エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層フロアボス戦
《Nerius the Evil Treant》
重い音を響かせ、巨大な扉が閉ざされた。
――ゴォォォン……。
薄暗いボス部屋。
天井すら見えない広大な空間の中央に、それは佇んでいた。
何百年もの時を生きた大樹を思わせる巨体。
幹には老人を思わせる歪んだ顔。
左右に伸びた枝は、人間など容易に串刺しにできるほど鋭く尖っている。
そして、その頭上。
《Nerius the Evil Treant》
三本のHPバー。
攻略組が一斉に散開した。
「全員、事前の打ち合わせどおりに!」
エギルが大斧を構える。
「前衛は俺たちが担当する! 後衛は距離を維持しろ!」
キリトが片手剣を抜く。
アスナも細剣を構え、その隣に並んだ。
「来るぞ!」
――ズズズズズッ!!
床を突き破り、無数の根が飛び出した。
「散開!」
キリトの声と同時に、攻略組が左右へ飛ぶ。
直後。
ドドドドドドッ!!
さっきまでプレイヤーたちが立っていた場所を、巨大な根が貫いた。
「うおおおっ!」
エギルが踏み込む。
振り下ろされた大斧が、根を直撃した。
――ズバァン!!
根の一本が大きく裂ける。
エギルの目が鋭く光った。
「やはりそうか!」
キリトも気づいた。
「斬撃より効いている!」
樹木系モンスター。
当然といえば当然だった。
片手剣や細剣よりも――。
斧による伐採属性との相性がいい。
「エギル!」
「任せろ!」
エギルが前へ出る。
キリトがその左に、
アスナが右に位置取る。
三人が同時に駆け出した。
「おおおおおっ!!」
大斧が幹へ食い込み、
その傷口へキリトのソードスキルが叩き込まれる。
さらに――。
「はあああっ!」
アスナの細剣が連続して突き込まれた。
HPバーが目に見えて削れていく。
だが。
「――アスナ!」
キリトが叫ぶより早く、
アスナはすでに異変に気づいていた。
Neriusの顔。
幹に浮かんだ巨大な口が、不自然なほど大きく膨らんでいる。
そして口の隙間から――。
紫色の粒子が漏れ出した。
「毒霧が来る!」
アスナが振り返る。
「シリカちゃん!」
「はい!」
後衛に控えていたシリカが、ピナを抱き上げる。
「ピナ!」
きゅるるるるっ!
小さなフェアリーリドラが宙へ舞い上がった。
「お願い――!」
「バブルブレス!!」
ピナの口から大量の泡が噴き出した。
その瞬間。
ブォォォォォッ!!
Neriusが紫色の毒霧を吐き出す。
広範囲に広がる、回避困難な攻撃。
だが――。
毒霧と泡が衝突した。
シュワァァァァ……。
「消えている……!」
攻略組の誰かが呟いた。
紫色の毒霧が、泡に触れた場所から次々と薄くなっていく。
森エルフから得た情報。
フェアリーリドラの泡には、毒性を中和する性質がある。
完全に消し去ることはできない。
それでも、濃度は大幅に低下した。
「中和剤!」
こっこが叫ぶ。
後衛のエンジニアたちが一斉に動いた。
「前衛へ投げろ!」
小瓶が次々と宙を舞う。
キバオウが一本をつかみ取った。
「おっしゃあ! これなら行けるで!!」
中和剤を飲み干す。
「解放隊! 前へ出るぞ!!」
「おおおおっ!!」
アインクラッド解放隊が突撃した。
盾持ちが根を受け止め、
その隙間から槍と剣が突き出される。
攻略組全体が、一気に攻勢へ転じた。
だが――。
一人だけ。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
まったく異なる戦いを繰り広げている男がいた。
サタンである。
その手には――。
松明。
「なぜ儂ばかり狙うのだぁぁぁぁ!!」
バシィン!!
巨大な枝が横薙ぎに振るわれる。
「ぬおっ!」
サタンが身を屈める。
頭上を枝が通過した。
今度は蔓。
「ぬああっ!」
横へ転がる。
さらに根。
「ぬおおおおっ!?」
跳躍する。
NPC商人が安全圏から叫んだ。
「当然アル!! 火を持っているからアルヨ!!」
「知っておるわぁぁぁ!!」
闇エルフから得た情報。
Neriusは火を極端に嫌う。
つまり、火を持つ者へ強烈なヘイトを向ける。
だからこそ、
サタンが松明を持っている。
つまり――。
囮。
「こんな囮があるかぁぁぁ!!」
枝。
蔓。
根。
次々とサタンへ殺到する。
攻略組から見れば、非常に有利な状況だった。
攻撃の大半がサタンへ集中しているからだ。
「サタンさん、そのままお願いします!」
シリカが声援を送る。
「簡単に言うなぁぁぁ!!」
リズまで叫ぶ。
「頑張ってー!」
「お主ら、他人事だと思っておるだろぉぉぉ!!」
だが。
――ヒュッ。
サタンの動きが変わった。
巨大な枝が振り下ろされる。
これまでなら、避けていた。
しかし。
サタンは逃げない。
半身になり、
腕を添える。
そして――。
ほんのわずかに、力の方向を変えた。
ドゴォォォン!!
