エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第十二層《ダナ》。
転移門を抜けた先に広がっていたのは、これまでのアインクラッドとは趣の異なる、のどかな田園風景だった。
見渡す限りの黄金色。
風に吹かれた麦穂が波のように揺れ、緩やかな丘の向こうまで続いている。
点在する農家の屋根からは白い煙が立ち上り、巨大な風車がゆっくりと羽根を回していた。
小川には水車が設けられ、流れる水の力で製粉用の石臼を動かしている。
「……おおっ!」
こっこは思わず感嘆の声を漏らした。
「すごいねえ! 見渡す限り麦畑だよ!」
「おお! こりゃあ見事だな!」
隣に立つサタンも、感心したように周囲を見渡す。
「パンにうどんにラーメン! これだけの小麦があれば、食文化が一気に広がるよ!」
「お前、また食い物のことかよ!」
「当たり前でしょう! ここは穀倉地帯だよ! 料理人としては宝の山じゃないか!」
「……攻略は?」
「もちろん忘れてないよ!」
サタンが疑わしそうな目を向ける。
「……本当か?」
「……たぶん」
「おい!」
二人の笑い声が、黄金色の麦畑に響いた。
しかし――。
その笑顔は、町へ近づくにつれて消えていくことになる。
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ダナの町。
街道沿いには食事処や酒処が立ち並び、焼きたてのパンの香りが漂っていた。
本来なら、豊かな農産物を背景に、多くの旅人や商人で賑わう町なのだろう。
だが、行き交う人々の顔に笑みはなかった。
店先に並ぶ商品は少なく、荷車を引く農民たちは疲れ切った表情を浮かべている。
酒場の主人は客の少ない店内でため息をつき、食事処では値上がりした料理の価格を見て引き返す者までいた。
「……なんか、おかしくない?」
こっこが呟いた。
「……ああ」
サタンも眉をひそめる。
「これだけ麦があるのに、町の連中が全然元気じゃねえ」
二人は近くの食事処へ入り、店主に事情を尋ねた。
「……戦争ですよ」
店主は疲れ切った声で答えた。
「ヴェストリア王国も、オリエンタ帝国も、軍を維持するために大量の食料を必要としているんです」
「……なるほど」
「この町は両国の間にありますからね。どちらからも食料の供出を求められているんですよ」
こっこの表情が曇る。
「……両方から?」
「ええ。断れば敵国への協力を疑われる。だから、どちらにも納めるしかないんです」
店主は深いため息をついた。
「それだけなら、まだよかったんですが……」
「……まだ何かあるの?」
「最近では、相手国へ運ぶ食料を奪い合うようになりましてね」
「……は?」
サタンが思わず声を上げた。
「自分たちが納めさせた食料を、相手の軍が横取りするんです。すると、奪われた側の国は、またこちらへ食料を要求してくる」
「……なんだよ、それ」
サタンの声が低くなった。
こっこは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……つまり、この町は両国から食料を取り立てられて、さらに輸送途中でも奪われているんだね」
「そういうことです」
店主は力なく頷いた。
「このままでは、次の収穫まで持つかどうか……」
窓の外には、黄金色の麦畑が広がっている。
豊かな実りに恵まれた土地。
それなのに、そこで暮らす人々は飢えを恐れていた。
こっこは小さく息を吐いた。
「……ひどい話だね」
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その頃。
ダナの町の広場では、例の番組が始まっていた。
《紅玉宮からこんにちは♥》
正体不明の女性司会者による、アインクラッドの情報番組。
画面には、黄金色の麦畑と巨大な風車が映し出されていた。
「はーい! アインクラッドの皆さーん! こんにちはー♥」
軽快な声が広場に響く。
「本日は、第十二層《ダナ》をご紹介しまーす!」
画面が切り替わり、風車や水車、農村の風景が次々と映し出される。
「見てください、この美しい穀倉地帯! 黄金色の小麦畑! のどかな田園風景! おいしそうなパンまでありますよー!」
司会者は楽しそうに紹介を続けた。
しかし、次の瞬間。
画面には、武装した兵士たちが食料を積み込む光景が映し出された。
「……ところが!」
司会者の声色が変わった。
「この美しい町、実は大変なことになっているんです!」
画面には、ヴェストリア王国とオリエンタ帝国の紋章が並ぶ。
