エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第四層《ロービア》――再び、上層へ
アルフェルト城。
その大門の前で、ランスロットは深く頭を下げていた。
「申し訳ない、こっこ殿。私が不甲斐ないばかりに……秘鍵を奪われてしまうとは」
「いえいえ!」
こっこは慌てて両手を振った。
「無理をお願いしたのは僕のほうです。こちらこそ、申し訳ありませんでした」
そして、少し困ったように笑う。
「あの人間――キリトは、僕たちの中でも最上位に位置する剣士です。正面から戦って勝てるような相手ではありません。だからこそ、秘鍵を盗み、逃走し、煙玉まで使って……あそこまで運ぶことができたんですけど」
腰に手を当て、ため息をつく。
「最後の最後で奪い返されてしまいました。僕の力不足です」
「こっこ殿……」
ランスロットは首を横に振った。
「そのような手練れを相手に、ここまで奮闘してくださった。それだけで十分です。むしろ、我ら森エルフの戦いにここまで力を貸してくださったこと……改めて感謝いたします」
胸に手を当て、静かに一礼する。
その姿は、最初に森の中で出会った時と変わらない。
誇り高く。
礼節を重んじ。
そして――仲間を信じる騎士だった。
ランスロットは顔を上げた。
「それに、秘鍵は一つではありません」
その言葉に、三人の表情が引き締まる。
「すべてを揃えなければ意味を成さぬものです。ならば、いずれ――」
ランスロットは遥か上方を見上げる。
アインクラッド。
雲の彼方まで連なる、巨大な浮遊城。
そのどこかに、まだ見ぬ秘鍵が眠っている。
「――すべての秘鍵を巡る、避けられぬ激戦が訪れることでしょう」
「……でしょうね」
こっこも上を見る。
今回はこちらが奪い。
そして、奪い返された。
これで終わりではない。
むしろ――始まったばかりなのだ。
「いずれにしても、私はほかの秘鍵を求め、先へ進みます」
ランスロットは微笑んだ。
「こっこ殿。リズベット殿。シリカ殿」
三人を順番に見る。
「また上層でお会いしましょう」
リズが笑う。
「ええ!」
シリカも大きく頷いた。
「絶対ですよ!」
「もちろんです」
そしてランスロットは踵を返した。
待っていた森エルフの騎士たちと合流し、アルフェルト城から続く道を歩いていく。
その背中を――
こっこは、いつまでも見送っていた。
「ランスロットさーん!」
ぶんぶんと手を振る。
「さよーならー!」
遠くからランスロットも振り返り、手を上げた。
やがて森の向こうへ。
その姿が消えていく。
「…………」
しばしの静寂。
第四層の風が、三人の間を吹き抜けた。
リズが腰に手を当てる。
「よし!」
パンッ!
自分の頬を叩いた。
「さあ、攻略を頑張るわよ!」
「おお……」
シリカが目を丸くする。
「リズさん、最近ますますたくましくなりましたね」
「そう?」
リズは少し嬉しそうに胸を張る。
「最初の頃なんて鍛冶ばかりしていたのに、今ではボス戦にも参加するし、秘鍵を持って逃走するし、攻略組のトッププレイヤーに追い回されるし……」
「投石機にも狙われましたね」
「そうそう。投石機にも――」
リズの動きが止まった。
「…………」
「…………」
二人の視線が。
ゆっくり。
こっこへ向く。
本人はまだ遠くへ向かって手を振っていた。
「ランスロットさーん! またねー!」
リズの眉間に青筋が浮かぶ。
「……シリカ」
「はい」
「シリカも、ずいぶんしたたかになったわね」
「そうですか?」
「昔なら、キリトとアスナを相手に、ピナのブレスで吹き飛ばして逃げるなんて考えなかったでしょう」
「…………」
シリカは考える。
確かに。
泡を吐かせ。
水を吐かせ。
ついには風まで吐かせ。
煙玉とのコンビネーションまで覚えた。
しかも。
逃走中――
少し楽しかった。
「…………」
シリカの頬が引きつる。
「……すべて」
リズが低い声で言った。
「はい」
「あいつのせいね 」
二人の視線の先。
「ランスロットさーん! さよーならー!」
こっこは、まだ手を振っている。
シリカはにっこりと笑った。
「そうですね 」
「え?」
ようやくこっこが振り返った。
そこには。
笑顔のシリカ。
笑顔のリズ。
「…………」
こっこの危機察知能力が発動した。
《ローグ》として培われた嗅覚が告げる。
――まずい。
「で、では、僕たちも攻略に――」
ガシッ。
右肩をリズに掴まれる。
ガシッ。
左肩をシリカに掴まれる。
「こっこ?」
「こっこさん?」
「……はい」
リズが満面の笑みを浮かべる。
「私たち、最初に会った頃よりずいぶんたくましくなったと思わない?」
「お、思うよ?」