枝がサタンの横の床へ突き刺さる。
「……!」
キリトが目を見開いた。
次の蔓が、サタンの胴体を薙ぎ払う軌道を描く。
だが。
手を添える。
押さない。
受けない。
流す。
蔓はサタンの身体をかすめ、そのまま後方へ抜けていった。
「サタン……?」
こっこも異変に気づいた。
サタンの表情が変わっている。
あの滝。
老師との修行。
――流れに逆らうな。
――身を委ねろ。
――力を受け止めるな。
――流れを読め。
サタンは小さく笑った。
「なるほどのう……老師。」
巨大な根が突き上がる。
サタンは半歩だけ位置を変えた。
根が空を切る。
「こういうことか。」
さらに二本。
一本目を手甲で逸らし、
二本目の勢いへ重ねる。
根と根が激突した。
ドガァン!!
「なっ……!」
キバオウまで戦いながら振り返った。
「なんや、アイツ!?」
NPC商人だけが腕を組む。
「ようやく、滝に落ち続けた意味が出たアルな。」
「落ち続けた言うな!!」
まだ余裕があるらしい。
こっこは笑った。
「よし……!」
サタンが敵の攻撃を引き受けている。
今なら。
こっこは右手を上げた。
後方には、
整然と並んだエンジニア部隊。
その手には――。
森エルフの弓を研究して作り上げた、
クロスボウ。
一人が射手を務め、
もう一人が装填を担当する。
二人一組の運用だ。
「射撃班!」
クロスボウが一斉に持ち上がった。
「狙い――枝の付け根!」
照準が重なる。
「撃てぇ!!」
――バシュシュシュシュシュッ!!
無数のボルトが飛ぶ。
一本。
二本。
三本。
次々と命中する。
「装填!」
射手がクロスボウを渡す。
装填手から、すでに装填済みの二丁目を受け取った。
「第二射!」
――バシュシュシュシュッ!!
エルフですら驚嘆した、人間式の運用。
一人で連射できないのなら――。
人間を増やせばいい。
「効いている!」
リズが叫んだ。
枝の一本が大きくひび割れる。
そこへ。
「キバオウさん!」
こっこが叫ぶ。
「分かっとるわ!!」
キバオウが剣を掲げた。
「解放隊! あそこへ集中や!!」
「おおおおおお!!」
盾役が前へ出る。
攻撃役が続く。
クロスボウ部隊が枝を削り、
解放隊がそこへ集中攻撃を加える。
ついに――。
バキィィィン!!
巨大な枝がへし折れた。
Neriusが咆哮する。
「グオオオオオオオオオッ!!」
HPバー。
一本目――消滅。
「第一段階突破!」
歓声が上がる。
だが。
キリトだけはボスを見据えていた。
「まだだ!」
Neriusの全身が震える。
床。
壁。
天井。
ボス部屋全体へ、根が伸び始める。
そして――。
紫色の粒子が、再び口へ集まり始めた。
アスナが細剣を構える。
「さっきより……大きい。」
シリカがピナを見る。
「ピナ……もう一度いける?」
「きゅう!」
エギルが斧を肩に担ぐ。
「次は俺が道を切り開く。」
キバオウも剣を構え直した。
「こっちも、まだ行けるで!」
後方では、エンジニアたちがクロスボウへ次々とボルトを装填する。
リズが武器の耐久値を確認し、
こっこは残った中和剤の本数を数える。
そして。
戦場の中央。
松明を掲げたサタンへ――。
無数の枝と蔓と根が向けられた。
サタンは腰を落とした。
さっきまでのように逃げ回らない。
松明の炎を揺らしながら、
ニヤリと笑う。
「来い、大木。」
両腕をゆっくりと広げた。
「老師よ――。」
滝の轟音が脳裏に蘇る。
力に逆らうな。
受け止めるな。
流せ。
サタンの目が鋭くなる。
「儂もようやく――」
無数の攻撃が殺到した。
「――流れが見えてきたぞ!!」
第二HPバー。
攻略開始――!!
