エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第2層――消えた剣
すべての《Windwasp》を倒し終えたあと。
こっこ「うひょー✨️《Golden Honey》!A級食材だって!!」
シリカ「こっこさん、すっごく嬉しそうですね 」
リズ「私たちは武器の強化素材を探してたんだけどね……。」
シリカは自分の小剣を取り出して、ドロップした素材を順番に確認する。
シリカ「うーん……私の小剣に使えそうなもの、ありません。」
リズもメイスを手に、アイテム情報と睨めっこする。
リズ「こっちもダメ。メイスの強化には使えないわね。」
こっこ「蜂蜜は使えるよ✨️」
リズ「武器に塗る気!?」
こっこ「料理に決まってるじゃないか!」
シリカ「目的が完全に変わってますよ 」
結局、今回手に入った素材の大半は、三人の装備には直接使えないものだった。
リズ「仕方ないわね。使わない素材は売っちゃいましょう。NPCショップでもいいけど……。」
その時だった。
リズ「あっ。」
広場の片隅。
小さな露店を構えているプレイヤーがいる。
その看板には――
《武器強化・買取》
と書かれていた。
リズ「プレイヤー鍛冶屋だ。」
こっこ「へえ、もう専門でやってる人がいるんだ。」
シリカ「売るんですか?」
リズ「NPCより高く買ってくれるかもしれないわ。鍛冶屋なら素材はいくらあっても困らないもの。」
三人が露店へ近づいていく。
店主の名は――《ネズハ》。
しかし、ちょうど先客がいた。
剣士「頼むぞ。これ、ずっと使ってきた剣なんだ。」
ネズハ「……はい。」
剣士から片手剣を受け取ったネズハは、強化ウインドウを操作する。
リズの表情が変わった。
リズ「武器強化……。」
まだ鍛冶職人として駆け出しとはいえ、リズにとっては他人の強化作業を見る絶好の機会だった。
シリカ「成功しますかね?」
リズ「素材と成功率次第ね。でも、見ておいて損はないわ。」
ネズハが強化素材をセットする。
剣士「成功率は?」
ネズハ「十分あります。では……始めます。」
強化エフェクトが発生した。
淡い光が剣を包み込む。
こっこ「おお……。」
次の瞬間。
――パァン!!
剣が砕け散った。
無数のポリゴン片となって、ネズハの手の中から消えていく。
剣士「…………。」
シリカ「え……?」
リズ「……は?」
剣士「おい。」
ネズハ「……申し訳ありません。」
剣士「おい!!」
剣士がネズハの胸ぐらを掴み上げる。
剣士「どういうことだよ!!俺の剣だぞ!!」
ネズハ「強化に失敗すると……低確率で武器そのものが消失する場合が……。」
剣士「そんな説明、最初にしてなかっただろ!!」
ネズハ「ですが……強化には失敗の可能性が――」
リズ「ないわよ。」
ネズハの言葉が止まった。
リズが一歩前へ出る。
リズ「少なくとも、私は見たことない。」
ネズハ「……。」
リズ「《エンジニア》の鍛冶部門で、私たちは何百回も強化を試してる。」
剣士「何百回……?」
リズ「成功率、素材の組み合わせ、強化値による変化、失敗時の挙動……。みんなでデータを取ってるの。」
リズはネズハをまっすぐ睨む。
リズ「強化失敗は何度もあった。でも――」
一拍。
リズ「武器そのものが破壊されたことなんて、一度もない。」
ネズハ「……っ。」
剣士「じゃあ、こいつ……!」
剣士がさらにネズハを締め上げようとする。
こっこ「待って。」
こっこが二人の間に入った。
剣士「どけ!こいつ俺の剣を――!」
こっこ「気持ちは分かる。でも、殴ったって剣は戻ってこない。」
剣士「……っ!」
こっこ「まず何が起きたのか確認しよう。」
剣士は荒い息を吐きながら、ネズハから手を離した。
こっこは散って消えたはずの剣があった場所を見る。
そしてネズハを見る。
こっこ「ネズハさん。」
