エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~   作:Edward

49 / 53
49 聖騎士の再出発

第一層――青い騎士、再び旅立つ

 

はじまりの街。

 

かつて、絶望と混乱に包まれたこの街の片隅に――ひとつの教会があった。

 

長いあいだ放置され、壁はひび割れ、屋根には穴が開き、扉さえまともに閉まらなかった廃墟。

 

だが今、その場所には明かりが灯っている。

 

「できた……」

 

ディアベルは教会の前に立ち、しばらく動かなかった。

 

新しく張り直された屋根。

 

補修された石壁。

 

削り直された木製の扉。

 

小さいながらも暖炉があり、簡素なベッドが並び、子供たちが食事を取るための長机まである。

 

豪華ではない。

 

攻略組が使うような高級宿には到底及ばない。

 

それでも――。

 

ここはもう、廃墟ではなかった。

 

「ディアベル兄ちゃん!」

 

扉が勢いよく開いた。

 

「見て見て! 窓、ちゃんと閉まるよ!」

 

「こっちも! 雨漏りしないんだよ!」

 

「今日のスープ、おかわりある?」

 

子供たちが一斉に駆け寄ってくる。

 

ディアベルは笑った。

 

「おいおい、一度に喋るなって」

 

その姿を少し離れたところから、サーシャが見つめていた。

 

ここまで来るのに、どれだけの時間がかかっただろう。

 

ディアベルは毎日のようにフィールドへ出た。

 

安全圏近くの素材を集め。

 

モンスターを倒し。

 

時には遠くまで足を伸ばし。

 

拾った素材を売った。

 

装備も売った。

 

そして――。

 

長く使っていた《アニールブレード》さえ、手放した。

 

あれは、第一層攻略の象徴とも言える剣だった。

 

強化された、優秀な片手剣。

 

最前線を目指すなら、まだ十分に使える武器。

 

だがディアベルは迷わなかった。

 

「武器はまた手に入る」

 

そう言って売った。

 

そのコルで屋根材を買った。

 

壁材を買った。

 

子供たちの服を買った。

 

パンを買った。

 

肉を買った。

 

毛布を買った。

 

一日戦って稼いだ金が、その日のうちに消えていくことも珍しくなかった。

 

それでもディアベルは続けた。

 

攻略会議を仕切っていた頃とは違う。

 

誰かに称賛されることもない。

 

《ラストアタック》のような派手な報酬もない。

 

ランキングにも載らない。

 

ただ、小さな子供たちが腹いっぱい食べて眠れるようにするだけ。

 

それでも――。

 

ディアベルにとって、この数か月は。

 

SAOにログインしてから初めて。

 

「何のために戦うのか」を、迷う必要のない日々だった。

 

やがて。

 

教会は完成した。

 

子供たちの笑い声が響く、小さな家になった。

 

ひとつの実り。

 

だが同時に。

 

ディアベルには、新しい不安が生まれていた。

 

「……このままじゃ駄目だ」

 

夜。

 

子供たちが眠ったあと。

 

ディアベルは暖炉の前で呟いた。

 

サーシャが振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「俺がいない時に何かあったら……この子たちは何もできない」

 

ここは安全圏だ。

 

通常ならモンスターに襲われることはない。

 

だが、この世界で“絶対”という言葉を、ディアベルはもう信じていなかった。

 

何より。

 

子供たちは、いつまでもこの教会の中だけで生活するわけにはいかない。

 

買い物に出ることもある。

 

別の街へ行く日が来るかもしれない。

 

ゲームクリアまで、何年かかるかも分からない。

 

「最低限でいい」

 

ディアベルは自分の手を見る。

 

「剣を振れるようにする。盾を構えられるようにする。危険を感じたら逃げられるようにする」

 

サーシャは黙って聞いている。

 

「全員を攻略組にしたいわけじゃない」

 

ディアベルは苦笑した。

 

「そんなことしたら、俺が怖くて眠れなくなる」

 

「ふふっ……」

 

サーシャも笑った。

 

だが、すぐにディアベルの表情は真剣になった。

 

「でも装備は必要だ」

 

安物でもいい。

 

防具。

 

盾。

 

短剣。

 

回復アイテム。

 

そして、それらを扱う練習のための予備装備。

 

人数分となれば、かなりの金額になる。

 

教会の維持費もある。

 

食費もある。

 

服も必要だ。

 

さらにコルがいる。

 

ディアベルはしばらく考え込み――。

 

ふと、サーシャを見る。

 

「……サーシャ」

 

「なに?」

 

「俺と結婚してくれないか」

 

「…………」

 

沈黙。

 

数秒。

 

サーシャの目が大きくなる。

 

「え?」

 

「いや、その……」

 

さすがのディアベルも焦った。

 

「もちろん変な意味じゃなくて――いや、変な意味じゃないって言い方も変なんだけど!」

 

「ディアベル?」

 

「結婚システムを使えば《共通ストレージ》が使える」

 

サーシャは瞬きをした。

 

