エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第四層――秘鍵争奪戦・決着
地下水路の出口が見えた。
薄暗い水路を抜けると、眩しい陽光が三人を迎える。遠くには森エルフの居城《アルフェルト城》の尖塔がそびえていた。
「見えた! アルフェルト城!」
こっこが叫ぶ。
「あと少しよ!」
リズが走る速度を上げる。
「ピナ、もうちょっとです!」
「きゅるるっ♪」
シリカの肩でピナが羽ばたいた。
城までは目と鼻の先。
ここまで来れば、秘鍵をランスロットへ渡すことができる。
三人は最後の力を振り絞って走り続けた。
だが――。
「…………」
こっこの足が止まった。
リズとシリカも、その視線の先を見て硬直する。
道の向こう。
二人のプレイヤーが立っていた。
黒い剣士と、白と赤の細剣使い。
キリトとアスナ。
二人とも息を切らしている。
そして、その目は――。
「……血走ってる」
リズが呟いた。
「ここまでやって追いすがってくるなんて 」
こっこは思わず後ずさる。
キリトが一歩踏み出した。
「こっこ……」
「ひっ」
「秘鍵を返せ」
アスナも静かに細剣を抜く。
「今度こそ、逃がさないわよ♥」
「笑顔が怖いですぅ…… 」
シリカがピナを抱き寄せた。
そのとき、リズが前へ出た。
「私が行くわ!」
「えっ?」
こっこが目を丸くする。
シリカも驚いた。
「ツッコミ担当では?」
「 やるときゃ、やるわよ!」
リズはメイスを構え、二人の前に立つ。
「こっこ、シリカ。あんたたちは先に行きなさい!」
「リズ……!」
こっこは感極まったように頷いた。
「君の努力を無駄にしない!」
「切り替え、はやっ!」
「リズさん、すみません 」
シリカが頭を下げる。
リズは大きく息を吸った。
「さあ、かかってらっしゃ――」
「きゃーっ!! 」
一瞬だった。
アスナの鋭い踏み込み。
リズがメイスを振り上げるより早く、細剣がその動きを封じる。
続いてキリトが背後へ回り込み、逃走経路を塞いだ。
「ちょっ、待っ――!」
「確保!」
「きゃああああ!! 」
リズはあっという間に身動きを封じられた。
こっこはその光景を見つめ、静かに目を閉じた。
「君の屍は、僕がのりこえる」
「死んでないわよ!! 」
シリカが呆然とする。
「あのー、こっこさん。リズさん瞬殺です」
キリトはリズを確保したまま、こっこを睨んだ。
「あー、リズは確保した。次は貴様だ 」
「…………」
こっことシリカは顔を見合わせた。
そして――。
「逃げるぞ!!」
「はいっ!!」
二人は振り返りもせず、脱兎のごとく逃げ去った。
「こらああああ!! 」
リズの怒声が背後から響く。
だが、二人は止まらない。
――はずだった。
「きゅー♥」
「…………え?」
シリカの肩が軽くなった。
振り返る。
ピナがいない。
「ピナ?」
そのピナは――。
「はい、もう一個」
「きゅるる〜♥」
アスナの差し出した木ノ実を、嬉しそうに食べていた。
「…………」
シリカが固まる。
アスナは微笑みながら、もう一つ木ノ実を取り出した。
「これ、気に入ったみたいね」
「きゅー♥」
ピナはアスナの周りを楽しそうに飛び回っている。
「ピナぁぁぁぁ!! 」
シリカが悲鳴を上げた。
こっこは歯を食いしばる。
「悔しいけど、行くぞ!」
「駄目ですー ピナを置いてくなんてできない!」
「くっ!」
シリカはピナへ向かって駆け出した。
「ピナ! 戻ってきてください!」
「きゅ?」
ピナは首を傾げる。
そしてシリカを見た。
アスナを見る。
木ノ実を見る。
「…………きゅ♥」
再びアスナの手元へ。
「ピナぁぁぁぁぁ!! 」
こっこはその光景を見て、決断した。
「シリカちゃん……すまない!」
「えっ?」
「君の犠牲は無駄にしない!!」
「こっこさーん!? 」
こっこは一人で逃げ出した。
「待てっ!! 」
キリトが追う。
こっこは振り返り、舌を出した。
「 」
「この野郎!!」
---
森の道を、二人が駆け抜ける。
こっこは必死だった。
正面から戦えば勝ち目はない。
足を止めれば捕まる。
ならば――。
「こっちだ!」
こっこは道を外れ、崖際へ向かった。
行き止まり。
背後からキリトが迫る。
「追い詰めたぞ!」
「ふっ……」
こっこはストレージからロープを取り出した。
先端のフックを崖上の木へ投げる。
――ガチッ!
