エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
あぶれ者のG班。
キリト。
フードの細剣使い――アスナ。
こっこ。
そして。
サタン。
サタン「ふっ……ついに儂の出番というわけか!」
キリト「ずっと出てただろ!!」
四人がコボルドロードへ走る。
残るHPは、最後の一本。
赤。
完全な危険域。
コボルドロードは野太刀を両手で握り直した。
キリト「来るぞ!!」
巨体が沈む。
カタナスキルの予備動作。
キリトには分かった。
さっきディアベル達を薙ぎ払った《旋風車》。
しかし――。
こっこ「キリト! 正面から止められる!?」
キリト「無理だ! 受けたら吹っ飛ばされる!」
こっこ「じゃあ、止めなくていい!」
キリト「!?」
こっこはアニールブレードを左手に持ったまま、右手を腰へ伸ばす。
取り出したのは――。
フライパン。
キリト「またそれかよ!!」
こっこ「道具は使いようだ!」
アスナ「来るわ!」
コボルドロードが回転する。
野太刀が凄まじい速度で横薙ぎに迫る。
こっこ「うおおっ!!」
――ガァァン!!
フライパンを斜めに合わせる。
受け止めない。
流す。
金属音とともに、こっこのHPが削れる。
「ぐっ……!」
完全なパリィではない。
当然だ。
料理道具に、そんな性能はない。
だが一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、野太刀の軌道が上へ逸れた。
キリト「今だ!!」
青い光。
《ホリゾンタル》。
キリトの剣がコボルドロードの脇腹を切り裂く。
続けて――。
アスナ「はあああっ!!」
閃光。
細剣が赤い軌跡を刻む。
一撃。
二撃。
三撃。
凄まじい速度の連続突き。
コボルドロードのHPが削れていく。
残り――わずか。
だが。
「グオオオオオッ!!」
キリト「まだ倒れない!?」
コボルドロードが強引に野太刀を振り上げる。
狙いはアスナ。
ソードスキル直後。
硬直している。
キリト「避けろ!!」
アスナ「っ……!」
間に合わない。
その瞬間。
こっこは考えるより先に走っていた。
こっこ「スイッチ!!」
アスナの前へ飛び込み、アニールブレードを両手で支えるように構える。
――ガギィィィン!!
「ぐあっ!!」
体が浮く。
こっこは数メートル吹き飛ばされ、床を転がった。
HPバーが一気に黄色へ落ちる。
こっこ「痛く……ないけど……怖いな、これ……!」
キリト「こっこ!!」
しかし。
その行動で、コボルドロードの体勢も崩れていた。
キリトは見る。
ボスのHP。
あと――。
ほんの一撃。
キリト「いける!!」
剣を構える。
だが。
その横を。
ものすごい勢いで何かが走っていった。
キリト「……え?」
上半身裸。
革の腰巻。
武器――なし。
サタンである。
サタン「ぬううううううううううう!!」
キリト「待て!!」
アスナ「えっ!?」
こっこ「サタン!?」
コボルドロードも振り返った。
巨大な獣人と。
腰巻一枚の男。
一瞬。
二人の視線が交差した。
サタン「貴様は強かった!!」
キリト「喋ってないで攻撃しろ!!」
サタン「だが!!」
右足を大きく振りかぶる。
キリト「だから武器を使えええええ!!」
サタン「最後に勝つのは――」
踏み込む。
それはソードスキルではない。
体術スキルですらない。
ただの――。
ただの全力の飛び蹴り。
サタン「この儂だあああああああ!!」
跳んだ。
サタン「必殺!!」
キリト「嫌な予感しかしない!!」
サタン「ダイナマイトォォォォ――」
コボルドロード「グルッ!?」
サタン「キィィィィィィック!!」
――ドゴォッ!!
右足が。
コボルドロードの顔面に直撃した。
…………。
しーん。
攻略隊の時間が止まった。
キバオウ「…………は?」
エギル「…………。」
アスナ「…………。」
キリト「…………嘘だろ。」
こっこ「…………。」
コボルドロードの巨体が。
ぐらり。
後ろへ傾く。
サタン「…………。」
そして。
パキン。
小さな音を皮切りに、コボルドロードの全身へ無数の亀裂が走った。
「グ……オ……」
――パァァァァァン!!
