エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
《第四層――組織エンジニア、誕生》
第四層《ロービア》。
水路が街を縫い、大小の船が行き交う水の都。
その一角にある宿屋の会議室で、こっこは珍しく――本当に珍しく、真剣な表情で椅子に座っていた。
向かいにいるのは二人のプレイヤー。
一人は、現実世界で日本最大級のネットゲーム総合情報サイト《MMOトゥデイ》を運営していた男――シンカー。
そして、その隣に座る女性プレイヤー、ユリエール。
さらにリズ、シリカをはじめ、双方の主要メンバーが顔を揃えている。
議題は単純だった。
しかし、その内容はアインクラッドのプレイヤー社会そのものを大きく変えかねない。
――《MMOトゥデイ》と《エンジニア》の業務提携。
いや。
話し合いが進むにつれ、それは単なる提携ではなくなっていた。
「では……確認します」
シンカーがテーブルの上にウインドウを開く。
そこには、新たな組織図が表示されていた。
「MMOトゥデイ側のプレイヤーを《エンジニア》の組織に統合する。双方の生産職、商人、情報収集担当、運搬担当、戦闘職を合わせて――」
数字が表示される。
約一〇〇〇名。
リズが目を見開いた。
「……千人?」
シリカも驚いたように口を開く。
「そんなにいるんですか!?」
「第一層に残っていたプレイヤーを中心に、我々も相当数の人員を抱えていましたからね」
シンカーは苦笑した。
攻略組とは異なる。
最前線で剣を振るうことを選ばなかった者。
情報を集める者。
料理を作る者。
武具を修理する者。
素材を運ぶ者。
街と街を結ぶ者。
そして――戦うこと以外の方法で、この世界を生き抜こうとする者たち。
彼らが一つの巨大組織にまとまろうとしていた。
だが。
「一つだけ条件があります」
シンカーが、こっこを見る。
「この人数を、あなた一人で管理しようとはしないでください」
「…………」
こっこは視線を逸らした。
ユリエールが即座に言った。
「今、目を逸らしましたね?」
「いやいやいや。僕だって、千人規模になると無理なのは分かっていますよ 」
「百人程度の時点で気づいてください」
リズがぼそりと呟いた。
「そのとおり」
シリカが頷いた。
「本当にそうです」
「君たち、どちらの味方なんだ!?」
ともあれ――。
長時間に及ぶ会談の末、新組織の基本方針が決定した。
情報部門、および組織全体の経営指揮――シンカー。
各層の物価、素材相場、クエスト情報、危険区域、攻略組の動向。
それらを集約し、千人規模となった組織全体の方向性を決定する。
予算・財務管理――ユリエール。
素材購入費。
設備投資。
輸送費。
職人への報酬。
店舗運営費。
そして、こっこが思いつきで始めようとする謎の大型事業を抑制する役目も含まれていた。
「最後の項目だけ、扱いが違わない?」
「最も重要です」
ユリエールは即答した。
そして――。
現場指揮・計画遂行――こっこ。
新技術の開発。
工房建設。
物流網の構築。
現地調査。
攻略組への後方支援。
必要であれば、自ら前線にも出る。
要するに。
こっこから最も苦手な《組織経営》と《金勘定》を取り上げ――。
最も得意な、
《現場で自由に動き回る仕事》
だけを任せたのである。
組織図を見つめていたこっこの顔が、ぱっと明るくなった。
「…………」
そして。
両手をテーブルについた。
「これで、身軽に動ける!」
「お待ちください」
シンカーが制止した。
「え?」
「経営会議には出席してください」
「…………」
ユリエールも続ける。
「それと、設備投資については事前に予算申請をお願いします」
「…………」
「特に大型建造物については」
こっこの視線が泳ぐ。
ユリエールの目が細くなった。
「こっこさん」
「はい」
「第四層に到着してから、《中型船を造りたい》とおっしゃっていましたね?」
「…………」
「さらに、《物流センターも欲しい》と」
「…………」
「予算申請をお願いします」
「……はい」
リズが吹き出した。
「ぷっ!」
シリカも口元を押さえている。
シンカーは苦笑しながら、こっこの肩を叩いた。
「まあ、あなたにはあなたの役割があります。現場は任せますよ」
「シンカー……!」
「ただし、会議には出席してください」
「はい……」
ユリエールも笑顔で言った。
「予算は計画的にお願いします」
「はい……」
こっこは新しい組織図を見つめる。
千人。
第一層で、わずか三十人ほどから始まった集まりだった。
武器を振るうことだけが、この世界で生きる方法ではない。
