エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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128 勝者なき勝利

黄金色の麦畑を渡る風が、戦場に土埃を運んでいた。

 

ヴェストリア王国の傭兵部隊による侵攻。

 

それは先ほど撃退したオリエンタ帝国の正規軍とは、まったく性質の異なるものだった。

 

敵はNPCではない。

 

自分たちと同じ、現実世界に帰ることを願うプレイヤーたちなのだ。

 

「……みんな、聞いて」

 

アスナが静かに口を開いた。

 

その手には、先ほどの戦闘で手に入れた両手剣の宝具《ダイムラー》が握られていた。

 

強大な攻撃力を持つ大剣。

 

しかし、彼女はそれを自分で使おうとはしなかった。

 

「ディアベルさん、これを」

 

「……俺に?」

 

差し出された大剣を見て、ディアベルは目を丸くした。

 

「この中で両手剣スキルを鍛えているのはディアベルさんだけです。それに、筋力値も十分。今、この武器を扱えるのはあなたしかいません」

 

「確かに、そうだけど……」

 

「お願いがあります」

 

アスナは彼の目をまっすぐに見つめた。

 

「この剣で、敵の武器を破壊してください」

 

「……武器破壊?」

 

「はい。私たちは、誰も殺しません」

 

その言葉に、一同が息を呑んだ。

 

「相手はプレイヤーです。たとえ敵国の傭兵でも、ここで殺してしまったら……その人は二度と現実世界に戻れません」

 

アスナは一度言葉を切った。

 

「だから、戦闘能力を奪って捕縛します。ディアベルさんには、その中心になってほしいんです」

 

ディアベルはしばらく宝具を見つめていた。

 

やがて、力強く頷いた。

 

「わかった。武器破壊だね。任せてくれ」

 

彼は大剣を受け取り、装備を変更する。

 

重厚な刃が夕陽を受けて鈍く輝いた。

 

「シリカちゃん」

 

「は、はい!」

 

「怖いよね。プレイヤー同士で戦うなんて……」

 

シリカは唇を噛み、俯いた。

 

「……はい。私、やっぱり……怖いです」

 

「うん。だから、無理に戦わなくていいの」

 

アスナは彼女の肩にそっと手を置いた。

 

「でも、あなたとピナが今回の鍵なの」

 

「……私たちが?」

 

「ピナのブレスで回復支援をお願い。味方へのバフ、敵へのデバフも使って、みんなが安全に戦えるようにしてほしいの」

 

シリカは肩に乗る小さな相棒を見た。

 

「ピナ……できる?」

 

「キュルルッ!」

 

元気な返事が返ってくる。

 

シリカは小さく笑った。

 

「はい! 私たち、頑張ります!」

 

「ありがとう」

 

アスナは続いてランスロットへ向き直った。

 

「ランスロットさん。ダナの兵士さんたちと協力して、隊列を維持してください。相手を分断して、集団で包囲するんです」

 

「承知した」

 

銀の騎士は静かに頷いた。

 

「ただし、無用な殺傷は避ける。そういうことだな?」

 

「はい。お願いします」

 

「心得た。兵たちにも徹底させよう」

 

最後に、アスナは赤い鉢巻きの男を見た。

 

「クラインさん」

 

「おう!」

 

「風林火山のみなさんと協力して、敵の無力化をお願いします。相手の攻撃を受け流し、武器を落とさせてください」

 

「……なるほどな」

 

クラインの刀はまだ折れたままだ、以前迄使っていた曲刀では心許がない。だがそんな事を言ってられなかった、心を奮い立たせてアスナに応える。

 

「わかったぜ、アスナちゃん」

 

彼はニッと笑った。

 

「峰打ち上等! 野郎ども、殺さずに全員とっ捕まえるぞ!」

 

「「おおっ!!」」

 

風林火山の仲間たちが応じる。

 

「リズ!」

 

「わかってるわよ!」

 

リズベットは愛用のハンマーを肩に担いだ。

 

「武器の耐久値を削ればいいんでしょ? 鍛冶屋の腕の見せどころね!」

 

アスナは頷いた。

 

「みんな、お願い」

 

