エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層――《エルフ戦争キャンペーン》
第三層・主街区《ズムフト》。
第二層までとは、まるで異なる世界が広がっていた。
巨大な樹木。
その幹をくり抜いたような家々。
枝と枝をつなぐ吊り橋。
木漏れ日が差し込む街路には苔が生え、少し街を離れれば、そこはもう深い森林だった。
転移門が開通すると同時に、攻略組は一斉に散開した。
新たなクエスト。
新たな装備。
新たなモンスター。
そして――新たな情報。
その中で、攻略組とは異なる動きを始めた集団があった。
こっこ率いる《エンジニア》たちである。
「レベル基準を満たしている人だけ第三層へ! 戦闘系クエストは後回しでいいから、まずは職業系クエストを探して! 鍛冶、裁縫、料理、木工、採取系は全部確認!」
「了解!」
「新素材を見つけても、勝手に加工しないでねー! 一つは検証用に残してー!」
第二層で攻略組への後方支援を経験したことで、エンジニアたちの動きはかなり組織化されていた。
リズは鍛冶。
シリカは裁縫やアクセサリー。
そして、こっこは――。
「面白そうなもの全部✨️」
「それは職業じゃないでしょ」
リズの冷静な突っ込みが入った。
そんな三人がズムフトの一角で情報を整理していると、こっこが思い出したように手を叩いた。
「そうだ! キリアスチームに聞いたんだけど、ここには《エルフ戦争》っていうイベントがあるみたいだ✨️」
「なにそれ?」
「クエストですか?」
シリカが身を乗り出す。
「なんと! 第三層だけで終わらない!」
こっこは人差し指を立てた。
「何層にもわたって続く、大型連続クエストらしい!」
「へえ!」
「すごいですね!」
二人の目が輝く。
「途中で報酬アイテムが手に入るし、普段は入れないエルフの拠点にも行ける。そこでは専用の武器や防具、素材まで購入できるらしい!」
「素材!?」
鍛冶屋のリズが食いついた。
「布やアクセサリー素材もありますか!?」
シリカも食いついた。
「たぶんある✨️」
「やるわよ!」
「やりましょう!」
即決だった。
「ただし――」
こっこが続ける。
「最初に《闇エルフ》側につくか、《森エルフ》側につくか、選択する必要があるらしい」
「ふーん」
「どちらがいいんでしょう?」
「知らない」
「知らないの!?」
「キリト君も詳しくは教えてくれなかったんだよ。『自分で選んだ方がいい』って」
実際には、キリト自身にもさまざまな思惑があったのだろう。
しかし、三人にそんな事情が分かるはずもない。
「まあ――」
こっこは立ち上がった。
「とりあえずやってみよう✨️」
「賛成!」
「はい!」
三人はキリトから教えてもらった場所へ向かった。
そして――。
森の奥。
剣戟の音を聞いた。
キィン!!
金属音が森林に響く。
「戦ってる!」
三人が茂みを抜ける。
そこでは――二人のエルフが死闘を繰り広げていた。
一人は、黒を基調とした装備を身につけた闇エルフの女性。
もう一人は――。
金髪。
長身。
端正な顔立ち。
緑を基調とした装備をまとった、森エルフの男性。
リズの動きが止まった。
「…………♥」
シリカも立ち止まった。
「…………♥」
こっこは二人を見る。
「……嫌な予感がする」
リズが森エルフを指差した。
「森エルフ!!♥」
シリカも拳を握った。
「森エルフです!!♥」
「決めるの早っ!!」
「助けるわよ!」
「助けましょう!」
「いやいやいや!」
こっこは二人のNPCを見る。
戦闘中のカーソル。
その色を確認して――顔を引きつらせた。
「どちらでもいいけど……あの闇エルフのお姉さん、カーソルがほぼ黒だよ 」
明らかに格上。
まともに斬り合えば、自分たち三人では勝負にならない。
「じゃあ――」
リズが、こっこの腰を見る。
そこには、武器とは到底呼べないものが大量にぶら下がっていた。
工具。
ロープ。
ワイヤー。
小物入れ。
その他、本人以外には用途不明な品々。
「あんたの道具で切り抜けなさい」
「ええー 」
「森エルフさんが死んじゃう!」
シリカまで加勢する。
「そんな理由で命を張りたくないよ!」
――キィン!!
森エルフの剣が弾かれた。
「「ああっ!!」」
リズとシリカが悲鳴を上げる。
「分かったよ!!」
こっこはストレージを開いた。
「殺さないからね! 動きを止めるだけだからね!」
まず取り出したのは――。
小さな金属片。
「それ何?」
「マキビシ!」
「なんでそんな物を持ってるの!?」
「作れたから✨️」
バラバラバラッ!!
