エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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127 悪意の侵攻

オリエンタ帝国による侵攻を退けたダナの町に、ようやく平穏が戻ろうとしていた。

 

黄金色に染まった麦畑。

 

穏やかな風に揺れる穂の向こうでは、水車が規則正しく回り、農夫たちが戦いで荒らされた畑の修復に取りかかっている。

 

町の住民たちも、ようやく安堵の表情を浮かべ始めていた。

 

だが――。

 

その平穏は、あまりにも短かった。

 

---

 

時は少し遡る。

 

第十一層、ヴェストリア王国の城塞都市《テーム》。

 

その酒場の一角で、数人のプレイヤーが密談を交わしていた。

 

「……つまり、王国の兵士を動かす必要はないってことか?」

 

傭兵の一人が尋ねる。

 

その問いに、細身の男がゆっくりと頷いた。

 

モルテ。

 

彼は笑みを浮かべながら、卓上に広げた地図を指でなぞった。

 

「そういうことさ。考えてもみろよ。ダナの穀倉地帯は、今やオリエンタ帝国が喉から手が出るほど欲しがっている場所だ。あそこを押さえれば、食料の供給を握れる」

 

「だが、帝国軍は一度撃退されているんだろう?」

 

「ああ。だからこそ、今が好機なんだよ」

 

モルテは笑った。

 

「ダナの防衛部隊は帝国軍との戦闘で疲弊している。そこへ俺たち傭兵が攻め込む。王国は正規兵を一人も失わずに済むって寸法さ」

 

「しかし、俺たちが死ぬ可能性はあるだろう?」

 

「当然だ。戦争なんだからな」

 

モルテは肩をすくめた。

 

「だが、相応の褒賞が用意されるなら話は別だろう? 金、装備、功績。うまくやれば、オリエンタ帝国を出し抜いてダナの食料を手に入れられる」

 

周囲の傭兵たちが顔を見合わせる。

 

「……確かに、悪い話じゃないな」

 

「帝国の連中に先を越されるくらいなら……」

 

「褒賞次第だな」

 

反応は上々だった。

 

そしてモルテは、さらに言葉を重ねる。

 

「それに、敵の防衛部隊にはプレイヤーがいるそうだぜ」

 

「プレイヤー?」

 

「ああ。女もいるらしい。攻略組の連中だそうだ」

 

その言葉に、一人の傭兵が眉をひそめた。

 

「おいおい、プレイヤー同士で戦えっていうのか?」

 

「何を今さら」

 

モルテは、まるで当然のことのように答えた。

 

「このイベントじゃ、敵対する傭兵同士の戦闘は認められている。相手を倒してもオレンジカーソルにはならない。装備もコルも手に入る」

 

「…………」

 

「もちろん、怖いなら参加しなくてもいいさ。だが、危険を冒した奴だけが報酬を手にできる。それが傭兵ってもんだろ?」

 

モルテの言葉は巧妙だった。

 

嘘はついていない。

 

ただし、肝心なことを意図的に伏せていた。

 

ここはデスゲームだ。

 

倒されたプレイヤーは、二度と帰ってこない。

 

その事実を、報酬という甘い言葉で覆い隠していたのである。

 

やがて、話はヴェストリア王国の軍上層部にも持ち込まれた。

 

正規兵を温存しながら、ダナの食料を確保できる。

 

傭兵への褒賞は必要だが、王国にとっては十分に魅力的な提案だった。

 

そして――。

 

ヴェストリア王国は、傭兵部隊によるダナ侵攻を承認した。

 

---

 

その報告を聞いた男は、暗いダンジョンの奥で笑っていた。

 

《ラフィン・コフィン》。

 

まだ攻略組の一部にしか知られていない、悪名高いPKギルド。

 

その首領、POHである。

 

「……ククッ。いいねえ」

 

傍らに立つモルテが報告する。

 

「予定どおりだ。王国側が乗ってきた。報酬につられた連中も、かなり集まっている」

 

「上出来だ」

 

POHは椅子に深く腰掛けた。

 

「で、ザザは?」

 

「もう部隊に潜り込ませた」

 

「ジョニーは?」

 

「オリエンタ帝国側だ。今回は動かせない」

 

「それでいい」

 

POHは口元を歪めた。

 

「同じ陣営に全員集める必要なんざねえ。むしろ、両方に目があった方が便利だ」

 

そして、楽しそうに続ける。

 

「ところでよ、モルテ。攻略組の連中はどうすると思う?」

 

「……戦うんじゃないのか?」

 

「ハッ。そりゃ、モンスター相手ならな」

 

POHは指先で卓を軽く叩いた。

 

「NPCを斬るのと、人間を斬るのは違う」

 

