エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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21 攻略しないと攻略組ではない

タランの夜。

 

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った《エンジニア》の店内で、最後の客を送り出したリズは、深く息を吐いた。

 

今日も大盛況だった。

 

攻略組から持ち込まれた武器の修繕と強化。新しい武具の販売。さらに、こっこが始めた料理まで加わり、店は朝から晩まで客足が途絶えなかった。

 

売り上げだけを見れば、申し分ない。

 

しかし――。

 

「大問題が発生した!」

 

突然、店の奥からこっこの叫び声が響いた。

 

リズは嫌そうに眉をひそめる。

 

「……今度は何よ」

 

最近、この男が「大問題」と言い出した時は、本当に重大な問題が発生しているか、本人だけが大問題だと思い込んでいるかの二択だった。

 

こっこは、開いたステータスウインドウを指差した。

 

「商売に専念していたら、攻略組に参加するにはレベルが足りなくなった 」

 

「当たり前よ!!」

 

即答だった。

 

隣で片付けをしていたシリカまで、呆れた表情を浮かべる。

 

「当たり前ですよ! こっこさん、最近ずっとお店にいたじゃないですか!」

 

「だって、お客さんがいっぱい来るんだもん……」

 

「子供ですか!」

 

もっとも、こっこにも言い分はあった。

 

武器を修理する者がいる。

 

防具を作る者がいる。

 

食事を提供する者がいる。

 

攻略組が迷宮区への挑戦を続けられるよう後方から支えることも、攻略への立派な貢献だと考えていた。

 

事実、それは間違っていない。

 

問題は――。

 

「前線組は、その間にもモンスターを倒して経験値を稼いでいるのよ」

 

リズの一言がすべてだった。

 

こっこのステータスは、生産系スキルだけを見れば異様な成長を遂げている。

 

料理。

 

クラフト。

 

武具の修繕。

 

素材加工。

 

およそ一般的な攻略プレイヤーとは思えない方向へ成長していた。

 

その一方で、純粋な戦闘レベルでは攻略組との差が開き始めている。

 

このまま第2層ボス攻略に参加すれば、足を引っ張りかねない。

 

こっこは腕を組んだ。

 

「……これは看過できない」

 

「だから言っているじゃない」

 

「ということで!」

 

勢いよく立ち上がり、壁に立て掛けていた《アニールブレード》を手に取った。

 

丈夫さ+5。

 

鋭さ+1。

 

攻撃力よりも耐久性に極端に特化した、こっこらしい強化剣である。

 

「みんなで夜の迷宮区へ行こう!!」

 

「どうしてそうなるのよ!?」

 

「今からですか!?」

 

リズとシリカの声が重なった。

 

さらに店の隅では、たまたま武器の修繕を受け取りに来ていたエギルが、ひどく嫌そうな顔をしている。

 

「……待て」

 

「ん?」

 

「どうして俺まで行くことになっているんだ 」

 

こっこは笑顔で振り返った。

 

「無償で武器を修繕したじゃない」

 

「ぐっ……」

 

確かに今日、エギルの武器は格安どころか無料で整備されていた。

 

「シリカちゃんのオムライスと、リズさんの『あーん♥』も付けようか?」

 

「勝手に付けるな!!」

 

「私のオムライスまで報酬にしないでください!」

 

エギルは額を押さえた。

 

「それはもういい 」

 

「では、出発!!」

 

「人の話を聞け!!」

 

     ◇

 

こうして四人は、夜の第2層迷宮区へ足を踏み入れた。

 

昼間は攻略組が頻繁に行き交う迷宮区も、この時間になると人影はまばらだった。

 

石造りの通路。

 

壁に灯る青白い明かり。

 

遠くから響く、何か重いものが床を踏みしめる音。

 

リズがメイスを握り直した。

 

「……昼よりも怖く感じるわね」

 

「静かだから、余計にそう感じるのでしょうか……」

 

シリカも小剣を構える。

 

そんな二人を見て、エギルが言った。

 

「ゲーム内の夜だからといって、迷宮区の敵が突然強くなるわけじゃない。普段通りに戦えばいい」

 