青いポリゴン片となって。
第1層フロアボス、《Illfang the Kobold Lord》。
消滅。
同時に残っていたセンチネル達も次々と砕け散る。
広間に静寂が訪れた。
そして。
空中に巨大な文字が浮かび上がる。
《CONGRATULATIONS!!》
誰も喜ばない。
いや。
喜べない。
何が起こったのか理解できない。
キリトは剣を構えた姿勢のまま固まっていた。
アスナも細剣を下ろせない。
エギルは斧を持ったまま目を丸くしている。
キバオウに至っては口が開いたままだ。
こっこだけが。
ゆっくりと起き上がった。
こっこ「…………勝った?」
キリト「……勝った。」
こっこ「第1層……攻略?」
キリト「……攻略。」
こっこ「ラストアタックは?」
キリト「…………。」
全員の視線が。
中央に立つ男へ向けられる。
サタン「…………。」
サタンはゆっくりと腕を組んだ。
胸を張る。
サタン「はーっはっはっはっはっ!!」
キリト「認めたくない!!」
サタン「見たか!! これこそ鍛え抜かれた肉体の力!! 武器など不要!!」
キリト「違う! 絶対違う!! たまたまHPが数ドット残ってただけだ!!」
アスナ「……キリト。」
キリト「何だよ!?」
アスナ「負け惜しみに聞こえるわ。」
キリト「俺は負けてない!!」
こっこ「でも、ラストアタックはサタンだね。」
キリト「うわあああああ!!」
そのとき。
サタンの目の前にウインドウが出現した。
《LAST ATTACK BONUS》
サタン「む?」
キリト「……。」
アスナ「……。」
こっこ「おおっ! レアアイテムじゃない!?」
サタン「ふむ! 当然だな!」
サタンがアイテムを実体化する。
光が収束していく。
黄金色。
巨大。
重量感のある装飾。
腰へ巻くための装備品。
こっこ「……ベルト?」
エギル「なんだ、ありゃ……。」
中央には巨大なプレート。
そこには堂々と刻まれていた。
《CHAMPION》
サタン「…………。」
こっこ「…………。」
キリト「…………。」
アスナ「…………。」
サタンは。
無言で腰に巻いた。
――カチャン。
その瞬間。
攻略隊の一人が、突然叫んだ。
プレイヤー「チャ、チャンピオン……!」
サタン「!」
別のプレイヤーも続く。
プレイヤー「チャンピオン!!」
キバオウ「なんやねん、そのベルト!!」
プレイヤー「サタン様!!」
キバオウ「なんで『様』つけたんや俺ちゃうで!?」
プレイヤー達「チャンピオン!!」
プレイヤー達「サタン様!!」
サタン「ぬおおおおおお!!」
両腕を突き上げる。
サタン「そう!! 儂こそがチャンピオン!! サタン様だああああ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
攻略隊から大歓声が上がった。
キリト「なんでだよおおおおお!!」
アスナ「ふふっ……。」
こっこ「良かったね、サタン✨」
キリト「良くない!! 何なんだよそのアイテム!!」
第1層攻略。
犠牲者――ディアベル。
攻略成功。
そして。
アインクラッド史上初となるフロアボスのラストアタックボーナスは――。
武器を持たず。
スキルも使わず。
《ダイナマイトキック》なる自称必殺技でボスを蹴り倒した男の手に渡った。
その頃。
遥か上空。
第百層《紅玉宮》。
モニターの前で。
茅場晶彦は完全に沈黙していた。
凛子「…………晶彦?」
茅場「…………。」
凛子「いまの、ソードスキル?」
茅場「違う。」
凛子「体術スキル?」
茅場「……違う。」
凛子「じゃあ何?」
茅場「…………。」
ログを確認する。
何度確認しても。
結果は変わらない。
《Last Attack Player:SATAN》
《Attack Type:Normal Physical Attack》
茅場「……ラストアタック、ソードスキルでもない。」
凛子「うん。」
茅場「自称《ダイナマイトキック》で……コボルドロードがやられた……。」
数秒。
凛子は耐えた。
しかし。
「あーっはっはっはっはっはっ!! 」
腹を抱えた。
凛子「お腹痛い!! 晶彦、これがあなたが見たかったシナリオ!?」
茅場「…………違う。」
凛子「しかも何よ、あのベルト!!」
茅場「……ラストアタック報酬として設定した装備品だ。」
凛子「《Champion's Belt》?」
