エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

3 / 47
3 お肉を食べてみよう

ボアを二体ほど倒したところで、こっこは自分のHPバーを確認した。

 

何度か攻撃を受けたため、緑色のバーがわずかに減少している。

 

それでも、危険域にはまだ遠い。

 

とはいえ――。

 

「うーん……そろそろ回復したほうがいいかな。」

 

こっこは腰のポーチから、初心者向けに支給された回復ポーションを取り出した。

 

透き通った小瓶の中で、赤い液体が揺れている。

 

使用すれば、すぐにHPを回復できる。

 

チュートリアルでも確認済みだった。

 

「回復するには、このポーションを使えばいいんだけど……」

 

こっこは小瓶をじっと見つめた。

 

そして。

 

「……もったいないな。」

 

結局、使わずにポーチへ戻した。

 

街の安全圏まで戻れば、時間の経過によってHPは回復する。

 

それなら、有限のアイテムをわざわざ使う必要はない。

 

――そう。

 

こっこという男は、そういう性格だった。

 

ゲームで手に入れた貴重な消耗品を、

 

《ここで使うのはもったいない》

 

《もっと必要になる場面があるかもしれない》

 

《次のボスまで取っておこう》

 

などと言い続け――。

 

結局、エンディングまで持ち越す。

 

そんな妙な性分を持っていた。

 

「街に戻って時間を置けば回復するって言ってたし。戻るか。」

 

安全第一。

 

無駄な消耗は避ける。

 

こっこは片手剣を携えたまま、《はじまりの街》へ向かって歩き始めた。

 

そのときだった。

 

「――ダイナマイトォォォ、キーック!!」

 

「……ん?」

 

聞き覚えのない絶叫が、草原に響き渡った。

 

こっこは反射的に振り返った。

 

少し離れた場所で、一人の男がボアと戦っている。

 

いや。

 

果たして、それを戦闘と呼んでよいのか、こっこには判断がつかなかった。

 

なぜなら――。

 

「武器、持ってない……?」

 

男は完全な素手だった。

 

雄叫びを上げながら走り込み、そのまま豪快な飛び蹴りをボアへ叩き込む。

 

「ダイナマイトキーック!!」

 

――ドガッ!

 

「ブギィッ!?」

 

ダメージ自体は大したものではない。

 

しかし、攻撃判定は発生したらしく、ボアは怒り狂ったように男へ向き直った。

 

「おお……ヘイトは取れるんだ。」

 

こっこは思わず足を止めた。

 

男の近くでは、いかにも東洋風の衣装を着たNPC商人らしき人物が、頭を抱えている。

 

「お客さん! 私の話、きいてなかたかアルカ!?」

 

NPC商人は両手を振り回しながら叫んだ。

 

「武器! 武器使うアルヨ!! 剣でも槍でも斧でもいいアル! まず装備するアル!!」

 

しかし、男は胸を張った。

 

「はーっはっはっはっ!!」

 

やたらと豪快な笑い声が響き渡る。

 

「儂に武器など不要!!」

 

「必要アル!!」

 

「モンスターなど――」

 

男は両拳を構えた。

 

「この体一つで倒してみせる!!」

 

「だからゲームシステムの話をしているアルヨォォ!!」

 

NPC商人の悲鳴を無視し、男はボアへ向き直った。

 

怒ったボアが地面を蹴る。

 

「ブギィィィッ!!」

 

突進。

 

こっこは身構えた。

 

「危な――」

 

しかし。

 

「ふんっ!」

 

男は真正面から受け止めようとはしなかった。

 

突進してくるボアに対し、半身になって紙一重で身をかわす。

 

「おっ。」

 

こっこの目つきが変わった。

 

――上手い。

 

ゲーム操作には慣れていないように見える。

 

だが、身体の動かし方は明らかに素人ではなかった。

 

ボアが横を通り過ぎる瞬間、男は上半身を大きく捻った。

 

その回転を止めない。

 

むしろ、勢いを利用する。

 

「ローリング――」

 

回転の勢いを乗せた腕が振り抜かれる。

 

「チョォォォップ!!」

 

バシィッ!!

 

ボアの頭部に手刀が炸裂した。

 

「ブギッ!?」

 

「おお……。」

 

こっこは素直に感心した。

 

続けて、男が踏み込む。

 

「そしてぇぇぇ――」

 

右拳を大きく引く。

 

「ダイナマイトパァァァンチ!!」

 

ドゴッ!

