エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

38 / 102
38 水運ある所に都市が生まれるそうだ。

紅玉宮――。

 

アインクラッド全域を俯瞰する巨大なモニターに、第三層ボス撃破のログが流れていた。

 

《LAST ATTACK BONUS》

 

その取得者の名を見て、白衣姿の男がわずかに眉を寄せる。

 

茅場「……また、ラストアタックはサタンか。」

 

隣で椅子に腰掛けていた神代凛子が、画面から目を離さずに答えた。

 

凛子「不服?」

 

茅場「いや。」

 

一拍。

 

茅場「ただ……彼にはLUK判定でも設定されているのかと思ってね。」

 

凛子「現実世界で相当な運を持っているんじゃないの?」

 

茅場「そんなパラメータを実装した覚えはない。」

 

凛子「なら、本人の運ね。」

 

茅場「……なおさら質が悪いな。」

 

淡々と言いながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

画面には、第三層攻略終了時の統計が表示されている。

 

攻略速度。

 

プレイヤー人口。

 

平均レベル。

 

死亡者数。

 

そして――生存率。

 

茅場「私の想定を上回っている。」

 

凛子「何が?」

 

茅場「死亡者数だ。」

 

茅場は表示された数字を見つめた。

 

茅場「これまでの死者の多くは、事件が世間に広く報道される前に……外部から無理にナーヴギアを外そうとしたことによるものだ。」

 

凛子の表情から、先ほどまでの軽さが消える。

 

茅場「ゲーム内部でHPを失い、死亡したプレイヤーは……いまだ百人にも満たない。」

 

凛子「少ないことが不満なの?」

 

茅場「まさか。」

 

茅場は静かに首を振る。

 

茅場「興味深いんだ。」

 

モニターが切り替わる。

 

そこには、第一層の街角が映し出された。

 

料理を提供する者。

 

武器を修理する者。

 

皮をなめす者。

 

素材を運ぶ者。

 

露店を並べる者。

 

そして、その中心で忙しそうに走り回る、一人の男の記録映像が映し出される。

 

凛子「あのエンジニアの影響は大きいでしょうね。」

 

茅場「こっこのことか。」

 

凛子「戦えない人に仕事を与えた。」

 

茅場「……いや。」

 

凛子「?」

 

茅場「戦わなくても、この世界で生きていける場所を作った、と言うべきだろう。」

 

鍛冶。

 

裁縫。

 

料理。

 

採取。

 

運搬。

 

販売。

 

修繕。

 

攻略に参加できない者たちが、それぞれの方法で誰かを支え始めている。

 

凛子「絶望して街に閉じこもっていた人たちに、役割が生まれた。」

 

茅場「そして役割は、共同体を生む。」

 

凛子「共同体が形成されれば、孤立する人間も減る。」

 

茅場「結果として、無謀な単独行動も減少する……か。」

 

茅場は指を動かし、さらに別の映像を表示する。

 

第三層。

 

森エルフの野営地。

 

こっこが木材と金属部品を組み合わせ、奇妙な武器を組み立てている。

 

次の映像。

 

完成したクロスボウを見て驚くエルフたち。

 

さらにその次には、射手と装填手を分担し、攻略戦で連続射撃を行うエンジニアたちの姿が映し出された。

 

茅場「それにしても……。」

 

凛子「何?」

 

茅場「クロスボウまで作るとは思わなかった。」

 

凛子「システム上、製作できたのでしょう?」

 

茅場「もちろん。」

 

茅場の声が、ほんの少し楽しげになる。

 

茅場「クラフトシステムは、素材と加工工程の組み合わせに一定の自由度を持たせてある。」

 

凛子「なら、想定内じゃない。」

 

茅場「機能としてはね。」

 

茅場は画面を拡大した。

 

そこには、簡素ながらも確かに機能しているクロスボウが映っている。

 

茅場「だが、プレイヤーが第三層の段階でその構造を思いつき、実用品として完成させることまでは想定していなかった。」

 

