エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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120 うまい話には裏がある

迫る悪意――《ラフィン・コフィン》

 

 どこかの層。

 

 どこかのフィールド。

 

 そして、人の寄りつかないダンジョンの最深部――。

 

 攻略組どころか、中層プレイヤーですら滅多に足を踏み入れないその場所に、いくつもの人影が潜んでいた。

 

 頭上に浮かぶカーソルは――《オレンジ》。

 

 犯罪者プレイヤー。

 

 彼らはそれを隠そうともしない。

 

 むしろ、その色を勲章のように受け入れていた。

 

 最近では、犯罪者プレイヤーがカルマを減少させるためのイベントやクエストも発見され始めている。

 

 罪を償い、再び通常のプレイヤーへ戻る道。

 

 しかし――。

 

 彼らは、そんなものには欠片ほどの興味も示さなかった。

 

 なぜなら。

 

 罪を消すつもりなど、最初からない。

 

 このダンジョンへ偶然迷い込んだプレイヤー。

 

 道を間違えた者。

 

 仲間とはぐれた者。

 

 そんな人間を襲い、装備を奪い、アイテムを奪い――時には命すら奪う。

 

 それを目的として集まった者たちだった。

 

 彼らにとって、オレンジカーソルは罰ではない。

 

 それは、自分たちが何者であるかを示す旗印だった。

 

 通常のプレイヤーが忌避し、距離を置き、視線を逸らす色。

 

 その色を頭上に掲げている限り、彼らは誰にも媚びる必要がない。

 

 善人のふりをする必要もない。

 

 正義を語る必要もない。

 

 ただ、欲しいものを奪い、邪魔なものを消し、恐怖を撒き散らせばいい。

 

 その集団には、すでに名前がある。

 

 《Laughing Coffin》。

 

 ――ラフィン・コフィン。

 

 もっとも、まだその名を知る者は少ない。

 

 第四層で攻略組と衝突したことで、一部のメンバーは顔を知られている。

 

 だからこそ彼らは、攻略組の前から姿を消した。

 

 活動を止めたわけではない。

 

 潜っただけだ。

 

 暗い場所へ。

 

 より深く。

 

 より見つかりにくい場所へ。

 

 そして――機会を待っていた。

 

 彼らは焦っていなかった。

 

 今すぐ大きな事件を起こす必要もなかった。

 

 名を売ることも、恐怖を誇示することも、まだ必要ではない。

 

 狩場が整い、獲物が集まり、逃げ道が塞がった時に動けばいい。

 

 その時まで、彼らはただ息を潜める。

 

 誰かが忘れた頃に。

 

 誰かが安心した頃に。

 

 誰もが、最悪の可能性を考えなくなった頃に。

 

 そして――機会を待っていた。

 

 その機会が、とうとうやってきた。

 

「……ククッ」

 

 薄暗いダンジョンの中。

 

 一人の男が笑っていた。

 

 PoH。

 

 彼の目の前には、入手したばかりの情報が並んでいる。

 

 第十一層から始まった大規模イベント。

 

 国家間戦争。

 

 《戦争加入傭兵志願》。

 

 そして、その特殊ルール。

 

 敵対国家へ所属したプレイヤー同士の戦闘は――通常の犯罪行為として処理されない。

 

 オレンジカーソル化しない。

 

 プレイヤー同士でありながら。

 

 システム上、殺し合うことが許されている。

 

「最高じゃねえか……」

 

 PoHの口角が、ゆっくりと吊り上がった。

 

 今までプレイヤーを殺すには、それなりの準備が必要だった。

 

 罠。

 

 誘導。

 

 睡眠。

 

 麻痺。

 

 毒。

 

 あるいは圏外へ連れ出すための話術。

 

 殺した後にはオレンジカーソルという明確な証拠まで残る。

 

 だが――今回のイベントは違う。

 

 敵国の傭兵なら。

 

 斬っていい。

 

 殺していい。

 

 そして死亡すれば、そのプレイヤーが持っていたコルや装備を失う可能性すらある。

 

