エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第2層――ウルバス。
こっこがリズベット、シリカとともに街を歩いていると、見覚えのある男がこちらへ駆け寄ってきた。
サタンと行動を共にしている、あの独特な訛りを持つNPC商人である。
「おおっ! あなたが高名な麗しき鍛冶師、リズベットさんアルネ!」
「えっ、私?」
突然の賛辞に、リズベットの頬がわずかに緩む。
商人はさらにシリカへ向き直った。
「そして、あなたが有名なシリカさんアルネ! ぜひお会いしたいと思ってたアルヨ!」
「わ、私も有名なんですか?」
「もちろんアル!」
「有名……♥」
シリカまで嬉しそうに頬を染める。
こっこは二人の後ろで半眼になった。
どうにもこの商人、サタンを相手にしている時よりも、言葉遣いが巧みである。
「これは、お二人にお会いした際の、ささやかな贈り物と思いまして。ぜひ、ご賞味くださいアル」
商人が取り出した小箱を開ける。
その瞬間だった。
「――あっ!!」
リズベットの目が輝いた。
中に入っていたのは、小さく切り分けられた色鮮やかなケーキだった。
「これ、アスナが言ってたケーキじゃない! なかなか買えないやつ!」
「わぁ……おいしそうです!」
「どうぞアル」
「いただきます!」
二人は迷うことなくケーキに齧り付いた。
「ん~~っ♥ おいしい!」
「すごいです! クリームがふわふわです 」
先ほどまで職人らしい表情を浮かべていた二人が、完全に甘味へと陥落している。
そんな様子を、こっこは白い目で見つめていた。
「……はしたない……」
「うるさいわね。あんたにはあげないわよ」
「いらないなんて言ってないけど」
「こっこさんも欲しいんじゃないですか」
「…………一口だけ」
結局、こっこもケーキを分けてもらうのであった。
三人がケーキを味わっていると、商人が頃合いを見計らったように手を揉んだ。
「そこで、お二人に少々ご相談したいことがありまして……」
「なんでも言ってよ✨️」
リズベットの返事が早い。
「はい。私にできることなら✨️」
シリカも早い。
「…………」
こっこだけが嫌な予感を覚えた。
完全に餌付けされている。
「実は、私に《徹甲》と《武闘着》を作ってほしいアル!」
「徹甲?」
リズベットが興味深そうに首を傾げる。
商人が示したのは、拳から前腕を保護する特殊な防具だった。
通常の鎧とは目的が異なる。
拳を武器として使用する者が、動きを阻害されることなく攻撃と防御を行うための装備である。
金属加工を担当するならリズベット。
そして――。
「武闘着ですか……」
シリカもメニューを覗き込む。
こちらは軽量な布素材を主体とし、肩や肘、膝の可動域を最大限に確保する特殊な衣装だった。
「私も作ったことはありません。でも、面白そうですね!」
「へえ……変わったオーダーだけど、いいわよ。こういうの、嫌いじゃないわ✨️」
職人二人の目に火が灯った。
未知の製作物。
それだけで、挑戦する理由としては十分だった。
「ありがとうございますアル!」
商人は満面の笑みを浮かべる。
そして最後に、一つだけ注文を加えた。
「デザインについてお願いがあるアル」
「なに?」
「できるだけ――」
商人は真剣な顔で言った。
「馬鹿でも、見た瞬間に『自分はカッコいい』と理解できるようにお願いしますアル」
「…………?」
こっこの眉が上がった。
妙に具体的な注文だった。
だが――。
「わかったわ!」
「頑張ります!」
二人は深く考えなかった。
「いや、待って」
こっこだけが引っかかった。
「今の注文、使用者についてかなり重要な情報が含まれてなかった?」
「気のせいよ」
「気のせいですよ」
「そうかなぁ……」
そして――数日後。
完成した《徹甲》と《武闘着》を商人へ納品したリズベットとシリカは、こっことともに街の広場を歩いていた。
その時。
遠くから、聞き覚えがありすぎる笑い声が響いてきた。
「わぁーっはっはっはっはっ!!」
三人の足が止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
人混みの向こうから現れたのは、筋骨隆々の大男だった。
頭には特徴的なアフロ。
腰には、相変わらず誇らしげな《チャンピオンベルト》。
そして、その身体を包んでいるものは――。
シリカが仕立てた《武闘着》。
拳と前腕を覆っているのは――。
リズベットが鍛え上げた《徹甲》。
ガキィン!!
