エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
その頃――先手を取った二人
――オリエンタ帝国の酒場。
キリトとギズメルが《敵兵捕縛数》を睨みながら、固く拳を握っていた――。
その頃。
ヴェストリア王国、城塞都市。
「――酒場で戦績を見たらさ」
こっこは宿へ戻る道すがら、何でもないことのように言った。
「キリト君、次の巡回に必ず参加すると思う」
サタンが足を止めた。
「……は?」
「だから、キリト君とギズメル。次は出てくるよ」
「なんで分かるんだ?」
「だってキリト君だよ?」
「説明になってないぞ」
「負けず嫌いじゃん」
「…………」
サタンはしばらく黙った。
今日の戦闘。
捕縛数。
酒場に掲示される傭兵の戦績。
そして、反対陣営にはキリトとギズメルがいる。
そこまで考えて――。
「……なるほど」
サタンが感心したように唸った。
「相手の思考まで読んで次に行動するなんて……恐ろしい奴だよ。まったく」
「でしょ?」
こっこはニコニコしている。
サタンも腕を組んだ。
「なら次はいよいよ直接対決か」
「うん」
「参加するんだな?」
「もちろん」
サタンの目が輝いた。
「もう頂上決戦か!」
「いや……」
こっこの口元が――。
ニィ……。
不自然なほど吊り上がった。
「…………」
サタンの表情が固まった。
「おい」
「ん?」
「なんだ、その顔」
「何が?」
「悪い顔してるぞ、こっこ!」
こっこは周囲を確認した。
右を見る。
誰もいない。
左を見る。
誰もいない。
そして、後ろを見る。
やっぱり誰もいない。
「…………ふふ」
「怖い怖い怖い!」
こっこは指を一本立てた。
「サタン君」
「なんだよ」
「今回ね――」
妙に嬉しそうな声だった。
「お利口なアスナさんもいない」
「……うん」
二本目。
「ツッコミのリズもいない」
「……うん」
三本目。
「いい子ちゃんのシリカもいない」
「…………おい」
こっこは満面の笑みを浮かべた。
「つまり――」
ニヤァ……。
「やりたい放題だよ 」
「俺を巻き込むなよ 」
サタンの絶叫が城塞都市に響いた。
だが。
こっこはすでに聞いていなかった。
「キリト君なら、次は捕縛数を意識する」
「おい」
「ギズメルも乗る」
「おーい」
「となると、二人とも巡回部隊に同行して、積極的に敵兵を探すはず……」
「こっこ?」
歩きながら、ぶつぶつと考え始める。
「こっちの巡回周期と向こうの巡回周期……今日の接敵地点……部隊の進行速度……」
サタンの顔から、徐々に血の気が引いていった。
「待て」
「となれば――次に接触する可能性が高い場所は……」
「待て待て待て!」
こっこが振り返った。
「何?」
「お前……」
サタンが恐る恐る尋ねる。
「宝具、探すんだよな?」
「もちろん」
「戦争イベントを進めるんだよな?」
「当然じゃない」
「キリトと遊ぶイベントじゃないよな?」
「…………」
沈黙。
「おい」
「…………」
「こっち見ろ」
こっこは目を逸らした。
「こっこ 」
「宝具を探しながらキリト君とも遊べば効率いいじゃん!」
「目的と手段が逆転してるぞ!!」
だが――。
サタンはまだ知らなかった。
このとき、こっこの頭の中ではすでに。
『キリト君なら、どう動くか』
ではなく。
『キリト君を、どう動かすか』
へと、思考が切り替わり始めていたことを。
そして何より――。
普段なら。
「こっこさん、真面目にやってください!」
と止めるシリカはいない。
「何考えてんのよ、あんたは 」
と殴るリズもいない。
「遊びじゃないんですよ」
と正論を突きつけるアスナもいない。
いるのは――。
「…………」
