エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
黄金色の麦畑を渡る風が、戦場に土埃を運んでいた。
ヴェストリア王国の傭兵部隊による侵攻。
それは先ほど撃退したオリエンタ帝国の正規軍とは、まったく性質の異なるものだった。
敵はNPCではない。
自分たちと同じ、現実世界に帰ることを願うプレイヤーたちなのだ。
「……みんな、聞いて」
アスナが静かに口を開いた。
その手には、先ほどの戦闘で手に入れた両手剣の宝具《ダイムラー》が握られていた。
強大な攻撃力を持つ大剣。
しかし、彼女はそれを自分で使おうとはしなかった。
「ディアベルさん、これを」
「……俺に?」
差し出された大剣を見て、ディアベルは目を丸くした。
「この中で両手剣スキルを鍛えているのはディアベルさんだけです。それに、筋力値も十分。今、この武器を扱えるのはあなたしかいません」
「確かに、そうだけど……」
「お願いがあります」
アスナは彼の目をまっすぐに見つめた。
「この剣で、敵の武器を破壊してください」
「……武器破壊?」
「はい。私たちは、誰も殺しません」
その言葉に、一同が息を呑んだ。
「相手はプレイヤーです。たとえ敵国の傭兵でも、ここで殺してしまったら……その人は二度と現実世界に戻れません」
アスナは一度言葉を切った。
「だから、戦闘能力を奪って捕縛します。ディアベルさんには、その中心になってほしいんです」
ディアベルはしばらく宝具を見つめていた。
やがて、力強く頷いた。
「わかった。武器破壊だね。任せてくれ」
彼は大剣を受け取り、装備を変更する。
重厚な刃が夕陽を受けて鈍く輝いた。
「シリカちゃん」
「は、はい!」
「怖いよね。プレイヤー同士で戦うなんて……」
シリカは唇を噛み、俯いた。
「……はい。私、やっぱり……怖いです」
「うん。だから、無理に戦わなくていいの」
アスナは彼女の肩にそっと手を置いた。
「でも、あなたとピナが今回の鍵なの」
「……私たちが?」
「ピナのブレスで回復支援をお願い。味方へのバフ、敵へのデバフも使って、みんなが安全に戦えるようにしてほしいの」
シリカは肩に乗る小さな相棒を見た。
「ピナ……できる?」
「キュルルッ!」
元気な返事が返ってくる。
シリカは小さく笑った。
「はい! 私たち、頑張ります!」
「ありがとう」
アスナは続いてランスロットへ向き直った。
「ランスロットさん。ダナの兵士さんたちと協力して、隊列を維持してください。相手を分断して、集団で包囲するんです」
「承知した」
銀の騎士は静かに頷いた。
「ただし、無用な殺傷は避ける。そういうことだな?」
「はい。お願いします」
「心得た。兵たちにも徹底させよう」
最後に、アスナは赤い鉢巻きの男を見た。
「クラインさん」
「おう!」
「風林火山のみなさんと協力して、敵の無力化をお願いします。相手の攻撃を受け流し、武器を落とさせてください」
「……なるほどな」
クラインの刀はまだ折れたままだ、以前迄使っていた曲刀では心許がない。だがそんな事を言ってられなかった、心を奮い立たせてアスナに応える。
「わかったぜ、アスナちゃん」
彼はニッと笑った。
「峰打ち上等! 野郎ども、殺さずに全員とっ捕まえるぞ!」
「「おおっ!!」」
風林火山の仲間たちが応じる。
「リズ!」
「わかってるわよ!」
リズベットは愛用のハンマーを肩に担いだ。
「武器の耐久値を削ればいいんでしょ? 鍛冶屋の腕の見せどころね!」
アスナは頷いた。
「みんな、お願い」
そして、細剣を抜いた。
「一人も死なせずに、この町を守りましょう!」
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戦闘は、アスナの指揮によって予想以上に優勢に進んだ。
「ランスロットさん! 右翼をお願いします!」
「承知!」
ダナの兵士たちが盾を構え、侵攻してきた傭兵たちを押し返す。
敵はプレイヤー。
当然、NPCのような決まった攻撃パターンは存在しない。
だが、アスナはそこに別の弱点を見いだしていた。
彼らは正規の軍隊ではない。
褒賞に釣られて集まった、寄せ集めの傭兵なのだ。
「隊列が乱れてる……!」
アスナは即座に判断した。
「ディアベルさん、中央の重装備プレイヤーを!」
「了解!」
ディアベルが《ダイムラー》を振り上げた。
両手剣スキルが発動する。
重厚な剣身が鮮烈な光を放ち、敵の盾へ叩き込まれた。
ガギィィィン!!
