エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
翌朝 第2層、最終村《タラン》。
攻略組の多くはすでに迷宮区へと足を踏み入れ、次なるフロアボスを目指して探索を続けている。
当然、その拠点となるタランには大勢のプレイヤーが集まっていた。
武器を修繕する者。
ポーションや食料を買い込む者。
新しい装備を求める者。
そして、その一角――。
昨日まで空いていた大きな店舗の前に、見慣れない看板が掲げられていた。
《Engineer――タラン臨時支店》
《武器・防具 製作/修繕/強化》
《衣服・アクセサリー》
《料理・保存食》
《各種道具・素材加工》
《攻略組向け装備、取り扱い中!》
そして。
その下に、ひときわ大きな文字で――。
《本日の目玉商品!》
《攻略組トッププレイヤーも使用!》
《キリトモデル 強化アニールブレード&黒衣セット!》
「…………」
店の前で、リズが看板を見上げていた。
昨日こっこから渡された、普段より少し大人びた服を着て。
「…………」
その隣にはシリカ。
こちらはフリルのついた可愛らしい衣装を着ている。
そして。
二人の背後から、満面の笑みを浮かべたこっこが現れた。
「似合ってるじゃないか✨️」
「誰のせいよ!! 」
ゴンッ!!
開店前からメイスが頭に刺さった。
ここは圏内。
今日もダメージはゼロである。
「やっぱり着ましたね、リズさん……」
「うるさいわよシリカ!」
「私も着せられてますよぉ! 」
そんな三人を見ながら、アルゴは店の壁にもたれかかってニヤニヤしていた。
「でも、こっこの狙いは当たってるみたいダゾ」
「ん?」
アルゴが親指で店の外を示す。
すでに数人のプレイヤーが看板を眺めていた。
「キリトって、あの黒い奴だよな?」
「第一層のボス戦にいた奴だろ?」
「アニールブレード使ってるのか」
「同じ強化なのか?」
「服まで付いてるぞ」
ざわ。
ざわざわ。
こっこの口角が上がる。
「ふっ……」
リズが嫌そうな顔をした。
「その顔やめなさいよ」
「計画通り✨️」
「もっとやめなさい!」
こっこは勢いよく店の扉を開いた。
「開店だ!!」
◇
結果から言えば。
――売れた。
ものすごく売れた。
「キリトモデル一つ!」
「はいよー!」
「俺も!」
「アニールブレードの強化値は!?」
「基本は丈夫さを重視! 前線で長く使えるよう調整してあるよ!」
「黒い上着だけ欲しいんだけど!」
「シリカさん、衣服単品!」
「は、はいっ!」
「俺、サイズお願いします!」
「ちょっと待ってください! 順番ですー! 」
店内は一気に戦場と化した。
リズは武器担当。
シリカは衣服とアクセサリー担当。
こっこは会計、説明、修繕受付、料理販売、在庫管理を行ったり来たりしている。
アルゴはというと――。
「にゃはは♪ こりゃ面白い商売になったナ」
完全に見物人だった。
「アルゴ! 見てないで手伝って!」
「情報屋は店員じゃないヨ」
「昼飯おごるから!」
「交渉成立ダ!」
即決だった。
そして、こっこは確信する。
性能だけではない。
「あの強いプレイヤーと同じ武器」。
「あの有名なプレイヤーと同じ格好」。
それ自体が価値になるのだ。
「これだ……!」
こっこの商売人としての何かが、また一つ開花してしまった。
「これからは装備に《物語》を付けて売るんだ!」
リズがハンマーを振りながら叫ぶ。
「変な方向に成長しないでよ!!」
◇
昼を過ぎた頃。
店の前に二人のプレイヤーが現れた。
一人は黒髪の少年。
もう一人はフードを外し始めた栗色の髪の少女。
キリトとアスナだった。
「ここだよな。こっこさん達が店を出したっていうの」
「結構大きなお店ね」
「攻略組向けの装備も扱ってるらしいから、見ていこう」
「うん」
二人は何の疑いもなく店へ近づき――。
キリトが看板を見た。
《攻略組トッププレイヤーも使用!》
《キリトモデル》
「…………」
止まった。
アスナも止まった。
「…………キリトモデル?」
「…………」
「キリト君?」
「俺に聞かないでくれ」
店頭には黒い服。
その横には強化済みアニールブレード。
さらに、
《迷宮区攻略に!》
《丈夫で長持ち!》
《前線プレイヤー御用達!》
などと書かれたポップまで付いている。
