エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層――深き森。
木々の隙間から差し込む陽光は弱く、湿った土と苔の匂いが辺りを満たしていた。
その森の奥。
攻略組の前に、一本の巨大な樹が立ちはだかっている。
いや。
それは、樹ではない。
幹と思われた部分が、ゆっくりと軋んだ。
――ギ……ギギギギ……。
根が地面を引き裂きながら持ち上がる。
太い枝が腕のように広がり、節くれだった幹の中央に黄色く濁った二つの眼が開いた。
頭上に表示されるモンスター名。
《Indolent Treent》
その下には、複数段に分かれた巨大なHPバー。
エギルが戦斧を構える。
「フィールドボスだとは聞いていたが……随分と大きいな」
キリトは巨大な樹人を見上げながら眉をひそめた。
「動きは遅い。でも――」
アスナが細剣を構える。
「再生能力が高い、という話だったわね」
その言葉通りだった。
先行していた攻略組の一人が幹へ斬撃を叩き込む。
赤いダメージエフェクト。
HPバーがわずかに減少する。
しかし。
傷口から淡い緑色の光が溢れ――。
じわっ。
じわっ。
減少したHPが回復していく。
「うわっ、回復したぞ!」
「再生が速すぎるだろ!」
攻略組に動揺が走る。
その少し後方。
こっこは腕を組み、巨大なトレントを眺めていた。
「なるほど」
リズが横目で見る。
「何、その顔」
「燃やす?」
「やめろ!!」
リズが即座に叫んだ。
シリカも青ざめる。
「森ですよ!? 大火災になりますよ!」
「森エルフさんが怒って、二度と会ってくれなくなりますよ 」
「冗談だよ……半分くらい」
「半分は本気だったの!?」
その時。
――ビュンッ!!
太い枝が槍のように伸びた。
「避けろ!」
キリトの警告を受け、攻略組が散開する。
枝の先端が地面へ突き刺さり、土を大きく抉った。
さらに。
シュルルルルルッ!!
地面を這っていた蔓が一気に伸びる。
「しまっ――!」
一人の剣士の足首へ絡みついた。
そのまま空中へ吊り上げられる。
「うわあああっ!」
「蔓を切れ!」
アスナが飛び込んだ。
細剣が銀光を放つ。
《リニアー》
一閃。
蔓が切断され、剣士が落下する。
だが。
Indolent Treentは、なおも動きを止めない。
ただゆっくりと、枝を揺らしている。
こっこが目を細めた。
「動きは遅い……けど、その分、攻撃範囲が広い」
次の瞬間。
枝についた硬い果実が、一斉に震えた。
「みんな伏せろ!!」
果実が弾け飛ぶ。
ドドドドドドドッ!!
まるで投石器だ。
人の頭ほどもある硬い果実が、攻略組へ降り注ぐ。
盾持ちが前へ出る。
「防げぇぇぇ!!」
激しい衝突音。
盾に当たった果実が砕け散る。
それでも何人かは直撃を受け、HPを削られた。
エギルが呻く。
「近距離攻撃も遠距離攻撃もあるのかよ……」
こっこは静かに言った。
「だから、遠距離から削る」
キリトが振り返る。
「遠距離?」
こっこは手を上げた。
「エンジニア班、前へ!」
森の中から数人のプレイヤーが現れる。
彼らが抱えていたものを見て、キリトの目が見開かれた。
アスナも驚く。
「それ……弓?」
「少し違う」
こっこはニヤリと笑った。
木製の銃床。
横向きに張られた強靭な弦。
そして短く太い矢。
《クロスボウ》。
森エルフの弓技術と、彼らの木工技術。
それらを研究し、こっこが形にした新しい遠距離武器だった。
リズが呆れたように言う。
「こいつ、野営地でずっとあれを弄っていたのよ」
シリカも苦笑する。
「寝ている時間より、研究している時間のほうが長かったです……」
「人聞きが悪いな」
こっこはクロスボウを一挺持ち上げた。
「単発なら弓より遅い。でも――」
後方にエンジニアたちが二人一組で並ぶ。
一人がクロスボウを構え、もう一人が隣で予備の矢を持つ。
「射手と装填手を分担する」
射手が撃つ。
――バシュッ!!
矢が飛翔し、Indolent Treentの幹へ突き刺さる。
射手はすぐにクロスボウを装填手へ渡す。
装填手が弦を引き、矢を装填する。
その間、射手はもう一挺のクロスボウを受け取る。
――バシュッ!!
さらに射撃。
「交換!」
「装填!」
「射撃!」
バシュッ!
バシュッ!!
バシュッ!!
一定の間隔で矢が飛び続ける。
エギルが目を丸くした。
「連射……しているのか?」
「正確には、人間が交互に作業しているだけだよ」
こっこは胸を張る。
「機械の動作が遅いなら、人員で補えばいい✨️」
キリトが呆れた顔をする。
「また妙なことを考えたな……」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
その瞬間。
キリトとこっこの視線が合った。
微妙な沈黙。
つい少し前。
森エルフと闇エルフ。
互いに敵対するクエストルート。
こっこはキリトから秘鍵を盗み――。
ピナのバブルブレスまで使って逃走した。
しかも最後には。
『あーばよー♪ キリトちゃーん♥』
である。
キリトの眉間に、明らかな皺が寄った。
「……そういえば」
「はい」
「まだ何も言っていなかったな」
「何についてでしょう」
「秘鍵」
「…………」
アスナがにっこりと笑う。
ただし、目は笑っていない。
「私も忘れていないわよ?」
こっこは一歩後ろに下がる。
リズとシリカも、そっと距離を取った。
「待ってください、お二人とも。あれはエルフ戦争イベント上の正当な――」
「分かっている」
キリトはため息をついた。
「対抗クエストだったんだろ」
アスナも細剣を下ろす。
「敵対ルートに入った以上、奪い合いになるのは仕方ないわ」
こっこはほっとする。
「さすが攻略組トッププレイヤー。話が分か――」
アスナが微笑んだ。
「でも」
「はい」
「次にクエストで敵として会った時は」
キリトが剣を抜く。
「容赦しない」
こっこの顔が引きつった。
「ですよねー……」
リズが肩を叩いた。
「自業自得」
シリカも頷く。
「煽りすぎたんですよ」
その時。
Indolent Treentが咆哮した。
――オオオオオオオオオッ!!
