エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
オリエンタ帝国による侵攻を退けたダナの町に、ようやく平穏が戻ろうとしていた。
黄金色に染まった麦畑。
穏やかな風に揺れる穂の向こうでは、水車が規則正しく回り、農夫たちが戦いで荒らされた畑の修復に取りかかっている。
町の住民たちも、ようやく安堵の表情を浮かべ始めていた。
だが――。
その平穏は、あまりにも短かった。
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時は少し遡る。
第十一層、ヴェストリア王国の城塞都市《テーム》。
その酒場の一角で、数人のプレイヤーが密談を交わしていた。
「……つまり、王国の兵士を動かす必要はないってことか?」
傭兵の一人が尋ねる。
その問いに、細身の男がゆっくりと頷いた。
モルテ。
彼は笑みを浮かべながら、卓上に広げた地図を指でなぞった。
「そういうことさ。考えてもみろよ。ダナの穀倉地帯は、今やオリエンタ帝国が喉から手が出るほど欲しがっている場所だ。あそこを押さえれば、食料の供給を握れる」
「だが、帝国軍は一度撃退されているんだろう?」
「ああ。だからこそ、今が好機なんだよ」
モルテは笑った。
「ダナの防衛部隊は帝国軍との戦闘で疲弊している。そこへ俺たち傭兵が攻め込む。王国は正規兵を一人も失わずに済むって寸法さ」
「しかし、俺たちが死ぬ可能性はあるだろう?」
「当然だ。戦争なんだからな」
モルテは肩をすくめた。
「だが、相応の褒賞が用意されるなら話は別だろう? 金、装備、功績。うまくやれば、オリエンタ帝国を出し抜いてダナの食料を手に入れられる」
周囲の傭兵たちが顔を見合わせる。
「……確かに、悪い話じゃないな」
「帝国の連中に先を越されるくらいなら……」
「褒賞次第だな」
反応は上々だった。
そしてモルテは、さらに言葉を重ねる。
「それに、敵の防衛部隊にはプレイヤーがいるそうだぜ」
「プレイヤー?」
「ああ。女もいるらしい。攻略組の連中だそうだ」
その言葉に、一人の傭兵が眉をひそめた。
「おいおい、プレイヤー同士で戦えっていうのか?」
「何を今さら」
モルテは、まるで当然のことのように答えた。
「このイベントじゃ、敵対する傭兵同士の戦闘は認められている。相手を倒してもオレンジカーソルにはならない。装備もコルも手に入る」
「…………」
「もちろん、怖いなら参加しなくてもいいさ。だが、危険を冒した奴だけが報酬を手にできる。それが傭兵ってもんだろ?」
モルテの言葉は巧妙だった。
嘘はついていない。
ただし、肝心なことを意図的に伏せていた。
ここはデスゲームだ。
倒されたプレイヤーは、二度と帰ってこない。
その事実を、報酬という甘い言葉で覆い隠していたのである。
やがて、話はヴェストリア王国の軍上層部にも持ち込まれた。
正規兵を温存しながら、ダナの食料を確保できる。
傭兵への褒賞は必要だが、王国にとっては十分に魅力的な提案だった。
そして――。
ヴェストリア王国は、傭兵部隊によるダナ侵攻を承認した。
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その報告を聞いた男は、暗いダンジョンの奥で笑っていた。
《ラフィン・コフィン》。
まだ攻略組の一部にしか知られていない、悪名高いPKギルド。
その首領、POHである。
「……ククッ。いいねえ」
傍らに立つモルテが報告する。
「予定どおりだ。王国側が乗ってきた。報酬につられた連中も、かなり集まっている」
「上出来だ」
POHは椅子に深く腰掛けた。
「で、ザザは?」
「もう部隊に潜り込ませた」
「ジョニーは?」
「オリエンタ帝国側だ。今回は動かせない」
「それでいい」
POHは口元を歪めた。
「同じ陣営に全員集める必要なんざねえ。むしろ、両方に目があった方が便利だ」
そして、楽しそうに続ける。
「ところでよ、モルテ。攻略組の連中はどうすると思う?」
「……戦うんじゃないのか?」
「ハッ。そりゃ、モンスター相手ならな」
POHは指先で卓を軽く叩いた。
「NPCを斬るのと、人間を斬るのは違う」
「…………」
