エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層――《人間の戦い方》
森エルフの野営地。
一本の矢――いや、《ボルト》が風を切り裂いた。
――バシュッ!!
少し離れた場所に設置された木製の標的。その中心付近に、短い矢が突き刺さる。
エルフの射手は、しばらく無言で標的を見つめていた。
手にしているのは、こっこが森エルフの弓を参考に、木工技術とクラフト技術を組み合わせて製作した試作品。
《クロスボウ》。
エルフ「……弓ほどの速射性はない。しかし、弦を引いた状態で保持できる点は大きいな。」
こっこ「うん。照準を合わせることだけに集中できるからね。」
エルフ「だが……。」
エルフはクロスボウを下ろした。
エルフ「やはり装填に時間がかかる。森で次々と敵を射抜くのであれば、我らの弓の方が――」
こっこ「連射も可能だよ。」
エルフ「なんと!」
こっこは、にやりと笑った。
そしてエルフからクロスボウを受け取ると、もう一人のエルフに手招きした。
こっこ「射撃と装填を二人で分担すれば、連射できるよ。」
エルフ「……二人で?」
こっこ「そう。」
こっこはクロスボウを構えた。
――バシュッ!!
一射。
撃ち終えたクロスボウを、そのまま隣のエルフへ手渡す。
こっこ「はい!」
エルフ「むっ!」
受け取ったエルフが弦を引き、ボルトを装填する。
その間に――
こっこは、あらかじめ装填しておいた二丁目のクロスボウを受け取った。
――バシュッ!!
エルフ「!」
射撃。
交換。
装填。
射撃。
交換。
装填。
二人の動きが噛み合うにつれ、射撃の間隔が短くなっていく。
――バシュッ!
――バシュッ!!
――バシュッ!!
標的には、次々とボルトが突き刺さった。
周囲で見守っていた森エルフたちが、驚きの声を上げる。
エルフ「……なるほど。」
一人の射手が一本の弓を使う。
それが、これまでの常識だった。
しかし、これは射手個人の技量だけで解決する方法ではない。
人と人の役割を分担することで、道具の欠点を補う。
エルフ「確かに……このクロスボウには、まだ多くの可能性がある。」
こっこ「でしょ✨️」
リズ「……あんた、ずいぶん楽しそうねぇ。」
少し離れた場所では、リズが森エルフの鍛冶師から教わった加工法を試していた。
シリカもピナを肩に乗せながら、ランスロットとともにこちらを見ている。
シリカ「こっこさん、完全に遊んでません?」
こっこ「研究です!」
リズ「そう言ってる時のあんたは、大体遊んでるのよ。」
こっこ「失敬な!」
その様子を見ていた長老が、静かに笑った。
長老「……興味深い。」
こっこ「?」
長老は一本のクロスボウを手に取った。
長い年月を生きてきた者らしい、皺の刻まれた指が、その機構をなぞる。
長老「我らエルフは長く生きる。」
長老「ゆえに、一つの技を極めることを尊ぶ。弓であれば、百年、二百年と研鑽を重ねる。」
エルフたちは黙って長老の言葉に耳を傾けていた。
長老「だが、人間は違う。」
長老はこっこを見る。
長老「人間の寿命は短い。その分、発展が早いというのも頷けるな。」
こっこ「……。」
長老「一人で足りなければ二人で行う。一つでは遅ければ二つ用意する。技量で届かなければ、道具を作る。」
長老はクロスボウをこっこへ返した。
長老「お主らは、己の生の短さを知っているからこそ――《工夫》するのだろう。」
こっこは受け取ったクロスボウを見つめる。
そして、ほんの少し照れくさそうに頭を掻いた。
こっこ「いやぁ……僕の場合。」
長老「うむ?」
こっこ「楽ができる方法を考えるのが好きなだけです✨️」
長老「…………。」
リズ「台無し!!」
シリカ「せっかく長老さんが綺麗にまとめてくれたのに! 」
ランスロット「ふっ……はははは!」
ついにはランスロットまで吹き出した。
長老は深いため息をつく。
しかし――
その顔には、笑みが浮かんでいた。
長老「……やはり、人間というものは興味深い。」
こっこ「でしょう?✨️」
リズ「そこで胸を張るんじゃない!」
森エルフの野営地に、笑い声が広がる。
そして、その傍らでは――
一本の弓から生まれた、人間流の新たな武器。
《クロスボウ》が静かに横たわっていた。
まだ試作品に過ぎない。
威力も、装填速度も、射程も。
エルフの長弓には及ばない点が、いくつもある。
けれど。
それを見つめる森エルフたちの目は、もはや最初とは違っていた。
彼らはすでに考え始めている。
――もし三人なら?
