エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第三層ボス攻略戦――最終フェーズ
《Erius the Evil Treant》――歩く大樹
「――来る!!」
キリトの叫びと同時だった。
ズズ……。
大地が揺れた。
いや。
大地が揺れたのではない。
地面そのものだと思われていた巨大な根が、一本、また一本と土を割って持ち上がっていく。
ズズズズズズズズ――!!
《Erius the Evil Treant》
最後のHPバー。
レッドゾーン突入。
それまで地面深くに根を張り、その場から動くことのなかった巨木が――
歩き始めた。
「うそでしょ!?」
リズがメイスを構えたまま叫ぶ。
エギルが戦斧を握り直した。
「根っこまで脚にするのかよ!」
何十本もの根が、巨大な蜘蛛の脚のように地面を掴む。
枝。
蔓。
根。
毒霧。
そしてトレントサプリング。
これまで使用してきた全ての攻撃手段を残したまま、ボス自身が攻略隊へ向かって前進を開始する。
ドンッ!!
一歩。
ただそれだけで、攻略隊の足元が跳ねた。
「後衛が潰されるぞ!!」
キバオウが叫ぶ。
もはや壁役だけでは止められない。
これは攻撃ではない。
巨体そのものが攻撃なのだ。
「こっこ!」
「分かってる!」
こっこはクロスボウを背中へ回した。
ここから先――射手のままでは間に合わない。
メニューを開く。
ストレージから取り出したのは、
《アニールブレード》。
そして――
「リズ!」
「なに!?」
「これを借りるよ!」
「ちょっと、それは鍛冶道具――!」
巨大な大槌。
武器ではない。
鍛造作業用のハンマーだった。
こっこは左手に片手剣、右手に大槌を構える。
「武器じゃないよ」
ニヤリと笑う。
「道具だ!」
「そういう問題じゃないでしょうが!!」
リズの絶叫を背に、こっこは走った。
迫る根。
片手剣を振る。
ガキィン!!
切断できない。
なら――。
「リズ! ここ!」
「分かった!」
こっこが剣で根を受け止める。
そこへリズのメイスが叩き込まれた。
ドゴォン!!
根が大きく弾かれる。
「もう一発!」
「はいはい!」
今度は二人同時。
メイスと大槌。
ドッゴォォン!!
根の一本が地面へ叩きつけられる。
リズが笑った。
「鍛冶屋に打撃勝負を挑むなんて――」
メイスが光る。
「百年早いのよ!!」
ズガァァン!!
根が砕け散った。
だが。
「まだ来ます!!」
シリカの声。
ボスは止まらない。
巨大な根を次々と動かし、攻略隊へ迫る。
その前へ――
小さな青い影が飛び出した。
「ピナ!」
シリカが手を伸ばす。
フェアリーリドラが大きく息を吸った。
これまで何度も攻略隊を救ってきた《バブルブレス》。
だが――
違う。
ピナの口元に集まった水が、一点へ圧縮されていく。
「え……?」
シリカの目の前に、新たなスキル表示が現れる。
《Water Breath》
「ピナ――!」
シリカが叫んだ。
「ウォーターブレス!!」
ブシャアアアアアアア!!
泡ではない。
一本の水流。
高圧の水がトレントの幹へ真正面から叩きつけられた。
ドォン!!
「止まった!?」
アスナが目を見開く。
ピナの小さな身体が後方へ押し返されるほどの水圧。
それでも翼を羽ばたかせる。
「ピナ、頑張って!!」
「きゅるるるるる――!!」
ズ……
ズズ……
トレントの前進が――
止まった。
「今だぁぁぁ!!」
エギルが吠えた。
攻略組が一斉に走り出す。
「おおおおお!!」
エギルの両手斧が根を断つ。
ズバァン!!
「はぁぁぁぁ!!」
アスナの細剣が連続して閃く。
幹の亀裂。
一点。
二点。
三点。
四点。
光の軌跡が一点へ集中していく。
「キリト君!」
「ああ!」
黒衣が飛び込む。
アスナが作った亀裂へ――
キリトの片手剣ソードスキルが叩き込まれる。
ズガァァァン!!