「それじゃあ、またね♥」
ロープを掴み、崖をよじ登る。
「なっ!?」
キリトが一瞬足を止めた。
こっこは崖上へ到達すると、得意げに見下ろした。
「 」
「…………」
キリトは崖を見上げる。
そして、剣を背中へ収めた。
「たあっ!!」
「えっ?」
キリトが岩の出っ張りを足場にして駆け上がってきた。
一歩。
二歩。
三歩。
ソードスキルではない。
高い敏捷値と身体操作を活かした、強引な崖登り。
「うそ あの子絶対に変だよ」
「誰が変だ!! 」
キリトが崖上へ飛び出した。
こっこは慌てて後退する。
「さあ、鍵を――」
――ドシーン!!
「うわっ!?」
キリトの姿が消えた。
「…………」
こっこは穴の縁から顔を出した。
底には、土埃を浴びたキリトがいた。
「…………こっこ」
「はい♥」
「これは何だ」
「落とし穴です✨」
もともと空いていた穴に、シートを使って隠しただけの簡単な罠。
だが、追跡に集中していたキリトは見事に引っかかった。
こっこは胸を張る。
「まだまだ!」
「 」
「キーリトくーん♥ 落とし穴ってね、古来より追跡者に対して非常に有効な――」
「待ってろ」
「はい?」
「今すぐ行く」
「…………」
こっこの笑顔が引きつった。
「怖っ!! 」
即座に逃走。
もはや秘鍵争奪戦ではない。
鬼ごっこである。
しかも鬼は、アインクラッド最前線でもトップクラスの俊足を誇る剣士だった。
---
一方、その頃。
「離しなさいよーっ!! 」
リズが暴れていた。
アスナはその腕を押さえながら、困ったように笑う。
「暴れないの。別にPKするわけじゃないんだから」
「だったら離してよ!」
「逃げるでしょ?」
「逃げるわよ!!」
「じゃあ駄目」
「くううううっ 」
その横では――。
「ピナぁぁぁぁ 」
シリカが泣いていた。
「きゅるる〜♥」
当のピナは、アスナの手から木ノ実を受け取って、もぐもぐと食べている。
「おいしい?」
「きゅー♥」
「もう一個?」
「きゅっ♥」
シリカは愕然とした。
「ピナ……私よりアスナさんを選ぶんですか…… 」
「きゅ?」
ピナが首を傾げる。
そしてシリカの肩へ戻ろうとする。
しかし――。
木ノ実を見る。
アスナを見る。
シリカを見る。
木ノ実を見る。
「…………きゅ♥」
アスナへ戻った。
「ピナぁぁぁぁぁ!! 」
リズが肩を落とした。
「シリカ……現実を受け入れなさい」
「嫌ですぅぅぅ!! 」
---
その頃。
「はぁっ……はぁっ……!」
こっこは崖上の森を走っていた。
後ろを見る。
誰もいない。
「…………」
足を止める。
「勝った?」
静寂。
こっこはニヤリと笑った。
「ふっ……キリト君」
髪をかき上げる。
「まだまだ青いね 」
その瞬間。
――ガサッ。
「ひっ!?」
草むらが揺れた。
こっこは片手剣を抜く。
しかし、何も出てこない。
「…………なんだ、鹿か何か――」
そのときだった。
背後から声がした。
「誰が青いって?」
「…………」
こっこの顔から血の気が引いた。
ゆっくり。
ゆっくり振り返る。
そこに――。
キリトがいた。
「ぎゃああああああ!! 」
逃げる。
だが、キリトは追わない。
「……?」
三歩。
五歩。
十歩。
こっこは違和感を覚えた。
「追ってこない?」
キリトは腕を組んで立っている。
そして――。
ニヤッ。
笑った。
「……え?」
次の瞬間。
――ズボッ!!
「うわあああああああっ!?」
こっこの足元が消えた。
落下。
ドサッ!!
「いたたた…… 」
浅い穴だった。
ダメージはほとんどない。
だが――。
こっこは穴の底から、呆然とキリトを見上げた。
「…………」
キリトが穴の縁へ歩いてくる。
「…………まさか」
「うん」
「落とし穴?」
「そう」
「誰が?」
「俺が」
「…………」
こっこは震える指でキリトを指した。
「人の技をパクった!! 」
「お前にだけは言われたくない!! 」
実は先ほど。
最初の落とし穴から脱出したキリトは、追跡しながら考えていた。
正面から追えば逃げる。
追いつけば煙玉。
足止めすればロープ。
さらに罠。
だったら――。
こっこと同じことをすればいい。
キリトは先回りし、地形を確認していた。
幸運にも小さな窪地を発見したのだ。
「さっきお前が使ったシート」
「…………」
こっこが自分の罠を回収し忘れていた。
キリトはそれを拾っていたのだ。
「僕のシートぉぉぉぉ!! 」
「そこ!?」
キリトが穴へ飛び降りる。
「さて」
「待って」
「秘鍵」
「話し合おう」
「鍵」
「暴力では何も解決しない」
「お前が言うな 」
じりじり。
こっこは後退する。
だが、穴の中。
逃げ道はない。
「…………キリト君」
「なんだ」
「僕たち、友達だよね?」
「今だけ違う」
「即答!? 」
ついに壁際。
キリトが手を伸ばす。
その瞬間。
こっこの目が光った。
「甘い!!」
《体術》――!
