エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
コボルドロードのHPゲージが、ついに最後の一本へと突入した。
あと少し。
あと少しで――第一層を突破できる。
長期戦による疲労が攻略組全体に蓄積していたが、それ以上に勝利への期待が膨れ上がっていた。
誰も死んでいない。
ここまでは、事前に共有された情報どおりだった。
キバオウ「ここまでは情報どおりやな!」
ディアベル「ああ!」
ディアベルは剣を握り直した。
そして、最後のHPゲージへ移行したコボルドロードを見据える。
ディアベル「ここは――私が出る!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
攻略組から歓声が上がる。
ディアベルと同じパーティーの仲間たちが、一斉に駆け出した。
サタン「ならば儂も行こう!!」
キリト「やめてぇぇ!! 」
今にも飛び出そうとするサタンの腰巻きを、キリトが慌てて掴んだ。
サタン「なぜ止める、キリト!」
キリト「ここまで来たからこそだよ! 今までどおり交代しながら削ればいいだろ!」
こっこ「僕もそう思う」
キリト「!」
キリトは思わず振り返った。
こっこは真剣な表情でコボルドロードを見つめている。
こっこ「あと少しなんだから、ここで無理をする必要はないよ。予定どおりにやろう」
キリト(まともだ……!)
この男がボス戦開始前に、
『コボルドって豚だから豚肉落とすかな?』
などと言っていた人物とは、とても思えない。
――だが。
ガランッ!!
重い金属音が響いた。
「……?」
攻略組の視線が、一斉にコボルドロードへ向けられる。
巨大な斧が床に落ちていた。
続いて――盾も投げ捨てられる。
ガァン!!
こっこ「武器を捨てた?」
コボルドロードが腰の後ろへ手を伸ばした。
そこから引き抜かれたのは、湾曲した長大な刀だった。
こっこ「……あれが最後の武器か」
事前情報では把握している。
最後のHPゲージに移行すると、コボルドロードは武器を《タルワール》へ変更する。
ならば、予定どおり――。
「……違う」
隣から聞こえた声に、こっこが振り向いた。
キリトの顔が青ざめていた。
こっこ「キリト?」
キリト「違う……!」
その声が震える。
そして次の瞬間――。
キリト「違う!! それはタルワールじゃない!!」
絶叫だった。
キリト「野太刀だ!! 全員、離れろぉぉぉ!!」
ディアベル「!?」
前線へ飛び込んだディアベルが振り返る。
こっこ「え? 違うの? なにが?」
こっこには判別できない。
どちらも湾曲した刀剣にしか見えなかった。
だが、キリトには分かる。
βテストで何度も見たタルワールとは、長さも構えも異なっている。
そして何より――。
キリト「曲刀スキルとカタナスキルはまったく違う! カタナには、囲まれた時に使う広範囲の――!」
遅かった。
ディアベルと仲間たちは、すでにコボルドロードを取り囲んでいた。
巨体が深く腰を沈める。
野太刀が淡い光を纏う。
ソードスキル発動の予兆。
《旋風車》。
キリト「散れぇぇぇぇぇ!!」
轟音とともに――巨体が跳躍した。
こっこ「なっ!?」
あれほど巨大な身体が宙を舞った。
高速回転。
野太刀が円を描く。
ギィィィン!!
「うわぁっ!」
一人の剣が弾き飛ばされる。
さらに回転。
そして――。
ディアベル「ぐっ!!」
野太刀がディアベルの剣を跳ね上げた。
防御が崩れる。
次の一撃。
下段から振り上げられた刃が――ディアベルを直撃した。
ズバァァン!!
ディアベル「がっ……!」
身体が宙へ放り出される。
HPゲージが猛烈な勢いで減少する。
黄色。
オレンジ。
そして――赤。
キリト「ディアベル!!」
だが、攻撃はまだ終わっていない。
コボルドロードは回転を続けている。
キリト「まずい! 広範囲攻撃だ!!」
誰も近づけない。
近づけば、同じように斬り飛ばされる。
そしてディアベルは、高く宙へ打ち上げられている。
こっこは一瞬だけ、その光景を見上げた。
だが――すぐに視線を下へ戻した。
敵を見る。
床を見る。
もう一度、敵を見る。
巨大な身体が回転しながら上昇している。
空中で軌道が変わる。
そして――。
こっこ(……あいつ)
攻撃方法など分からない。
カタナスキルも知らない。
《旋風車》という技名すら知らない。
でも。
こっこ(最後は――着地するよね?)