 わざわざ騙してアイテムを差し出させる必要さえない。

 

 殺して。

 

 奪えばいい。

 

「ゲームのほうから殺せって言ってんだぜ?」

 

 PoHは笑った。

 

 その声には、歓喜よりも確信が滲んでいた。

 

 これは単なる殺し合いではない。

 

 システムが用意した、合法的な殺人の舞台だ。

 

 ならば必要なのは、腕力だけではない。

 

 誰を殺すか。

 

 どこで殺すか。

 

 誰に殺させるか。

 

 そして、誰に罪を背負わせるか。

 

 そこまで考えて初めて、この舞台を使いこなしたと言える。

 

 戦争という言葉は、人の判断を鈍らせる。

 

 敵と味方を単純に分け、敵ならば何をしても許されると思わせる。

 

 勝利という大義を掲げれば、普段なら躊躇する行為にも理由がつく。

 

 その心理を利用しない手はなかった。

 

 だが――。

 

 すぐに、その笑みが消えた。

 

「……少ねえな」

 

 参加者が。

 

 少なすぎる。

 

 イベントそのものが危険なのだ。

 

 説明を読めば、それなりの知能があるプレイヤーなら警戒する。

 

 攻略組ならなおさらだ。

 

 死亡の危険。

 

 装備喪失。

 

 コル喪失。

 

 敵対プレイヤーとの戦闘。

 

 しかも参加後は、簡単に陣営を乗り換えることもできない。

 

 面白いシステムだった。

 

 だが――。

 

 獲物がいなければ意味がない。

 

 PoHは、目の前の情報をもう一度見下ろした。

 

 参加者が少ない。

 

 ならば、増やす。

 

 危険を隠す必要はない。

 

 人間は、危険を知らないから動くのではない。

 

 利益が危険を上回ると思い込んだ時に動く。

 

 その思い込みさえ作ればいい。

 

 PoHは、情報の中から都合のいい部分だけを拾い上げた。

 

 危険を消すのではない。

 

 危険が見えなくなる角度から、光を当てる。

 

「だったら増やしゃいい」

 

 PoHが呟いた。

 

 その声には、思いつきではなく、すでに組み上がった手順の確信があった。

 

 参加者を増やす。

 

 戦場を広げる。

 

 そして、戦場へ向かう者たちの中に、自分たちの手先を紛れ込ませる。

 

 それだけで、戦争は勝手に血を流し始める。

 

 その視線が、一人の男へ向く。

 

「モルテ」

 

「はいはい」

 

 軽薄な笑みを浮かべた男が応じた。

 

「中層の連中に話を流せ」

 

「どんな?」

 

「嘘はいらねえ」

 

 PoHは笑った。

 

「本当のことだけ教えてやれ」

 

 モルテの目が細くなる。

 

 PoHは指を折った。

 

「城塞都市じゃ普段よりいい武器が買える」

 

 一つ。

 

「敵兵を倒せば報酬がある」

 

 二つ。

 

「宝具っていう、とんでもねえレアアイテムまで存在する」

 

 三つ。

 

「それに――」

 

 PoHの笑みが深くなる。

 

「敵国のプレイヤーを倒しても犯罪者にならねえ」

 

 モルテも笑った。

 

「なるほどねぇ」

 

 嘘ではない。

 

 すべて事実だ。

 

 だからこそ、疑われにくい。

 

 完全な嘘なら、どこかに綻びが出る。

 

 だが事実を並べるだけなら、聞き手の欲望が勝手に都合のいい物語を作ってくれる。

 

 危険について積極的に話す必要もない。

 

 装備を失うかもしれない。

 

 コルを失うかもしれない。

 

 殺されるかもしれない。

 

 そんなことは、参加する時にシステムが教えてくれる。

 

 彼らが説明する必要などなかった。

 

 むしろ、説明してはいけない。

 

 警告は相手を賢くする。

 

 欲望は相手を盲目にする。

 

