エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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23 ブレス対策は口を開けさせないことです

 

「ブモオオオオオオオオオオッ!!」

 

咆哮とともに、小型の牛人型モンスターたちが次々と出現する。

 

「来たぞ!!」

 

「取り巻きもいる!」

 

エギル「前衛、展開!! ボスだけ見るな! 取り巻きに囲まれるぞ!!」

 

攻略組が左右へ散った。

 

盾持ちが前へ。

 

その後ろに槍。

 

片手剣、曲刀、斧使いが遊撃へ回る。

 

キリト「情報通りだ。二体を同時に相手しながら取り巻きを処理する!」

 

アスナ「右から来る!」

 

三体の牛人兵が走る。

 

アスナが踏み込んだ。

 

一閃。

 

二閃。

 

三閃。

 

細剣が銀色の光を残しながら急所を穿つ。

 

しかし一体では終わらない。

 

アスナ「キリト君!」

 

キリト「スイッチ!」

 

アスナが身を翻す。

 

その背後からキリトが飛び出した。

 

《ホリゾンタル》。

 

横薙ぎの斬撃が、残った牛人兵をまとめて吹き飛ばす。

 

こっこ「うひょー……」

 

キリト「見物してる場合か!」

 

こっこ「いやいや、ちゃんと見てるよ。あの剣、昨日修繕したやつだから✨️」

 

アスナ「こっこさん!」

 

こっこ「はい?」

 

アスナ「前!」

 

こっこ「え?」

 

――ブオンッ!!

 

こっこ「うわあああっ!?」

 

巨大な武器が頭上を通過した。

 

慌てて身を沈める。

 

轟音。

 

背後の石床が砕け散った。

 

こっこ「危なっ!!」

 

キリト「ボス戦中に自分の仕事を眺めるな!」

 

こっこ「職人としては気になるんだよ!」

 

キリト「死んだら確認できなくなるぞ!」

 

それはもっともだった。

 

別方向から牛人兵が迫る。

 

棍棒を振り上げる。

 

こっこは右手のアニールブレードを構え――左手を腰へ伸ばした。

 

取り出したのは、小型の金属製ハンマー。

 

ガンッ!!

 

棍棒そのものを止めるのではない。

 

側面を叩き、ほんの少し軌道をずらす。

 

棍棒が肩の横を通過する。

 

こっこ「よし!」

 

そのまま踏み込む。

 

《スラント》。

 

斜めの斬撃が牛人兵の胸を走った。

 

だが。

 

こっこ「硬っ!」

 

HPが残る。

 

反撃が来る。

 

――その時。

 

サタン「こっこ!!」

 

こっこ「サタン!」

 

一層の戦いなら。

 

ここで「危ないから下がって!」と叫んでいただろう。

 

だが、今は違う。

 

こっこ「――スイッチ!!」

 

サタン「応ッ!!」

 

こっこが横へ抜ける。

 

入れ替わるように巨体が飛び込んだ。

 

牛人兵の斧が振り下ろされる。

 

サタンは逃げない。

 

両腕には、鈍い金属光沢を放つ《手甲》。

 

そして身体を包むのは、体術を阻害しない《武闘着》。

 

腰には相変わらず、燦然と輝く《チャンピオンベルト》。

 

斧が迫る。

 

サタン「ふんっ!!」

 

ガッ!!

 

手甲が触れた。

 

だが、力任せに受け止めたのではない。

 

半歩。

 

身体をずらす。

 

腕を添える。

 

斧の勢いを殺さず、そのまま外へ流す。

 

牛人兵「ブモッ!?」

 

体勢が崩れた。

 

キリト「……!」

 

アスナ「今の……」

 

第1層のサタンとは違う。

 

あの頃は、ゲームシステムに存在しないプロレス技を力任せに繰り出し、まともなダメージすら与えられなかった。

 

だが今は。

 

老師のもとで修行し。

 

正式に《体術》スキルを獲得した。

 

その拳に――。

 

鮮やかなスキルエフェクトが灯る。

 

「おい!」

 

「あいつの拳、光ってるぞ!?」

 

「体術だ!」

 

攻略組の何人かが戦いながら振り返った。

 

サタンは大きく拳を引く。

 

腰を落とす。

 

脚。

 

腰。

 

肩。

 

肘。

 

拳。

 

全身の力が一本につながった。

 

サタン「わああああああっはっはっは!!」

 

キリト「……なんか嫌な予感がする」

 

こっこ「奇遇だね」

 

サタン「見るがいい!! これぞチャンピオンの――」

 

離れた後方から声が飛んだ。

 

NPC商人「また勝手に技名つけるアルカー!?」

 

サタン「ストレェェェェェェト!!」

 

ドゴォン!!

