エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
――第三層・迷宮区への道
《半減決着モード》
迷宮区へと続く森の街道。
少し前まで、この場所には怒号が飛び交っていた。
「だから! ワイらが先に見つけた狩場や言うとるやろ!」
キバオウ率いる《アインクラッド解放隊》。
それに対峙していたのは、《聖竜連合》のプレイヤーたちだった。
「ふざけるな! そっちが後から割り込んできたんだろう!」
「なんやと!」
剣の柄に手をかける者までいる。
幸い、圏内に近い場所だったこともあり、本当の戦闘にまで発展することはなかった。
だが――。
「…………」
その様子を、キリトは離れた場所からじっと見ていた。
隣に立つアスナが、小さく息を吐く。
「最近、多いわね」
「ああ」
攻略組が大きくなれば、意見の違いも生じる。
それ自体は不思議ではない。
だが――妙だった。
ほんの数日前まで、多少の衝突こそあれど、ここまで露骨に互いを敵視してはいなかった。
「キバオウさんたちは、『聖竜連合が自分たちを攻略組から追い出そうとしている』って聞いたらしいわ」
「聖竜連合のほうは逆だ」
キリトが答える。
「解放隊がボス攻略の主導権を奪うために、狩場を独占しようとしている――そう聞かされてる」
アスナの眉が寄った。
「……誰に?」
「そこなんだよ」
情報源が、はっきりしない。
誰かから聞いた。
仲間がそう言っていた。
信用できる奴から聞いた。
噂が噂を呼び、いつの間にか事実になっている。
だが、その発端を辿ろうとすると――消える。
まるで。
誰かが意図的に、両者の間へ火種を投げ込んでいるかのように。
キリトは歩きながら、ここ数日の記憶を辿った。
そして――。
足を止める。
「……アスナ」
「なに?」
「先に行っててくれ」
「え?」
アスナも立ち止まった。
キリトの視線は、森の脇道へ向けられている。
木々の間。
そこに、一人のプレイヤーがいた。
地味な装備。
攻略組の中に混ざれば、まず記憶には残らない風貌。
だが。
「…………」
キリトは、その男を知っていた。
いや。
顔は知らない。
以前見た時とは、装備も髪型も違う。
それでも。
「――やっぱり、あんただったのか」
男が振り返る。
「ン?」
その一音。
独特な、妙に耳へ残る発音。
キリトの目が細くなった。
間違いない。
解放隊の中にいた時。
聖竜連合のプレイヤーと話していた時。
姿は違った。
声色も微妙に変えていた。
だが――。
言葉の端々。
奇妙な抑揚。
相手を小馬鹿にしているようで、それでいて妙に親しげな口調。
同じだ。
「モルテ」
男の口元が。
ゆっくりと吊り上がった。
「へぇ」
その笑顔を見た瞬間。
キリトの背筋を、嫌なものが走った。
「覚えててくれたんだナァ」
アスナが一歩前へ出る。
「知り合い?」
「……いや」
キリトは男から視線を外さない。
「でも、こいつを何度か見てる」
モルテは肩をすくめた。
「人違いじゃないのカナ?」
「解放隊にもいた」
笑顔は崩れない。
「聖竜連合にもいた」
モルテの目だけが、僅かに細くなる。
「姿は違ってた。でも――」
キリトは言った。
「その喋り方は同じだ」
沈黙。
風が木々を揺らす。
ざわざわと葉が擦れ合う音だけが響いた。
そして。
「クッ……」
モルテの肩が震えた。
「ククッ……」
笑っている。
「アハハハハ!」
突然、腹を抱えて笑い始めた。
「すげぇナァ! キリト君!」
「……何がおかしい」
「イヤイヤ! まさか声じゃなくて、喋り方でバレるとは思わなかったヨ!」
アスナの表情が険しくなる。
「じゃあ……認めるのね」
「何を?」
モルテは首を傾げる。
「噂を流したことよ」
「噂?」
「二つのグループに別々の情報を流して、争わせようとした」
「証拠あるノ?」
アスナが言葉に詰まる。
モルテは楽しそうに笑った。
「ないよネェ?」
「……!」
「ゲームの中でも証拠って大事だヨ? お嬢ちゃん」
アスナの手がレイピアへ伸びる。
「アスナ」
キリトが制した。
モルテはそれを見て、さらに笑みを深くした。
「そうそう。キリト君は冷静だネ」
「何が目的だ」
「目的?」
「あいつらを争わせて、何がしたい」
モルテは少し考えるように空を見上げた。
「別に?」
「……なに?」
「面白いじゃん」
あまりにも軽かった。
キリトは、一瞬意味を理解できなかった。
「昨日まで一緒にモンスター倒してた奴らがサ」
モルテは両手を広げる。
「ちょっとした一言で疑い始める」
一歩。
キリトへ近づく。
「アイツが俺を騙してるんじゃないか」
また一歩。
「アイツらだけ得してるんじゃないか」
また一歩。
「そのうち――」
笑う。
「アイツさえいなければって思い始める。」
キリトの右手が、剣の柄を握った。
モルテはそれを見逃さなかった。
「お?」
嬉しそうだった。
「いいネ、その顔」
「…………」
「キリト君も思った?」
さらに近づく。
「――コイツさえいなければ、って」
「……黙れ」
「だったらサ」
モルテの指が宙を滑った。
システムウインドウが開く。
数回の操作。
直後。
キリトの目の前にウインドウが出現した。
――DUEL REQUEST――
対戦者。
《Morte》
そして。
決着条件。
《Half-Loss Mode》
HP半減決着。
キリトの表情が変わった。