隣で嫌な予感に震えるサタンだけ。
こっこは、その肩へ優しく手を置いた。
「サタン」
「……なんだ」
「楽しくなってきたね 」
「俺、陣営変えたい 」
残念ながら――。
一度登録した陣営は変更できない。
「よろしくね、相棒♥」
「このルール作った奴、出てこい!!」
ヴェストリア王国。
傭兵こっこ。
――完全に野放しであった。
「あいつ…… 」
「どうした、キリト?」
隣を歩くギズメルが怪訝そうに尋ねる。
「あいつ、今かなり危険なんだ」
「危険?」
「アスナ、リズ、シリカ……おまけにエンジニアのユリエールさんまで、このイベントじゃ枠外だ。つまり――」
キリトは真顔になった。
「こっこを止める人間がいない」
「…………」
「完全にタガが外れてるんだ! ヤバい。うかうかしてたら、こっちが手のひらの上で遊ばれる!」
ギズメルは首を傾げた。
「そんなに危険な男なのか? エルフの間では評判がいいぞ。失われた魔法を復活させた英雄だと聞いているが」
「英雄とか、そういう問題じゃないんだよ!」
キリトは力説する。
「やつは――ゴキブリです」
「……ゴキブリ?」
「わずかな隙間から入り込んで、気がついたら家中を自分のテリトリーにしてるやつです!」
「…………」
ギズメルはしばらく黙った。
エルフ界隈では英雄。
キリト界隈ではゴキブリ。
ずいぶん評価に幅のある男らしい。
そして――。
そのキリトの評価が正しかったことを、ギズメルは間もなく思い知ることになる。
◇ ◇ ◇
「……来た」
草原に伏せていたこっこが、小さく呟いた。
遠方から、土煙が上がっている。
規則正しく響く蹄の音。
オリエンタ帝国の巡回部隊だった。
だが、偶然遭遇したわけではない。
こっこは数日前から、この一帯を行き交う両軍の巡回部隊を観察していた。
一日目。
二日目。
三日目。
街道を通る時間。
休息を取る場所。
進路。
人数。
移動速度。
ヴェストリア王国とオリエンタ帝国。
双方の情報を地図へ書き込み、巡回周期を重ね合わせていく。
最初は数分単位のずれがあった。
だが同じ地点を通過するたびに時刻を書き込み、天候や人数による遅れまで照らし合わせると、その誤差は次第に絞り込めた。
「次にぶつかるのは……ここだな」
こっこが地図上の一点を指した。
両軍が次に遭遇する場所。
そして、おおよその時間。
そこまでは予測できた。
だが、こっこの狙いはその先にあった。
「問題は《ヴァイスソード》だ」
先日の戦闘。
オリエンタ帝国側はヴェストリア王国との衝突で大きな損失を出している。
ならば次も同じ戦力で来るとは考えにくい。
戦力を増強する。
あるいは――魔法宝具を投入する。
特に可能性が高いのが、先の開戦時に確認した《ヴァイスソード》。
騎士の突撃力を大幅に強化する魔法宝具だ。
平原戦。
騎馬。
そして前回の損失。
投入する条件は揃っている。
「たぶん次は、あれを使ってくる」
「そこまでは分かった。でも、どうやって奪う?」
サタンが腕を組む。
「速すぎるんだよ」
「だから厄介なんだろ?」
「逆」
こっこはニヤリと笑った。
「速すぎるから、そいつだけ前に出る」
「……なるほどな」
サタンも笑った。
ヴァイスソードを持つ騎士がその能力を最大限に使えば、通常の騎兵どころか歩兵主体の部隊では追従できない。
敵軍全体が速くなるのではない。
宝具を持った一騎だけが突出する。
ならば――。
孤立させられる。
「ただし、こっちが普通に進軍したら駄目だ」
こっこはヴェストリア王国軍の進路へ指を滑らせる。
「早すぎれば、向こうがヴァイスソードを使う前にぶつかる。遅すぎれば、オリエンタ側も隊列を整えてから接敵する」
「つまり?」
「ちょうどいい速度で進んでもらう」
