エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

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38 水運ある所に都市が生まれるそうだ。

紅玉宮――。

 

アインクラッド全域を俯瞰する巨大なモニターに、第三層ボス撃破のログが流れていた。

 

《LAST ATTACK BONUS》

 

その取得者の名を見て、白衣姿の男がわずかに眉を寄せる。

 

茅場「……また、ラストアタックはサタンか。」

 

隣で椅子に腰掛けていた神代凛子が、画面から目を離さずに答えた。

 

凛子「不服?」

 

茅場「いや。」

 

一拍。

 

茅場「ただ……彼にはLUK判定でも設定されているのかと思ってね。」

 

凛子「現実世界で相当な運を持っているんじゃないの?」

 

茅場「そんなパラメータを実装した覚えはない。」

 

凛子「なら、本人の運ね。」

 

茅場「……なおさら質が悪いな。」

 

淡々と言いながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

画面には、第三層攻略終了時の統計が表示されている。

 

攻略速度。

 

プレイヤー人口。

 

平均レベル。

 

死亡者数。

 

そして――生存率。

 

茅場「私の想定を上回っている。」

 

凛子「何が?」

 

茅場「死亡者数だ。」

 

茅場は表示された数字を見つめた。

 

茅場「これまでの死者の多くは、事件が世間に広く報道される前に……外部から無理にナーヴギアを外そうとしたことによるものだ。」

 

凛子の表情から、先ほどまでの軽さが消える。

 

茅場「ゲーム内部でHPを失い、死亡したプレイヤーは……いまだ百人にも満たない。」

 

凛子「少ないことが不満なの?」

 

茅場「まさか。」

 

茅場は静かに首を振る。

 

茅場「興味深いんだ。」

 

モニターが切り替わる。

 

そこには、第一層の街角が映し出された。

 

料理を提供する者。

 

武器を修理する者。

 

皮をなめす者。

 

素材を運ぶ者。

 

露店を並べる者。

 

そして、その中心で忙しそうに走り回る、一人の男の記録映像が映し出される。

 

凛子「あのエンジニアの影響は大きいでしょうね。」

 

茅場「こっこのことか。」

 

凛子「戦えない人に仕事を与えた。」

 

茅場「……いや。」

 

凛子「?」

 

茅場「戦わなくても、この世界で生きていける場所を作った、と言うべきだろう。」

 

鍛冶。

 

裁縫。

 

料理。

 

採取。

 

運搬。

 

販売。

 

修繕。

 

攻略に参加できない者たちが、それぞれの方法で誰かを支え始めている。

 

凛子「絶望して街に閉じこもっていた人たちに、役割が生まれた。」

 

茅場「そして役割は、共同体を生む。」

 

凛子「共同体が形成されれば、孤立する人間も減る。」

 

茅場「結果として、無謀な単独行動も減少する……か。」

 

茅場は指を動かし、さらに別の映像を表示する。

 

第三層。

 

森エルフの野営地。

 

こっこが木材と金属部品を組み合わせ、奇妙な武器を組み立てている。

 

次の映像。

 

完成したクロスボウを見て驚くエルフたち。

 

さらにその次には、射手と装填手を分担し、攻略戦で連続射撃を行うエンジニアたちの姿が映し出された。

 

茅場「それにしても……。」

 

凛子「何?」

 

茅場「クロスボウまで作るとは思わなかった。」

 

凛子「システム上、製作できたのでしょう?」

 

茅場「もちろん。」

 

茅場の声が、ほんの少し楽しげになる。

 

茅場「クラフトシステムは、素材と加工工程の組み合わせに一定の自由度を持たせてある。」

 

凛子「なら、想定内じゃない。」

 

茅場「機能としてはね。」

 

茅場は画面を拡大した。

 

そこには、簡素ながらも確かに機能しているクロスボウが映っている。

 

茅場「だが、プレイヤーが第三層の段階でその構造を思いつき、実用品として完成させることまでは想定していなかった。」

 

