エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
紅玉宮――。
アインクラッド全域を俯瞰する巨大なモニターに、第三層ボス撃破のログが流れていた。
《LAST ATTACK BONUS》
その取得者の名を見て、白衣姿の男がわずかに眉を寄せる。
茅場「……また、ラストアタックはサタンか。」
隣で椅子に腰掛けていた神代凛子が、画面から目を離さずに答えた。
凛子「不服?」
茅場「いや。」
一拍。
茅場「ただ……彼にはLUK判定でも設定されているのかと思ってね。」
凛子「現実世界で相当な運を持っているんじゃないの?」
茅場「そんなパラメータを実装した覚えはない。」
凛子「なら、本人の運ね。」
茅場「……なおさら質が悪いな。」
淡々と言いながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
画面には、第三層攻略終了時の統計が表示されている。
攻略速度。
プレイヤー人口。
平均レベル。
死亡者数。
そして――生存率。
茅場「私の想定を上回っている。」
凛子「何が?」
茅場「死亡者数だ。」
茅場は表示された数字を見つめた。
茅場「これまでの死者の多くは、事件が世間に広く報道される前に……外部から無理にナーヴギアを外そうとしたことによるものだ。」
凛子の表情から、先ほどまでの軽さが消える。
茅場「ゲーム内部でHPを失い、死亡したプレイヤーは……いまだ百人にも満たない。」
凛子「少ないことが不満なの?」
茅場「まさか。」
茅場は静かに首を振る。
茅場「興味深いんだ。」
モニターが切り替わる。
そこには、第一層の街角が映し出された。
料理を提供する者。
武器を修理する者。
皮をなめす者。
素材を運ぶ者。
露店を並べる者。
そして、その中心で忙しそうに走り回る、一人の男の記録映像が映し出される。
凛子「あのエンジニアの影響は大きいでしょうね。」
茅場「こっこのことか。」
凛子「戦えない人に仕事を与えた。」
茅場「……いや。」
凛子「?」
茅場「戦わなくても、この世界で生きていける場所を作った、と言うべきだろう。」
鍛冶。
裁縫。
料理。
採取。
運搬。
販売。
修繕。
攻略に参加できない者たちが、それぞれの方法で誰かを支え始めている。
凛子「絶望して街に閉じこもっていた人たちに、役割が生まれた。」
茅場「そして役割は、共同体を生む。」
凛子「共同体が形成されれば、孤立する人間も減る。」
茅場「結果として、無謀な単独行動も減少する……か。」
茅場は指を動かし、さらに別の映像を表示する。
第三層。
森エルフの野営地。
こっこが木材と金属部品を組み合わせ、奇妙な武器を組み立てている。
次の映像。
完成したクロスボウを見て驚くエルフたち。
さらにその次には、射手と装填手を分担し、攻略戦で連続射撃を行うエンジニアたちの姿が映し出された。
茅場「それにしても……。」
凛子「何?」
茅場「クロスボウまで作るとは思わなかった。」
凛子「システム上、製作できたのでしょう?」
茅場「もちろん。」
茅場の声が、ほんの少し楽しげになる。
茅場「クラフトシステムは、素材と加工工程の組み合わせに一定の自由度を持たせてある。」
凛子「なら、想定内じゃない。」
茅場「機能としてはね。」
茅場は画面を拡大した。
そこには、簡素ながらも確かに機能しているクロスボウが映っている。
茅場「だが、プレイヤーが第三層の段階でその構造を思いつき、実用品として完成させることまでは想定していなかった。」
凛子「……嬉しそうね。」
茅場「そう見えるか?」
凛子「とても。」
しばしの沈黙。
茅場は画面をアインクラッドの全景へと戻した。
茅場「やはり、MMORPGは面白い。」
凛子「……。」
茅場「開発者が世界を構築したとしても、その世界で何が起こるかまでは支配できない。」
凛子「今さら気付いたの?」
茅場「確認した、と言ってほしい。」
凛子は横目で茅場を見る。
楽しげに攻略ログを眺めるその姿は、世界を閉じ込めた張本人というより――。
巨大な実験結果を観察する研究者そのものだった。
凛子「晶彦。」
茅場「なんだい。」
凛子「あなた……うかうかしていられないんじゃない?」
茅場の指が止まる。
凛子「そのうち、足元をすくわれるわよ。」
茅場「私が?」
