エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第四層――Engineer、魚を獲る
第四層《ロービア》。
巨大な湖と無数の水路が広がる、水の世界。
こっこは船着き場に立ち、行き交うゴンドラを眺めていた。
先日までは、その目に映るものといえば――
船。
造船所。
物流。
水上輸送。
そして、フィールドボスにぶつけるための衝角と弩弓とカタパルト。
だったのだが。
「…………」
こっこが突然、動きを止めた。
リズが振り返る。
「なによ?」
「船を作ることに集中するあまり、見落としていた。」
「だから、なによ?」
こっこはゆっくりと湖へ視線を向ける。
水面がきらきらと輝いている。
その下を――魚影が横切った。
「ここは……」
「?」
こっこの目が輝く。
「魚介の宝庫ではないか!!✨️」
「今さら!?」
リズの声が水上都市に響いた。
シリカは苦笑する。
「あはは……。こっこさん、第四層に来てから船しか見ていませんでしたもんね 」
「迂闊だった!」
こっこは拳を握った。
「水がある!」
「あるわね」
「湖がある!」
「見れば分かるわよ」
「魚がいる!」
「いるでしょうね」
「つまり――」
こっこはストレージからフライパンを取り出した。
「料理だ!!」
「攻略は!?」
「二人は攻略に参加して!」
「はぁ!?」
「僕は特訓だ!」
シリカが首を傾げる。
「特訓……?」
「第四層の魚介類を片っ端から調理する!」
「それを特訓って言うの!?」
「《料理》スキルは僕の原点だ!」
「急に初心を思い出さないでよ!! 」
ピナだけが楽しそうだった。
「きゅるる♪」
「おお、ピナも魚を食べたいか!」
「きゅるっ✨️」
「よーし!今日は塩焼きから――」
リズがこっこの襟首を掴んだ。
「最低限、攻略情報は共有しなさいよ 」
「もちろん!」
シリカが少し心配そうに尋ねる。
「迷宮区に入る前には合流してくださいね?」
「任せろ!」
「その返事が一番不安なのよ!」
こうして――。
第四層攻略の途中。
三人は一時的に別行動を取ることになった。
リズとシリカは攻略組とともにフィールドを進み、クエストをこなし、装備素材を集めながら迷宮区を目指す。
そして、こっこは――。
「引いた! 引いた引いた!!」
釣りをしていた。
「でかいぞぉぉぉ!!」
釣って。
「この貝、バターが欲しいな……。いや、SAO内で代用品を――」
焼いて。
「刺身判定……通った!!✨️」
捌いて。
「揚げ物もいける!」
揚げて。
さらにエンジニアたちまで巻き込み――。
「こっこさん! 漁船が戻りました!」
「今日の水揚げは!?」
「魚系素材十八種! 甲殻類四種! 貝類七種!」
「仕分け! 鮮度値の高いものは料理用! 低いものは加工して保存食!」
「了解!」
いつの間にか、漁業まで始めていた。
造船技術がある。
船員がいる。
水上輸送網がある。
そして料理人がいる。
結果――。
第四層のエンジニアたちは、本人たちすら予想しなかった方向へ進化していった。
---
そして数日後――迷宮区直前村
「遅い!!」
リズの第一声だった。
「ご、ごめん 」
迷宮区直前の村。
攻略組が続々と集まり始める中、ようやく合流したこっこの後ろには、数隻の輸送艇が停泊していた。
シリカが目を丸くする。
「……こっこさん」
「はい」
「あの船は?」
「補給物資です」
「どうして三隻もあるんですか?」
「鮮魚便です」
「鮮魚便!?」
リズが頭を抱えた。
「この男、私たちが攻略している間に何をやっていたのよ……」
こっこは胸を張った。
「まあまあ。店を見てよ✨️」
「店?」
二人が振り返る。
そして――固まった。
「…………」
「…………」
そこには。
第一層。
第二層。
第三層。
これまで迷宮区攻略前に開いてきた《こっこの店》とは、明らかに規模の異なる光景が広がっていた。
木造の大きな屋台。
武器、防具、回復アイテム。
リズたちが集めた第四層素材を使用した装備。
エンジニアたちによる修繕受付。
攻略情報を取り扱う窓口。
休憩用のテーブル。
そして何より――。
猛烈にいい匂いが漂っている。
「いらっしゃーい!」
「第四層名物! 湖魚の塩焼き!」
「魚介串、焼きたてです!」
「貝のスープあります!」
「白身魚のフライ、揚がりましたー!」
「甲殻類の炙り焼き、残り十二食!」
攻略組のプレイヤーたちが群がっていた。
「うめぇ!!」
「SAOに入ってから魚を食べたのは初めてかも!」
「このスープ、すげえ!」
