エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
タランの夜。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った《エンジニア》の店内で、最後の客を送り出したリズは、深く息を吐いた。
今日も大盛況だった。
攻略組から持ち込まれた武器の修繕と強化。新しい武具の販売。さらに、こっこが始めた料理まで加わり、店は朝から晩まで客足が途絶えなかった。
売り上げだけを見れば、申し分ない。
しかし――。
「大問題が発生した!」
突然、店の奥からこっこの叫び声が響いた。
リズは嫌そうに眉をひそめる。
「……今度は何よ」
最近、この男が「大問題」と言い出した時は、本当に重大な問題が発生しているか、本人だけが大問題だと思い込んでいるかの二択だった。
こっこは、開いたステータスウインドウを指差した。
「商売に専念していたら、攻略組に参加するにはレベルが足りなくなった 」
「当たり前よ!!」
即答だった。
隣で片付けをしていたシリカまで、呆れた表情を浮かべる。
「当たり前ですよ! こっこさん、最近ずっとお店にいたじゃないですか!」
「だって、お客さんがいっぱい来るんだもん……」
「子供ですか!」
もっとも、こっこにも言い分はあった。
武器を修理する者がいる。
防具を作る者がいる。
食事を提供する者がいる。
攻略組が迷宮区への挑戦を続けられるよう後方から支えることも、攻略への立派な貢献だと考えていた。
事実、それは間違っていない。
問題は――。
「前線組は、その間にもモンスターを倒して経験値を稼いでいるのよ」
リズの一言がすべてだった。
こっこのステータスは、生産系スキルだけを見れば異様な成長を遂げている。
料理。
クラフト。
武具の修繕。
素材加工。
およそ一般的な攻略プレイヤーとは思えない方向へ成長していた。
その一方で、純粋な戦闘レベルでは攻略組との差が開き始めている。
このまま第2層ボス攻略に参加すれば、足を引っ張りかねない。
こっこは腕を組んだ。
「……これは看過できない」
「だから言っているじゃない」
「ということで!」
勢いよく立ち上がり、壁に立て掛けていた《アニールブレード》を手に取った。
丈夫さ+5。
鋭さ+1。
攻撃力よりも耐久性に極端に特化した、こっこらしい強化剣である。
「みんなで夜の迷宮区へ行こう!!」
「どうしてそうなるのよ!?」
「今からですか!?」
リズとシリカの声が重なった。
さらに店の隅では、たまたま武器の修繕を受け取りに来ていたエギルが、ひどく嫌そうな顔をしている。
「……待て」
「ん?」
「どうして俺まで行くことになっているんだ 」
こっこは笑顔で振り返った。
「無償で武器を修繕したじゃない」
「ぐっ……」
確かに今日、エギルの武器は格安どころか無料で整備されていた。
「シリカちゃんのオムライスと、リズさんの『あーん♥』も付けようか?」
「勝手に付けるな!!」
「私のオムライスまで報酬にしないでください!」
エギルは額を押さえた。
「それはもういい 」
「では、出発!!」
「人の話を聞け!!」
◇
こうして四人は、夜の第2層迷宮区へ足を踏み入れた。
昼間は攻略組が頻繁に行き交う迷宮区も、この時間になると人影はまばらだった。
石造りの通路。
壁に灯る青白い明かり。
遠くから響く、何か重いものが床を踏みしめる音。
リズがメイスを握り直した。
「……昼よりも怖く感じるわね」
「静かだから、余計にそう感じるのでしょうか……」
シリカも小剣を構える。
そんな二人を見て、エギルが言った。
「ゲーム内の夜だからといって、迷宮区の敵が突然強くなるわけじゃない。普段通りに戦えばいい」
「なるほど」
こっこは頷くと、真っ先に歩き始めた。
「お前は後ろにいろ」
エギルに襟首を掴まれた。
「なんで!?」
「今日はお前のレベリングが目的だろうが。死んだら本末転倒だ」
「大丈夫だよ。僕には丈夫さ+5のアニールブレードがある!」
リズが頭を抱える。
「武器の耐久性が高くても、あんた自身が頑丈になったわけじゃないのよ」
「……なるほど!」
「今気付いたんですか!?」
その時だった。
――ガコン。
四人の間に緊張が走った。
通路の先。
暗がりの中から、巨大な影が姿を現す。
牛の頭。
人間を遥かに上回る巨体。
その手には巨大な棍棒。
迷宮区に出現するタウルス系モンスターだった。
しかも、一体ではない。
「二体!」
シリカが叫ぶ。
「来るぞ!」
エギルが前へ出る。
次の瞬間、一体が床を蹴った。
巨体からは想像もつかない速度で突進してくる。
「うわっ!?」
こっこ目掛けて棍棒が振り下ろされた。
反射的にアニールブレードを横に構える。
――ギィィン!!