「うわっ!?」
盾の耐久値が一気に削られ、赤い警告表示が走る。
続く一撃。
パキィィン!!
盾が砕け散った。
「なっ!? 俺の盾が!!」
「降参してくれ! 俺たちは君を殺したくない!」
ディアベルの叫びに、敵のプレイヤーは武器を落とした。
両手を上げる。
「こ、降参だ!」
「よし! ランスロット!」
「任せろ!」
ダナの兵士たちが素早く駆け寄り、降伏した傭兵を拘束した。
別の場所では、クラインたちが奮闘していた。
「おらよっ!」
キィン!
クラインの曲刀が敵の剣を弾く。
「くそっ! なんで攻撃してこねえんだ!」
「してるだろうが! ただし、お前の命じゃなくて武器にな!」
「なに!?」
「今だ! 野郎ども!」
風林火山の仲間が左右から飛び込み、敵の武器を弾き飛ばした。
「はい、一丁上がり!」
「ふざけんな!」
「ふざけてねえよ! 死ぬよりずっとマシだろ!」
クラインは敵の喉元へ刀を突きつけた。
「降参しろ。俺たちはお前を殺さねえ」
敵の男はしばらく睨みつけていたが、やがて力なく両手を上げた。
「……わかったよ」
一方、シリカも懸命に戦場を支えていた。
「ピナ! お願い!」
「キュルルルッ!」
小さな竜が飛び上がり、淡い光のブレスを吐く。
味方のHPが回復し、支援効果を示すアイコンが点灯する。
「ありがとう、ピナ!」
シリカは必死に周囲を見渡した。
誰かが傷つけば回復。
敵が突破しそうになれば、デバフで足止め。
自分自身が剣を振るうことは少なかったが、彼女の働きは確実に戦況を支えていた。
そして、リズベット。
「ちょっと! そこのあんた!」
「な、なんだ!?」
「そんなボロボロの剣で戦ってんじゃないわよ!」
ガァン!!
「ぎゃあっ!?」
敵の片手剣にハンマーを叩き込み、耐久値を削り取る。
「武器を大切にしないからそうなるのよ!」
「お、お前が壊したんだろうが!!」
「うるさい! 降参!」
「ひいっ!」
敵は慌てて両手を上げた。
戦場のあちこちで、傭兵たちが武器を捨て始めていた。
アスナの作戦は成功しつつあった。
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しかし、その様子を後方から眺めている男がいた。
モルテ。
ヴェストリア王国の傭兵に紛れ込んだ、ラフィン・コフィンの一員である。
「……ちっ」
舌打ちした。
「なんだよ、あの甘っちょろい戦い方は」
本来なら、もっと激しい殺し合いになるはずだった。
傭兵たちが互いに剣を振るい、怒りに任せて命を奪い合う。
その混乱こそが、彼らの望む展開だった。
だが、アスナの指揮は予想以上に的確だった。
「おい! 何やってんだ!」
モルテは近くの傭兵へ怒鳴った。
「降参したら報酬はゼロだぞ! ここまで来て手ぶらで帰る気か!?」
「で、でもよ……」
「向こうは殺す気がねえんだ! だったら怖がる必要ねえだろ!」
別の傭兵にも声をかける。
「お前ら、あいつらに舐められてんぞ! 武器を捨てろだと? 冗談じゃねえ!」
「そ、そうだ!」
「俺たちはまだ負けてねえ!」
再び剣を構える者たち。
モルテは口元を歪めた。
「そうだ。それでいい……」
しかし、その抵抗も長くは続かなかった。
「アスナ! 敵の後方で再集結してる!」
リズの声が飛ぶ。
「わかった! ランスロットさん、左翼から包囲してください!」
「承知!」
「ディアベルさん、正面を!」
「任せろ!」
再び戦線が動く。
統率の取れたダナ防衛隊に対して、傭兵たちは連携が取れていなかった。
モルテがいくら煽っても、目の前で仲間が次々と捕縛されていく。
やがて、一人が剣を落とした。
「もう嫌だ! 降参する!」
それを皮切りに、次々と武器が地面に転がった。
「俺も降参だ!」
「もう戦わねえ!」
「命だけは助けてくれ!」
そして――。
戦闘は終わった。
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「……終わった?」
シリカが呟いた。
ピナが彼女の肩へ戻ってくる。
周囲を見渡す。
倒れている者はいる。
負傷者もいる。
だが、死亡を示すポリゴン片はどこにも見当たらなかった。
「……やった」
シリカの目に涙が浮かんだ。
「アスナさん……! 誰も死んでません!」
「……うん」
アスナもようやく細剣を下ろした。
「よかった……」