「……デュエル?」
アスナが息を呑む。
「キリト、駄目!」
モルテは楽しそうに両手を広げる。
「怖い?」
「…………」
「大丈夫だヨ」
笑顔。
「半分になったら終わりだからサ」
確かにそうだ。
HPが50パーセントを切った瞬間、システムが勝敗を判定する。
《初撃決着モード》より実戦的。
《完全決着モード》のようにHPをゼロにする危険もない。
攻略組の訓練でも使える。
本来なら。
安全なルールだ。
なのに――。
キリトには。
目の前のウインドウが、ひどく禍々しいものに見えた。
「どうしたノ?」
モルテが笑う。
「攻略組トッププレイヤーのキリト君」
挑発するように首を傾げる。
「プレイヤー相手だと剣が抜けない?」
キリトの親指が震える。
《ACCEPT》
その文字の上へ指が近づく。
「キリトくん!」
アスナが腕を掴んだ。
「挑発よ!」
「ああ」
「だったら!」
「……だから受ける」
アスナが目を見開いた。
キリトは静かに言った。
「こいつが何をしようとしてるのか、確かめたい」
「…………」
「それに」
キリトはモルテを見る。
「俺が逃げれば、次は別の誰かを狙う」
モルテの口角が上がった。
「いいネェ」
キリトの指が動く。
――ACCEPT――
押した。
瞬間。
二人の間にカウントダウンが出現する。
《60》
《59》
《58》
アスナはキリトを見る。
「……絶対、無茶しないで」
「ああ」
「HPが半分になれば終わる。それ以上はない」
「分かってる」
だが。
モルテが小さく笑った。
「本当に?」
キリトの目が鋭くなる。
「何?」
「なんでもないヨ」
モルテが武器を抜いた。
曲剣。
キリトも剣を抜く。
金属音。
それだけで。
空気が変わった。
モンスターと戦う時とは違う。
目の前にいるのは。
NPCではない。
モンスターでもない。
自分と同じ、現実世界に身体を持つ人間。
そのHPを。
自分の剣で削る。
《10》
キリトは剣を構える。
《9》
モルテも構える。
だが。
妙だった。
殺気がない。
むしろ。
楽しそうだった。
《8》
「ネェ、キリト君」
《7》
「……なんだ」
《6》
「知ってる?」
《5》
モルテの笑みが深くなる。
《4》
「人間ってサ」
《3》
「安全だと思ってる時が――」
《2》
キリトの全身に悪寒が走った。
《1》
モルテが囁く。
「――一番、油断するんだヨ」
《DUEL!!》
その瞬間。
モルテが消えた。
「――ッ!?」
速い。
いや。
違う。
初動を隠していた。
木の影。
地面の起伏。
キリトの視線。
すべてを利用して死角へ滑り込んだ。
右――!
「ハァッ!」
剣を合わせる。
ガギィィン!!
火花。
「くっ!」
重い。
モルテが笑う。
「いいネ!」
二撃目。
三撃目。
速さではない。
いやらしい。
キリトが反撃しようとする瞬間だけ、攻撃を差し込んでくる。
フェイント。
キャンセル。
ステップ。
わざとソードスキルの予備動作に似た動きを混ぜる。
「こいつ……!」
対モンスターではない。
完全な――。
対人戦闘。
モルテの剣が頬を掠める。
HPが僅かに減少。
キリトが反撃。
「セァッ!」
剣がモルテの肩を捉える。
赤いエフェクト。
HP減少。
「ハハッ!」
モルテは笑った。
ダメージを受けているのに。
笑っている。
「やっぱり楽しいナァ!」
「何がだ!」
「モンスターじゃこうはいかない!」
剣と剣がぶつかる。
「考える!」
ガンッ!
「騙す!」
ギィン!
「怖がる!」
キリトの剣が弾かれる。
モルテの刃が首筋すれすれを通過する。
「――人間は面白いヨ!」
「っ……!」
キリトが距離を取った。
HP。
キリト――71%。
モルテ――68%。
互角。
いや。
キリトの額から汗が流れる。
嫌な相手だ。
強い。
それ以上に。
戦い慣れている。
プレイヤーとの戦いに。
モルテが曲剣を肩に乗せた。
「ネェ」
「…………」
「半分になったら終わり」
笑う。
「安心だネ」
キリトは答えない。
「でもサ」
モルテの目が。
初めて。
笑わなくなった。
「もし――」
その視線がキリトのHPバーへ向く。
「最後の一撃が」
曲剣を構える。
「半分よりずっと深く入ったら?」
「――!」
キリトの瞳が見開かれた。
理解した。
半減決着モードは。
HPが50%を下回った瞬間に勝敗が決まる。
だが。
その50%を割る一撃そのもののダメージまで、50%地点で止めてくれるわけではない。
残りHPが51%。
そこへ。
52%以上のダメージを与える攻撃が入れば――。
「お前……」
キリトの声が低くなる。
モルテが。
笑った。
「気づいた?」
背筋が凍る。
これは。
訓練ではない。
安全なデュエルでもない。
システム上は正規のルール。
だが。
その仕様の隙間に。
悪意を差し込めば――。
人を殺せる。
モルテが構える。
「さぁ」
曲剣がソードスキルの光を纏う。
「ここからだヨ」
キリトも剣を構え直す。
もう。
さっきまでとは違う。
一撃も。
まともに受けられない。
HPはまだ71%。
なのに。
キリトには。
自分のHPバー全体が――。
すでにレッドゾーンへ入ったように見えていた。
モルテが笑う。
「楽しもうゼ」
迷宮区へ続く森の中。
攻略組の誰も知らない場所で。
アインクラッドで初めて。
キリトは。
モンスターではなく、人間の悪意を相手に剣を構えた。