サタンが両拳を打ち合わせる。
「見よ!!」
ばっ!!
意味もなくポーズを決めた。
「これぞ新たなるチャンピオンの姿!!」
「わーはっはっはっはっ!!」
武闘着の裾が風になびく。
徹甲が陽光を反射して輝く。
チャンピオンベルトまで無駄に光っている。
通行人が振り返るほど、とんでもなく目立っていた。
そして何より――。
本人が。
ものすごく嬉しそうだった。
リズベットの口が半開きになる。
シリカも目を点にする。
二人はゆっくりと、隣にいる商人を見た。
商人は満足そうに頷いていた。
「完璧アル」
数日前の言葉が蘇る。
――《徹甲》と《武闘着》を作ってほしい。
――できるだけ、馬鹿でもカッコいいと理解できるように。
リズベットとシリカは、再びサタンを見る。
「わーはっはっはっはっ!!」
拳を突き上げている。
二人は同時に呟いた。
「「……あれか…… 」」
ようやく、すべてを理解した。
「あんた、最初から言いなさいよぉぉぉ!! 」
「サタンさんのだったんですかぁぁぁ!? 」
二人の絶叫が広場に響き渡る。
商人は耳を塞ぎながら首を振った。
「最初に言ったら断られると思ったアル」
「当たり前でしょうが!!」
「だから言わなかったアル ️」
「確信犯じゃない!! 」
こっこはその横で、静かに腕を組んだ。
「なるほど……」
リズベットが振り返る。
「なによ!」
「確かに、馬鹿でも一目でカッコいいと理解できるデザインだね」
「こっこ!! 」
その声を聞きつけたサタンが、こちらを振り返った。
「おおっ! お主らか!」
そして満面の笑みで拳を掲げる。
「素晴らしい装備だ!! 礼を言うぞ!!」
「…………」
リズベットとシリカは顔を見合わせた。
本人は、本当に喜んでいる。
だが――その装備は、見た目だけの代物ではなかった。
「ちょっと待って」
こっこがサタンへ近づき、《徹甲》を指先で軽く叩いた。
コン、と硬質な音がする。
「リズ。これ、かなり考えて作ったね?」
「当然でしょ」
リズベットは少し得意そうに腕を組んだ。
《徹甲》。
それは分類上、武器ではない。
あくまで拳から前腕までを覆う防具である。
つまり、装備したところでサタンが頑なに守り続けている『素手』という戦闘条件は崩れない。
しかし性能は、明確に《体術》で戦う者を想定していた。
拳を覆う金属部分は通常の籠手より薄い。
その代わり、拳頭、手首、前腕の外側――打撃と受けに使われる箇所だけが重点的に補強されている。
敵の武器を腕で受け流した際のダメージを軽減し、拳による攻撃時には衝撃から使用者自身の手を守る。
そして何より――。
「これ、拳を重くしてるんだ」
こっこが気づく。
「正解」
リズベットが笑った。
武器としての攻撃力補正ではない。
徹甲そのものの重量が、サタンの拳に乗る。
《体術》によって生み出された速度。
サタン自身のSTR。
そこへ徹甲の質量が加わることで、一撃の衝撃力が増す。
もちろん重くしすぎれば、拳速が落ちる。
だからリズベットは何度も厚みを調整し、サタンのSTRならば動作ペナルティが発生しないぎりぎりの重量へ仕上げていた。
「武器じゃないわよ。あくまで防具。殴るのはサタン自身の拳なんだから」
「わーはっはっはっ!! つまり儂の拳がさらに強くなったということだな!!」
「まあ……そういうこと」
リズベットは若干納得いかなそうに答えた。
そして《武闘着》もまた、単なる服ではない。
シリカが裁縫系スキルを駆使して仕立てたそれは、防御力そのものでは金属鎧には遠く及ばない。
代わりに――極端なまでに軽い。
肩。
肘。
腰。
膝。
足首。
《体術》で使用される主要な関節部分には、動きを妨げる硬質素材がほとんど存在しない。
拳を振るう。
蹴る。
跳ぶ。
しゃがむ。
転がる。
投げる。
関節を取る。
そのすべてを阻害しない。
「サタンさんって、普通の剣士さんとは動き方が全然違いますから」
シリカが説明する。
「だから防御力を上げるより、《体術》の動作を邪魔しないことを優先したんです」
「なるほど……」
こっこは顎に手を当てた。
通常のプレイヤーならば、レベルが上がればより防御力の高い鎧へ乗り換えていく。