「なるほど」

 

こっこは頷くと、真っ先に歩き始めた。

 

「お前は後ろにいろ」

 

エギルに襟首を掴まれた。

 

「なんで!?」

 

「今日はお前のレベリングが目的だろうが。死んだら本末転倒だ」

 

「大丈夫だよ。僕には丈夫さ+5のアニールブレードがある!」

 

リズが頭を抱える。

 

「武器の耐久性が高くても、あんた自身が頑丈になったわけじゃないのよ」

 

「……なるほど!」

 

「今気付いたんですか!?」

 

その時だった。

 

――ガコン。

 

四人の間に緊張が走った。

 

通路の先。

 

暗がりの中から、巨大な影が姿を現す。

 

牛の頭。

 

人間を遥かに上回る巨体。

 

その手には巨大な棍棒。

 

迷宮区に出現するタウルス系モンスターだった。

 

しかも、一体ではない。

 

「二体!」

 

シリカが叫ぶ。

 

「来るぞ!」

 

エギルが前へ出る。

 

次の瞬間、一体が床を蹴った。

 

巨体からは想像もつかない速度で突進してくる。

 

「うわっ!?」

 

こっこ目掛けて棍棒が振り下ろされた。

 

反射的にアニールブレードを横に構える。

 

――ギィィン!!

 

強烈な衝撃。

 

腕が痺れ、HPが削られる。

 

だが。

 

剣は壊れない。

 

刃こぼれすらない。

 

こっこの目が輝いた。

 

「丈夫さ+5、すごい!!✨️」

 

「感動している場合じゃない!!」

 

「でも腕が痺れた!! 」

 

「スイッチ!」

 

エギルの声が飛ぶ。

 

「了解!」

 

今度こそ、その意味を取り違えない。

 

こっこが横へ抜ける。

 

入れ替わったエギルの一撃が、タウルスの胴体へ炸裂した。

 

巨体が大きくよろめく。

 

「リズ!」

 

「任せて!」

 

メイスが横から叩き込まれる。

 

さらにシリカが死角へ回った。

 

「いきます!」

 

小剣が脇腹を切り裂く。

 

敵のHPが一気に減少した。

 

「僕も!」

 

こっこが踏み込む。

 

《スラント》。

 

赤い軌跡がタウルスの胸を斜めに走った。

 

HPバーが――。

 

ほんの少しだけ減少した。

 

「……あれ?」

 

全員が一瞬だけ黙った。

 

「弱い 」

 

「だからレベル上げに来たんでしょうが!!」

 

     ◇

 

それから一時間。

 

四人は迷宮区を慎重に進みながら、次々とモンスターを倒していった。

 

「スイッチ!」

 

「おう!」

 

こっこが攻撃を受け流し、エギルが叩く。

 

「リズ、右!」

 

「分かってる!」

 

メイスが敵の武器を弾く。

 

「シリカ、今!」

 

「はい!」

 

小柄なシリカが懐へ潜り込む。

 

最初こそぎこちなかった連携が、戦闘を重ねるたびに洗練されていった。

 

特に、こっこの動きが変わり始めていた。

 

剣速が上がったわけではない。

 

力が急激に強くなったわけでもない。

 

それでも――。

 

「次、右から横薙ぎ!」

 

「何?」

 

エギルが反応する。

 

直後。

 

タウルスが、まさに右から武器を振り抜いた。

 

エギルが受け止める。

 

「今!」

 

「はあっ!」

 

リズのメイスが頭部へ直撃する。

 

モンスターが爆散した。

 

シリカが目を丸くする。

 

「こっこさん、どうして攻撃が分かったんですか?」

 

「武器」

 

「武器?」

 

「最近ずっと攻略組の武器を修理していたからね」

 

こっこは自分の剣を肩に担いだ。

 

「刃こぼれや傷、柄の歪み方を何百本も見てきた。迷宮区から戻ってきた武器には、似たような傷が多かったんだ」

 

エギルが自分の武器を見る。

 

「つまり……」

 

