エンジニアのSAO Progressive ~NPCが売ってないなら作ればいい~ 作:Edward
第四層――ラストアタック
水没したボス部屋。
荒れ狂う水面。
崩れた足場。
そして、その中央で咆哮する第四層フロアボス――
《Wythege the Hippocampus》。
巨大な海馬を思わせる水棲モンスター。
長い尾が水面を薙ぎ払い、攻略組をまとめて吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
「耐えろ! あと一本や!!」
キバオウの叫びが響く。
残るHPバーは――最後の一本。
だが。
ボスは最終フェーズへ移行した。
「来るぞ!」
キリトが叫んだ。
《Wythege the Hippocampus》が大きく身を反らす。
次の瞬間――
ゴオオオオオオッ!!
壁面から大量の水が流れ込んだ。
「きゃああっ!」
アスナが足場へ飛び移る。
エギルが大斧を床へ叩きつけ、流されそうになる仲間を支える。
リズは柱につかまり、
「だから水中戦なんて嫌なのよぉぉぉ!!」
「リズさん、手を離さないでください!」
シリカが必死にその腕を掴む。
そして――
「ぬおおおおおおお!!」
サタン。
水流に真正面から逆らっていた。
「サタン! 逆らうな!」
こっこが叫ぶ。
「分かっとるわぁぁぁ!!」
サタンの脳裏に老師の声が蘇る。
――流れに逆らうな。
――身を委ねよ。
「……またこれかぁぁぁ!!」
サタンは力を抜いた。
水流に身体を預ける。
そして、迫ってきたボスの尾へ――
触れる。
押さえ込まない。
受け止めない。
その力を――
流す。
巨体がわずかに傾いた。
「今だ!!」
キリトとアスナが同時に飛び出した。
「《ホリゾンタル》!」
「《リニアー》!」
斬撃と刺突。
二つのソードスキルがボスの側面へ炸裂する。
HPが一気に削れる。
残り――わずか。
キリトが着地する。
「まだだ!」
再び剣を構える。
ラストアタック圏内。
こっこが叫んだ。
「サタン! 行けぇぇぇ!!」
「おおおおお!!」
サタンが水面を蹴る。
老師との修行。
滝。
丸太。
柔。
そして――剛。
すべてを込めた拳が握られる。
「これで――」
拳が光る。
「終わりだぁぁぁぁ!!」
誰もが思った。
――またサタンだ。
キリトも。
アスナも。
エギルも。
こっこですら。
そう思った。
だが。
その瞬間。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
別方向から叫び声。
「!?」
キバオウだった。
「いつまでぇぇぇ!!」
水流の中を必死に走っている。
「いつまでワイらがぁぁぁ!!」
転ぶ。
「キバオウ!?」
立ち上がる。
また転ぶ。
「お前らのぉぉぉ!!」
剣を握り直す。
「引き立て役やと――」
水を蹴った。
「思っとんねぇぇぇぇぇん!!」
「えええええええ!?」
こっこの絶叫。
キバオウの片手剣が青く輝いた。
発動したのは――
基本ソードスキル。
《スラント》。
何の変哲もない。
第一層から存在する、単発斜め斬り。
サタンの拳と――
ほぼ同時。
「どりゃああああああ!!」
ズバァァァン!!
一瞬。
静寂。
《Wythege the Hippocampus》のHPバーが――
0。
巨大な身体が青いポリゴン片へ変わる。
そして。
パァァァァァン!!
