傭兵二人で何人捕まえたんだ!」
兵士たちが二人へ駆け寄ってくる。
肩を叩かれ、背中を叩かれ、サタンは少し困ったように頭を掻いた。
「俺だけじゃない」
そう言って、こっこを指す。
「あいつが戦いやすくしてくれた」
「いやいや」
こっこは手を振った。
「僕、ほとんど倒してないよ?」
サタンは呆れた顔をした。
「お前が武器を飛ばして、目を潰して、煙で分断して、ロープで転ばせたからだろ」
「そう?」
「そうだ!」
兵士の一人が笑った。
「いいコンビじゃないか!」
「…………」
こっことサタンは顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
この戦いは――。
一度は崩壊寸前まで追い込まれながらも、こっこが敵の動きを封じ、サタンがその隙を決定打へ変え、敵指揮官を捕縛して流れを覆した、ヴェストリア王国巡回部隊の完全勝利として記録された。
◇
――同時刻。
オリエンタ帝国、城塞都市。
酒場。
壁面には、傭兵たちの戦績が掲示されていた。
その前に立つ黒衣の剣士が一人。
キリトだった。
「…………」
隣にはギズメル。
二人とも無言だった。
表示されているのは、ヴェストリア王国側の戦果。
その中でも異様に伸びている項目がある。
《敵兵捕縛数》
キリトの眉がピクリと動いた。
「……やってくれたな」
低い声。
ギズメルも腕を組む。
「これは……」
じっと数字を見る。
「私たちへの挑戦ですね」
「だよな」
キリトが拳を握った。
ギズメルも拳を握る。
二人の背後で、オリエンタ帝国の傭兵たちが不思議そうにその様子を見ていた。
キリトは戦績表示を睨む。
そこには――。
《ヴェストリア王国》
傭兵――サタン。
そして。
傭兵――こっこ。
二人の名前が並んでいる。
「ギズメル」
「はい」
「次の巡回――」
「参加しましょう」
即答だった。
二人は同時に踵を返した。
こうして本人たちの知らないところで――。
ヴェストリア王国。
そしてオリエンタ帝国。
二組の傭兵による、
謎の捕縛数競争が始まろうとしていた。