エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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34 因果応報ってよくあるので気をつけて

第三層――迷宮区深部。

 

そこはもう、建造物と呼んでいいのかすら怪しかった。

 

巨大な樹木が石壁を呑み込み、根が床を割り、蔦が天井から垂れ下がっている。

 

本来なら通路であるはずの場所すら、森の一部にしか見えない。

 

キリトは壁際を調べながら眉をひそめた。

 

「おかしい……。マッピング上じゃ、この先にまだ空間があるはずなんだ。」

 

アスナも周囲を見回す。

 

「でも、通路らしいものはどこにもないわね。」

 

「だから言ったでしょう。」

 

少し前を歩いていたこっこが、得意げに振り返った。

 

「こういうのは剣士より、ローグの仕事だって✨️」

 

キリトは嫌そうな顔をする。

 

「そのローグって言い方、最近ますます板についてきたな……。」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。」

 

「褒めてない。」

 

こっこは気にせず、大樹の幹へ顔を近づける。

 

視覚だけではない。

 

手で触れ、根の流れを見る。

 

苔の付き方を見る。

 

風の抜け方を見る。

 

そして――。

 

「……ん?」

 

こっこが足を止めた。

 

アスナが覗き込む。

 

「何かあった?」

 

「ここだけ、葉っぱが揺れてる。」

 

「風じゃないのか?」

 

キリトの問いに、こっこは首を振る。

 

「違う。風は右から来てる。でもここだけ、向こう側から空気が漏れてる。」

 

こっこは巨大な幹の一部を押した。

 

何も起こらない。

 

今度は表面の蔦を払い、苔を指で剥がしていく。

 

すると――。

 

ごく薄い。

 

木目に紛れてほとんど見えない、長方形の輪郭が浮かび上がった。

 

キリトの目が見開かれる。

 

「扉……!?」

 

アスナも息を呑む。

 

「大樹そのものが、迷宮区の壁になってる……。」

 

こっこは満足げに頷いた。

 

「見えない扉。なるほどね。森と迷宮区を融合させたギミックか。」

 

そして取っ手らしき場所に手をかける。

 

ガチャ。

 

開かない。

 

「……鍵付き。」

 

その瞬間だった。

 

ズズズズ……。

 

背後で重い音が響く。

 

三人が振り返る。

 

先ほどまで何もいなかった広間の中央に――巨大な人影が立っていた。

 

岩と金属を組み合わせた、全高三メートル近いゴーレム。

 

頭上に表示された名前は、

 

《Gate Keeper》

 

キリトが剣の柄に手をかける。

 

「ポップした……。扉発見が条件か。」

 

だが。

 

ゲートキーパーは三人を見ても襲ってこない。

 

ゆっくり。

 

のっし、のっしと歩き始める。

 

アスナが首を傾げた。

 

「……敵対してない?」

 

こっこが観察する。

 

「攻撃判定も出てないね。」

 

ゴーレムはただ辺りを徘徊しているだけだった。

 

時々、大樹の扉の前を横切る。

 

そして腰の辺り。

 

金属製の輪に――一本の鍵がぶら下がっていた。

 

三人の視線がそこへ集中する。

 

キリト。

 

「……あれだな。」

 

アスナ。

 

「……あれね。」

 

こっこ。

 

「……あれだね♥」

 

キリトが嫌な予感に顔をしかめる。

 

「おい。」

 

「なに?」

 

「その顔やめろ。」

 

こっこはすでに笑っていた。

 

「いやあ、素晴らしいシステム設計だよ。」

 

「絶対ろくなこと考えてないだろ。」

 

「敵を倒して鍵を取れ、とは書いてない。」

 

アスナがこっこを見る。

 

「まさか……。」

 

こっこは腰を低くする。

 

「盗ればいい。」

 

キリト。

 

「やっぱりか!!」

 

しかし問題が一つあった。

 

ゲートキーパーは常に動いている。

 

鍵は腰の後ろ側。

 

