エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層――主街区《ズムフト》。
攻略組が迷宮区への突入を開始した、その日の朝。
街の一角に、昨日までは存在しなかった巨大な露店が姿を現していた。
いや。
もはや――露店と呼ぶには、あまりにも大規模だった。
木材で組まれた大きな屋根。
森エルフの意匠を取り入れた看板。
その下には、武器、防具、料理、アクセサリー、雑貨が所狭しと並べられている。
さらに店の横には、鍛冶用の簡易炉まで設置されていた。
そして、巨大な看板には――。
《迷宮区突入記念! エンジニアショップ第三層店!!》
こっこ「さあ、攻略組のみなさーん! 迷宮区へ向かう前に、装備を見直していきませんかー!!✨️」
朝早くから、元気いっぱいの声が響き渡った。
リズ「声が大きい!!」
シリカ「もう完全にお祭りですね…… 」
そして、二人の衣装も前回とは異なっていた。
リズは、鍛冶職人らしい革製のショートエプロンを身に着けていた。
そこには森エルフ風の意匠が施され、腰には小さなハンマーや工具が並んでいる。
シリカは、深緑を基調とした給仕服姿だった。
肩には小さな羽飾り。
腰には、フェアリーリドラを模したポーチまで付いている。
こっこ「今回のテーマは――」
両手を広げる。
こっこ「《森の鍛冶屋とエルフの給仕娘》!!✨️」
リズ「誰が鍛冶屋よ!」
こっこ「鍛冶屋だろ。」
リズ「……そうだったわ。」
シリカ「そこは否定できないんですね……。」
店の前には、すでに攻略組のプレイヤーたちが集まり始めていた。
その理由の一つが――。
こっこ「まずはこちらです!!」
ドン!
大きな看板を立てる。
《アニールブレード、そろそろ限界ではありませんか?》
《素材に戻して、新装備へ!!》
キリト「……。」
通りかかった黒衣の剣士が、その看板の前で足を止めた。
こっこ「特に、そこの黒い人!!」
キリト「俺を見ながら言うな!!」
リズが腕を組む。
リズ「まあ、あながち間違ってはいないわよ。」
キリト「え?」
リズ「一層で手に入れた武器でしょ? 強化してあるとはいえ、第三層まで進めば、そろそろ基礎性能の差が出てくるわ。」
こっこ「そこで!!」
再び看板をひっくり返す。
《森エルフ素材使用》
《新武器への新調受付中!》
こっこ「使い慣れた武器を素材に戻し、新しい武器へ移行できます! 今なら、エルフの里から仕入れた木材、革、鉱石素材も使用可能です!!」
プレイヤーたちがざわめく。
「エルフ素材?」
「もう取引できるのか?」
「どんな性能になるんだ?」
リズ「性能は素材とスキル次第! ご注文を承るわよー!!」
ガンッ!
ハンマーを作業台に置く。
一気に鍛冶受付へ、プレイヤーたちが殺到した。
こっこ「続いて、防具です!!」
別の棚を指差す。
そこには、茶褐色の革鎧、グローブ、ブーツが並んでいた。
《二層牛革シリーズ》
こっこ「第二層で、われわれを散々追い回してくれた牛軍団!!」
プレイヤー「言い方!」
こっこ「その恨みを――防具にしました!!」
リズ「違うでしょ!!」
こっこ「高耐久! 高防御! それでいて金属鎧より軽量! 迷宮区探索に最適です!!」
「これはいいな。」
「俺、重装備は苦手なんだよ。」
「ブーツだけでも買える?」
シリカ「もちろんです♪ サイズ調整も承りますよ。」
にこっ。
プレイヤー「……買います。」
こっこ「即決!?」
リズ「接客力よ。」
その隣には、さらに異色の商品が並んでいた。
木と金属で作られた小型武器。
プレイヤー「これ……弓?」
こっこ「違います!」
胸を張る。
こっこ「《クロスボウ》!!✨️」
ざわ。
こっこ「メイン武器として使用するには、まだ研究段階です。しかし――」
一本持ち上げる。
こっこ「サブアームとしてなら優秀です!」
カチ。
矢を装填する。
こっこ「敵の注意を引く。」
シュッ!