 

拳が牛人兵の腹へ突き刺さった。

 

黄色い衝撃エフェクトが炸裂。

 

牛人兵が吹き飛び、後続の一体を巻き込んで石床を転がった。

 

こっこ「おおおおおおっ!!✨️」

 

アスナ「すごい……!」

 

キリト「本当にダメージが通ってる……!」

 

サタン「当然だ!! 儂は世界チャンピオンだからな!!」

 

NPC商人「《体術》覚えたからアル!!」

 

サタン「儂の実力だ!!」

 

NPC商人「一層ではほとんどダメージ入らなかったアルヨ!!」

 

サタン「過去の話をするな!!」

 

キリト「……ボス戦なのに、なんで漫才が始まるんだ」

 

こっこ「余裕がある証拠だよ✨️」

 

アスナ「ないです!」

 

その瞬間。

 

――ズンッ!!

 

空気が震えた。

 

二体いるボスの一角が、巨大な武器を高々と振り上げている。

 

キリト「まずい!」

 

エギル「全員散開!!」

 

武器が床へ叩きつけられた。

 

ズガァァァァァン!!

 

円形の衝撃波が走る。

 

「ぐあっ!」

 

「下がれ!」

 

「HP黄色!」

 

数人が吹き飛ばされた。

 

こっこの表情が変わる。

 

さっきまでの軽さが消えた。

 

こっこ「被弾した人は無理しない! 交代して回復! 盾役、耐久値を見て! 警告が出た武器は使い続けないで!」

 

自分たちが整備した装備だからこそ分かる。

 

このボスは、一撃が重い。

 

単純なHPだけではない。

 

武器。

 

盾。

 

防具。

 

長期戦になれば、それらの耐久値まで削られていく。

 

壊れた武器では戦えない。

 

防具が砕ければ、次の一撃が致命傷になる。

 

だから。

 

敵のHPを減らすことだけが攻略ではない。

 

武器を壊さない。

 

仲間を消耗させない。

 

そして何より。

 

誰も死なせない。

 

エギル「聞いたな!! ローテーションを早める! 欲張って二撃目を入れようとするな!」

 

「了解!!」

 

取り巻きが再び押し寄せる。

 

キリト「左、三体!」

 

アスナ「こっちは任せて!」

 

こっこ「サタン!」

 

サタン「応!!」

 

一体目。

 

こっこが攻撃を受け流す。

 

《スラント》。

 

斬撃。

 

すぐに離れる。

 

こっこ「スイッチ!」

 

サタン「任せろ!!」

 

拳が炸裂する。

 

二体目。

 

サタンが攻撃を流す。

 

サタン「こっこ! スイッチ!!」

 

こっこ「了解!」

 

今度はアニールブレードが走る。

 

キリトは、一瞬だけその光景を見た。

 

第1層。

 

攻略会議で。

 

キリト『君達、スイッチの意味わかる?』

 

こっこ『ゲーム?』

 

サタン『スイッチバックか?』

 

キリト『……』

 

あの二人が。

 

今では。

 

サタン「スイッチ!!」

 

こっこ「はいよ!!」

 

当たり前のように互いを入れ替えながら戦っている。

 

キリト「……成長したなあ」

 

アスナ「何をしみじみしてるの?」

 

キリト「いや……ちょっと感慨深くて」

 

アスナも二人を見る。

 

サタン「ぬおおおおお!!」

 

こっこ「サタン! 深追い禁止!」

 

サタン「まだ行ける!!」

 

こっこ「戻れ!!」

 

サタン「はい!!」

 

アスナ「……成長したのかしら?」

 

キリト「たぶん」

 

再び咆哮。

 

二体の巨牛が同時に動いた。

 