しかも巨大な腕がちょうどその近くを通る。

 

キリトが言う。

 

「失敗したら確実に敵対するぞ。」

 

こっこは頷いた。

 

「だろうね。」

 

「しかも名前からして、絶対硬い。」

 

「だろうね。」

 

「やめない?」

 

「やらない理由ある?」

 

キリトは頭を抱えた。

 

こっこは木陰に身を隠す。

 

ゲートキーパーがゆっくりと近づいてくる。

 

十メートル。

 

七メートル。

 

五メートル。

 

三メートル。

 

こっこが息を止める。

 

一歩。

 

また一歩。

 

巨大な背中が目の前を通り過ぎる。

 

こっこの手が伸びる。

 

指先が鍵へ触れる。

 

カチャ。

 

鍵が輪から外れた。

 

――成功。

 

「取れた✨️」

 

キリトが小声で叫ぶ。

 

「早く離れろ!」

 

その瞬間。

 

ゲートキーパーの目が――赤く光った。

 

《WARNING》

 

ゴゴゴゴゴ……!!

 

ゴーレムが猛烈な勢いで振り返る。

 

アスナ。

 

「気づかれた!!」

 

こっこ。

 

「ですよねー!!」

 

ズドン!!

 

巨大な拳が地面を砕く。

 

三人は飛び退いた。

 

キリトが剣を抜く。

 

「仕方ない!止めるぞ!」

 

「待って!」

 

こっこが叫ぶ。

 

ゲートキーパーのステータスを確認する。

 

HPバー。

 

そして異常なほど高い防御値。

 

キリトが一撃入れる。

 

ガキィィン!!

 

剣が弾かれた。

 

ダメージは――ほぼゼロ。

 

キリト。

 

「硬っ!!」

 

アスナの細剣も連撃を叩き込む。

 

だが。

 

ガガガガガッ!!

 

わずかにHPが削れるだけ。

 

「こんなのまともに倒してたら、どれだけ時間かかるのよ!」

 

こっこはニヤリと笑う。

 

「だから倒さない。」

 

ストレージを開く。

 

取り出したのは――細いワイヤー。

 

ただの紐ではない。

 

クラフトで作った、内部に鋼線を仕込んだ強化ワイヤー。

 

キリトが気づく。

 

「まさか……。」

 

「足止めするだけなら、防御力は関係ない!」

 

こっこは走る。

 

ゲートキーパーの周囲を回り込みながら、ワイヤーを巨大な根へ引っ掛ける。

 

一周。

 

二周。

 

三周。

 

ゴーレムがこっこを追いかける。

 

そのたびに、自分の脚へワイヤーが絡んでいく。

 

キリト。

 

「こっこ!右だ!」

 

「了解!」

 

アスナ。

 

「今よ!」

 

こっこが最後の端を大樹へ固定する。

 

「締める!!」

 

ギギギギギッ!!

 

鋼線が張る。

 

ゲートキーパーの両脚が拘束された。

 

ゴーレムが無理やり進もうとする。

 

だが巨大な根と根の間で、ワイヤーが食い込む。

 

ズシィィン!!

 

ついに膝をついた。

 

それでも腕を振り回し、三人へ手を伸ばす。

 

こっこはすでに扉へ走っていた。

 

鍵を差し込む。

 

ガチャ。

 

《UNLOCK》

 

大樹の扉が、低い音を立てて開き始める。

 

その向こうには――さらに迷宮区深部へ続く石造りの階段。

 

キリト。

 

「開いた!」

 

アスナ。

 

「行きましょう!」

 

三人が扉へ飛び込む。

 

最後尾のこっこが振り返る。

 

ワイヤーに絡まりながら、それでも必死に追ってこようとするゲートキーパー。

 

こっこは片手を振った。

 

「ゴーレムのとっつぁん!」

 

キリト。

 

「嫌な予感しかしない。」

 

こっこは満面の笑み。

 

「あーばよ♥」

 

キリト。

 

「やっぱり言った!!」

 

