エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
――教会攻略、その第一歩
教会を手に入れる。
そう決めた翌日から、ディアベルは本気で動き始めた。
まず最初にやったのは――戦闘ではなかった。
「……さて」
公園のベンチに座り、ディアベルはウインドウを何枚も開いていた。
所持金。
一日の食費。
衣服や日用品。
ポーションなどの非常用品。
そして、教会を手に入れた後に必要になるであろう修繕費。
一つずつ書き出していく。
サーシャが横から覗き込んだ。
「ディアベルさん……何をしてるんですか?」
「攻略計画を立ててる」
「攻略?」
「ああ」
ディアベルは真顔だった。
「教会攻略だ」
サーシャが思わず笑った。
だが、ディアベルは本気だった。
攻略組を率いていた時と同じように、必要なものを分解して考える。
まず――。
《固定支出》
子供たちの食費。
衣服。
生活用品。
最低限の回復アイテム。
これは削れない。
次に。
《教会取得資金》
そして教会を手に入れた後の――。
《修繕資金》
屋根。
壁。
窓。
床。
家具。
寝具。
「……結構かかりますね」
「だな」
二人は同時にため息をついた。
モンスターを適当に倒してドロップ品をNPCへ売る程度では、とても追いつかない。
ならば――。
「稼ぎ方そのものを攻略する」
ディアベルは立ち上がった。
◆
早朝。
まだ子供たちが眠っている時間に、ディアベルは公園を出た。
最初に向かうのは、はじまりの街周辺。
ここでは戦闘そのものが目的ではない。
狙うのは――素材だった。
革。
牙。
毛皮。
肉。
植物系素材。
NPCへそのまま売れば、大したコルにはならない。
だが。
「これは持ち帰る」
ディアベルはドロップ品を選別する。
裁縫に使えるもの。
料理に使えるもの。
修繕に転用できるもの。
それらはサーシャへ渡す。
自分たちで使えば、その分だけ購入費を減らせる。
つまり――。
使わずに済んだコルも、稼いだコルと同じだ。
βテスト時代。
ディアベルはそんな素材をほとんど拾わなかった。
ストレージを圧迫するだけの低級素材。
一秒でも早く次の街へ。
一レベルでも高く。
そればかり考えていた。
今は違う。
「この革なら、子供の靴を直せるかな」
そんなことを考えながらアイテムを拾っている自分に気づき――。
ディアベルは少し笑った。
◆
午前。
今度は街道沿いを回る。
狙うのはNPCから受けられる小規模クエストだった。
薬草採取。
荷物の運搬。
害獣討伐。
紛失物の捜索。
街道周辺のモンスター討伐。
βテスト時代なら無視したものばかりだ。
一件ごとの報酬は少ない。
だが。
ディアベルには――地理の知識があった。
「薬草採取地点は、この先」
採取。
「そのまま東へ抜ければ討伐対象がいる」
戦闘。
「倒したあと北へ向かえば、運搬依頼の目的地だ」
移動。
一つのクエストを終えてから次を探すのではない。
複数の依頼を同時に受け、一本の巡回ルートにまとめる。
攻略組を率いた男の頭脳が――。
今や完全に生活費稼ぎへ投入されていた。
「よし」
昼前には五つのクエストが完了していた。
報酬コル。
食材。
素材。
消耗品。
単体では小さな利益。
しかし全部合わせれば――馬鹿にならない。
◆
午後。
ここからディアベルは少し危険な地域へ入る。
低レベルプレイヤーが敬遠する狩場だった。
だからこそ。
素材の供給が少ない。
ディアベルは剣を抜いた。
「来い」
モンスターが襲いかかる。
一撃を盾で逸らす。
踏み込む。
青いソードスキルの光。
「はあっ!」
敵が砕け散った。
一体。
二体。
三体。
攻略組にいた頃と比べれば、敵そのものは強くない。
だからディアベルは、経験値効率ではなく――
換金効率で狩場を選んだ。
珍しい素材を落とす敵。
生産職から需要のある素材。
NPC売却額の高いドロップ。
さらに。
サーシャの裁縫に使える素材。
「これも持って帰ろう」
戦いながら。
拾う。
選別する。
ストレージ容量まで計算する。
以前の彼なら笑っていたかもしれない。
だが。
今のディアベルにとっては――。
これも立派な攻略だった。
◆
夕方。
公園へ帰る前に市場へ寄る。
「今日はこれだけか」
NPCショップへ売るもの。
プレイヤー露店へ売るもの。
自分たちで使うもの。
三つに分ける。
NPCが高く買うものはNPCへ。
鍛冶や裁縫のプレイヤーが欲しがる素材は、多少時間がかかってもプレイヤーへ。
生活に使えるものは持ち帰る。
その日の相場まで見るようになった。
「昨日より革が高いな……」
なら今日は売る。
