エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第四層――ボス攻略戦
《水底より来たるもの》
第四層《ロービア》。
迷宮区最深部。
長らく攻略組を苦しめてきた水没区画を突破し、ついに発見された巨大な扉の前に、攻略組の主力が集結していた。
扉の向こうから聞こえてくるのは――水音。
ごぼり。
ごぼり。
まるで巨大な何かが、水中で呼吸しているかのような音だった。
「……嫌な音ね」
アスナが細剣《ウインドフリーレ》を握り直す。
キリトも扉を見上げたまま答えた。
「ああ。第四層らしいと言えば、第四層らしいけどな」
その後ろでは、こっこが腕を組み、何度も頷いていた。
「水棲ボスかあ……」
リズが睨む。
「何よ」
「船を持ってきたかったなあ……」
「入るかぁ!! 」
「カタパルトも――」
「もっと入らないわよ!! 」
シリカが苦笑する。
「こっこさん、さすがにボス部屋に《こっこ号》を持ち込むのは無理ですって 」
「残念……」
エギルが大斧を肩に担いだ。
「お前ら、緊張感があるのかないのか、さっぱり分からんな」
しかし、いつもの掛け合いとは裏腹に、全員の表情には緊張が浮かんでいた。
アルゴから得た情報。
迷宮区で遭遇した水棲モンスター。
森エルフ、闇エルフ双方から得た断片的な情報。
それらを組み合わせても、ボスの全貌だけは最後まで明らかにならなかった。
キバオウが声を上げる。
「ほな、行くで!」
攻略組が武器を構えた。
キリト、アスナ、エギル、キバオウ、リズ、シリカとピナ、そしてこっこ。
ただ一人、そこにいるはずの男の姿だけがなかった。
「……サタンは?」
リズの問いに、こっこが遠い目をした。
「老師に呼び戻された」
「またぁ!?」
「『次は脚技じゃ、戻ってこい』って」
キリトが額を押さえた。
「なんであの人、ボス戦になると毎回ぎりぎりなんだ……」
アスナがため息をつく。
「待つ?」
「待っとったら、いつになるかわからへん!」
キバオウの言葉にエギルも頷く。
「俺たちだけで行こう」
キリトが決断した。
こっこはニヤリと笑い、巨大な扉に手をかける。
「どうせあの人、一番おいしいところで来るよ」
ギギギギギ――!!
第四層。
フロアボス攻略戦。
開始。
◇
扉の向こうは、巨大な円形空間だった。
床には足首ほどの水が張られ、中央には小さな湖と呼べるほどの池が広がっている。
天井は高く、壁面には無数の水路が走っていた。
「……広い」
アスナが呟く。
その時、中央の水面に赤いカーソルが出現した。
《Boss》
水面が盛り上がる。
ざばあああああああああああっ!!
巨大な影が飛び出した。
上半身は巨大な馬と水棲爬虫類を融合させたような姿。
首から背中にかけて青い水晶質の鱗が連なり、下半身は巨大魚のように長い。
強靱な尾鰭。
鋭いヒレ。
そして、びっしりと牙の並んだ巨大な顎。
頭上に名前が表示される。
《Wythege the Hippocampus》
《ワイセージ・ザ・ヒッポカンプス》
「でっか……」
リズが絶句する。
シリカがピナを抱き寄せた。
「これ……船で戦う相手じゃないですか!?」
こっこの目が輝いた。
「やっぱり船を――」
「今それを言うな!!」
キリトの怒声。
直後、ボスが吠えた。
《GYAAAAAAAAAAA!!》
「散開!!」
巨大な顎が開く。
《Biting Charge/バイティング・チャージ》
一直線の突進。
盾役が受け止めたが、強烈な衝撃に数歩後退する。
「重いっ!」
その隙にアスナが走った。
「はあああっ!」
細剣ソードスキルが側頭部へ突き刺さる。
キリトも逆方向から飛び込む。
「せあっ!」
片手剣が鱗を斬る。
エギルの大斧。
キバオウたちの連携。
リズのメイス。
一斉攻撃。
ボスのHPゲージが削れていく。
だが、ワイセージが尾を振り上げた。
《Tail Sweep/テイル・スイープ》
「足元だ!」
キリトが叫ぶ。
巨大な尾が水面を薙ぎ払った。
ドガアアアアアン!!
水飛沫が視界を覆い、数人が足を取られる。
「きゃっ!」
リズが転びかけたところを、シリカが支えた。
「リズさん!」
「ありがと!」
続いてボスの口元に青い光が集まる。
《Aqua Bullet/アクア・バレット》
高圧の水弾が連続して放たれた。
「ピナ!」
「きゅるるっ!」
《ウォーターブレス》が水弾へぶつかり、軌道を逸らす。
「よし!」
エギルが大斧を振り下ろした。
しかし、ボスの背中の水晶質のヒレが硬化する。
《Crystal Fin/クリスタル・フィン》
ガキィン!!