だがサタンの場合、それをすると逆に弱くなる。
重量によって体術の初動が鈍り、関節可動域が制限されれば、せっかく習得した技を十全に使えない。
ならば――。
当たらなければいい。
受ける場合も、徹甲で受け流せばいい。
それでも受けた時だけ、武闘着の最低限の防御力に任せる。
防御性能そのものを捨てたわけではない。
防御という概念を、鎧の硬さではなくサタン自身の身体能力へ委ねた装備なのだ。
そして腰には、第1層ボス《Illfang the Kobold Lord》のラストアタックボーナス――《チャンピオンベルト》。
高いVIT補正を持つそれが、軽装ゆえに不足する耐久力を補っていた。
《武闘着》で動きを殺さない。
《徹甲》で拳と腕を守る。
《チャンピオンベルト》で肉体そのものを強化する。
そこへ老師から習得した《体術》が加わる。
三つの装備は偶然にも、武器を持たないサタンの戦闘スタイルへ綺麗に噛み合っていた。
こっこはサタンを上から下まで眺める。
「……これ、見た目はアレだけど」
「なんじゃ?」
「装備構成としては、ものすごく合理的だよ」
「わーはっはっはっ!! 当然だ!! なぜなら儂はチャンピオンだからな!!」
「作ったのはリズとシリカだけどね」
「…………」
サタンは聞こえなかったことにした。
その横で商人が、満足そうに何度も頷いている。
「これなら武器を持たない馬鹿でも生存率上がるアル」
「誰が馬鹿だ!!」
「お前アル」
「わーはっはっはっ!!」
「なんで笑うアル!?」
リズベットとシリカは顔を見合わせた。
見た目こそ派手だが、二人が真剣に考えて作っただけあって、サタンの戦闘スタイルには恐ろしく適合していた。
職人としては――。
これ以上ない成功である。
「……まあ」
リズベットが頭を掻く。
「使う本人が喜んでるなら、いいけど」
「そうですね」
シリカも苦笑した。
サタンはそんな二人の葛藤など知る由もなく、再び広場の中央へ向かって歩いていく。
「わーはっはっはっ!! これで儂の拳はさらに強くなったぞ!!」
その後を商人が追いかける。
「サタン! 装備を壊すような無茶はするなアルヨ!」
「心配無用!!」
「お前の『心配無用』が一番心配アル!!」
二人の姿が遠ざかっていく。
こっこ、リズベット、シリカは、それをしばらく見送った。
そしてリズベットが、ぽつりと言った。
「……あの商人も大変ね」
「ですね……」
こっこも深く頷く。
「サタンの専属になった時点で、たぶん人生の難易度が三段階くらい上がってるよ」
遠くから――。
「サタァァン!! いきなりモンスターを殴りに行くなアルー!!」
「わーはっはっはっ!!」
商人の悲鳴とサタンの高笑いが聞こえてきた。
三人は顔を見合わせる。
「「「……頑張れ、商人……」」」
第2層に、また一つ。
妙に完成度の高い、しかし使用者だけがやたらと暑苦しい装備が誕生したのだった。
そしてこの時から――。
《体術》を武器とし、《徹甲》を盾とし、《武闘着》を鎧とする。
武器スキルを一つも持たない異端の攻略プレイヤー、サタンの装備構成が、ようやく完成したのである。
第二層攻略は、ついに最終局面へと入っていた。
フィールドボス《Bullbous Bow》を突破した攻略組は、第二層最後の村――《タラン》へ到達した。
そこを拠点として、すでに多くのプレイヤーが迷宮区の探索を開始している。
当然、内部の情報も少しずつ集まり始めていた。
これまで相手にしてきた獣型モンスターとは異なる。
迷宮区を徘徊しているのは、人間のように二本の脚で立つ牛頭の怪物だ。
しかも――。
剣。
斧。
槍。
棍棒。
それぞれが武器を携え、プレイヤーを発見すると、それらを用いて襲いかかってくるという。
「……つまり、これまでのように獣を狩る感覚では通用しないということか」
タランの一角。
こっこは集められた情報を確認しながら、腕を組んでいた。
その前にはリズとシリカ。
そして、いつの間に来たのか、壁際にはアルゴまでいる。
「リズ、シリカ……。第二層も最終村に到着した。そして攻略組は、すでに迷宮区へ入っている」
「そうね」
「内部には、牛人間のようなモンスターがいるらしい。しかも、武器を持って襲ってくる」
