エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第四層――《こっこ号》帰港
~本当のフィールドボス~
夕暮れの第四層《ロービア》。
港には、多くのプレイヤーが集まっていた。
その視線の先。
湖の向こうから、一隻の船がゆっくりと帰ってくる。
《こっこ号》。
出航時には真新しかった船体は――
傷だらけだった。
右舷には巨大な擦過痕。
船首の一部はひしゃげ。
帆には穴。
そして何より。
船首から突き出した――
衝角。
甲板中央には――
大型弩弓。
後部甲板には――
カタパルト。
港にいたプレイヤーたちがざわめく。
「……あれ輸送船じゃなかった?」
「なんで武装してんの?」
「戦艦じゃん。」
「何と戦ってきたんだよ……。」
甲板上。
こっこは腕を組んでいた。
「…………。」
リズも黙っている。
シリカも黙っている。
エンジニアたちも黙っている。
誰も。
港を見ようとしない。
「……船長。」
操舵担当のエンジニアが小声で言った。
「なんだ。」
「港に……人がいます。」
「港なんだから人はいるだろ。」
「いや……そういう意味じゃなくて。」
こっこが、そっと前を見る。
「…………。」
いた。
シンカー。
その隣には――
ユリエール。
さらに。
キリト。
アスナ。
エギル。
そして少し離れたところには、アルゴまでいた。
「…………。」
こっこは静かに操舵担当へ言った。
「面舵いっぱい。」
「はい?」
「もう一周してこよう。」
「燃料と食料がありません。」
「じゃあ漂流しよう。」
リズが肩を掴んだ。
「帰るわよ 」
「嫌だぁぁぁぁ!! 」
「自業自得です!! 」
――ゴン。
《こっこ号》が桟橋に接岸した。
タラップが渡される。
しかし。
誰も降りない。
シンカーが眼鏡を直した。
「こっこさん。」
「…………。」
「降りてきてください。」
「…………。」
「聞こえていますよね?」
「……船長は船と運命を共にするものなので。」
「沈んでません。」
「はい。」
こっこは降りた。
リズ。
シリカ。
エンジニアの乗組員たちも続く。
ずらり。
完全に――
被告人席。
シンカーは腕を組んでいた。
怒鳴ってはいない。
それが怖い。
「まず。」
シンカーが口を開いた。
「確認します。」
「はい。」
「本日の予定は?」
こっこが答える。
「新造輸送船《こっこ号》の試験航海です。」
「航行予定区域は?」
「ロービア周辺水路。」
「カルデラ湖は?」
「…………。」
「予定航路に含まれていますか?」
「…………。」
「こっこさん。」
「含まれてません。」
「なぜ行ったんですか?」
「…………。」
こっこは考える。
技術者として。
組織の現場責任者として。
ここは論理的かつ合理的な説明が必要だ。
「湖が。」
「はい。」
「俺を呼んでいた。」
「…………。」
ユリエールが目を閉じた。
リズが頭を抱えた。
シリカが泣きそうになった。
シンカーは無言で眼鏡を外した。
「もう一度聞きます。」
「はい。」
「なぜ行ったんですか?」
「……調子に乗りました。」
「最初からそう言ってください。」
「はい 」
シンカーが一枚の紙を開く。
「その結果、未確認だったフィールドボスと遭遇。」
「はい。」
「交戦。」
「はい。」
「撃破。」
「はい。」
「……そこだけ聞けば大戦果なんですが。」
キリトが小さく口を挟んだ。
「普通はそうなんだけどな……。」
アスナがため息をつく。
「問題は、そこへ至る過程よ。」
シンカーが船を見る。
「次。」
嫌な予感。
「この船について説明してください。」
「輸送船です。」
全員が《こっこ号》を見る。
衝角。
弩弓。
カタパルト。
再び、こっこを見る。
「輸送船です。」
ユリエールが尋ねた。
「こっこさん。」
「はい。」
「船首についている物は?」
「…………補強材です。」
リズが即座に言った。
「衝角です。」
「リズぅぅぅ!!」
「事実でしょ 」
ユリエールがメモする。
「では甲板中央の大型設備は?」
「荷物を遠くへ届けるための――」
シリカが言った。
「弩弓です。」
「シリカちゃぁぁぁん!! 」
「嘘つけませんよ!! 」
「後部の設備は?」
「…………。」
こっこが俯く。
「カタパルトです。」
「用途は?」
「…………投石。」
「なぜ輸送船に?」
「護身用です。」
ユリエールが初めて顔を上げた。
「護身用?」
「はい。」
「カタパルトが?」
「はい。」
「大型弩弓も?」
「はい。」
「衝角も?」
「……はい。」
ユリエールはにっこり笑った。
「では。」
一枚の書類を取り出した。
「予算についてお話ししましょうか。」
こっこの顔から血の気が引いた。
「…………。」
リズが小声で言う。
「終わったわね。」
シリカも頷く。
「終わりましたね。」
ユリエールが読み上げる。
「木材費。」
「はい。」
「金属加工費。」
「はい。」
「大型弩弓用の弦。」
「はい。」
「投射装置用金属部品。」
「はい。」
「船首補強用鉄材。」
「はい。」
「これらすべて。」
紙を――
トン。
と指で叩いた。
「《物流拠点整備費》から支出されています。」
「…………。」
「こっこさん。」
「はい。」
「物流とは何ですか?」
「物資を……必要な場所へ運ぶことです。」
「フィールドボスへ岩を運ぶことも物流ですか?」
「…………。」
エギルが吹き出した。
「ぶっ!」
アスナが口元を押さえる。
キリトは完全に顔を逸らした。
「笑わないでください!! 」
ユリエールは続ける。
「大型弩弓の矢を敵へ配送することも物流ですか?」
「……ある意味では。」
「こっこ 」
リズの拳骨が落ちた。
ゴン!!