「硬っ!」
斬撃が弾かれる。
「リズ! 打撃だ!」
「任せて!」
リズのメイスがヒレの根元へ叩き込まれた。
ガゴンッ!!
水晶の一部が砕け、ボスが大きく仰け反る。
「いける!」
攻略組が再び攻勢に出た。
こっこは前線より少し後ろに位置していた。
右手には片手剣。
左手は――空いている。
ボスの突進。
「来る!」
左手が虚空を払う。
ウインドウ。
ストレージ。
指先だけで選択する。
視線はボスから外さない。
ぽんっ。
手の中に出現したのは、鋼線ワイヤー。
「エギル!」
「おう!」
床の柱へ固定。
ボスの脚へ絡める。
ほんの一瞬、動きが鈍った。
「今!」
アスナ、キリト、リズが一斉に攻撃する。
「やった!」
シリカが声を上げる。
こっこも笑った。
「ブラインドタッチ、実戦でもいける!」
だが――。
ボスのHPゲージが一本削れた瞬間。
キリトの表情が変わった。
「待て」
ワイセージが中央の池へ戻っていく。
「フェーズ移行だ!」
◇
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。
低い音が部屋全体に響いた。
壁面の水路。
その奥に設置されていた無数の水門が、次々と開いていく。
《Flood Field/フラッド・フィールド》
「え?」
シリカが呟く。
一本。
二本。
十本。
二十本。
そして――すべて。
ドバアアアアアアアアアアア!!
「うそでしょ!?」
猛烈な勢いで水が流れ込んでくる。
足首。
膝。
腰。
「高いところへ!」
キリトが叫ぶ。
だが、この部屋には高台がほとんどない。
水位はさらに上がる。
胸。
肩。
そして、完全に床が消えた。
「泳げ!!」
攻略組が一斉に水中へ投げ出される。
水中では、まともにソードスキルが使えない。
踏み込みができない。
回避もできない。
盾役すら踏ん張れない。
そこへ――ボスが来る。
《Aqua Predator/アクア・プレデター》
水中。
奴の領域。
「速っ――!」
キリトの横を巨大な影が通過する。
直後、盾役の一人が吹き飛ばされた。
「ぐあっ!!」
「回復!!」
陣形が崩れる。
アスナが水面から顔を出した。
「キリト君! これじゃ戦えない!」
「ああ!」
その時だった。
ぽん。
こっこの手元に黄色い袋が出現した。
リズが目を見開く。
「……まさか」
こっこが紐を引く。
ボンッ!!
袋が一気に膨張した。
携帯式浮き袋。
「こんなこともあろうかと!」
「出たああああ!!」
リズの絶叫。
「迷宮区が水没してた時点で作っておいた!」
「今回は褒めるわ!!」
「今回は!?」
次々に浮き袋が放り投げられる。
「掴まって! 足場にはならないけど、泳ぎ続けなくていい!」
攻略組が浮き袋へ掴まる。
完全な解決ではない。
だが、溺れずに済む。
スタミナの消耗を抑えられる。
回復アイテムを使える。
何より、両手を使える。
「こっこ! これ、いくつある!?」
「四十!」
「なんでそんなに!?」
「量産した!」
「誰が!?」
「エンジニア!」
「だと思ったよ!!」
攻略組に浮き袋が行き渡る。
シリカも浮き袋に掴まりながら叫んだ。
「ピナ!」
「きゅるるるっ!」
《ウォーターブレス》が水弾と激突する。
完全には消せない。
だが、軌道が逸れる。
「いける!」
しかし、問題は残っていた。
攻撃できない。
浮いているだけでは踏み込みがない。
エギルが大斧を振ろうとして――
「ぬおっ!?」
反動で自分が回転する。
「エギルさん!!」
「こいつは駄目だ!」
リズもメイスを振る。
「えいっ!」
くるん。
「きゃあああ!?」
「リズさん!?」
「笑うなあああ!!」
こっこは考える。
足場。
必要なのは足場だ。
木材。
ロープ。
工具。
浮き袋。
鋼線。
――駄目だ。
この場で筏を作る時間はない。
その時、ボスが尾を高速で回転させた。
《Whirlpool/ワールプール》
巨大な渦が発生する。
「うわああっ!?」
プレイヤーたちが中心へ引き寄せられる。
「浮き袋を繋いで! 互いに離れないように!」
こっこが叫ぶ。
ロープが渡され、浮き袋同士が連結される。
渦に引かれながらも、攻略組は辛うじて陣形を保った。
だが、ワイセージが再び潜水する。
キリトが叫んだ。
「来るぞ!!」
水中から巨大な影。
「全員散開!!」
無理だ。
浮き袋では速く動けない。
ボスが突進する。
その時。
ドガアアアアアアアアアアン!!