凛子「……嬉しそうね。」

 

茅場「そう見えるか?」

 

凛子「とても。」

 

しばしの沈黙。

 

茅場は画面をアインクラッドの全景へと戻した。

 

茅場「やはり、MMORPGは面白い。」

 

凛子「……。」

 

茅場「開発者が世界を構築したとしても、その世界で何が起こるかまでは支配できない。」

 

凛子「今さら気付いたの?」

 

茅場「確認した、と言ってほしい。」

 

凛子は横目で茅場を見る。

 

楽しげに攻略ログを眺めるその姿は、世界を閉じ込めた張本人というより――。

 

巨大な実験結果を観察する研究者そのものだった。

 

凛子「晶彦。」

 

茅場「なんだい。」

 

凛子「あなた……うかうかしていられないんじゃない?」

 

茅場の指が止まる。

 

凛子「そのうち、足元をすくわれるわよ。」

 

茅場「私が?」

 

凛子「ええ。」

 

凛子は画面を指差した。

 

そこには――。

 

蔓に全身を締め付けられながら、

 

サタン「ぬおおおおおお!? なんだこの装備はぁぁぁ!!」

 

と暴れ回る男の姿が映っていた。

 

その横では、

 

こっこ「これ、大リーグ養成ギプスみたい(笑)」

 

と腹を抱えているエンジニアがいる。

 

さらにキリトたちまで巻き込まれ、騒ぎになっていた。

 

凛子「あなたの世界よ。」

 

茅場「……。」

 

凛子「でももう、あなたの思い通りの世界じゃない。」

 

長い沈黙。

 

そして――。

 

茅場は小さく笑った。

 

茅場「それでいい。」

 

凛子「……本当に?」

 

茅場「ああ。」

 

茅場は浮遊城を見上げる。

 

百層まで続く世界。

 

本来なら、自分が用意した道をプレイヤーたちが登ってくるはずだった世界。

 

しかし今。

 

そこには、彼の設計図には存在しなかった店があり。

 

彼の想定しなかった武器があり。

 

彼の予定になかった人間関係が生まれ。

 

そして――。

 

やたらとラストアタックを奪っていく、謎の格闘家までいる。

 

茅場「だからこそ……。」

 

凛子「?」

 

茅場「この世界を見る価値がある。」

 

その直後。

 

新しいログが表示された。

 

《PLAYER:SATAN》

 

《NEW EQUIPMENT:Grasp of Nerius》

 

《ALL STATUS DOWN》

 

茅場「……。」

 

凛子「……。」

 

数秒。

 

凛子「LUK、低いんじゃない?」

 

茅場「……私も今、そう思った。」

 

 

 

第四層《ロービア》――拳闘家、到着と同時に強制送還

 

第四層。

 

転移門から光が弾け、攻略組の面々が次々と新たなフロアへ降り立つ。

 

そして――。

 

「おお……!」

 

こっこは転移門を出た瞬間、思わず声を漏らした。

 

眼前に広がっていたのは、これまでのアインクラッドとはまるで異なる景色だった。

 

街の中を縦横無尽に走る水路。

 

石造りの建物。

 

水面に揺れる光。

 

そして、街と街、島と島を結ぶように浮かぶ小さな舟。

 

アスナも目を丸くする。

 

「すごい……街の中に川があるみたい」

 

キリトは周囲を見渡しながら頷いた。

 

「第四層では、水路が主要な移動手段になるらしい。舟を手に入れないと、行動範囲がかなり制限されそうだな」

 

リズが水面を覗き込む。

 

「舟かぁ。今までとは全然違うわね」

 

シリカはピナを抱きながら、嬉しそうに笑った。

 

「なんだか旅行に来たみたいです!」

 

その横で、サタンも腕を組み、壮大な水景色を眺めていた。

 

「ほう……悪くない」

 

専属商人も荷物を担ぎながら頷く。

 