強烈な衝撃。
腕が痺れ、HPが削られる。
だが。
剣は壊れない。
刃こぼれすらない。
こっこの目が輝いた。
「丈夫さ+5、すごい!!✨️」
「感動している場合じゃない!!」
「でも腕が痺れた!! 」
「スイッチ!」
エギルの声が飛ぶ。
「了解!」
今度こそ、その意味を取り違えない。
こっこが横へ抜ける。
入れ替わったエギルの一撃が、タウルスの胴体へ炸裂した。
巨体が大きくよろめく。
「リズ!」
「任せて!」
メイスが横から叩き込まれる。
さらにシリカが死角へ回った。
「いきます!」
小剣が脇腹を切り裂く。
敵のHPが一気に減少した。
「僕も!」
こっこが踏み込む。
《スラント》。
赤い軌跡がタウルスの胸を斜めに走った。
HPバーが――。
ほんの少しだけ減少した。
「……あれ?」
全員が一瞬だけ黙った。
「弱い 」
「だからレベル上げに来たんでしょうが!!」
◇
それから一時間。
四人は迷宮区を慎重に進みながら、次々とモンスターを倒していった。
「スイッチ!」
「おう!」
こっこが攻撃を受け流し、エギルが叩く。
「リズ、右!」
「分かってる!」
メイスが敵の武器を弾く。
「シリカ、今!」
「はい!」
小柄なシリカが懐へ潜り込む。
最初こそぎこちなかった連携が、戦闘を重ねるたびに洗練されていった。
特に、こっこの動きが変わり始めていた。
剣速が上がったわけではない。
力が急激に強くなったわけでもない。
それでも――。
「次、右から横薙ぎ!」
「何?」
エギルが反応する。
直後。
タウルスが、まさに右から武器を振り抜いた。
エギルが受け止める。
「今!」
「はあっ!」
リズのメイスが頭部へ直撃する。
モンスターが爆散した。
シリカが目を丸くする。
「こっこさん、どうして攻撃が分かったんですか?」
「武器」
「武器?」
「最近ずっと攻略組の武器を修理していたからね」
こっこは自分の剣を肩に担いだ。
「刃こぼれや傷、柄の歪み方を何百本も見てきた。迷宮区から戻ってきた武器には、似たような傷が多かったんだ」
エギルが自分の武器を見る。
「つまり……」
「こいつらが、どの角度からどんな攻撃を仕掛けてくるのか。修理していた武器が教えてくれていたんだよ」
リズは少し驚いた表情でこっこを見る。
商売に夢中になり、戦闘レベルでは遅れを取った。
だが、その時間が完全に無駄だったわけではない。
前線から戻ってきた武器。
壊れた防具。
攻略組から聞いた愚痴や失敗談。
そのすべてが、こっこの中で経験として積み重なっていた。
エギルがニヤリと笑う。
「お前、案外エンジニアらしい戦い方をするじゃないか」
「でしょう✨️」
「調子に乗らない」
リズが即座に釘を刺した。
「はい 」
◇
さらに奥へ進んだところで、こっこが突然足を止めた。
「ストップ」
三人も足を止める。
「どうしたの?」
リズの問いには答えず、こっこはしゃがみ込んだ。
床を見る。
石畳に刻まれた傷。
壁にも、何か巨大な物体を叩きつけたような痕跡が残っている。
「……この先にいるね」
「モンスターですか?」
「大型だと思う。それも――」
ズシン。
答えは向こうからやってきた。
ズシン。
ズシン。
角を曲がり、巨大な牛頭の怪物が現れる。
一体。
二体。
三体。
「三体!?」
リズが声を上げる。
エギルは即座に判断した。
「一旦引くぞ!」
「待って」
こっこは周囲を見回した。
通路。
柱。
壁際の段差。
そして三体の敵。
やがて、その顔に笑みが浮かぶ。
リズが嫌そうな顔をした。
「あ」
シリカも気付いた。
「あ……」
エギルだけが首を傾げる。
「なんだ?」
「こっこが余計なことを思いついた顔です」
「失礼な!」
こっこは三体を指差した。
「同時には戦わない。一体ずつ分断して倒す」
エギルが頷く。
「それ自体は正しい」
「まず僕が一体を釣る」
「危険だ」
「攻撃はしない。逃げるだけ」
続いてエギルを見る。
「二体目をエギルが止める。その間にリズとシリカが孤立した一体を集中攻撃する」
「なるほど」
「それならいけそうですね!」
こっこはアニールブレードを抜いた。
「よし」
一歩前へ出る。
そして大声で叫んだ。
「おーい! 牛ー!!」
リズの顔が引きつった。
「挑発スキルを持っていないからって、口でやるな!!」
三体のタウルスが一斉に振り向く。
一瞬の沈黙。
――ブモオオオオオオオッ!!