「…………」
キリトの目から光が消えた。
そこへ。
「いらっしゃいませー!」
何も知らないこっこが店から飛び出してきた。
そして固まった。
「…………」
「…………」
二人の視線が交差する。
キリトが看板を指差した。
「こっこさん」
「はい」
「これは?」
「キリトモデルです」
「それは読めばわかります」
妙に丁寧な声だった。
こっこは一歩後退する。
「いやぁ……キリト君は攻略組でも有名になってきたし」
「はい」
「同じ装備を欲しがる人がいるかなって」
「はい」
「だから参考にしました✨️」
「本人に許可は?」
「…………」
沈黙。
アスナが横を向いた。
肩が震えている。
「アスナ?」
「ご、ごめん……」
ぷるぷる。
「……ふふっ」
「笑うなよ!」
「だって……キリトモデルって……!」
ついに耐えられなくなった。
「ふふふっ、あはははっ!」
「アスナぁ!」
そこへシリカがやって来る。
「あっ、キリトさん! アスナさん!」
そして悪気なく言った。
「キリトモデル、すごく売れてますよ!」
「売れてるの!?」
「はい!」
キリトにさらなる衝撃。
リズまで顔を出す。
「あんた人気あるのね。追加生産する羽目になったわ」
「追加!?」
こっこが胸を張った。
「安心したまえキリト君」
「何をですか」
「売上の一部をモデル料として――」
キリトの表情が少し変わった。
「……モデル料?」
「店の運営資金に回す」
「俺に入らないの!?」
「攻略組支援になる✨️」
「いい話みたいにまとめないでください!!」
アルゴが腹を抱える。
「にゃははははは!!」
◇
すると。
アスナが店内の別の商品に気づいた。
「……ねえ、こっこさん」
「はい?」
そこには細身のレイピア。
そして赤と白を基調とした女性用装備。
まだ値札しか付いていない。
アスナは嫌な予感を覚えた。
「これ……何?」
こっこが満面の笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくれました✨️」
キリトが察する。
「あっ」
リズが察する。
「あー」
シリカも察する。
「あ……」
アルゴだけが楽しそうだった。
「来たナ」
こっこは商品を指し示した。
「次の目玉商品――」
アスナの頬が引きつる。
「《アスナモデル》です!!」
「やっぱり!!」
「細剣と衣服をセットにした女性プレイヤー向け商品! 生産数を絞って希少性も――」
「ちょっと待ちなさい!!」
「数量限定!」
「そこじゃないわよ!!」
今度はアスナがこっこを追いかける。
「本人の許可を取りなさい!!」
「売れるんだよぉぉぉ!!」
「だからって勝手に売らないの!!」
「攻略組の資金になるからぁぁぁ!!」
店内を逃げ回るこっこ。
追いかけるアスナ。
腹を抱えて笑うアルゴ。
呆れるリズ。
おろおろするシリカ。
そして。
騒動の中心から少し離れたところで、キリトは自分そっくりの黒衣を手に取った。
「…………」
サイズを見る。
デザインを見る。
値札を見る。
「高くない?」
ピタッ。
逃げていたこっこが止まった。
振り返る。
「ブランド料✨️」
「こっこさん!!」
「ぎゃああああ!!」
――《Engineer》タラン支店。
開店初日。
売上、絶好調。
武器修繕、絶好調。
衣服販売、絶好調。
そして店主への信用――。
若干、下降。
しかし。
《キリトモデル》は、その日のうちに初回生産分が完売した。
翌朝。
店の入口には、こっこの手書きによる新しい札が掲げられることになる。
《好評につきキリトモデル増産決定!》
その札を見たキリトが頭を抱えるのは――。
また別の話である。
翌日――。
その一角にある《エンジニア》の店は、朝から異様な熱気に包まれていた。
「武器の修理をお願いします!」
「こちらは強化を! 素材は持ち込みで!」
「ワイルドステーキを二つ!」
「《キリトモデル》は試着できますか?」
シリカ「シリカちゃーん! オムライス追加!」
シリカ「なぜ私を名指しするんですかぁ!? 」
武器屋なのか。
鍛冶屋なのか。
服屋なのか。
食堂なのか。
もはや誰にもわからない。
ただ一つ、確かなことがある。
大繁盛していた。
店の左側では、鍛冶炉が真っ赤に燃えている。
カァン!
カァン!