「餌だけ見せろ」

 

「釣り針は?」

 

「見せる馬鹿がいるか?」

 

 二人が笑う。

 

 その笑い声は、ダンジョンの壁に反響し、何度も形を変えた。

 

 まるで、見えない誰かが周囲で笑っているようだった。

 

 PoHは、モルテの背中を見送りながら、静かに考えていた。

 

 人は自分で選んだと思っている時ほど、誘導されやすい。

 

 参加するのも。

 

 戦うのも。

 

 死ぬ場所へ向かうのも。

 

 全部、自分の意思だと思わせればいい。

 

 そうすれば、こちらは背中を押す必要すらない。

 

 むしろ、押したと気づかせてはいけない。

 

 道の先に欲しいものを置き、危険のある道を自分から選ばせる。

 

 その瞬間、失敗の責任まで相手自身のものになる。

 

 もし死んだとしても、誰もPoHを責められない。

 

 彼はただ、情報を伝えただけだ。

 

 参加を強制したわけではない。

 

 武器を握らせたわけでもない。

 

 戦場へ送り出したわけでもない。

 

 それでも、彼らが向かう先はPoHの望んだ場所になる。

 

 モルテは中層ゾーンへ向かった。

 

 攻略組ほど慎重ではなく。

 

 しかし初心者ほど臆病でもない。

 

 ある程度のレベルと装備を持ち、自分の実力に少し自信を持ち始めたプレイヤーたち。

 

 そこへ噂を流す。

 

 ――第十一層の戦争イベント、かなり稼げるらしい。

 

 ――城塞都市には通常より上位の武器がある。

 

 ――敵兵からレアアイテムが手に入るらしい。

 

 ――魔法宝具っていう、とんでもない物まであるらしいぞ。

 

 ――対人戦をしてもオレンジにならないらしい。

 

 少しずつ。

 

 少しずつ。

 

 餌を撒く。

 

 噂は、命令よりもよく人を動かす。

 

 誰かに命じられたなら警戒する。

 

 だが、偶然耳にした情報なら、自分で見つけた知識だと思い込む。

 

 その思い込みこそが、PoHにとって最も扱いやすい鎖だった。

 

 噂を聞いた者が、別の誰かへ伝える。

 

 その時には、もうPoHの名前は消えている。

 

 情報だけが独り歩きし、欲望だけが増幅される。

 

 最初は、ほんの小さな話だった。

 

 誰かが酒場で口にする。

 

 誰かが露店の前で囁く。

 

 誰かがパーティーの仲間に、面白そうな話として聞かせる。

 

 それが一人から二人へ。

 

 二人から十人へ。

 

 十人から、さらに多くのプレイヤーへと広がっていく。

 

 話が伝わるたびに、内容は少しずつ変わった。

 

 報酬はより豪華に。

 

 武器はより強力に。

 

 宝具は、まるで一つ手に入れれば攻略組にすら追いつけるかのように語られる。

 

 誰も命令されていない。

 

 誰も騙されたとは思わない。

 

 それでも、全員がPoHの望む方向へ歩いていく。

 

 その一方で。

 

 二人の男がすでに動いていた。

 

 ジョニー・ブラック。

 

 そしてザザ。

 

 二人は別々の陣営へ向かった。

 

 一人は《ヴェストリア王国》。

 

 もう一人は《オリエンタ帝国》。

 

 それぞれが傭兵として登録する。

 

 目的は戦争への参加ではない。

 

 調査だ。

 

 敵対判定が発生する条件。

 

 戦闘可能になる範囲。

 

 プレイヤーを倒した際のシステム処理。

 

 ドロップ。

 

 賞金。

 

 NPC兵との違い。

 

 そして――。

 

 どこまでやれば、《殺人》として扱われないのか。

 

 システムの境界線を探るためだった。

 

 彼らは、いきなり大きな行動には出なかった。

 

 まずは戦場を観察する。

 

 誰がどのタイミングで敵対判定を受けるのか。

 

