エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第226話 予兆
「……170人?」
第十一層、ヴェストリア王国の城塞都市《テーム》。
その酒場に掲示された傭兵情報を眺めながら、俺は思わず声を上げた。
「おいおい……ちょっと待ってくれよ」
何度見直しても数字は変わらない。
《戦争イベント参加プレイヤー総数:170名》
ヴェストリア王国、オリエンタ帝国。
両陣営に登録されたプレイヤーの合計人数である。
「サタン。これ、どう思う?」
「どうって……ずいぶん増えたな。最初は数えるほどしかいなかっただろ?」
「うん。増えすぎなんだよ」
キリト君が宝具《ゼクティブス》を入手してから、わずか二日。
それまで参加者が伸び悩んでいた戦争イベントに、突然大量のプレイヤーが流入していた。
しかも――。
「おかしいなあ……」
「何がだ?」
「参加者の顔ぶれだよ」
俺は酒場を見渡した。
見覚えのないプレイヤーたちが、テーブルを囲んで騒いでいる。
装備を見る限り、最前線で活動する攻略組ではない。
武器の強化段階も、鎧の品質も、俺たちより明らかに低い。
「中層ゾーンの連中だな」
サタンも気づいたらしい。
「そう。しかも、戦争イベントの危険性を理解しているようには見えない」
「……ちょっと話を聞いてみるか」
「そうしよう」
俺たちは近くのテーブルへ向かった。
そこでは五人組のプレイヤーが、酒を片手に盛り上がっていた。
「こんにちは。ちょっといいかな?」
「ん? なんだ?」
「君たち、最近このイベントに参加したの?」
「ああ! 昨日登録したばっかりだぜ!」
「へえ。どうして参加しようと思ったの?」
すると、彼らは顔を見合わせた。
「だって、すげえ儲かるって聞いたからさ!」
「儲かる?」
「そうそう! 敵の傭兵を倒せば、装備もコルも手に入るんだろ?」
「しかも宝具っていうレアアイテムもあるらしいしな!」
「攻略組ばっかりいい思いしてるんだから、俺たちにもチャンスがあっていいだろ?」
……なるほど。
「その話、誰から聞いたの?」
「え?」
「このイベントが儲かるって話だよ」
「ああ、名前は知らないけど……中層の酒場で教えてくれた奴がいたんだ」
「どんな人?」
「フードをかぶった男だったかな。いろんな奴に声をかけてたぜ」
「へえ……」
「なんでも、敵国のプレイヤーを倒しても犯罪者にならないんだってな! だったら普通の狩りより儲かるじゃん!」
「……そうだね」
俺は笑顔を崩さなかった。
だが、内心では警報が鳴り響いていた。
「ちなみに、相手に倒されたらどうなるか知ってる?」
「そりゃ、装備を取られるんだろ?」
「それだけ?」
「え?」
「相手が攻撃をやめなかったら?」
「……いや、普通は降参したら終わりだろ?」
「それを保証するルールはないよ」
五人の表情が変わった。
「敵国のプレイヤーを殺しても犯罪者にならない。君たちが聞いた話は間違っていない」
俺は続けた。
「でもね。それは君たちを殺しても、相手が犯罪者にならないという意味でもあるんだ」
「…………」
「ここはデスゲームだよ。HPがゼロになれば、本当に死ぬ」
酒場の喧騒が、妙に遠く感じられた。
「悪いことは言わない。参加を続けるなら、もう一度ルールを確認してほしい。宝具より命のほうが大切だからね」
俺たちは席を離れた。
背後では、先ほどまで浮かれていた五人が、小声で話し合っていた。
---
「こっこ。どう思う?」
酒場を出たところで、サタンが尋ねてきた。