リズが露骨に顔をしかめた。
「うわ……」
シリカも不安そうに胸元で手を握る。
「これまでとは違いますね。モンスターが武器を使うとなると……かなりの激戦になりそうです」
「うん」
こっこも頷いた。
これから攻略組が必要とするものは、容易に想像できた。
より強力な武器。
より頑丈な防具。
大量の回復アイテム。
そして何より――継続して迷宮区へ挑むための補給体制。
そこでシリカが、ふと首を傾げた。
「それで……こっこさんはどうするんですか?」
「ん?」
「攻略組と一緒に迷宮区へ乗り込まないんですか?」
その質問に、こっこは迷うことなく答えた。
「乗り込まない!」
「はぁ!?」
リズが即座に反応した。
「あんた、攻略組でしょ! それでどうするつもりなのよ!」
「まあまあ、落ち着け、リズ」
「これが落ち着いていられる!?」
「餅は餅屋だ」
「……は?」
こっこは、タランの先――迷宮区のある方角を見つめた。
「攻略組には、攻略組の仕事がある」
そして今度は、自分たちを指差す。
「エンジニアには、エンジニアの仕事がある」
リズの表情が少し変わった。
シリカも黙って続きを待つ。
壁にもたれていたアルゴが、ニヤリと笑った。
「ほーう。具体的には何をするんダヨ?」
「簡単だ」
こっこはウインドウを操作した。
開いたストレージには、これまで三人が第二層を歩き回って集めてきた素材が大量に並んでいる。
鉱石。
革。
角。
牙。
布素材。
モンスターから得た強化素材。
どれも、NPCショップへ売却すれば、それなりのコルにはなる。
だが――。
「これを売らない」
リズが目を見開いた。
「え?」
「今まで集めた素材を、ここですべて使う」
こっこは言った。
「攻略組の武器を新調する。そして、現在使用している武器も強化する。迷宮区から戻ってきたら、その場で修理し、再び送り出す」
一瞬の沈黙。
そして――。
リズの顔が輝いた。
「……なるほど!」
愛用の鍛冶ハンマーを取り出す。
「私の出番ね!」
「頼むよ」
「任せなさい! 武具の作成も、今は絶好調なんだから! 第一層の頃とは、作れる物の質がまったく違うわよ!」
シリカも負けていない。
「それなら、私もできます!」
「シリカ?」
「服とアクセサリーです。最近は、きちんと能力補正が付く物も作れるようになりました。迷宮区では、防御力だけでなく、動きやすさを重視した装備も必要になると思います!」
「よし!」
武器はリズ。
衣服やアクセサリーはシリカ。
素材加工や道具類については、こっことエンジニアたち。
これなら、前線攻略を支える拠点を作れる。
そして――。
こっこは大きく息を吸った。
「そして私は……!」
「…………」
リズが見る。
「…………」
シリカが見る。
「…………」
アルゴも見る。
何を言い出すのか。
三人が待つ中――。
こっこは胸を張った。
「彼らに料理を提供し――幸せにする!!」
「…………」
「…………」
「…………」
三人の顔が同時に引きつった。
「 」
「なんで!?」
こっこが叫ぶ。
「途中までは良かったのよ!」
「料理は重要だろ!」
「いや、重要ですけど……」
シリカが苦笑する。
こっこは納得できない。
「考えてみろ! 薄暗い迷宮区で何時間も牛人間に追い回され、命からがら村へ帰ってきたところに――」
手を広げる。
「焼きたての肉!」
リズの眉が動いた。
「……ほう」
「温かいシチュー!」
シリカのお腹が小さく鳴った。
「……いいですね」
「そして甘い物!!」
「それはいる!」
リズが即答した。
「だろう!?」
完全に話が逸れかけたところで、アルゴが冷静に突っ込む。
「で、それが攻略とどう繋がるんダ?」
「ふっ」
待っていましたとばかりに、こっこが笑った。
「ここからが本題だ」
地面にしゃがみ込む。
そして棒切れを拾い、簡単な図を書き始めた。
「攻略組は前線でモンスターを倒し、大量の素材とコルを手に入れる」
一本の矢印を引く。
「そのコルで、僕たちから武器、防具、道具、料理を買う」
さらに矢印。
「僕たちは得たコルで、一層や二層の中層ゾーンにいるプレイヤーから素材を買い取る」
さらに矢印。