リズがハンマーを振るうたび、火花が派手に飛び散った。
その背後の壁には、修理を終えた片手剣や斧、メイスがずらりと並んでいる。
さらに別の棚には、昨日こっこが思いついた《トッププレイヤーモデル》が堂々と展示されていた。
《黒の剣士モデル! 強化アニールブレード付き!》
《閃光モデル! 細剣&白赤コーデ!》
《チャンピオン・サタンモデル! 武闘着&手甲!》
そして、その端には――。
《重戦士エギルモデル!》
巨大な斧。
重量級防具。
そして、妙に頭部が目立つマネキン。
こっこ「うーん……」
こっこは腕を組み、売れ行きを確認した。
こっこ「キリトモデルは順調。アスナモデルも試着希望が多い。サタンモデルは……なぜこんなに売れているんだ?」
プレイヤー「素手でボスを殴りたいから!」
プレイヤー「チャンピオンになりたい!」
プレイヤー「ベルトは付いていないんですか!?」
こっこ「付いていないよ! あれはラストアタック報酬だから!」
プレイヤー達「ええーっ!」
その横では――。
リズ「お待たせしましたぁ♥ ワイルドステーキです♥」
ジュワァァァ……!
巨大な牛肉から肉汁が溢れ、香ばしい匂いが店内を満たす。
プレイヤー「うおお……!」
リズ「熱いうちに召し上がってね♥」
プレイヤー「はい!」
リズ「ふふっ♥ ごゆっくりどうぞ」
プレイヤー「…………♥」
シリカ「リズさん……」
リズ「なに?」
シリカ「完全に楽しんでいますよね?」
リズ「やるなら本気で取り組まないと」
シリカ「鍛冶の話ですよね!? 」
ところが。
シリカにも逃げ場はなかった。
こっこ「シリカちゃーん!」
シリカ「はい!」
こっこ「五番テーブル、オムライス!」
シリカ「お持ちします!」
こっこ「《おいしくなーれコール》付き!」
シリカ「…………」
ぴたり。
シリカの動きが止まる。
五番テーブルでは、男性プレイヤー三人が期待に満ちた表情で待っていた。
プレイヤー「お願いします!」
シリカ「なぜこんなサービスを作ったんですかぁ…… 」
こっこ「追加料金を取れるから 」
シリカ「商魂!!」
しかし、注文を受けてしまった以上、やるしかない。
シリカは真っ赤になりながらオムライスをテーブルへ置いた。
そして、小さく両手でハートを作る。
シリカ「お……」
周囲の客まで静かになる。
シリカ「おいしく……なーれ♥」
一瞬の静寂。
「うおおおおおおおお!!」
店内から大歓声が上がった。
シリカ「もう嫌ですぅぅぅ!! 」
こっこ「追加注文入りましたー!」
シリカ「なぜですかぁ!?」
そんな騒ぎの中――。
カラン。
入口のベルが鳴った。
「……なんだ、ここは」
巨大な斧を背負ったエギルが、入口で立ち尽くした。
昨日まで、ここは確かに攻略組向けの臨時補給拠点だったはずだ。
武器の修理。
防具の補修。
素材加工。
装備強化。
迷宮区攻略に必要な物資を扱う、極めて真面目な店だった。
――そのはずだった。
だが、今は。
右を見る。
シリカ「おいしくなーれ♥」
左を見る。
リズ「ほら♥ お残ししてはいけないでしょう?」
正面を見る。
《トッププレイヤーになりきろう!》
そんな看板まで掲げられている。
エギル「…………」
エギルは、もう一度外へ出た。
看板を確認する。
《エンジニア》
エギル「……間違っていないな」
もう一度、店内へ入った。
こっこ「あっ、エギル!」
エギル「お前……」
こっこ「ちょうどよかった。迷宮区はどうだった?」
その言葉で、エギルも本来の目的を思い出した。
そうだ。
遊びに来たのではない。
迷宮区で得た情報を共有するために来たのだ。
エギルはカウンターまで歩くと、背負っていた斧を降ろした。
ゴトン。
「かなり手強いぞ」
こっこの表情が変わる。
「牛人型か?」
「ああ。これまでの獣系モンスターとは違う。武器を使う」
こっこ「やはり……」
エギル「あいつらは、ただ振り回しているだけじゃねえ。間合いも取るし――」
その後ろで。
シリカ「おいしくなーれ♥」
エギル「…………」
こっこ「それで?」
エギル「あ、ああ。特に斧を持った奴が厄介だ。攻撃範囲が広くて――」
リズ「ダメじゃない♥」
エギル「…………」
リズの声が聞こえる。
「こんなに残して」
プレイヤー「いや、もう腹いっぱいで……」
リズ「仕方がないわね」
リズがフォークにステーキを刺した。
「あーん♥」
プレイヤー「えっ!?」
リズ「あーん♥」
プレイヤー「あ、あーん……」
周囲「おおおおおお!!」
エギル「………… 」
こっこ「斧を持った奴が?」
エギル「真剣な話ができるかぁぁぁ!! 」
ドン!!