そして、細剣を抜いた。

 

「一人も死なせずに、この町を守りましょう!」

 

---

 

戦闘は、アスナの指揮によって予想以上に優勢に進んだ。

 

「ランスロットさん! 右翼をお願いします!」

 

「承知!」

 

ダナの兵士たちが盾を構え、侵攻してきた傭兵たちを押し返す。

 

敵はプレイヤー。

 

当然、NPCのような決まった攻撃パターンは存在しない。

 

だが、アスナはそこに別の弱点を見いだしていた。

 

彼らは正規の軍隊ではない。

 

褒賞に釣られて集まった、寄せ集めの傭兵なのだ。

 

「隊列が乱れてる……!」

 

アスナは即座に判断した。

 

「ディアベルさん、中央の重装備プレイヤーを!」

 

「了解!」

 

ディアベルが《ダイムラー》を振り上げた。

 

両手剣スキルが発動する。

 

重厚な剣身が鮮烈な光を放ち、敵の盾へ叩き込まれた。

 

ガギィィィン!!

 

「うわっ!?」

 

盾の耐久値が一気に削られ、赤い警告表示が走る。

 

続く一撃。

 

パキィィン!!

 

盾が砕け散った。

 

「なっ!? 俺の盾が!!」

 

「降参してくれ! 俺たちは君を殺したくない!」

 

ディアベルの叫びに、敵のプレイヤーは武器を落とした。

 

両手を上げる。

 

「こ、降参だ!」

 

「よし! ランスロット!」

 

「任せろ!」

 

ダナの兵士たちが素早く駆け寄り、降伏した傭兵を拘束した。

 

別の場所では、クラインたちが奮闘していた。

 

「おらよっ!」

 

キィン!

 

クラインの曲刀が敵の剣を弾く。

 

「くそっ! なんで攻撃してこねえんだ!」

 

「してるだろうが! ただし、お前の命じゃなくて武器にな!」

 

「なに!?」

 

「今だ! 野郎ども!」

 

風林火山の仲間が左右から飛び込み、敵の武器を弾き飛ばした。

 

「はい、一丁上がり!」

 

「ふざけんな!」

 

「ふざけてねえよ! 死ぬよりずっとマシだろ!」

 

クラインは敵の喉元へ刀を突きつけた。

 

「降参しろ。俺たちはお前を殺さねえ」

 

敵の男はしばらく睨みつけていたが、やがて力なく両手を上げた。

 

「……わかったよ」

 

一方、シリカも懸命に戦場を支えていた。

 

「ピナ! お願い!」

 

「キュルルルッ!」

 

小さな竜が飛び上がり、淡い光のブレスを吐く。

 

味方のHPが回復し、支援効果を示すアイコンが点灯する。

 

「ありがとう、ピナ!」

 

シリカは必死に周囲を見渡した。

 

誰かが傷つけば回復。

 

敵が突破しそうになれば、デバフで足止め。

 

自分自身が剣を振るうことは少なかったが、彼女の働きは確実に戦況を支えていた。

 

そして、リズベット。

 

「ちょっと! そこのあんた!」

 

「な、なんだ!?」

 

「そんなボロボロの剣で戦ってんじゃないわよ!」

 

ガァン!!

 

「ぎゃあっ!?」

 

敵の片手剣にハンマーを叩き込み、耐久値を削り取る。

 

「武器を大切にしないからそうなるのよ!」

 

「お、お前が壊したんだろうが!!」

 

「うるさい! 降参!」

 

「ひいっ!」

 

敵は慌てて両手を上げた。

 

戦場のあちこちで、傭兵たちが武器を捨て始めていた。

 

アスナの作戦は成功しつつあった。

 

---

 

しかし、その様子を後方から眺めている男がいた。

 

モルテ。

 

ヴェストリア王国の傭兵に紛れ込んだ、ラフィン・コフィンの一員である。

 

「……ちっ」

 

舌打ちした。

 

「なんだよ、あの甘っちょろい戦い方は」

 

本来なら、もっと激しい殺し合いになるはずだった。

 

傭兵たちが互いに剣を振るい、怒りに任せて命を奪い合う。

 