茅場「性能そのものは特殊ではない。だが装備者に対して、一部NPCの呼称テーブルが変更される。」
凛子「……なんて?」
茅場「《チャンピオン》あるいは――」
モニターの向こう。
第二層へ続く扉へ向かいながら、サタンが高笑いしている。
NPC「おお! チャンピオン!」
NPC「サタン様!」
サタン「はーっはっはっはっ!!」
キリト「外してくれえええええ!!」
茅場「……《サタン様》。」
凛子「ぶはっ!! 」
茅場晶彦は。
自ら作り上げた世界を見つめながら。
初めて本気で思った。
――この男。
想定していない。
「――なんでや!!」
勝利の余韻を切り裂くように、怒声が響いた。
全員が振り返る。
キバオウだった。
「なんで、ディアベルはんに《カタナスキル》のこと言わんかったんや!!」
その指先が、まっすぐキリトへ向けられる。
「もっと早う言うとったら、ディアベルはんがあんな目に遭うこともなかったやろ!!」
「そうだ!」
取り巻きの一人が声を上げる。
「またβテスターの陰謀だ!!」
「まだいるんだろ! 薄汚いβテスターども!!」
ざわ――。
攻略隊の中に、不穏な空気が広がった。
「おい、お前!」
エギルが前へ出ようとする。
「よしなさいよ」
アスナも険しい表情でキバオウを見る。
しかし。
キリトだけは何も言わなかった。
俯いたまま、拳を握る。
(……確かに、俺は言わなかった)
イルファングが武器を持ち替えるまで、気づけなかった。
攻略本には《タルワール》と書かれていた。
βテストでも、そうだった。
だから疑わなかった。
もし、もっと早く気づいていれば。
もし、俺が――。
そのときだった。
「キバオウさん」
一人の男が、キリトの前を横切った。
「……?」
こっこだった。
そのままキバオウの前まで歩いていく。
キバオウが眉を吊り上げる。
「なんや! ワイの言っとることが――」
パンッ!!
乾いた音が、ボス部屋いっぱいに響いた。
「…………」
「…………」
「…………え?」
キリトが顔を上げた。
アスナが目を丸くする。
エギルですら固まった。
キバオウは、その場に尻餅をついていた。
頬を押さえながら、呆然としている。
「な……」
自分が何をされたのか、理解するまで数秒かかったらしい。
「なにすんねん!!」
「キバオウさん」
こっこは静かに言った。
「βテスターを悪のように言うのは、見当違いだ」
「なんやて……!」
「エギルさんも言っていただろ」
こっこは攻略隊を見渡した。
「僕たちが今日ここまで来られたのは、βテスターの人たちが残してくれた情報があったからだ」
誰も言葉を挟まない。
「迷宮区の地図もそうだ。モンスターの情報もそうだ。ボスの攻撃パターンだってそうだ」
こっこは床に落ちている攻略冊子を拾った。
ページをめくる。
そこには確かに書かれていた。
《イルファング・ザ・コボルドロード》
最終フェーズ使用武器――タルワール。
「この情報が間違っていたから、僕たちは危険な目に遭った」
攻略隊の何人かが頷く。
「でも――」
こっこは冊子を閉じた。
「実際にコボルドロードがタルワールじゃなくて野太刀を出した瞬間、一番最初に『違う』と叫んだのはキリト君だった」
キリトが目を見開いた。
「キリト君がカタナスキルだと気づいたから、僕たちは対応できた」
「…………」
「βテスターの情報でここまで来て、βテスターの知識で危機を切り抜けた。それなのに、都合が悪くなった途端にβテスターを悪者にするのは、おかしいだろ」
「せ、せやけどな!」
キバオウが立ち上がった。
「そしたらワイらは、これからもずっとβテスターに頼ってゲームせなあかんのかい!」
怒っている。
だが、その声には先ほどとは違うものが混じっていた。
恐怖だった。
「次の階層も、その次も! ワイら一般プレイヤーは、あいつらの後ろについていくだけなんか!?」
こっこは少し黙った。
そして、首を横に振った。
「違う」
「……なに?」
「だからこそ、この第1層で茅場は警告したのかもしれない」
キリトが反応した。
「警告……?」
「βテストと同じだと思うな、って」
攻略冊子を見る。
「もちろん推測だよ。だけどボスの武器を変えたのは、そういう意味なのかもしれない」
こっこは天井を見上げた。
その向こうに、この世界を作った男がいるような気がした。
「βテスターだけが有利にならないようにした」
「…………」
「無慈悲だけどね」
こっこの声が少し低くなる。
