エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層迷宮区・最深部
――《Erius the Evil Treant》攻略前夜
迷宮区の最深部。
巨大な樹木の根が絡み合った通路の先に、それはあった。
蔦に覆われた巨大な両開きの扉。
その表面には、苦悶する人間の顔にも見える巨大な樹木の彫刻が刻まれている。
この先にいる。
第三層フロアボス――
《Erius the Evil Treant》。
だが。
その禍々しい扉の前には、あまりにも場違いな光景が広がっていた。
「はいはいー! ボス戦前の最終補給はこちらー!」
こっこの声が響く。
「武器の耐久値を確認してくださーい! 黄色まで減っている人は、リズさんのところへ!」
「次ー! 修理する人は、武器を出して!」
カン! カン!
リズのハンマーが軽快な音を響かせる。
その隣では――
「回復ポーションはこちらです! 毒対策用の中和剤は一人二本まで! 前衛の方を優先してください!」
シリカが瓶を配っている。
そして、その肩には小さなフェアリーリドラ――ピナ。
「きゅるる♪」
さらに今回は、いつもの店とは異なるものがあった。
床に広げられた大きな紙。
その上には、迷宮区とボス部屋の簡易図が描かれている。
そこに赤い線や文字を書き込みながら、
「ほいほい、情報を買うなら今のうちダヨー。今回は命に関わるからナ。攻略参加者には特別価格――」
アルゴが顔を上げる。
「――無料ダ」
ざわっ。
攻略組が一斉にアルゴを見る。
キリトまで振り返った。
「……アルゴが無料?」
「なんダヨ、その反応は!」
「いや……」
「キリト君。それ以上は言わない方がいいと思う」
アスナが止めた。
アルゴは額に青筋を浮かべる。
「命あっての情報屋ダ! 死なれたら、次から情報を買ってもらえねーダロ!」
「結局、商売じゃない」
リズが呆れる。
「長期的な顧客戦略だな✨️」
「こっこまで乗るナ!」
そんなやり取りの中。
攻略組の主要メンバーが、簡易地図の周囲に集まった。
キリト。
アスナ。
エギル。
キバオウ。
そして、こっこ、リズ、シリカ、アルゴ。
第三層で別々の道を歩んできた者たちが、ここで初めて情報を持ち寄る。
こっこが腕を組んだ。
「じゃあ――答え合わせをしようか」
キリトが頷く。
「俺たちは闇エルフ側から得た情報を出す」
アスナが続ける。
「こっこさんたちは森エルフ側ね」
「うん」
こっこは笑った。
つい数日前まで――
秘鍵を巡って敵対していた二組である。
キリトの目が細くなる。
「……今度、俺から何か盗ったら承知しないからな」
「まだ根に持ってるの?」
「持つよ!」
「まあまあ、キリトちゃん♥」
「その呼び方はやめろ!」
アスナの目まで細くなる。
「泡で視界を塞いで逃げた件も、忘れていないから」
シリカがピナを抱えて縮こまった。
「ご、ごめんなさい……」
「きゅぅ……」
「シリカとピナは悪くないわ」
アスナの視線がこっこへ移る。
「主犯はこっち」
「敵判定が厳しい 」
「当然よ」
だが。
アルゴがパンパンと手を叩いた。
「痴話喧嘩はあとダ。ボス情報をまとめるゾ」
「痴話喧嘩じゃない!」
キリトとアスナが同時に叫んだ。
森エルフからの情報
こっこが一本の小瓶を置いた。
淡い緑色の液体。
《Forest Antidote》
「森エルフから教えてもらった精製法で作った中和剤だ」
エギルが瓶を持ち上げる。
「普通の毒消しとは違うのか?」
「今回のボス専用に近い」
こっこの表情が真剣になる。