アスナ。

 

「……。」

 

大樹の扉が閉じる。

 

ドォン……。

 

静寂。

 

階段の途中で、三人はしばらく無言だった。

 

こっこだけが満足そうに鍵を眺めている。

 

「いやー、ローグって楽しいね✨️」

 

キリトは遠い目をする。

 

「……この前は俺から秘鍵を盗んで。」

 

アスナも遠い目。

 

「今日はゴーレムから鍵を盗んで……。」

 

こっこ。

 

「役に立ったでしょう?」

 

二人。

 

「役には立った。」

 

こっこ。

 

「じゃあ問題なし✨️」

 

キリトとアスナは顔を見合わせる。

 

確かに。

 

ものすごく役に立った。

 

だが――。

 

この男の盗みの腕が攻略に不可欠になりつつあるという事実を、

 

果たして喜んでいいのか。

 

二人には、まだ答えが出せそうになかった。

 

 

 

 

 

後日談――《教会の守護者》

 

第三層。

 

攻略組が去り、最前線がさらに上層へと移ってから、ずいぶんと長い時間が経っていた。

 

かつて迷宮区の奥深く。

 

大樹と一体化した隠し扉を守っていた、一体のゴーレム。

 

《Gate Keeper》

 

その巨体は今も、森の中にあった。

 

ただし――。

 

動かない。

 

太い腕も。

 

岩石でできた脚も。

 

何本もの鋼線入りワイヤーによって、木々へと幾重にも縛りつけられていた。

 

「…………」

 

もちろん、助けを呼ぶことなどできない。

 

ゴーレムはただのNPC。

 

定められたアルゴリズムに従って動く、心なき存在なのだから。

 

攻略組が通り過ぎた。

 

次の攻略組も通り過ぎた。

 

素材を探すプレイヤーが横を通った。

 

誰もが最初こそ驚いた。

 

「なんだ、このゴーレム?」

 

「動かないぞ?」

 

「イベントの残骸じゃね?」

 

そして――誰も気にしなくなった。

 

最前線が第四層へ。

 

第五層へ。

 

さらにその先へと進んでも。

 

ゴーレムはずっとそこにいた。

 

拘束されたまま。

 

森の雨に打たれ。

 

木漏れ日を浴び。

 

夜の月明かりに照らされながら。

 

ただ、そこにいた。

 

そんなある日だった。

 

ザッ。

 

一人の青年が、その前で足を止めた。

 

青い装備を身につけた剣士。

 

青年はしばらくゴーレムを見上げ――首を傾げた。

 

「……なんだ、これ?」

 

ゴーレムは答えない。

 

青年は近づき、その身体に食い込んだワイヤーを見る。

 

「ずいぶん長いこと……このままだったみたいだな」

 

腰を落とす。

 

一本。

 

また一本。

 

丁寧にワイヤーを解いていった。

 

切断するのではない。

 

絡まりを確認しながら、ゆっくりと。

 

最後の一本が外れた。

 

ガシャン。

 

地面へ鋼線が落ちる。

 

ゴ……

 

ゴゴゴ……。

 

長い沈黙の末。

 

ゴーレムの瞳に、再び淡い光が宿った。

 

青年は少し驚いた。

 

だが、剣には手を伸ばさなかった。

 

「君、動けるか?」

 

ゴーレムがゆっくりと立ち上がる。

 

本来ならば。

 

侵入者を排除する。

 

それだけの存在。

 

心などない。

 

感情などない。

 

感謝など――存在しない。

 

……はずだった。

 

青年は笑った。

 

「じゃあな。もう変なのに捕まるなよ」

 

背を向ける。

 

そのまま歩いていく。

 

ゴーレムは動かなかった。

 

ただ、その背中を見ていた。

 

やがて。

 

一歩。

 

ズン。

 

もう一歩。

 

ズン。

 

青年の後を追い始めた。

 

青年がたどり着いたのは――第一層。

 

《はじまりの街》の外れ。

 