「……黒だね」
「黒?」
「誰かが意図的に参加者を増やしている」
「宝具目当てじゃないのか?」
「それだけなら、危険性も説明するはずだよ。ところが、聞こえてくるのは儲け話ばかり」
俺はメニューを開き、これまで記録していた情報を呼び出した。
「それに、妙なんだよ」
「何がだ?」
「このイベント、参加者が増えれば増えるほど、ある連中にとって都合がよくなる」
「……ある連中?」
「PKだよ」
サタンの表情が険しくなった。
「……詳しく聞かせろ」
俺は壁際に移動し、声を落とした。
「まず、普通のフィールドでプレイヤーを殺害すれば、犯罪者として扱われる。カーソルがオレンジになるし、攻略組にも警戒される」
「ああ」
「ところが、この戦争イベントでは敵国の傭兵を殺害しても犯罪者にならない」
「……そうだな」
「しかも、倒した相手の装備やコルを奪える」
「…………」
「つまり、合法的にプレイヤーを殺して、財産を奪えるんだよ」
サタンの拳が握り締められた。
「それだけじゃない」
俺は続ける。
「考えてみて。中層プレイヤーが大量に参加したら、どうなる?」
「……戦争が激しくなる」
「うん。でも、装備もレベルも攻略組には及ばない。戦闘経験だって不足している」
「……狩られる側になるってことか」
「そう」
俺は指を一本立てた。
「一つ目。PK集団が片方の陣営に登録して、反対側の弱いプレイヤーを狙う」
二本目。
「二つ目。両陣営に仲間を送り込んで、獲物の情報を共有する」
三本目。
「三つ目。仲間が安全な狩場を紹介すると称して、敵国の待ち伏せ地点へ誘導する」
「……おい」
四本目。
「四つ目。相手を殺さずに捕縛し、装備やコルを要求する。拒否されたら殺すと脅す」
「こっこ……!」
「そして五つ目」
俺は声を低くした。
「中層プレイヤーを餌にして、救援に駆けつけた攻略組を襲う」
サタンが絶句した。
「……そこまでやるのか?」
「やれるんだよ。このルールなら」
もちろん、同じ陣営のプレイヤーを攻撃すれば通常の犯罪行為になる。
迷宮区でのPKも例外ではない。
だが、敵国の傭兵同士なら話は別だ。
このイベントは、戦争という名目でプレイヤー同士の殺害を許可している。
それ自体はゲームの仕様だ。
問題は――。
「その仕様を悪用する連中がいたら、どうなるかってことだよ」
サタンの拳が震えた。
「……ふざけるな」
低い声だった。
「同じ場所に閉じ込められて、みんな必死に生きてるんだぞ」
「うん」
「そんな連中を、金や装備のために殺すっていうのか!」
「……そういう奴がいることは、残念ながら知ってるよ」
俺たちは以前、第四層であるPK集団と遭遇している。
《ラフィン・コフィン》。
あの連中の顔が、脳裏をよぎった。
「まさか……」
サタンも気づいたらしい。
「まだ断定できない」
俺は首を振った。
「でも、可能性は十分ある」
「だったら止めようぜ!」
「もちろん」
「今すぐだ!」
「ただし、誰が扇動しているのか、どこで襲撃が行われるのか、それを確認する必要がある」
「……証拠か」
「うん。単に危険だからイベントをやめろと言っても、みんな聞いてくれない」
俺は酒場を振り返った。
「宝具に目がくらんでいる人もいる。儲け話を信じている人もいる。実際にこのイベントを楽しんでいる人だっている」
「……そうだな」
「だからこそ、敵を見つけないといけない」
サタンは大きく息を吐いた。
「わかった。俺も動く」
「頼むよ」
「ただし、ひとつ約束しろ」
「何?」
「一人で突っ走るな」
……おや?