その混乱こそが、彼らの望む展開だった。

 

だが、アスナの指揮は予想以上に的確だった。

 

「おい! 何やってんだ!」

 

モルテは近くの傭兵へ怒鳴った。

 

「降参したら報酬はゼロだぞ! ここまで来て手ぶらで帰る気か!?」

 

「で、でもよ……」

 

「向こうは殺す気がねえんだ! だったら怖がる必要ねえだろ!」

 

別の傭兵にも声をかける。

 

「お前ら、あいつらに舐められてんぞ! 武器を捨てろだと? 冗談じゃねえ!」

 

「そ、そうだ!」

 

「俺たちはまだ負けてねえ!」

 

再び剣を構える者たち。

 

モルテは口元を歪めた。

 

「そうだ。それでいい……」

 

しかし、その抵抗も長くは続かなかった。

 

「アスナ! 敵の後方で再集結してる!」

 

リズの声が飛ぶ。

 

「わかった! ランスロットさん、左翼から包囲してください!」

 

「承知!」

 

「ディアベルさん、正面を!」

 

「任せろ!」

 

再び戦線が動く。

 

統率の取れたダナ防衛隊に対して、傭兵たちは連携が取れていなかった。

 

モルテがいくら煽っても、目の前で仲間が次々と捕縛されていく。

 

やがて、一人が剣を落とした。

 

「もう嫌だ! 降参する!」

 

それを皮切りに、次々と武器が地面に転がった。

 

「俺も降参だ!」

 

「もう戦わねえ!」

 

「命だけは助けてくれ!」

 

そして――。

 

戦闘は終わった。

 

---

 

「……終わった?」

 

シリカが呟いた。

 

ピナが彼女の肩へ戻ってくる。

 

周囲を見渡す。

 

倒れている者はいる。

 

負傷者もいる。

 

だが、死亡を示すポリゴン片はどこにも見当たらなかった。

 

「……やった」

 

シリカの目に涙が浮かんだ。

 

「アスナさん……! 誰も死んでません!」

 

「……うん」

 

アスナもようやく細剣を下ろした。

 

「よかった……」

 

胸の奥に溜まっていた緊張が、少しずつ解けていく。

 

ディアベルが歩み寄ってきた。

 

「アスナ君、見事だったよ」

 

「ディアベルさん……」

 

「君の指示がなければ、もっと悲惨な結果になっていたかもしれない」

 

クラインも曲刀を鞘に収めた。

 

「いやあ、正直どうなることかと思ったぜ。敵がプレイヤーだって聞いたときはよ」

 

「クラインさん……」

 

「けど、やれるもんだな。誰も殺さずに勝つってのも」

 

リズベットがハンマーを肩に担ぎ直した。

 

「ま、武器はいっぱい壊しちゃったけどね」

 

「それは仕方ないよ、リズ」

 

「そうね……」

 

みんなが笑った。

 

ほんの少しだけ。

 

ようやく取り戻した、安堵の笑顔だった。

 

「それじゃあ、捕虜の皆さんを収容所へ移送しましょう」

 

アスナが告げた。

 

ダナの町には、戦争イベント用の収容施設が設けられている。

 

圏内に入れば、もう武器による攻撃はできない。

 

そこまで連れていけば、安全に拘束できるはずだった。

 

「よーし! 野郎ども、あと一仕事だ!」

 

クラインが声を張り上げる。

 

捕縛したプレイヤーたちが、ダナの兵士に付き添われて歩き始めた。

 

夕陽が、黄金色の麦畑を赤く染めていた。

 

長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。

 

誰も死ななかった。

 

誰も殺さなかった。

 

彼らは、そう信じていた。

 

――その瞬間までは。

 

---

 

ヒュッ。

 

小さな風切り音がした。

 

「……え?」

 

先頭を歩いていた捕虜の一人が、突然立ち止まった。

 

胸元に、細い投剣が突き刺さっていた。

 

「……なん、だ?」

 

HPバーが急激に減少する。

 

黄色。

 

赤色。

 

そして――。

 

パリィィィン!!