料理人。
鍛冶師。
裁縫職人。
商人。
運搬屋。
情報屋。
採取職。
そして、それらを必要とする戦闘職。
いつの間にか、小さな集まりは巨大な共同体へと成長していた。
こっこは腕を組んだ。
「…………」
シンカーという頭脳。
ユリエールという財務管理の責任者。
そして、自分が現場を担う。
合理的である。
非常に合理的である。
おそらく。
「これで……よかったのかなあ?」
「何を今さら言っているのよ!」
リズが立ち上がった。
そして、こっこの襟首を掴む。
「早く船を造ってフィールドボスを倒さないと、ランスロットさんに会えないでしょう!」
「そうですよ!」
シリカまで立ち上がる。
「急いでください!」
「いや、フィールドボスは逃げないでしょう」
「ランスロットさんは待っているの!」
「待っています!」
「そっち!?」
こっこは引きずられながらシンカーを見る。
助けてくれ。
そんな目だった。
シンカーは笑顔で手を振った。
「現場指揮、よろしくお願いします」
ユリエールも笑顔だった。
「船舶建造計画書は後ほど提出してくださいね」
「…………」
逃げ場がない。
リズとシリカに両腕を引っ張られ、こっこは会議室から連行されていく。
「はいはい、急ぎますよ」
「はいは一回!」
「ランスロットさんが待っているんです!」
「だから君たち、目的が変わっていない!?」
三人の声が廊下の向こうへ消えていく。
残されたシンカーは、新しい組織図を眺めた。
《エンジニア》
所属人数――約一〇〇〇名。
攻略組とは異なる形でアインクラッドを支える、巨大組織。
その最高指揮系統には、三人の名前が並んでいる。
シンカー。
ユリエール。
そして――こっこ。
シンカーは小さく笑った。
「……さて」
ユリエールが首を傾げる。
「どうしました?」
「彼に千人を任せるのと、彼を自由にさせるのとでは……どちらが危険なのでしょうね」
「…………」
ユリエールは少し考えた。
そして、こっこが消えていった扉を見る。
「予算だけは、絶対に私が管理します」
「賢明ですね」
その頃――。
「よーし! エンジニア船舶建造班、集合ー!! まずは造船所から作るぞー!!✨」
廊下の向こうから声が響いた。
「造船所から!?」
ユリエールが立ち上がる。
「こっこさん!! 予算申請が先です!!」
「現場判断でーす!!」
「そのような現場判断が認められると思いますかー!!」
シンカーは額を押さえた。
一〇〇〇人の巨大組織《エンジニア》。
その船出は――。
文字どおり、船を造るところから始まった.
第四層――Engineer、船を造る
こっこが、ここにいる。
「代表ー!」
完成間近の船上から、木工職人の声が響いた。
「船名、どうしますー?」
第四層《ロービア》の船着き場には、Engineerの職人たちが力を合わせて造り上げた中型支援船が、堂々とその姿を見せていた。
幅の広い船体。浅い船底。中央には大きな荷物置き場。荷役用の滑車に、雨を避ける天幕。補修工具や救命用の浮具まで備えた、Engineer初の本格的な物流船である。
こっこは、その船をしみじみと見上げた。
「……みんなで造った、最初の船だもんなあ。」
リズが隣で頷く。
「そうね。だからこそ、ちゃんとした名前にしなさいよ。」
「分かってるって✨️」
「本当に?」
「僕を誰だと思ってるの。」
「だから心配なのよ。」
シリカもピナを肩に乗せたまま、期待と不安の入り混じった表情を浮かべていた。
「どんな名前にするんですか?」
こっこは少し考え、やがて顔を上げた。
「決めた!」
「何?」
「聞きます……」
こっこは船を指差し、高らかに宣言した。
「《こっこ、こここっこ号》!!✨️」
「…………」
船着き場が静まり返った。
木工職人の手が止まる。
鍛冶職人も、物流担当も、顔を見合わせた。
リズはゆっくりとこっこへ振り向いた。
「……もう一回言って?」
「こっこ、こここっこ号。」
「却下。」
「早い!? 」
シリカも困ったように笑う。
「こっこさん、ちょっと言いにくいです……。」
「ええっ!? ちゃんと意味があるんだよ!」
リズが眉をひそめた。
「意味?」
「うん✨️」
こっこは胸を張った。
「《こっこが、ここにいる、こっこ号》の略!」
「…………」
「…………」
一拍置いて、リズが叫んだ。
「略すなぁぁぁ!! 」
「なんで!? 」
シリカは口元を押さえながら、肩を震わせている。
「余計に分かりにくくなってます……! 」
「いやいや、考えてみてよ!」
こっこは真剣だった。
「もし遭難したときに、船名を叫んだら――」