胸の奥に溜まっていた緊張が、少しずつ解けていく。
ディアベルが歩み寄ってきた。
「アスナ君、見事だったよ」
「ディアベルさん……」
「君の指示がなければ、もっと悲惨な結果になっていたかもしれない」
クラインも曲刀を鞘に収めた。
「いやあ、正直どうなることかと思ったぜ。敵がプレイヤーだって聞いたときはよ」
「クラインさん……」
「けど、やれるもんだな。誰も殺さずに勝つってのも」
リズベットがハンマーを肩に担ぎ直した。
「ま、武器はいっぱい壊しちゃったけどね」
「それは仕方ないよ、リズ」
「そうね……」
みんなが笑った。
ほんの少しだけ。
ようやく取り戻した、安堵の笑顔だった。
「それじゃあ、捕虜の皆さんを収容所へ移送しましょう」
アスナが告げた。
ダナの町には、戦争イベント用の収容施設が設けられている。
圏内に入れば、もう武器による攻撃はできない。
そこまで連れていけば、安全に拘束できるはずだった。
「よーし! 野郎ども、あと一仕事だ!」
クラインが声を張り上げる。
捕縛したプレイヤーたちが、ダナの兵士に付き添われて歩き始めた。
夕陽が、黄金色の麦畑を赤く染めていた。
長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。
誰も死ななかった。
誰も殺さなかった。
彼らは、そう信じていた。
――その瞬間までは。
---
ヒュッ。
小さな風切り音がした。
「……え?」
先頭を歩いていた捕虜の一人が、突然立ち止まった。
胸元に、細い投剣が突き刺さっていた。
「……なん、だ?」
HPバーが急激に減少する。
黄色。
赤色。
そして――。
パリィィィン!!
青白いポリゴン片が、夕陽の中に飛び散った。
「…………え?」
アスナは目を見開いた。
そこにいたはずのプレイヤーが、消えていた。
装備も。
身体も。
何もかも。
「……おい?」
クラインが呟く。
「……今、何が……?」
ヒュッ!!
再び風切り音。
「ぐあっ!?」
二人目の捕虜が倒れた。
「なっ!?」
「伏せろ!!」
ランスロットが叫んだ。
だが、遅かった。
パリィィィン!!
二人目が砕け散る。
「いやああああっ!!」
シリカの悲鳴が響いた。
「敵襲! 全員、伏せて!!」
アスナが叫ぶ。
しかし、捕虜たちは混乱していた。
武器を取り上げられ、拘束され、身動きが制限されている。
「た、助けてくれ!」
「なんだよこれ! 降参しただろ!?」
「おい! 約束が違うじゃねえか!!」
その叫びが、アスナの胸を抉った。
「違う! 私たちじゃ――!」
ヒュッ!!
三本目。
「や、やめ――」
パリィィィン!!
三人目が消えた。
「…………っ!!」
時間が止まったように感じられた。
空中に散らばったポリゴン片が、夕陽を反射して煌めいている。
それは美しかった。
あまりにも、美しすぎた。
人間が死ぬ瞬間だというのに。
「……あ……ああ……」
アスナの唇が震えた。
自分の目の前で。
自分が助けると約束したプレイヤーが。
三人も。
死んだ。
---
「茂みだ!!」
ディアベルが叫んだ。
「クライン! あそこだ!」
「おおっ!!」
二人が駆け出した。
投剣の飛んできた方向。
麦畑の外れにある、小さな林。
そこに、一瞬だけ人影が見えた。
オリエンタ帝国の傭兵登録を示す識別表示。
ジョニー・ブラック。
ラフィン・コフィンの一員。
彼はヴェストリア王国の傭兵たちを、敵国側から狙撃していたのだ。
戦争イベントの仕組みを利用すれば、敵対陣営のプレイヤーを攻撃しても、通常の犯罪者カーソルには変化しない。
しかも、狙われた捕虜たちはすでに戦闘能力を奪われていた。
抵抗できない相手を、一方的に殺す。
それが彼らの狙いだった。
「待ちやがれえええ!!」
クラインが叫ぶ。
だが、林へ飛び込んだときには、すでに人影はなかった。
「くそっ! どこだ!!」
茂みを掻き分ける。
木々の間を走る。
だが、誰もいない。
「……逃げられた」
ディアベルが立ち止まった。
「……くそっ!」
クラインは拳を木の幹へ叩きつけた。
「くそっ! くそっ! くそおおおおっ!!」
誰もいない林に、彼の叫びだけが響いた。
---
戦場には、重苦しい沈黙が降りていた。
誰も動けなかった。
誰も言葉を発しなかった。
「……どうして」
アスナが呟いた。
「……どうして……?」