 

ボアがよろめいた。

 

男は得意満面の表情で拳を突き上げる。

 

「どうだ!!」

 

NPC商人がボアのHPバーを確認する。

 

こっこも確認した。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

HPバーは、ほんの少しだけ減少していた。

 

男も確認する。

 

「…………。」

 

NPC商人は深々とため息をついた。

 

「あちゃー……。」

 

額に手を当てる。

 

「まったく駄目アルヨ。」

 

「何ぃ!?」

 

「私、他の人探すアル。」

 

「待て! 今から儂の本気を――」

 

「そのペースだと日が暮れるアル。」

 

NPC商人は本当に歩き出した。

 

「待たんか!! 商人!!」

 

その背後で、再びボアが地面を蹴る。

 

「ブギィィィ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

男は慌てて横へ飛んだ。

 

それでも、突進そのものは華麗にかわしている。

 

こっこは、しばらくその光景を眺めた。

 

「……あの人、あの調子で倒すのかな。」

 

自分ならソードスキルを使えば、おそらく五分もかからない。

 

石を投げて突進を止め、《スラッシュ》につなげれば、さらに早い。

 

効率だけを考えるなら、男の戦い方は明らかに遠回りだった。

 

だが――。

 

「まあ、いいか。」

 

こっこは小さく笑った。

 

別に競争しているわけではない。

 

誰かに決められた正解をなぞらなければならないわけでもない。

 

これはゲームなのだ。

 

剣を使いたい人は剣を使えばいい。

 

槍が好きなら槍を使えばいい。

 

商売がしたければ商売をしてもいい。

 

そして。

 

素手でモンスターを倒したい変わった人がいるなら――。

 

それもまた、その人なりの遊び方なのだろう。

 

こっこは再び街へ向かって歩き出した。

 

背後から、また声が響いた。

 

「ダイナマイトキーック!!」

 

「だから武器使うアルゥゥゥ!!」

 

「はーっはっはっはっ!!」

 

「…………元気だなあ。」

 

苦笑しながら、こっこは振り返らなかった。

 

「ゲームなんだから、人それぞれの道で進めばいいんだよね。」

 

草原を吹き抜ける風が、頬を撫でる。

 

遠くには《はじまりの街》の巨大な城壁が見えていた。

 

この世界には、さまざまな人間がいる。

 

戦う者。

 

作る者。

 

売る者。

 

一人で進む者。

 

仲間と進む者。

 

そして――己の拳だけで進もうとする者。

 

このゲームは、そんな一人一人の個性を受け入れてくれる。

 

自分の得意なことを活かし、自分なりの方法で楽しめばいい。

 

こっこは、このとき本気でそう思っていた。

 

――まだ知らなかった。

 

あと数時間もしないうちに。

 

《ゲームだから》

 

という言葉の意味そのものが、完全に変わってしまうことを。

 

そして。

 

今、草原でボアを相手に意味不明な必殺技を叫び続けているこの男と――。

 

自分が再び出会うことになることも。

 

もちろん。

 

「あ、ポーションは取っとこう。」

 

この男が後々まで回復アイテムを溜め込むことになることも。

 

このときは、まだ誰も知らなかった。

 

 

再び《はじまりの街》へ。

 

フィールドから戻ったこっこは、先ほどまでチュートリアルの確認をしていた公園へ戻ってきた。

 

そして、ベンチに腰を下ろす。

 

視界の端には、自分のHPバーが表示されている。

 

先ほどのボアとの戦闘で減少したHPは、安全圏である街へ戻ってきたことで、少しずつ回復していた。

 

だが――。

 

「…………」

 

こっこは、じっとHPバーを見つめる。

 

ほんの少し。

 

また、ほんの少し。

 

「自然回復……やっぱり時間がかかるなあ」

 

危険があるわけではない。

 

街の中なのだから、座って待っていれば、そのうち全快する。

 

回復用のアイテムを使えば、もっと早く回復できるのかもしれない。

 

しかし――まだゲームを始めたばかりだ。

 

どのアイテムがどれほど貴重なのかも分からない。

 

使わずに済むものなら、なるべく温存しておきたかった。

 

「……暇だなあ」

 

こっこは、ぼんやりと周囲を眺めた。

 

そこで、ふと思い出す。

 

「✨️そうだ。さっきのボアの肉を焼いてみよう」

 

こっこはアイテムストレージを開いた。

 

先ほどフィールドを歩き回った際、地面に落ちているものを拾えると分かってから、面白がって石ころや木の枝などを片端から拾っていた。

 

その大量のガラクタ――もとい、採取品の中に。

 

《火打ち石》

 

というアイテムが混ざっていた。

 

「これ、使えるんじゃない?」

 

公園の隅へ移動すると、今度は地面に落ちている枯れ枝を何本か拾い集める。

 

枝を組み、その近くで《火打ち石》を使用した。

 

カチッ。

 

火花が散る。

 

次の瞬間――。

 

ボッ。

 

「あっ」

 

あっさりと火がついた。

 

小さな炎が枯れ枝を包み、パチパチと燃え始める。

 

「ゲームだけあって、着火が楽だ♪」

 

現実なら、こうはいかない。

 

乾燥した火口を用意し、火花を移し、息を吹きかけて――などと、火を起こすだけでも相応の手間がかかる。

 

だがSAOでは、《火打ち石》を正しく使えば、システムがある程度補助してくれるらしい。

 

「へえ……こういうところはゲームなんだなあ」

 

こっこは少し感心しながら、次にボアからドロップした《生肉》を取り出した。

 

さらに、初期装備の小さなナイフも取り出す。

 