それだけは分かる。
こっこ「キリト!!」
キリト「!?」
「やつの着地のタイミングをカウントして!!」
キリト「えっ!?」
「早く!!」
こっこの表情を見て、キリトは質問するのをやめた。
空中のコボルドロードを見据える。
軌道を読む。
こっこは左手でウインドウを操作した。
ストレージ。
工具。
素材。
指が高速で動く。
そして――革袋を実体化させる。
ずしり、と重い。
中に入っているのは、クラフト用に用意していた大量の小さな鉄球だった。
キリト「5!!」
こっこが走る。
「4!!」
革袋の口を開く。
「3!!」
回転していたコボルドロードが頂点へ達する。
こっこ「みんな、下がって!!」
「2!!」
落下が始まる。
「1!!」
こっこ「いけえええええっ!!」
バラララララララッ!!
大量の鉄球が床へ撒き散らされた。
キバオウ「なんや!?」
サタン「むっ!?」
次の瞬間。
ズダァァァン!!
コボルドロードが着地した。
巨大な脚が石床を踏みしめる。
――はずだった。
ゴロッ。
足元で鉄球が転がった。
巨体がぐらりと傾く。
コボルドロード「グォ!?」
もう片方の脚で踏ん張る。
しかし――そこにも鉄球があった。
ゴロゴロッ!!
完全に体勢を崩した。
ドガァァァァン!!
巨大なコボルドロードが、盛大に転倒する。
その頭上に、一瞬だけ状態異常を示すアイコンが表示された。
《転倒》。
こっこ「入った!!」
キリト「マジかよ!?」
キバオウ「ボスが……」
攻略組の誰かが、呆然と呟いた。
「すっ転んだ……」
だが、こっこの目的はボスではない。
こっこ「キリト!! 上!!」
「!」
ディアベルが落下してくる。
キリトは即座に走った。
キリト「ディアベル!!」
両腕を伸ばす。
ドンッ!!
「ぐぅっ!!」
落下してきたディアベルを全身で受け止め、そのまま二人揃って床を転がった。
キリト「くっ……!」
すぐに身体を起こす。
腕の中にいるディアベルを見る。
HP――レッド。
ほんのわずか。
だが。
ゼロではない。
キリト「……生きてる」
震える声が漏れた。
キリト「生きてる……!」
すぐさま回復ポーションを取り出す。
キリト「ディアベル! 飲んで!」
ディアベル「……キリ……ト……」
「喋らなくていい!」
瓶を口元へ運び、少しずつ飲ませる。
赤く染まったHPゲージが、ゆっくりと回復を始めた。
それを確認して――ようやくキリトは息を吐いた。
「……なんでだよ」
ディアベル「……」
「なんで、あんな無茶を……」
ディアベルは答えなかった。
ただ、悔しそうに目を伏せる。
ラストアタック。
ボスへ最後の一撃を与えたプレイヤーだけが手にできる特別な報酬。
そして、攻略組を率いる者としての立場。
ディアベルには――どうしても手に入れたいものがあった。
だが、その理由をキリトが問い詰める時間はなかった。
ゴゴゴゴ……。
倒れていたコボルドロードが動き始める。
キリト「!」
まだ――終わっていない。
こっこ「みんな! 鉄球を踏まないで! 危ないから!!」
キバオウ「お前が撒いたんやろが!! 」
こっこ「しょうがないでしょ!! 他に思いつかなかったんだから!! 」
サタン「はーっはっはっは!! この程度の障害、儂には――」
ゴロッ。
サタン「む?」
ズルッ!!
ドガァン!!