いつも俺が言う台詞を、先に取られてしまった。
「信用ないなあ」
「普段の行いだ!」
「ぐぬぬ……」
だが、今回ばかりは反論できなかった。
---
その日の夕方。
俺たちのもとに、予想外の知らせが届いた。
【第十一層フロアボス討伐完了】
【第十二層への転移門が開放されました】
「……え?」
俺はメッセージを二度見した。
「おいおい、もう突破したのか!?」
サタンも驚いていた。
第十一層攻略開始から、わずか五日。
《血盟騎士団》のアスナさんを中心に、《TPO》、エンジニア隊、クライン率いる《風林火山》、そしてエギルたち攻略組が協力してフロアボスを撃破したという。
攻略組の進軍速度は、明らかに上がっていた。
ヒースクリフの参加。
アスナさんの指揮能力。
各ギルドの連携強化。
それらが噛み合った結果だろう。
「……すごいな、アスナさん」
俺は素直に感心した。
しかし、その直後。
メッセージが届いた。
送信者は、もちろんアスナさんだった。
『第十一層を突破しました。第十二層の攻略準備を始めます。こっこさんとサタンさんも合流してください』
「……さて」
俺は返信画面を開いた。
『おめでとうございます! 素晴らしい攻略速度ですね。ただ、僕とサタンはしばらく前線に戻れません』
送信。
数秒後。
『……どういうことですか?』
早い。
『戦争イベントで問題が発生しています。しばらく調査します』
さらに数秒後。
『またですか!?』
……怒ってる。
間違いなく怒ってる。
『また、とは心外ですねえ』
『こっこさん!』
おっと。
文章からでも怒気が伝わってくる。
『攻略組がどれだけ頑張っているかわかっていますか!? みんな一日でも早く、この世界から脱出したいんです!』
『もちろん理解しています』
『だったら、どうして!?』
俺は少し考えてから返信した。
『このままだと、中層プレイヤーに大量の犠牲者が出る可能性があります』
しばらく返信が止まった。
そして。
『……根拠はあるんですか?』
『あります』
『具体的には?』
『参加者の異常増加、危険性を説明しない勧誘、そして戦争イベントの特殊なPKルールです』
『それだけですか?』
『現時点では』
『こっこさん。それは推測です』
……そう来たか。
『ええ。推測ですよ』
『だったら、まず攻略を優先するべきです。第十二層の攻略を遅らせる理由にはなりません』
俺は画面を見つめた。
アスナさんの言っていることは正しい。
この世界から脱出するためには、百層を突破しなければならない。
一日でも早く攻略を進めれば、それだけ多くの人が救われる。
彼女は、そのために血盟騎士団へ入ったのだから。
だが――。
『アスナさん。僕はエンジニアです』
『……それが何か?』
『機械が故障する前には、たいてい兆候があります』
『…………』
『異音、振動、温度上昇、動作時間の変化。ひとつだけなら偶然かもしれない。でも、複数の異常が同時に発生したら、重大な故障を疑います』
俺は続けた。
『今回のイベントも同じです』
『こっこさん……』
『故障してから修理するより、故障する前に止めるほうがいい。人命に関わる装置なら、なおさらです』
『ですが、ここは機械ではありません!』
……その通りだ。
『ええ。だから厄介なんです』
俺は返信した。
『機械なら停止できます。でも、人間はそう簡単には止まりません』
『…………』
『そして、悪意を持った人間は、自分から故障していると教えてくれない』
長い沈黙。
やがて、返信が届いた。
『こっこさん。私はあなたの経験を否定しているわけではありません』
『わかっています』
『でも、攻略組全体を動かすには、確かな証拠が必要です』
『その通りです』
『……だったら』
『だから、僕が確認します』
俺は続けた。
『この予測が外れたら、僕の取り越し苦労です。それなら笑い話で済みます』
『…………』
『でも、当たったら?』