毒霧は消えた。
――いや。
正確には、消され続けている。
シリカとピナの《バブルブレス》。
森エルフから教わった中和剤。
松明に対して異様な敵意を示すボスの習性。
そして何より、攻略組の連携。
《Erius the Evil Treant》のHPバーは、予想を上回る速度で削られていた。
巨木のような胴体を、エギルの斧が叩き割る。
「うおおおおっ!!」
ガァンッ!!
樹皮が大きく弾け、赤いダメージエフェクトが走った。
斬撃よりも、明らかに攻撃が通っている。
「やっぱり斧だ! こいつには俺の武器が効く!」
「エギル、そのまま!」
キリトが懐へ飛び込み、斬撃を重ねる。
反対側から、アスナの細剣が閃く。
枝。
蔓。
根。
あらゆる攻撃が降り注ぐ中、攻略組は確実に優勢へと持ち込んでいた。
――だからこそ。
ボスは、次の手を打った。
「……ん?」
こっこが異変に気づいた。
ボスの枝先が、大きく膨らんでいる。
果実――ではない。
小さな人型にも見える何か。
アルゴが叫ぶ。
「新モーションだ!」
次の瞬間。
ボスの枝が、鞭のようにしなった。
ボンッ!!
小さな何かが宙へ射出される。
一つ。
二つ。
五つ。
十。
「なんだ、あれ!?」
着地したそれは、小さな苗木だった。
名前が表示される。
《Treant Sapling》
トレント・サプリング。
「苗木……?」
シリカが呟いた。
だが。
苗木は攻撃してこない。
地面へ根を伸ばし。
葉を広げ。
少しずつ。
少しずつ。
――大きくなっていく。
キリトの顔色が変わった。
「まずい!!」
こっこも同時に理解した。
「時間経過型だ!!」
その瞬間。
最初に着弾したサプリングが、大きく震えた。
ミシ。
ミシミシミシ――!!
幹が太くなる。
枝が伸びる。
そして。
完全に成長したそれの上に、新たな名前が表示された。
《Erius Fragment》
「分身!?」
攻略組に動揺が走る。
次の瞬間。
分身体が枝を振り回した。
「ぐあっ!!」
一人のプレイヤーが吹き飛ばされる。
さらに――。
新たに生み落とされたサプリング。
その数は増え続けている。
「まずいぞ!」
エギルが叫んだ。
「ボスを殴っている場合じゃねえ!」
そう。
これこそが、このボスの本当の凶悪さだった。
攻略速度が一定値を超えたことで解禁された追加行動。
《繁殖》。
倒し切れない苗木が成長すれば、戦場そのものがボスで埋め尽くされる。
こっこは戦場を見渡した。
剣士たちがサプリングを斬る。
だが。
「硬い!」
「小さくて狙いづらい!」
剣では相性が悪い。
枝葉に刃が弾かれる。
キリトの剣ですら、一撃では仕留めきれない。
だが。
――ドゴォッ!!
一体のサプリングが、根元から吹き飛んだ。
全員が振り向く。
そこには。
大きなメイスを振り抜いたリズが立っていた。
「……え?」
本人が一番驚いている。
こっこは叫んだ。
「リズ!!」
「な、なによ!」
「今のをもう一回!!」
「え?」
もう一体。
リズがメイスを振る。
「せえええいっ!!」
ドゴンッ!!
苗木が砕け散る。
エギルが目を見開いた。
「打撃も効くのか!」
こっこは笑った。
「木なんだからな!」
「雑な理屈ね!!」
リズが怒鳴った。
だが。
間違ってはいない。
斧。
メイス。
この二つが、サプリングに対して極めて有効だった。
「エギル!」
「ああ!」
エギルは即座に役割を理解した。
「斧持ちと鈍器持ち! 苗木を最優先だ!」
戦場の流れが変わる。
キリトとアスナがボス本体を攻撃する。
エギルとリズがサプリングを処理する。
キバオウたち解放隊が、その間を守る。
だが。
それでも数が多い。
ボスは次々とサプリングを飛ばしてくる。
「こっこさん!」
シリカの声。
「ピナが!」
ピナが空中を旋回している。
その目は、小さなサプリングを追っていた。
「キュルッ!」
ピナが急降下する。
そして。
「バブルブレス!」
大量の泡がサプリングへ浴びせられた。
ボシュッ!!