さらに新たな取り巻きが出現する。

 

エギル「来るぞ!! ここからが本番だ!!」

 

攻略組が武器を構え直した。

 

一層を越えた者たち。

 

新たに加わった者たち。

 

剣士。

 

斧使い。

 

槍使い。

 

職人。

 

料理人。

 

そして――。

 

サタン「わああああああっはっはっは!! 何匹でも来い!!」

 

NPC商人「サタン様! 絶対死ぬなアルヨ!!」

 

サタン「心配無用!!」

 

NPC商人「装備代まだ全部回収してないアル!!」

 

サタン「心配しているのはそこか!?」

 

こっこ「商売人として正しい✨️」

 

キリト「感心してる場合か!!」

 

剣戟と咆哮が入り乱れる。

 

第1層では、ただ生き残るだけで精一杯だった。

 

だが今は違う。

 

プレイヤーたちは少しずつ、この世界で戦う術を身につけ始めている。

 

そして――。

攻略組自身の力で――。

 

この二体の巨牛を押し返す。

 

こっこ「よーし! 第二陣来るよ!!」

 

キリト「行くぞ!」

 

アスナ「ええ!」

 

エギル「前衛、構えろ!!」

 

サタン「儂に続けえええええ!!」

 

こっこ「いや、隊列は守って!!」

 

サタン「はい!!」

 

 

第2層ボス略戦は、完全に行き詰まりつつあった。

 

「散れぇぇぇっ!!」

 

 キリトの叫びと同時に、巨大な牛頭の怪物が大きく口を開く。

 

 その喉奥に青白い光が生まれた。

 

 バチッ――。

 

 バヂヂヂヂヂッ!!

 

 最初は小さな火花だったものが、瞬く間に巨大な雷球へと膨れ上がっていく。

 

「また来るぞ!! 盾持ち、前へ!!」

 

 エギルの号令で、盾を装備したプレイヤーたちが前へ出る。

 

 直後――。

 

 轟音。

 

 放たれた雷の奔流がボス部屋を横薙ぎにした。

 

「ぐああああっ!!」

 

「耐えろぉ!!」

 

 大盾に雷撃が激突する。

 

 盾役たちのHPが一斉に減少した。

 

 直撃ではない。

 

 防御している。

 

 それでも、黄色の危険域近くまで削られる者さえいる。

 

 しかも――。

 

「麻痺した!」

 

「くそっ、動けない!」

 

 雷撃を受けたプレイヤーの身体に黄色い電流がまとわりつく。

 

 状態異常《麻痺》。

 

 ただ威力が高いだけではない。

 

 一度受ければ動きを封じられ、そのまま巨大な戦槌の餌食になる。

 

「麻痺解除を優先! 動ける奴がカバーに入れ!」

 

 エギルが必死に戦線を維持する。

 

 アスナは荒い息を整えながら、巨大なボスを見上げた。

 

「これ……どうやって倒すの?」

 

「弱点らしい場所は見つけた」

 

 キリトが睨んでいたのは、バランの額だった。

 

 二本の巨大な角。

 

 その中央。

 

 攻撃の直後などに、ごく短時間だけ赤い光が瞬いている。

 

「たぶん、あそこだ」

 

「……額?」

 

「ああ」

 

 アスナも見上げ――すぐに問題に気づいた。

 

「届かないじゃない」

 

「そうなんだよ……」

 

 巨大な体躯を持つバランの頭部は、あまりにも高い。

 

 通常攻撃はもちろん、跳躍補正を持つソードスキルを使っても、せいぜい胸元。

 

 額まで剣を届かせるには高さが足りない。

 

 ならば足を攻撃して転倒させればいいのか。

 

 それも試した。

 

 だが、有効なダウン判定は発生しない。

 

 しかも正面から頭部を狙おうとすれば――雷のブレスが飛んでくる。

 

「無理ゲーじゃねえか!」

 

 誰かが吐き捨てた。

 

 誰も否定できなかった。

 

 その時。

 

 再びバランが大きく息を吸い込んだ。

 

 口内に青白い雷光が集まり始める。

 

「ブレス来るぞ!!」

 

 攻略組が一斉に散開した。

 

 ただ一人を除いて。

 

「ぬおおおおおおおおっ!!」

 