凛子「……嬉しそうね。」

 

茅場「そう見えるか?」

 

凛子「とても。」

 

しばしの沈黙。

 

茅場は画面をアインクラッドの全景へと戻した。

 

茅場「やはり、MMORPGは面白い。」

 

凛子「……。」

 

茅場「開発者が世界を構築したとしても、その世界で何が起こるかまでは支配できない。」

 

凛子「今さら気付いたの?」

 

茅場「確認した、と言ってほしい。」

 

凛子は横目で茅場を見る。

 

楽しげに攻略ログを眺めるその姿は、世界を閉じ込めた張本人というより――。

 

巨大な実験結果を観察する研究者そのものだった。

 

凛子「晶彦。」

 

茅場「なんだい。」

 

凛子「あなた……うかうかしていられないんじゃない?」

 

茅場の指が止まる。

 

凛子「そのうち、足元をすくわれるわよ。」

 

茅場「私が?」

 

凛子「ええ。」

 

凛子は画面を指差した。

 

そこには――。

 

蔓に全身を締め付けられながら、

 

サタン「ぬおおおおおお!? なんだこの装備はぁぁぁ!!」

 

と暴れ回る男の姿が映っていた。

 

その横では、

 

こっこ「これ、大リーグ養成ギプスみたい(笑)」

 

と腹を抱えているエンジニアがいる。

 

さらにキリトたちまで巻き込まれ、騒ぎになっていた。

 

凛子「あなたの世界よ。」

 

茅場「……。」

 

凛子「でももう、あなたの思い通りの世界じゃない。」

 

長い沈黙。

 

そして――。

 

茅場は小さく笑った。

 

茅場「それでいい。」

 

凛子「……本当に?」

 

茅場「ああ。」

 

茅場は浮遊城を見上げる。

 

百層まで続く世界。

 

本来なら、自分が用意した道をプレイヤーたちが登ってくるはずだった世界。

 

しかし今。

 

そこには、彼の設計図には存在しなかった店があり。

 

彼の想定しなかった武器があり。

 

彼の予定になかった人間関係が生まれ。

 

そして――。

 

やたらとラストアタックを奪っていく、謎の格闘家までいる。

 

茅場「だからこそ……。」

 

凛子「?」

 

茅場「この世界を見る価値がある。」

 

その直後。

 

新しいログが表示された。

 

《PLAYER:SATAN》

 

《NEW EQUIPMENT:Grasp of Nerius》

 

《ALL STATUS DOWN》

 

茅場「……。」

 

凛子「……。」

 

数秒。

 

凛子「LUK、低いんじゃない?」

 

茅場「……私も今、そう思った。」

 

 

 

第四層《ロービア》――拳闘家、到着と同時に強制送還

 

第四層。

 

転移門から光が弾け、攻略組の面々が次々と新たなフロアへ降り立つ。

 

そして――。

 

「おお……!」

 

こっこは転移門を出た瞬間、思わず声を漏らした。

 

眼前に広がっていたのは、これまでのアインクラッドとはまるで異なる景色だった。

 

街の中を縦横無尽に走る水路。

 

石造りの建物。

 

水面に揺れる光。

 

そして、街と街、島と島を結ぶように浮かぶ小さな舟。

 

アスナも目を丸くする。

 

「すごい……街の中に川があるみたい」

 

キリトは周囲を見渡しながら頷いた。

 

「第四層では、水路が主要な移動手段になるらしい。舟を手に入れないと、行動範囲がかなり制限されそうだな」

 

リズが水面を覗き込む。

 

「舟かぁ。今までとは全然違うわね」

 

シリカはピナを抱きながら、嬉しそうに笑った。

 

「なんだか旅行に来たみたいです!」

 

その横で、サタンも腕を組み、壮大な水景色を眺めていた。

 

「ほう……悪くない」

 

専属商人も荷物を担ぎながら頷く。

 