古びていた建物を少しずつ修復して作られた、小さな教会だった。

 

「ディアベルさん!」

 

「おかえりー!」

 

「今日は何持ってきたの?」

 

子供たちが駆け寄ってくる。

 

ディアベルは笑いながら袋を持ち上げた。

 

「今日はパンだ。ちゃんと全員分あるぞ」

 

「やったー!」

 

その様子を。

 

教会から少し離れた場所で、ゴーレムは見ていた。

 

子供。

 

小さな人間。

 

弱い。

 

戦闘能力――ほぼ無し。

 

危険な存在ではない。

 

一人の少女がおそるおそる近づいてきた。

 

「……おっきい」

 

ゴーレムは動かない。

 

少女が岩の指先に触れる。

 

「冷たい」

 

別の子供もやってきた。

 

「石だ!」

 

「ゴーレムだよ!」

 

「すげー!」

 

いつしか子供たちが周囲に集まっていた。

 

肩に登ろうとする者。

 

足元に座る者。

 

花を頭に乗せる者。

 

ゴーレムは――。

 

動かなかった。

 

排除する必要なし。

 

敵性なし。

 

危険なし。

 

ここは。

 

静かだ。

 

暖かい。

 

この場所は――。

 

居心地がいい。

 

そしてゴーレムの視界に。

 

あの青年が映る。

 

ディアベル。

 

この場所を守っている人間。

 

食料を運び。

 

壁を直し。

 

子供たちを守り。

 

夜になれば教会の扉を閉じる。

 

――理解。

 

この青年は。

 

ここを守っている。

 

ならば。

 

私も守ろう。

 

その日から。

 

教会の入口には、一体の巨大なストーンゴーレムが座るようになった。

 

プレイヤーが近づけば見る。

 

危険が近づけば立つ。

 

子供が外へ出れば、その後ろをゆっくり歩く。

 

サーシャは困惑した。

 

「ディアベル……この子、いつまでいるの?」

 

「俺にも分からないんだ……」

 

「テイムしたの?」

 

「してない」

 

「クエスト?」

 

「受けてない」

 

「じゃあ何なの?」

 

「…………居候?」

 

ゴーレム。

 

沈黙。

 

どうやら否定はしなかった。

 

子供たちは大喜びだった。

 

いつしか名前までつけられた。

 

教会の守護者。

 

誰も彼が、かつて第三層の隠し扉を守っていた《Gate Keeper》だとは知らない。

 

そして――。

 

ゴーレムにも、たった一つだけ。

 

どういうわけか消えずに残っている記録があった。

 

鋼線。

 

拘束。

 

身動き不能。

 

そして最後に見た男の顔。

 

『ゴーレムのとっつぁん、あーばよ♥』

 

ゴゴゴゴゴ……。

 

「?」

 

ディアベルが振り返る。

 

なぜかゴーレムの拳が震えている。

 

「どうした?」

 

ゴーレムは再び静かになった。

 

心などない。

 

感情などない。

 

恨みなど持つはずがない。

 

ただし。

 

《PLAYER:KOKKO》

 

《ENEMY》

 

それだけは。

 

どういうわけか、消えていなかった。

 

――そして後日。

 

何も知らないこっこが、教会へ遊びにやって来る。

 

「ディアベルさーん! 差し入れ持ってきたよー✨️」

 

ゴーレムの瞳が――。

 

カッ!!

 

「…………え?」

 

ズン。

 

「ちょっと待って」

 

ズン。

 

「なんでいるの?」

 

ズン!!

 

「とっつぁん!? 」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ――!!

 

ディアベル「知り合いなのか?」

 

こっこ「知り合いというか!! ちょっとした仕事上の付き合いというか!! 」

 

ゴーレム「――――!! 」

 

こっこ「敵判定されてるぅぅぅぅ!! 」

 

教会の子供たちは、その日初めて見たという。

 

普段は何があっても穏やかな教会の守護者が――

 

ものすごい勢いで一人の男だけを追い回す姿を。

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