「来るぞ!」
キリトが叫ぶ。
戦闘再開。
クロスボウ隊が一斉射撃を開始する。
矢が幹へ次々と突き刺さる。
再生。
だが、新たな矢が撃ち込まれる。
再生。
さらに矢が突き刺さる。
「なるほど!」
アスナが理解する。
「回復量を上回る速度で、攻撃を継続するのね!」
「そう!」
こっこが叫ぶ。
「再生型は、攻撃を止めたら負けだ!」
エギルが戦斧を構える。
「なら、前衛は休ませないぞ!」
攻略組が突撃する。
キリトが枝を切り払い、アスナが幹の節へ連続突きを叩き込む。
エギルたちが根元を削る。
後方からクロスボウが援護する。
バシュッ!
バシュッ!!
バシュッ!!!
徐々に。
確実に。
Indolent TreentのHPが減っていく。
一本。
二本。
そして。
ついに最終HPバーへ到達した。
その瞬間。
大地が震えた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「何だ!?」
こっこが足元を見る。
地面が盛り上がった。
「下だ!!」
ドガァァァン!!
巨大な根が地面から飛び出した。
攻略組が吹き飛ばされる。
さらに。
別方向から。
ドン!!
ドン!!
ドン!!
地面から次々と根が突き上がる。
「地下攻撃!?」
キリトが跳躍して避ける。
アスナも紙一重で回避する。
しかし、後衛は混乱に陥った。
「射線が崩れる!」
「装填班、下がれ!」
クロスボウ隊の隊列が乱れた。
こっこは周囲を見渡す。
地面。
根。
Indolent Treent。
そして。
何かに気づいた。
「根を出している……」
リズが叫ぶ。
「それがどうしたのよ!」
「本体と地下の根が繋がっているなら――」
こっこはクロスボウ隊へ振り返る。
「地上に出た根を狙え!!」
キリトが即座に理解した。
「本体ではなく、根を!?」
「再生の供給源かもしれない!」
「確証は?」
「ない!」
「ないのかよ!!」
それでもキリトは動いた。
「アスナ!」
「分かっている!」
二人が左右へ分かれる。
キリトが巨大な根へ斬撃を放つ。
アスナが別の根へ連続突きを繰り出す。
「クロスボウ隊!」
こっこが手を上げる。
「根元に集中!」
バシュッ!!
バシュッ!!
バシュッ!!
矢が一本の根へ集中する。
HPバーの再生速度が――。
落ちた。
キリトが叫ぶ。
「当たりだ!」
「よっしゃあ!」
エギルたちが本体へ突撃する。
「今だ! 一気に削れぇぇぇ!!」
総攻撃。
Indolent Treentが枝を振り回す。
蔓が乱舞する。
果実が飛ぶ。
地面から根が突き出す。
それでも攻略組は止まらない。
そして。
HPバーが赤く染まる。
残りわずか。
キリトが踏み込む。
アスナも反対側から加速する。
「行くぞ!」
「ええ!」
二人のソードスキルが同時に輝いた。
しかし。
後方では、こっこがクロスボウを構えていた。
キリトの顔が引きつる。
「おい」
「いや、これは攻略のために必要な――」
「お前、まさかLAまで取る気じゃないだろうな!?」
「そんなつもりは――」
リズが叫ぶ。
「その顔は狙っている顔よ!!」
シリカも叫ぶ。
「こっこさん! 撃っちゃダメです!!」
「えー」
「えーじゃない!!」
キリトとアスナが突撃する。
こっこはしぶしぶクロスボウを下げる。
「仕方ない」
そして。
二つの閃光が、巨大な樹人を切り裂いた。
Indolent Treentの巨体が停止する。
――ギ……ギギ……。
巨大な幹に亀裂が走る。
次の瞬間。
パァァァァン!!
無数の青いポリゴンとなって、森へ散った。
静寂。
そして。
歓声が爆発する。
「倒したぞぉぉぉ!!」
「フィールドボス撃破!!」
こっこはクロスボウを肩へ担いだ。
その横へキリトが歩いてくる。
「今回は助かった」
「おお✨️」
アスナも頷く。
「クロスボウ隊は、かなり有効だったわ」
こっこは満面の笑みを浮かべる。
「では、秘鍵の件も水に――」
二人。
「それは別」
「ですよね 」
キリトは剣を背中へ戻した。
そして、少し笑う。
「次に通常の攻略で会った時は味方だ」
アスナも微笑む。
「でも、敵対クエストで会ったら――」
二人の視線が鋭くなる。
「「覚悟しておいて」」
こっこは乾いた笑いを浮かべた。
その背後。
リズが呟く。
「次は逃げられないわね」
シリカも頷いた。
「ピナのバブルブレスも、もう警戒されていますし……」
ピナ。
「きゅるる……」
こっこは腕を組む。
そして。
「なら、新しい逃走手段を――」
リズ。
「反省しろ 」
深い森に。
乾いた打撃音が響いた。