こっこ「遠距離から一撃。」
シュッ!
こっこ「仲間の援護。」
シュッ!
壁の的に、次々と矢が突き刺さる。
プレイヤー「おお……。」
こっこ「剣士でも使用できます! 迷宮区での索敵、敵の誘導、援護用に一本いかがですか!!」
キリト「……ちょっと欲しい。」
アスナ「欲しいの?」
キリト「いや……便利そうだなって。」
アスナ「目が完全に新しい玩具を見る男の子よ。」
そして――。
店の中央。
今回も、存在してしまった。
《なりきりセットコーナー》
キリト「……。」
アスナ「……。」
二人は同時に、嫌な予感を覚えた。
こっこ「大好評につき――」
バッ!!
幕を取り払う。
こっこ「種類を増やしました!!✨️」
《黒の剣士セット》
《閃光セット》
《チャンピオン・サタンセット》
《エギル重戦士セット》
《キバオウ熱血攻略隊セット》
《アルゴ鼠セット》
アルゴ「最後のは本人の許可を取ったカ?」
いつの間にか、店の屋根に腰掛けていた。
こっこ「取ってない。」
アルゴ「売上の三割を寄越せ。」
こっこ「交渉成立。」
キリト「成立するんだ……。」
その横には、さらに謎めいた商品が並んでいた。
シリカ「こちらは私の新商品です♪」
手のひらサイズの――。
《フェアリーリドラ人形》
ピナそっくりのぬいぐるみだった。
ピナ「きゅる?」
本人――いや、本竜が首を傾げる。
プレイヤー「かわいい……。」
女性プレイヤー「これ欲しい!」
男性プレイヤー「俺も。」
シリカ「羽が動くタイプもあります♪」
プレイヤー「買う!!」
こっこ「恐るべし、マスコット商品……。」
リズ「下手をしたら、武器より売れていない?」
そして。
最後に待ち受けているのは――。
ジュウウウウウウッ!!
強烈な音。
そして、食欲をそそる香り。
攻略組全員の視線が、一斉にそちらへ向いた。
巨大な鉄板。
その上では、第二層の牛肉が豪快に焼かれていた。
こっこ「迷宮区突入記念!!」
肉をひっくり返す。
こっこ「二層牛の――」
ジュワアアアアッ!!
こっこ「超厚切りワイルドステーキ!!✨️」
「うおおおお!!」
なぜか攻略会議を上回る大歓声が上がった。
シリカ「付け合わせは、森エルフの野菜です♪」
リズ「パンとスープのセットもあるわよ!」
こっこ「さらに!」
巨大な肉を指差す。
こっこ「迷宮区突入組は、大盛り無料です!!」
「うおおおおおお!!!」
キリト「……。」
アスナ「……。」
二人は、店の前にできた長蛇の列を見つめた。
武器の新調。
防具の販売。
クロスボウ。
コスプレ。
フェアリーリドラ人形。
そして、ステーキ。
キリト「なあ、アスナ。」
アスナ「なに?」
キリト「俺たち……迷宮攻略に来たんだよな?」
アスナ「ええ。」
二人の前を、ステーキを抱えたエギルが通り過ぎる。
エギル「迷宮は逃げねえぞ。」
キリト「エギルまで!!」
そして店の奥。
売上ウィンドウを眺めるこっこの目が輝いていた。
こっこ「ふふふ……。」
リズ「その顔はやめなさい。」
こっこ「攻略組が強くなる。」
シリカ「はい。」
こっこ「エンジニアも技術を向上させられる。」
リズ「まあね。」
こっこ「素材も循環する。」
シリカ「そうですね。」
こっこは満面の笑みを浮かべた。
こっこ「そして、店も儲かる!!✨️」
リズ「結局それかああああ!! 」
第三層。
迷宮区攻略開始。
その裏で――。
攻略組の装備と胃袋と財布を支える、
《エンジニアショップ第三層店》。
本日も。
大盛況であった.