「……え?」

 

 アスナが目を丸くした。

 

 一人だけ。

 

 逃げるどころか、バランへ向かって真正面から走っていく男がいる。

 

 武闘着。

 

 両腕を覆う手甲。

 

 そして腰に巻かれた、場違いなほど燦然と輝くチャンピオンベルト。

 

「サタン!?」

 

 こっこの声が裏返った。

 

「何やってるんだ、あの人!?」

 

 キリトも叫ぶ。

 

「知らないよ!」

 

「仲間だろ!?」

 

「僕にも分からないよ!!」

 

 サタンは走りながら周囲を見回していた。

 

 バランの戦槌によって砕かれた石床。

 

 そこに、人間の頭ほどもある瓦礫が転がっている。

 

「むっ!」

 

 それを拾った。

 

 両手で抱える。

 

「……まさか」

 

 キリトの顔が引きつった。

 

 バランの雷撃チャージはすでに最終段階。

 

 発射まで、あとわずか。

 

 それでもサタンは止まらない。

 

「そんなに大口を開けておるから――」

 

 雷撃が放たれる、その寸前。

 

「こうされるのだぁぁぁぁ!!」

 

 サタンは岩を――。

 

 バランの口へ突っ込んだ。

 

 ――ドゴッ!!

 

「…………」

 

 キリトが固まった。

 

「…………え?」

 

 アスナも固まった。

 

「おいおい……」

 

 エギルさえ呆然としている。

 

 こっこだけが。

 

「うひょおおおおっ!! それ面白い!!」

 

 目を輝かせていた。

 

「モゴッ!?」

 

 バランの巨大な頬が膨らんだ。

 

 発射されるはずだった雷撃が、行き場を失う。

 

 バヂッ。

 

 バヂヂヂヂッ!!

 

「モゴオオオオオッ!?」

 

 次の瞬間――。

 

 轟音とともに、雷光が炸裂した。

 

 サタンが巨大な岩塊をボスの口へ叩き込んだ直後だった。

 

 放たれるはずだった雷のブレスは行き場を失い――その口腔内で炸裂した。

 

「――――ッ!!」

 

 声にならない咆哮。

 

 巨体が大きく仰け反り、二本の角から青白い稲妻が迸る。

 

「やった……!」

 

 アスナが声を上げた。

 

 だが、キリトは別のものに気づいていた。

 

「違う! 見ろ――額だ!」

 

 爆発によって、頭部を覆っていた装甲の一部が砕けている。

 

 その奥。

 

 これまで誰の攻撃も届かなかった額に、赤く輝く弱点マーカーが露出していた。

 

「弱点が露出した!」

 

「総攻撃!!」

 

 攻略組が一斉に動いた。

 

 キリトの斬撃が右脚を薙ぐ。

 

 アスナの細剣が左膝を穿つ。

 

 エギルの大斧が脛へ食い込み、キバオウたちが盾を並べて巨体を押し込む。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 三撃。

 

 HPバーが削られていく。

 

 残り一割。

 

 五分。

 

 そして――。

 

 ほんの数ドット。

 

「いける!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 しかし。

 

「グォォォォォォォッ!!」

 

 ボスが立ち上がった。

 

 攻略組が押さえ込んでいた巨体を強引に起こし、全身から雷撃を放出する。

 

「離れろ!!」

 

 キリトが叫ぶ。

 

 プレイヤーたちが散開する。

 

 その結果、額は再び遥か頭上へ遠ざかってしまった。

 

「くそっ!」

 

 キリトが見上げる。

 

 あと一撃。

 

 弱点へ一発入れば、おそらく終わる。

 

 だが、届かない。

 

 跳躍しても届く距離ではない。

 

 次の雷ブレスが来れば、こちらの回復が追いつかない。

 

 その時だった。

 

「サタン!」

 

 こっこが叫んだ。

 

「なんだ!」

 

「さっきの岩、もう一個持てる!?」

 

「当然だ!!」

 

「よし!」

 

 こっこはストレージを開いた。

 

 取り出したのは――ロープ。

 

 キリトが目を見開く。

 

「……何をするつもりだ?」

 

「届かないなら」

 

 こっこは近くの崩れた柱へロープを回した。

 