巨大な拳がカウンターを叩いた。
「なんだ、このふざけた店は!!」
こっこ「大繁盛だよ✨️」
エギル「売上の話じゃねえ!」
こっこ「昨日の三倍」
エギル「聞いてねえ!!」
こっこは満足そうに店内を見渡した。
修理を待っている間、客は料理を注文する。
料理を待っている間、装備を見る。
装備を見ているうちに、強化を依頼する。
強化を待っているうちに、また料理を注文する。
そして――シリカやリズの給仕を目当てに、追加注文まで発生する。
こっこ「完璧なビジネスモデルだ✨️」
シリカ「最悪の循環です!! 」
リズ「でも、儲かっているわよ?」
シリカ「リズさんまでぇ!」
そこで、こっこはエギルを見上げた。
「そういえばさ」
「なんだよ」
「エギルモデル、あまり売れないんだよね」
「…………は?」
こっこが指差す。
エギルもそちらを見る。
そこには――。
自分そっくりの重量級装備。
巨大な斧。
そして、妙に頭部を強調したマネキンが置かれていた。
《重戦士エギルモデル》
《圧倒的な威圧感!》
《最前線の壁役を目指すあなたへ!》
ここまではいい。
だが、その下に小さく。
《スキンヘッド付き》
エギル「…………」
こっこ「やはり、このスキンヘッドが問題なのかな?」
エギル「俺はハゲじゃねえ!!」
店中に怒声が響いた。
全員が振り返る。
エギルは自分の頭を指差した。
「剃ってんだ!!」
こっこ「…………」
じーっ。
エギル「なんだよ!」
こっこ「あれー? そうなんだ」
エギル「 」
こっこ「じゃあ、商品説明を直しておくよ」
エギル「おう」
こっこはメニューを操作する。
《スキンヘッド付き》
削除。
そして――。
《剃髪スタイル完全再現!》
エギル「そういう問題じゃねええええ!! 」
店内が爆笑に包まれた。
その笑い声の中。
武器の修理を終えたプレイヤーが立ち上がる。
「よし。そろそろ迷宮区に戻るか」
「俺も行く」
「ポーションは確認したか?」
「ああ」
リズが修理した剣を手渡す。
「はい。耐久値は完全に戻しておいたわ」
「ありがとう!」
シリカも包みを渡した。
「保存食です。無理はしないでくださいね」
「助かるよ」
こっこはカウンター越しに声をかけた。
「危なくなったら戻っておいで。装備はまた直せる。でも、HPがゼロになったら直せないからね」
プレイヤー達は笑った。
「わかっているよ!」
「行ってくる!」
扉が開く。
そして彼らは再び、迷宮区へ向かって歩いていった。
エギルは、その背中をしばらく眺めていた。
ふざけた店だ。
間違いなくふざけている。
だが――。
武器を直せる。
防具を整えられる。
温かいものを腹いっぱい食べられる。
攻略情報を交換できる。
そして、死と隣り合わせの迷宮へ戻る前に、馬鹿みたいに笑える。
エギル「……なるほどな」
こっこ「ん?」
エギル「いや」
エギルは小さく笑った。
「悪くねえ店だと思っただけだ」
こっこ「でしょ✨️」
エギル「ただし」
エギルは《エギルモデル》を指差した。
「それは撤去しろ」
こっこ「えー」
「撤去しろ 」
シリカ「そこは素直に聞いてあげてください 」
第二層攻略の最前線――タラン。
そこには今日も、攻略組を送り出す店がある。
武具屋。
工房。
食堂。
服屋。
情報交換所。
そして、なぜかコスプレ喫茶。
誰かが言った。
「結局、ここは何屋なんだ?」
こっこは胸を張って答えた。
「《エンジニア》だよ✨️」
誰一人として納得しなかった。