「Eriusは毒性のブレスを使う。直接ダメージを与えるというより、広範囲に毒の状態異常をばら撒くタイプらしい」
キバオウが顔をしかめた。
「広範囲毒かいな……最悪やな」
「しかも――」
シリカがピナを抱き上げる。
「森エルフの話では、フェアリーリドラの《バブルブレス》には、毒霧を中和する効果があるそうです」
「きゅる!」
ピナが胸を張る。
キリトが目を見開いた。
「バブルブレスに、そんな効果が?」
「特定の状態異常に限られるみたいです。でも、今回の毒には有効らしくて……」
アスナが考え込む。
「つまり、毒ブレスが来たらピナに中和させる?」
「全部は無理だと思う」
こっこが地図に円を描く。
「範囲が違いすぎる。だからピナは緊急用。基本は中和剤で対応する」
アルゴが書き込む。
《毒ブレス――中和剤》
《緊急時――フェアリーリドラ》
「森エルフ側は、かなり重要な情報を持っていたナ」
キリトが素直に頷いた。
「助かる」
こっこはニヤリと笑った。
「秘鍵の件、チャラ?」
「それとこれは別」
即答だった。
闇エルフからの情報
今度はキリトが一本の松明を置いた。
「闇エルフから聞いた情報だ」
全員が松明を見る。
「Eriusは――火を極端に嫌う」
こっこが眉を上げる。
「植物系だから?」
「それだけじゃないみたい」
アスナが説明する。
「火属性攻撃への警戒判定がかなり強いらしいの。火を持って近づくだけでも、優先的に攻撃対象にされる可能性があるって」
エギルの表情が変わる。
「待て。それは――」
「そう」
キリトが地図を指差す。
「利用できる」
アルゴがニヤリとする。
「疑似的なヘイトコントロールか」
「火を持ったプレイヤーが距離を取って動けば……」
アスナが指を滑らせる。
ボス。
囮。
その反対側に攻撃隊。
「Eriusの向きを、ある程度コントロールできる」
キバオウが笑った。
「ええやんけ!」
しかし、こっこは黙っていた。
「……危険だな」
キリトが頷く。
「かなり」
火を持つ。
それだけで、巨大ボスから優先的に狙われる。
つまり――
囮役は常に死と隣り合わせだ。
「だから交代制にする」
エギルが言った。
「盾持ちを中心にローテーションだ」
「それがいいと思う」
こっこも同意する。
森エルフの毒対策。
闇エルフのヘイト情報。
敵対する二つの勢力から得た知識が――
ここで一つの攻略法になった。
そしてアルゴの情報
「さて」
アルゴがニヤニヤしている。
「最後にアーちゃんから、とっておきの情報ダ」
嫌な予感がした。
こっこが目を細める。
「なに?」
「現在――」
アルゴが迷宮区入口の方向を指差した。
「サタンがこっちに向かってる」
沈黙。
攻略組全員が動きを止めた。
「…………」
キリトが顔を上げる。
「サタンが?」
「来るの?」
アスナまで驚く。
「来る」
アルゴが断言する。
「例の商人も一緒ダ」
さらに沈黙。
そして――
キバオウが叫んだ。
「待つな!!」
「早い早い!」
エギルが止める。
「今すぐ行くんや!」
「なんでだよ!」
「決まっとるやろ!」
キバオウは拳を震わせた。
「一層も二層もラストアタックを持っていかれとるんやぞ!」
「あー……」
キリトが遠い目になる。
Illfang the Kobold Lord。
Bullbous Bow。
思い出される。
戦闘終盤。
突如現れる筋骨隆々の男。
そして――
《LAST ATTACK BONUS》
「……確かに」
キリトまで揺らいだ。
「キリト君!?」
アスナが驚く。
「いや! 俺だって一回くらいボスのLAを取りたいよ!」
「本音が出たナ」
アルゴが笑う。
エギルが腕を組む。
「戦力として考えれば、待つべきだろう」