「届くようにすればいい!」

 

「え?」

 

 もう一端をサタンへ投げる。

 

「サタン、引っ張って!」

 

「ぬおおおおおおっ!!」

 

 凄まじい力でロープが引かれる。

 

 柱と柱の間で、一本のロープが弓弦のように張り詰めた。

 

 こっこは、その中央へ足を掛ける。

 

「……まさか」

 

 キリトの顔が引きつった。

 

「お前、それで――」

 

「飛ぶ!」

 

「やっぱりかぁぁぁ!!」

 

「こっこさん!?」

 

 アスナまで悲鳴を上げる。

 

「他に方法ないでしょ!」

 

「あるかもしれないから、五秒くらい考えようよ!!」

 

「時間がない!」

 

 それだけは正しかった。

 

 ボスの口元へ、再び雷光が集まり始めている。

 

「サタン!」

 

「おう!」

 

「離せ!!」

 

「飛んでこぉぉぉぉい!!」

 

 バンッ!!

 

 ロープが跳ね上がった。

 

「うわあああああああああっ!!」

 

 こっこの身体が宙を舞った。

 

「自分で考えた作戦なのに怖がってる!!」

 

 キリトの声が下から聞こえる。

 

「高いのは怖いんだよぉぉぉ!!」

 

 だが。

 

 高度は十分だった。

 

 ボスの肩を越える。

 

 巨大な角が眼前を通過する。

 

 そして――。

 

 額。

 

 赤い弱点マーカー。

 

 届いた。

 

 こっこは右手を伸ばす。

 

 アニールブレード。

 

 それを抜けばいい。

 

 ソードスキルを発動させれば。

 

 終わる。

 

 だが。

 

「……違うな」

 

 こっこの目が細くなる。

 

 見ていたのは弱点マーカーではなかった。

 

 その脇。

 

 雷ブレスの自爆によって生じた、装甲の亀裂。

 

 亀裂の中心に、小さな欠損。

 

 そしてその奥に走る――別の亀裂。

 

 装甲全体へ力を伝える構造上の一点。

 

 仕事で機械を扱ってきた者なら、嫌というほど知っている。

 

 壊れた機械には。

 

 必ず――壊れた理由がある。

 

「そこか」

 

 剣を抜こうとしていた手が止まった。

 

 代わりに。

 

 腰の道具袋へ手を入れる。

 

 取り出したものを見て。

 

 キリトが絶句した。

 

「……金槌?」

 

 小さな鉄槌。

 

 武器ではない。

 

 こっこが素材加工や修繕に使ってきた、ただの工具。

 

「こっこ!! 何をしている!」

 

「キリト君!」

 

 落下が始まる。

 

「弱点って――赤く光っている場所とは限らないんだよ!」

 

 鉄槌を振り上げる。

 

 狙うのは。

 

 マーカーから僅かに外れた。

 

 一本の亀裂。

 

「機械だって、建物だって――」

 

 落下速度が加わる。

 

「壊れる時は!」

 

 鉄槌を振り下ろす。

 

「一番弱いところから壊れる!!」

 

 ――コン。

 

 あまりにも。

 

 小さな音だった。

 

「…………え?」

 

 アスナが呟いた。

 

 ボスは動いている。

 

 HPも――残っている。

 

 こっこ自身も。

 

「……あれ?」

 

 そのまま落下していく。

 

「こっこぉぉぉ!!」

 

「受け止めろ!!」

 

 サタンとエギルが走る。

 

 だが、その直後。

 

 ピシッ。

 

 ボスの額に。

 

 一本の亀裂が走った。

 

 ピシ。

 

 ピシピシ。

 

 それは鉄槌を打ち込まれた一点から、蜘蛛の巣のように広がっていく。

 

 額から角へ。

 

 角から頭部へ。

 

 そして――。

 

 赤い弱点マーカーそのものへ。

 

 パキン。

 

 砕けた。

 

 HPバーから。

 

 最後の一ドットが消える。

 

「…………」

 

 巨体が停止した。

 

 次の瞬間。

 

 バァァァァァァァン!!

