エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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124 腹が減っては戦はできぬ

第十二層《ダナ》。

 

転移門を抜けた先に広がっていたのは、これまでのアインクラッドとは趣の異なる、のどかな田園風景だった。

 

見渡す限りの黄金色。

 

風に吹かれた麦穂が波のように揺れ、緩やかな丘の向こうまで続いている。

 

点在する農家の屋根からは白い煙が立ち上り、巨大な風車がゆっくりと羽根を回していた。

 

小川には水車が設けられ、流れる水の力で製粉用の石臼を動かしている。

 

「……おおっ!」

 

こっこは思わず感嘆の声を漏らした。

 

「すごいねえ! 見渡す限り麦畑だよ!」

 

「おお! こりゃあ見事だな!」

 

隣に立つサタンも、感心したように周囲を見渡す。

 

「パンにうどんにラーメン! これだけの小麦があれば、食文化が一気に広がるよ!」

 

「お前、また食い物のことかよ!」

 

「当たり前でしょう! ここは穀倉地帯だよ! 料理人としては宝の山じゃないか!」

 

「……攻略は?」

 

「もちろん忘れてないよ!」

 

サタンが疑わしそうな目を向ける。

 

「……本当か?」

 

「……たぶん」

 

「おい!」

 

二人の笑い声が、黄金色の麦畑に響いた。

 

しかし――。

 

その笑顔は、町へ近づくにつれて消えていくことになる。

 

---

 

ダナの町。

 

街道沿いには食事処や酒処が立ち並び、焼きたてのパンの香りが漂っていた。

 

本来なら、豊かな農産物を背景に、多くの旅人や商人で賑わう町なのだろう。

 

だが、行き交う人々の顔に笑みはなかった。

 

店先に並ぶ商品は少なく、荷車を引く農民たちは疲れ切った表情を浮かべている。

 

酒場の主人は客の少ない店内でため息をつき、食事処では値上がりした料理の価格を見て引き返す者までいた。

 

「……なんか、おかしくない?」

 

こっこが呟いた。

 

「……ああ」

 

サタンも眉をひそめる。

 

「これだけ麦があるのに、町の連中が全然元気じゃねえ」

 

二人は近くの食事処へ入り、店主に事情を尋ねた。

 

「……戦争ですよ」

 

店主は疲れ切った声で答えた。

 

「ヴェストリア王国も、オリエンタ帝国も、軍を維持するために大量の食料を必要としているんです」

 

「……なるほど」

 

「この町は両国の間にありますからね。どちらからも食料の供出を求められているんですよ」

 

こっこの表情が曇る。

 

「……両方から?」

 

「ええ。断れば敵国への協力を疑われる。だから、どちらにも納めるしかないんです」

 

店主は深いため息をついた。

 

「それだけなら、まだよかったんですが……」

 

「……まだ何かあるの?」

 

「最近では、相手国へ運ぶ食料を奪い合うようになりましてね」

 

「……は?」

 

サタンが思わず声を上げた。

 

「自分たちが納めさせた食料を、相手の軍が横取りするんです。すると、奪われた側の国は、またこちらへ食料を要求してくる」

 

「……なんだよ、それ」

 

サタンの声が低くなった。

 

こっこは腕を組み、しばらく考え込んだ。

 

「……つまり、この町は両国から食料を取り立てられて、さらに輸送途中でも奪われているんだね」

 

「そういうことです」

 

店主は力なく頷いた。

 

「このままでは、次の収穫まで持つかどうか……」

 

窓の外には、黄金色の麦畑が広がっている。

 

豊かな実りに恵まれた土地。

 

それなのに、そこで暮らす人々は飢えを恐れていた。

 

こっこは小さく息を吐いた。

 

「……ひどい話だね」

 

---

 

その頃。

 

ダナの町の広場では、例の番組が始まっていた。

 

《紅玉宮からこんにちは♥》

 

正体不明の女性司会者による、アインクラッドの情報番組。

 

画面には、黄金色の麦畑と巨大な風車が映し出されていた。

 

「はーい! アインクラッドの皆さーん! こんにちはー♥」

 

軽快な声が広場に響く。

 

「本日は、第十二層《ダナ》をご紹介しまーす!」

 

画面が切り替わり、風車や水車、農村の風景が次々と映し出される。

 

「見てください、この美しい穀倉地帯! 黄金色の小麦畑! のどかな田園風景! おいしそうなパンまでありますよー!」

 

司会者は楽しそうに紹介を続けた。

 

しかし、次の瞬間。

 

画面には、武装した兵士たちが食料を積み込む光景が映し出された。

 

「……ところが!」

 

司会者の声色が変わった。

 

「この美しい町、実は大変なことになっているんです!」

 

画面には、ヴェストリア王国とオリエンタ帝国の紋章が並ぶ。

 

「両国による食料の供出要求! そして、輸送中の食料を奪い合う争奪戦!」

 

画面が切り替わり、軍の荷車を護衛する兵士たちが映し出された。

 

