エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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119 悪事はいづれバレますよ

酒場の壁に設置された大型モニターが、不意に明るく輝いた。

 

店内に流れていたざわめきが一瞬だけ途切れ、客たちの視線が一斉に壁へ集まる。誰かがグラスを置く音が響き、その直後、軽快なファンファーレとともに、見慣れつつある派手なタイトルロゴが画面いっぱいに踊った。

 

《紅玉宮からこんにちは♥》

 

「始まった……」

 

リズベットが嫌そうに呟いた。声には、また何か余計な騒ぎが始まるのではないかという、諦めにも似た警戒心が滲んでいる。

 

「最近、放送頻度上がってません?」

 

シリカが苦笑する。

 

「前は、もっと間が空いていた気がしますけど……」

 

「きゅるる?」

 

その肩ではピナが首を傾げていた。画面から流れる派手な音楽に興味を引かれたのか、長い耳をぴくぴくと動かしている。

 

同じテーブルにはランスロット、シンカー、ユリエールもいる。

 

第十一層で始まった《傭兵イベント》。

 

リズベットとシリカは城塞都市で説明を聞いた時点で、その危険性から参加を見送った。報酬や戦功に魅力がないわけではない。だが、プレイヤー同士が明確に敵味方へ分かれ、しかも戦場から簡単には離脱できないという仕組みは、二人にとってあまりにも危険に思えた。

 

ランスロットもまた中立の立場を維持。

 

シンカーとユリエールに至っては、攻略よりも技術支援を主とするエンジニア組である。彼らにとって戦場は、武器の性能や補給経路を検証する場所ではあっても、自ら剣を振るう場所ではなかった。

 

つまり――。

 

この場にいる全員が、今回の戦争を外側から眺める立場だった。

 

少なくとも、今のところは。

 

『皆さーん! こんにちはー♥』

 

画面の中では、例によって正体不明の女性実況者が元気よく手を振っている。背景には紅玉宮の豪華な内装が映し出され、彼女の周囲には、必要以上にきらびやかなエフェクトが舞っていた。

 

『本日の《紅玉宮からこんにちは♥》は特別企画!』

 

ジャジャン!

 

大げさな効果音とともに、画面いっぱいに文字が躍った。

 

《ヴェストリア王国VSオリエンタ帝国!》

 

《傭兵イベント・序盤戦ダイジェスト!》

 

リズベットの眉がぴくりと動く。

 

「……嫌な予感しかしないんだけど」

 

「同感です」

 

ランスロットが静かに頷いた。

 

『まずは現在までの傭兵戦績から、特に目立ったプレイヤーをご紹介しましょう!』

 

画面が切り替わった。

 

最初に映し出されたのは――。

 

馬上で《ヴァイスソード》を掲げ、全速力で戦場を駆け抜ける男だった。

 

土煙を巻き上げながら敵陣の側面を突破し、混乱する兵士たちの間を縫うように進んでいく。映像はやけに格好よく編集されており、こっこの表情まで、まるで歴戦の智将であるかのように映し出されていた。

 

《宝具奪取――こっこ!》

 

《獲得宝具:ヴァイスソード!》

 

さらに金色の文字が画面を埋め尽くす。

 

《智将降臨!》

 

「…………」

 

リズベットの目が据わった。

 

映像では、ヴェストリア王国の騎兵隊を利用しながら敵の進路を読み、相手の足並みを崩し、その隙を突いて宝具を奪取するまでが見事に編集されている。

 

実際には、こっこが騎兵隊の後ろに隠れながら、都合のいい瞬間だけ飛び出していった場面もあったはずだ。だが、放送ではそのあたりが巧妙に切り取られ、まるで最初からすべてを計算していたかのように仕立てられている。

 

しかも最後には――。

 

ヴァイスソードを掲げながら満面の笑み。

 

完全に調子に乗っていた。

 

『目的達成のためなら使えるものは何でも使う! 正面突破だけが戦争じゃない! 知略と悪知恵は紙一重! 見事、最初の宝具奪取に成功です!』

 