返信が止まった。
『誰かが死んでからでは遅いんですよ』
送信。
今度は、なかなか返事が来なかった。
---
同じ頃。
第十二層の主街区。
攻略を終えたアスナは、宿屋の一室でメッセージ画面を睨んでいた。
「……勝手すぎるわ」
彼女は小さく呟いた。
こっこの言い分は理解できる。
中層プレイヤーを危険から守りたい。
それは正しい。
だが、今この瞬間にも、アインクラッドのどこかで誰かが死んでいるかもしれない。
攻略が一日遅れれば、その一日分だけ犠牲者が増える可能性もある。
だからこそ、彼女は最前線に立っている。
「……どうして、あの人はいつも」
アスナは唇を噛んだ。
こっこは決して無責任な人間ではない。
むしろ、誰よりも責任を背負おうとする。
それがわかっているからこそ、腹が立つ。
「一人で全部背負おうとしないでよ……」
そのとき。
新しいメッセージが届いた。
送信者はキリトだった。
『アスナ。俺もしばらく攻略から離れる』
「……は?」
思わず声が漏れた。
『キリト君まで!?』
『戦争イベントを調べたい。こっことは別行動だけど、同じ異常を感じてる』
『あなたたち、示し合わせたの!?』
『いや。むしろ、あいつとは宝具を巡って競争中だ』
「……何をやってるのよ、あの二人は!」
アスナは頭を抱えた。
キリトから、さらにメッセージが届く。
『でも、今回ばかりはあいつの考えに賛成だ』
『どうして?』
『敵国の傭兵を殺しても犯罪者にならない。このルールを悪用する奴が現れたら、かなり危険だ』
『それは、こっこさんから聞いたわ』
『俺も気になっていたんだ。中層プレイヤーが急に増えすぎている』
アスナは目を閉じた。
こっこだけではない。
キリトまで同じ結論に至っている。
『……二人とも、証拠はないのね?』
『今はまだ』
『だったら!』
『でも、何か起きてからじゃ遅い』
その文章を読んで、アスナは言葉を失った。
まったく同じことを、こっこも言っていた。
「……本当に、勝手なんだから」
アスナは大きく息を吐いた。
そして、返信した。
『わかりました。ただし、攻略組の人員を無制限に割くことはできません』
『ああ』
『危険を確認したら、必ず報告してください。勝手に戦わないこと』
『了解』
『それから』
『ん?』
『絶対に死なないで』
しばらくして。
『わかってる』
短い返信が届いた。
アスナは画面を閉じた。
「……もう」
彼女は窓の外を見つめた。
攻略組は、確かに前進している。
だが、その足元では、別の戦いが始まろうとしていた。
---
翌日。
俺はヴェストリア王国の酒場にいた。
サタンは朝から周辺フィールドを巡回している。
俺は参加者の増減と、傭兵ランキングの変化を確認していた。
「……増えてるなあ」
登録者はさらに増加していた。
しかも、低レベル帯のプレイヤーが目立つ。
「まったく……」
俺はため息をついた。
昨夜、何人かに注意を呼びかけた。
だが、耳を貸してくれない者も多かった。
「せっかくのチャンスを邪魔するな」
「攻略組は自分たちだけいい装備を独占したいんだろ」
そんな言葉まで浴びせられた。
……まあ、そう思われても仕方がない。
俺たち攻略組が、一般プレイヤーより多くの情報や装備を持っているのは事実なのだから。
「さて……」
酒場の掲示板に目を向ける。
そこで、違和感を覚えた。
「……ん?」
ランキングが更新されていた。
敵傭兵撃破数。
敵傭兵捕縛数。
獲得コル。
それぞれの数字が、前日より大幅に増えている。
「……おかしい」
戦争イベントなのだから、戦闘が増えること自体は不思議ではない。
だが、増加の仕方が異常だった。
特定のプレイヤーに、撃破数が集中している。
しかも、その名前の多くに見覚えがない。
「……サタン」
俺はメッセージを送ろうとした。
その瞬間。
視界の端に、システム通知が現れた。
【プレイヤー死亡情報が更新されました】