サタン「ぐわぁぁぁぁ!!」
攻略組「……」
こっこ「だから言ったじゃん!! 」
キリト「……」
この状況でなければ、頭を抱えていただろう。
だが――。
野太刀を床へ突き立て、コボルドロードがゆっくりと起き上がる。
HPは残りわずか。
それでも、その威圧感は先ほどまでとは比較にならない。
βテストとは異なる武器。
未知の攻撃パターン。
ここから先――キリトの知識にも答えはない。
キリトはディアベルを仲間へ預け、立ち上がった。
こっこも革袋を投げ捨て、アニールブレードを抜く。
そしてサタンも、何事もなかったかのように立ち上がった。
サタン「ふっ……なかなかやるではないか、鉄球よ」
こっこ「鉄球と戦わないで!!」
コボルドロードが野太刀を構える。
キリトも剣を構えた。
その額を冷たい汗が伝う。
キリト「気をつけろ。ここから先は……俺も知らない」
こっこ「そっか」
キリト「βテストにはなかった戦いになる」
こっこは一度だけディアベルを見る。
生きている。
なら――今はそれでいい。
アニールブレードを握り直した。
こっこ「じゃあ、しょうがないね」
キリト「え?」
「分からないなら、見ながら考えよう」
それは攻略法でも、剣士としての心得でもない。
分からない故障を前にした時と同じだ。
観察して。
試して。
駄目なら変えて。
使えるものは何でも使う。
こっこ「ここからは――現場対応だ!」
サタン「はーっはっはっは!! よく言った!!」
キリト「……!」
三人の前で、コボルドロードが咆哮する。
キリトは剣を握り締めた。
第一層攻略戦。
本当の意味での未知の戦いが――ここから始まった。
コボルドロードは、床に伏した巨体をゆっくりと持ち上げた。
――むくり。
その動作だけで、周囲の空気が変わる。
先ほどまでとは明らかに違っていた。
赤く輝く双眸が、攻略隊を睨みつける。
いや――その視線は、明らかに一人へ向けられていた。
こっこ「……あれ、怒ってない?」
キリト「モンスターに感情なんて……」
言いかけて、キリトは口を閉じた。
獲物の抹殺を妨げられた。
そして何より、あの巨体を無様に転倒させられた。
ゲームのAIに本当に怒りという感情が存在するのかは分からない。
だが――。
《Illfang the Kobold Lord》
その姿から噴き出しているものを表現するなら、《憎悪》という言葉以外に思いつかなかった。
コボルドロード「グォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
轟音。
これまでで最大の雄叫びだった。
空気そのものが震え、攻略隊の何人かが思わず身を竦ませる。
直後。
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
広間の各所で、赤いポリゴンの光が弾けた。
キリト「――っ!?」
そこから姿を現したのは――
《Ruin Kobold Sentinel》
一体。
二体。
三体。
四体。
そして――五体。
キリト「五体同時!?」
アスナ「こんなに……!」
ただでさえ、攻略隊は消耗している。
ディアベルとその仲間たちは、先ほどの攻撃で大きなダメージを受けていた。
回復役もポーションの使用と交代に追われ、陣形を立て直しきれていない。
その隙を突くように、センチネルが一斉にリポップした。
キリト「まずい! 回復が間に合ってない!」
さらに、コボルドロードが野太刀を持ち上げた。
キリト「囲むな!!」
キリトは怒鳴った。
キリト「ボスを囲むな! またさっきの全体攻撃になるぞ!! 全員、散開!!」
「離れろ!」
「下がれ!」
「密集するな!」
攻略隊が慌ててコボルドロードから距離を取る。
――だが。
こっこ「……嫌な感じだね。」
キリト「え?」
こっこはアニールブレードを握ったまま、周囲を見渡した。
ボスから離れれば、当然ながら陣形は広がる。
そこへ――。
「ギャアアアッ!!」
五体のセンチネルが一斉に突撃してきた。
ガァン!!
「うわっ!」
「こっちに二体だ!」
「C班! 一体抜けたぞ!」
「回復中だ! 前に出られない!」
攻略隊が一気に分断される。
コボルドロードの全体攻撃を警戒すれば、密集できない。
だが、散開すればセンチネルに各個撃破される。
こっこ「混戦を誘ってる。」
キリト「……!」
こっこ「こいつ、自分から無理に攻めてこない。センチネルで僕たちを分断してるんだ。」
コボルドロードは中央に立ったまま、野太刀を構えてこちらを見ている。
まるで――。
獲物が崩れるのを待っているように。
その時だった。
エギル「だったら――乗ってやる必要はねえ!!」
巨大な斧が唸った。
ガァン!!