「こいつらが、どの角度からどんな攻撃を仕掛けてくるのか。修理していた武器が教えてくれていたんだよ」

 

リズは少し驚いた表情でこっこを見る。

 

商売に夢中になり、戦闘レベルでは遅れを取った。

 

だが、その時間が完全に無駄だったわけではない。

 

前線から戻ってきた武器。

 

壊れた防具。

 

攻略組から聞いた愚痴や失敗談。

 

そのすべてが、こっこの中で経験として積み重なっていた。

 

エギルがニヤリと笑う。

 

「お前、案外エンジニアらしい戦い方をするじゃないか」

 

「でしょう✨️」

 

「調子に乗らない」

 

リズが即座に釘を刺した。

 

「はい 」

 

     ◇

 

さらに奥へ進んだところで、こっこが突然足を止めた。

 

「ストップ」

 

三人も足を止める。

 

「どうしたの?」

 

リズの問いには答えず、こっこはしゃがみ込んだ。

 

床を見る。

 

石畳に刻まれた傷。

 

壁にも、何か巨大な物体を叩きつけたような痕跡が残っている。

 

「……この先にいるね」

 

「モンスターですか?」

 

「大型だと思う。それも――」

 

ズシン。

 

答えは向こうからやってきた。

 

ズシン。

 

ズシン。

 

角を曲がり、巨大な牛頭の怪物が現れる。

 

一体。

 

二体。

 

三体。

 

「三体!?」

 

リズが声を上げる。

 

エギルは即座に判断した。

 

「一旦引くぞ!」

 

「待って」

 

こっこは周囲を見回した。

 

通路。

 

柱。

 

壁際の段差。

 

そして三体の敵。

 

やがて、その顔に笑みが浮かぶ。

 

リズが嫌そうな顔をした。

 

「あ」

 

シリカも気付いた。

 

「あ……」

 

エギルだけが首を傾げる。

 

「なんだ?」

 

「こっこが余計なことを思いついた顔です」

 

「失礼な!」

 

こっこは三体を指差した。

 

「同時には戦わない。一体ずつ分断して倒す」

 

エギルが頷く。

 

「それ自体は正しい」

 

「まず僕が一体を釣る」

 

「危険だ」

 

「攻撃はしない。逃げるだけ」

 

続いてエギルを見る。

 

「二体目をエギルが止める。その間にリズとシリカが孤立した一体を集中攻撃する」

 

「なるほど」

 

「それならいけそうですね!」

 

こっこはアニールブレードを抜いた。

 

「よし」

 

一歩前へ出る。

 

そして大声で叫んだ。

 

「おーい! 牛ー!!」

 

リズの顔が引きつった。

 

「挑発スキルを持っていないからって、口でやるな!!」

 

三体のタウルスが一斉に振り向く。

 

一瞬の沈黙。

 

――ブモオオオオオオオッ!!

 

三体とも突進してきた。

 

「全部来た!! 」

 

「馬鹿野郎!!」

 

「こっこさーーん!!」

 

「作戦開始から一秒で破綻しているじゃない!!」

 

こっこは全力で逃げた。

 

「エギルー!! 助けてー!! 」

 

「こっちへ走れ!」

 

三体が一直線に追ってくる。

 

しかし――。

 

結果的に、それが敵を縦一列に並べることになった。

 

エギルの目が光る。

 

「そのまま走れ!」

 

先頭の一体が通過する瞬間。

 

エギルが横から強烈な一撃を叩き込んだ。

 

二体目が足を止める。

 

「リズ!」

 

「はいはい!」

 

メイスが炸裂する。

 

「シリカ!」

 

「いきます!」

 

三人で一気に一体を削る。

 

爆散。

 

「次!」

 

二体目。

 

こっこが攻撃を受ける。

 

「スイッチ!」

 

エギルが前へ出る。

 

爆散。

 

そして最後の一体。

 

「これで――!」

 

こっこが地面を蹴った。

 

《スラント》。

 

アニールブレードが赤い軌跡を描き、タウルスの胸を斜めに切り裂いた。

 