水面いっぱいに光が弾けた。
攻略組から歓声が上がった。
「やったぁぁぁ!!」
「第四層突破だ!!」
「勝ったぞ!!」
こっこも拳を突き上げる。
「よっしゃあああ!!」
リズとシリカが抱き合う。
「勝った!」
「やりましたぁ!」
エギルが豪快に笑う。
アスナも胸を押さえて安堵した。
キリトは剣を下ろし――
ふと、首を傾げた。
「……ところで」
全員が静かになる。
「ラストアタック、誰だ?」
「…………」
視線がサタンへ集まった。
サタンはニヤリと笑う。
「フッ……まあ、当然ワシ――」
そのとき。
「…………あ?」
キバオウが固まっていた。
目の前にシステムウインドウが浮かんでいる。
「……なんや、これ」
こっこが覗き込む。
「え?」
もう一度見る。
「…………え?」
キリトも見る。
アスナも見る。
エギルも見る。
全員が固まった。
そこには。
《Last Attack Bonus》
の文字。
そして取得者。
Kibaou
「…………」
沈黙。
サタンの笑顔が消える。
「…………」
キリトが瞬きをする。
「…………」
アスナが口元を押さえる。
そして。
「…………ぶっ」
こっこが吹いた。
「ぶはははははははははは!!」
「笑うなぁぁぁぁぁ!!」
キバオウの絶叫がボス部屋に響き渡った。
「いや、だって! キバオウ! キバオウがLA!!」
「ワイが取ったら悪いんかぁ!! 」
「悪くない! 全然悪くない!」
こっこは腹を抱える。
「むしろ最高!!」
リズまで笑い始める。
「ちょっと待って……本当にキバオウなの!?」
シリカは必死に笑いを堪えている。
「お、おめでとうございます……!」
エギルはキバオウの肩を叩いた。
「やったじゃねえか」
「エギル……!」
「基本技の《スラント》でな」
「それ言う必要あるか!? 」
アスナもとうとう耐えられなくなった。
「ふふっ……ご、ごめんなさい……」
キリトだけは真剣な顔で考えていた。
「たぶんサタンの攻撃より、ほんの数フレーム早かったんだ」
「数フレーム!?」
サタンが震える。
「ワシの……」
拳を見る。
「ワシのラストアタックが……」
キバオウを見る。
「この頭に……」
「頭言うなぁぁぁ!! 」
「返せぇぇぇぇぇ!!」
「知らんわぁぁぁぁ!!」
第四層攻略組。
水浸しのボス部屋で――
キバオウとサタンの追いかけっこが始まった。
「待てぇぇぇキバオウ!!」
「なんでワイが逃げなアカンねん!!」
「ワシのLAぁぁぁ!!」
「システムに言えぇぇぇ!!」
「サタンさん! 危ないです!」
「キバオウ! 逃げろ!」
こっこは笑いすぎて、その場から動けない。
そして。
キリトがぽつりと言った。
「……これでサタンじゃなくなったな」
こっこは笑いながら頷く。
「うん」
第一層。
サタン。
第二層フィールドボス。
サタン。
第三層。
サタン。
そして第四層――
キバオウ。
こっこは走り回る二人を眺める。
「これだからSAOは面白いんだよなぁ」
アスナが呆れたように笑った。
「……そういう問題?」
その頃。
紅玉宮。
茅場晶彦は無言でログを見つめていた。
神代凛子がコーヒーを飲みながら尋ねる。
「今回は誰?」
「…………」
「サタン?」
「違う」
「キリト?」
「違う」
「では、誰ですか?」
茅場は眼鏡を押し上げた。
「…………キバオウだ」
凛子のカップが止まる。
「…………」
「…………」
「ぷっ」
「笑うな」
「だってあなた――」
凛子は肩を震わせる。
「また想定外じゃない」
茅場は攻略ログを閉じた。
「…………MMORPGとは」
「うん」
「実に――」
少しだけ口元が緩む。
「面白いものだな」
そして第四層攻略史には刻まれることになる。
第四層フロアボス。
《Wythege the Hippocampus》。
ラストアタック取得者――
キバオウ。
後日。
その話題を出すたびに本人は叫んだという。
「なんでワイのLAだけ笑い話になっとんねぇぇぇ!! 」
第四層――ラストアタックボーナス、公開
激戦の末。
第四層フロアボスは、キバオウの一撃によってついに崩れ落ちた。
巨大な身体が青白いポリゴン片へと砕け散り、水面いっぱいに光の粒子が舞う。
そして――。
攻略組全員の視界に、勝利を告げるシステムメッセージが浮かび上がった。
《CONGRATULATIONS!!》
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声が爆発する。
「おおおおおおおっ!!」
「第四層突破や!!」
「やったぞ!!」
エギルが大きく息を吐き、斧を肩に担いだ。
「……しかし最後の一撃を決めたのが、まさかキバオウとはな。」
キリトも剣を下ろしながら苦笑する。
「完全に予想外だったな。」
アスナが小さく頷く。
「でも、あのタイミングは見事だったわ。」
そして。
当の本人はというと――。
「…………」
キバオウは完全に固まっていた。
目の前には、他のプレイヤーには見えないウインドウが表示されている。
《LAST ATTACK BONUS》
キバオウの目が、徐々に見開かれていく。
「き……」
こっこが首を伸ばす。
「き?」
「来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
キバオウが両腕を突き上げた。
「ワイや!!」
「ワイがラストアタックやぁぁぁ!!」
攻略組から笑いと拍手が起こる。
サタンが腕を組みながら、少し寂しそうにつぶやいた。
「……今回は俺ではなかったか。」
こっこが肩を叩く。
「サタンさん。」
「なんだ。」
「普通は三回連続で取ろうとはしないんですよ。」
「む?」
キリト。
「『む?』じゃない。」
アスナ。
「ラストアタックって、そういうものじゃないから。」
そんな中。
キバオウは震える指で報酬ウインドウを開いた。
「さぁ来い……!」
「第四層ボスのラストアタックボーナスや!」
「伝説の剣か!」
「特殊防具か!」
「それともユニーク装備かぁぁぁ!!」
ぱぁん!