「誰が智将よ!」

 

リズベットが机を叩いた。

 

その衝撃で、テーブルの上のグラスがかすかに揺れる。

 

「悪知恵って自分で言われてますよ……」

 

シリカが遠い目になる。

 

「しかも、本人は褒められているつもりみたいですね」

 

「きゅるる……」

 

ピナも呆れたように鳴いた。

 

画面が切り替わる。

 

《敵兵捕縛数――サタン!》

 

《四十三人!》

 

「四十三!?」

 

シンカーが思わず声を上げた。

 

「それは……普通にすごい数字では?」

 

ユリエールも驚いたようにモニターを見つめる。

 

『イベント序盤にして驚異の四十三人! 敵を倒すのではなく、ひたすら捕らえる! 捕らえる! また捕らえる!』

 

映像の中でサタンが敵傭兵を投げ飛ばす。

 

次。

 

関節を極める。

 

次。

 

足を払う。

 

次。

 

羽交い締め。

 

さらに次。

 

敵兵が逃げようとしたところを背後から抱え上げ、そのまま地面へゆっくりと下ろす。殺傷を避けながら、相手の動きを完全に封じていく姿は、確かに見事だった。

 

『殺さず、確実に無力化! なんですかこの捕縛マシーンは!』

 

最後にはサタンが満面の笑みでボディビルダーのようなポージングを決めた。

 

「うおおおお! 」

 

画面の端には、

 

《筋肉は裏切らない!》

 

という意味不明なテロップまで出ている。

 

さらに背後では、なぜか炎のエフェクトが噴き上がり、サタンの筋肉が実際以上に強調されていた。

 

リズベットは頭を抱えた。

 

「あいつまで何やってんのよ……」

 

「でも、四十三人を倒さず捕まえてるんですよね?」

 

シリカが少し感心する。

 

「それだけの人数を相手にして、全員を生存させたまま制圧したなら、かなり高度な技術だと思います」

 

ランスロットも頷いた。

 

「そこは評価すべきでしょう。対人戦闘能力だけなら、すでに攻略組でも相当上位です」

 

「問題は、本人がその評価をどう受け止めているかですね」

 

シンカーが呟く。

 

画面の中では、サタンが自分の筋肉を指差しながら、何度もポーズを変えていた。

 

そして次。

 

画面いっぱいに花びらが舞った。

 

《凛子特別賞――ギズメル!》

 

「特別賞?」

 

全員が首を傾げる。

 

『敵捕獲数、四人!』

 

「普通じゃない?」

 

リズベットが即座に突っ込む。

 

「四十三人の後に出す数字ではないでしょう」

 

ランスロットも困惑したように眉を寄せた。

 

だが映像が流れた瞬間――。

 

全員が黙った。

 

剣を弾く。

 

足を払う。

 

相手の体勢が崩れた瞬間、懐へ滑り込む。

 

そのまま背後へ回り、首筋に剣を添えて降伏を促す。

 

一連の動作が、恐ろしく華麗だった。

 

無駄な動きが一切なく、相手が次に何をするのかを最初から見抜いているかのようだった。敵兵たちは抵抗する暇もなく、次々と武器を手放していく。

 

『美しい! 強い! そしてカッコいい!』

 

画面にキラキラしたエフェクトが舞う。

 

『華麗な剣技に敵兵も大喜びでした♥』

 

「喜んでないでしょ!」

 

リズベットのツッコミが酒場に響いた。

 

「どう見ても怯えてますよ、あれ!」

 

シリカも思わず画面を指差す。

 

映像の隅では、捕らえられた敵兵の一人が、明らかに引きつった表情で何度も頷いていた。

 

最後。

 

妙に間の抜けた効果音とともに、黒衣の剣士が映る。

 

《舐めてる奴でしょう!――キリト》

 

「……何、その賞?」

 

シンカーが困惑する。

 

「賞の名前として成立していませんよね?」

 

映像ではキリトがひたすら叫んでいた。

 

『こっこさん! それ絶対わざとだろ!』

 

『サタン! そこでポーズ取ってる場合か!』

 