HPバーがゼロになる。

 

巨大な牛頭の戦士が、無数のポリゴン片となって弾け飛んだ。

 

その瞬間。

 

軽快な効果音。

 

こっこの身体が淡い光に包まれる。

 

「あっ!」

 

シリカが最初に気付いた。

 

リズも笑う。

 

「上がった!」

 

こっこは目の前に表示されたウインドウを見る。

 

《LEVEL UP》

 

「……!」

 

拳を握る。

 

「レベルアップ!!✨️」

 

迷宮区の真ん中で両手を上げた。

 

「やったあああああ!!」

 

エギルが疲れた顔をする。

 

「やっと一つか……」

 

だが、こっこは勢いよく振り返った。

 

「よし!」

 

嫌な予感がした。

 

「攻略組の平均に追いつくまで――」

 

さらに嫌な予感がした。

 

「今夜は帰らないぞ!! 徹夜でレベリングだ!!✨️」

 

「嫌よ!!」

 

「帰りましょうよ!! 」

 

「店に戻れ!」

 

三方向から即座に却下された。

 

「なぜだ! これは攻略組復帰のために必要な――」

 

リズが指を突きつける。

 

「あんた、明日も店を開けるんでしょうが!」

 

「…………」

 

こっこは黙った。

 

シリカも黙る。

 

エギルも黙る。

 

しばらくして。

 

「……帰る?」

 

「帰る」

 

「帰りましょう」

 

「帰るぞ」

 

     ◇

 

帰り道。

 

こっこは戦利品ウインドウを眺めながら上機嫌だった。

 

経験値。

 

タウルスから手に入った素材。

 

武器に使えそうな角。

 

革。

 

料理にも使えそうな肉まである。

 

「いやー、レベルも上がったし、素材もたくさん手に入った✨️」

 

リズも戦利品を確認する。

 

「まあ……悪くなかったわね」

 

「私もかなり経験値を獲得できました!」

 

シリカも嬉しそうだ。

 

エギルは肩を回した。

 

「生産ばかりやっているお前らには、たまにはこういう実戦も必要だな」

 

「うん!」

 

こっこは満足そうに頷く。

 

そして、手に入った素材を見る。

 

「よし。これを加工したら、明日から店の新商品に――」

 

「待ちなさい」

 

「ん?」

 

リズが立ち止まった。

 

「また商売するの?」

 

「もちろん✨️」

 

「また前線組とのレベル差が開くでしょうが!! 」

 

「……!」

 

こっこは衝撃を受けたような顔になった。

 

シリカが肩を落とす。

 

「無限ループです……」

 

エギルは深いため息をついた。

 

「お前、本当に攻略組に戻る気があるのか?」

 

「大丈夫!」

 

こっこは胸を張った。

 

「昼は商売!」

 

三人の嫌な予感が強くなる。

 

「夜はレベリング!」

 

さらに強くなる。

 

「そして睡眠時間を削れば、両立でき――」

 

「それはダメ!!」

 

三人の怒声が、夜の迷宮区に響いた。

 

その声に反応して、通路の遥か向こうから――。

 

――ブモオオオオ……。

 

牛の鳴き声が聞こえた。

 

四人は顔を見合わせる。

 

「…………」

 

こっこが小さく呟いた。

 

「もう一匹だけ?」

 

「帰るわよ!! 」

 

こうして、攻略組の裏側で行われたこっこの深夜レベリング初日は終了した。

 

戦闘レベルは、確かに一つ上がった。

 

だが、それ以上に大きかったのは、店で武器を直し、素材を研究し、攻略組を支えてきた経験が、戦場でも決して無駄ではないと分かったことだった。

 

剣士のようには戦えない。

 

キリトのような反応速度も、アスナのような剣速もない。

 

ならば、自分が見てきたものを活用すればいい。

 

壊れた武器から敵の攻撃を読む。

 

素材から敵の性質を知る。

 

道具を使い、仲間と連携する。

 

それが――。

 

攻略組の中に一人くらいいてもいい、

 

《エンジニア》の戦い方なのだから。

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