「ボス戦前に食べ過ぎるなよ!」
リズの口がぽかんと開く。
「……魚屋になってる」
「違う」
こっこは訂正した。
「総合攻略支援店だ✨️」
「魚屋よ!!」
シリカは楽しそうに店を見回す。
「あっ! ピナ用のお魚もあります!」
「もちろん!」
「きゅるるー!✨️」
ピナが飛んでいった。
さらに店の裏側には船着き場がある。
湖畔の拠点で集められた素材や食材を小型艇が運び込み、荷下ろしされた品物をエンジニアたちが分類する。
帰りの船には、修理品や別の街へ送る物資が積み込まれる。
第一層では――露店だった。
第二層では――攻略組向けの臨時店舗になった。
第三層では――職人たちが集まる補給拠点になった。
そして第四層。
水路によって各街が結ばれたことで――。
《店》そのものが物流網の一部になっていた。
リズも、その光景には少し感心した。
「……まあ、確かに前より便利になってるわね」
「でしょ?」
「船で素材を運べるから、在庫も多いです」
シリカも頷く。
「それに、攻略途中のプレイヤーさんがここで装備を直して食事を取り、そのまま迷宮区へ向かえますね」
「そういうこと✨️」
こっこは満足そうに腕を組んだ。
そこへ――。
「こっこさーん!」
エンジニアが走ってくる。
「本日の鮮魚便、到着しました!」
「よし! すぐに捌く!」
「はい!」
こっこはエプロンを装備し、包丁を取り出した。
リズが叫ぶ。
「結局、魚屋じゃない!! 」
「料理人です!」
「現場統括でしょうが!!」
シリカが笑う。
「あはははっ✨️」
ピナは魚をくわえて飛び回っている。
「きゅるるー♪」
そんな喧騒の向こうには――。
第四層迷宮区。
次なるボスが待ち構えている。
攻略組の戦いが始まろうとしている、その直前。
水上都市ロービアの迷宮区前には、今日も――。
剣を研ぐ音。
鎧を叩く音。
プレイヤーたちの笑い声。
そして。
ジュウウウウウ――。
魚の焼ける音が響いていた。
こっこは焼き魚をひっくり返す。
「さあ! 腹いっぱい食べていって!」
攻略組から歓声が上がる。
第四層《こっこの店》。
それはもう、単なる露店ではなかった。
職人。
料理人。
物流。
水上輸送。
そして攻略組。
さまざまなプレイヤーたちを結ぶ――。
小さな《港》になり始めていた.
第四層――《KOR》、私室整理の刑
大型遊覧船の建造計画が発覚した翌日。
こっこは、ユリエールに呼び出された。
「こっこさん。少し、お部屋を見せていただけますか?」
「え? 僕の私室?」
「はい。予算管理の一環です。」
「……なぜ私室が予算管理に関係するの?」
ユリエールは、にっこりと微笑んだ。
「行けば分かります。」
「怖い 」
Engineerの拠点にある、こっこの私室。
扉を開けたユリエールは、しばらく無言になった。
壁際には工具箱。
机の上には設計図。
棚には用途不明の金具や歯車。
床には木材の端材。
そして、ベッドの下からは、用途の分からない部品が大量に顔を覗かせている。
「…………」
「…………」
ユリエールが静かに尋ねた。
「こっこさん。」
「はい。」
「これは、倉庫ですか?」
「私室です。」
「倉庫ですよね?」
「私室です 」
ユリエールは深く息を吐いた。
「分かりました。では、整理しましょう。」
「え?」
彼女はストレージから、大きなゴミ箱を取り出した。
こっこの顔色が変わる。
「……何をするつもりですか?」
「一つずつ確認し、不要な物を処分します。」
「待って。」
「では、始めます。」
「待ってええええ 」
こうして、正式な《KOR》の運用が始まった。
《Kokko Oshioki Room》
――こっこ・お仕置き・部屋。
ユリエールは棚から、一つの歯車を取り上げた。
歯の一部が欠け、軸穴もわずかに歪んでいる。
「これは?」
こっこは慌てて身を乗り出した。
「やめて! それは、船を作っていた時に失敗したギア!」
「では、失敗作ですね。処分しましょう。」
「えっ。」
ぽいっ。
歯車がゴミ箱に落ちた瞬間――
パリンッ!
青いポリゴンとなって砕け散った。
「ぎゃああああああ 」
こっこはゴミ箱に駆け寄る。
「まだ! まだ改良の余地があったのにいいいい!」
ユリエールは冷静に答えた。
「改良するなら、新しく作ってください。」
「それはそうだけどおおお 」
次に、彼女は曲がった金具を手に取った。
「これは?」
「カタパルト試作の時に破損した金具!」
「破損したのですね。」
「うん。でも、曲げ直せば――」
「では、不要ですね。」
「いや、必要!」
ぽいっ!