……嫌な予感がした。
俺は急いでメニューを開く。
黒鉄宮の《生命の碑》に記録される死亡情報。
その情報を確認できるよう、エンジニア隊を通じて共有されている死亡記録の報告が届いていた。
「…………」
数字を見た瞬間。
俺は言葉を失った。
【本日確認されたプレイヤー死亡者数:23名】
「……二十三?」
思わず呟いた。
一日で。
二十三人。
昨日まで、酒場で笑っていたかもしれない。
宝具を手に入れると夢を語っていたかもしれない。
家族のもとへ帰るため、必死に生きていたかもしれない。
そんなプレイヤーたちが――。
二十三人。
死んだ。
俺は急いで死亡記録を確認した。
死亡した場所。
時刻。
そして、所属していた陣営。
「……やっぱり」
すべてが戦争イベントの犠牲者というわけではない。
通常の狩りやダンジョン攻略で死亡した者もいる。
だが、明らかに異常な集中が見られた。
第十一層。
第十二層へ続く街道周辺。
そして、ヴェストリア王国とオリエンタ帝国の勢力が接触する地域。
短い時間に、複数のプレイヤーが死亡していた。
「……くそっ」
俺は拳を握り締めた。
予測は当たった。
だが。
こんな予測、当たってほしくなかった。
---
「こっこ!!」
酒場の扉が勢いよく開いた。
サタンだった。
普段の陽気な表情はない。
「聞いたか!?」
「……うん」
「二十三人だぞ!」
「……わかってる」
「俺が巡回していた場所でも、襲撃された連中がいた!」
サタンは歯を食いしばった。
「間に合わなかったんだ……」
俺は顔を上げた。
「……何があった?」
「敵国の傭兵に襲われたって、生き残った奴が言ってた」
「……人数は?」
「五人組だったらしい。相手は七人。降参したのに、攻撃をやめなかったそうだ」
「…………」
「装備を全部渡すって言っても、聞かなかったって……」
サタンの拳が震えていた。
「こっこ……!」
「……うん」
「これは戦争じゃねえ!」
俺は黙っていた。
「ただの人殺しだ!!」
酒場に、サタンの怒声が響いた。
周囲のプレイヤーたちが振り返る。
だが、誰も何も言わなかった。
俺はゆっくり立ち上がった。
「……サタン」
「なんだ!」
「やろう」
「……ああ」
「このイベントを利用して人を殺している連中を、止めよう」
サタンは力強く頷いた。
「おう!」
俺はメッセージを開いた。
宛先は、アスナさん。
『アスナさん。昨日の件です』
送信。
『一日で23人の死亡が確認されました』
続けて、死亡時刻と場所の情報を添付した。
『すべてがPKによるものとは断定できません。しかし、戦争イベントの交戦地域に死亡者が集中しています』
しばらくして。
返信が届いた。
『……23人?』
『はい』
『そんな……』
『これが、僕の言っていたデータです』
送信。
そして、もう一通。
『残念ながら、予測は現実になりました』
今度は、すぐに返信が来なかった。
俺は待った。
一分。
二分。
やがて。
『……わかりました』
短い文章だった。
『こっこさんの判断を尊重します』
そして。
『ただし、無茶はしないでください。必要なら攻略組にも協力を要請してください』
俺は少しだけ笑った。
『ありがとうございます』
『それから……』
『はい?』
『最初から、もう少し詳しく説明してください!』
……あ。
これは怒ってる。
『すみませんでした』
『本当にもう!』
俺は思わず苦笑した。
アスナさんらしい。
だが、最後に届いた文章を見て、笑みが消えた。
『23人も亡くなったんですね……』
『……はい』
『もっと早く、何かできたのでしょうか』
俺はしばらく考えた。
そして返信した。
『わかりません』
それが、正直な答えだった。
『でも、これ以上増やさないために、今できることをやります』
『……お願いします』
俺は画面を閉じた。
---
同じ頃。
オリエンタ帝国の城塞都市《ランテ》。
キリトは、酒場の隅で死亡情報を確認していた。