「なんと、両国の酒場には、特殊な傭兵任務まで追加されているんですよ!」

 

画面に、二つの項目が表示された。

 

《食料輸送部隊の護衛》

 

《敵国食料輸送部隊の襲撃・物資奪取》

 

「護衛するか、奪うか! まさに食料を巡る争奪戦!」

 

司会者は一瞬、間を置いた。

 

「……もっとも、奪い合われる食料は、もともとこの町の人たちが育てたものなんですけどね」

 

明るかった声が、わずかに沈む。

 

「さてさて、攻略組の皆さんは、この問題にどう向き合うのでしょうか?」

 

そして、いつもの調子に戻った。

 

「それでは皆さん! 次回もお楽しみにー♥」

 

放送が終わった。

 

広場に集まっていたプレイヤーたちは、しばらく無言で画面を見つめていた。

 

---

 

「……これは、思っていた以上に厄介ね」

 

ダナの町の食事処。

 

テーブルを囲んでいたアスナが、険しい表情で呟いた。

 

そこには、こっことサタン。

 

キリトとギズメル。

 

そして、アスナ、リズ、シリカが集まっていた。

 

第十一層でそれぞれ別の道を歩み始めた仲間たちが、久しぶりに顔を揃えていたのである。

 

「……食料の護衛と、略奪か」

 

キリトが腕を組む。

 

「イベントとしては成立しているんだろうけど、町の住民からすればたまったもんじゃないな」

 

「そうよ!」

 

リズが憤慨した。

 

「せっかく育てた作物を、両方の国に持っていかれるんでしょう? ひどすぎるわ!」

 

シリカも悲しそうに頷く。

 

「……小さな子供たちもいました。あの子たちまで食べるものがなくなったら……」

 

「……そうだね」

 

こっこは静かに答えた。

 

ギズメルは、複雑な表情で口を開いた。

 

「戦時において、兵糧の確保は重要だ。しかし、民を飢えさせてまで戦を続けることに、何の意味があるのだろうな」

 

「……まったくだ」

 

サタンが頷いた。

 

アスナはこっこを見た。

 

「……こっこさん、どう思います?」

 

こっこはしばらく考え込んだ。

 

「……まずは情報が足りないね」

 

「情報?」

 

「うん。両国がどれくらい食料を必要としているのか。それから、この町でどれくらい生産できるのか」

 

キリトも頷いた。

 

「……確かに。いきなり動くより、まずは状況を把握した方がいい」

 

「それと、両国の酒場に追加された任務の詳細も知りたい」

 

「……なるほど」

 

こっこはにっこり笑った。

 

「というわけで、情報屋さんの出番です!」

 

---

 

「……で、オレっちを呼び出したわけカ」

 

食事処の一角。

 

いつの間にか現れた小柄な少女が、呆れたように肩をすくめた。

 

特徴的な頬の髭模様。

 

情報屋《鼠》のアルゴである。

 

「やあ、アルゴちゃん!」

 

こっこは嬉しそうに手を振った。

 

「久しぶり!」

 

「久しぶりだナ、こっこっち」

 

アルゴはにやりと笑った。

 

「それで、今度は何を調べろってんダ?」

 

「この町の食料事情と、両国の輸送部隊の動き。それから、酒場の特殊任務についてだね」

 

「……結構な情報量だナ」

 

「そこをなんとか!」

 

アルゴは腕を組んだ。

 

「ま、調べられなくはないけどナ」

 

「おおっ!」

 

「もちろん、情報料はいただくゼ?」

 

「……そこは友情価格で!」

 

「友情と商売は別だヨ!」

 

リズが吹き出した。

 

「相変わらずね、あんたたち!」

 

アルゴは笑いながらも、すぐに真剣な表情になった。

 

「ただナ、こっこっち。今回のイベントは、ちょっと注意した方がいいゼ」

 

「……どうして?」

 

「食料輸送の護衛も襲撃も、傭兵登録したプレイヤーが参加できる」

 

「……うん」

 

「つまり、これまでの宝具争奪戦とは違って、食料を目的に動く連中まで戦争に加わる可能性があるんダ」

 

キリトの表情が引き締まった。

 

「……なるほど」

 

「戦争に参加する理由が、増えるってことか」

 

「そういうことだナ」

 

アルゴは地図を広げた。

 

「オレっちも、もう少し詳しく調べてみるヨ」

 

「ありがとう、アルゴちゃん!」

 

「礼は情報料を払ってからにしてくれヨ!」

 

「……つけで!」

 

「おいおい!」

 

テーブルに笑い声が戻った。

 

しかし、その笑い声も長くは続かなかった。

 

---

 

「アイヤー! サタンの旦那ー!」

 

突然、食事処の入口から大声が響いた。

 

「……ん?」

 

サタンが振り向く。

 

そこには、大きな荷物を背負った商人が立っていた。

 

「……げっ!」

 

「アイヤー! やっと見つけたアルヨ!」

 

商人は満面の笑みで駆け寄ってきた。

 

「旦那! 会いたかったアル!」

 

「おいおい! なんでここにいるんだよ!」

 