第三層主街区《ズムフト》。
迷宮区への突入が始まってからも、こっこの店は相変わらず盛況だった。
「アニールブレードもそろそろ限界! エルフ素材を使った新装備への新調、承りますー!」
「二層産の牛革を使った防具もありますよー!」
「クロスボウ、サブアームにどうぞー!」
店頭ではシリカが声を張り、奥ではリズが槌を振るう。
そのさらに奥。
こっこは、森エルフから教わった木工技術と第三層で手に入れた素材を机いっぱいに広げ、何やら新しい道具を試作していた。
「うーん……この蔓、意外と丈夫だな。ロープ代わりに――」
カラン。
店の扉が開いた。
「いらっしゃいませー!」
シリカが元気よく振り返る。
そして――固まった。
「……あ。」
リズも槌を止める。
「……げ。」
その反応に、こっこも顔を上げた。
入口に立っていたのは――
黒いコートの剣士。
そして栗色の髪の細剣使い。
キリトとアスナだった。
「…………」
こっこの手から、木片が落ちた。
カラン。
沈黙。
キリトが口を開く。
「こっこ――」
「ごめんなさい」
「まだ何も言ってないぞ!?」
こっこは椅子の上で縮こまった。
「いや、その……秘鍵の件ですよね?」
「…………」
アスナの眉がピクリと動いた。
「ちゃんと謝ったよね?」
「一応」
「じゃあ……」
アスナがにっこり笑う。
「『あーばよー♪キリトちゃーん♥』は?」
「…………」
こっこはさらに小さくなった。
「出来心です」
「絶対楽しんでただろ!」
キリトのツッコミが店内に響いた。
シリカは口元を押さえている。
リズは鍛冶台に突っ伏して肩を震わせていた。
「まあ、その話は今日はいいわ」
アスナがため息をついた。
「……え?」
こっこが恐る恐る顔を上げる。
キリトの表情も、いつになく真剣だった。
「頼みがあるんだ」
「僕に?」
「ああ」
キリトは店のカウンターに第三層の簡易マップを広げた。
迷宮区周辺。
攻略組によって書き込まれた探索済みルートが、複雑に入り組んでいる。
「ボス部屋が見つからない」
「……え?」
こっこも表情を変えた。
アスナが地図を指差す。
「ここ。迷宮区そのものは見つかってる。でも今までみたいな石造りのダンジョンじゃないの」
第三層の迷宮区。
巨大な樹木。
絡み合う蔓。
苔むした遺跡。
そして深い森。
人工物と自然が完全に融合したような場所だった。
「何度か最深部と思われるところまで行ったんだけど、行き止まりなのよ」
キリトが続ける。
「βの時と構造が違う。少なくとも俺の記憶通りじゃない」
「なるほど……」
こっこは地図を覗き込む。
探索済みの場所。
袋小路。
不自然な迂回路。
そして何度調べても先へ進めなかった地点。
「それで俺たちは考えた」
キリトがこっこを見る。
「今回の迷宮区には、何かギミックがあるんじゃないかって」
「ギミック……」
「隠し扉とか、スイッチとか?」
シリカが尋ねる。
「たぶんな」
アスナが頷いた。
「でも攻略組は戦闘系スキルを優先してる人がほとんどでしょう? 《索敵》を伸ばしている人はいても、罠や仕掛けを専門に調べられる人は少ない」
そして。
二人の視線が――
こっこへ向いた。
「…………」
こっこは左右を見る。
右。
誰もいない。
左。
リズ。
後ろ。
壁。
「……僕?」
「あなた」
アスナが即答した。
キリトは少し複雑そうな顔をする。
「認めるのはものすごく悔しいんだけど……」
「?」
「俺から秘鍵を盗っただろ」
「…………」
またこっこが縮んだ。
「すいませんでした」
「だから謝れって意味じゃない!」
キリトが頭を掻いた。
「正直、あの時ほとんど気づかなかった。俺の《索敵》を抜けて接近して、アイテムを奪って、離脱した」
アスナも腕を組む。
「悔しいけど、見事だったわ」
「…………」
こっこの耳が動いた。
リズが気づく。
「……あ」
シリカも気づいた。
「まずいです」
キリトだけ気づいていない。
「だから、こっこの《ローグ》系の技能なら、俺たちが見落としている仕掛けを発見できるかもしれない」
「…………」
こっこの背筋が少し伸びた。
「なるほど」
声のトーンが変わった。
アスナも気づいた。
「……あ」
こっこは椅子から立ち上がる。
「つまり」
エプロンを整える。
「攻略組トップクラスの二人をもってしても発見できなかったギミックを――」
工具箱を閉じる。
ガチャン!