――射手を交代させれば?
――防壁の後ろから一斉射撃すれば?
こっこが作ったのは、完成された武器ではなかった。
ただ一つ。
新しい《考え方》を、森へ持ち込んだのだった。
森が、ざわめいていた。
ただ風に揺れているのではない。
枝葉の擦れる音。遠くで飛び立つ鳥の群れ。普段は静かな森エルフの野営地に、緊張した声が飛び交っている。
「長老!」
一人の森エルフが駆け込んできた。
「闇エルフたちが動きました! 《秘鍵》の所在を突き止めたものと思われます!」
「……やはりか」
長老の表情が険しくなる。
こっこはクロスボウの部品を扱っていた手を止めた。
「秘鍵?」
リズが首を傾げる。
「この前話していた、エルフ戦争イベントの重要アイテム?」
「おそらくね」
こっこが立ち上がる。
ランスロットはすでに剣を腰に差し、森の奥を睨んでいた。
「秘鍵は、我ら森エルフと闇エルフの双方が探し求めていたものだ。あれが敵の手に渡れば、今後の戦況は大きく傾く」
シリカが不安そうにピナを抱き寄せる。
「それほど重要な物なのですか?」
「ああ」
ランスロットは頷いた。
「そして、もう一つ厄介な報告がある」
「厄介?」
「闇エルフ側も――人間の冒険者と手を結んだらしい」
こっこ。
リズ。
シリカ。
三人の表情が同時に固まる。
「……人間?」
「かなりの手練れだそうだ。黒髪の剣士と、細剣を使う栗色の髪の女剣士」
沈黙。
こっこは目を逸らした。
リズも目を逸らした。
シリカまで目を逸らした。
ランスロットが怪訝そうに三人を見る。
「どうした?」
こっこは乾いた笑いを浮かべた。
「いやぁ……」
リズが頬を引きつらせる。
「まさかね」
シリカが小声で呟いた。
「……絶対、あの二人ですよね」
「言うな、シリカちゃん」
こっこは頭を抱えた。
「口にすると、現実になってしまう」
「もう現実だと思うけど」
「リズさんまで 」
だが、時間はない。
ランスロットを先頭に、一行は森を駆けた。
木々の隙間を縫い、倒木を飛び越え、岩場を抜ける。
やがて――。
「遅かったか!」
ランスロットが立ち止まる。
古びた石造りの祭壇。
その中央に立つ闇エルフ。
そして。
その横にいる二人の人間。
黒髪の少年。
栗色の髪の少女。
キリトがこちらを見た。
「……あ」
アスナも目を丸くする。
「……こっこさん?」
こっこたちも足を止めた。
「……」
「……」
「……」
ランスロットだけが状況を理解していない。
「知り合いか?」
こっこはゆっくりと顔を覆った。
「知り合いどころか……攻略組のトッププレイヤーです 」
リズが叫ぶ。
「よりによって、この二人!?」
シリカも青ざめる。
「勝てませんよ! 正面からなんて、絶対に無理です!」
キリトが困った顔で剣を下げる。
「いや、俺たちだって戦いたいわけじゃ――」
闇エルフの騎士が一歩前に出た。
その手には、小さな黒銀色の鍵。
秘鍵。
ランスロットの目が鋭くなる。
「秘鍵……!」
しかし、その瞬間。
闇エルフは鍵をキリトへ渡した。
「頼んだぞ、人間」
「えっ、俺が持つの?」
キリトが受け取る。
こっこの視線が鍵に固定された。
そして。
「…………」
考える。
キリトと正面から戦う。
無理。
アスナと正面から戦う。
もっと無理。
二人を同時に相手にする。
論外。