彼女の細剣が、手の中で震えていた。
「……だって……降参したのに……」
敵は武器を捨てた。
彼女たちはそれを受け入れた。
もう戦う必要はなかった。
なのに。
「……私……」
アスナの声が掠れた。
「……私、助けるって……」
膝が折れた。
「……約束したのに……」
地面に手をつく。
「……どうして……?」
誰も答えられなかった。
シリカはその場に座り込んでいた。
「……ひっ……ひっく……」
小さな肩が震えている。
「……死んじゃった……」
ピナが心配そうに頬を擦り寄せた。
「……ピナ……」
シリカは相棒を抱き締めた。
「……あの人たち……降参してたのに……」
涙が止まらなかった。
「……もう、戦わないって……言ってたのに……!」
「キュルル……」
小さな竜は、ただ彼女に寄り添うことしかできなかった。
少し離れた場所で、リズベットが立ち尽くしていた。
手に持っていたハンマーが、滑り落ちる。
ガランッ。
乾いた音が響いた。
「……嘘でしょ」
彼女は呆然と呟いた。
「……なんでよ……」
さっきまで、自分が武器を壊していた相手だ。
乱暴な言葉を交わし、降参させた相手だ。
生きているからこそ、そんなやり取りができた。
なのに。
「……なんで……こんなことになるのよ……」
リズベットは顔を覆った。
「……こんなの……ひどすぎるじゃない……!」
やがて、林から二人が戻ってきた。
ディアベルとクライン。
その表情を見ただけで、犯人を捕まえられなかったことはわかった。
「……すまない」
ディアベルが頭を下げた。
「……逃げられた」
アスナは何も答えなかった。
「……俺が……」
ディアベルは拳を握り締めた。
「……俺がもっと早く気づいていれば……!」
彼は攻略組を率いた経験を持つ指揮官だった。
だからこそ、わかっていた。
今回の戦いは、アスナの指揮によって勝利したのだ。
だが。
その勝利の後に、三人が殺された。
「……こんな結末が……あるのか……」
ディアベルは俯いた。
「……俺たちは……何のために……」
その隣で、クラインが空を見上げた。
赤い夕焼け。
まるで、空そのものが血に染まっているようだった。
「……ふざけんなよ」
低い声だった。
「……ふざけんな……」
握り締めた拳が震えていた。
「俺たちはよ……!」
声が大きくなる。
「誰も殺さねえように、必死で戦ったんだぞ!!」
誰も答えない。
「武器を壊して! 動けなくして! 降参させて!」
彼は空へ向かって叫んだ。
「それで終わりだったはずだろうが!!」
涙が頬を伝った。
「なんでだよ……!」
赤い鉢巻きが、夕風に揺れた。
「なんで……あいつらが死ななきゃならねえんだよ……!!」
その叫びは、ダナの麦畑に響き渡った。
誰も彼を止めなかった。
止められるはずがなかった。
---
やがて、夕陽が地平線へ沈み始めた。
ダナの町は守られた。
食料も奪われなかった。
ヴェストリア王国の侵攻部隊は撃退され、多くの傭兵が捕縛された。
防衛クエストの結果は、成功。
システム上では、紛れもない勝利だった。
しかし。
その場にいる誰一人として、勝ったとは思っていなかった。
アスナは、まだ地面に膝をついていた。
目の前に浮かんだシステムウィンドウ。
そこには、無機質な文字が表示されていた。
《防衛クエスト達成》
《報酬を受け取ってください》
アスナはそれを見つめた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
「……いらない……」
小さな声だった。
「……こんなもの……」
報酬画面を閉じる。
「……こんな勝利……いらない……」
誰も彼女を責めなかった。
誰も、彼女の指示が間違っていたとは思わなかった。
それでも。
三人の命は、戻ってこない。
この世界では、人間の死は数字として記録される。
HPがゼロになれば、プレイヤーは消滅する。
たったそれだけのこと。
だが、その数字の向こうには、現実世界で帰りを待つ家族がいる。
友人がいる。
未来がある。
そのすべてが、今、失われたのだ。
風が吹いた。
黄金色の麦穂が、静かに揺れる。
昨日までと何も変わらない、穏やかな景色。
けれど、アスナたちにとって、この夕焼けは決して忘れられないものになった。
誰も殺さずに勝とうとした戦い。
その結末は――。
三人の死。
そして、勝利したはずの者たちの敗北だった。