 攻撃を受けた側が反撃した場合、どのように処理されるのか。

 

 戦闘中に第三者が割り込んだ場合、その第三者は敵と見なされるのか。

 

 倒されたプレイヤーのアイテムは、どの程度の確率で失われるのか。

 

 システムメッセージは、周囲のプレイヤーにも表示されるのか。

 

 一つ一つは些細な確認だった。

 

 だが、積み重ねれば、他の誰も知らない地図になる。

 

 その地図には、道だけではなく、崖の位置も、足場の崩れる場所も記されている。

 

 PoH自身は動かない。

 

 まだ。

 

 どちらの国にも属さず、中立のまま情報を集める。

 

 誰よりもこのイベントを楽しみにしている男が。

 

 誰よりも慎重に。

 

 ルールを調べていた。

 

 自分が刃を振るう必要はない。

 

 他人が作った規則の隙間に、刃を置けばいい。

 

 その刃に誰かが触れれば、傷つくのは相手だ。

 

 PoHは、そういう勝ち方を好んでいた。

 

 正面から勝つよりも、相手が自分で踏み込んだ場所に罠があるほうがいい。

 

 相手が規則を信じ、正しい選択をしたつもりでいるほど、その罠は深くなる。

 

 そして――。

 

 もう一つ。

 

 PoHたちは気付いていた。

 

 このイベントには、戦争そのものとは別の《穴》がある。

 

 主街区《タフト》。

 

 そして迷宮区。

 

 そこは国家戦争とは切り離された、中立領域。

 

 ならば当然――。

 

 戦争に参加したプレイヤーも戻ってくる。

 

 補給のため。

 

 休息のため。

 

 迷宮攻略のため。

 

 そして。

 

 安全だと思って。

 

 戦場で傷ついたプレイヤーは、必ず安全な場所を求める。

 

 回復アイテムを買うため。

 

 失った装備を補うため。

 

 仲間と合流するため。

 

 あるいは、ただ一度、剣を置いて息をつくため。

 

 その帰還の道筋は、戦場へ向かう時よりも無防備になる。

 

 戦場へ向かう者は、これから危険があると知っている。

 

 だが、戦場から戻る者は、危険を抜けたと思っている。

 

 その認識の差が、致命的な隙を生む。

 

「中じゃ殺せねえ」

 

 PoHが呟く。

 

「だったら――」

 

 指が地図をなぞった。

 

 タフトの外。

 

 迷宮区からフィールドへ戻る地点。

 

 中立領域と圏外。

 

 安全と危険。

 

 その境界。

 

 PoHの指が、そこで止まった。

 

 境界は、弱点だ。

 

 人は安全な場所から出る瞬間に、最も無防備になる。

 

 危険を警戒し始めるには早く。

 

 安全だと信じるには、もう遅い。

 

 しかも、そこでは誰もが一度、気持ちを切り替える。

 

 迷宮を抜けた。

 

 帰れる。

 

 補給できる。

 

 仲間の待つ場所へ戻れる。

 

 その安堵が、視線を前へ向けさせる。

 

 背後を確認する理由を奪う。

 

 境界を越えた瞬間、プレイヤーたちは自分が再び狩場へ戻ったことを思い出す。

 

 しかし、その思い出しが一瞬遅れれば十分だった。

 

 最初の一撃が入る。

 

 誰かが叫ぶ。

 

 仲間が振り返る。

 

 その時には、すでに隊列が崩れている。

 

「出てきた瞬間を狙えばいい」

 

 国家など関係ない。

 

 戦争イベントに夢中になっている連中の中には、敵国ばかりを警戒する者も出てくるだろう。

 

 背後にいる――《中立》を忘れて。

 

 そして充分な人数が集まった時。

 

 モルテも動く。

 

 ヴェストリアでもない。

 

 オリエンタでもない。

 

 第三者として。

 

 戦争という巨大な騒乱に紛れて。

 

 狩る。

 

 どちらが勝つかなど、どうでもいい。

 

 戦争が長引けば、それだけ獲物が増える。

 