「両国による食料の供出要求! そして、輸送中の食料を奪い合う争奪戦!」
画面が切り替わり、軍の荷車を護衛する兵士たちが映し出された。
「なんと、両国の酒場には、特殊な傭兵任務まで追加されているんですよ!」
画面に、二つの項目が表示された。
《食料輸送部隊の護衛》
《敵国食料輸送部隊の襲撃・物資奪取》
「護衛するか、奪うか! まさに食料を巡る争奪戦!」
司会者は一瞬、間を置いた。
「……もっとも、奪い合われる食料は、もともとこの町の人たちが育てたものなんですけどね」
明るかった声が、わずかに沈む。
「さてさて、攻略組の皆さんは、この問題にどう向き合うのでしょうか?」
そして、いつもの調子に戻った。
「それでは皆さん! 次回もお楽しみにー♥」
放送が終わった。
広場に集まっていたプレイヤーたちは、しばらく無言で画面を見つめていた。
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「……これは、思っていた以上に厄介ね」
ダナの町の食事処。
テーブルを囲んでいたアスナが、険しい表情で呟いた。
そこには、こっことサタン。
キリトとギズメル。
そして、アスナ、リズ、シリカが集まっていた。
第十一層でそれぞれ別の道を歩み始めた仲間たちが、久しぶりに顔を揃えていたのである。
「……食料の護衛と、略奪か」
キリトが腕を組む。
「イベントとしては成立しているんだろうけど、町の住民からすればたまったもんじゃないな」
「そうよ!」
リズが憤慨した。
「せっかく育てた作物を、両方の国に持っていかれるんでしょう? ひどすぎるわ!」
シリカも悲しそうに頷く。
「……小さな子供たちもいました。あの子たちまで食べるものがなくなったら……」
「……そうだね」
こっこは静かに答えた。
ギズメルは、複雑な表情で口を開いた。
「戦時において、兵糧の確保は重要だ。しかし、民を飢えさせてまで戦を続けることに、何の意味があるのだろうな」
「……まったくだ」
サタンが頷いた。
アスナはこっこを見た。
「……こっこさん、どう思います?」
こっこはしばらく考え込んだ。
「……まずは情報が足りないね」
「情報?」
「うん。両国がどれくらい食料を必要としているのか。それから、この町でどれくらい生産できるのか」
キリトも頷いた。
「……確かに。いきなり動くより、まずは状況を把握した方がいい」
「それと、両国の酒場に追加された任務の詳細も知りたい」
「……なるほど」
こっこはにっこり笑った。
「というわけで、情報屋さんの出番です!」
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「……で、オレっちを呼び出したわけカ」
食事処の一角。
いつの間にか現れた小柄な少女が、呆れたように肩をすくめた。
特徴的な頬の髭模様。
情報屋《鼠》のアルゴである。
「やあ、アルゴちゃん!」
こっこは嬉しそうに手を振った。
「久しぶり!」
「久しぶりだナ、こっこっち」
アルゴはにやりと笑った。
「それで、今度は何を調べろってんダ?」
「この町の食料事情と、両国の輸送部隊の動き。それから、酒場の特殊任務についてだね」
「……結構な情報量だナ」
「そこをなんとか!」
アルゴは腕を組んだ。
「ま、調べられなくはないけどナ」
「おおっ!」
「もちろん、情報料はいただくゼ?」
「……そこは友情価格で!」
「友情と商売は別だヨ!」
リズが吹き出した。
「相変わらずね、あんたたち!」
アルゴは笑いながらも、すぐに真剣な表情になった。
「ただナ、こっこっち。今回のイベントは、ちょっと注意した方がいいゼ」
「……どうして?」
「食料輸送の護衛も襲撃も、傭兵登録したプレイヤーが参加できる」
「……うん」
「つまり、これまでの宝具争奪戦とは違って、食料を目的に動く連中まで戦争に加わる可能性があるんダ」
キリトの表情が引き締まった。
「……なるほど」
「戦争に参加する理由が、増えるってことか」
「そういうことだナ」
アルゴは地図を広げた。
「オレっちも、もう少し詳しく調べてみるヨ」
「ありがとう、アルゴちゃん!」
「礼は情報料を払ってからにしてくれヨ!」
「……つけで!」
「おいおい!」
テーブルに笑い声が戻った。
しかし、その笑い声も長くは続かなかった。
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「アイヤー! サタンの旦那ー!」
突然、食事処の入口から大声が響いた。
「……ん?」
サタンが振り向く。