「遭難!?」
「《こっこ、こここっこ号》! つまり、こっこがここにいるって分かるじゃん!」
リズは両手で顔を覆った。
「船が遭難してどうすんのよ……。」
「だから救命用の浮具も積んだんじゃん!」
「そういう問題じゃない!! 」
◇
そこへ、進水式の準備を確認していたシンカーとユリエールがやって来た。
「何やら賑やかですね。」
シンカーが穏やかに声をかける。
リズはすかさず振り向いた。
「シンカーさん、聞いてください! この人、船の名前を《こっこ、こここっこ号》にするって!」
「……こっこ、こここっこ号?」
シンカーは一度、正確に復唱した。
こっこは嬉しそうに頷く。
「そう! 《こっこが、ここにいる、こっこ号》の略なんだ✨️」
「なるほど……。」
シンカーは少し考えた。
「意味は理解しました。」
「でしょ!」
「ですが、正式名称には向きませんね。」
「なんで!? 」
ユリエールが手元の書類を確認する。
「船舶登録、運用記録、予算申請、補修履歴。すべてにその名称を記載することになります。」
「うん。」
「《こっこ、こここっこ号》と。」
「うん✨️」
「却下です。」
「ユリエールさんまで!? 」
リズが腹を抱えて笑い始めた。
「もう駄目、面白すぎる……! 」
シリカも笑いをこらえきれない。
「こっこさん、せめて短くて呼びやすい名前にしましょうよ。」
「短くした結果がこれなのに……。」
「元の名前のほうが長いんですか!?」
「《こっこが、ここにいる、こっこ号》だからね。」
「だから略すなって言ってんの!! 」
シンカーは苦笑しながら、船体へ目を向けた。
「では、正式名称は運用目的に合ったものをこちらで検討しましょう。こっこさんの案は……愛称として残す、ということで。」
「愛称✨️」
こっこの表情が明るくなる。
「それならいいかも!」
ユリエールが釘を刺した。
「ただし、登録書類には使用しません。」
「はい……。」
◇
数日後。
第四層の湖面に、Engineer初の中型支援船が進水した。
船体がゆっくりと水へ滑り込み、湖面に大きな波紋が広がる。
職人たちから歓声が上がった。
「浮いたぞー!!」
「やったぁ!!」
「Engineer、初の船だ!!」
こっこは船着き場の端に立ち、その光景を見つめていた。
第三層まで、素材も食料も、すべて人の足で運んできた。
これからは、この船が水路を行き交う。
採取した木材や鉱石を運び、前線へ消耗品を届け、壊れた装備を修理するための資材を積む。
そして、必要ならば負傷したプレイヤーを安全な街まで運ぶ。
一人では造れなかった船。
Engineerのみんなが、それぞれの技術を持ち寄って造った船だった。
「……いい船になったなあ。」
リズが隣に立つ。
「そうね。」
シリカも微笑んだ。
「これから、いろんな人の役に立ちますね✨️」
「うん。」
こっこは嬉しそうに頷いた。
そのとき。
リズの視線が、船体の片隅で止まった。
「…………」
「…………?」
「こっこ。」
「なに?」
「……あれ、何?」
こっこは視線を逸らした。
「何のことかなあ。」
リズが船体を指差す。
そこには、小さく、しかしはっきりと文字が彫り込まれていた。
《こっこが、ここにいる。》
「…………」
シリカが覗き込む。
「あっ……。」
こっこは慌てて説明した。
「いや、ほら! 正式名称じゃないから! ただの記念! 僕らがここにいたっていう――」
リズはしばらく文字を見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「……まあ、それくらいならいいんじゃない?」
「えっ?」
「みんなで造った船だし。あんたがここにいたっていう記念くらい、残してもいいでしょ。」
こっこの顔がぱっと明るくなる。
「リズ……!✨️」
シリカも頷いた。
「素敵だと思います。最初の船の思い出ですね。」
「シリカちゃん……! 」
こっこは感動したように二人を見た。
そして、調子に乗った。
「じゃあ反対側に《ここにこっこがいる、こっこ号》も――」
「調子に乗るなぁぁぁぁ!! 」
リズの怒声が、第四層《ロービア》の水路いっぱいに響き渡った。
◇
その日の午後。
進水式を終えた支援船は、いよいよ初めての試験航行へ出ることになった。
船上では、木工職人が船体の軋みを確認し、鍛冶職人が金具の緩みを点検している。物流担当は積荷の固定を確かめ、操船担当はオールの動きを何度も試していた。
こっこは船尾に立ち、満足そうに頷いた。
「よし。出航準備完了✨️」
リズが腕を組む。