「誰のおかげかしら?」
「…………SAOという過酷な環境?」
「違う 」
シリカもにこにこと笑っている。
「私、最近わかったんです」
「な、何を?」
「悪いことをするときって――」
シリカは爽やかに言った。
「迷ったら負けなんですね✨️」
「シリカちゃん!? 」
リズが頭を抱えた。
「もう完全に染まっているじゃない!」
「リズさんだって、さっきリズさんを置いて逃げようとしたこっこさんを、普通に殴っていましたよね?」
「それは正当防衛よ!」
「何に対するものですか!? 」
「精神的被害よ 」
「そんなぁ!」
三人の声がアルフェルト城の前に響き渡る。
秘鍵は失った。
キリトとアスナには敗れた。
船は壊れた。
ユリエールには怒られた。
投石機では撃たれた。
リズは瞬殺された。
「最後のはいらない 」
「痛っ!?」
――それでも。
三人は笑っていた。
第一層では。
ただ生き残るために必死だった。
リズは鍛冶屋。
シリカは裁縫職人。
こっこは料理とクラフトに夢中になっていた、少し風変わりなプレイヤー。
それが今では。
武器を作り。
船を造り。
エルフと肩を並べ。
攻略組と競い。
三人で馬鹿みたいに走り回っている。
少しずつ。
確実に。
彼らもまた、この世界を生きるプレイヤーになっていた。
こっこは前を見る。
第四層《ロービア》。
まだ攻略は終わっていない。
「よし!」
今度はこっこが声を上げた。
「迷宮区を探しに行こう!」
リズがメイスを肩に担ぐ。
「今度こそ、真面目に攻略よ!」
シリカもピナを肩に乗せる。
「寄り道は禁止です!」
「了解!」
三人は歩き出す。
――その三分後。
「あっ! あそこに珍しい船が――」
「寄り道禁止って言ったでしょうが 」
「こっこさん!! 」
「見るだけ! 見るだけだからぁぁぁ! 」
「きゅるるる♪」
第四層。
まだまだ――
騒がしい冒険は続く。
――その頃。
かなり離れた森の中。
ランスロットは一度だけ立ち止まり。
遠くから響いてくる声に振り返った。
「…………」
側近の森エルフが尋ねる。
「どうされました?」
ランスロットは微笑んだ。
「いや」
再び前を向く。
「良き仲間を持ったと思ってな」
そして森エルフたちは――
次なる秘鍵を求めて。
上層へ向かった.
第二層――サタンの修行
《柔拳・半身の理》
老師の庵。
山肌を削って造られた小さな修練場には、今日も朝から怒号が響いていた。
「違う!」
ばしんっ!
「ぐおっ!?」
サタンの肩に、老師の杖が飛ぶ。
「またじゃ!」
ばしんっ!
「痛ぇって!! 」
老師は深いため息をついた。
「お主は、上半身と下半身の連動がまるでなっておらん。」
「…………?」
サタンは首を傾げる。
老師は眉をひそめた。
「適切な半身を取らなければ、疲労も増すうえ、動きにも無駄が生じる。腕だけで受け、脚だけで踏ん張り、腰がまるで連動しておらんのじゃ。」
「…………?」
「だから――」
「…………?」
「…………?」
老師のこめかみに青筋が浮かぶ。
横で見ていた商人が、ぽりぽりと頬を掻いた。
「老師。」
「なんじゃ。」
「ミスター・サタンにも理解できるように説明するアル。」
「十分に分かりやすく説明しておるじゃろう。」
「全く理解していないアルヨ。」
サタンは胸を張った。
「おう! 一つも分からん!」
「威張るな!!」
ごんっ!!
「いてぇ!! 」
老師は額を押さえた。
「やれやれじゃ……。ならば、手本を見せるとするか。」
そう言って、老師はゆっくりと修練場の中央へ歩いていった。
そこには、不自然なほど何も置かれていない円形の空間がある。
老師はその中央――地面に描かれた小さな印の上に立った。
サタンが首を傾げた。
「なんだ、そこは?」
商人も訝しげに周囲を見回す。
「何か仕掛けがあるアルカ?」
老師は答えない。
ただ静かに腰を落とす。
左足をわずかに前へ。
肩の力を抜き、両腕を自然に構える。
それまでの小柄な老人とは思えないほど、その立ち姿には一分の隙もなかった。
そして――
「よく見ておれ。」
老師の右手が閃いた。
シュッ!
足元に張られていた一本のロープを――
手刀で切る。
ぷつん。
その瞬間。
ガコン!!
「ん?」
サタンが振り向く。
次の瞬間――
ブォン!!
巨大な丸太が横から飛んできた。
「うおおっ!?」
一本ではない。
前。
後ろ。
左右。
さらに斜め上からも。
周囲の木々に吊られていた無数の丸太が、振り子のように老師めがけて一斉に襲い掛かった。
「老師ぃぃぃ!?」
サタンが叫ぶ。
しかし。
老師は動かない。
いや――
動いている。
ほんのわずかに。
迫る一本目。
老師は半歩だけ腰を引く。
ブォッ!