ディアベルは一気に説明する。

 

「俺が上の層で稼いだ素材や装備を、ここからでも共有できる。サーシャが管理して売ることもできるし、必要な物もすぐ渡せる」

 

つまり。

 

教会を維持しながら。

 

ディアベルが再び攻略に参加できる。

 

上層に行けば、第一層より高価な素材が手に入る。

 

ドロップ装備の価値も上がる。

 

稼げるコルも増える。

 

ディアベルは続けた。

 

「俺は上に行く」

 

その声には、決意があった。

 

「この子たちの装備を揃える。そのために稼ぐ」

 

サーシャは、彼の顔をじっと見つめた。

 

不思議だった。

 

ゲーム開始直後。

 

攻略会議で見たディアベルは。

 

明るく。

 

自信に満ち。

 

人の前に立つことを恐れない男だった。

 

――けれど。

 

どこか、危うかった。

 

皆の期待を背負い。

 

《攻略組のリーダー》であろうとしていた。

 

英雄になろうとしていた。

 

焦っていた。

 

結果を求めていた。

 

けれど今。

 

目の前にいる男は違う。

 

誰かに認められるためではない。

 

称号のためでもない。

 

最前線に名前を残すためでもない。

 

守るものがある。

 

帰る場所がある。

 

そのために――。

 

強くなろうとしている。

 

サーシャは思った。

 

この男を。

 

第一層だけに留めておくことはできない。

 

いや。

 

留めてはいけないのだろう。

 

「……いいよ」

 

ディアベルが目を見開いた。

 

「え?」

 

「結婚」

 

サーシャは微笑んだ。

 

「しましょう」

 

そして二人は。

 

SAOのシステム上で夫婦となった。

 

《共有ストレージ》が開かれる。

 

二人のアイテム欄が繋がる。

 

ディアベルはその表示を見て。

 

「よし……!」

 

小さく拳を握った。

 

翌朝。

 

教会の前。

 

ディアベルは久しぶりに、旅装を整えていた。

 

新品とは言えない片手剣。

 

必要最低限の防具。

 

ポーション。

 

転移結晶。

 

以前の装備と比べれば、ずいぶん質素だ。

 

それでも。

 

腰に剣を差した瞬間。

 

昔の感覚が戻ってくる。

 

子供たちが集まっていた。

 

「ディアベル兄ちゃん、どこ行くの?」

 

「上の階だ」

 

「帰ってくる?」

 

ディアベルはしゃがみ込み。

 

子供の頭を撫でた。

 

「当たり前だろ」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

笑う。

 

「次に帰ってくる時は、お前たちの装備をいっぱい持ってくる」

 

「剣!?」

 

「俺、盾がいい!」

 

「私はかわいい服!」

 

「それは防具じゃないだろ!」

 

教会の前に笑い声が響いた。

 

やがて。

 

出発の時が来る。

 

サーシャは教会の扉の前に立っていた。

 

ディアベルが言う。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「うん」

 

「何かあったらすぐメッセージを」

 

「分かってる」

 

「子供たちが外に出る時は――」

 

「ディアベル」

 

「ん?」

 

サーシャは彼の胸元に手を置いた。

 

そして。

 

静かに言った。

 

「生きて帰ってきて」

 

ディアベルの表情が止まる。

 

「絶対に」

 

サーシャは笑っていた。

 

けれど。

 

ほんの少しだけ。

 

声が震えていた。

 

「あなたがいなくなったら……」

 

そこで一度、言葉が途切れた。

 

「この子たちも悲しむから」

 

ディアベルは何も言わなかった。

 

ただ。

 

サーシャの手を握る。

 

「……分かった」

 

それだけ答えた。

 

サーシャは手を離し。

 

彼の背中をそっと押した。

 

「行ってらっしゃい」

 

ディアベルは歩き出す。

 

教会を離れ。

 

街を抜け。

 

第一層の転移門へ向かう。

 

青い光が揺らめいている。

 

かつて。

 

彼はこの世界で英雄になろうとした。

 

皆の前に立ち。

 

攻略組を率い。

 

最前線を駆け抜けようとしていた。

 

その果てに。

 

死にかけた。

 

すべてを失いかけた。

 

そして今。

 

再び。

 

上層を目指す。

 

だが。

 

あの頃とは違う。

 

ディアベルは転移門の前で振り返った。

 

遠く。

 

街並みの向こうに。

 

小さな教会の屋根が見える。

 

帰る場所。

 

守りたい人たち。

 

待っている家族。

 

ディアベルは笑った。

 

そして前を向く。

 

その瞳には。

 

ゲーム開始の日にあった焦燥も。

 

英雄への憧れも。

 

もうなかった。

 

代わりにあるものは。

 

ただひとつ。

 

――生きて帰るという意思。

 

「転移――」

 

青い騎士は。

 

再び、最前線へ向かう。

 

今度は。

 

英雄になるためではない。

 

家族のもとへ帰るために。

 

強くなるために。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。