エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
「……っ!」
キリトの目が細くなる。
モルテが後方へ大きく跳び、距離を取った。
それまで右手に握られていた曲刀が消える。
武器変更。
デュエル中に装備を切り替えること自体は、決して珍しい行為ではない。
相手との相性。
武器の耐久値。
あるいは、戦術そのものを変更するため。
だが――。
次にモルテの右手へ実体化した武器を見た瞬間。
キリトの背筋を、冷たいものが走った。
――片手斧。
装飾は一切ない。
黒ずんだ鉄の塊に、太い柄を取り付けただけのような、無骨な斧。
だが、キリトには分かった。
あれは――重い。
敏捷性も、攻撃の手数も、防御のしやすささえも捨てている。
その代わりに、ただ一つ。
一撃の威力だけを追求した武器。
「……お前……」
キリトの声が低くなる。
現在のデュエル設定は《半減決着モード》。
相手のHPを半分まで減少させた時点で、システムが勝敗を判定する。
つまり本来なら、安全性の高い決闘方式だ。
――だが。
それは、あくまで一撃でHPが半分を大きく下回らなければ、の話だった。
モルテが笑う。
「どうしたァ、キリトォ?」
斧を肩に担ぐ。
「怖くなったか?」
キリトは答えなかった。
ただ、片手剣を握る指に力がこもった。
――こいつ。
――最初からこれを狙って……。
曲刀による素早い攻撃。
フェイント。
独特な間合い。
それらにキリトの目を慣らしたところで――。
突然、攻撃特性が正反対の重量武器へ変更する。
そして。
半減決着だから安全だと思っている相手へ――。
最大威力のソードスキルを叩き込む。
ぞくり。
キリトは初めて理解した。
この男は。
攻略競争をしているわけでもない。
強さを競っているわけでもない。
――プレイヤーを傷つけることそのものを、楽しんでいる。
「そこまでやるのかよ……」
「あァ?」
「同じプレイヤー相手に……そこまでやるのかって聞いてんだ!!」
モルテの口元が吊り上がった。
「ゲームだろ?」
次の瞬間。
――ズンッ!!
地面を蹴る音。
速い。
重量武器とは思えない踏み込みだった。
斧が赤いシステムライトを纏う。
片手斧ソードスキル。
「キリトくんっ!!」
アスナの叫び声。
「――っ!!」
キリトは横へ跳んだ。
直後。
ズガァンッ!!
斧が地面へ叩き込まれる。
土と草がエフェクトとなって弾け飛んだ。
「くっ……!」
まともに受ければ危険だ。
剣で防御しても、武器ごと押し切られる。
ならば回避――。
「ヒャハッ!!」
モルテが斧を引き抜く。
今度は横薙ぎ。
ブォンッ!!
「っ!!」
キリトは身体を沈める。
頭上を巨大な刃が通過した。
風圧など存在しないはずの仮想世界で、思わず首をすくめるほどの恐怖。
――駄目だ。
――こいつのペースに乗るな。
分かっている。
だが、身体が強張る。
これはモンスターとの戦いではない。
相手の向こう側には、自分と同じ人間がいる。
その人間が。
明確な意思を持って、自分へ斧を振り下ろしている。
「キリトくんっ!!」
再びアスナの声。
「負けないで!!」
その声が。
奇妙なほど鮮明に耳へ届いた。
「…………!」
キリトの目から恐怖が消える。
――そうだ。
怖い。
怖くて当然だ。
だけど。
「……ここで退いたら……」
キリトは剣を構え直す。
モルテが楽しそうに笑った。
「なんだァ、その目は?」
「お前の思い通りになるだろうが!!」
キリトが前へ出た。
「ハッ!! 馬鹿がァ!!」
モルテの斧が光る。
今度こそ最大威力。
キリトへ向けて振り下ろされる。
――避けない。
「キリト!?」
アスナが息を呑む。
キリトは斧の軌道を見る。
速い。
だが。
曲刀とは違う。
重量武器には、重量武器なりの軌道がある。
そして――。
「そこだ!!」
ギィィンッ!!
キリトの剣が青い光を纏った。
片手剣ソードスキル。
斧そのものを受けたのではない。
斧が最大速度へ到達する――その直前。
振り下ろしの軌道へ横からソードスキルを叩き込んだ。
ガギィィン!!
「なにィ!?」
システムアシスト同士が激突する。
完全には止まらない。
腕が痺れる。
キリトのHPもわずかに削られた。
だが。
斧が――逸れた。
ドゴォン!!