凛子「ええ。」
凛子は画面を指差した。
そこには――。
蔓に全身を締め付けられながら、
サタン「ぬおおおおおお!? なんだこの装備はぁぁぁ!!」
と暴れ回る男の姿が映っていた。
その横では、
こっこ「これ、大リーグ養成ギプスみたい(笑)」
と腹を抱えているエンジニアがいる。
さらにキリトたちまで巻き込まれ、騒ぎになっていた。
凛子「あなたの世界よ。」
茅場「……。」
凛子「でももう、あなたの思い通りの世界じゃない。」
長い沈黙。
そして――。
茅場は小さく笑った。
茅場「それでいい。」
凛子「……本当に?」
茅場「ああ。」
茅場は浮遊城を見上げる。
百層まで続く世界。
本来なら、自分が用意した道をプレイヤーたちが登ってくるはずだった世界。
しかし今。
そこには、彼の設計図には存在しなかった店があり。
彼の想定しなかった武器があり。
彼の予定になかった人間関係が生まれ。
そして――。
やたらとラストアタックを奪っていく、謎の格闘家までいる。
茅場「だからこそ……。」
凛子「?」
茅場「この世界を見る価値がある。」
その直後。
新しいログが表示された。
《PLAYER:SATAN》
《NEW EQUIPMENT:Grasp of Nerius》
《ALL STATUS DOWN》
茅場「……。」
凛子「……。」
数秒。
凛子「LUK、低いんじゃない?」
茅場「……私も今、そう思った。」
第四層《ロービア》――拳闘家、到着と同時に強制送還
第四層。
転移門から光が弾け、攻略組の面々が次々と新たなフロアへ降り立つ。
そして――。
「おお……!」
こっこは転移門を出た瞬間、思わず声を漏らした。
眼前に広がっていたのは、これまでのアインクラッドとはまるで異なる景色だった。
街の中を縦横無尽に走る水路。
石造りの建物。
水面に揺れる光。
そして、街と街、島と島を結ぶように浮かぶ小さな舟。
アスナも目を丸くする。
「すごい……街の中に川があるみたい」
キリトは周囲を見渡しながら頷いた。
「第四層では、水路が主要な移動手段になるらしい。舟を手に入れないと、行動範囲がかなり制限されそうだな」
リズが水面を覗き込む。
「舟かぁ。今までとは全然違うわね」
シリカはピナを抱きながら、嬉しそうに笑った。
「なんだか旅行に来たみたいです!」
その横で、サタンも腕を組み、壮大な水景色を眺めていた。
「ほう……悪くない」
専属商人も荷物を担ぎながら頷く。
「水運の街アルな。珍しい品も期待できそうアル」
「うむ」
サタンが一歩踏み出した――。
その瞬間だった。
――ピロン♪
サタンの視界に、メッセージウィンドウが出現する。
「……?」
送り主。
《老師》
サタンの眉がぴくりと動いた。
嫌な予感がする。
ゆっくりとメッセージを開く。
そこには、たった一文。
《次は脚技じゃ。戻ってこい》
「…………」
サタンは無言になった。
キリトが横から覗き込む。
「どうした?」
サタンは静かにウィンドウを閉じた。
そして。
「すまない 」
「え?」
「儂は戻る」
全員が固まった。
アスナが聞き返す。
「……戻るって、どこへ?」
サタンは遠い目をした。
「第二層じゃ」
「今来たばかりだぞ!?」
キリトのツッコミが水の都に響いた。
こっこも驚いて振り返る。
「サタン!? 第四層滞在時間、まだ一分も経ってないよ!?」
「老師が呼んでおる」
「何て?」
サタンは苦々しそうに答えた。
「次は脚技じゃ、と」
一瞬の沈黙。
こっこ。
キリト。
アスナ。
リズ。
シリカ。
全員の視線がサタンの脚へ向かった。
「…………」
サタンが怒鳴った。
「見るな!! 」
商人だけは腕を組みながら、何やら考えていた。
そして、ぽん、と手を叩く。
「なるほど 」
サタンが振り返る。
「何がなるほどだ」
商人は満面の笑みを浮かべた。
「次は脚絆でも売りつけるアル」
「貴様は儂の修行を商売にするな!! 」
商人はすでにメニューを開いている。
「脚絆、脛当て、足甲……。蹴り技なら靴も重要アルな」
「待て」
「老師にも紹介料を――」
「待てと言っておる!!」
二人は言い争いながら転移門へ向かっていく。
サタンは最後に振り返った。
「キリト!」
「なんだ?」
「ボスは儂が戻るまで残しておけ!」
「無茶言うな!!」
「こっこ!」
「はい!」
「面白そうな物を勝手に作るな!」