「水運の街アルな。珍しい品も期待できそうアル」

 

「うむ」

 

サタンが一歩踏み出した――。

 

その瞬間だった。

 

――ピロン♪

 

サタンの視界に、メッセージウィンドウが出現する。

 

「……?」

 

送り主。

 

《老師》

 

サタンの眉がぴくりと動いた。

 

嫌な予感がする。

 

ゆっくりとメッセージを開く。

 

そこには、たった一文。

 

《次は脚技じゃ。戻ってこい》

 

「…………」

 

サタンは無言になった。

 

キリトが横から覗き込む。

 

「どうした?」

 

サタンは静かにウィンドウを閉じた。

 

そして。

 

「すまない 」

 

「え?」

 

「儂は戻る」

 

全員が固まった。

 

アスナが聞き返す。

 

「……戻るって、どこへ?」

 

サタンは遠い目をした。

 

「第二層じゃ」

 

「今来たばかりだぞ!?」

 

キリトのツッコミが水の都に響いた。

 

こっこも驚いて振り返る。

 

「サタン!? 第四層滞在時間、まだ一分も経ってないよ!?」

 

「老師が呼んでおる」

 

「何て?」

 

サタンは苦々しそうに答えた。

 

「次は脚技じゃ、と」

 

一瞬の沈黙。

 

こっこ。

 

キリト。

 

アスナ。

 

リズ。

 

シリカ。

 

全員の視線がサタンの脚へ向かった。

 

「…………」

 

サタンが怒鳴った。

 

「見るな!! 」

 

商人だけは腕を組みながら、何やら考えていた。

 

そして、ぽん、と手を叩く。

 

「なるほど 」

 

サタンが振り返る。

 

「何がなるほどだ」

 

商人は満面の笑みを浮かべた。

 

「次は脚絆でも売りつけるアル」

 

「貴様は儂の修行を商売にするな!! 」

 

商人はすでにメニューを開いている。

 

「脚絆、脛当て、足甲……。蹴り技なら靴も重要アルな」

 

「待て」

 

「老師にも紹介料を――」

 

「待てと言っておる!!」

 

二人は言い争いながら転移門へ向かっていく。

 

サタンは最後に振り返った。

 

「キリト!」

 

「なんだ?」

 

「ボスは儂が戻るまで残しておけ!」

 

「無茶言うな!!」

 

「こっこ!」

 

「はい!」

 

「面白そうな物を勝手に作るな!」

 

「…………」

 

こっこは目を逸らした。

 

サタンの顔が険しくなる。

 

「なぜ目を逸らす」

 

「いや、何も」

 

「絶対に何か考えておるな!?」

 

「気のせい、気のせい」

 

「信用ならん!!」

 

そして転移門が輝き――。

 

拳闘家サタン。

 

第四層到着から、およそ数分。

 

再び第二層へと消えていった。

 

後には静寂だけが残った。

 

リズがぽつりと言う。

 

「……嵐みたいな人ね」

 

シリカも苦笑する。

 

「でも、また強くなって帰ってきそうです」

 

キリトは頬を引きつらせる。

 

「今度は蹴りか……」

 

アスナ。

 

「……嫌な予感しかしないわ」

 

だが、その会話を――。

 

こっこは、もう聞いていなかった。

 

彼の視線は水路へ釘付けだった。

 

「…………」

 

水面。

 

舟。

 

船着場。

 

大量の物資を積んだNPCの小舟。

 

そして、街から街へ続く水路。

 

その瞳が徐々に輝き始める。

 

キリトが気づいた。

 

「……こっこ?」

 

返事がない。

 

「おい」

 

こっこは呟く。

 

「これは……いける」

 

リズの顔が引きつる。

 

「何が?」

 

こっこは水路を指差した。

 

「物流」

 

「……はい?」

 

「物流だよ、リズ!」

 

突然振り返る。

 

「これまでエンジニアたちが各地に物資を運ぶには、基本的に徒歩だった!」

 