アイテムオブジェクトが実体化する。
一本の剣が――。
キバオウの手の中へ落ちた。
「…………」
全員。
「…………」
こっこが目を細めた。
「なんだ、あれ。」
リズが首を傾げる。
「剣……よね?」
シリカ。
「剣……だと思います。」
それは確かに片手剣だった。
ただし。
刀身が。
妙に。
デコボコしている。
均一な刃ではない。
途中が膨らみ。
途中が尖り。
また途中がへこみ。
まるで――。
こっこがぽつりと言った。
「……トンガリコーンを縦に並べたみたい。」
「誰の剣が菓子やねん!!」
キバオウが絶叫する。
そしてアイテム名が表示された。
《Jagged Breaker》
――ジャギッド・ブレイカー。
日本語表示。
《鋸牙剣》
エギルが鑑定情報を覗き込む。
「ふむ……攻撃力は高いな。」
キバオウの顔が明るくなる。
「ほら見ぃ!!」
「やっぱり当たり装備や!!」
リズが続きを読む。
「斬撃属性補正……中。」
「おう!」
「打撃属性補正……中。」
「……おう?」
キリトが眉を上げた。
「片手剣なのに打撃補正?」
こっこの目が輝く。
「なるほど!」
「刀身の凹凸部分が相手に引っ掛かって斬る!」
「さらに厚みのある部分で殴る!」
「斬撃と鈍器のハイブリッドだ!!」
キバオウ。
「おおおお!!」
「めっちゃ強そうやんけ!!」
リズ。
「ただし――」
「なんや。」
「《Sword Skill Accuracy -8%》」
「…………」
キバオウの笑顔が止まった。
シリカがさらに読む。
「《Weapon Handling Difficulty:High》」
「…………」
アスナ。
「かなり癖が強いのね。」
キリト。
「相当なものだな。」
エギル。
「普通の片手剣と同じ感覚で振ると、軌道がズレるタイプか。」
こっこ。
「重量バランスがめちゃくちゃなんだ。」
サタン。
「いい武器じゃないか。」
全員が振り向く。
サタンは真顔だった。
「鍛錬になる。」
キリト。
「その発想をするのは、あなただけです。」
そして。
キバオウが試しに剣を振る。
「ほな、見とけぇ!」
「ワイの新しい剣技――!」
ブォン!
刀身の重心が予想以上に前へ逃げる。
「うおっ!?」
身体ごと持っていかれた。
ぐるん!
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ドッパァァァン!!
そのまま水路へ落下した。
「…………」
しばらくして。
水面からキバオウの頭だけが出る。
「誰や!!」
「こんな剣作ったんはぁぁぁぁ!!」
こっこは腹を抱えて笑っていた。
「当たりじゃん!」
「最高じゃん!!」
「どこがやぁぁぁぁ!!」
リズも笑いを堪えながら鑑定結果を最後まで読む。
「でもこれ……特殊効果があるわよ。」
キバオウ。
「なに!?」
《Impact Edge》
剣撃が敵の装甲・盾・甲殻などの硬質部位へ命中した場合、低確率で《体勢崩し》判定が発生する。
一同。
「おお……。」
キリトが少し真面目な顔になる。
「これは強い。」
エギルも頷く。
「盾役相手なら、特に厄介だな。」
アスナ。
「斬る武器というより、《叩き割る剣》なのね。」
こっこ。
「つまり――」
ニヤリ。
「キバオウ専用。」
「なんでや!!」
「だってキバオウさん。」
こっこは親指を立てた。
「繊細な剣技より――」
「うるぁぁぁぁ!!って叩き込む方が似合う。」
「褒めとんのか貶しとんのか、どっちやぁぁぁ!!」
その横で。
サタンが《鋸牙剣》をじっと見ていた。
「……いいな。」
キバオウ。
「やらんぞ。」
「少し貸せ。」
「絶対イヤや!!」
商人がいつの間にかサタンの背後から顔を出す。
「ミスター・サタン。」
「似た武器、作れるアルヨ。」
サタン。
「本当か!」
キバオウ。
「増やすなぁぁぁぁぁ!!」
攻略組の笑い声が、第四層の水路に響き渡った。
こうして。
第四層ラストアタックボーナス。
《鋸牙剣ジャギッド・ブレイカー》。
通称――。
《トンガリソード》。
後に攻略組の間では、
「見た目の癖」
「性能の癖」
「使い手の癖」
そのすべてが奇跡的に噛み合った武器として語り継がれることになる。
そしてキバオウ本人だけは最後まで――。
「正式名称で呼べやぁぁぁ!!」
と主張し続けたという。