「…………」
こっこは目を逸らした。
サタンの顔が険しくなる。
「なぜ目を逸らす」
「いや、何も」
「絶対に何か考えておるな!?」
「気のせい、気のせい」
「信用ならん!!」
そして転移門が輝き――。
拳闘家サタン。
第四層到着から、およそ数分。
再び第二層へと消えていった。
後には静寂だけが残った。
リズがぽつりと言う。
「……嵐みたいな人ね」
シリカも苦笑する。
「でも、また強くなって帰ってきそうです」
キリトは頬を引きつらせる。
「今度は蹴りか……」
アスナ。
「……嫌な予感しかしないわ」
だが、その会話を――。
こっこは、もう聞いていなかった。
彼の視線は水路へ釘付けだった。
「…………」
水面。
舟。
船着場。
大量の物資を積んだNPCの小舟。
そして、街から街へ続く水路。
その瞳が徐々に輝き始める。
キリトが気づいた。
「……こっこ?」
返事がない。
「おい」
こっこは呟く。
「これは……いける」
リズの顔が引きつる。
「何が?」
こっこは水路を指差した。
「物流」
「……はい?」
「物流だよ、リズ!」
突然振り返る。
「これまでエンジニアたちが各地に物資を運ぶには、基本的に徒歩だった!」
キリト。
「まあ……そうだな」
「素材も! 武具も! 料理も! 消耗品も!」
こっこの声がどんどん大きくなる。
「でも、第四層には水路がある!」
アスナが嫌な予感を覚える。
「まさか……」
「舟を使えば大量輸送できる!!」
リズが慌てて言った。
「待ちなさいよ! 舟って言っても、あそこにあるゴンドラくらいでしょ!?」
こっこは首を横に振った。
「違う」
「え?」
「ゴンドラでは足りない」
キリトの眉が動く。
「……足りない?」
こっこは水路を見ながら両腕を広げた。
「中型船を作る」
「「「はぁ!?」」」
リズ、キリト、アスナの声が揃った。
シリカだけ少し遅れて。
「船!?」
こっこは完全にエンジニアの顔になっていた。
「積載量を増やして、素材輸送用の船を作る。街ごとに集荷地点を設け、船着場を拠点化するんだ」
空中にウィンドウを開きながら、猛烈な勢いでメモを始める。
「木工職人を集める」
「鉄工担当」
「ロープ」
「帆……いや、水路なら帆は邪魔か」
「推進方法は?」
「NPC船の構造を調査」
「積載重量限界も確認」
キリトが呆然と見ている。
「もう設計を始めてる……」
リズが頭を抱えた。
「あんた、第四層に来た目的を覚えてる!?」
こっこは即答した。
「攻略」
「今のどこが攻略よ!!」
「物流は攻略だよ!」
「言い切った!!」
こっこは街全体を見渡す。
水路。
船着場。
倉庫。
そこを行き交うエンジニアたち。
頭の中では、すでに完成図が出来上がっていた。
「ここにエンジニアの物流センターを作ろう」
シリカ。
「物流……センター?」
「各層から持ってきた素材を集める」
指を一本立てる。
「ここで加工」
二本。
「船で各拠点へ配送」
三本。
「攻略組が迷宮区へ向かう途中の港で補給!」
リズの口が徐々に開いていく。
「……それ」
「うん?」
「ものすごく便利じゃない?」
「でしょ✨️」
キリトも顎に手を当てる。
「確かに大量輸送できるなら、前線への補給はかなり楽になるな」
アスナも頷く。
「ポーションや食料をまとめて運べるなら、攻略組にもありがたいかも」
こっこの笑顔が広がった。
「よし」
嫌な予感。
全員が感じた。
「エンジニア集合!!」
第四層に、新たな攻略組織が生まれようとしていた。
剣士でもない。
騎士団でもない。
攻略ギルドでもない。
船を造り。
荷物を運び。
武器を修理し。
食料を前線へ届ける。
《エンジニア水運物流網》。
後に第四層ロービアを代表する奇妙な集団となる、その第一歩であった。
そして第二層では――。
「腰を落とせ!!」
老師の怒号。
「ぬおおおおおお!! 」
川辺で片脚立ちをさせられるサタン。
その横で、商人は脚絆を並べていた。
《初心者用脚絆》
《蹴撃用脚甲》
《老師推薦?トレーニングシューズ》
商人。
「修行用品、特別価格アルヨー✨️」
サタン。
「貴様も修行してこい!! 」
老師。
「よし、では商人も片脚で立て」
商人。
「え?」
「三時間じゃ」
「ワタシ関係ないアルーーー!! 」
第四層攻略が始まる頃。
第二層でも、また別の戦いが始まっていた。