パリンッ!
「やめてえええええ 」
こっこは両手を伸ばしたまま、床に崩れ落ちた。
「その金具……初号機の思い出が……。」
「思い出は残しておいてください。金具は処分します。」
「名言みたいに言わないでえええ 」
ユリエールは次の品を取り出した。
それは、欠けた木製のプロペラだった。
「これは?」
こっこの表情が一変する。
「あっ! それはね、最初に水流を利用した推進装置を考えた時の試作品で――」
「失敗したのですか?」
「うん。」
「処分します。」
「話を最後まで聞いてええええ 」
ぽいっ。
パリンッ!
「僕の技術史があああああ!」
「技術史は設計図に記録してください。」
「正論が痛い 」
その頃、私室の外。
リズとシリカは、扉の前で震えていた。
「……中で何をしているのよ。」
「こっこさんの悲鳴が、ずっと聞こえます……。」
ピナもシリカの肩で小さく丸くなっている。
「きゅるる…… 」
室内から、また叫び声が響いた。
「それは捨てちゃダメええええ!」
「使用予定は?」
「いつか使う!」
「いつですか?」
「いつか!」
「処分します。」
「うわあああああ 」
リズが青ざめる。
「……どんな恐ろしい拷問をしているのよ。」
シリカは両手で耳を押さえた。
「聞きたくないです 」
ピナが震えながら鳴く。
「きゅう……。」
扉の向こうでは、ユリエールの淡々とした声が続いていた。
「これは?」
「それは、船の衝角を試作した時の端材!」
「失敗作ですね。」
「違う! 失敗から学ぶための貴重な資料!」
「設計図はありますか?」
「ある。」
「では、処分します。」
「なんでええええ 」
パリンッ!
「これは?」
「それは、クロスボウの装填機構を改良した時の――」
「壊れていますね。」
「まだ使える!」
「何に?」
「……何かに!」
「処分します。」
「やめてええええ 」
パリンッ!
外の三人は、ついに扉から一歩後ずさった。
リズ「……あたし、絶対にユリエールさんを怒らせない。」
シリカ「私もです……。」
ピナ「きゅる……。」
やがて、室内から最後の悲鳴が響いた。
「それだけはああああああ 」
リズとシリカは同時に飛び上がった。
「な、何!?」
「こっこさん!?」
扉が開く。
ユリエールが、すっきりした表情で出てきた。
「終わりました。」
二人は恐る恐る室内を覗く。
そこには――
綺麗に片付いた私室。
整理された工具箱。
分類された設計図。
そして、ベッドの上で膝を抱えるこっこがいた。
「……僕の、ガラクタ……。」
リズが呆然とする。
「……片付け?」
シリカも首を傾げた。
「お部屋の整理、だったんですか?」
ユリエールは頷いた。
「はい。不要品を処分しただけです。」
こっこが顔を上げる。
「それだけじゃないよおおお 」
リズは部屋を見回した。
「いや、でも……すごく綺麗になったわね。」
シリカも頷く。
「歩く場所ができました✨️」
「前から歩けたよ!」
「横向きで、ですよね?」
「 」
ユリエールは満足そうに書類へ記入した。
《KOR実施記録》
対象者:こっこ
処分品:失敗作・破損部品・用途未定の端材など
効果:極めて高い
再発防止:未確認
シンカーが報告書を受け取り、静かに呟いた。
「……再発防止が未確認なのが怖いですね。」
ユリエールはこめかみを押さえた。
「ダメージはこれ? 頭が痛い。」
シンカーも胃を押さえる。
「僕は、胃が痛い。」
その頃、紅玉宮。
茅場はモニターを見つめていた。
こっこが、ゴミ箱の前で涙を流している。
「まだ……直せたのに…… 」
茅場は深く頷いた。
「同志よ✨️」
凛子が冷たい目を向ける。
「あなたも部屋を片付けましょうか?」
「……必要ない。」
「壊れたマウス、まだ置いてあるわよね?」
「必要な部品だ。」
「捨てるわよ。」
「待ちたまえ。」
凛子は微笑んだ。
「KOR、作ろうかしら。」
茅場は、初めて本気で戦慄した。
――なお、翌朝。
こっこの私室には、すでに新しい棚が設置されていた。
リズ「……何これ。」
こっこ「昨日捨てられた部品の代わりに、また試作品を作った✨️」
シリカ「反省してない 」
ユリエール「こっこさん。」
「はい。」
「KOR。」
「ごめんなさいいいいい 」
第四層の平和は、今日もユリエールの予算管理によって守られていた。