「……二十三人」
彼の隣には、ギズメルがいた。
「どうした、キリト?」
「……プレイヤーが死んだ」
「戦争でか?」
「そうだと思う。でも、まだ全部はわからない」
キリトはメニューを開いた。
フレンドリストから、こっこの名前を選択する。
しかし――。
【敵対陣営のプレイヤーにはメッセージを送信できません】
「……くそっ!」
キリトは舌打ちした。
戦争イベントに登録した時点で、敵国プレイヤーとの直接通信は制限されている。
フレンド登録していても例外ではない。
「どうした?」
「こっこと連絡が取れないんだ。あいつはヴェストリア王国だからな」
「敵国の傭兵同士なら当然だろう」
「……そうなんだけどさ」
キリトは少し考えた。
そして、別の名前を選択する。
《Asuna》
「……頼むか」
---
一方、ヴェストリア王国。
俺はアスナさんから届いたメッセージを読んでいた。
『こっこさん。キリト君から連絡がありました』
「……おや?」
『あなたと情報交換したいそうです。ただ、敵国同士なので直接メッセージを送れないそうです』
「ああ、そうだった」
俺は思わず額を叩いた。
戦争イベントのルール。
敵国の傭兵とは直接メッセージを交換できない。
敵対勢力への情報漏洩を防ぐための仕様なのだろう。
「……なるほどねえ」
俺は少し考えた。
そして、返信した。
『アスナさん。お願いがあります』
『何でしょう?』
『僕とキリト君のメッセージを仲介してもらえませんか?』
『……はい?』
『僕からの情報をキリト君へ、キリト君からの情報を僕へ転送してほしいんです』
しばらく返信が止まった。
そして。
『どうして私が、あなたたち二人の連絡係をしなければならないんですか!?』
……ごもっとも。
『いやあ、アスナさんなら安心して任せられますから』
『そういう問題ではありません!』
『それに、キリト君もアスナさんなら信頼しているでしょう?』
『……それは』
おや。
返信が止まった。
『アスナさん?』
『わかりました! 今回だけですよ!』
……よし。
「ふふふ」
隣にいたサタンが怪訝な顔をした。
「……お前、また何か企んでるだろ」
「いやいや。適材適所というやつだよ」
「便利な言葉だな、おい!」
---
数分後。
アスナを介した、奇妙な情報交換が始まった。
まずはキリトから。
『死亡者の集中している地域を確認した。オリエンタ帝国側でも、特定の街道で襲撃が増えている』
俺は返信した。
『こちらも同じだよ。ヴェストリア王国側でも、中層プレイヤーが集中的に狙われている』
アスナが、それぞれの文章を転送する。
『キリト君からです。敵国の傭兵に襲われた生存者がいるそうです』
『こちらにもいます。降参しても攻撃をやめなかったそうです』
『キリト君からです。こちらも似た証言があります』
「……やっぱり」
俺は腕を組んだ。
ヴェストリア王国。
オリエンタ帝国。
両陣営で、同じような事件が起きている。
しかも、ほぼ同時期に。
「……妙だね」
サタンが尋ねる。
「何がだ?」
「普通、戦争なら片方が優勢になるはずなんだよ」
「……まあ、そうだな」
「でも、今回の被害は両方に出ている」
「……それが?」
「しかも、狙われているのは中層プレイヤーばかり」
俺はメニューを開き、アスナさんにメッセージを送った。
『アスナさん。キリト君に質問をお願いします』
『何でしょう?』
『オリエンタ帝国側で、最近急に強くなった傭兵集団はいませんか?』
しばらくして、返信が届いた。
『キリト君からです。います。敵傭兵の撃破数を急激に伸ばしている集団が複数あるそうです』
「……やっぱり」
俺は頷いた。
『こちらも同じです』
そして、次の文章を送った。
『アスナさん。キリト君に伝えてください。今回の事件は、単独犯ではない可能性が高いです』
『……どういう意味ですか?』
『複数の集団が連携しているかもしれません』