「痛い!!」
「屁理屈言うな!!」
シリカも怒った。
「私たち、武装してるなんて聞いてませんでしたよ!!」
「驚かせようと思って……。」
「驚きましたよ!! 違う意味で!! 」
ここで。
キリトが一歩前へ出た。
「俺からもいい?」
「…………はい。」
こっこが縮こまる。
「フィールドボスを見つけたら、普通どうする?」
「情報を持ち帰って……。」
「うん。」
「攻略会議を開いて……。」
「うん。」
「攻撃パターンを調べて……。」
「うん。」
「攻略組で戦います。」
「今回は?」
「…………。」
「こっこ。」
「船で轢きました。」
キリトが頭を抱えた。
「なんでだよ!!」
「だって衝角があったから!!」
「なんで衝角があるんだよ!!」
「付けたかったから!!」
「そこからかよ!!」
アスナまで額を押さえる。
「しかもフィールドボスでしょう? 下手をしたら船ごと沈められて全滅していたのよ。」
「はい……。」
「勝ったから笑い話になってるだけ。」
「はい……。」
「もし船体が破壊されて、全員が水中に投げ出されていたら?」
「…………。」
ここだけは。
こっこも答えなかった。
エンジニアの乗組員たちも静かになる。
アスナの声は怒鳴ってはいなかった。
だからこそ重かった。
「乗組員の命を預かっていたのよ。」
「…………はい。」
こっこは頭を下げた。
「そこは、本当に俺の判断ミスだった。」
沈黙。
それまで笑っていたエギルも、真面目な顔になる。
「俺が行きたいって言った。」
こっこは続けた。
「武装を積んだのも俺。カルデラ湖まで行くって決めたのも俺。ボスと戦う判断をしたのも俺。」
エンジニアたちを見る。
「だから乗組員に責任はない。」
一人のエンジニアが言った。
「いや、船長。俺たちもノリノリで弩弓撃って――」
「黙ってろ。」
「はい。」
「今いいところだから。」
「台無しよ 」
リズの拳骨。
ゴン!!
「痛い!! 」
シンカーが大きく息を吐いた。
「分かりました。」
そして書類を閉じる。
「今回の件について。」
こっこが姿勢を正す。
「第一に、フィールドボス撃破の戦闘データは攻略組と共有。」
「はい。」
「第二に、《こっこ号》の運航規定を作成します。今後、試験航海を含む遠距離航行には航行計画を提出。」
「はい。」
「第三に。」
シンカーが船を見る。
「武装追加は事前承認制。」
「えっ。」
全員がこっこを見る。
「……えっ?」
シンカーの眉が動く。
「何か問題でも?」
「いや……。」
こっこは恐る恐る手を上げた。
「現場判断で多少の改修は――」
「事前承認制。」
「弩弓の改良くらいなら――」
「事前承認制。」
「カタパルトの射程延長――」
「事前承認制。」
「衝角をもう少し太く――」
「撤去します。」
「それだけはぁぁぁぁ!! 」
こっこが船首へ走ろうとする。
リズとシリカが左右から腕を掴んだ。
「離せぇぇぇ!! あれは男のロマンなんだぁぁぁ!!」
「知らないわよ!! 」
「輸送船ですよ!! 」
ユリエールが書類をもう一枚出した。
「そして最後に。」
「まだあるの!?」
「今回、無断で使用した資材について。」
「…………。」
「始末書を提出してください。」
「…………。」
「明日の朝までに。」
「…………。」
こっこが崩れ落ちた。
「フィールドボスより強い……。」
「何か?」
「なんでもありません 」
その横でアルゴが猛烈な勢いでメモを取っていた。
こっこが気づく。
「アルゴ。」
「なんダ?」
「何書いてる?」
「明日の情報誌の見出し。」
嫌な予感。
「見せて。」
アルゴがニヤリと笑う。
そこには――
《第四層に戦艦出現!?
エンジニア集団、輸送船でフィールドボス撃破!》
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
「もう予約販売始めてるヨ。」
「アルゴぉぉぉぉ!! 」
港に笑い声が広がった。
その日の夜。
エンジニア本部。
机に向かう三人の姿があった。
こっこは始末書。
リズは損傷した船体の修繕見積書。
シリカは消耗品と使用アイテムの一覧表。
「…………。」
カリカリカリ。
「…………。」
カリカリカリ。
こっこが小さく呟く。
「でも……勝ったよね。」
リズのペンが止まる。
シリカのペンも止まる。
「…………。」
「…………。」
「船でフィールドボス倒したんだよ?」
「…………。」
リズが少しだけ笑った。
「まあ……。」
シリカも苦笑する。
「すごかったですけど……。」
こっこの顔が輝く。
「だよね!?✨️」
「調子に乗るな 」
「始末書書いてください 」
「はい 」
再び静かになる。
カリカリカリ。
しばらくして。
こっこがまた口を開いた。
「ところで第五層用に――」
「ダメ。」
「まだ何も言ってない!!」
「どうせ変な物作るんでしょ!!」
「違うよ! 今度は安全性を考えて――」
こっこは設計図を広げた。
そこには。
《こっこ号・改二》
と書かれていた。
大型化した船体。
強化された弩弓。
二基に増えたカタパルト。
そして船首には――
さらに巨大化した衝角。
「…………。」
「…………。」
リズとシリカが立ち上がった。
こっこが後ずさる。
「いや、待って。」
「こっこさん。」
「これは構想段階だから。」
「こっこ。」
「技術検討だけで――」
「「反省しろぉぉぉぉぉぉ!! 」」
第四層《ロービア》。
フィールドボスを倒した英雄の悲鳴が――
夜の水路に響き渡った。