「……あれ?」
シリカが気づく。
泡を浴びたサプリングの成長が――止まっている。
「成長速度が落ちています!」
こっこが目を見開いた。
毒霧を中和する泡。
それは植物系モンスターの成長バフにも干渉していた。
完全停止ではない。
しかし。
十分だった。
「シリカ!」
「はい!」
「ピナに苗木を片っ端から泡だらけにしてもらって!」
「分かりました!」
シリカが走る。
「ピナ! お願い!」
「キュイッ!」
ピナが戦場を飛び回る。
小さな身体から放たれる泡。
泡。
泡。
次々とサプリングの成長速度が落ちていく。
そこへ。
「どりゃああっ!!」
エギルの斧。
「こんのおおっ!!」
リズのメイス。
次々に叩き潰されていく。
「いける!」
誰かが叫んだ。
だが。
ボスはさらに枝を振る。
大量の蔓。
しかも。
今度はエギルとリズへ集中している。
「まずっ――」
リズの足へ蔓が伸びる。
その直前。
巨大な男が飛び込んだ。
サタン。
「ふんっ!!」
蔓を掴む。
リズが叫んだ。
「危ない!」
だが。
サタンは引っ張らない。
老師の声が蘇る。
――逆らうな。
――流れを読め。
――力を逸らせ。
サタンは腰を落とした。
蔓が引く。
その力に逆らわず。
身体を半歩ずらす。
腕を回す。
「ぬううう……!」
そして。
蔓の力をそのまま利用して――。
「行ってこい!!」
投げる。
まるで巨大な綱を操るように。
蔓の軌道が変わった。
ボス自身が伸ばした蔓が、別のサプリングを薙ぎ倒す。
ドガガガッ!!
攻略組が一瞬、静まり返る。
エギル。
「……なんだ、今の。」
キリト。
「ボスの攻撃を……ボスに当てた?」
アスナも目を見開く。
こっこだけが笑った。
「老師……。」
あの修行。
川。
滝。
流れ。
すべて。
この瞬間のためだったかのように。
「サタン!」
こっこが叫ぶ。
サタンが振り向く。
「なんだ!」
「苗木を守っている枝と蔓を、全部そらせる!?」
一瞬。
サタンはボスを見る。
振り回される枝。
伸びる蔓。
絡みつく根。
力任せに受ければ死ぬ。
だが。
今のサタンには。
力を受け流す術がある。
サタンは笑った。
「誰に言っておる!!」
拳を構えた。
「儂は――チャンピオンだぞ!!」
「そこ、関係ある!?」
リズのツッコミ。
だが。
次の瞬間。
サタンは、本当にやってのけた。
蔓を払う。
枝を肩で流す。
根の突き上げを半身で避ける。
押すのではない。
受けるのでもない。
――逸らす。
――流す。
――崩す。
そのたびに、ボスの攻撃同士がぶつかる。
枝が蔓を切り。
蔓がサプリングをなぎ倒し。
根が分身体の足を止める。
「なんなのよ、あれ!!」
リズが叫ぶ。
こっこは答えた。
「柔術!!」
「柔術で木と戦う奴がどこにいるのよ!!」
「ここにいる!!」
サタンが怒鳴った。
その横を。
ピナが飛ぶ。
泡。
サプリングの成長停止。
シリカが指示する。
「右です!」
エギル。
「おう!」
斧。
破壊。
リズ。
「次!」
メイス。
粉砕。
そしてサタン。
「ぬおおおお!!」
ボスの蔓を。
そのまま別の苗木へ投げつける。
戦場の中心で。
攻略の鍵となったのは。
最強の剣士でも。
最速の細剣使いでもなかった。
斧のエギル。
メイスのリズ。
シリカとピナ。
そして。
拳一つで巨木の猛攻を受け流す。
サタンだった。
こっこはクロスボウを構えながら、思わず笑った。
「これ……。」
矢を放つ。
サプリングへ命中。
その隙にリズが叩き割る。
「今回のMVPは、剣士じゃないかもしれないな。」
キリトが聞きつける。
「聞こえているぞ!」
アスナは苦笑しながらレイピアを構え直す。
「でも……否定できないわね。」
ボスのHP。
残り――二本。
だが。
戦場には、もう成熟した分身体はほとんど残っていない。
泡。
斧。
メイス。
柔。
本来なら戦場を埋め尽くすはずだった《繁殖》が。
完全に。
封じられ始めていた。
そして。
怒り狂った《Erius the Evil Treant》が。
ついに。
巨大な根を引き抜き始める。
地面が揺れる。
幹が持ち上がる。
アルゴが叫んだ。
「最終フェーズ来るゾ!!」
こっこはクロスボウを再装填する。
エギルが斧を肩に担ぐ。
リズがメイスを握り直す。
シリカの肩へピナが戻る。
サタンは拳を鳴らした。
キリトとアスナが前へ出る。
――第三層ボス戦。
本当の決着は。
ここからだった。