樹皮が吹き飛んだ。
ボスHP。
残り――わずか。
だが。
《Erius the Evil Treant》が咆哮した。
「ギィィィィィィィィ――!!」
大量の枝が伸びる。
「危ない!」
こっこが大槌で枝を叩き落とす。
リズがメイスで続く。
エギルが斧で切り払う。
アスナがかわす。
キリトが受け流す。
しかし――
一本。
巨大な枝がピナへ伸びた。
「ピナ!!」
ウォーターブレスを維持している。
避けられない。
その瞬間。
ヒュン――。
ゴッ!!
石が枝へ命中した。
軌道が逸れる。
シリカが振り返った。
「え……?」
そこにいたのは――
サタン。
その手には。
石。
「…………」
こっこが固まった。
「サタンさん?」
「なんじゃ」
「最終決戦で……投石ですか?」
「うむ」
サタンは次の石を拾う。
「老師は言った」
大きく振りかぶった。
「柔とは、相手の力を利用するもの」
投げる。
ヒュン!!
ゴン!!
枝の関節部へ直撃。
枝が折れる。
「しかし――」
もう一つ。
「剛とは、自分の力を叩きつけるもの!!」
ブォン!!
ドガァァン!!
今度は果実を撃ち落とした。
キリトが呆然とする。
「……投剣スキルじゃないよな?」
「投石じゃ」
「知ってるよ!」
アスナが思わず笑った。
だが、その表情はすぐに引き締まる。
「キリト君!」
「ああ!」
HPはあと数%。
「全員!!」
エギルが叫ぶ。
「これで終わらせるぞ!!」
「おおおおおおお!!」
斧。
メイス。
細剣。
片手剣。
大槌。
石。
そして――水流。
全てが一体となった。
エギルが根を切り開く。
「行けぇぇぇ!!」
リズが幹を叩き割る。
「アスナ!!」
「はい!!」
アスナの細剣が亀裂を穿つ。
キリトが跳ぶ。
「うおおおおお!!」
斬撃。
ボスHP――
残り、ほんの一筋。
だが。
キリトの剣が止まった。
硬直。
「くっ……!」
ソードスキル後硬直。
あと一撃。
誰でもいい。
誰か――!!
その時。
こっこの視界に映った。
一本の巨大な根。
先ほどリズと叩いた根だ。
半分折れかかっている。
そして、その根の上に――
一つの石が転がっていた。
サタンの投石。
外れた石。
「…………!」
こっこが何かを閃く。
「リズ!!」
「え!?」
こっこは大槌を振り上げた。
狙うのはボスではない。
根。
「そこぉぉぉ!!」
ドゴォォォォン!!
根を大槌で叩き落とす。
その衝撃で――
石が跳ねた。
カァン!!
「え?」
サタンの投げた石が根に弾かれ――
高く飛ぶ。
くるくると回転しながら。
トレントの頭上へ。
そこには――
エギルの斧。
リズのメイス。
アスナの細剣。
キリトの剣。
全員の攻撃によって剥き出しになった――
核。
コツン。
石が当たった。
全員。
「…………」
沈黙。
《Erius the Evil Treant》
HP――0。
「…………は?」
キリト。
「…………え?」
アスナ。
「…………マジか」
エギル。
リズはゆっくり振り返る。
「こっこ……」
「いや」
こっこは大槌を持ったまま首を振る。
「僕じゃない」
全員の視線が――
一人へ向いた。
サタン。
サタンの前にウインドウが開く。
《Last Attack Bonus》
サタンは目を見開いた。
そして――。
ニィィィィッ。
猛烈な勢いで笑い始めた。
「わぁぁぁぁぁっはっはっはっは!!」
両腕を天へ突き上げる。
「見たか!! これぞチャンピオンの剛よ!!」
「「「「事故だろ!!!」」」」
キリト。
アスナ。
リズ。
こっこ。
四人のツッコミが重なった。
エギルは腹を抱えて笑い始めた。