「水運の街アルな。珍しい品も期待できそうアル」

 

「うむ」

 

サタンが一歩踏み出した――。

 

その瞬間だった。

 

――ピロン♪

 

サタンの視界に、メッセージウィンドウが出現する。

 

「……?」

 

送り主。

 

《老師》

 

サタンの眉がぴくりと動いた。

 

嫌な予感がする。

 

ゆっくりとメッセージを開く。

 

そこには、たった一文。

 

《次は脚技じゃ。戻ってこい》

 

「…………」

 

サタンは無言になった。

 

キリトが横から覗き込む。

 

「どうした?」

 

サタンは静かにウィンドウを閉じた。

 

そして。

 

「すまない 」

 

「え?」

 

「儂は戻る」

 

全員が固まった。

 

アスナが聞き返す。

 

「……戻るって、どこへ?」

 

サタンは遠い目をした。

 

「第二層じゃ」

 

「今来たばかりだぞ!?」

 

キリトのツッコミが水の都に響いた。

 

こっこも驚いて振り返る。

 

「サタン!? 第四層滞在時間、まだ一分も経ってないよ!?」

 

「老師が呼んでおる」

 

「何て?」

 

サタンは苦々しそうに答えた。

 

「次は脚技じゃ、と」

 

一瞬の沈黙。

 

こっこ。

 

キリト。

 

アスナ。

 

リズ。

 

シリカ。

 

全員の視線がサタンの脚へ向かった。

 

「…………」

 

サタンが怒鳴った。

 

「見るな!! 」

 

商人だけは腕を組みながら、何やら考えていた。

 

そして、ぽん、と手を叩く。

 

「なるほど 」

 

サタンが振り返る。

 

「何がなるほどだ」

 

商人は満面の笑みを浮かべた。

 

「次は脚絆でも売りつけるアル」

 

「貴様は儂の修行を商売にするな!! 」

 

商人はすでにメニューを開いている。

 

「脚絆、脛当て、足甲……。蹴り技なら靴も重要アルな」

 

「待て」

 

「老師にも紹介料を――」

 

「待てと言っておる!!」

 

二人は言い争いながら転移門へ向かっていく。

 

サタンは最後に振り返った。

 

「キリト!」

 

「なんだ?」

 

「ボスは儂が戻るまで残しておけ!」

 

「無茶言うな!!」

 

「こっこ!」

 

「はい!」

 

「面白そうな物を勝手に作るな!」

 

「…………」

 

こっこは目を逸らした。

 

サタンの顔が険しくなる。

 

「なぜ目を逸らす」

 

「いや、何も」

 

「絶対に何か考えておるな!?」

 

「気のせい、気のせい」

 

「信用ならん!!」

 

そして転移門が輝き――。

 

拳闘家サタン。

 

第四層到着から、およそ数分。

 

再び第二層へと消えていった。

 

後には静寂だけが残った。

 

リズがぽつりと言う。

 

「……嵐みたいな人ね」

 

シリカも苦笑する。

 

「でも、また強くなって帰ってきそうです」

 

キリトは頬を引きつらせる。

 

「今度は蹴りか……」

 

アスナ。

 

「……嫌な予感しかしないわ」

 

だが、その会話を――。

 

こっこは、もう聞いていなかった。

 

彼の視線は水路へ釘付けだった。

 

「…………」

 

水面。

 

舟。

 

船着場。

 

大量の物資を積んだNPCの小舟。

 

そして、街から街へ続く水路。

 

その瞳が徐々に輝き始める。

 

キリトが気づいた。

 

「……こっこ?」

 

返事がない。

 

「おい」

 

こっこは呟く。

 

「これは……いける」

 

リズの顔が引きつる。

 

「何が?」

 

こっこは水路を指差した。

 

「物流」

 

「……はい?」

 

「物流だよ、リズ!」

 

突然振り返る。

 

「これまでエンジニアたちが各地に物資を運ぶには、基本的に徒歩だった!」

 