ネズハ「……はい。」
こっこ「強化で武器が破壊されるなんて、本当にあるの?」
ネズハ「……あります。」
こっこ「そう。」
いつもの柔らかい声だった。
だが。
シリカ「……こっこさん?」
シリカには分かった。
怒っている。
大声を出していない。
睨みつけてもいない。
それなのに、明らかにいつものこっこと違った。
こっこ「僕は鍛冶屋じゃない。だから、鍛冶そのものについてはリズさんほど詳しくない。」
リズ「……。」
こっこ「でもね。エンジニアとして、現象を調べることはできる。」
ネズハの肩が僅かに震えた。
こっこ「入力があって、処理があって、結果がある。」
こっこは地面に残った強化エフェクトの光を見つめる。
こっこ「普通の強化失敗と違う結果が出たなら、そこには必ず理由がある。」
ネズハ「……。」
こっこ「操作なのか、アイテムなのか、スキルなのか、それともこのゲームに隠された仕様なのか。」
リズが気づく。
こっこは「お前が盗んだ」とは一言も言っていない。
証拠がないからだ。
だから――逃げ道を一つずつ塞いでいる。
こっこ「今は、僕には分からない。」
ネズハが僅かに安堵した。
しかし。
こっこ「でも、いつか分かる。」
ネズハ「……!」
こっこ「君が今やったギミックを、僕はいつか必ず表に出す。」
静かな声。
こっこ「同じ条件を作って、何度でも試す。」
リズ「私もやるわ。」
こっこ「強化スキルを調べる。使用した素材を調べる。エフェクトの違いも見る。必要なら失敗だけを何百回でも繰り返す。」
リズ「エンジニアには、そういう地味な作業を延々やる連中がいるからね。」
シリカ「こ、怖いです 」
こっこ「だからネズハさん。」
真正面から彼を見る。
こっこ「僕が仕組みを突き止める前に、自分から話すことを勧める。」
ネズハ「…………。」
こっこ「もし本当に事故なら謝るよ。でも、そうじゃなかったら――」
初めて、こっこの声に明確な怒りが混じった。
こっこ「職人を信じて、大切な武器を預けた人を騙すのは許せない。」
沈黙。
ネズハは俯いた。
拳を握る。
何度も何度も口を開こうとして――閉じる。
やがて。
ネズハ「……分かりました。」
剣士「何?」
ネズハが震える手をメニューへ伸ばした。
アイテムストレージを開く。
そして、一つの武器を実体化させる。
剣士「――!!」
そこにあった。
つい先ほど。
目の前で砕け散ったはずの――
剣士の片手剣。
剣士「俺の……剣……。」
シリカ「えっ!?壊れてなかったんですか!?」
リズ「やっぱり……!」
ネズハ「……すみません。」
ネズハは両手で剣を差し出した。
剣士が奪うように受け取り、アイテム名を確認する。
間違いない。
自分の剣だ。
剣士「てめえ……。」
ネズハ「……盗みました。」
シリカ「どうやって……?」
ネズハ「強化の時に……あるスキルを使います。強化対象の武器と、こちらが用意した同じ種類の武器を――」
ネズハは苦しそうに続ける。
ネズハ「一瞬だけ、すり替えるんです。」
リズ「それで偽物だけを……。」
ネズハ「強化失敗に見せかけて破壊する。」
剣士「……!」
ネズハ「本物は……俺のストレージに入る。」
剣士が剣を握り締める。
怒りで震えていた。
ネズハ「本当に……すみませんでした。」
深く頭を下げる。
ネズハ「今まで奪った武器も……返します。」
こっこ「今まで?」
リズ「他にもやったの……?」
ネズハ「……はい。」
シリカ「そんな……。」
ネズハ「俺一人じゃありません。」
こっこ「仲間がいるんだね。」
ネズハは答えない。
だが、その沈黙が答えだった。
こっこ「全部話してもらうよ。被害に遭った人を探して、返せるものは全部返そう。」
ネズハ「……はい。」
その時だった。
こっこ「――!」
背後。
人混みの中から、数人のプレイヤーがこちらへ向かって走ってくる。