「せやけど、アイツは最後だけ持っていくやん!」
「それは否定できない」
リズまで頷く。
シリカがおずおずと手を上げる。
「あの……サタンさん、強いですよ?」
「だから困っとるんや!」
議論が始まった。
待つ。
待たない。
戦力としては必要だ。
しかし、LAは渡したくない。
攻略組としては、最低レベルの議論である。
その中心で――
こっこだけが黙っていた。
腕を組み。
ボス部屋の扉を見る。
毒ブレス。
火への異常なヘイト。
フェアリーリドラ。
中和剤。
そして――
サタン。
やがて。
こっこが口を開いた。
「決めた」
全員が振り返る。
キリトが聞く。
「どうする?」
こっこは――
笑った。
「待とう」
「なにぃ!?」
キバオウが絶叫する。
「正気か!」
「もちろん」
こっこは人差し指を立てる。
「ボス攻略で一番やってはいけないことは、個人の欲で戦力を削ることだ」
キバオウが黙る。
こっこは続けた。
「サタンは強い」
一層。
二層。
その戦いを見てきた。
武器を持たず。
己の身体だけでモンスターに挑む男。
今では《体術》まで身につけている。
「使える戦力なら使う。それが攻略組でしょ」
キリトが小さく笑った。
「そうだな」
アスナも頷く。
「賛成」
エギルは満足そうに腕を組んだ。
「決まりだな」
ただ一人。
キバオウだけが震えていた。
「……LA……」
「諦めろ」
エギルが肩を叩いた。
「まだ取られると決まったわけじゃないダロ」
アルゴが慰める。
「その言い方、絶対に取られるやつや!」
その時だった。
遠くから――
声が聞こえた。
「ぬおおおおおおおおお!!」
全員が硬直した。
迷宮区の奥から。
ドドドドドドドド――!
何かが猛烈な勢いで走ってくる。
「待たせたなァァァァ!!」
筋骨隆々。
武闘着。
手甲。
腰には――
チャンピオンベルト。
その後ろを、必死で追いかける中国風の商人。
「待つアルー! 勝手に先行くなアルー!!」
サタンが現れた。
「この儂が来たからには!!」
拳を握る。
「第三層のボスなど、恐るるに足ら――」
その瞬間。
こっこがサタンの肩を掴んだ。
「サタン」
「む?」
そして。
一本の松明を手渡した。
「……なんだ、これは?」
こっこは満面の笑みを浮かべた。
「重要な役目を任せたい」
キリト。
アスナ。
エギル。
アルゴ。
リズ。
シリカ。
全員が察した。
「…………」
サタンだけが理解していない。
「ほう!」
胸を張る。
「この儂にしか務まらぬ役目か!」
「そう」
こっこは力強く頷いた。
「君にしかできない」
「わーっはっはっはっ!! 当然である!!」
NPC商人が松明を見る。
ボス情報を見る。
サタンを見る。
そして――
理解した。
「…………」
商人の顔が青ざめる。
「サタン」
「なんだ?」
「それ――」
指差す。
「ボスから最優先で狙われる役アル」
沈黙。
松明の炎が揺れる。
サタンがゆっくりこっこを見る。
こっこは爽やかな笑顔を浮かべた。
「頼んだぞ✨️」
「貴様ァァァァァァァ!!」
迷宮区に絶叫が響いた。
その頃。
巨大な扉の向こうでは――
《Erius the Evil Treant》が静かに眠っていた。
毒を宿した巨大な幹。
無数の枝。
地面を這う根。
そして――
炎を憎悪するAI。
まだ知らない。
もうすぐ自分の部屋へ、
松明を持った筋骨隆々の変人が突入してくることを。
第三層フロアボス攻略。
作戦名――
《毒霧中和・火炎誘導作戦》。
攻略組の準備は整った。
そして、誰よりも危険な役目を任された男は――
「儂を囮にするなァァァ!!」
まだ怒っていた。