全員が振り返った。
ボス部屋の巨大な扉。
閉じていたはずの扉が、外側から蹴り飛ばされた。
「なっ!?」
扉の向こうに、一人の男が立っていた。
筋骨隆々。
上半身裸。
革の腰巻。
アイアンナックル。
そして全身には、禍々しい蔓。
《Grasp of Nerius》
《ネリウスの抱擁》。
全ステータスに強烈な負荷を与える、第三層ラストアタックボーナス。
それを装備したまま。
本人は――すっかり忘れている。
「待たせたな!!」
攻略組。
「…………」
サタンは部屋を見渡した。
水。
大量の水。
浮き袋に掴まってぷかぷか浮いている攻略組。
巨大な水棲ボス。
「……何をやっているんだ、お前ら?」
「見れば分かるだろ!!」
キリトが怒鳴った。
「ボス部屋が水没したんだよ!!」
「泳げばいいだろ?」
「泳ぎながら剣を振ってみろ!!」
「なるほど」
サタンは腕を組み、水面を見た。
老師の言葉が蘇る。
――流れに逆らうな。
――身を委ねるのだ。
――流れを読み、逸らせ。
サタンの眉が動いた。
「……なるほどな」
こっこが嫌な予感を覚えた。
「サタン?」
サタンが水へ飛び込んだ。
「おい!?」
巨大な水飛沫。
ボスが反応する。
新たな標的。
水中を猛烈な速度で突進する。
「サタンさん!!」
シリカが叫ぶ。
だが、サタンは逃げない。
水中。
足場はない。
拳も蹴りも、本来ならまともに使えない。
それでも、サタンは身体を半身にした。
ボスの突進。
ぎりぎり。
身体を捻る。
流す。
巨体の横を滑るように通過する。
「……!」
キリトが息を呑む。
もう一度。
ボスが旋回する。
サタンへ突進。
今度は、手。
ボスの鼻先に触れる。
押すのではない。
逸らす。
水流そのものを利用して。
巨体の軌道を変える。
ドガアアアアアン!!
ボスが壁へ激突した。
全員。
「…………」
サタンが水面から顔を出す。
「老師の修行……」
ニヤリ。
「役に立つじゃねえか!」
こっこが叫ぶ。
「それだ!!」
キリトも理解する。
「倒すんじゃない!」
アスナが続ける。
「壁へぶつける!」
エギルが笑った。
「その硬直を狙うのか!」
こっこは左手を動かす。
ストレージ。
鋼線。
ロープ。
浮き袋。
そして、閃いた。
「みんな!!」
全員が振り返る。
「浮き袋をばらばらに使うのはやめよう!」
リズ。
「何をする気!?」
「繋ぐ!」
「え?」
「全部繋ぐ!!」
こっこの左手が高速で動く。
工具。
ロープ。
浮き袋。
次々に連結する。
「大きな浮力体にする!」
キリトが目を見開く。
「筏か!」
「簡易だけどね!」
エギルが笑った。
「十分だ!」
攻略組が動く。
浮き袋を集める。
ロープで連結する。
木材を渡す。
わずか数分。
不格好。
ぐにゃぐにゃ。
どう見ても船ではない。
だが、人が立てる。
足場。
こっこが乗る。
「うおっ!?」
ぐらぐら。
「不安定!!」
リズが叫ぶ。
「でも!」
こっこが片手剣を構える。
踏み込む。
簡易筏が沈み込む。
しかし、ソードスキルが発動した。
「使える!!」
キリトが飛び乗る。
アスナ。
エギル。
リズ。
攻略組が次々と簡易浮体へ移る。
サタンが水中でボスを誘導する。
「こっちだ、デカブツ!!」
突進。
半身。
流す。
壁へ激突。
「今だあああ!!」
キリトの剣。
アスナの細剣。
エギルの斧。
リズのメイス。
無数のソードスキルが炸裂する。
ボスのHPが一気に削れる。
こっこは笑った。
第四層。
水の世界。
船を造った。
浮き袋を造った。
水上輸送を始めた。
迷宮区を泳いだ。
水棲モンスターに散々追い回された。
そのすべてが、無駄ではなかった。
「第四層らしくなってきたじゃない!」
リズが叫ぶ。
シリカも笑う。
「はい!」
「きゅるるるっ!」
サタンが水面から顔を出した。
「おい! 俺も乗せろ!」
こっこ。
「サタンはそのまま!」
「なんでだ!?」
「一番泳ぐのが上手いから!」
「俺だけ扱いがおかしくねえか!?」
その瞬間。