シリカはピナを抱き締めながら笑っている。
「ピナ、やりましたよ!」
「きゅるるっ♪」
そして――
巨大なトレントの身体に無数の青い亀裂が走った。
パキン。
パキパキパキ――。
《Erius the Evil Treant》が光の粒子へ変わっていく。
長かった戦い。
毒霧。
サプリング。
枝。
蔓。
根。
そして最後には、自ら歩き出した怪物。
その全てを――
誰か一人の力ではなく。
斧で道を切り開いたエギル。
メイスで装甲を砕いたリズ。
細剣で弱点を穿ったアスナ。
剣で最大のダメージを叩き込んだキリト。
泡と水で戦場そのものを支配したシリカとピナ。
道具を武器に変え、皆を繋いだこっこ。
そして。
柔を学び――
最後に剛へ戻った男。
サタン。
全員の攻撃が積み重なった最後の最後。
たった一個の石ころが、巨大な大樹を倒した。
勝利表示が浮かぶ。
《CONGRATULATIONS》
静寂。
そして――
「第三層――」
エギルが斧を掲げた。
「攻略完了だぁぁぁぁぁぁ!!」
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
歓声がボス部屋を揺らした。
その中央で、サタンだけはまだ高笑いしていた。
「三度目じゃ!!」
キリトが固まる。
「……三度目?」
こっこも数える。
「一層ボス……二層フィールドボス……今回……」
アスナの眉がぴくっと動いた。
「…………また?」
サタンは胸を張る。
「ラストアタックとは!」
嫌な予感が走る。
「最後に立っている者こそが取るものなのじゃ!!」
キリトが叫んだ。
「いや、今回は石ころだろぉぉぉぉ!!」
第三層攻略。
その公式記録に刻まれたラストアタック取得者は――
またしても。
《サタン》であった。
ボス――《Nerius the Evil Treant》が、断末魔の咆哮とともに光の粒子へと崩壊していく。
巨大な幹が砕け、枝が、根が、葉が。
最後には無数のポリゴン片となって、第三層の森へと溶けていった。
しばしの静寂。
そして――。
《CONGRATULATIONS!!》
攻略成功を告げるファンファーレが鳴り響いた。
「……終わったぁ……」
リズがその場にへたり込む。
「や、やりました……!」
シリカもピナを抱き締めながら、大きく息を吐いた。
エギルは斧を肩に担ぎ、豪快に笑う。
「ったく。三層でこれかよ。先が思いやられるぜ」
「同感……」
キリトも剣を納めながら苦笑した。
その横で、アスナはメニューを確認している。
「経験値とコル……それと、ドロップアイテム。かなり多いわね」
「おお!」
突然、サタンが叫んだ。
全員の視線が集まる。
「どうした?」
キリトが尋ねると、サタンは満面の笑みでウインドウを指差した。
「ラストアタックボーナスだ!」
「また取ったのかよ!」
キバオウの叫びが攻略隊の中から飛んでくる。
「なんでや! なんで毎回こいつやねん!」
「実力だ!」
胸を張るサタン。
こっこは半眼になった。
「いや今回、最後に岩投げてただけじゃん」
「岩を投げるにも技術がいる!」
「はいはい」
サタンのウインドウには、一つのアイテム名が輝いていた。
《Grasp of Nerius》
――《ネリウスの抱擁》。
「ほう……!」
サタンの目が輝く。
見るからに特別そうな名前だった。
ボスの名を冠したラストアタック報酬。
当然、強力な装備に違いない。
「装備するぞ!」
「ちょっと待て。効果を確認してから――」
キリトが止めるより早く。
サタンは装備ボタンを押した。
次の瞬間。
――シュルルルルルッ!!