『ギズメル! なんでちょっと嬉しそうなんだよ!』

 

『おい! 戦争しろよ!!』

 

どうやら戦場の緊張感を台無しにする三人へ、キリトが延々とツッコミを入れていたらしい。

 

しかし、彼の叫び声もまた、凛子によって面白おかしく編集されていた。

 

そして最後に――。

 

『キーリトくーん、あーばよー 』

 

馬で走り去るこっこ。

 

『あいつぅぅぅぅぅっ!! 』

 

追いかけるキリト。

 

画面停止。

 

《ツッコミのみ》

 

《戦果:特になし》

 

《なにやってるのさ 》

 

酒場が爆笑に包まれた。

 

あちこちから吹き出す声が上がり、隣のテーブルでは誰かが飲みかけの酒を盛大に噴き出している。

 

リズベットだけは額に青筋を浮かべていた。

 

「あのアホ……」

 

「でも……こっこさん、今まで以上に生き生きしてましたよ 」

 

シリカは困ったように笑う。

 

「戦場にいるのに、あんなに楽しそうな人って初めて見ました」

 

「きゅるる♪」

 

ピナまで楽しそうに鳴く。

 

「最近、全然帰ってこないと思ったら……」

 

ユリエールが深いため息をつく。

 

「あんな戦争ごっこに参加して……」

 

「ユリエール」

 

シンカーが小声で訂正する。

 

「あれ、モノホンだよ 」

 

「余計に駄目でしょう!」

 

もっともである。

 

戦争ごっこと呼ぶには、映像に映る戦場はあまりにも生々しかった。土煙、怒号、金属音、そして倒れたプレイヤーたち。編集によって明るく見せられてはいるものの、その裏にある危険まで消えているわけではない。

 

ランスロットも苦笑しながら画面を眺めていた。

 

「しかし……凛子さんが放送してくれるおかげで、現地に行かなくても状況が分かるのは助かりますね」

 

「そうですね」

 

シリカが頷く。

 

「私たちも城塞都市まで行って、初めて詳しいルールを知りましたから」

 

「それまでは、噂ばかりが先行していましたしね」

 

シンカーが補足する。

 

「参加すれば大金が稼げるとか、強力な武器が手に入るとか、逆に一度参加したら二度と戻れないとか……。どれが本当なのか、誰も把握できていませんでした」

 

「戦争に参加しない人間にとっても情報が入ってくるのはありがたいわね」

 

リズベットもそこだけは同意した。

 

だが――。

 

ランスロットの表情から、ゆっくりと笑みが消えた。

 

「……ただ」

 

その声に含まれた変化を感じ取り、全員が彼を見る。

 

ランスロットはモニターを見つめていた。

 

そこでは先ほどの戦績が再び一覧表示されている。

 

宝具。

 

捕縛報酬。

 

傭兵として得られるコル。

 

戦功によって与えられる特典。

 

そして何より――。

 

楽しそうに戦場を駆け回るプレイヤーたち。

 

画面の中の彼らは、危険な戦場にいるにもかかわらず、まるで新しい遊び場を見つけた子供のようだった。視聴者に向けて手を振り、派手な技を披露し、勝利すれば大げさに喜ぶ。

 

「これを見て……参加する人間が増えるのではないですか?」

 

「――!」

 

全員が息を呑んだ。

 

酒場の笑い声が、急に遠く感じられた。

 

確かにそうだ。

 

これまで《傭兵イベント》の詳しい内容を知るには、第十一層の城塞都市まで実際に赴き、衛兵から説明を聞く必要があった。

 

しかも一度所属を決めれば、反対陣営への変更はできない。

 

敵対城塞へ近づけば敵兵として認識される。

 

イベント対象外の層へ移動し、一週間以内に帰還しなければ傭兵登録そのものが抹消される。

 

死亡すれば――本当に死ぬ。

 

決して気軽に参加できるイベントではない。

 

だからこそ、これまでは慎重なプレイヤーが多かった。

 

参加を検討する者も、まずは情報を集め、経験者の話を聞き、危険性を理解したうえで判断していた。

 