---
オリエンタ帝国。
アスナから届いた文章を読んだキリトは、眉をひそめた。
「……連携?」
ギズメルが顔を上げる。
「何かわかったのか?」
「いや……まだ推測だけど」
キリトは考え込んだ。
「敵国同士はメッセージを送れない。だから、敵の動きを把握するのは難しいはずなんだ」
「当然だな」
「でも、もし……」
キリトは顔を上げた。
「敵国同士でも、情報を交換できる方法があったら?」
ギズメルは首を傾げた。
「そんな方法があるのか?」
「……ある」
キリトはアスナから届いたメッセージを見つめた。
「今、俺たちがやっている方法だ」
---
ヴェストリア王国。
「……あっ!」
俺は思わず声を上げた。
サタンが驚く。
「なんだよ!?」
「わかった!」
「何がだ!?」
「敵国同士でも情報交換する方法があるじゃないか!」
「……は?」
俺はメッセージ画面を指差した。
「アスナさんだよ!」
「……アスナ?」
「そう! 僕たちは直接やり取りできない。でも、アスナさんを仲介すれば情報交換できる!」
「……ああ!」
サタンも理解したらしい。
「つまり……」
「そう。PK集団にも同じことができる」
俺は続けた。
「戦争イベントに参加していないプレイヤーを、連絡係にすればいいんだ」
「……なるほど!」
「そして、もし両陣営に仲間を送り込んでいたら?」
サタンの顔が険しくなった。
「……敵国の動きが筒抜けになる」
「そういうこと」
俺はメッセージを送った。
『アスナさん。キリト君に伝えてください』
『はい』
『僕たちのように、中立のプレイヤーを仲介している可能性があります』
返信は早かった。
『キリト君からです。俺も今、同じことを考えていた』
「……おやおや」
思わず笑みが浮かんだ。
『さすがキリト君。気が合うねえ』
しばらくして。
『キリト君からです。「それは断固として否定する」だそうです』
「ひどいなあ!」
サタンが吹き出した。
「ははは! 相変わらずだな、お前ら!」
だが、笑っていられたのはそこまでだった。
俺は真剣な表情に戻った。
『キリト君に伝えてください。両陣営の襲撃地点と時刻を調べてほしい』
『了解したそうです』
『もし、襲撃のタイミングに規則性があれば、組織的な犯行の可能性が高くなります』
『……わかりました』
そして、俺はもう一通送った。
『アスナさん。ありがとうございます。これで調査を進められます』
すると、すぐに返信が届いた。
『……こっこさん』
『はい?』
『私、攻略組の仕事もあるんですけど』
……あ。
『そうでしたね』
『そうでしたね、じゃありません!!』
『いやあ、頼りになる副団長候補ですねえ』
『まだ正式に副団長ではありません!』
『未来の副団長様、よろしくお願いします!』
『こっこさん!! 』
俺は思わず笑ってしまった。
隣ではサタンが腹を抱えている。
「お前、こんな時までアスナをからかうなよ!」
「いやいや、緊張をほぐすのも大切だからね」
「絶対に違うだろ!」
しかし。
笑いながらも、俺は考えていた。
もし、この推測が正しければ――。
今回の事件は、単なる戦争イベントの暴走ではない。
両陣営に潜り込んだPK集団。
その情報を集約し、襲撃を指示する第三者。
そして、何も知らずに参加してきた中層プレイヤーたち。
「……サタン」
「ん?」
「敵は、僕たちが思っているより組織的かもしれない」
「……ああ」
「だから、慎重に動こう」
サタンは力強く頷いた。
「わかった」
俺は再びメッセージ画面を見つめた。
戦争イベント。
敵国同士の通信を遮断することで、公平な戦争を成立させようとしたシステム。
しかし、その制限すら、悪意を持った人間は利用しようとしている。
そして――。
敵国同士をつなぐ連絡係がいるのなら、その人物こそが、この事件の中心にいるのかもしれない。
俺たちは、ようやく敵の輪郭を捉え始めていた。