「今度こそ、ちゃんと物流船として使うのよね?」
「もちろん。」
「変なもの、積んでないでしょうね?」
「積んでないよ。」
「船首の補強は?」
「補強です。」
「……本当に?」
「本当に。」
シリカが二人の間に入った。
「まあまあ。せっかくの初航海ですし、楽しく行きましょう 」
ピナも肩の上で、
「きゅるっ!」
と元気よく鳴いた。
こっこは大きく息を吸い込む。
「それでは、Engineer初の中型支援船――」
リズが即座に睨んだ。
「変な名前で呼ばない。」
「……こっこ号、出航!!✨️」
「それならいいわ。」
船上の職人たちが笑いながらオールを漕ぎ始めた。
船体がゆっくりと岸を離れ、第四層の水路へ滑り出す。
こっこは感動したように湖面を見つめた。
「……動いた。」
リズも思わず笑みを浮かべる。
「そりゃ、船なんだから動くでしょ。」
「いや、そうなんだけどさ。」
こっこは船体を軽く叩いた。
「みんなで造ったものが、本当に動くって……やっぱり嬉しいなあ。」
シリカが頷いた。
「分かります。私も、自分で作った服を誰かが着てくれると嬉しいですから。」
「そうそう✨️」
しばらく、穏やかな水音だけが続いた。
だが――。
その平和は長く続かなかった。
◇
「こっこさん。」
シンカーからメッセージが届いた。
『試験航行の結果は、後ほど報告してください。輸送量、必要人員、航行時間、船体の状態を記録しておいてくださいね。』
こっこはメッセージを読み、少し肩を落とした。
「……報告書かあ。」
リズが横から覗く。
「当たり前でしょ。組織の船なんだから。」
「分かってるよ。」
続いて、ユリエールからもメッセージが届いた。
『なお、船名変更の申請は受け付けておりません。』
「…………」
こっこは無言でメッセージを閉じた。
リズが怪訝そうに見る。
「何?」
「いや……。」
「何よ。」
「正式名称、《こっこ号》に変更できないかなって。」
「まだ諦めてなかったの!?」
「だって、みんなもうこっこ号って呼んでるじゃん 」
シリカがくすくす笑う。
「愛称として定着しちゃいましたね。」
「でしょ✨️」
こっこは再びメッセージ画面を開き、ユリエールへ返信した。
『船名変更の申請書を提出したいです。』
数秒後。
返信が来た。
『まず、試験航行報告書を提出してください。』
「…………」
さらに、シンカーから。
『それと、次回の運営会議には出席してくださいね。』
こっこは天を仰いだ。
「……船造るより大変じゃん 」
リズが吹き出した。
「完全に飼い慣らされてる 」
「違うって!」
シリカも笑いながら言う。
「でも、シンカーさんとユリエールさんがいてくださるから、こっこさんも現場に集中できるんですよね。」
「……まあ、それはそうなんだけど。」
こっこは少しだけ考えた。
情報と全体の経営指揮はシンカー。
予算はユリエール。
現場と遂行は自分。
三人で役割を分けたからこそ、こうして船を造ることができた。
「……やっぱり、提携してよかったのかなあ。」
リズがにやりと笑う。
「今さら?」
「いや、会議が増えたからさ……。」
「そこは代表なんだから我慢しなさい。」
「はい……。」
◇
そのとき、リズが突然、何かを思い出したように顔を上げた。
「……あっ!」
こっこが振り向く。
「なに?」
「なに、じゃないわよ!」
リズはこっこの肩を掴んだ。
「さっさと船作ってフィールドボス倒さないと、ランスロットさんに会えないじゃない!!」
「…………」
シリカもはっとした。
「そうでした! アルフェルト城へ行くためにも、早く攻略を進めないと!」
こっこは二人を見比べた。
「……今、試験航行中なんだけど。」
「だから早く終わらせなさい!! 」
「急いでください、こっこさん!✨️」
ピナも、
「きゅるーっ!」
と鳴いた。
こっこはため息をつきながら、操船担当へ声をかけた。
「はいはい、急ぎますよ。」
そして、湖の向こうを見つめる。
広大な水面。
まだ見ぬ水路。
そして、その先に待つ第四層の冒険。
こっこの目が、再び輝き始めた。
「……でもさ。」
リズが警戒する。
「何よ。」
「この船、もう少し速度が出たら便利だよね✨️」
「…………」
「それと、船首にクロスボウを――」
「却下ぁぁぁぁ!! 」
シリカは笑いながら、ピナを抱き寄せた。
「第四層も、賑やかになりそうですね…… 」
こうしてEngineer初の中型支援船《こっこ号》は、第四層の水路へと漕ぎ出した。
その船が、やがて物流だけでは済まない大騒動を巻き起こすことになるとは――。
このときのリズとシリカは、まだ知らなかった。