センチネルの棍棒を真正面から受け止める。
エギル「おおおおっ!!」
そのまま巨体を押し返し、センチネルをコボルドロードから引き離した。
エギル「C班! そいつを右へ引っ張れ!! D班は二体目だ!」
「エギル!?」
エギル「無理に倒そうとするな! まずボスから引き離せ! 回復が終わっていない奴は後ろへ下がれ!」
迷いのない指示が飛ぶ。
先ほどまで攻略隊をまとめていたディアベルは、もはや指揮を執れる状態ではない。
ならば。
誰かが、その穴を埋めなければならない。
エギル「E班とF班はカバーに回れ! HPが黄色の奴を前に出すな! センチネルは動ける奴から順番に潰すぞ!!」
「了解!」
「こっちは任せろ!」
「二体引き受ける!」
混乱しかけていた攻略隊が、再び動き始める。
ディアベルの欠けた穴を――。
エギルが埋めた。
こっこ「……すごい。」
キリト「ああ。」
派手な演説もない。
格好をつけた台詞もない。
ただ必要なことを、必要な相手へ伝えている。
だからこそ、皆が動けた。
エギル「キリト!!」
キリト「!」
センチネルと鍔迫り合いをしながら、エギルが叫ぶ。
エギル「そっちは任せる!」
キリト「そっちって……」
エギルの視線が動いた。
その先にいたのは、攻略隊の中央に立つコボルドロードだった。
キリト「……え?」
エギル「俺たちはセンチネルをやる!!」
キリト「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
エギル「頼んだぜ!!」
キリト「俺たちがボスを!?」
そう。
そこに残っていたのは――G班。
攻略会議で最後に編成されたパーティー。
余った者。
変わり者。
事情を抱えた者。
そして、どういうわけか一緒になった四人。
黒い片手剣使い――キリト。
フードを被った細剣使い――アスナ。
料理とクラフトに夢中になっている片手剣使い――こっこ。
そして。
サタン「はーっはっはっはっ!!」
素手。
キリト「…………。」
こっこ「…………。」
アスナ「…………。」
サタン「どうした?」
キリト「どうしたじゃないよ!!」
思わず叫んだ。
キリト「なんでよりによって、ボス担当が俺たちなんだよぉ!!」
こっこ「大丈夫。」
キリト「何か作戦が!?」
こっこ「ない✨」
キリト「大丈夫じゃない!!」
アスナ「は、はは……。」
だが。
笑っていられたのは、そこまでだった。
ズンッ――。
コボルドロードが、一歩踏み出した。
四人の表情が変わる。
周囲では、攻略隊とセンチネルが激突している。
剣戟。
怒号。
ポリゴンの爆散。
回復を求める声。
完全な混戦。
誰もこちらを助けられない。
そして目の前には――第一層のボス。
コボルドロードが野太刀を持ち上げた。
キリト「……来るぞ。」
アスナが細剣を構える。
サタンが腰を落とす。
そして、こっこもアニールブレードを握り直した。
怖い。
ものすごく怖い。
こんな巨大な敵を四人で相手にする予定など、最初からなかった。
そもそもG班の役割は、他の班から取り逃がしたセンチネルの掃討だったはずなのだ。
それが、どうして――。
こっこ「……あぶれ者のG班が、ボス担当かあ。」
キリト「今それ言う!?」
こっこ「人生って分からないね。」
キリト「ゲームの話だよ!!」
アスナ「来る!」
コボルドロードの脚に力が入った。
次の瞬間――。
ドンッ!!
巨体が床を蹴る。
一直線に向かってくる。
そして。
その赤い眼が捉えていたのは――。
こっこ「……あ。」
キリト「こっこ!!」
先ほど自分を転倒させた男。
コボルドロードは、明らかにこっこを狙っていた。
こっこ「やっぱり根に持ってるぅぅぅ!! 」
キリト「逃げろぉぉぉ!!」
アスナ「来るわ!!」
サタン「はーっはっはっはっ!! 面白い!!」
こっこ「サタンも逃げてぇぇぇ!! 」
第一層攻略戦。
当初の作戦は、すでに崩れていた。
指揮官ディアベルは戦線を離脱。
五体のセンチネルによって攻略隊は分断。
そして――。
最後に残された寄せ集めのG班が。
第一層ボス《Illfang the Kobold Lord》と、真正面から激突する。