「とうっ!!」
キリトも構える。
だが、攻撃ではない。
こっこはキリトの肩へ足をかけ――。
踏み台にした。
「なっ!?」
「さらばだキリト君!!」
穴の外へ飛び出す!
「このっ!!」
キリトも跳ぶ。
二人同時に穴から脱出。
そして――。
アルフェルト城が見えた。
「城だ!!」
こっこが叫ぶ。
森エルフの衛兵たちもこちらに気づく。
「こっこ殿!」
「秘鍵を!!」
「持ってきたよおおおお!!」
あと百メートル。
七十。
五十。
後ろからキリト。
「待てえええええ!! 」
「嫌だあああああ!! 」
三十メートル。
二十。
十――!
「勝った!!」
こっこが秘鍵を掲げた。
ランスロットが城門から駆け出してくる。
「こっこ殿!!」
そのとき。
――ガシッ。
「え?」
腰。
何かに引っ張られた。
見る。
ロープ。
「…………」
その先。
キリト。
「捕まえた」
「それ僕のロープぇぇぇぇぇ!! 」
キリトが全力で引く。
「うわあああああ!!」
ズザザザザザッ!!
城門まで、あと数メートル。
こっこは地面を掴む。
「嫌だああああ!! ランスロットさぁぁぁん!! 」
「こっこ殿ぉぉぉ!!」
「秘鍵を受け取ってぇぇぇ!!」
こっこは最後の力で――。
秘鍵を投げた。
宙を舞う。
ランスロットが手を伸ばす。
キリトも跳ぶ。
「届けえええええ!!」
あと少し。
あと――。
――パシッ。
「…………」
こっこが固まった。
ランスロットも固まった。
キリトが着地する。
その右手には。
秘鍵。
「…………」
沈黙。
こっこの口が開いた。
「…………うそ」
キリトが振り返る。
満面の笑み。
それは、今までこっこが何度も見せてきた――。
最高に腹の立つ笑顔だった。
「こっこ」
「……はい」
キリトは秘鍵をひらひら振った。
「まだまだだね 」
「…………」
こっこの膝が崩れた。
「僕の煽りまでパクったぁぁぁぁぁ!! 」
---
数分後。
リズとシリカも合流した。
「こっこ……」
「リズ……」
「負けたの?」
「…………」
「こっこさん……」
「シリカちゃん……」
「秘鍵は?」
「…………」
三人が見る。
少し離れた場所。
キリトがアスナへ秘鍵を渡していた。
アスナが満足そうに微笑む。
「やっと取り返したわね♥」
「ああ……長かった」
二人とも疲れ果てていた。
その足元では。
「きゅー♥」
ピナがまだ木ノ実を食べている。
「ピナぁ…… 」
シリカが崩れ落ちた。
リズも地面へ座り込む。
「完敗ね……」
「…………」
こっこは何も言わない。
リズが横目で見る。
「こっこ?」
「…………」
「何考えてるの?」
こっこは静かに立ち上がった。
そして――。
キリトを見る。
「キリト君」
「なんだ?」
こっこは親指を立てた。
「いい落とし穴だった ✨」
「そこ評価するのかよ!!」
「シートの張り方は65点」
「採点すんな!! 」
「ロープの使い方は90点」
「嬉しくない!!」
「でも――」
こっこはニヤッと笑う。
「僕の技術を学んだ以上、君も今日から立派なローグだね♥」
キリトの顔が固まった。
「…………」
アスナがキリトを見る。
リズも見る。
シリカも見る。
ランスロットまで見る。
キリトは慌てた。
「違う!! 俺は違う!!」
こっこは肩を叩く。
「ようこそ、こちら側へ 」
「勝ったの俺だよな!? 」
「勝負に勝って、何か大切なものを失ったね」
「お前のせいだあああああ!! 」
第四層。
二度にわたる秘鍵争奪戦。
最終勝者――キリト&アスナ。
しかし。
後日、攻略組の間では奇妙な噂が流れた。
――黒の剣士キリトは最近、落とし穴とロープを使うらしい。
その噂を聞くたびに。
キリトは叫ぶのであった。
「使わないからな!! 」