だが今は違う。

 

《紅玉宮からこんにちは♥》によって、その情報が攻略済みの下層へまで広がっている。

 

しかも放送は、危険性を説明するより先に、派手な戦闘と魅力的な報酬を視聴者へ見せつけていた。

 

そして放送で強調されていたのは――。

 

危険性だけではない。

 

報酬。

 

コル。

 

強力な装備。

 

城塞都市で購入できる、一段上の武具。

 

さらに戦功ランキング。

 

「中層ゾーンから……上がってくるかもしれない」

 

シンカーが呟いた。

 

「攻略組に入れるほどじゃなくても、対人戦が得意なプレイヤーはいますからね」

 

「自分の実力を試したい人もいるでしょうし」

 

シリカの表情も曇る。

 

「今までなら、危険だからと諦めていた人たちも、あの映像を見たら考えを変えるかもしれません」

 

リズベットは腕を組んだ。

 

「それだけじゃないわ。装備を整えたい連中にとっては、コル稼ぎとして魅力的すぎる」

 

「普通にモンスターを狩るより、効率がいい可能性もありますからね」

 

シンカーが言う。

 

「もちろん危険は大きいですが、勝ち続ければ報酬も大きい。そう考える人間は必ず出てきます」

 

ユリエールが画面を見る。

 

先ほどまで笑っていた表情は、もうなかった。

 

「でも……相手もプレイヤーなんでしょう?」

 

その言葉に誰も答えなかった。

 

敵兵を倒すのとは違う。

 

モンスターを狩るのとも違う。

 

このイベントでは――。

 

プレイヤー同士が、敵味方に分かれる。

 

システムがそれを認めている。

 

そして報酬まで用意している。

 

敵を倒せば戦功が増え、宝具を奪えば名声が上がり、捕虜を取れば報酬が得られる。そこには、相手が同じ人間であることへの躊躇を薄める仕組みが、いくつも組み込まれていた。

 

ランスロットが静かに呟いた。

 

「問題は参加者が増えることだけではありません」

 

「……?」

 

「参加者が増えれば、戦場そのものが変わります」

 

ヴェストリア王国。

 

オリエンタ帝国。

 

今はまだ、限られた傭兵たちによる小規模な衝突だ。

 

だが数十人。

 

百人。

 

さらにその先まで増えたら――。

 

「プレイヤー同士の、本当の戦争になりかねない」

 

誰も笑わなかった。

 

酒場の喧騒は戻っていたが、彼らのテーブルだけは別の空気に包まれていた。誰もが画面の中で繰り広げられた派手な戦闘の裏側を想像している。

 

倒されたプレイヤー。

 

奪われた装備。

 

戻ってこなかった仲間。

 

そして、戦場へ向かうことを決める新たな参加者たち。

 

その時。

 

モニターの中で、凛子の明るい声が響いた。

 

『それでは皆さん! 次回の《紅玉宮からこんにちは♥》もお楽しみにー!』

 

画面いっぱいにハートが飛ぶ。

 

《SEE YOU NEXT TIME♥》

 

ぷつん。

 

放送が終わった。

 

モニターが暗くなり、そこには酒場の照明を反射した黒い画面だけが残る。

 

しばし沈黙。

 

そしてリズベットが、ぼそりと呟いた。

 

「……あの放送、完全に宣伝になってない?」

 

「……なってますね」

 

シリカが答えた。

 

「しかも、かなり効果的な宣伝です」

 

「きゅる……」

 

ピナまで不安そうに鳴く。

 

ランスロットは消えたモニターを見つめたままだった。

 

面白半分で戦場へ向かう者。

 

コルを求める者。

 

強い武器を求める者。

 

対人戦そのものを楽しむ者。

 

そして――それらを利用しようとする者。

 

第十一層で始まった戦争は、まだ序盤に過ぎない。

 

しかしその火種は。

 

《紅玉宮からこんにちは♥》という、とんでもなく明るい番組によって――。

 

アインクラッド中へ、ばら撒かれようとしていた。

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