こっこは静かにストレージを開いた。
「リズ」
「なによ」
「正面突破は?」
「死ぬ」
「シリカちゃん」
「はい」
「隙を作れる?」
「無茶を言わないでください!」
「ですよねー」
こっこは頷いた。
そして。
にやり。
笑った。
キリトの背筋に悪寒が走る。
「……なんだ、その顔」
「いや?」
こっこは工具袋を腰に戻す。
「エンジニアとして思うんだ」
「何を?」
「正面から攻略できない障害物があった場合――」
一歩。
木陰へ。
「迂回する」
「は?」
次の瞬間。
こっこの姿が消えた。
正確には、消えたように見えただけだった。
《ハイディング》。
木々の影。
草むら。
岩。
森エルフから教わった森林での移動技術。
そして、もともとの《索敵》《忍び足》《敏捷》寄りの補助技能。
さらに。
アルゴから散々見せられていた――。
盗賊まがいの動き。
キリトが目を細める。
「どこだ……?」
アスナがレイピアを構える。
「右!」
シュッ。
枝が揺れる。
キリトが振り向く。
いない。
左。
葉が舞う。
アスナが振り向く。
いない。
「こっこさん!?」
ランスロットも目を見張る。
「なんという身のこなし……!」
リズがぼそっと呟く。
「いや、あれはただの泥棒よ」
シリカ。
「盗賊です」
その瞬間。
キリトの背後。
「こんにちは♥」
「!?」
こっこ。
キリトが剣を振るより早く――。
カチッ。
腰のポーチを固定していた留め具が外れる。
「なっ!?」
こっこの指が秘鍵を掴む。
《アイテム奪取》。
もちろん、正式な盗賊専用スキルなどではない。
ただの――。
手先の器用さ。
位置取り。
そして。
悪知恵。
キリトが振り返る。
「こっこぉぉぉぉ!?」
だが。
もう遅い。
こっこは木の枝へ飛び乗っていた。
秘鍵を指でくるくる回す。
「ふふん✨️」
アスナが呆然とする。
「ちょっと! それを返して!」
「嫌でーす!」
「待てえええええ!」
キリトが走り出す。
こっこも逃げる。
「ランスロット!」
「お、おう!」
「撤退!!」
森エルフたちが一斉に走り出す。
リズも逃げる。
シリカもピナを抱えて走る。
「こっこ! あんた、絶対にあとで怒られるわよ!」
「勝てば官軍!」
「盗んだだけでしょう!」
「戦略的確保です✨️」
背後からキリトの怒声。
「それを盗難って言うんだよ!!」
こっこは振り返った。
そして。
満面の笑顔で手を振る。
「あーばよー♪」
キリト。
「……」
こっこはさらに追撃する。
「キリトちゃーん♥」
「 」
アスナが吹き出した。
「ぷっ……」
「アスナ!」
「ご、ごめんなさい……!」
キリトは全力疾走。
「絶対に捕まえる!!」
こっこも全力疾走。
「捕まえてごらんなさーい♥」
リズ。
「煽るなぁぁぁ!!」
シリカ。
「なんで敵対イベントなのに楽しそうなんですかぁぁぁ!!」
森の中。
森エルフ。
闇エルフ。
攻略組。
そして。
秘鍵を巡る争いは――。
なぜか。
SAO最速クラスの剣士と。
自称エンジニアの盗賊による。
壮絶な鬼ごっことなった。
その日。
ランスロットは知った。
人間という種族には。
剣技でも。
魔法でもない。
恐るべき能力がある。
――煽り。
そして。
キリトは心に誓った。
次にこっこへ装備を預ける時は。
絶対に。
ポケットの中身をすべて確認してからにしよう、と・・・。