ただ走っているのではない。
武器を抜いている。
リズ「こっこ!」
シリカ「武器を持ってます!!」
ネズハが振り返る。
そして顔色が変わった。
ネズハ「――逃げて!!」
こっこ「え?」
ネズハ「そいつらです!!」
男「余計なこと喋ってんじゃねえぞ、ネズハァ!!」
剣が振り上げられる。
狙いは――
ネズハ。
口封じだった。
「――口封じか!」
こっこは反射的に腰のアニールブレードを抜き放った。
鞘走りの音とともに、鈍い光を帯びた刀身が露わになる。
「ちょ、ちょっと!」
リズが驚いて声を上げた。
「ここは村の端だけど《圏内》よ! 剣なんて抜いたって怖くないんだから!!」
圏内では、プレイヤー同士の攻撃によってHPを減らすことはできない。
だからこそ、リズは強気に言い返したのだ。
しかし――。
「あれ……?」
シリカが小さく声を漏らした。
視線の先。
本来ならプレイヤーを守ってくれるはずの《圏内》を示す表示が――ない。
こっこもすぐに気づいた。
「……そうだ。」
自分の視界を確認し、表情を引き締める。
「ここは《圏外》だ」
「えっ!?」
リズの顔から血の気が引いた。
村の建物はすぐそこに見えている。
ほんの少し歩けば人通りのある場所へ戻れるほど近い。
だから、無意識に村の安全圏内だと思い込んでいた。
だが実際には――その境界線から、わずかに外れている。
「なるほど……」
こっこは周囲を見回した。
人気がなく、村からは死角になる。
それでいて、獲物を誘い込むには不自然ではない距離。
「強化詐欺だけじゃない。立地までちゃんと考えてたみたいだね…… 」
偶然ではない。
最初から、何かあった時のために選ばれた場所なのだ。
こっこはネズハの手から、先ほど奪われた剣を取り戻した。
その瞬間――ネズハも覚悟を決めたのか、自分の武器を構える。
「ネズハ……」
リズが息を呑む。
その様子を見た被害者の剣士も、ようやく状況を理解したらしい。
取り返した自分の武器を握りしめ、こっこたちのそばへ寄った。
「どうする?」
剣士が低い声で尋ねる。
「こいつを人質にして逃げるか?」
視線の先にはネズハ。
だが、こっこはすぐに首を横に振った。
「それは無駄だよ」
「なに?」
「たぶん――」
こっこは、自分たちを囲み始めた男たちを見る。
「やつらにとっては、ネズハも口封じの対象だ」
「……!」
ネズハの肩が震えた。
否定する声はなかった。
それが何よりの答えだった。
一人。
二人。
三人――。
気がつけば、五人のプレイヤーが武器を手にしてこっこたちを取り囲んでいた。
完全に退路を塞ぐような配置。
その中心から、一人の男が進み出る。
「武器とコルを全部置いていけ」
男は剣先を向け、吐き捨てるように言った。
「それと、ここのことは絶対に口外するな。そうすりゃ返してやる。さっさと出さねーか!」
こっこは呆れたように眉を下げた。
「詐欺まがいの次は、強盗か?」
「なんだと?」
「慣れないことはしないほうがいいよ」
静かな声だった。
だが、剣は下ろさない。
「君たちこそ、自分から《黒鉄宮》に行くなら――この場はそれで納めておく」
空気が変わった。
男たちの表情に怒気が浮かぶ。
「……脅しのつもりか?」
こっこは即答した。
「脅しだよ」
リズが横でぎょっとする。
シリカも「えっ」と声を漏らした。
だが、こっこは構わず続けた。
「ここの剣士さんとは、さっき会ったばかりだから知らないけど――」
一拍。
「私たちは攻略組だ」
「……は?」
男たちが固まった。
リズも固まった。
シリカも固まった。
こっこだけが、さも当然のことのような顔をしている。
「君たちは第一層のボス攻略戦にいなかった。だから、僕たちのことを知らない。見ればわかるよ」
「…………」
リズは横目でこっこの顔を見た。
(……!?)
そして理解する。
(ここでブラフ!?)