丸太が鼻先を通過する。
すぐさま背後から二本目。
老師の肩が沈む。
右脚を軸に腰が回転し――
掌が丸太の側面に触れる。
ドン!
受け止めない。
押し返さない。
ほんのわずかに軌道をずらしただけ。
丸太は老師の身体を外れて流れていく。
そこへ三本目。
老師は左腕を添える。
腰。
肩。
肘。
手首。
全てが一つの流れとなり――
スルッ。
まるで水を掻き分けるように、丸太を逸らした。
サタンの目が見開かれる。
「……すげえ。」
次々と丸太が襲い掛かる。
だが老師は、ほとんどその場を動かない。
しゃがむ。
身体を捻る。
半身になる。
脚を引く。
掌で流す。
肘で方向を変える。
時には足裏で丸太を蹴るのではなく、横からそっと押す。
ドン!
ガン!
ブォン!
轟音だけが修練場に響く。
老師だけが、その中心で静かだった。
まるで激流の中に立つ岩――
いや。
岩ですらない。
流れそのもの。
最後の一本が正面から迫る。
老師はわずかに右半身になる。
「ふっ。」
前脚が地面を捉える。
腰が回る。
肩が追随する。
最後に掌が添えられ――
トン。
丸太は老師の身体を掠めるように横へ流れていった。
ブォォン……
やがて。
全ての丸太が止まった。
静寂。
老師は、最初に立っていた印の上からほとんど動いていない。
サタンは口を開けたまま固まっていた。
商人も同じだった。
「…………。」
老師は衣服の袖を整える。
「柔拳。」
そして自分の胸を指す。
「上半身。」
次に腰と脚。
「下半身。」
最後に地面を踏む。
「そして足運び。」
老師はサタンを見る。
「これらが別々に動くのではない。」
腰をわずかに捻る。
その動きに合わせ、肩、腕、脚が自然についてくる。
「全てが一つの動きとして噛み合った時――」
老師は、揺れている丸太の一本へ軽く触れた。
すっ。
大きな丸太が、まるで誘導されたように老師の横を抜けていく。
「このような技術となるのじゃ。」
サタンの顔が輝いた。
「すげえええええ!!✨」
商人も目を輝かせていた。
「老師!」
「なんじゃ。」
「いつも偉そうに威張ってるだけだと思ってたアルけど!」
「…………。」
「実例を見たら、本当にすごいアル!!✨」
「お主まで何を言っておる!! 」
サタンは拳を握り締める。
「よし!」
老師が嫌な予感を覚える。
「なんじゃ。」
「俺もやる!!」
「待て。」
「今ならできる気がする!!」
「待たんか。」
サタンは中央の印の上へ立つ。
「柔拳!」
構える。
「上半身!」
胸を張る。
「下半身!」
腰を落とす。
「全部一緒に使えばいいんだろ!?」
老師は顔を覆った。
「理解が雑すぎる……。」
商人はロープの横へ移動した。
「準備はいいアルカ?」
「おう!!」
「本当に切るアルヨ?」
「来いやあああ!! 」
老師が手を伸ばす。
「いや、まずは一本ずつ――」
シュッ!
商人がロープを切った。
老師。
「…………。」
サタン。
「…………。」
商人。
「…………。」
ガコン!!
サタンの顔が引きつった。
「え?」
ブォン!!
ドゴォ!!
「ぐふっ!!」
一本目が腹へ直撃。
サタンが吹き飛ぶ。
しかし、背後から二本目。
ゴン!!
「ぐあっ!!」
さらに横から。
ドガッ!!
「ぬおおお!?」
前から。
バゴォン!!
「待て待て待て!! 」
丸太は待ってくれない。
「半身じゃ!」
老師が叫ぶ。
「半身ってどっちだあああ!!」
「腰を使え!」
「腰を使ったら丸太が来たああ!!」
「流すアル!」
商人が応援する。
「流れねええええ!! 」
ドゴン!!
「ぐはっ!」
バキン!!
「ぎゃああ!」
ドン!!
「ぬおおおお!!」
数分後。
修練場中央。
サタンは地面に大の字になっていた。
頭の周囲には、漫画のように星が飛んでいる。
「…………。」
老師が覗き込む。
「分かったか?」
サタンは震える手を上げた。
「……分かった。」
「何がじゃ。」
「老師……。」
「うむ。」
「すげえ……。」
老師は深くため息をついた。
「そこからか……。」
横では商人が荷物を広げていた。
「ミスター・サタン。」
「……なんだ。」
「丸太修行用の痛み止めポーション、売るアル。」
サタンの目が見開かれる。
「お前……。」
「今なら特別価格アル✨」
「てめぇぇぇぇ!! 」
立ち上がろうとした瞬間。
まだ揺れていた最後の丸太が戻ってきた。
ゴォン!!
「ぐわあああああ!! 」
老師は静かに目を閉じた。
「……まずは、周囲を確認する修行からじゃな。」