「…………」

 

「ましてや、あいつらは人を守るだの、全員で生き残るだの、綺麗事を並べている連中だ」

 

POHは愉快そうに笑った。

 

「そんな連中の前に、同じプレイヤーを並べてやるんだよ」

 

「……なるほど」

 

「殺さなきゃ、守れない。守ろうとすりゃ、殺さなきゃならない」

 

POHの笑みが深くなる。

 

「どっちを選んでも、あいつらの心に傷が残る」

 

その言葉に、モルテも笑った。

 

「悪趣味だな」

 

「褒め言葉として受け取っとくぜ」

 

POHは立ち上がる。

 

「さあ、始めようじゃねえか」

 

その声には、隠しようのない歓喜があった。

 

「本物の戦争ってやつをな」

 

---

 

第十二層、ダナ。

 

「大変よっ!!」

 

町の広場に、リズベットの叫び声が響き渡った。

 

駆け込んできた彼女は、息を切らしながら仲間たちに告げる。

 

「ヴェストリア王国が動いたわ!」

 

「えっ!?」

 

アスナが振り返る。

 

「また侵攻してくるの!?」

 

「そうよ! でも、今度は前と違うの!」

 

リズベットの顔から血の気が引いていた。

 

「今回の部隊は……傭兵部隊なのよ!」

 

「傭兵……?」

 

シリカが首を傾げる。

 

そして、その意味に気付いた瞬間、表情を凍らせた。

 

「ま、まさか……」

 

リズベットは唇を噛んだ。

 

「そう。NPCじゃない……プレイヤーなのよ!」

 

沈黙。

 

広場に集まっていた仲間たちが、一斉に言葉を失った。

 

「……そんな」

 

アスナが呟く。

 

先ほどまで彼女たちが戦っていたのは、オリエンタ帝国のNPC兵士だった。

 

もちろん、彼らも生きているように振る舞う存在である。

 

降伏すれば武器を収め、傷つけば苦痛の表情を浮かべる。

 

それでも、彼らはNPCだった。

 

だが、今度は違う。

 

敵の頭上に浮かぶカーソルの向こう側には、自分たちと同じ現実の人間がいる。

 

家族がいて、友人がいて、帰りを待っている人がいる。

 

そして、この世界でHPを失えば――。

 

現実世界でも、その命は失われる。

 

「わ、私……」

 

シリカの声が震えた。

 

「私、そんなの……戦えません……」

 

彼女は胸元で両手を握りしめた。

 

「だって、相手も私たちと同じプレイヤーなんですよね……? 倒したら、本当に死んじゃうんですよね……?」

 

誰も答えられなかった。

 

「……どうしてだ」

 

ディアベルが、苦しげに呟いた。

 

彼は第一層の教会を思い浮かべていた。

 

サーシャ。

 

そして、帰りを待っている子供たち。

 

自分は、あの子たちを現実世界へ帰すために戦っている。

 

それなのに――。

 

「どうして、同じ世界に閉じ込められた者同士で、殺し合わなきゃならないんだ……」

 

拳を握りしめる。

 

「俺たちは、全員で帰るために戦っているはずだろう……!」

 

その声には、怒りよりも深い悲しみが滲んでいた。

 

アスナも、剣の柄に手を置いたまま動けなかった。

 

自分は、少しでも早くこの世界を攻略するために《血盟騎士団》へ入った。

 

その決意に、迷いはない。

 

だが。

 

「……私たちが戦わなかったら、この町の人たちは……」

 

彼女の視線の先には、避難を始める住民たちがいた。

 

幼い子供を抱きかかえる母親。

 

荷車を引く老人。

 

懸命に食料を運び出す農夫たち。

 

彼らを守りたい。

 

しかし、そのために同じプレイヤーを斬ることができるのか。

 

アスナの指先が、わずかに震えた。

 

---

 

「……くそっ!」

 

クラインが、悔しそうに拳を握りしめた。

 

腰に差しているのは、以前使用していた曲刀。

 

第八層で手に入れた愛刀《Forest Kagura》は、先のダイムラーとの戦闘で失われていた。

 

「こんな時に限ってよ……!」

 

彼は曲刀を引き抜く。

 

慣れ親しんだ武器ではある。

 

だが、刀スキルを習得し、独自の戦闘技術を磨いてきた今のクラインにとって、それは決して満足できる装備ではなかった。

 

「武器さえまともなら……!」

 

クラインは歯を食いしばる。

 

だが、彼を苦しめているのは武器の問題だけではなかった。

 

敵はプレイヤー。

 

剣を交えれば、相手を殺してしまうかもしれない。

 

それでも。

 

「……ちくしょう」

 

クラインは曲刀を握り直した。

 