「素材採集で稼げるようになったプレイヤーは、より良い装備を買える。職人の仕事も増える」
もう一本。
「装備が整えば、これまで前線に出られなかった人の中から、次の攻略組候補が生まれる」
最後の線が、最初へと繋がった。
円になる。
「――コルを循環させる」
アルゴの笑みが消えた。
今度は情報屋として、真剣な目で地面の図を見ている。
「なるほどナ……」
「攻略組だけを強くしても駄目なんだ」
こっこは立ち上がった。
「前線が進めば進むほど、その後方も強化しなければならない。戦う人だけじゃない。素材を集める人、武器を作る人、服を作る人、料理を作る人――」
一度、言葉を切る。
「みんなで攻略するんだよ」
それは、第一層――。
茅場晶彦によるデスゲーム宣言が行われた、あの日。
はじまりの街で、戦うことのできないプレイヤーたちに語った言葉と同じだった。
攻略とは、剣を持って迷宮へ挑むことだけではない。
自分にできることで、誰かを支える。
それもまた、この世界を攻略する立派な方法なのだ。
リズは少しだけ笑った。
「……最初からそう説明しなさいよ」
「説明したじゃないか」
「『料理で幸せにする!』しか聞こえなかったわよ!」
「一番重要なところだぞ!」
「そこじゃない!」
シリカがくすくす笑う。
だが、すぐに現実的な問題に気づいた。
「あの……こっこさん」
「なんだい?」
「これ、最初にかなりのお金が必要ですよね?」
「…………」
「素材を売らずに使うんですよね?」
「……うん」
「武器や防具を作るにも、お金がかかります」
「……うん」
「料理の材料も仕入れますよね?」
「…………うん」
リズも気づいた。
「あんた……これが売れなかったら、どうするの?」
「…………」
沈黙。
シリカが申し訳なさそうに、とどめを刺した。
「失敗したら……私たち、貧民街道まっしぐらですね 」
「うぐっ……!」
こっこの胸に、見えない剣が突き刺さった。
しかし。
パンッ!!
自分の両頬を叩く。
「いや!」
立ち上がる。
「ここは勝負だぞ!!」
「お、おう……」
第二層攻略は最終盤。
攻略組は連日の迷宮探索で装備を消耗する。
新しい武器を欲しがる。
防具も必要になる。
消耗品も売れる。
そして腹も減る!
「ここしかない!」
こっこの目に、商売人の光が宿った。
「一層の中層ゾーンに、そのコルを還元して底上げを行う!」
拳を突き上げる。
「そして、ここで稼ぐ!!」
「本音が出た!」
「稼ぎ時だぁぁぁ!!」
「台無しよ!」
さらに両手を天へ掲げる。
「エンジニアの繁栄に――万歳!!」
「はぁ……」
リズが頭を抱える。
「大丈夫かな、こいつ……」
シリカも苦笑いを浮かべた。
「まあ……やる価値はあると思います」
「だろう!?」
「失敗したら貧民街道ですけど」
「二回言わないで 」
その一部始終を眺めていたアルゴは――。
「にしししし♪」
楽しそうに笑った。
「面白いじゃネーカ」
「アルゴ?」
「攻略組が迷宮から戻ってきた時に、武器の修理、強化、新調、衣服、アクセサリー、それに飯まで全部揃う……」
情報屋はニヤリと口角を上げる。
「便利な店がタランにできるって情報ぐらい――宣伝してやるヨ」
「アルゴ!」
こっこの顔が一気に輝く。
「君はいい子だ!!」
「ただし」
「え?」
アルゴは親指と人差し指で輪を作った。
「宣伝料は取るからナ♪」
「金取るの!?」
「情報屋だから当然ダロ?」
「そこは友情じゃないの!?」
「いつから友達価格だと思ってたんダ?」
「アルゴぉぉぉ 」
こうして――。
第二層最終村《タラン》に、新たな店が生まれることとなった。
攻略組が命を懸けて迷宮区を進む、そのすぐ後ろで。
剣を鍛える者。
服を縫う者。
素材を加工する者。
そして――。
肉を焼く者。
彼らもまた、それぞれの武器を手に第二層攻略へ挑む。
こっこはまだ知らない。
この店に間もなく――。
強化された《アニールブレード》を求める黒衣の剣士。
《ウインドフリーレ》をさらに仕上げたい細剣使い。
そして。
なぜか頭に装備する物を買わされる男までやって来ることを――。
《エンジニア・タラン前線支店》。
開店まで、あとわずかである。