キリトのすぐ横へ刃が突き刺さる。
そして。
モルテの身体が硬直した。
大技の直後。
ソードスキル硬直。
「――しまっ……!」
キリトは剣を振らなかった。
剣では間に合わない。
こちらもソードスキルを使った直後。
ならば。
キリトの身体が自然に動いた。
老師の庵。
何度も岩へ拳を叩き込み。
ようやく手に入れたばかりの――。
《体術》。
「おおおおおおッ!!」
一歩。
モルテの懐へ潜り込む。
腰を落とす。
右拳を握る。
そして――。
「――ッ!!」
ドンッ!!
拳がモルテの腹部へ突き刺さった。
体術スキルのエフェクトが炸裂する。
「ぐ……ッ!?」
モルテの身体がくの字に折れた。
そのHPバーが――。
ギュンッ!!
一気に減少する。
そして。
半分を示すラインを越えた。
――WINNER――
視界中央へシステム表示が浮かび上がる。
静寂。
数秒。
誰も動かなかった。
やがてモルテの斧が消える。
「…………」
モルテは腹を押さえたまま、ゆっくり顔を上げた。
その表情には。
怒りでも。
悔しさでもなく。
薄い――笑み。
「へェ……」
キリトは剣を下ろさない。
「……なんだよ」
モルテは答えない。
ただキリトをじっと見つめていた。
まるで。
面白い玩具を見つけた子供のように。
「覚えたぜ……キリト」
「…………」
「次は――もっと面白くやろうぜ」
モルテは背を向ける。
「待て!」
追おうとしたキリトの腕を、アスナが掴んだ。
「キリトくん!」
「でも、あいつ……!」
「もうデュエルは終わったわ!」
「…………っ」
キリトは歯を食いしばった。
モルテは振り返らない。
片手をひらひらと振りながら、森の奥へ消えていく。
その姿が完全に見えなくなってから。
キリトはようやく剣を収めた。
「…………怖かった」
小さな声だった。
アスナがキリトを見る。
「モンスターじゃないんだ」
「……うん」
「中に人間がいるって分かってるのに……あいつ、本気で振ってきた」
自分の手を見る。
まだ震えている。
アスナは何も言わず、その隣へ立った。
しばらくして。
キリトが苦笑する。
「……でも、体術を取っておいてよかった」
「本当にね」
アスナも小さく笑った。
「まさか最後がパンチだなんて思わなかったけど」
「俺も思わなかったよ……」
だが。
二人の表情から、すぐに笑みは消えた。
森の奥。
モルテが消えていった方向を見る。
攻略組同士の対立。
聖竜連合とアインクラッド解放隊の間に広がり始めた疑心暗鬼。
その影で。
プレイヤー同士が争うことを楽しむ者がいる。
キリトは、この時初めて知った。
このデスゲームで恐ろしいものは――。
モンスターだけではない。
そして。
森の遥か奥。
「クク……」
一人歩くモルテが。
腹部を押さえながら笑っていた。
「キリト……」
敗北したというのに。
その声は、ひどく楽しそうだった。
「やっぱり、お前――面白ェなァ」
《半減決着モード》。
本来ならば。
プレイヤー同士が安全に腕を競うためのシステム。
だが――。
悪意を持つ人間が使えば、その安全装置すら凶器になり得る。
アインクラッドに。
まだ誰もはっきりとは認識していない闇が。
静かに。
確実に。
芽吹き始めていた。
――その頃、サタンは……
第三層の攻略が進み、プレイヤーたちが森の奥で迷宮国向けて奔走していた頃。
第二層南部――。
攻略ルートから遠く離れた山岳地帯では、一人の男が、別の意味で死闘を繰り広げていた。
「ぬおおおおおおおおっ 」
轟々と流れる川。
その中腹で、腰まで水に浸かったサタンが、両足を岩に踏ん張っていた。
上流から押し寄せる水流が、容赦なく巨体を押し流そうとしている。
そして――。
そのわずか数十メートル先には、
滝。
落ちれば当然、待ち受けているのは滝壺である。
老師は岸辺の岩に腰を下ろし、腕を組んでいた。
「川の流れに逆らうな! 身を委ねるのだ!」
「身を委ねたら滝壺に落ちるわ!! 」
至極もっともな指摘であった。
「流れを読め! 力を真正面から受けるのではない! 受け流すのだ!」
「できるかぁぁぁぁ!! 」
「やらねば、いずれ滝壺に落ちるぞー」
「今まさに落ちそうなのだが!? 」
少し離れた岸辺では、NPC商人が焚き火の前で茶をすすっていた。
「どこのスポ根アルカ……。バカ丸出しアル……」