こっこが笑う。
「向こうがこっちを発見して、『今なら宝具の騎士を先行させれば崩せる』と思う距離で鉢合わせするようにね」
その日から。
こっこはヴェストリア王国の巡回部隊に同行しながら、さりげなく進軍速度へ干渉した。
休憩を少し長くする。
逆に、開けた場所では歩みを速める。
装備の点検を提案する。
隊列が乱れれば整える時間を取らせる。
不自然にならない程度に。
少しずつ。
少しずつ。
巡回部隊の到着時刻を、自分が欲しい時間へ近づけていく。
数分。
また数分。
そうして最後には――。
オリエンタ帝国側が最も攻撃を仕掛けたくなる位置関係を作り上げた。
「こっこ」
「ん?」
「あざといな、お前……」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてない」
そして、その接触地点にはもう一つ。
前日から仕込みを施していた。
騎兵が最短距離を選ぶなら必ず通る、街道脇の浅い窪地。
周囲の草丈が高く、遠目には地面の状態を見分けにくい。
草の下に隠された泥濘。
踏み込めば馬の脚を取る程度に軟化させた地面。
敵を無理やり罠へ追い込む必要はない。
最速で突っ込もうとすれば、自然とそこを通る。
逃げ道を塞ぐのではなく――。
相手自身に、罠への最短経路を選ばせる。
巡回周期。
両軍の移動速度。
敵の損失。
宝具の性能。
騎馬の速度。
そして人間が戦場で取るであろう判断。
全部を重ね合わせて、一つの瞬間へ収束させる。
そして――。
その読みは、完璧に当たった。
「敵影!」
ヴェストリア王国の兵が叫ぶ。
平原の向こう。
オリエンタ帝国軍が姿を現した。
ほぼ同時。
互いの軍勢が相手を認識する。
そして――。
こっこが待っていたものが動いた。
オリエンタ帝国軍の中から、一騎の騎士が飛び出した。
その手には、白銀の輝きを放つ長剣。
《ヴァイスソード》
「ビンゴ✨️」
「本当に来やがった!」
サタンが楽しそうに拳を鳴らす。
白銀の剣が振り上げられる。
魔法光が騎馬を包み込んだ。
――加速。
一騎だけが、明らかに異常な速度で隊列から飛び出した。
後続の騎兵が離される。
歩兵など到底追いつけない。
十メートル。
二十メートル。
さらに距離が開く。
こっこが待っていた形だった。
「来た来た……そのまま、そのまま」
敵騎士から見れば、ヴェストリア王国軍はまだ突撃への対応を終えていない。
今なら崩せる。
そう見える。
いや。
そう見えるように、こっこがヴェストリア側の進軍速度を調整したのだ。
だが――。
「待て!」
オリエンタ側から声が飛んだ。
キリトだった。
ギズメルとともに行動していたキリトが、ヴェストリア軍の中にいるこっこの姿を発見する。
そして察した。
あいつが。
あんな楽しそうな顔で。
敵の突撃を眺めている。
絶対に何かある。
「止まれ! 突出するな!」
騎士が振り返る。
「何だ!?」
「そこは――!」
キリトの視線の先。
こっこが笑った。
「遅いよ、キリト君」
騎士が地面を踏み抜く。
――ズボッ!
「なっ!?」
地面が崩れた。
一見すれば普通の草原。
だが、その下は水を含ませて軟化させた泥濘だった。
しかも、ヴァイスソードによる加速が完全に裏目へ出た。
速度が出ていた分だけ、馬は深く踏み込む。
「ヒヒィィィン!」
「ぐおっ!?」
馬の脚が取られた。
騎士が大きく体勢を崩す。
それでもなんとか落馬を免れ、泥濘から抜け出そうとする。
「サタン!」
「任せろ!」
待ち構えていた巨体が飛び出した。
騎士が剣を構えるより早い。
サタンは懐へ潜り込む。
剣を持つ腕を取る。
「ぬおっ!?」
捻る。
肩を極める。
重心を奪う。
「ふんっ!」
ドシャッ!