「ましてや、あいつらは人を守るだの、全員で生き残るだの、綺麗事を並べている連中だ」
POHは愉快そうに笑った。
「そんな連中の前に、同じプレイヤーを並べてやるんだよ」
「……なるほど」
「殺さなきゃ、守れない。守ろうとすりゃ、殺さなきゃならない」
POHの笑みが深くなる。
「どっちを選んでも、あいつらの心に傷が残る」
その言葉に、モルテも笑った。
「悪趣味だな」
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
POHは立ち上がる。
「さあ、始めようじゃねえか」
その声には、隠しようのない歓喜があった。
「本物の戦争ってやつをな」
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第十二層、ダナ。
「大変よっ!!」
町の広場に、リズベットの叫び声が響き渡った。
駆け込んできた彼女は、息を切らしながら仲間たちに告げる。
「ヴェストリア王国が動いたわ!」
「えっ!?」
アスナが振り返る。
「また侵攻してくるの!?」
「そうよ! でも、今度は前と違うの!」
リズベットの顔から血の気が引いていた。
「今回の部隊は……傭兵部隊なのよ!」
「傭兵……?」
シリカが首を傾げる。
そして、その意味に気付いた瞬間、表情を凍らせた。
「ま、まさか……」
リズベットは唇を噛んだ。
「そう。NPCじゃない……プレイヤーなのよ!」
沈黙。
広場に集まっていた仲間たちが、一斉に言葉を失った。
「……そんな」
アスナが呟く。
先ほどまで彼女たちが戦っていたのは、オリエンタ帝国のNPC兵士だった。
もちろん、彼らも生きているように振る舞う存在である。
降伏すれば武器を収め、傷つけば苦痛の表情を浮かべる。
それでも、彼らはNPCだった。
だが、今度は違う。
敵の頭上に浮かぶカーソルの向こう側には、自分たちと同じ現実の人間がいる。
家族がいて、友人がいて、帰りを待っている人がいる。
そして、この世界でHPを失えば――。
現実世界でも、その命は失われる。
「わ、私……」
シリカの声が震えた。
「私、そんなの……戦えません……」
彼女は胸元で両手を握りしめた。
「だって、相手も私たちと同じプレイヤーなんですよね……? 倒したら、本当に死んじゃうんですよね……?」
誰も答えられなかった。
「……どうしてだ」
ディアベルが、苦しげに呟いた。
彼は第一層の教会を思い浮かべていた。
サーシャ。
そして、帰りを待っている子供たち。
自分は、あの子たちを現実世界へ帰すために戦っている。
それなのに――。
「どうして、同じ世界に閉じ込められた者同士で、殺し合わなきゃならないんだ……」
拳を握りしめる。
「俺たちは、全員で帰るために戦っているはずだろう……!」
その声には、怒りよりも深い悲しみが滲んでいた。
アスナも、剣の柄に手を置いたまま動けなかった。
自分は、少しでも早くこの世界を攻略するために《血盟騎士団》へ入った。
その決意に、迷いはない。
だが。
「……私たちが戦わなかったら、この町の人たちは……」
彼女の視線の先には、避難を始める住民たちがいた。
幼い子供を抱きかかえる母親。
荷車を引く老人。
懸命に食料を運び出す農夫たち。
彼らを守りたい。
しかし、そのために同じプレイヤーを斬ることができるのか。
アスナの指先が、わずかに震えた。
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「……くそっ!」
クラインが、悔しそうに拳を握りしめた。
腰に差しているのは、以前使用していた曲刀。
第八層で手に入れた愛刀《Forest Kagura》は、先のダイムラーとの戦闘で失われていた。
「こんな時に限ってよ……!」
彼は曲刀を引き抜く。
慣れ親しんだ武器ではある。
だが、刀スキルを習得し、独自の戦闘技術を磨いてきた今のクラインにとって、それは決して満足できる装備ではなかった。
「武器さえまともなら……!」
クラインは歯を食いしばる。
だが、彼を苦しめているのは武器の問題だけではなかった。
敵はプレイヤー。
剣を交えれば、相手を殺してしまうかもしれない。
それでも。
「……ちくしょう」