逆に安ければ保管する。
いつの間にか。
ディアベルのストレージには――
《教会資金用》
という分類まで作られていた。
◆
そして夜。
「おかえりー!」
公園へ戻ると、子供たちが迎えてくれる。
「ただいま」
ディアベルはサーシャへ素材を渡した。
「今日は革が多い」
「ありがとうございます。これなら服の補修ができます」
「肉もある」
「じゃあ、明日の食事に使いましょう」
その瞬間。
一人の子供がディアベルの袖を引っ張った。
「ディアベル兄ちゃん」
「ん?」
「今日いくら稼いだの?」
「……秘密だ」
「なんでー!」
ディアベルは笑った。
本当は。
それほど多くない。
今日も食費と生活費を引けば、教会資金へ回せる額はわずかだった。
それでも。
ゼロではない。
昨日より――少し増えた。
それでよかった。
◆
そんな生活を続けるうちに。
ディアベルには、第一層の新しい地図が出来上がっていった。
強敵の場所ではない。
稼げる場所の地図。
朝は採取。
午前はクエスト巡回。
午後は素材狩り。
夕方は市場。
さらに曜日や時間帯によって、人の少ない狩場を選ぶ。
時には。
「護衛をお願いできませんか?」
初心者プレイヤーから頼まれることもあった。
「もちろん」
ディアベルは危険地域を通る採取職や生産職を護衛した。
報酬は高くない。
それでも。
目的地まで送り届ける。
途中で採れた素材を分けてもらうこともある。
「助かりました!」
「気をつけて帰るんだよ」
かつて攻略組を率いた《青の騎士》が。
今では第一層で――
護衛。
採取。
運搬。
素材狩り。
クエスト巡回。
何でもやっていた。
◆
しかし。
それでも教会は遠かった。
子供たちは毎日腹を空かせる。
服は傷む。
靴も壊れる。
ポーションだって必要になる。
そして――。
生活費を削ってまで教会資金を貯めることを、ディアベルはしなかった。
「今日は教会分、なしだな」
「……ごめんなさい」
「だから、なんでサーシャが謝るんだ」
ディアベルは笑う。
「全員腹いっぱい食べられた。それなら今日は勝ちだよ」
だが。
内心では考えていた。
もう一段。
稼ぎを増やす方法が必要だ。
そんな時だった。
◆
第一層の市場。
「素材、高額買取します!」
ディアベルの足が止まった。
「武器も募集中!」
「鍛冶素材、裁縫素材、料理素材! 第二層向けです!」
第二層。
攻略組の進出に合わせ。
エンジニア達が大規模な店を開いたらしい。
武器。
防具。
修繕。
強化。
料理。
攻略組の需要を一手に引き受けた結果――
第二層だけでは素材が足りなくなった。
その需要が。
ついに第一層まで流れてきたのだ。
ディアベルは買い取り表を見る。
「……!」
今までNPCへ売っていた素材のいくつかが。
倍近い価格になっている。
革。
鉱石。
木材。
武器。
「これは……」
今まで作り上げた巡回ルートが。
そのまま――金脈になった。
◆
そして。
その一覧の中に。
ひときわ高額な品があった。
《アニールブレード》
「……これを買うのか?」
「ええ。状態が良ければかなり出しますよ」
提示された金額。
ディアベルは黙った。
一秒。
二秒。
三秒。
頭の中で計算する。
クエスト開始地点。
必要条件。
移動距離。
戦闘。
報酬。
所要時間。
そして――買取額。
元攻略組の頭脳が高速で回転する。
「…………いける」
「え?」
ディアベルの目が――。
久しぶりに。
攻略会議にいた頃と同じ輝きを取り戻した。
「このクエストなら、俺は知っている」
その日から。
青の騎士の一日は変わった。
朝の採取。
午前の巡回クエスト。
午後の素材狩り。
それらを維持しながら。
条件が整えば――
《アニールブレード獲得クエスト》を最優先で攻略する。
一本手に入れる。
売る。
また条件を整える。
挑む。
一本。
また一本。
そして得たコルは。
生活費とは別に――。
《教会資金》
へ入れていった。
◆
夜。
子供たちが眠ったあと。
ディアベルとサーシャは、公園のベンチに座っていた。
ディアベルがウインドウを開く。
「……見て」
「え?」
サーシャが数字を見る。
目を見開いた。
「こんなに……?」
「第二層で武器と素材の需要が上がってる」
ディアベルは、公園の向こうにある教会を見た。
まだ廃墟だ。
だが。
以前より。
ずっと近く見えた。
「これなら……」
サーシャが呟く。
ディアベルは頷いた。
「ああ」
そして笑った。
「本当に手が届くかもしれない」
かつて。
百層の頂を目指した青の騎士は。
今。
一層の小さな公園で――。
たった一軒の教会を手に入れるために。
誰よりも真剣に。
コルを攻略していた。