肉にナイフを刺す。

 

「よし」

 

そのまま焚き火へ突き出した。

 

じゅうぅぅ……。

 

肉の表面が焼け始める。

 

「おお……」

 

じゅうじゅう。

 

「…………」

 

パチパチ。

 

「…………♪」

 

本人は至って真剣だった。

 

しかし――。

 

公園を歩いていた二人組のプレイヤーが、その光景に気づいた。

 

「ぷっ! 見ろよ、あのプレイヤー。肉を焼いてるぜ!」

 

「うわっ、ワイルド……。あれって普通、店に売ったほうがいいよね?」

 

「だよな 」

 

背後から聞こえてくる冷ややかな言葉。

 

「…………」

 

聞こえない。

 

何も聞こえない。

 

こっこは心の耳に蓋をして、黙々と肉を焼き続けた。

 

やがて――。

 

ポン♪

 

小さなシステム音が鳴る。

 

手元の肉の名称が切り替わった。

 

《ボアの生肉》

 

から――

 

《焼けた肉》

 

へ。

 

「おっ!」

 

きちんと料理になった。

 

見た目も、生肉だったときとは異なっている。

 

表面には焼き色がつき、ところどころから脂が滴っている。

 

少なくとも、食べ物には見えた。

 

「できた、できた♪」

 

背後から。

 

「本当に食うのか?」

 

「ワイルドすぎるだろ……」

 

まだ聞こえる。

 

聞こえない。

 

こっこは焼けた肉を掲げた。

 

「さっそく、いただきます!」

 

がぶっ。

 

「…………」

 

もぐもぐ。

 

肉。

 

実に肉らしい味だった。

 

香草もない。

 

塩もない。

 

ソースもない。

 

ただ火を通しただけの、非常にワイルドな肉の味である。

 

決して美味しいとは言えない。

 

「……うん」

 

もぐもぐ。

 

「食べられなくはない」

 

なんとも微妙な感想だった。

 

ところが。

 

視界の端で、何かが動いた。

 

「ん?」

 

HPバーだった。

 

先ほどまでゆっくりとしか戻っていなかったHPが――わずかながら、以前より速く回復している。

 

こっこの咀嚼が止まる。

 

「…………あれ?」

 

もう一度、HPバーを見る。

 

気のせいだろうか。

 

しばらく待つ。

 

HPが増える。

 

「……やっぱり」

 

こっこは残った肉をもう一口かじった。

 

そして、HPバーを観察する。

 

「へえー!」

 

思わず声が漏れた。

 

「自然回復量が上がったよ」

 

単純に、食べた瞬間に大量のHPが回復したわけではない。

 

しかし、食事をする前と比べて、明らかに回復速度が上がっている。

 

こっこは焼けた肉とHPバーを交互に見た。

 

「このゲームの食事にも、ちゃんと意味があるんだなあ」

 

単なる雰囲気作りではない。

 

空腹を満たすためだけのものでもない。

 

少なくとも、戦闘後の回復に利用できる。

 

ということは――。

 

「きちんと料理したら、もっと効果が上がったりするのかな?」

 

新たな疑問が生まれた。

 

塩を振ったら?

 

別の食材と組み合わせたら?

 

焼き加減を変えたら?

 

そもそも、《料理》というスキルが存在するのだろうか。

 

もし存在するなら、スキル熟練度を上げれば――。

 

「…………」

 

こっこの目が、次第に楽しそうな輝きを帯びていく。

 

背後の二人は、その様子を見て若干引いていた。

 

「……まだやってるぞ」

 

「なんか、HPバーを見ながら実験を始めてない?」

 

「塩とか売ってないかな……」

 

「今度は調味料を探し始めたぞ」

 

二人は、そっと離れていった。

 

だが、こっこはまったく気にしていなかった。

 

焼けた肉を頬張りながら、回復していくHPバーを眺める。

 

たった一枚の《ボアの肉》。

 

ただのドロップアイテム。

 

売ってしまえば、わずかなコルになったのかもしれない。

 

けれど――。

 

拾った火打ち石。

 

落ちていた枯れ枝。

 

モンスターから手に入れた肉。

 

それらを組み合わせれば、《食事》という別の価値が生まれる。

 

そして、その食事は戦闘後の回復を助ける。

 

「なるほどなあ……」

 

こっこは焚き火の前で、ひとり頷いた。

 

「モンスターを倒すだけが、このゲームじゃないんだ」

 

まだ、その言葉に大きな意味はなかった。

 

ただ単純に。

 

ポーションを一本使わずに済んだ。

 

その程度の、小さな発見だった。

 

だが――。

 

のちに料理を覚え。

 

物を作り。

 

壊れた装備を修理し。

 

戦うことのできないプレイヤーたちにも役割を与え。

 

やがて攻略そのものの形を少しずつ変えていくことになる男にとって。

 

この公園の片隅で焼いた――

 

決して美味しくはない《焼けたボアの肉》は。

 

そのすべてにつながる、最初の一歩だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。