 

青白いポリゴン片が、夕陽の中に飛び散った。

 

「…………え?」

 

アスナは目を見開いた。

 

そこにいたはずのプレイヤーが、消えていた。

 

装備も。

 

身体も。

 

何もかも。

 

「……おい?」

 

クラインが呟く。

 

「……今、何が……?」

 

ヒュッ!!

 

再び風切り音。

 

「ぐあっ!?」

 

二人目の捕虜が倒れた。

 

「なっ!?」

 

「伏せろ!!」

 

ランスロットが叫んだ。

 

だが、遅かった。

 

パリィィィン!!

 

二人目が砕け散る。

 

「いやああああっ!!」

 

シリカの悲鳴が響いた。

 

「敵襲! 全員、伏せて!!」

 

アスナが叫ぶ。

 

しかし、捕虜たちは混乱していた。

 

武器を取り上げられ、拘束され、身動きが制限されている。

 

「た、助けてくれ!」

 

「なんだよこれ! 降参しただろ!?」

 

「おい! 約束が違うじゃねえか!!」

 

その叫びが、アスナの胸を抉った。

 

「違う! 私たちじゃ――!」

 

ヒュッ!!

 

三本目。

 

「や、やめ――」

 

パリィィィン!!

 

三人目が消えた。

 

「…………っ!!」

 

時間が止まったように感じられた。

 

空中に散らばったポリゴン片が、夕陽を反射して煌めいている。

 

それは美しかった。

 

あまりにも、美しすぎた。

 

人間が死ぬ瞬間だというのに。

 

「……あ……ああ……」

 

アスナの唇が震えた。

 

自分の目の前で。

 

自分が助けると約束したプレイヤーが。

 

三人も。

 

死んだ。

 

---

 

「茂みだ!!」

 

ディアベルが叫んだ。

 

「クライン! あそこだ!」

 

「おおっ!!」

 

二人が駆け出した。

 

投剣の飛んできた方向。

 

麦畑の外れにある、小さな林。

 

そこに、一瞬だけ人影が見えた。

 

オリエンタ帝国の傭兵登録を示す識別表示。

 

ジョニー・ブラック。

 

ラフィン・コフィンの一員。

 

彼はヴェストリア王国の傭兵たちを、敵国側から狙撃していたのだ。

 

戦争イベントの仕組みを利用すれば、敵対陣営のプレイヤーを攻撃しても、通常の犯罪者カーソルには変化しない。

 

しかも、狙われた捕虜たちはすでに戦闘能力を奪われていた。

 

抵抗できない相手を、一方的に殺す。

 

それが彼らの狙いだった。

 

「待ちやがれえええ!!」

 

クラインが叫ぶ。

 

だが、林へ飛び込んだときには、すでに人影はなかった。

 

「くそっ! どこだ!!」

 

茂みを掻き分ける。

 

木々の間を走る。

 

だが、誰もいない。

 

「……逃げられた」

 

ディアベルが立ち止まった。

 

「……くそっ!」

 

クラインは拳を木の幹へ叩きつけた。

 

「くそっ! くそっ! くそおおおおっ!!」

 

誰もいない林に、彼の叫びだけが響いた。

 

---

 

戦場には、重苦しい沈黙が降りていた。

 

誰も動けなかった。

 

誰も言葉を発しなかった。

 

「……どうして」

 

アスナが呟いた。

 

「……どうして……?」

 

彼女の細剣が、手の中で震えていた。

 

「……だって……降参したのに……」

 

敵は武器を捨てた。

 

彼女たちはそれを受け入れた。

 

もう戦う必要はなかった。

 

なのに。

 

「……私……」

 

アスナの声が掠れた。

 

「……私、助けるって……」

 

膝が折れた。

 

「……約束したのに……」

 

地面に手をつく。

 

「……どうして……?」

 

誰も答えられなかった。

 

シリカはその場に座り込んでいた。

 

「……ひっ……ひっく……」

 

小さな肩が震えている。

 

「……死んじゃった……」

 

ピナが心配そうに頬を擦り寄せた。

 

「……ピナ……」

 

シリカは相棒を抱き締めた。

 

「……あの人たち……降参してたのに……」

 

涙が止まらなかった。

 

「……もう、戦わないって……言ってたのに……!」

 