キリト。

 

「まあ……そうだな」

 

「素材も! 武具も! 料理も! 消耗品も!」

 

こっこの声がどんどん大きくなる。

 

「でも、第四層には水路がある!」

 

アスナが嫌な予感を覚える。

 

「まさか……」

 

「舟を使えば大量輸送できる!!」

 

リズが慌てて言った。

 

「待ちなさいよ! 舟って言っても、あそこにあるゴンドラくらいでしょ!?」

 

こっこは首を横に振った。

 

「違う」

 

「え?」

 

「ゴンドラでは足りない」

 

キリトの眉が動く。

 

「……足りない?」

 

こっこは水路を見ながら両腕を広げた。

 

「中型船を作る」

 

「「「はぁ!?」」」

 

リズ、キリト、アスナの声が揃った。

 

シリカだけ少し遅れて。

 

「船!?」

 

こっこは完全にエンジニアの顔になっていた。

 

「積載量を増やして、素材輸送用の船を作る。街ごとに集荷地点を設け、船着場を拠点化するんだ」

 

空中にウィンドウを開きながら、猛烈な勢いでメモを始める。

 

「木工職人を集める」

 

「鉄工担当」

 

「ロープ」

 

「帆……いや、水路なら帆は邪魔か」

 

「推進方法は?」

 

「NPC船の構造を調査」

 

「積載重量限界も確認」

 

キリトが呆然と見ている。

 

「もう設計を始めてる……」

 

リズが頭を抱えた。

 

「あんた、第四層に来た目的を覚えてる!?」

 

こっこは即答した。

 

「攻略」

 

「今のどこが攻略よ!!」

 

「物流は攻略だよ!」

 

「言い切った!!」

 

こっこは街全体を見渡す。

 

水路。

 

船着場。

 

倉庫。

 

そこを行き交うエンジニアたち。

 

頭の中では、すでに完成図が出来上がっていた。

 

「ここにエンジニアの物流センターを作ろう」

 

シリカ。

 

「物流……センター?」

 

「各層から持ってきた素材を集める」

 

指を一本立てる。

 

「ここで加工」

 

二本。

 

「船で各拠点へ配送」

 

三本。

 

「攻略組が迷宮区へ向かう途中の港で補給!」

 

リズの口が徐々に開いていく。

 

「……それ」

 

「うん?」

 

「ものすごく便利じゃない?」

 

「でしょ✨️」

 

キリトも顎に手を当てる。

 

「確かに大量輸送できるなら、前線への補給はかなり楽になるな」

 

アスナも頷く。

 

「ポーションや食料をまとめて運べるなら、攻略組にもありがたいかも」

 

こっこの笑顔が広がった。

 

「よし」

 

嫌な予感。

 

全員が感じた。

 

「エンジニア集合!!」

 

第四層に、新たな攻略組織が生まれようとしていた。

 

剣士でもない。

 

騎士団でもない。

 

攻略ギルドでもない。

 

船を造り。

 

荷物を運び。

 

武器を修理し。

 

食料を前線へ届ける。

 

《エンジニア水運物流網》。

 

後に第四層ロービアを代表する奇妙な集団となる、その第一歩であった。

 

そして第二層では――。

 

「腰を落とせ!!」

 

老師の怒号。

 

「ぬおおおおおお!! 」

 

川辺で片脚立ちをさせられるサタン。

 

その横で、商人は脚絆を並べていた。

 

《初心者用脚絆》

《蹴撃用脚甲》

《老師推薦?トレーニングシューズ》

 

商人。

 

「修行用品、特別価格アルヨー✨️」

 

サタン。

 

「貴様も修行してこい!! 」

 

老師。

 

「よし、では商人も片脚で立て」

 

商人。

 

「え?」

 

「三時間じゃ」

 

「ワタシ関係ないアルーーー!! 」

 

第四層攻略が始まる頃。

 

第二層でも、また別の戦いが始まっていた。

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