「聞こえておるぞ!! 」
その瞬間。
サタンの足元の石が――
ズルッ。
「ぬおっ!?」
片足が浮いた。
踏ん張ろうとする。
だが、力を込めれば込めるほど水流を真正面から受けることになり、体勢が崩れていく。
「力むな!」
老師の声が飛ぶ。
「敵が押してくるなら――押し返す必要などない!」
「ぬっ……!」
「受けろ!」
サタンは反射的に両腕を構えた。
「受けて――」
激流が腕にぶつかる。
「流せ!」
「ぬおおっ!」
真正面から受け止めるのではない。
身体をわずかに捻る。
腕の角度を変える。
すると――。
これまで胸を直撃していた水が、サタンの身体の横へと流れていった。
「……む?」
老師の口元がわずかに上がる。
「そうじゃ」
サタンは目を見開いた。
「これは……!」
足を踏ん張る力を弱める。
水流に逆らわず、身体を預け――必要な分だけ方向を変える。
押し寄せる水。
受ける。
流す。
次の水。
受ける。
流す。
「おお……!」
少しずつ。
ほんの少しずつではあるが、サタンの巨体が激流の中で安定し始めた。
「これか……!」
老師が立ち上がる。
「剛だけでは《体術》とは呼べぬ」
「……!」
「拳で殴る。脚で蹴る。それだけならば、お主はとうにできておる」
老師は流れる川を指差した。
「だが、敵がお主より強ければどうする?」
サタンは答えない。
「速ければ?」
沈黙。
「巨大ならば?」
サタンの脳裏に、第二層で戦った巨大な雄牛――《Bullbous Bow》の姿が浮かぶ。
老師は静かに言った。
「己より大きな力を、己の力だけでねじ伏せようとするな」
サタンは自分の掌を見つめる。
「相手の力を……使う」
「そうじゃ」
老師はニヤリと笑った。
「それが――柔じゃ」
サタンの表情が変わった。
これまで彼が身につけてきた《体術》とは異なる。
打撃ではない。
敵の力を利用する技。
押されたならば引く。
引かれたならば進む。
崩し――。
投げる。
「なるほど……」
サタンは川の中で構えた。
「つまり、敵が突進してきたならば……その力を利用して投げればよいのだな!」
「理解が早いではないか!」
商人が茶を吹き出した。
「それ、第二層で牛相手にもうやってたアル!!」
「……む?」
「角をつかんで巴投げしてたアルヨ!!」
サタンは目を見開いた。
「では儂は……すでに柔の境地に!?」
「たまたまアル!! 」
老師が豪快に笑う。
「わっはっはっ! 理屈を知らずとも、身体が答えを知っておったか!」
「やはり儂は天才か!!」
「調子に乗るなアル!!」
そのときだった。
老師がニヤリと笑った。
嫌な笑みだった。
「では、次の修行に移るとするか」
「おお! 望むところよ!」
老師が指笛を吹く。
ピィィィ――!
山の奥から。
ドドドドドドド……。
地面が震え始めた。
商人が茶碗を持ったまま振り返る。
「……老師」
「なんじゃ?」
「何を呼んだアル?」
木々の向こうから現れたのは――。
巨大な角を持つ牛型モンスター。
しかも。
三頭。
「…………」
サタンの顔が引きつった。
老師は満面の笑みを浮かべていた。
「今度は実践じゃ!」
「待て」
「三頭の突進を受け流し、互いにぶつけるのじゃ!」
「待て待て待て!!」
牛たちが地面を蹴る。
老師は叫んだ。
「流れに逆らうな!!」
「これは川ではないぞ!! 」
「本質は同じじゃ!!」
「どこがだぁぁぁぁ!! 」
三頭が突進する。
サタンは走った。
「ぬおおおおおおおお!!」
商人は茶をすすりながら呟いた。
「……逃げてるアル」
老師も腕を組んだ。
「うむ」
「修行になってないアルヨ」
「最初はあれでよい」
「本当アルカ?」
「…………」
老師は少し考えた。
「たぶん」
「適当アル!! 」
山岳地帯に、サタンの絶叫が響き渡る。
「儂はいつ第三層へ行けるのだぁぁぁぁぁぁ!! 」
――この日。
攻略組が第三層でフィールドボスとの戦いを迎えていることをサタンはまだ知らない。
そして彼自身もまた、知らなかった。
この意味不明な修行の積み重ねが――
《体術》のさらに先。
打撃だけではない、新たな戦闘スタイルへとつながり始めていることを。
商人だけは、薄々感じていた。
「……このまま行ったら、こいつは剣を持ってる奴まで投げ始めるアルヨ」
老師は髭を撫でた。
「それでよい」
「よくないアル!!」