「でも、この世界では過去の情報だけでは生き残れない。それを僕たち全員に突きつけたんじゃないかな」
エギルが腕を組む。
「……俺もそう思うぜ」
アスナも小さく頷いた。
「うん……。次からは、私たち自身で確かめればいい」
「そう」
こっこはキバオウを見る。
「βテスターに頼るんじゃない」
そして攻略隊全員を見る。
「βテスターも含めて、みんなで情報を集めるんだ」
沈黙。
その言葉を噛み締めるような、長い沈黙だった。
やがて。
「みんな」
声がした。
ディアベルだった。
「ディアベルはん!」
傷ついた身体を支えられながら、彼が立ち上がる。
回復はしている。
だが、その表情にはいつもの爽やかな笑顔はなかった。
ディアベルは攻略隊の中央まで歩いた。
そして――頭を下げた。
「すまなかった」
ざわめきが起こる。
「私は――βテスターだ」
「……!」
キバオウの顔が固まった。
キリトも息を呑む。
「私はβテストで、このボスを知っていた。そしてラストアタックボーナスの存在も知っていた」
ディアベルは顔を上げた。
「だから私は、自分が最後の一撃を取ろうとした」
「ディアベル……はん?」
「もし今日、βテスターに罪があるというのなら」
ディアベルは静かに言った。
「情報を隠したまま、みんなを先導した私にある」
「…………」
「弁明はしない」
ウインドウを開く。
「私の装備とコル、アイテム。すべての財産をキバオウ君に託す」
「なっ……」
キバオウが後退る。
「待ってや! ワイはそんな――」
「そして私は、第1層へ戻る」
「ディアベルはん!」
今度はキバオウの方が慌てていた。
「攻略隊から離れる。それが、私なりのけじめだ」
そして。
ディアベルはキリトを見る。
「キリト君」
「…………」
「すまなかった」
キリトは答えられない。
「君もβテスターだと、私は気づいていた」
キリトの目が大きくなる。
「だから……君より先にラストアタックを取ろうとした」
ディアベルは苦笑した。
「結果は、このざまだ」
「でも!」
キリトが初めて声を上げた。
「俺だって……!」
言葉が詰まる。
自分だって、情報をすべて話したわけじゃない。
自分だって、もっと早く気づけたかもしれない。
なのに。
「君は叫んでくれた」
ディアベルは言った。
「だから私は生きている」
キリトは何も言えなくなった。
ディアベルは踵を返した。
誰も、その背中を止められなかった。
攻略隊の中央に道ができる。
そのとき。
「ディアベルさん」
呼び止めた者がいた。
ディアベルが振り返る。
「?」
こっこだった。
いつものように笑っていた。
「待ってるよ ️」
「…………」
あまりにも普通だった。
責めるでもない。
慰めるでもない。
許す、とすら言わない。
ただ――。
戻ってくる場所がある。
それだけを伝える言葉だった。
ディアベルはしばらく、こっこを見ていた。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
「ああ」
第一層へ続く転移門へ向かって歩き出す。
「いつか――」
立ち止まることなく、片手を上げた。
「機会が与えられたら」
その背中を、攻略隊は黙って見送った。
キバオウも。
エギルも。
アスナも。
そしてキリトも。
誰一人、勝利を喜んではいなかった。
けれど――。
この日。
《βテスター》と《一般プレイヤー》を分断するはずだった亀裂は、決定的なものにはならなかった。
《ビーター》。
そんな言葉も、生まれなかった。
代わりに攻略隊に残ったのは、一つの教訓だった。
――攻略本は、答えではない。
――βテスターも、答えではない。
自分たちで見て。
考えて。
そして情報を共有する。
それが、この死のゲームを生き抜くための方法なのだと。
もっとも。
そんな重苦しい空気の中――。
「ところで」
こっこが床を見回した。
キリトは嫌な予感がした。
「……なに?」
「コボルドロード、肉落とさなかったね」
「今それ言う!?」
アスナが吹き出した。
エギルは頭を抱えた。
キバオウは赤くなった頬を押さえながら叫んだ。
「そもそもコボルドは豚ちゃうわ!!」
「えっ」
こっこは本気で驚いた。
「そうなの!?」
「犬や!!」
「犬なの!?」
「そこからかい!!」
第一層攻略。
死者――ゼロ。
攻略隊の分裂――回避。
そしてこっこは、この日初めて。
《コボルド》が豚ではないことを知った。