「俺だって、人殺しなんざしたくねえよ……」

 

彼は仲間たちを見渡した。

 

「けどよ……だからって、ここで逃げるわけにもいかねえだろ!」

 

誰も反論しなかった。

 

それが正しいことだと、全員が理解していた。

 

ただ――。

 

正しいと理解することと、実行できることは別だった。

 

---

 

「……皆さん」

 

静かな声が響いた。

 

ランスロットだった。

 

彼はいつもと変わらぬ表情で、盾と剣の状態を確認していた。

 

「まずは、防衛線を整えましょう」

 

「ランスロットさん……」

 

アスナが顔を上げる。

 

「あなたは……怖くないんですか?」

 

その問いに、ランスロットは少し考えてから答えた。

 

「怖くないと言えば、嘘になります」

 

彼は剣を鞘に収めた。

 

「ですが、恐怖に支配されて判断を誤れば、守れる命も守れなくなります」

 

「…………」

 

「敵がプレイヤーである以上、我々は慎重に戦わなければなりません。ですが、戦うことと、殺すことは必ずしも同じではありません」

 

その言葉に、シリカが顔を上げた。

 

「……殺さずに、戦う……?」

 

「ええ。武器を弾き、動きを封じ、降伏を促す。方法はあります」

 

ランスロットは穏やかに頷いた。

 

「ただし、簡単ではありません。相手が命を奪うつもりで向かってくるなら、なおさらです」

 

彼は周囲を見渡した。

 

「ですから、無理に敵を倒そうとしないでください。まずは生き残ること。そして、守るべき人々を守ることを優先しましょう」

 

その言葉は、動揺する仲間たちにわずかな落ち着きを取り戻させた。

 

だが――。

 

ランスロット自身も、まだ知らなかった。

 

今回の侵攻が、単なる食料争奪戦ではないことを。

 

敵の中には、最初からプレイヤーの命を奪うことだけを目的としている者たちが紛れ込んでいる。

 

そして、彼らは決して降伏などしない。

 

---

 

町の防衛を担当するNPC兵士たちは、すでに配置についていた。

 

「敵傭兵部隊、接近!」

 

「西方街道より多数!」

 

「総員、防衛配置につけ!」

 

次々と報告が飛び交う。

 

兵士たちは整然と槍を構え、盾を並べる。

 

彼らにとって、敵がNPCであろうとプレイヤーであろうと関係なかった。

 

町を守る。

 

それが彼らに与えられた任務だった。

 

しかし、その隣に立つ攻略組のプレイヤーたちは違った。

 

アスナは細剣を握りしめる。

 

リズベットは戦鎚を肩に担ぐが、その表情は硬い。

 

シリカはピナを抱きしめ、必死に呼吸を整えていた。

 

ディアベルは剣を抜き、クラインは曲刀を構える。

 

そして、ランスロットだけが静かに前方を見据えていた。

 

やがて――。

 

麦畑の向こうに、人影が現れた。

 

一人。

 

二人。

 

十人。

 

そして、その後ろから続々と姿を現す武装したプレイヤーたち。

 

剣、槍、斧、曲刀。

 

装備も統一されていない。

 

それは正規軍ではなく、報酬を目当てに集められた傭兵部隊であることを物語っていた。

 

「……嘘でしょ」

 

リズベットが呟く。

 

「本当に……プレイヤーばっかりじゃない……」

 

敵の頭上に浮かぶカーソル。

 

そこには、NPCではないことを示すプレイヤーの識別情報が表示されていた。

 

アスナの背筋に冷たいものが走る。

 

「……どうして、こんなことに……」

 

その時だった。

 

敵陣の後方。

 

フードを目深に被った二人の男が、静かに戦場を眺めていた。

 

モルテとザザ。

 

彼らは、前線で戸惑う攻略組の姿を見つめていた。

 

「……見ろよ、ザザ」

 

モルテが小さく笑った。

 

「連中、完全に固まってやがる」

 

ザザは無言で頷いた。

 

「……始めるか」

 

「ああ」

 

モルテは、ゆっくりと剣の柄に手を置いた。

 

「正義の味方ってのは、こういう時に不便だよなあ」

 

そして、口元を歪める。

 

「殺したくない相手が、殺しに来るんだからよ」

 

遠くで、進軍を告げる角笛が鳴った。

 

――ブオオオオオオッ!!

 

黄金色の麦畑に、戦いの音が響き渡る。

 

オリエンタ帝国による侵攻とは、まったく異なる戦い。

 

プレイヤー同士が剣を向け合う、最悪の防衛戦。

 

それは、POHが仕組んだ悪意の舞台だった。

 

そして今、その幕が上がろうとしていた。

 

――続く。

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