 

 無数の青いポリゴン片が、迷宮区いっぱいに舞い上がった。

 

《CONGRATULATIONS》

 

「…………」

 

 攻略組は。

 

 しばらく何も言えなかった。

 

 その中央では。

 

「ぐえっ!」

 

 サタンとエギルに受け止められたこっこが転がっていた。

 

「いたたた……」

 

「こっこ!」

 

 キリトが駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

 

「うん……なんとか」

 

「いや、それより!」

 

 アスナが上を指差した。

 

「倒したわよ!」

 

「え?」

 

 こっこが振り返る。

 

 ボスがいない。

 

 代わりに。

 

 自分の目の前へウインドウが出現していた。

 

《LAST ATTACK BONUS》

 

「…………」

 

 こっこは固まった。

 

「……僕?」

 

「お前だよ」

 

 キリトが答える。

 

「金槌で?」

 

「金槌で」

 

「ボスを?」

 

「ボスを」

 

「…………」

 

 サタンが豪快に笑った。

 

「わーっはっはっはっ!! 見事である!!」

 

「いやいやいやいや!」

 

 こっこは慌てて立ち上がった。

 

「違うでしょ! サタンがブレスを止めたからだよ! キリト君たちがHPを削って、エギルさんたちが押さえて――」

 

「だからだろ」

 

 エギルが笑う。

 

「最後にお前が届いた」

 

「でも……」

 

「いいんじゃない?」

 

 アスナが微笑んだ。

 

「誰か一人で倒したボスじゃないもの」

 

 キリトも頷く。

 

「サタンさんが突破口を作った。みんなで削った。そして最後に、俺たちが気づけなかった場所をお前が見つけた」

 

 キリトは、こっこの手にある小さな鉄槌を見る。

 

「剣士にはできないラストアタックだったよ」

 

「……」

 

 こっこは。

 

 手の中の工具を見る。

 

 アインクラッドは剣の世界だ。

 

 自分も片手剣を使う。

 

 攻略組として戦う。

 

 だけど。

 

 剣を振るうことだけが、攻略ではない。

 

 料理を作る。

 

 武器を直す。

 

 道具を作る。

 

 仲間を支える。

 

 そして。

 

 誰かが届かない場所へ。

 

 届く方法を考える。

 

「……そっか」

 

 こっこは少し笑った。

 

「エンジニアでも、ボスを倒せるんだね」

 

「今さら!?」

 

 キリトのツッコミに。

 

 攻略組から笑い声が上がった。

 

 そして。

 

 こっこはLA報酬を開く。

 

 光の中から現れたのは――。

 

 一振りの武器。

 

 ではなかった。

 

《Thunderhead Breaker》

 

 分類。

 

《工具/片手鈍器》

 

 特殊効果。

 

《構造解析補助》

 

 武器、防具、構造物などに存在する耐久値の低下した箇所を、一定確率で視覚的に補助表示する。

 

《Break Point》

 

 発見した破損箇所への打撃時、耐久値に追加補正。

 

 さらに――。

 

《Craft Assist》

 

 クラフト系スキル使用時、修繕・分解・加工判定に小補正。

 

「…………」

 

 こっこの手が震えた。

 

 キリトが身構える。

 

「どうした?」

 

「キリト君……」

 

「うん」

 

「これ……」

 

「うん」

 

 こっこは黄金色の工具を抱き締めた。

 

「超いい工具だよぉぉぉぉ!!✨️」

 

「そっちかよ!!」

 

「リズに見せる! これ絶対いろんな加工に使える!! 分解補正まで付いてる!!」

 

「LA装備だぞ!? もっと戦闘に使おうよ!」

 

「工具を戦闘に使っちゃ駄目だよ!」

 

「今それでボスを倒しただろ!!」

 

 攻略組に。

 

 再び笑い声が広がった。

 

 その日。

 

 第二層ボス攻略記録には。

 

 一つの奇妙なログが残った。

 

《LAST ATTACK PLAYER:KOKKO》

 

《ATTACK CATEGORY:TOOL》

 

 剣士でも。

 

 拳闘家でもない。

 

 アインクラッドで生まれ始めた、新しい生き方。

 

 職人。

 

 エンジニア。

 

 その存在が初めて。

 

 攻略の最前線に。

 

 確かな一撃を刻んだ瞬間だった。

 

 ――第二層、攻略完了!

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