「キュルル……」

 

小さな竜は、ただ彼女に寄り添うことしかできなかった。

 

少し離れた場所で、リズベットが立ち尽くしていた。

 

手に持っていたハンマーが、滑り落ちる。

 

ガランッ。

 

乾いた音が響いた。

 

「……嘘でしょ」

 

彼女は呆然と呟いた。

 

「……なんでよ……」

 

さっきまで、自分が武器を壊していた相手だ。

 

乱暴な言葉を交わし、降参させた相手だ。

 

生きているからこそ、そんなやり取りができた。

 

なのに。

 

「……なんで……こんなことになるのよ……」

 

リズベットは顔を覆った。

 

「……こんなの……ひどすぎるじゃない……!」

 

やがて、林から二人が戻ってきた。

 

ディアベルとクライン。

 

その表情を見ただけで、犯人を捕まえられなかったことはわかった。

 

「……すまない」

 

ディアベルが頭を下げた。

 

「……逃げられた」

 

アスナは何も答えなかった。

 

「……俺が……」

 

ディアベルは拳を握り締めた。

 

「……俺がもっと早く気づいていれば……!」

 

彼は攻略組を率いた経験を持つ指揮官だった。

 

だからこそ、わかっていた。

 

今回の戦いは、アスナの指揮によって勝利したのだ。

 

だが。

 

その勝利の後に、三人が殺された。

 

「……こんな結末が……あるのか……」

 

ディアベルは俯いた。

 

「……俺たちは……何のために……」

 

その隣で、クラインが空を見上げた。

 

赤い夕焼け。

 

まるで、空そのものが血に染まっているようだった。

 

「……ふざけんなよ」

 

低い声だった。

 

「……ふざけんな……」

 

握り締めた拳が震えていた。

 

「俺たちはよ……!」

 

声が大きくなる。

 

「誰も殺さねえように、必死で戦ったんだぞ!!」

 

誰も答えない。

 

「武器を壊して! 動けなくして! 降参させて!」

 

彼は空へ向かって叫んだ。

 

「それで終わりだったはずだろうが!!」

 

涙が頬を伝った。

 

「なんでだよ……!」

 

赤い鉢巻きが、夕風に揺れた。

 

「なんで……あいつらが死ななきゃならねえんだよ……!!」

 

その叫びは、ダナの麦畑に響き渡った。

 

誰も彼を止めなかった。

 

止められるはずがなかった。

 

---

 

やがて、夕陽が地平線へ沈み始めた。

 

ダナの町は守られた。

 

食料も奪われなかった。

 

ヴェストリア王国の侵攻部隊は撃退され、多くの傭兵が捕縛された。

 

防衛クエストの結果は、成功。

 

システム上では、紛れもない勝利だった。

 

しかし。

 

その場にいる誰一人として、勝ったとは思っていなかった。

 

アスナは、まだ地面に膝をついていた。

 

目の前に浮かんだシステムウィンドウ。

 

そこには、無機質な文字が表示されていた。

 

《防衛クエスト達成》

 

《報酬を受け取ってください》

 

アスナはそれを見つめた。

 

そして、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……いらない……」

 

小さな声だった。

 

「……こんなもの……」

 

報酬画面を閉じる。

 

「……こんな勝利……いらない……」

 

誰も彼女を責めなかった。

 

誰も、彼女の指示が間違っていたとは思わなかった。

 

それでも。

 

三人の命は、戻ってこない。

 

この世界では、人間の死は数字として記録される。

 

HPがゼロになれば、プレイヤーは消滅する。

 

たったそれだけのこと。

 

だが、その数字の向こうには、現実世界で帰りを待つ家族がいる。

 

友人がいる。

 

未来がある。

 

そのすべてが、今、失われたのだ。

 

風が吹いた。

 

黄金色の麦穂が、静かに揺れる。

 

昨日までと何も変わらない、穏やかな景色。

 

けれど、アスナたちにとって、この夕焼けは決して忘れられないものになった。

 

誰も殺さずに勝とうとした戦い。

 

その結末は――。

 

三人の死。

 

そして、勝利したはずの者たちの敗北だった。

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