「うおっ!?」
地面から突然、何本もの黒緑色の蔓が出現した。
「なに!?」
「サタンさん!」
蔓は一瞬でサタンの両腕へ巻き付き。
胸へ。
腹へ。
太腿へ。
脹脛へ。
さらに背中を回り込み、全身を締め上げていく。
「ぬおおおおおおっ!?」
サタンの筋肉が盛り上がる。
しかし蔓はそれに逆らうように縮み続ける。
まるで。
筋力そのものを封じ込める拘束具。
「な、なんだこれは!」
腕を上げようとする。
ギギギギ……。
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
ほんの少し腕を動かすだけで、とてつもない抵抗がかかっていた。
一歩踏み出そうとする。
「ぬおおお……!」
ズ……。
足が数センチ動く。
「お、重い!」
キリトは思わずステータス表示を確認した。
そして目を疑う。
「……え?」
「どうしたの?」
アスナが覗き込む。
キリトの顔が引きつった。
「STR低下」
「え?」
「AGI低下。VIT低下。DEX低下……」
「全部?」
「全部」
さらに。
《Movement Penalty》
《Attack Speed Down》
《Stamina Consumption Up》
《Weight Load Increase》
ずらり。
ずらり。
ずらり。
真っ赤なデバフアイコンが並んでいる。
キリトは真顔になった。
「……呪いか?」
サタンの眉が跳ね上がる。
「なに!?」
「ラストアタックボーナスで呪い装備ってあるのか?」
「そんな馬鹿な!」
サタンは慌てて外そうとする。
しかし。
《Equipment Locked》
一定条件を満たすまで解除不可。
「……」
サタンの動きが止まった。
「……外れん」
「ぶっ」
こっこが吹き出す。
「笑うな!」
「だって!」
「俺は呪われたのか!?」
そこへ。
「ちょっと見せて」
リズが歩み寄った。
鍛冶師として育てていた《鑑定》系スキルを起動する。
装備情報が詳細表示へ切り替わった。
「えーっと……」
リズの目が細くなる。
「……あ」
「なんだ!」
「これ、呪いじゃないわ」
「本当か!」
サタンの顔が明るくなる。
「ただし」
「ただし?」
リズは説明文を読み上げた。
《Grasp of Nerius》
装備者の身体能力を著しく制限する。
装備状態で身体動作系スキルを使用した場合、スキル熟練度獲得量に補正。
負荷が高いほど補正率上昇。
「……」
全員が黙った。
リズが続ける。
「つまり」
サタンを見る。
「これを着けたまま鍛錬すれば、体術スキルの熟練度アップにボーナスが付くみたい」
サタンの目が見開かれる。
「なん……だと……!」
「ある意味、すごく貴重な装備よ」
エギルも感心する。
「なるほどな。普段は弱体化する代わりに、修行効率が上がる装備ってことか」
キリトが腕を組む。
「実戦用じゃない。完全にトレーニング装備だな」
「修行……!」
その単語を聞いた瞬間。
サタンの目に炎が灯った。
「つまり!」
サタンは拳を握り締めようとする。
「ぬおおおおお……!」
蔓に抵抗しながら、ゆっくり拳が閉じる。
「これを克服すれば!」
「……また始まった」
キリトが呟いた。
「儂はさらに強くなる!」
その横で。
こっこはサタンの姿をじーっと見ていた。
全身を締め付ける装具。
常に筋肉へ負荷。
動くだけでトレーニング。
そして。
こっこの脳裏に。
ある昭和の光景が蘇った。
「ぷっ……!」
「なんだ!」
サタンが睨む。
こっこはとうとう我慢できなくなった。
「いや、それ……」
肩を震わせる。
「完全に大リーグ養成ギプスじゃん!」
「……?」
キリトが首を傾げる。
「なに、それ?」
「え?」
こっこの笑いが止まった。
「大リーグ養成ギプスだよ」
「知らない」
「え?」
シリカも首を傾げる。
「私も分からないです」
「ええっ!?」
その横で。
アスナだけが。
うん。
うん。
小さく頷いていた。
こっこの顔が明るくなる。
「アスナさん分かる!?」
「知ってます」
「おお!」
「お父さんが昔のアニメ好きだから」
「……」
こっこの笑顔が固まる。
一秒。
二秒。
三秒。
「しまったぁぁぁぁ!」
頭を抱える。
「ジェネレーションギャップしちゃったぁぁぁ 」
リズが吹き出した。
「自爆してるじゃない!」
キリトはまだ分からない。
「で、大リーグ養成ギプスって何なんだ?」
「知らなくていい……」
こっこは膝をついた。
「今説明すると、僕の精神ダメージがさらに増える……」
「?」
キリトは本気で不思議そうだった。
その隣では。
サタンが一歩踏み出そうとしている。
「ぬおおおおおおお!」
ズ……。
「一歩!」
さらに。
「ぬおおおおおおおおお!」
ズ……。
「二歩!」
商人が遠くからその姿を見ていた。
そして。
ぼそり。
「また変な物を装備したアル……」
サタンが振り向く。
「変ではない! これは修行用装備だ!」
「全能力下がってるアル」
「今だけだ!」
「頭のINTも下がってるアルカ?」
「元から下がっておらんわ!」
キリトが小声で呟いた。
「そこは装備関係ないんじゃ……」
「キリトォォォ!」
第三層ボス攻略。
その戦利品。
《Grasp of Nerius――ネリウスの抱擁》。
後に攻略組の間では。
別名。
《サタン養成ギプス》。
と呼ばれることになる。
本人だけは。
最後まで。
その呼び名を認めなかった。