そこには、大きな荷物を背負った商人が立っていた。
「……げっ!」
「アイヤー! やっと見つけたアルヨ!」
商人は満面の笑みで駆け寄ってきた。
「旦那! 会いたかったアル!」
「おいおい! なんでここにいるんだよ!」
「商売の匂いがしたアルヨ!」
「犬か、お前は!」
こっこが腹を抱えて笑った。
「アッハッハ! 久しぶりだねえ!」
「こっこの旦那も元気そうアルネ!」
商人は荷物を下ろし、得意げに胸を張った。
「今回も、いい商品をたくさん仕入れてきたアル!」
「……また変なものじゃねえだろうな?」
サタンが疑わしそうに尋ねる。
「失礼アル! ワタシの商品は一級品アルヨ!」
「前にも似たようなこと言ってただろ!」
「細かいこと気にしないアル!」
「気にするわ!」
そのやり取りに、アスナまで思わず笑ってしまった。
「……ふふっ。本当に仲がいいんですね」
「よくねえよ!」
サタンの抗議をよそに、こっこは商人へ向き直った。
「ところで、ちょうどよかったよ」
「何アルカ?」
「君の商売網で、この町の食料事情について何か分からないかな?」
商人の表情が変わった。
「……食料アルカ」
「うん。両国の軍が食料を集めているでしょう?」
「もちろん知ってるアルヨ」
商人は腕を組んだ。
「商人にとって、物流は命アル。食料が動けば、金も動くアル」
「……なるほど」
「でも、最近は困ってる商人が多いアルヨ。せっかく運んだ荷物を軍に取り上げられたり、輸送中に襲われたりするアル」
サタンが眉をひそめた。
「……商人まで巻き込まれてるのか」
「当たり前アル! 荷物が届かなければ商売にならないアルヨ!」
こっこは頷いた。
「……それなら、君の情報網も頼りになりそうだね」
商人はにっこり笑った。
「もちろんアル!」
そして、サタンの肩を叩いた。
「旦那の頼みなら、特別価格アルヨ!」
「俺は頼んでねえ!」
「アイヤー! 遠慮しなくていいアル!」
「遠慮じゃねえよ!」
アルゴが面白そうに笑った。
「へえ、商人の情報網か。そいつは使えそうだナ」
「情報屋の嬢ちゃんも、なかなか分かってるアルネ!」
「ただし、商売敵にはなりたくねえナ」
「お互い様アルヨ!」
二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
こっこはその様子を見て、満足そうに頷いた。
「よし! これで情報収集の目処が立ったね!」
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話し合いを終えた一行は、食事処を出た。
町の外には、黄金色の麦畑が広がっている。
風車は相変わらず、ゆっくりと羽根を回していた。
しかし、その穏やかな風景の向こうでは、二つの国家が食料を巡って争っている。
こっこは西の方角を見た。
ヴェストリア王国の城塞都市《マカラ》。
そして、キリトは東の方角へ視線を向けた。
オリエンタ帝国の城塞都市。
「……じゃあ、ここからは別行動だね」
こっこが言った。
「ああ」
キリトが頷く。
「俺はギズメルと一緒に、オリエンタ帝国側を調べてみる」
「僕はサタンと、ヴェストリア王国側へ行くよ」
「……分かった」
アスナが二人を見た。
「私たちも、できる範囲で町の様子を調べてみるわ」
リズも頷いた。
「そうね。どっちの国にも所属してないんだから、私たちなりに動いてみましょう」
「はい!」
シリカが元気よく答える。
アルゴは地図を畳んだ。
「オレっちも、何か分かったら連絡するゼ」
商人も胸を張った。
「ワタシも商売網を使って調べるアルヨ!」
「……頼んだよ」
こっこは笑った。
サタンは大きく伸びをした。
「さて、行くか!」
「うん!」
こっこはもう一度、黄金色の麦畑を見渡した。
「……せっかく、こんなに豊かな土地なのにね」
「……ああ」
「みんなが笑って暮らせる場所になればいいんだけど」
キリトも静かに頷いた。
「……そうだな」
二人は顔を見合わせた。
第十一層では、宝具を巡って競い合った二人。
しかし、今回は少し事情が違う。
敵対する国家に所属していても、目の前にある問題は同じだった。
「……じゃあ、キリト君」
「……ああ」
「お互い、頑張ろう!」
キリトは小さく笑った。
「……そっちこそな」
こっこは手を振った。
「それじゃあ、また!」
そして、サタンと共に西へ歩き出した。
キリトとギズメルは東へ。
アスナたちは、ダナの町に残った。
黄金色の麦畑を吹き抜ける風が、それぞれの背中を押していく。
第十二層《ダナ》。
豊かな大地を巡る、新たな物語が始まろうとしていた。
――続く。