闇エルフの進行方向へ投げる。
当然、単純なマキビシ程度で高レベルNPCにダメージなど入らない。
だが――。
「――!」
踏まない。
闇エルフがわずかにステップを変えた。
「やっぱり!」
こっこの目が光る。
ダメージが通るかどうかではない。
障害物として認識している。
「リズ! 右から!」
「はいはい!」
「シリカちゃん、左!」
「はい!」
二人が左右へ散る。
闇エルフの退路が限定された。
「次!」
こっこが取り出したのは、小さな鉄球。
「そりゃ!」
ゴロゴロゴロ――!
足元へ転がす。
「地味!!」
「いいんだよ、地味で!」
闇エルフがさらに踏み込みを変える。
その瞬間だった。
「そこ!」
こっこの右手から――ワイヤーが飛ぶ。
先端には簡素な金具。
木の幹へ巻きついた。
こっこが反対側へ走る。
ピンッ!!
ワイヤーが張った。
「――ッ!」
闇エルフが跳ぶ。
予想どおり。
「シリカちゃん!」
「はいっ!」
反対側からロープ。
「リズ!」
「分かってる!」
三人が走る。
木。
岩。
倒木。
そこへ次々とロープとワイヤーを回していく。
「ちょっと、こっこ! これ、どうなってるの!?」
「僕にも分からん!」
「ええっ!?」
「とにかく引っ張って!!」
「もう!!」
三人が一斉にロープを引いた。
闇エルフの身体へワイヤーが絡む。
腕。
腰。
脚。
さらに木々を支点にしたことで、動けば動くほど別方向から張力が掛かった。
「――!!」
闇エルフが剣を振るう。
一本切断。
「うわ!」
だが、二本目。
さらに三本目。
こっこは戦っていなかった。
拘束設備を現地施工していた。
「こっこさん! まだ動きます!」
「そりゃ!」
追加の鉄球。
ゴン!
ダメージではない。
ワイヤーの重りとして木の枝を回り込み――。
ギュン!!
「――ッ!」
闇エルフの身体が完全に固定された。
「今よ!!」
リズが叫ぶ。
森エルフが踏み込む。
剣閃。
闇エルフのHPが削れる。
「ちょっ!」
こっこが慌てた。
「倒すの!?」
「今さら!?」
さらに一撃。
もう一撃。
拘束から抜け出そうとする闇エルフ。
だが、そのたびにワイヤーが別方向へ身体を引く。
そして――。
最後の一閃。
闇エルフのHPバーが――。
ゼロ。
ポリゴン片となって爆散した。
…………。
森に静寂が戻った。
リズが息を吐く。
「やった……」
シリカも笑顔になる。
「勝ちました!」
「…………」
こっこだけが固まっていた。
「こっこ?」
「どうしました?」
「…………マジ?」
「え?」
こっこは消滅した闇エルフの場所を見る。
「勝っちゃったよ 」
リズとシリカが顔を見合わせる。
「え? 違うの?」
「駄目なんですか?」
「いや……」
こっこは頭を掻いた。
「たしかキリト君から聞いた話だと……」
嫌な汗が流れる。
「プレイヤーが加わっても、どちらも強すぎて勝ち目がなくて……最後は相打ちになるイベントだったような……」
沈黙。
リズの眉が吊り上がった。
シリカの笑顔が消えた。
「「…………」」
「だから本来は、その後にどちら側につくか決めるような――」
「それを」
リズが拳を握る。
「先に」
シリカも笑顔のまま拳を握る。
「言いなさい!!」
「ごめんなさーい!! 」
その時だった。
――ピロン♪
三人の前にシステムメッセージが表示された。
こっこたちはそれを見る。
《QUEST UPDATE》
そして。
三人とも固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
こっこが呟く。
「これ……キリト君が言ってた展開と違うんだけど」
リズが答える。
「でしょうね」
シリカも頷く。
「片方を倒しちゃいましたからね……」
三人は恐る恐る――助けた森エルフを見る。
森エルフの青年は剣を納めると、三人へ向き直った。
そして優雅に胸へ手を当て――深く頭を下げた。
「異邦の剣士たちよ。危ういところを救ってくれたこと、我ら森エルフを代表して感謝する」
「♥」
リズの怒りが消えた。
「♥」
シリカの怒りも消えた。
こっこは二人を見る。
「…………」
そして森エルフを見る。
「……僕だけ命を張った割に、何も得してない気がする 」
だが。
三人はまだ知らなかった。
本来ならば、二人のエルフの相打ちによって始まるはずだった《エルフ戦争キャンペーン》。
その最初の分岐を――。
工具とマキビシとワイヤーで、思いきり踏み外したことを。
そして、この小さな狂いが。
第三層から始まる長いエルフ戦争に――。
思いもよらない変化をもたらすことを。