キリト。

 

「まあ……そうだな」

 

「素材も! 武具も! 料理も! 消耗品も!」

 

こっこの声がどんどん大きくなる。

 

「でも、第四層には水路がある!」

 

アスナが嫌な予感を覚える。

 

「まさか……」

 

「舟を使えば大量輸送できる!!」

 

リズが慌てて言った。

 

「待ちなさいよ! 舟って言っても、あそこにあるゴンドラくらいでしょ!?」

 

こっこは首を横に振った。

 

「違う」

 

「え?」

 

「ゴンドラでは足りない」

 

キリトの眉が動く。

 

「……足りない?」

 

こっこは水路を見ながら両腕を広げた。

 

「中型船を作る」

 

「「「はぁ!?」」」

 

リズ、キリト、アスナの声が揃った。

 

シリカだけ少し遅れて。

 

「船!?」

 

こっこは完全にエンジニアの顔になっていた。

 

「積載量を増やして、素材輸送用の船を作る。街ごとに集荷地点を設け、船着場を拠点化するんだ」

 

空中にウィンドウを開きながら、猛烈な勢いでメモを始める。

 

「木工職人を集める」

 

「鉄工担当」

 

「ロープ」

 

「帆……いや、水路なら帆は邪魔か」

 

「推進方法は?」

 

「NPC船の構造を調査」

 

「積載重量限界も確認」

 

キリトが呆然と見ている。

 

「もう設計を始めてる……」

 

リズが頭を抱えた。

 

「あんた、第四層に来た目的を覚えてる!?」

 

こっこは即答した。

 

「攻略」

 

「今のどこが攻略よ!!」

 

「物流は攻略だよ!」

 

「言い切った!!」

 

こっこは街全体を見渡す。

 

水路。

 

船着場。

 

倉庫。

 

そこを行き交うエンジニアたち。

 

頭の中では、すでに完成図が出来上がっていた。

 

「ここにエンジニアの物流センターを作ろう」

 

シリカ。

 

「物流……センター?」

 

「各層から持ってきた素材を集める」

 

指を一本立てる。

 

「ここで加工」

 

二本。

 

「船で各拠点へ配送」

 

三本。

 

「攻略組が迷宮区へ向かう途中の港で補給!」

 

リズの口が徐々に開いていく。

 

「……それ」

 

「うん?」

 

「ものすごく便利じゃない?」

 

「でしょ✨️」

 

キリトも顎に手を当てる。

 

「確かに大量輸送できるなら、前線への補給はかなり楽になるな」

 

アスナも頷く。

 

「ポーションや食料をまとめて運べるなら、攻略組にもありがたいかも」

 

こっこの笑顔が広がった。

 

「よし」

 

嫌な予感。

 

全員が感じた。

 

「エンジニア集合!!」

 

第四層に、新たな攻略組織が生まれようとしていた。

 

剣士でもない。

 

騎士団でもない。

 

攻略ギルドでもない。

 

船を造り。

 

荷物を運び。

 

武器を修理し。

 

食料を前線へ届ける。

 

《エンジニア水運物流網》。

 

後に第四層ロービアを代表する奇妙な集団となる、その第一歩であった。

 

そして第二層では――。

 

「腰を落とせ!!」

 

老師の怒号。

 

「ぬおおおおおお!! 」

 

川辺で片脚立ちをさせられるサタン。

 

その横で、商人は脚絆を並べていた。

 

《初心者用脚絆》

《蹴撃用脚甲》

《老師推薦?トレーニングシューズ》

 

商人。

 

「修行用品、特別価格アルヨー✨️」

 

サタン。

 

「貴様も修行してこい!! 」

 

老師。

 

「よし、では商人も片脚で立て」

 

商人。

 

「え?」

 

「三時間じゃ」

 

「ワタシ関係ないアルーーー!! 」

 

第四層攻略が始まる頃。

 

第二層でも、また別の戦いが始まっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。