《ネリウスの抱擁》が締まる。
ギュウウウウウ。
「ぐおおおおお!?」
キリトが目を丸くした。
「……サタン」
「なんだ!?」
「それ、まだ装備していたのか?」
「何が?」
全員がサタンを見る。
蔓。
全身に絡みつく、ひどく目立つ蔓。
沈黙。
サタンも自分の身体を見下ろす。
「…………」
「あ」
こっこが吹き出した。
「忘れてたんかーい!! 」
「うるせえええええ!! 」
笑い声が響く。
だが――。
直後。
ボスが水中から浮上した。
最後のHPゲージ。
赤。
水晶鱗が青白く発光する。
《Wrath of the Water Dragon》
キリトの表情が引き締まった。
「来るぞ」
アスナが細剣を構える。
「最終フェーズ」
◇
《Maelstrom/メイルストローム》
部屋全体の水が動き始めた。
「……水が」
キリトが息を呑む。
「ボスを中心に回ってる……!」
巨大な渦。
ボス部屋全体が、一つの渦潮へと変貌していく。
簡易浮体が激しく揺れる。
「こっこ! これ、持つの!?」
「持たせる!」
こっこがロープを締め直す。
だが、ボスは渦の中心へ潜った。
《Abyssal Break/アビサル・ブレイク》
「下だ!!」
キリトが叫ぶ。
次の瞬間。
ドバアアアアアアアアアアア!!
巨大な水柱が噴き上がった。
浮体が跳ね上がり、攻略組が宙へ投げ出される。
「うわああああ!!」
「きゃあああ!!」
水面へ叩きつけられる。
HPが大きく削れた。
「回復! 全員回復!!」
アスナが叫ぶ。
こっこは浮体へしがみつきながら、必死にロープを確認した。
バツン!
一本が切れる。
バツン!!
二本目。
「まずい……!」
キリトが水中を睨む。
「もう一回来たらまずい!」
アスナも周囲を見渡した。
「浮き袋が持たない!」
ボスが再び水中深くへ潜っていく。
二発目。
こっこは左手を動かす。
ストレージ。
ロープ。
工具。
だが、修理する時間がない。
「こっこ! 壊れるわよ!」
「分かってる!」
その時、サタンが水中を睨んだ。
「……俺が行く」
キリトが振り返る。
「サタン!?」
「あいつの力を止めるんじゃねえ」
老師の言葉。
――剛に剛をぶつけるな。
――巨大な力ほど、流してしまえばよい。
サタンが笑う。
「逸らしゃいいんだろ」
こっこが叫ぶ。
「無茶だよ!」
「今さらだ!!」
サタンが潜る。
その全身を締め付けているのは、《Grasp of Nerius》。
第三層から装備し続けている鍛錬用装備。
移動にも。
回避にも。
体術にも。
常に負荷をかけてきた蔓。
だが、その負荷の中で、サタンは老師の修行を続けてきた。
水底。
青白い光。
ワイセージが真下から迫る。
サタンは拳を握らない。
手を開く。
真正面から受けない。
頭部へ触れる。
身体を捻る。
半身。
そして、全身を使って流す。
「ぬおおおおおおおおおおお!!」
巨大な水柱が、斜めへと曲がった。
「なっ!?」
キリトが叫ぶ。
ワイセージが水面から飛び出す。
完全に軌道を逸らされ――空中。
ボスの巨体が、初めて完全に水中から離れた。
こっこの目が見開かれる。
「今だ!!」
水中ではない。
空中。
ボスにとって、最も無防備な瞬間。
アスナが浮体を蹴る。
キリトも続く。
エギル。
リズ。
シリカとピナ。
攻略組全員が武器を構える。
「総攻撃いいいいいい!!」
無数のソードスキルが、第四層ボスへ殺到した。
青い鱗が砕ける。
巨大なHPゲージが、猛烈な勢いで減少していく。
そして――。
残り、わずか。
キリトが叫んだ。
「ラストアタック、来るぞ!!」
攻略組の視線が、一斉に水面へ向いた。
そこには――。
満面の笑みで拳を握る、ミスター・サタン。
「よっしゃああああ!!」
こっこ。
「……あ」
リズ。
「……また?」
シリカ。
「……まさか」
キリト。
「全員!!」
アスナ。
「サタンさんより先に!!」
攻略組。
「おおおおおおおおお!!」
第四層ボス。
最後の一撃を巡る戦いが――
今、始まろうとしていた。