 プレイヤー同士が疑い合えば、もっといい。

 

 疑心暗鬼になればなるほど。

 

 彼らは孤立する。

 

 孤立したプレイヤーほど――。

 

 狩りやすい。

 

 PoHにとって、戦争は勝敗を競うものではなかった。

 

 勝者も敗者も、等しく消耗する。

 

 装備を失い、仲間を失い、判断力を失う。

 

 その最後に残るのは、疲れた獲物だけだ。

 

 勝利した側は、勝ったという安心から警戒を緩める。

 

 敗北した側は、敗れたという焦りから仲間を疑う。

 

 どちらも、狙う側にとっては扱いやすい。

 

 勝者には油断があり。

 

 敗者には混乱がある。

 

 そして、その両方を戦争は大量に生み出す。

 

「いいイベントじゃねえか」

 

 PoHが立ち上がった。

 

 暗闇の中で。

 

 その口元だけが、歪んで見えた。

 

「戦争なんだからよ」

 

 誰かが死んでも。

 

「誰が殺したかなんて――」

 

 分からなくなる。

 

 その言葉を口にした瞬間、PoHの脳裏にはすでにいくつもの光景が浮かんでいた。

 

 敵国の兵士に見せかけた襲撃。

 

 混乱に紛れた背後からの一撃。

 

 仲間を疑い始めた集団。

 

 そして、誰も責任を取れない死体。

 

 必要なのは、勝つことではない。

 

 疑いを残すことだ。

 

 疑いは、刃より長く人を傷つける。

 

 一人を殺すだけなら、ただの事件で終わる。

 

 だが、誰が敵で、誰が味方か分からなくなれば、残った者たちは互いに互いを監視し始める。

 

 その瞬間、集団は内側から崩れる。

 

 昨日まで背中を預けていた仲間が、今日は疑わしい存在になる。

 

 何気ない視線が敵意に見える。

 

 遅れた返事が裏切りの証拠に見える。

 

 誰かが武器を持ち替えただけで、先制攻撃を考える者が現れる。

 

 そうなれば、PoHたちが直接手を下す必要すらなくなる。

 

 恐怖が恐怖を呼び、疑いが疑いを生む。

 

 集団は、自分たちの手で自分たちを傷つけ始める。

 

 PoHが欲しいのは死体の数だけではない。

 

 疑いによって生まれる孤立。

 

 孤立によって生まれる、次の死体だった。

 

 笑い声が、ダンジョンの奥へ響いていく。

 

 まだ。

 

 攻略組は知らない。

 

 こっこも。

 

 キリトも。

 

 サタンも。

 

 ギズメルも。

 

 二つの国家が争う盤上へ――。

 

 すでに《第三の悪意》が駒を置き始めていることを。

 

 しかもその駒は、敵国の兵士の姿をしているとは限らない。

 

 味方の顔をし。

 

 中立の顔をし。

 

 時には、善意の助言者の顔をして、彼らの選択を少しずつ歪めていく。

 

 誰かが「危険だ」と警告しても、その警告さえ利用される。

 

 危険を強調すれば、別の場所へ誘導できる。

 

 安全を強調すれば、別の場所へ誘導できる。

 

 どちらを選んでも、選択肢の先にはPoHたちが待っている。

 

 盤上に置かれた駒は、まだ少ない。

 

 しかし、駒を動かす手はすでに増え始めていた。

 

 噂を聞いた者。

 

 噂を伝えた者。

 

 戦争に参加した者。

 

 中立を信じて迷宮区へ戻る者。

 

 その誰もが、自分は自由に動いていると思っている。

 

 だが、盤上全体を見下ろす者にとって、自由な動きほど予測しやすいものはない。

 

 《ラフィン・コフィン》。

 

 その名がアインクラッド全体に知れ渡る日は――。

 

 まだ、来ていなかった。

 

 けれど、その名を知らないまま、彼らの手のひらの上へ歩き出す者たちは、すでに増え始めていた。

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