「この僕なら見つけられるかもしれない、と?」
「まあ……そういうことになるな」
キリトが答えた。
「ふむ」
こっこは腕を組んだ。
さっきまで縮こまっていた男とは思えない。
「困ったものだな」
「何がよ」
アスナが嫌な予感を覚える。
こっこは遠い目をした。
「とうとう僕の力が必要になってしまったか……」
「調子に乗るの早くない!?」
リズが即座に突っ込んだ。
こっこは聞いていない。
「戦闘ではキリト君」
「お、おう」
「速度ではアスナさん」
「ええ」
「鍛冶ならリズ」
「当然!」
「裁縫ならシリカちゃん」
「はい!」
そして胸に手を当てる。
「そして――」
一拍。
「迷宮の闇に潜み、罠を見抜き、鍵を開け、敵の懐から秘宝を奪う男――」
キリトの目が細くなる。
「最後の一つ、俺の秘鍵の話だよな?」
「ローグ・こっこ!」
ビシィッ!
決めポーズ。
「格好よく言っても盗賊じゃない!」
アスナのツッコミが飛んだ。
こっこは腰のポーチを確認し始める。
「必要なのはピックツール、ロープ、松明……いや、森なら光源は最低限でいいな。マーキング用のチョークも持っていこう」
急に実務モードになる。
「隠し通路なら壁だけじゃない。床、天井、樹木、蔓……自然物に偽装されている可能性もある」
キリトが目を丸くした。
「お、おお……」
「それから重量式のスイッチなら人数も必要だ。音響反応、順番入力、時間差……第三層ならエルフ戦争イベントと連動している可能性も捨てきれない」
アスナも感心する。
「ちゃんと考えてる……」
「当然です」
こっこはニヤリと笑った。
「僕を誰だと思っているんです?」
リズとシリカが同時に答えた。
「「調子に乗った店長」」
「エンジニアです!」
こっこは工具ポーチを腰に巻く。
片手剣。
ピックツール。
小型ハンマー。
ロープ。
チョーク。
松明。
そして念のためクロスボウ。
次々と装備欄へセットしていく。
「よし!」
完全にその気になっていた。
「では諸君!」
「諸君?」
キリトが嫌そうな顔をする。
こっこは店の出口を指差した。
「第三層迷宮区――未踏ギミック攻略調査隊、出発だ!」
「俺たちが依頼した側なんだけど!?」
「隊長は僕!」
「なんでだよ!」
「ローグ案件だから!」
「さっきまで秘鍵のことで震えてたくせに!」
「それとこれとは別です✨️」
「腹立つなあ!」
店内に笑い声が響く。
アスナは額を押さえながらも、少し笑っていた。
「……まあ、頼りにはしてるわよ」
ピタッ。
こっこが止まった。
そしてゆっくり振り返る。
「今、なんと?」
「頼りにしてるって言ったの」
「…………」
ニヤァァァ。
「アスナ」
キリトが警戒する。
「それ以上褒めるな。こいつ際限なく調子に乗るぞ」
「時すでに遅し!」
こっこは店の扉を勢いよく開いた。
「さあ行こう、キリト君! アスナ君!」
「なんで急に君付け!?」
「案内したまえ!」
「お前、場所知らないだろ!!」
――こうして。
第三層迷宮区。
攻略組が何度探しても見つけられなかった《ボス部屋》を求めて。
黒の剣士。
閃光の細剣使い。
そして――
褒められて完全に調子に乗ったエンジニア兼ローグ。
妙な三人組による、迷宮の《仕掛け探し》が始まるのであった。