クラインは曲刀を握り直した。
「俺だって、人殺しなんざしたくねえよ……」
彼は仲間たちを見渡した。
「けどよ……だからって、ここで逃げるわけにもいかねえだろ!」
誰も反論しなかった。
それが正しいことだと、全員が理解していた。
ただ――。
正しいと理解することと、実行できることは別だった。
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「……皆さん」
静かな声が響いた。
ランスロットだった。
彼はいつもと変わらぬ表情で、盾と剣の状態を確認していた。
「まずは、防衛線を整えましょう」
「ランスロットさん……」
アスナが顔を上げる。
「あなたは……怖くないんですか?」
その問いに、ランスロットは少し考えてから答えた。
「怖くないと言えば、嘘になります」
彼は剣を鞘に収めた。
「ですが、恐怖に支配されて判断を誤れば、守れる命も守れなくなります」
「…………」
「敵がプレイヤーである以上、我々は慎重に戦わなければなりません。ですが、戦うことと、殺すことは必ずしも同じではありません」
その言葉に、シリカが顔を上げた。
「……殺さずに、戦う……?」
「ええ。武器を弾き、動きを封じ、降伏を促す。方法はあります」
ランスロットは穏やかに頷いた。
「ただし、簡単ではありません。相手が命を奪うつもりで向かってくるなら、なおさらです」
彼は周囲を見渡した。
「ですから、無理に敵を倒そうとしないでください。まずは生き残ること。そして、守るべき人々を守ることを優先しましょう」
その言葉は、動揺する仲間たちにわずかな落ち着きを取り戻させた。
だが――。
ランスロット自身も、まだ知らなかった。
今回の侵攻が、単なる食料争奪戦ではないことを。
敵の中には、最初からプレイヤーの命を奪うことだけを目的としている者たちが紛れ込んでいる。
そして、彼らは決して降伏などしない。
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町の防衛を担当するNPC兵士たちは、すでに配置についていた。
「敵傭兵部隊、接近!」
「西方街道より多数!」
「総員、防衛配置につけ!」
次々と報告が飛び交う。
兵士たちは整然と槍を構え、盾を並べる。
彼らにとって、敵がNPCであろうとプレイヤーであろうと関係なかった。
町を守る。
それが彼らに与えられた任務だった。
しかし、その隣に立つ攻略組のプレイヤーたちは違った。
アスナは細剣を握りしめる。
リズベットは戦鎚を肩に担ぐが、その表情は硬い。
シリカはピナを抱きしめ、必死に呼吸を整えていた。
ディアベルは剣を抜き、クラインは曲刀を構える。
そして、ランスロットだけが静かに前方を見据えていた。
やがて――。
麦畑の向こうに、人影が現れた。
一人。
二人。
十人。
そして、その後ろから続々と姿を現す武装したプレイヤーたち。
剣、槍、斧、曲刀。
装備も統一されていない。
それは正規軍ではなく、報酬を目当てに集められた傭兵部隊であることを物語っていた。
「……嘘でしょ」
リズベットが呟く。
「本当に……プレイヤーばっかりじゃない……」
敵の頭上に浮かぶカーソル。
そこには、NPCではないことを示すプレイヤーの識別情報が表示されていた。
アスナの背筋に冷たいものが走る。
「……どうして、こんなことに……」
その時だった。
敵陣の後方。
フードを目深に被った二人の男が、静かに戦場を眺めていた。
モルテとザザ。
彼らは、前線で戸惑う攻略組の姿を見つめていた。
「……見ろよ、ザザ」
モルテが小さく笑った。
「連中、完全に固まってやがる」
ザザは無言で頷いた。
「……始めるか」
「ああ」
モルテは、ゆっくりと剣の柄に手を置いた。
「正義の味方ってのは、こういう時に不便だよなあ」
そして、口元を歪める。
「殺したくない相手が、殺しに来るんだからよ」
遠くで、進軍を告げる角笛が鳴った。
――ブオオオオオオッ!!
黄金色の麦畑に、戦いの音が響き渡る。
オリエンタ帝国による侵攻とは、まったく異なる戦い。
プレイヤー同士が剣を向け合う、最悪の防衛戦。
それは、POHが仕組んだ悪意の舞台だった。
そして今、その幕が上がろうとしていた。
――続く。