確かに、こっこ自身は第一層ボス攻略戦に参加している。
しかもG班として、キリトやアスナ、サタンと共に戦った。
その意味では攻略組と言っても嘘ではない。
だが――。
(私とシリカは違うでしょ!!)
シリカも同じことに気づいたらしい。
小剣を握ったまま、今にも泣きそうな顔でこっこを見る。
(こっこさん……なんて大嘘を…… )
だが。
効果はあった。
五人のうち一人が明らかに動揺したのだ。
「ボ、ボス……」
男が一歩後ずさる。
「まずいですよ。俺たち、攻略組なんか相手にしたら……」
「……くっ!」
リーダー格の男――オルランドが顔を歪める。
こっこはそこを逃さなかった。
一歩、前へ出る。
「信じられないなら――」
アニールブレードの切っ先を向ける。
「《デュエル》から試そうか」
「「!?」」
今度こそリズとシリカの顔が引きつった。
(こっこ!?)
(こっこさん!?)
ブラフだけで押し切るのではなかったのか。
それなのに、よりによって自分からデュエルを持ちかけてしまった。
しかし――。
「……いいぜ」
「え?」
こっこが思わず聞き返した。
オルランドが剣を構える。
「よし! やってやろうじゃねえか!!」
「…………」
こっこは固まった。
リズも固まった。
シリカも固まった。
数秒前まで漂っていた緊迫した空気とは、まったく別の意味で沈黙が流れる。
こっこは心の中で呟いた。
(……受けるの!?)
完全に予想外だった。
(普通ここは『攻略組だと!? くそっ、覚えてろ!』とか言って逃げるところじゃないの!? )
しかし、自分から言い出した以上、引っ込みがつかない。
ここで「やっぱりやめます」などと言えば、ブラフだったと自白するようなものだ。
リズが小声で囁く。
「……こっこ」
「なに 」
「あんた、デュエルしたことあるの?」
「……ない」
「ないの!? 」
「しーっ!! 聞こえる!!」
シリカが涙目になる。
「どうするんですかぁ……」
「……やるしかないね」
「なんでちょっと格好つけるんですか!?」
こっこは震えそうになる指でウインドウを操作した。
幸い、デュエルには決着条件を設定できる。
命まで賭ける必要はない。
選択したのは――
《Half-Loss Mode》
どちらかのHPが半分まで減少した時点で決着となる形式。
こっこからオルランドへ、デュエル申請が送信される。
《Orlando has accepted your Duel Request.》
「…………」
本当に受けられてしまった。
こっこは小さく息を吐き、アニールブレードを握り直す。
丈夫さ――《+5》。
鋭さ――《+1》。
これまで何度も自分を助けてきた、異様なまでに壊れにくい愛剣。
だが。
これはモンスターとの戦闘ではない。
相手は、自分と同じプレイヤー。
しかも――対人戦は初めてだった。
オルランドが口元を歪める。
「攻略組なんだろ?」
「……まあね」
「だったら、その実力――見せてもらおうじゃねえか!」
「…………」
背後からリズの囁き声。
「こっこ」
「なに?」
「勝ちなさいよ」
「簡単に言わないで 」
「負けた瞬間、全部バレるわよ」
「わかってるよ!! 」
シリカが胸の前で両手を握る。
「が、頑張ってください……!」
こっこはオルランドを見据えた。
怖い。
だが――相手も片手剣。
ならば。
こっこは静かに相手の足を見る。
剣の位置。
重心。
肩。
視線。
呼吸。
エンジニアとして機械を見る時と同じように。
まず観察する。
何が起きるのか。
どう動くのか。
そして――どこに隙が生まれるのか。
二人の間に半透明のカウント表示が出現した。
《DUEL》
《3》
オルランドが腰を落とす。
こっこも剣を構える。
《2》
リズとシリカが息を呑む。
ネズハも。
剣士も。
そして周囲を囲む四人の男たちも、二人を見つめていた。
《1》
こっこの額を汗が伝う。
(……さて)
アニールブレードを握る手に力を込める。
(どうしよう )
そして――。
《DUEL START!!》