三体とも突進してきた。
「全部来た!! 」
「馬鹿野郎!!」
「こっこさーーん!!」
「作戦開始から一秒で破綻しているじゃない!!」
こっこは全力で逃げた。
「エギルー!! 助けてー!! 」
「こっちへ走れ!」
三体が一直線に追ってくる。
しかし――。
結果的に、それが敵を縦一列に並べることになった。
エギルの目が光る。
「そのまま走れ!」
先頭の一体が通過する瞬間。
エギルが横から強烈な一撃を叩き込んだ。
二体目が足を止める。
「リズ!」
「はいはい!」
メイスが炸裂する。
「シリカ!」
「いきます!」
三人で一気に一体を削る。
爆散。
「次!」
二体目。
こっこが攻撃を受ける。
「スイッチ!」
エギルが前へ出る。
爆散。
そして最後の一体。
「これで――!」
こっこが地面を蹴った。
《スラント》。
アニールブレードが赤い軌跡を描き、タウルスの胸を斜めに切り裂いた。
HPバーがゼロになる。
巨大な牛頭の戦士が、無数のポリゴン片となって弾け飛んだ。
その瞬間。
軽快な効果音。
こっこの身体が淡い光に包まれる。
「あっ!」
シリカが最初に気付いた。
リズも笑う。
「上がった!」
こっこは目の前に表示されたウインドウを見る。
《LEVEL UP》
「……!」
拳を握る。
「レベルアップ!!✨️」
迷宮区の真ん中で両手を上げた。
「やったあああああ!!」
エギルが疲れた顔をする。
「やっと一つか……」
だが、こっこは勢いよく振り返った。
「よし!」
嫌な予感がした。
「攻略組の平均に追いつくまで――」
さらに嫌な予感がした。
「今夜は帰らないぞ!! 徹夜でレベリングだ!!✨️」
「嫌よ!!」
「帰りましょうよ!! 」
「店に戻れ!」
三方向から即座に却下された。
「なぜだ! これは攻略組復帰のために必要な――」
リズが指を突きつける。
「あんた、明日も店を開けるんでしょうが!」
「…………」
こっこは黙った。
シリカも黙る。
エギルも黙る。
しばらくして。
「……帰る?」
「帰る」
「帰りましょう」
「帰るぞ」
◇
帰り道。
こっこは戦利品ウインドウを眺めながら上機嫌だった。
経験値。
タウルスから手に入った素材。
武器に使えそうな角。
革。
料理にも使えそうな肉まである。
「いやー、レベルも上がったし、素材もたくさん手に入った✨️」
リズも戦利品を確認する。
「まあ……悪くなかったわね」
「私もかなり経験値を獲得できました!」
シリカも嬉しそうだ。
エギルは肩を回した。
「生産ばかりやっているお前らには、たまにはこういう実戦も必要だな」
「うん!」
こっこは満足そうに頷く。
そして、手に入った素材を見る。
「よし。これを加工したら、明日から店の新商品に――」
「待ちなさい」
「ん?」
リズが立ち止まった。
「また商売するの?」
「もちろん✨️」
「また前線組とのレベル差が開くでしょうが!! 」
「……!」
こっこは衝撃を受けたような顔になった。
シリカが肩を落とす。
「無限ループです……」
エギルは深いため息をついた。
「お前、本当に攻略組に戻る気があるのか?」
「大丈夫!」
こっこは胸を張った。
「昼は商売!」
三人の嫌な予感が強くなる。
「夜はレベリング!」
さらに強くなる。
「そして睡眠時間を削れば、両立でき――」
「それはダメ!!」
三人の怒声が、夜の迷宮区に響いた。
その声に反応して、通路の遥か向こうから――。
――ブモオオオオ……。
牛の鳴き声が聞こえた。
四人は顔を見合わせる。
「…………」
こっこが小さく呟いた。
「もう一匹だけ?」
「帰るわよ!! 」
こうして、攻略組の裏側で行われたこっこの深夜レベリング初日は終了した。
戦闘レベルは、確かに一つ上がった。
だが、それ以上に大きかったのは、店で武器を直し、素材を研究し、攻略組を支えてきた経験が、戦場でも決して無駄ではないと分かったことだった。
剣士のようには戦えない。
キリトのような反応速度も、アスナのような剣速もない。
ならば、自分が見てきたものを活用すればいい。
壊れた武器から敵の攻撃を読む。
素材から敵の性質を知る。
道具を使い、仲間と連携する。
それが――。
攻略組の中に一人くらいいてもいい、
《エンジニア》の戦い方なのだから。