騎士の身体が地面へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
そのまま腕を背中へ回し、関節を完全に極める。
「どうする? まだやるか?」
「ぐああっ! ま、参った! 降参だ!」
戦意喪失。
敵対判定が解除される。
「よし!」
こっこは騎士の手から離れた白銀の剣へ飛びついた。
《魔法宝具・ヴァイスソード》
取得。
「うひょー! 本当に取れたー!✨️」
「お前、自分で全部仕込んどいて何でそんなに驚いてるんだよ」
「計算通りでも実際に成功したら嬉しいでしょう!」
「まあ、それは分かるけどな」
そして。
こっこは顔を上げた。
オリエンタ帝国側。
そこには――。
こちらを睨んでいるキリトとギズメル。
目が合った。
「…………」
「…………」
こっこは満面の笑みを浮かべる。
ヴァイスソードを高々と掲げた。
「キーリトくーーーん!」
キリトの顔が引きつる。
「ギズメルさーーーん!✨️」
「……なんだ」
そして。
「あーばよーーー! 」
こっこが満面の笑みで、ブンブンと手を振る。
その横でサタンは――なぜか一歩前へ出た。
「…………」
両腕を持ち上げる。
肘を曲げる。
胸を張る。
鍛え抜かれた上腕二頭筋が、これでもかと盛り上がった。
――フロント・ダブル・バイセップス。
「……あーばよー 」
「 」
「 」
キリトの額に青筋が浮かぶ。
ギズメルの眉も、ぴくりと動いた。
「……キリト」
「はい 」
「あれは必要なのか?」
「絶対に必要ありません 」
すると。
遠くのサタンが二人の反応に気づいた。
「おっ?」
――受けた。
そう勘違いした。
「サタン! いいねえ! 」
「そうか? じゃあ、これならどうだ!」
「やめろぉぉぉ!! 」
キリトの制止など届くはずもない。
サタンは身体を横へ向けた。
片腕を曲げ、もう片方の腕で手首を掴む。
胸郭が大きく膨らむ。
――サイド・チェスト。
「ふんっ! ✨」
「………… 」
「………… 」
「まだやってるぞ」
「見なくていいです、ギズメル! あいつらの思う壺です!! 」
「しかし、今度は横を向いたぞ」
「実況しなくていいです!! 」
「キリト君ー! サタンの仕上がりどうー!? 」
「知るかぁぁぁぁ!! 」
平原にキリトの絶叫が響き渡った。
それを聞いたサタンは満足そうに頷く。
「よし、好評だな」
「大好評だね 」
「どこをどう解釈したらそうなるんだ!! 」
ギズメルは黙って二人を見つめていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……私はいったい、何と戦っているんだ?」
「考えたら負けです、ギズメル…… 」
敵陣営の二人が、妙なところで意気投合した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
だが。
こっこの計算は、ヴァイスソードを奪うところまでではなかった。
「今だ! 進め!」
ヴェストリア王国側から号令が飛ぶ。
止めていた進軍速度が――一気に上がった。
盾兵が前へ。
歩兵が続く。
騎兵隊が左右へ展開する。
一方のオリエンタ帝国軍は、先行させた騎士を失い、切り札であるヴァイスソードまで奪われている。
しかも、宝具持ちの騎士が突出した分だけ、本隊との間には距離ができていた。
その空白へ――。
ヴェストリア王国軍が雪崩れ込む。
「宝具を奪取したぞ!」
「敵の先鋒が崩れた!」
「押せぇぇぇっ!」
雄叫びが平原を震わせた。
こっこが調整していたのは、罠へ誘い込むための進軍速度だけではない。
罠が成功した瞬間。
ヴェストリア軍が、そのまま攻勢へ転じられる位置。
そこまで含めていた。
ヴェストリア王国の進撃が始まった。
キリトはその光景を見ながら、歯を食いしばる。
こっこは強敵を倒したわけではない。
軍を指揮したわけでもない。
ただ観察した。
巡回周期を測った。
前回の戦闘結果から、次に投入される戦力を予測した。
宝具の性能から、騎士が単騎で突出すると読んだ。
そして。
敵がその判断をする距離になるよう――味方の進軍速度まで調整した。
最後に、突出した一騎の足元へ罠を置いた。
それだけだった。
いや。
キリトは思う。
それを「それだけ」と呼んではいけない。
こっこは戦場で勝ったのではない。
戦闘が始まる前から、敵がどう動くかを予測し――。
敵自身に、こっこの望んだ行動を選ばせたのだ。
「……やっぱりヤバい」
キリトが呟く。
「何がだ?」
「こっこですよ」
遠くでは、奪ったヴァイスソードを眺めながら、こっこが何やらサタンと話している。
「放っておいたら、あいつ……」
嫌な確信があった。
「この戦争イベントそのものを、自分の遊び場にするぞ……!」
ギズメルは沈黙した。
そして先ほどの言葉を思い出す。
――わずかな隙間から入り込んで。
――気がついたら家中を自分のテリトリーにしている。
「…………」
ギズメルは遠くのこっこを見る。
当の本人はもう勝利の余韻などどこへやら。
地図を広げ、次の巡回経路を確認していた。
「キリト」
「はい?」
「訂正しよう」
「何をです?」
「ゴキブリという表現――」
ギズメルは真顔で言った。
「かなり的確だ」
「でしょう!? 」