「商売の匂いがしたアルヨ!」

 

「犬か、お前は!」

 

こっこが腹を抱えて笑った。

 

「アッハッハ! 久しぶりだねえ!」

 

「こっこの旦那も元気そうアルネ!」

 

商人は荷物を下ろし、得意げに胸を張った。

 

「今回も、いい商品をたくさん仕入れてきたアル!」

 

「……また変なものじゃねえだろうな?」

 

サタンが疑わしそうに尋ねる。

 

「失礼アル! ワタシの商品は一級品アルヨ!」

 

「前にも似たようなこと言ってただろ!」

 

「細かいこと気にしないアル!」

 

「気にするわ!」

 

そのやり取りに、アスナまで思わず笑ってしまった。

 

「……ふふっ。本当に仲がいいんですね」

 

「よくねえよ!」

 

サタンの抗議をよそに、こっこは商人へ向き直った。

 

「ところで、ちょうどよかったよ」

 

「何アルカ?」

 

「君の商売網で、この町の食料事情について何か分からないかな?」

 

商人の表情が変わった。

 

「……食料アルカ」

 

「うん。両国の軍が食料を集めているでしょう?」

 

「もちろん知ってるアルヨ」

 

商人は腕を組んだ。

 

「商人にとって、物流は命アル。食料が動けば、金も動くアル」

 

「……なるほど」

 

「でも、最近は困ってる商人が多いアルヨ。せっかく運んだ荷物を軍に取り上げられたり、輸送中に襲われたりするアル」

 

サタンが眉をひそめた。

 

「……商人まで巻き込まれてるのか」

 

「当たり前アル! 荷物が届かなければ商売にならないアルヨ!」

 

こっこは頷いた。

 

「……それなら、君の情報網も頼りになりそうだね」

 

商人はにっこり笑った。

 

「もちろんアル!」

 

そして、サタンの肩を叩いた。

 

「旦那の頼みなら、特別価格アルヨ!」

 

「俺は頼んでねえ!」

 

「アイヤー! 遠慮しなくていいアル!」

 

「遠慮じゃねえよ!」

 

アルゴが面白そうに笑った。

 

「へえ、商人の情報網か。そいつは使えそうだナ」

 

「情報屋の嬢ちゃんも、なかなか分かってるアルネ!」

 

「ただし、商売敵にはなりたくねえナ」

 

「お互い様アルヨ!」

 

二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。

 

こっこはその様子を見て、満足そうに頷いた。

 

「よし! これで情報収集の目処が立ったね!」

 

---

 

話し合いを終えた一行は、食事処を出た。

 

町の外には、黄金色の麦畑が広がっている。

 

風車は相変わらず、ゆっくりと羽根を回していた。

 

しかし、その穏やかな風景の向こうでは、二つの国家が食料を巡って争っている。

 

こっこは西の方角を見た。

 

ヴェストリア王国の城塞都市《マカラ》。

 

そして、キリトは東の方角へ視線を向けた。

 

オリエンタ帝国の城塞都市。

 

「……じゃあ、ここからは別行動だね」

 

こっこが言った。

 

「ああ」

 

キリトが頷く。

 

「俺はギズメルと一緒に、オリエンタ帝国側を調べてみる」

 

「僕はサタンと、ヴェストリア王国側へ行くよ」

 

「……分かった」

 

アスナが二人を見た。

 

「私たちも、できる範囲で町の様子を調べてみるわ」

 

リズも頷いた。

 

「そうね。どっちの国にも所属してないんだから、私たちなりに動いてみましょう」

 

「はい!」

 

シリカが元気よく答える。

 

アルゴは地図を畳んだ。

 

「オレっちも、何か分かったら連絡するゼ」

 

商人も胸を張った。

 

「ワタシも商売網を使って調べるアルヨ!」

 

「……頼んだよ」

 

こっこは笑った。

 

サタンは大きく伸びをした。

 

「さて、行くか!」

 

「うん!」

 

こっこはもう一度、黄金色の麦畑を見渡した。

 

「……せっかく、こんなに豊かな土地なのにね」

 

「……ああ」

 

「みんなが笑って暮らせる場所になればいいんだけど」

 

キリトも静かに頷いた。

 

「……そうだな」

 

二人は顔を見合わせた。

 

第十一層では、宝具を巡って競い合った二人。

 

しかし、今回は少し事情が違う。

 

敵対する国家に所属していても、目の前にある問題は同じだった。

 

「……じゃあ、キリト君」

 

「……ああ」

 

「お互い、頑張ろう!」

 

キリトは小さく笑った。

 

「……そっちこそな」

 

こっこは手を振った。

 

「それじゃあ、また!」

 

そして、サタンと共に西へ歩き出した。

 

キリトとギズメルは東へ。

 

アスナたちは、ダナの町に残った。

 

黄金色の麦畑を吹き抜ける風が、それぞれの背中を押していく。

 

第十二層《ダナ》。

 

豊かな大地を巡る、新たな物語が始まろうとしていた。

 

――続く。

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